361 奴の弱点は
「えーっ!? どうしてまたボックスティッシュなんだよっ! しかも今度は1箱って……」
「うむ、今回の件はそれなりに金を回収出来たのじゃが、実のところ出費もそれなりでの、まぁそのうち無駄がなくなった財政も持ち直すじゃろうし、おぬしはしばらく我慢せい、若いんじゃからな」
「てめぇっ! こういうときばっかり若者であることを挙げやがって、何だ? 若者と年寄りの分断工作でもしているのか?」
金が貰えないのはわかった、だがもう少し価値の高いものを進呈してくれても良かったじゃないか。
例えば王の間にあるやたら高級そうな椅子とかテーブルとか、何だってあるだろうに。
「おっとそうじゃった、おぬしにはこれを渡しておく必要があった、受け取れ」
と、そこでケチババァが変な書類を取り出す、後々金銭を受領出来る予約券みたいなものか、それともこれ自体に凄まじい価値があり、どこでも容易に換金が可能とかか?
……ただの指令書であった、しかも裏面には駄王の薄汚い肖像画、帰ったらダーツの的にでもしてやろう、運が良ければタワシが当たるかも知れない。
「で、何を討伐しろって……怪人四百二十面相かよ……」
「その通りじゃ、あの後王宮の方でも調査をしたんじゃがの、奴は一兵卒養成学校の用務員だけでなく、貴族家の庭師、武器工房の手伝い、さらにエッチな店のボーイを3件掛け持ちしておったのじゃ」
「非常にアクティブだな、しかも王都でそれだけの活動をしながら、遥か東の地で盗賊団ごっこをしていたとか、とても1人でやっているとは思えないな」
四百二十面相がとんでもない力を保持しているのは周知の事実、だが奴が何者なのか、本気を出したらどの程度強いのかなどは良くわかっていない。
というか、神を殺してその能力すらも手に入れているのだ、ハンパな奴でないことだけは明らかだな。
……そういえば、この件は女神の奴も調べていたんだよな、王都に帰ったらすぐに連絡が来ると思っていたのだが、ここまで音沙汰が無い……変な奴に負けて捕まっていたりしないよな……
まぁ良い、女神とはそのうち話をするとして、まずはこの『四百二十面相討伐』に関して、屋敷に居る仲間達と相談しておこう。
「じゃあ帰って作戦会議をするから、もし何か必要なものがあったなら要求しに来る」
「うむ、じゃが金はNGじゃぞ」
「チッ、お見通しかよ……」
旅費交通費、エッチな店への潜入費用などなど要求するつもりであったのだが、ババァには通用しなさそうだ。
仕方が無い、その辺りは自分達でどうにかすることとしよう、別に金の掛からない方法はいくらでもある。
ということで王宮を後にし、皆の待つ屋敷へと帰還した……お土産のボックスティッシュを持って……
※※※
「何よっ、結構頑張ったのに、また報酬がそんなモノなわけっ!?」
「まぁそう言うんじゃない、ボックスティッシュだってかなり使えるんだぞ、鼻をかんだり、その辺の汚れを拭き取ったり……」
「そうよ精霊様、それにここで文句を言ったら次はポケットティッシュにされかねないわ」
「う~ん、それは困るわね、でも私、水分が多いからティッシュは使えないのよね……」
クソみたいな報酬に文句を言う精霊様を、セラと2人でどうにか宥める。
さて、こんなくだらない話をしている暇ではない、今回の『指令』に関して話さねば。
てかアレだな、よく考えたら『指令書』って凄く偉そうだな、あのクソババァ、調子に乗るのもいい加減にしやがれ、俺様は王国の子分じゃ……そういえばファック爵様であった……
というか、ろくな報酬を渡せないのであれば領地の方をどうにかしてくれよ、未だにプレハブ小屋とおっさんが5人、それにドライブスルー専門店が1軒だけだ。
せめてあと2軒か3軒、まともな店舗を誘致してくれたらな……と、これも余計なことだ、怪人四百二十面相討伐について考えなくては……
「それで、今日はボックスティッシュの他にもう1つ、こっちは完全に価値のないものを受け取って来たんだ、これを見ろっ!」
「まぁっ!? 大精霊たるこの私に対して指令ですって? 人族の分際で舐めているわね」
「な、そう思うだろ? こっちはキレても良いよ」
「とりあえず王宮を消滅させて来るわ、目にものを見せてやるんだから……」
「っと、資産価値のあるものを毀損しようとするんじゃねぇっ、これ以上王国財政にダメージを与えたら、また報酬が『シケモク詰め合わせ』になるぞっ!」
「そうよ精霊様、アレを捨てずに持ち帰った勇者様もどうかとは思うけど、少なくとも報酬じゃなくてゴミ捨ての依頼だったわ、また変なものを押し付けられるわよ」
「う~ん、それは困るわね……」
またまた危険な行動に出ようとする精霊様を宥め、ようやく本題に入った。
最初に話し合うのは、『どう戦うのか』以前の問題、そもそも奴を『どう発見するのか』である。
東の火山に居ながら王都で色々と謀略を巡らせ、それとほぼ同時にジェシカの実家で彫金師もしていたのだ、もはや神出鬼没どころの騒ぎではない。
そんな奴がどこに居るのかを判別し、あっさり見つけて討伐するなどということが出来ようはずもなく、見つけたところで一瞬で逃げられてしまう。
となると完全に追い詰めた状況から戦闘を開始し、確実に殺すまで攻撃をやめない、そして万が一にも逃がさない、といったことが必要になってくる。
そのためには『偶然見つけた』とか『捜し当てた』とかではなく、こちら側が追い込み易い、任意の場所に誘い込む必要があるのだ。
「で、どうするよ、何か罠でも仕掛けるか?」
「エッチな本を道に並べて置いて、それを拾いながら進むと罠に、というのはどうでしょうか?」
「うん、それに引っ掛かるのはルビアだけだぞ」
それ以外にもまともな案は出てこない、いや、案など出るはずもない、なぜならあんなバケモノを罠に嵌めるということ自体が非現実的で、その情景をイメージすることが全く出来ないのである。
しかしここで諦めるという選択肢はない、奴を倒さねば先へ進めないのだし、良く考えたら奴に勝てない時点で次以降の四天王には絶対に勝てない。
まぁ、あんなのを放置することによってこの王都や、その他人族の町全てが、どのようなリスクに晒されるかわからないという点も恐ろしいのだが……
「う~ん……う~~ん……ちょっと、これは私達だけで考えても埒が明かないわね、神界に居る女神の力を借りましょうか、不本意だけど」
「やはりそうなるか、てかあの女神、全然連絡を寄越さないからな、顕現させて文句を言ってやろうとしていたところだ」
『あの、先程から私のことをゴミだの何だのと、失礼な精霊と勇者ですね、ちなみに今すぐそちらに行きますから、少々お待ちを』
聞いていたようだ、ならとっとと顕現しろという話だよな、しかも最後に無駄な一言を入れる余地があるのならば、悪口を言っているところに突然現れてドッキリ、などという悪戯を仕掛ける方が有能だ。
あのゴミに何を求めても無駄だとは思うがな……と、室内にまばゆい光が現れ、それが女神の姿になる……今日は1人なのか?
「やれやれ、あー忙しい忙しい、あ、勇者よ、それからその仲間達よ、しばらくぶりですね、元気にしていましたか?」
「おいコラそこの女神、この間捕まえた盗賊団のアイツはどうした? 天使は? 山頂の書庫に居たおっさんは?」
「え~っと、天使は私の部屋で掃除をしております、あとあの薄汚い神は神界本部に押し付けました、同じ部屋に居て水虫とか移るとイヤなんで、それから人族の女はここに……よいしょっ」
「うわっ!? どっから出したんだよ?」
「空間の狭間的な所に押し込んでありました、生きていると思いますよ、たぶん……」
いきなり何もない所から頭目少女が現れた、意識は失っているが目立った外傷もなく、命に別状はないようだ、とりあえず寝かせておこう。
「んで、この間連絡がなかったのはどうしてだ? 事と次第によっては殴るぞ」
「当然ですが怪人とやらについて調査をしていました、やはりあの男、過去に神を殺していたようです」
「いつどこでどうやってだ?」
「5万年ほど前、たまたまトイレに行きたくなったとある神が、この世界に立ち寄ってキバッていたところを、その神が傍らに置いた免罪機能付きの武器で一突き……というのが当時の『神聞』に載っていました」
「結局そういう感じなのかよ……」
ウ○コ、しかも野○ソしていて殺されたのかよ、てか何だ、便所に行きたくなってこの世界にたまたま立ち寄ったとか、街道沿いのパチンコ屋じゃねぇんだよ。
しかしそれも5万年前か……5万年、もう怪人四百二十面相が普通の人族とか何とかでないことは確定だな。
5万年もあれば不死でない限りはもう死んでいるはずだ……待てよ、ということはあの野朗、不死、しかも現時点で普通におっさんの見た目ということは、間違いなく不老不死だぞ。
「で、奴が今どこに居るか、見当は付いているのか?」
「それがですね、つい昨日まではこの人族の町に、先程は北の魔族領域に、そこでの反応ももう消えていますから、また捜し出さないとです」
「おいおい、瞬間移動でもしてんのか? そんなに素早く場所を移せるなんて信じられんぞ」
「いえ、それに関しても調査をしたんですが、どうも純粋に足が速いだけのようで、しかもある日を境に突然そのスピードが倍になったと……」
瞬間移動ではなかったようだが、420ものスキルを持っているのだ、『物凄く足が速い』とか、『超物凄く足が速い』などといったスキルを持っていたとしても不思議ではない。
ここで問題となってくるのは、それらのスキルを使われたら、もうどう足掻いても俺達に追い付く術はないということだ、もちろん女神もそうであろう。
なら奴にスキル、特に戦闘や逃走などで役立つものを失わせるか? だがどうやって、そもそも敵のスキルを失わせるスキルなど、俺達は知らない。
以前に自分のスキル、というか『技の素』を他人に貸し出すことが出来る麻呂と戦ったのだが、今度はそれと反対のことをしなくてはならないのだ。
当然そのような敵に出会ったことはないし、もし出会っていたとすれば、今頃こんな所でのんびりと暮らしていることはなかったはず、とっくにやられていたということである。
つまり、怪人四百二十面相を倒すのに有効となり得る、『相手のスキルを無効化したり、奪ったりする能力』というのは存在しない、または存在しない可能性が極めて高い。
というか、もしそんなものがあるのなら、今の時点で既に女神が使うか俺達に伝授するかしているはずだ。
これだけの敵に対してそれをしない、ということは、いくらこの女神がゴミであっても、隠していたりその効果に気付いていなかったり、などといった残念な感じではないはず。
「それでさ、俺達の中では奴をどう誘き出すべきか、結論が出なかったんだよ、女神は何か良い案があるか? もし出したら今日1日だけ、生存権を持ったまともな存在として扱ってやらんこともない」
「そうですね……エッチな本を並べて、その先に罠をせへぶっ!」
『その件はさっきやった!』
俺と精霊様とのコンビネーションパンチが炸裂し、女神は痛い目に遭った。
全く、この世界を統べるとか何とか言いながら、ルビアと同程度の知能とは畏れ入るぜ。
「おいコラ、次にまともな案を出さなかったらどうなるかわかってんだろぉな?」
「勇者よ、実は今の案が正真正銘、もっとも効果を発揮しそうな作戦なのです、いや本当ですからっ、いででででっ! おっぱいが千切れるっ! 女神たる私の神聖な……」
ふざけていたことを認めようとしない女神、もしかして本当に、真面目にこの案が最高の作戦たり得ると考えているのか? だとしたら相当にやべぇ奴だぞ。
まぁとりあえず、この作戦を推す根拠を聞いてみることとしよう、無駄だとは思うが……
「おい、その作戦が当たりだと思うなら根拠を示せ」
「いてて……勇者よ、あの者、つまり怪人四百二十面相とかいうバケモノですね、アレはエッチな本やエッチな店に目がないということがわかっています」
「それはこの間コイツから聞いただろうに」
床の上に寝かせてある頭目少女、まだ目を覚ましてはいないが、盗賊団の参謀をしていた奴の、『エッチな店好き』についてはコイツから聞いたものだ、女神のもたらした新情報では断じてない。
それを何だこの女神は、あたかも自分で調査して発見しました、みたいな感じで威張りおって。
これは後で尻を引っ叩いてお仕置きしてやる必要がありそうだな……
「……今凄まじい悪寒が走ったのですが……とにかく、あの者がああいう本とかそういう店とかが大好きだということはこの間も聞きましたね、ですが本題はここからです」
「いや、じゃあ本題から入りやがれ、まどろっこしい奴だな」
「申し訳ありません、ですが前提情報を最初に共有しておくべきだと思いまして、特に脳みその代わりに梅干の種が入っている勇者は、つい最近の話でも全て忘れていると……」
「良いから早く話せっ!」
「あいたっ! え、え~っと、あの者はですね、エッチな本やエッチな店を見ると、自動的に最初の1つである面相、というかスキルですね、その『むっつりスケベ』に切り替わってしまうという弱点があるのです」
「……馬鹿なんじゃないのか?」
最初の1つである面相、つまり奴の固有スキルが『むっつりスケベ』であるということは即ち、奴の本質そのものがそれであるということを意味している。
5万年前に神を殺し、その前かその後かはわからないものの、他人を殺してスキルを奪っていた四百二十面相、だがそれをする前は、どこにでも居る普通にむっつりスケベのおっさんであったのだ。
そう聞くと何だか勝てそうな気がしてきたな、奴の前にエッチな本を出し続け、面相を『むっつりスケベ』に固定してしまえば、比較的容易に殺害することが出来るはず。
「で、そのむっつりスケベのおっさんが、どうしてあんな力を持ったか、そこはわかっているのか?」
「残念ながらそこまでは……もっともあの『殺した敵の力を奪う』という能力が、元々この世界に存在していたものではないのは確かですが……」
「つまり、俺が最初に貰ったチート能力みたいなものだというのか? だとしたらアイツ、もしかして異世界人じゃね?」
「チート能力、まさにその類のものです、ですが異世界転移、または転生時に配布する能力の中にはそういったものがなかったと記憶しています、なのであの者が異世界人という可能性は低いかと」
というかそもそも、異世界人であれば俺や魔王の居た世界から来ているはずだ。
そして奴が神を殺したのは5万年前、うむ、まず考えられないレベルの大昔だな。
俺がここに来る前に居た世界で5万年前と言えば、存在していたのはおそらく人間らしきモノ、良くて槍を持った半裸のおっさんであったはず。
あのような奴がその時代に居るのはまず考えられないし、万が一居たとしても、服という概念があったかどうかさえ怪しい当時に、『むっつりスケベ』などという本質を備えることはない。
よって、よく考えてみれば、女神の指摘を受ける前から『怪人四百二十面相異世界人説』は棄却されているのだ、奴はこの世界の人間、いや人間かどうかは定かではないが、少なくとも最初からこの世界に存在していた何かである。
「まぁ、奴を退治してみれば色々とわかるかも知れないし、とりあえずそのエッチな本作戦でいってみようか、失敗するかもだけど……」
「でも勇者様、そんな大掛かりな作戦をどこでやるの?」
「何を言っているんだセラは、ちょうど良い、そして何をやっても咎められない最高の場所があるじゃないか」
そう、俺に与えられた広大な領地である、あそこならおっさんが5人とドライブスルー専門店の店員が4人、何かあったときに巻き込まれるのはそれだけだ。
もちろんあらかじめ退避させておきさえすれば、その被害も完全にゼロにすることが可能である。
コリン達が使っている小屋や、俺の城であるプレハブなんかは消えてなくなるだろうがな……
「よし、早速準備に取り掛かろうか、ミラ、ルビア、お前らエッチな本を大量に隠し持っているだろう? 要らないもので良いから供出しろ」
『イヤですよもったいないっ! というか、それはエッチな本に対する冒涜です』
「わかった、わかったからハモるんじゃない、となるとアレか……前にゲットした有害図書専門店で商品を抜いてこようかな……いやそれをやると利益が……」
「勇者様、まずはエッチな本を購入して、そのときにちゃんと領収書を貰っておけばどうですか? 後で経費として請求したりして」
「おいマリエル、お前は『エッチな本代金』と記載された領収書が通ると思うのか? 俺だったら秒で却下するけどな」
「……確かにそうですね、しかしそうなるともう『創る』しかありませんよ」
なるほど妙案だ、だがそんな本に、大切な仲間を被写体として登場させるわけにはいかない、と、そう思ったところで、買い物に行っていたと思しきエリナが帰宅する……
「おいエリナ! ちょうど良いところに帰って来やがって、とりあえず脱げっ!」
「いやぁぁぁっ! 変態! 何なんですか一体!?」
「いやすまん、ちょっとエッチな本を刊行しようと思ってな、だから今すぐ脱げぇぇぇっ!」
「きゃっ! いやっ! もしかして今話題の出演強要とか何とかですかっ!? 訴えますよ! というかこれでも喰らって死んで下さいっ!」
「脱げっ、脱げっ、ぬげろぱっ!」
エリナの全力回し蹴りをまともに喰らった俺は、そこから1時間以上目を覚まさなかったという。
気が付くと既に夕食時であった、作戦に関しては……まぁ良いや、また明日考えよう……




