351 鍛冶の里再び
「よっしゃ、とりあえずここを出ようか、ルビア、御者を頼むぞ」
「待って下さい、ちょっと疲れが溜まって限界です、休憩しないと事故を起こしますけど、それでも良いですか?」
「おう、旅行帰りに事故ってのはありがちな危険だな、じゃあちょっとだけ休憩していくか」
ゲットしたばかりのメイドさんが『ピクニックシート(銅貨1枚)』、『塩おにぎり(鉄貨3枚)』などを売り付けようと、こちらの様子をチラチラ覗ってくる。
だがシートも食糧も持参している俺達にとっては無用なものだ、スパイクブーツと魔導カイロを提供してくれたこのメイドさんには感謝しているが、要らないものは要らない。
というか、塩おにぎりが鉄貨3枚とかボッタクリの極みだろうが、アレか? 観光地価格ってやつなのか?
「はい皆さん、お疲れでしたら私、御者をすることも可能ですよ」
「本当か? それなら純粋魔族の里までお願いしたいところなんだが……」
「運行料は1時間あたり銅貨1枚です、チラッ、チラッ……」
「いちいち高いんだよっ! てかお前、もう俺達が捕虜にしたんだからなっ! そのぐらいタダでやれってんだ!」
「無償の労働など私のポリシーに反する……いえ、やりますのでその鞭をしまって下さい、私はあなたのお仲間と違ってそんなもので打たれて喜ぶほど倒錯してはおりませんので」
何だか言い方がムカつく、だがここでそれをとがめていても時間の無駄、メイドさんの襟首を掴んで御者台に放り込む。
それに関しては特に文句を言わなかったメイドさんは、普通に真顔のまま馬車を動かし出す……ルビアやジェシカよりもよほど上手だ……
「この調子なら寝ている間に目的地まで着きそうね」
「ああ、でもメイドさんが逃げたりするかもだからな、最低でも1人は見張りを……」
「それは無理かも知れないわね、じゃ、私もおやすみ」
皆いつの間にか寝てしまっていた、ついでにたった今就寝を宣言したセラも、既に寝息を立て始めている。
ガタガタと一定のリズムで揺れる馬車、俺も何だか眠たくなってきた、目を閉じて……と、そのガタガタが激しくなったではないか、悪路にでも入ったのかな?
……いや、これは揺れているというよりも、外部から何者かが引き倒そうと試みている感じだな。
非常に嫌な予感がする、というか間違いなく嫌な状況に陥っている、眠るのは諦め、そっと目を開けた……窓から魔物の触手が侵入しつつある……
「おいこらメイド! これはどういうことだっ!?」
「これ、と言われても色々ありますが、察するに魔物の襲撃を受けていることに関してでしょうか?」
「そうだよそれだよっ! どうしてもっと早く言わなかったんだ?」
「いえ、魔物に襲撃されそうになったら、または襲撃されたら報告しろ、などとは言われていませんから」
「究極に使えねーメイドだなっ!」
「あら、その言葉は聞き捨てなりませんね……っと、ちょっとヤバそうなので助けて下さい、このままだと魔物に食べられてしまいます」
結局1人で雑魚魔物を討伐させられた俺、他のメンバーは普通に眠っているか、雑魚との戦いが面倒で狸寝入りをしているかのどちらかだ。
全ての魔物を片付け、ついでに馬車に纏わり付いたままの触手や腕などの残骸を全て片付け、ようやく席に戻ることが出来た。
お互いにもたれ掛かって寝ているカレンとルビアを掻き分け、無理矢理その間に座ったところで、なぜか馬車が急停止する……今度は何だ……
御者台に顔を突っ込んで様子を見ると、行く手を塞ぐようにして立ちはだかる5体の魔族、何だこいつらは?
『オラァァァッ! 借りた金返さずにどこ行こうってんだこのメイド!』
『先月分のツケもまだ払ってねぇだろぉがっ!』
『商品の仕入代金払え!』
『住居侵入と窃盗の容疑で逮捕するっ!』
『この間おたくで買った商品、破損していて使い物になりませんよっ!』
「……おい、これはどういうことだ?」
「別にたいした用件ではありません、ここは何も言わずに武器を貸して下さい、あ、出来れば短剣で」
「・・・・・・・・・・」
寝ていたセラを起こし、予備の短剣を借りてメイドさんに手渡す……戦闘員ではないとはいえ上級魔族のメイドさん、中級、下級魔族のみで構成された5人の借金取りやら何やらをあっという間に始末した。
「はい、これで先に進むことが出来ます……べ、別にあんたのために殺ったんじゃないんだからねっ!」
「おう、それは言われなくてもわかっている、てか普段から何やらかしてんだよ……」
「実は私、闇の組織に追われていまして」
「今の流れ的に、どちらかというとお前の方が闇だと思うのだが?」
というかリアルに逮捕しようとしていた奴が居たような気がするのだが、このメイドさんを屋敷に連れ帰ったらあんなのが毎日押しかけて来る、とかそういったことにはならないよな……
「ちなみにさ、借金とかおいくらぐらいあるの?」
「さぁ? 元々返す気もそのアテもありませんから、総額がいくらになっているのかを考えたことはありませんね、少なくとも今殺した連中の分についてはチャラだと思いますよ」
「それは凶悪犯罪者の発想です……」
当たり前のような顔をしてありえない回答をするメイドさん、再び馬車を走らせ、こちらも当たり前のように死体を轢き潰しながら先へ進む。
コイツ、どこかで棄てた方が身のためかも知れないな、とんでもない不良品を掴まされてしまったようだ……
※※※
一切の休憩も挟むことなく馬車は進み、気が付くとスミス系純粋魔族の里が見えていた。
何だかんだ言って操車だけはまともにしてくれたようだ、他がまともではないのが問題なのだが……
「よし到着だ、メイドさん、そこのゲートから里の中に入ってくれ」
「あの、お言葉ですが、こんなに堂々と入ってしまって良いのでしょうか?」
「というと?」
「ええ、窃盗ガチ勢の私から言わせて貰いますとこの侵入方法はNGです、こんなに目立つ馬車で進んだら人目を惹いてしまいます、もっと見つからないような手段をですね……」
「いや、ドロボウ目的じゃないし」
「あ、そうでしたか、では詐術を用いて金品を……」
「それも違う、ちょっとお前、手を揃えて前に出せ」
馬車が停まったところで、何をしでかすかわかったものじゃないメイドさんを縛り上げておく。
せっかく友好的な関係を築き上げたこの里で、仲間ではないとはいえ連れ合いが事件を起こすなど持っての外だ。
とりあえずこいつを引っ張っているのは面倒だし、精霊様にでも預けてしまおう……
「精霊様、ちょっとこのメイドさんが悪事を働かないように抑えておいてくれないか?」
「……あのね、もう変な丸太に変わっているわよ」
「げっ!? マジかよ、どこへ行きやがった!」
「本当にどこへ行ってしまったんでしょうね?」
「……いつの間に背後に回ったんだ? あと財布をスるな、金なんかろくに入ってないぞ」
あっさりと縄抜けをやってのけたメイドさん、というかもう犯罪のプロみたいな存在だ、断じて普通のメイドなどではない。
「おいこら、もう一度縛るから両手を出せ、今度は鎖を使ってやるから覚悟しておけよ」
「そんなので良いんですか? 私は縄抜け鎖抜け檻抜け、それから封印抜けに晒し台抜け、あとギロチンに首をセットされた状態から抜け出して逃走に成功したこともありますよ」
ギロチン抜けとは畏れ入る、というか何度も捕まってはいるんだな、単に隠れたりするのが面倒なだけなのかも知れないが。
とにかく俺の実力ではこのメイドさんを拘束しておくことが出来ないということがわかった。
ここは縛り(主にされる方)のプロであるルビアに依頼してどうにかさせよう。
「じゃあ、ルビア、しっかり頼んだぞ」
「任せて下さい、さぁメイドさん、私の技術をご覧あれっ!」
「いえ、その程度で……あ……ちょっとそこは……ひぃぃぃっ!」
海老反りの凄い格好で縛られてしまったメイドさん、そのまま精霊様がお土産の寿司かの如くぶら下げる。
今度は逃げられないようだ、これでようやく安心して純粋魔族の里に入ることが出来るな……
「ねぇ、何だか四天王城に行く前に来た時よりも人が増えているような気がするわよ」
「そりゃそうだろ、ほれ、道具を奪われた野郎共が里を出て資金作りに行っていたって話だったろ、それが帰って来たんだよ」
「……ゴリマッチョの鍛冶師が戻った分人の密度が上がったのね」
確かに体のデカい奴が多い、これまで出会ってきた純粋魔族はいずれも細身であったため、かなり違和感のある光景だ。
まぁ、同じ種族の中でも職業や生活習慣によって体型が変わるのは普通のことだし、重い金属の塊を使って武器や防具を造る鍛冶師連中がゴリマッチョでも不思議はないか。
さて、野郎共の筋肉を見ていても意味がないし見たいとも思わない、このまままっすぐフルートの家に向かうこととしよう。
メイドさんは縛り上げてしまったため、御者をルビアに替えて里の中を進む、フルートの実家にはすぐに到着することが出来た……
※※※
「さて、付いたは良いが、メイドさんはここに置いて行くか?」
「そうね、私に考えがあるわ、まずは天井から吊るして……ここをこんな感じでっと」
「く……食い込んでしまいます……」
馬車の天井から吊るされたメイドさん、その下には精霊様特製の簡易三角木馬が設置された。
縄抜けを成功させると、たちまち三角木馬に落下し、ダメージを受けるシステムだ、これなら逃げる気も起きまい。
ということでメイドさんは馬車に残し、広い庭を通って屋敷の建物へと向かった……
「どうも~っ、ご在宅ですか~っ?」
「は~い、あ、あなた方がフルートの言っていた勇者一行ですね、どうぞお上がり下さい」
物腰の柔らかな細身のおっさんが出迎えてくれた、顔立ちから察するにフルートパパかフルートブラザー、その辺りなのであろう。
そしてフルートママはどうも勝気な性格なので、おそらく気の弱いフルートはこのおっさんに似た、そう考えるのが妥当だ。
てかこのおっさん、ゴリマッチョじゃないが本当に鍛冶師なのか? 髭面でもないし、どちらかというとデスクに座っている係長というような容姿である。
部屋に通されるとフルートがお茶を運んで来た、そのフルートとおっさんの話しぶりから、このおっさんが本当に鍛冶師であること、そして属性は『フルートパパ』であることが確認された。
なお、俺達の目的であるミスリルを使ったマーサの武器という話は、既にフルートパパにも通っているらしい、材料であるミスリルの塊を見せると、早速鑑定らしき行為を始める……
「ふ~む……一部質が悪い部分もありますが、これなら両手に装備する籠手の分は十分に賄えるはずです、すぐに作業に取り掛かりましょう、もちろん無償で承りますよ」
「ええ、ではお願いします」
話が早くて助かる、本来ならここから交渉を開始するはずのところなのだが、俺達がいない間に話が通っているというのはかくも便利なものなのか。
ハンドメイドの一点モノ、しかも高級素材を使い、人族の何倍も生きる魔族の鍛冶師が製作する武器だ、本来であれば目玉が飛び出してどこかへ行ってしまう価格となるはずのもの。
それを無償で、直ちに製作して貰えるのだ、フルート本人やこの里を救出したことは、俺達にかなりの利益をもたらしたといえよう。
早速自身の鍛冶場へと向かうフルートパパ、残念ながら作業の光景を目にすることは出来ない、特に秘密がどうこうというわけでなく、単純に危険なため、鍛冶師以外の立入は認められないそうだ。
しばらくここで待たせて貰おうと考えていると、フルートパパと入れ替わりでフルートママが入室して来る……
「あら、戻って来ていたのね、ということは東の四天王は死んだ、そういうことかしら?」
「ええ、実質的には俺達が倒したんじゃないんですけどね、というか普通にやっていたら負けてここに戻ったかも知れませんよ」
「まぁそうよね、魔王軍とは取引があるから結構知っている面もあるけど、どうも四天王以上は特別の中の特別、ウチのフルートだって足元にも及ばない実力者のはずだわ」
「やっぱり、で、その中でも東の四天王は最弱の極みだったと……」
本当に恐ろしい話である、だが今は少しでも強くなること、そして次の敵である『西の四天王』の討伐に向けた準備を進めることを意識しよう。
ちなみにここでマーサの武器が手に入ることによって、俺達の総合力は僅かに上昇する。
本当に僅かではあるが、その積み重ねがさらに強大な敵を討伐するための基礎となるのだ。
「あ、そういえば武器を作って貰っているんだったわよね? ミスリルを鍛えるのはかなり時間が掛かるわ、今日中に終わるかわからないし、今日は泊って行きなさい」
「そうでしたか、ではお言葉に甘えさせて頂きます」
偽四天王第二軍憲兵団によって、食糧どころか種籾まで持って行かれた純粋魔族の里、一応の賠償は受けたものの、未だに食糧は不足しているらしい。
ということで今夜の食事は材料をこちらで持つと宣言し、宿泊の礼とした。
アイリスはここで待機している間も料理を手伝っていたというし、その労働力も引き続き提供しておこう。
夕食の準備が出来てもフルートパパは戻って来ず、フルートが皿を持って鍛冶場へと向かったらしい。
食事にも戻ることが出来ないとは、武器の製作ってのもかなり大変なんだな……
そこで思い出したのが、以前ミラが武器屋で購入しようとしていたワゴンセールの剣、いや、アレは鍛造したものではないか、きっと鋳造の大量生産品だ。
フルートが戻ったところで食事を始める、俺達が四天王城へ行っている間、ここに残った者と情報交換や今後の行動についての確認をしておきたい、この夕食会はちょうど良いタイミングである……
「で、フルートはこれからどうするんだ? ここへ残るのか、それともまた王都で暮らすのか」
「う~ん、一応魔王軍と人族の戦争が終わるまでは王都に居たいと思います、皆もそうしているわけですから」
「そうか、じゃあ帰りも一緒だな」
「ええ、よろしくお願いします」
当初の予定では、捕虜としているフルートを返還することによってこの里の純粋魔族達のご機嫌を取るつもりであった。
だが今となってはそれも無用、ゆえにフルート本人の判断のみで、どちらの道を選ぶかを決めさせたのである……
「あの、でしたら私を解放して頂けませんかね?」
「うぉっ!? メイドさんかよ……お前いつの間に……」
カレンが座っていたはずの席には、馬車の中に縛って吊るしてあったはずのメイドさん。
ちなみにカレンは遠くの皿にある塊肉を求めて旅に出ていた。
「夕食の準備をしている辺りからです、ちなみに三角木馬トラップにはしっかり嵌まっておきましたよ、信じられないレベルの苦痛でしたので慰謝料を払って下さい」
「誰が払うかっ! ところで悪事は働いていないんだろうな?」
「それはご心配なく、悪い事をすると鞭で打たれると聞きましたので、やったことといえばせいぜいあなたの背中に『馬鹿』とかいた紙を貼り付けた程度です」
「うそっ!? おいこらっ! え? あれっ?」
「もちろんウソです、簡単に引っ掛かりましたね、この悪戯が良いな、と思った方はエンターテイメント料をとして銅貨を1枚お支払い下さい」
「……帰り道でみっちりお仕置きだな」
そうして純粋魔族の里での夜は更けていった、というかここ数日はほとんどメイドさんのワンマンショーなのだが……
※※※
翌朝、遂にフルートパパが鍛冶場から戻った、顔中煤だらけ、腕は火傷だらけの凄まじい格好だが、その満面の笑みからは良いものが完成したということが伝わってくる。
「いやぁ~、苦労しましたよ、特にゴテゴテしていない可愛い装備という点が、そういう注文を受けたことはありませんからね」
「すみません、当方の贅沢ウサギが多大なご迷惑を……」
「ご、ごめんなさ~い」
「いえいえ、その分新たな武器の可能性を見出しましたから、これからは『女性拳闘士向けファッショナブル装備』であらたなビジネスチャンスを掴もうと思います」
確かに、武器というのはその強そうな見た目による威圧効果にも期待している部分が多いはず。
だがマーサのように、そんなものは可愛くないとして敬遠している層が一定数居るのも確かであろう。
ひょっとするとこれは凄いブルーオーシャンなのかも知れないな、とはいえ俺や今の仲間の技術力でその大海に漕ぎ出でることは出来ないのだが……
で、早速新しく出来た籠手を装備してみるマーサ、シルバーを基調とし、白とピンクで模様が入った可愛らしい見た目、これなら武装禁止の町で装備していても咎められる可能性は低そうだ。
本人も大喜びのようだし、ミスリル塊の使い道としては正解であったな。
「あ、それから僅かに余った素材でこんなものを造ってみました」
「これは……鎖、ですかね?」
「そうです、ミスリル製の鎖、といっても輪が3つだけですが、アクセサリーとして装備することによって、何か都合の良い不思議パワーで防御力が上昇します」
なるほど、見かけ上は何の変哲もない鎖であるが、その実ご都合主義全開の異世界不思議パワーが宿っているということだな、さすがはファンタジー世界だ。
鎖の方はカレンの首輪にワンポイントとして飾り付けておく、あまり攻撃を喰らうことがないカレンではあるが、体重が軽いため、まともに受けてしまったときのダメージは他の皆よりも大きいことを考慮してである。
さて、これでこの方面での目的はほぼ達成したな、あとはキャシーの集落に立ち寄り、牛乳でも買って王都に帰還することとしよう。
フルートママ、フルートパパに礼を言い、純粋魔族達に見送られながらゲートを潜り、その地を後にした。
王都に帰ったらまずは何をしようか……うむ、最初は『信じられないレベルの強大な敵』に関する事項をババァに報告しておかないとだ……
第六章はここまでとし、明日より新たに第七章をスタートさせます。
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます、引き続きお楽しみ頂けると幸いです。




