365 村の設置目的
「クソッ! ファック! このド畜生めがっ、絶対にぶっ殺してやるからな、覚悟しておけっ!」
「勇者様、お風呂が混浴じゃなかったぐらいでそんなにキレないで、恥ずかしいわよ」
「だってよ、俺だけ別なんだぞ、誰か男湯の方に……」
『行くわけないでしょっ!』
全員から一斉に否定され、俺は寂しく『漢』と書かれた暖簾を除け、漢湯を覗き込んでみた。
既に何人かが風呂に入っているようだ、脱ぎ散らかした服が篭からはみ出しているのが見える。
うむ、入口やそこに掛かった暖簾を見た限りでの話だが、こころなしか、というか明らかに女湯の方が綺麗で清潔だ、脱衣所も湯船も掃除が行き届いているに違いない。
ゾロゾロと女湯の暖簾を潜って行く俺以外のメンバー、とっさにリリィ辺りを漢湯に引っ張り込もうとしたのだが、ここで良く考えてみる。
確かにリリィぐらいの見た目であれば漢湯に入るということ自体は問題がなさそうだ。
だが、それによって知らない漢達、しかも敵である連中に素っ裸を見られてしまうのも事実である。
リリィはそのようなことを気にする性格でも、またそれの何がダメなのかを理解しようとすらしないであろう。
それでもダメなものはダメだ、俺が認めたくない。
と、立ち止まって自分勝手な考えを巡らせている間に、他のメンバー達の姿は消えていた。
女湯の暖簾の先からは楽しそうな会話、俺だけ完全に蚊帳の外である……
まぁ仕方が無い、1日だけのことだし、ここは我慢して男湯、じゃなかった漢湯に入ることとしよう。
というかどうして『漢』なのだ? もうこの段階で嫌な予感しかしないのだが?
恐る恐る漢湯の脱衣所に足を踏み入れる……異世界とはいえさすが銭湯、体重計が設置してあるではないか。
しかし何だこれは? 完全にアレだろ、農作業で使う、Cの字様の錘を足していくタイプのダイナミックなものである。
もはや『体重計』ではなく『量り』と言った方がしっくり来る、なんとも漢気溢れるアイテムだ。
次に気付いたのはそのプライバシーの非保護感である、漢湯は建物の入口から一直線、そして仕切りは暖簾があるのみ。
つまりこの脱衣所、暖簾に隠される顔の部分以外は全て、外からまるっと見えているのだ。
なんという漢気溢れる仕様なのだ、絶対に『時間制で女湯と交換』などということは出来ない……だから漢湯ばかりこんなに汚いのか……
妙な納得を得ていると、その奥にある扉の先、つまり浴室の方から話し声が聞こえてきているのがわかった。
おそらく先行者の会話だ、そうであった、これを聞いて情報収集をするのが当初の目的だ。
なるべく顔が見えないよう、長めのタオルを頭に掛けるスタイルで浴室に入って行く。
ここで俺が『迷い込んだ他所者』だとわかれば、ここの連中は村限定の、他に聞かれたくないような話をするのを控えてしまうに違いない。
幸いにも湯気が充満している浴室では、俺が見られるどころか、その話をしている何人かの村人の顔すらもよく確認出来ない状態だ。
このまま普通に過ごし、ちょっと風呂にでも入りに来た近所の若者感を出しておくこととしよう……
『でさ、例の件なんだが、お前はどう思うよ』
『例のって、この村の行く先に関してか?』
『それ以外にあるまい、どうせもう敵には見つかっているはずだし、今日迷い込んだ旅人の連中だって王国のスパイかもなんだぞ』
俺が入って来たことを全く意に介さず、そのままクリティカルな話を続ける村人達。
そしてお前らの予想は大正解だ、俺達は敵、スパイとまでは言わないが、この村を調査しているのは確かである。
とりあえずこのまま奴等の話に耳を傾けよう……
『だから、この村を拓いたのは例の目的のためなんだし、今更解散してみろ、今度はあの連中にも追い掛け回されることになるんだぞ』
『そうだ、それに最初に村を立ち上げるとき、定款にそのことも記したんだ、今更それを覆すなんてことが出来るわけないだろう』
『しかしな、奴等は魔族だ、女神の信徒である俺達がそんなのと通謀して、敵とはいえ人族の国に戦争を仕掛けるなど……』
『何だよお前はっ? 元々ろくでなしのならず者だったくせに、いざ事が起こりそうになるとビビッてんのか? マジでだせぇ奴だな』
『あんだとコラッ! ぶっ殺してやんよ!』
『上等だ、掛かって来いやボケェェェッ!』
野郎共は喧嘩を始めてしまった、こんな所に村を開設して共同生活をしているとはいえ、クズはクズであり、その本質は変わらないということだ。
しかしそこに至るまでの間、気になるワードがいくつも飛び出していたな……魔族、魔王軍のことかな? それから人族の国、こちらは俺達の住むペタン王国のことを示しているのであろう。
というか、そもそも聖国が崩壊してからまだ半年程度しか経過していないのだ、なのにこんな所に立派な村が出来上がり、真っ当なシステムの上で人々が生活している。
良く考えればこの時点で何かがおかしい、これが知識階層と職人で構成された有能な集団であればまだわからなくもない。
だがここに居るのは、全員が全員ではないかも知れないが、少なくともそんなにまともな人間ではないのだ。
つまり、奴等が喧嘩を始める前に溢した『魔族』とか『あの連中』、それがこの村の開拓に関与しており、それと結託して王国を攻めようと狙っているのだ。
そして、おそらくこの村はその魔族連中の王都侵攻のための拠点になる。
これはセラとミラの故郷の村も同じような使われ方をされそうになっていたところから推測出来ること。
あのときは村長を決める際の不正によって支配を獲得するという手口であった。
だが今度は、村の成立そのものから関与してしまうという、より確実な方法を取っている。
と、野朗共の喧嘩がエスカレートし、収拾が着かなくなってきたようだ。
既に流血し、赤く染まった湯がこちらにも流れて来そうである。
このままだと3人のうち1人は死ぬな、別にそれ自体はどうでも良いのだが、その死体から流れ出る薄汚い汁に触れるのは嫌だ。
ということで少し早いが、そろそろ風呂から上がることとしよう。
女性陣はさすがにまだ出て来ないと思うが、ロビーでコーヒー牛乳でも……異世界銭湯にそんなものは売っていないのか……
※※※
「あ、おまたせ~っ」
「遅いぞ、こちとら湯冷めして氷漬けになるところだったぜ」
「相変わらずオーバーな表現ね、で、そっちは何かわかったのかしら?」
「ああ、だがここじゃ拙い、馬車に戻ってから話そうか」
結局この村に宿屋の類は存在していないことがわかり、今夜は馬車の中で野宿することに決定した。
まぁ、風呂に入れたのだからそれでも良い、少し、いやだいぶ汚かったがな……
「でだ、漢湯で聞いた話なんだが……この村の成立には魔王軍が絡んでいるかも知れないぞ、あとセラ達の故郷の村と同じように、侵攻の拠点として使われそうだ」
「やっぱり、女湯でもそういう話をしている人が居たわ、私達に気付いてその話をやめちゃったけど、どうも西の四天王が絡んでいるんじゃないかと思っていたところだわ」
ここで飛び出した『西の四天王』の言葉、薄々そうだろうとは思っていたのだが、何となく言い出せない状況であったのは確かだ。
もし、万が一ここで俺達と村人が戦闘になり、順当にここを滅ぼしたとする。
それは即ち、俺達が四天王軍に対して攻撃を開始した、そういうことになるのだ。
もちろんこの村の開設に西の四天王が深く関わっていればの話ではある。
だが、そのように推定するのが妥当で、かつその推定が妥当であれば、とんでもないことになってしまうという事実。
今の段階で西の四天王に戦いを挑んだところで、確実に、簡単に捻り潰されてしまう。
俺達が勇者パーティーとして、また王国としてここに手を出すのは、その敗北を具現化させる原因になりかねない。
当然いつかは西の四天王、いや残った3体の四天王全てと戦わなくてはならないのも事実だ。
だが今ではない、絶対に今戦ってはならないのである……
「……弱ったな、これじゃ手が出せそうにないぞ」
「いや主殿、そうでもないと思うぞ」
「何だジェシカ、どうしてそう思う?」
「よく考えてみてくれ、私達の行動として拙いのは、『勇者パーティーや王国関係者としてここを滅ぼすこと』なんだ、だが実際にここで暴れる主体は私達ではない」
「怪人四百二十面相が全部やりました、我々は一切関係ありません、そう言いたいんだな?」
「そういうことだ、もちろん全く無関係だと主張することは出来ないと思うが、『勇者が攻めて来たぞ!』ではなく、たまたま敵と戦っていたら村が滅びる結果になった、ぐらいは言えそうではないか?」
「かなり無理矢理だがそう考えて動くしかないか、もちろん敵方である西の四天王軍からしたら、そんな馬鹿なこと言ってんじゃないよ! ってなると思うがな」
だがそのときはそのときだ、実際にこの村を放置すれば、俺達の意思や行動に関係なく、近い将来に必ず敵の襲来があり、ここはその拠点として使われる。
村の破壊と傍観、ここで俺達がどちらを選択しようが同じこと、そういうことなのだ……
「とにかく、ここで俺達が狙うべきはだ、敵である西の四天王軍に『何か不幸な事故のようなもので王国侵攻の拠点にしようと思っていた聖国人の村が勇者に潰されましたが勇者側に本格的な攻撃開始の意図はないようなのでゆっくり作戦を練り直しましょう作戦』を取らせることだな、それを念頭において、四百二十面相の討伐も含めた計画をしていかなければならない」
「そうね、ここに長居しても仕方ないし、一旦屋敷に戻って話し合いましょ」
「うむ、だが疲れたし、ちょっと寝てからだな」
翌朝、宿屋すらない、汚い銭湯だけの村に一時的な別れを告げる。
次にここへ戻って来るときは、武器を持ってヒャッハーしながらの大量殺戮だ……
※※※
『ご協力お願いしま~すっ! ご協力お願いしま~すっ!』
「何だろう? やたらにビラ配りをしているじゃないか……」
王都に戻った俺達を出迎えたのは、同じユニフォームを身に纏い、必死にビラ配りをしている人々。
ビラにはポケットティッシュが付いているではないか、確認のために1つ貰っておこう。
「ティッシュゲットだぜ、で、ビラの方は……何だ、『怪人四百二十面相に関する注意』だってよ」
「あら、この間貰ったサンプルとちょっと違うみたいね」
受け取ったビラを広げてみる、手配書の肖像画こそ変わっていないものの、『特徴:ウ○コみたい』が追加、単なる侮辱である、これには特に意味がなさそうだ。
だが、その下には新たに、四百二十面相と取引をした際の罰則が記載されている。
相手が怪人四百二十面相と知っていて消費財やサービスを提供した場合、有償か無償かに関わらず鞭打ちの刑、住居を提供した場合は縛り首、雇い入れたりなどしたら火炙りだそうな。
これはもう『ご協力お願いします』の次元ではないと思うのだが、確実に国家の権力を振りかざした個人の完全排除だ。
もちろん、それだけのことをやった、そして現にやっている対象だからこそこのようなことが許されるのだが。
とにかくこのビラが大量に配布されさえすれば、王都にも、それから同じことが行われ始めているであろう近隣の町村にも、四百二十面相の居場所は一切なくなる。
あとは追い詰められた奴が、例の『落ち聖国人村』へ辿り着くのを待つのみだ。
元が聖国人ではないゆえ、村民としては迎え入れられそうにないが、旅人を装った俺達でも入れてくれたのである、しばらくの滞在ぐらいであれば、あんな奴でも十分可能であろう。
しかし、このペースでビラを配り続ければあっという間に……いや、そうでもない気がしてきた……
「おいミラ、そんなにいくつも受け取るんじゃねぇっ!」
「でも勇者様、ポケットティッシュが……」
「そういう奴が居るとビラが行き渡らなくなるんだよっ! セラ、ちょっとミラにお仕置きしろ」
「合点! ミラ、今日はお尻ペンペンよっ!」
「ひぃぃぃっ! あいたっ……」
「それと、夏の終わりにこのお仕置きねっ!」
「ひゃぁぁぁっ! 素肌にカブトムシはやめてっ!」
アホなことをしたミラは屋敷に到着するまで酷刑を受け続けた。
馬車が門の前に停まると、同時に窓からカブトムシが飛び去っていく、そろそろ季節の変わり目か……
※※※
それから3日後、マリエルの所に入っている報告によると、怪人四百二十面相の目撃情報は、昨日を境にパッタリと途絶えたという。
あれだけのビラ配り、そして至る所の壁や街路樹に張られた注意を促すポスター。
この状況で王都内のどこかに潜伏しているとは考えにくい、生き甲斐であろうエッチな店も出禁なわけだし、既に脱出したと考えるのが妥当だ。
「マリエル、ここから先は王都以外、特にあの村の周囲を探る方向にシフトするよう伝えてくれ」
「わかりました、ではあの村に偵察兵を、それから近隣の町村には1日5回、域内の目撃情報を取りまとめて報告するように命令させておきます」
その日の夕方以降、近くの町からちらほらと、怪人四百二十面相発見情報が舞い込んでくる。
相変わらず神出鬼没だ、どう足掻いても1日では移動出来ない距離を、1時間程度で移動している計算の情報もあるのだ。
もちろんどの地域でも、買い物や入店そのものを拒否され、何も出来ずに肩を落として去っていったというものが目撃情報の主、奴に対する包囲網は確実に狭まっているといえよう。
こうなってしまえばもう、その辺を放浪し、あの村に辿り着くのも時間の問題だ。
こちらに出来るのはそれを待つことと、いずれ勃発する奴との全面戦闘に勝利することだけである。
「う~ん、この最後の目撃情報、つい3時間ぐらい前なんですが、どうもかなりイライラしていたみたいですね……」
「おう、効いてる証拠じゃないか、良いことだと思うぞ」
「しかし勇者様、このまま奴を追い込んで、目標とは違う場所で暴れ出してしまったらどうするんですか?」
「……そこまで考えてなかったな、ということでその町村は滅亡する、残念だった」
「・・・・・・・・・・」
実際にその可能性は否定出来ないのだが、奴は420の面相を保持し、その中には冷静沈着かつ、頭の回転が早くなるものもあるはずだ。
いつも回復に使っていると思しき『穀潰しニート』であれば、どこで暴れ出すか皆目見当も付かない。
だが頭の良い、クソニートでない面相を用いれば、ある程度の問題は自己解決し、キレて暴れることなどする必要はないのだ。
そして、高い調査能力を持つ面相を使えば、自分を締め出そうとしないあの村を発見し、そこへ行くのは時間の問題である。
「ということでいよいよ大詰めだ、今回は最初の一撃で決めるか、殺せないにしても大ダメージは喰らわせておきたいところだな」
「でも勇者様、一撃で殺せないんじゃ、またすぐに回復しちゃうんじゃないかしら?」
「それは大丈夫だと思いますよ、ここまで受けている報告なんですが、全て『四百二十面相らしき人物には右腕がなかった』というものです、つまりは……」
「スパッといって、その切れた先を回収してしまえば、新たに生えてくるようなことはない、そういう感じだな」
「その通りです、切れたパーツを繋げるのは銅貨わかりませんが、失った部位をゼロから再生する能力はないと考えて良さそうなんですよ」
確かに、あの偽エッチな店で俺が切断した四百二十面相の右肩から下は、もう使い物にならない状態であったため、奴もそれを持ち帰ったりしなかった。
で、今の段階でそれが欠損したままということは、当然修復することが出来ないということになる。
さらにマリエルの所に入ってくる情報は、やたらと『肉屋でレバーを買おうとしていた』というものが多いのだ。
あの戦いで失った血液も、普通に栄養を取らないと元には戻らないのであろう。
神を殺し、5万年生きたバケモノではあるが、ベースは単なるむっつりスケベのおっさんだ。
その実態を知れば知るほど、戦って勝てない相手ではないような気がしてくる……
その後の作戦会議により、奴と遭遇した際の初撃はセラが、攻撃の進行速度が比較的速い精霊様が2番手、レーザーであれば超高速のユリナが3番手と決まった。
もちろんかなりの距離を取ったうえで攻撃を仕掛ける、あの村に行ったときに確認しておいたのだが、すぐ横の林の先が小高い丘になっており、そこから村の広場、主に屋台があるエリアを見渡すことが出来るのだ。
腹を空かせた、さらに貧血状態を脱しなくてはならない四百二十面相は、間違いなく1日に何度も、いや1日中そこで買い物をするかも知れない。
そして、あの村以外では相手にすらされない以上、攻撃のチャンスは何度でも巡ってくるはずである。
慎重に慎重を期して、攻撃開始のタイミングを図ることとしよう。
「でだ、奴を倒したらすぐにあの村を滅ぼす、可愛い子だけ捕まえて、あとは1人残らず皆殺しだ、もちろん『戦闘の結果たまたまそうなった』ってのを意識しつつ殺るんだぞ」
「まぁ、民間人に被害が出るのは仕方ないことよね、特にあのクラスの強敵なら、村1つが消滅しても、別におかしくも何ともないわ」
「おう精霊様、今回は期待しているぞ、このパーティーで無差別大量虐殺が最も得意なのは精霊様だからな」
「任せなさい、上空から動くモノ全てに穴を空けてあげるわ」
最後の人殺しは精霊様に任せてしまおう、あまり気分の良いものでもないしな。
精霊様のようにそれを楽しめるのであれば、そこに丸投げしてしまうのが道理である。
そのままさらに2日が経過したところで、遂に近隣の町村からも、四百二十面相の目撃情報が途絶える。
そしてその翌日、ようやく待ち望んだ、例の村における出現の報せが俺達のところへ届いたのであった……




