346 到着
大馬鹿戦隊の5人組を倒した日の翌日、朝から馬車を走らせていた俺達は、街道の遥か先に巨大な城が聳え立っていることを確認した。
間違いなくアレが東の四天王の居城だ、王都にある城よりも、そしてもちろん俺のプレハブ城などとは比較にならない程度に巨大なその城、光り輝いて見えるのは周囲に張った氷の影響か……
「では勇者さん、私はここでお暇させて頂きますね」
「おう、ついでにこの2人を王都に連れて帰ってくれ、シルビアさんに預けて、というかあげちゃおうかな」
「わかりました、その辺は良い感じに処理しておきますんで」
自身の魔獣である鳳凰を呼び出し、それに頭巾ちゃんとホワイトを乗せて飛び立つエリナ。
手を振る暇もなく、圧倒的なスピードで西の空へと消えて行った。
エリナと別れた後も、引き続き城へと続く道を進む……徐々に冷気が感じられるようになってきた、氷の城に近付いているのだから無理もないか……
「主殿、道が凍り始めたぞ、たまに滑ったりするかもだから気を付けてくれ」
「何に気を付けろってんだよ、ってうわっ!」
フッと体が宙に浮いたかのような感覚、客車が氷に車輪を取られ、そのままスライドするかのように横へ滑ったのであった。
幸い事故には至らなかったものの、このままではいつ何時クラッシュするかわかったもんじゃないな。
異世界の道にガードレールや中央分離帯などといったものは存在しないのだ、滑って道から外れてしまったら、そこから復帰するのは困難を極める作業になるであろう、それこそ四天王を討伐する方が楽なぐらいかも知れない。
「ジェシカ、ゆっくりで構わないからな、ここからは慎重に進もう」
「何を言っているんだ主殿は、私のドラテクを……」
「まだそんなこと言ってんのか、良い歳こいて、ルビア、ちょっと御者を代わってやれ」
危険運転常習犯のジェシカはクビだ、操車は下手でも、常にゆっくり慎重に走るルビアの方がこの道にはマッチしているはず。
手綱を奪われたジェシカは客車の方に引き摺り下ろし、小脇に抱えて尻を引っ叩いてやった。
「あうぅ……もう調子には乗りませんので、また馬車を操らせて下さいまし……」
「だってよ、おいユリナ、どうしようか? ジェシカを許してやるか?」
「ダメ、当面は免許取り上げですの、帰りに、安全な道に出てから返してあげますわ」
「そんなぁ~っ」
元上司であるユリナには絶対服従のジェシカ、どうやら諦めたらしく、叩かれた尻を擦りながら大人しく座席に着いた。
代わったルビアのデッドスロー安全運転により、そこからは滑ることもなく城の間近まで到達する……近付くととんでもなくデカいな、それに全面に氷が張り、そこかしこから氷柱が垂れ下がっている。
「さて、どこかに馬車を停めておかないとだが、安全な所はありそうにないな……」
「大丈夫ですよご主人様、アレを見て下さい」
御者台のルビアが指差した方を見ると、『←来客用馬車預かり所』という看板が目に入った。
いや、俺達は来客ではなく侵入してきた敵なのだが、それでも預かってくれるのか?
まぁ良い、もしダメだと言われたら係員を脅すか殺すかして無理矢理に停めてしまおう。
早速看板の支持する方へと向かい、馬車預かり所を探した。
「あ、アレじゃないかしら? 女の子が2人立っているわよ」
「本当だ、片方はメイドみたいだな、もう1人は……馬飼いなのか?」
接近すると、メイド服の女が恭しくお辞儀をした、もう1人の方は作業着を着込み、デカいフォークのような農器具を持って干草を弄っている。
「ようこそおいで下さいました、あなた方が噂の勇者パーティーという方々ですね、城の最上階で東の四天王様がお待ちですよ」
「ああ、で、歓迎されているということはここで馬車を預かってくれるんだな? もちろん馬や車体に何かあったら承知しないがな」
「それはご心配に及びません、あなた方は私どもの敵、ですが馬にも馬車にも罪はありませんから、てかその馬4頭全部実に悉く超不味そうですから、食べてしまったりは致しませんよ」
「・・・・・・・・・・」
何だか凄く不安なのだが、特に敵意は感じないし、後ろで作業をしていた馬飼いの女の子に対しても馬が怯えたりせず、むしろ俺達よりもずっと良く言うことを聞いている。
これなら預けても大丈夫だな、馬と会話が出来るレベルに頭がどうかしているマーサもOKを出しているし、馬車は丸ごとここへ置いて行くこととしよう。
「じゃあ正門の方へ戻って、いよいよ城の中に突入だ!」
『お~っ!』
「あ、お待ち下さい、城の中はそれはもう凍ってカッチカチでして……」
「うん知ってる、でも対策のしようがないからな、気合でどうにかすることに決めているんだ」
「そうでしたか、せっかく『スパイクブーツ(銅貨5枚)』を用意してあったんですが、不要でしたら構いません、不要でしたら……チラッ、チラッ……」
メイドが商売っ気を出し始めたではないか、確かにスパイクブーツがあると便利だとは思うが、銅貨5枚は高すぎる、でもスパイクブーツ、欲しいよな……チラッ、チラッ……
「勇者様、そんなものは買ってあげませんよ」
「チッ、シケた王女だな」
金持ちマリエルの方をチラ見してみたものの、きっぱりと拒絶されてしまった。
仕方が無い、ここは俺の交渉術をもって可能な限り出費を抑えることとしよう。
ちなみにメイドさんを脅迫するという手段もあるにはあるのだが、馬車と馬を『人質』に取られてしまっている以上そのようなことは出来ない。
というか、気前良く敵の重要な財産に関する無償の寄託契約を結んだのは、ここで安全に商売を展開するためではないのか、という疑念すら抱いてしまう。
ということで価格交渉のスタートだ……
「ちなみにそのスパイクブーツ、レンタルだとおいくら? 1日で鉄貨1枚ぐらいにならない? もちろん全員分でさ」
「レンタルなら1日銅貨1枚です、それ以上は負かりません」
「そこを何とかっ!」
「う~ん、では人数分セットで銀貨1枚、しかも使用期間の制限なしでどうでしょう?」
人数分、つまりセラの杖に封印されて出て来ることの叶わないハンナを除いた12人前のレンタルか、それをこの城での用件が終わるまで実質無期限、かなりお安くなったといえよう。
だがまだ値下げの余地があるではないか、ここはひとつ、破談覚悟で攻めてみることとしよう……
「あ~、ここに居る精霊様は飛べるからスパイクは要らないんだ、だからもう一声っ!」
「……そしたら11人分で銅貨9枚、これが限界です」
「よかろう、交渉成立だ、良い取引をさせて貰った、感謝しよう」
「無様に値切っておいて何をカッコイイこと言ってるんですか? 早く料金をお支払願います」
冷たいメイドさんだ、氷の城で生活していると心まで凍り付いてしまうというのか。
とにかくミラにパーティーの財布を出させ、そこから銅貨を9枚捻り出して貰う。
安くなったとはいえ手痛い出費だ、血涙が出そうなレベルである。
だが良く考えてみよう、この城を落とせば全ては俺達のもの、レンタルしたスパイクブーツも、今支払った銅貨も、そしてこの城固有の財産も。
ついでにここに居るメイドさんと馬飼いの女の子も捕虜として連れ帰ることが可能だ。
つまりこれは出費などではない、未来の利益に賭ける先行投資なのである。
そう自分を納得させ、それぞれの足のサイズに合うスパイクブーツを出して貰う。
俺は28cmだ、うむ、裏が起毛になっていて暖かそうだな。
「よぉし、それじゃ改めて四天王城に突入だ!」
『お~っ!』
「あ、お待ち下さい、城の中はそれはもう凍ってカッチカチでして……」
「その台詞はさっきも聞いた、全く同じ言い回しじゃないか、もう何も要らんぞ」
「そうでしたか、せっかく『使い捨て魔導カイロ(6個入り銅貨1枚)』を用意してあったんですが、不要でしたら構いません、不要でしたら……チラッ、チラッ……」
またチラ見してきやがる、このメイド、どこまでも商売意欲の強い奴だな。
こんな所でメイドなんかしてないで行商でもした方が儲かるんじゃないのか?
しかし魔導カイロか、体が冷えると困るリリィには必須だし、痩せっぽちのセラにも持たせておきたい品だ。
もちろん四天王に勝てば金は返って来るのだが、『事実上の供託』となる金銭は少ないほうが良い。
ここはもうひとつ、冷たいメイドさんとアツい値切り交渉をしておくべきところだな……
「なぁ、6個の3つセットで銅貨1枚、それでどうだ?」
「それはちょっと厳しいですね、おまけで1個、つまり7個セットで銅貨1枚というのはどうでしょう?」
「う~ん、それだとちょっと要らないかな、1セット買ったらもう1セット無料、ここまで勉強してくれれば買わないこともない」
「ええ、ではそうしましょう、早く銅貨を1枚、こちらに渡して下さい」
再びミラがパーティー財布を取り出し、銅貨を1枚支払った。
これで銀貨1枚分、どうあっても取り戻さねばならない金額が財布から出て行ったことになる。
「おいメイドさん、もうこれ以上売るものはないんだよな?」
「ええ、スパイクブーツのレンタルと魔導カイロ、合計で銀貨1枚分のお支払、誠にありがとうございました、またのご利用をお待ちしております」
「そうか、じゃあ馬車を頼んだぞ」
セラとリリィに魔導カイロを装備させる、効果は2日程度のようだ。
合計で12個あるし、3つずつぐらい使っても余裕だな。
「よしっ! 今度こそ本当に城へ突入するぞっ!」
『お~っ!』
馬車預かり所を徒歩で離れた俺達は、勇者パーティーらしく城の正面入口から、正々堂々と突入した。
なお、鍵が掛かっていたためそこはユリナのピッキングでどうにかしたのであった、勇者らしくない……
※※※
「これは……まずどこからどう行けば良いんだ?」
「広すぎるわね、あと床が凍っていて歩き辛いわ」
スパイクブーツをレンタルしておいて良かった、もしこれがなければ、今頃はツルツルと、全員でコントのように転げ回っていたことであろう。
しばらく城の入口付近を捜索していると、マリエルが何か看板のようなものを見つけたと言い出す。
俺達には読めない字で書かれた看板、というよりも石碑か? とにかくユリナに読ませてみよう……
「これは城の案内図ですわね、ここが1階で、四天王様の居室は7階になっていますの、あと5階に『東の四天王第一軍本部』と書いてありますわ」
「つまりアレか、まずは5階を目指して進んで行けってことだな」
「そうなりますわね、で、2階へ続く道はこっちみたいですの」
ユリナに先導され、入口から向かって右に進路を取る。
氷とスパイクの競演でカチカチと鳴る床、その表面は鏡のように景色を取り込み、皆のパンツが柄までわかる程に映り込む。
パンツを眺めながら歩いて行った先には階段……ではなく信じられないぐらい急な勾配を持つスロープ、これは人間の登るものではない……
「本当にどの辺りがバリアフリーなのか教えて欲しいところだな」
「勇者様、これはスロープじゃなくてスライダーよ、ソリを持って来た方が楽しめるわ」
ともあれ、上階を目指すためにはここを登る以外の選択肢がない。
氷の斜面に踏み込む……少しでもスパイクがズレたりしたら下まで一直線だな。
「なぁ、試しに誰か登ってみないか? 出来れば体重が軽い奴で」
「そうね、じゃあ私とカレンちゃん、それからサリナちゃんでじゃんけんよ、リリィちゃんは……」
「寒いからパスで……」
リリィの背中に魔導カイロ(貼るタイプ)を追加している間に、3人のじゃんけんは決着したようだ。
負けたのはセラ、気合を入れて氷のスロープに足を踏み入れる……パンツ丸見えだ……
「クッ、スパイクの力でもギリギリね、上まで行けるかわからないわ」
「頑張れよ~、ちなみに下でカンチョーの構えを取っているからそのつもりで」
「えっ!? ちょっとそれは……あっ、きゃぁぁぁっ!」
振り返った拍子に足を滑らせたセラ、パンツ丸見え状態のまま、尻をこちらに向けながら滑り落ちて来る。
もちろん良い感じのポジションにはカンチョー態勢の俺、ジャストミートでそこに突き刺さった!
「はうぁっ! き……きくーっ!」
「どうだ、参ったか?」
「きゅ~っ……」
どうやら気絶してしまったようだ、極めて受動的なカンチョー攻撃でセラを葬り去った俺は満足し、あらかじめ考えてあった『登坂作戦』を実行に移す。
簡単な話だ、空を飛べる精霊様がロープ、というかルビアの持っているお仕置き用の縄を持って2階へ上がり、それをどこかに括り付けて手摺代わりにすれば良い。
別に『試しに登ってみる』などということをせずとも、常識的なレベルで頭を使えばどうにかなってしまうものなのだ。
それすら気付くことが出来ないセラにはカンチョーの刑がお似合いであったな……
「精霊様、上の様子はどうだ?」
「敵も居ないしトラップも無いわよ、柱にロープを括るから、合図したら登って来てちょうだい」
しばらくの間ロープの端がぴょこぴょこと動いていたが、それが止まると同時に精霊様からの合図が出る。
今回は俺様が先頭を切って登ってやる、下からパンツが見えないのは悔しいが、そのチャンスはこの先もまだありそうだからな。
「よっしゃ、いくぜぇぇぇっ!」
勢い良く足を踏み出し、体重のほとんどをロープに預けながら登る。
だが謎の違和感……上に居る精霊様の笑顔が、何かを仕掛けているときの顔なのだ。
「あらあら、もう真ん中まで来たのね、でも残念でした、このロープはワンタッチで外れるように結んであります」
「え? あ、ちょっ、だぁぁぁっ!」
ロープに掛けていた体重が、そっくりそのまま下へ落ちる力に変換される。
摩擦抵抗のない氷の斜面、ザイルを失った俺は、真っ逆さまに皆の居る1階へと滑り落ちたのであった。
下に到達しても、スロープで勢いの付いた俺には止まるという現象が訪れない。
滑るだけ滑り、最後は壁に激突してようやく停止することが出来た。
ギャラリーから『10点』の札がそれぞれ上がる、滑落の途中でスピンが掛かったことで、芸術点が加算されたようだ、精霊様め、絶対に許さんぞ。
「は~い、今度はちゃんと結んだから、安心して登って来なさ~い」
「では主殿、お先に失礼」
「ご主人様、そんな冷たい所に転がっていると風邪を引いちゃいますよ」
「カレンちゃん、勇者様は馬鹿だから風邪を引かないのよ」
好き勝手言いながら先に行ってしまった仲間達、俺は気絶させてしまったセラを背負わされ、1人寂しくロープを伝って2階へと上がった……
※※※
2階も3階も、何事もなくクリアすることが出来た、もちろん上階へ行くには階段ではなく、急勾配のスローぷを登らなければならない分、普段より苦労してはいるのだが。
「ぜ~んぜん敵が出ないな、拍子抜けしちゃったぜ」
「そりゃそうですよ、仮にも『四天王』のお城なんですから、魔物なんかがウロチョロしていたら何かアレじゃないですか」
「確かにな、となるとトラップも……あまりないと言っていたような気もするな……」
「そういうのがあるとしたら宝物庫とか、あと重要な極秘資料が置いてある部屋とかですよ、廊下にいきなりトラバサミ、なんてことはないと思います」
サリナが言うことには説得力がある、氷に包まれていて雰囲気こそあるものの、この城はどこか小奇麗で、本当に魔族の中でも位の高い者の居城であることがわかる。
これまで攻めてきた大魔将の城とはまた違うのだ、変な魔物やくだらない罠など似つかわしくない。
「しかしこのままだと普通に5階へ到達してしまうぞ……と、セラが目を覚ましたみたいだな……」
「あら? どうして私は勇者様におんぶされているのかしら?」
「カンチョーされたからだぞ、神の見えざる手によってな、神罰ってやつなんだろうよ」
「……って勇者様がやったんじゃないのっ!」
ポカポカと頭を殴ってくるセラを背中から降ろし、そのまま歩いて行くと、5階へ続くスロープの前にちょっとした広間があった。
そこで休憩を取ることとし、持って来た缶詰などで簡単な昼食にする。
この先には『四天王第一軍』の本部があるのだ、少数精鋭といっていたこと、そしてここまで第一軍の構成員と出会っていないことを考えると、全員が5階の本部に詰めていると考えて差し支えなさそうだ。
ここでしっかり休憩をし、消耗した体力を回復しておかねば。
四天王の腹心、さらに四天王本人と連続で戦うのだから、いくらなんでもこのまま進むのは無理矢理すぎる。
「ご主人様! あっちの方に何か凄い扉がありますよっ!」
「マジか、お宝が眠っているのかも知れないな、5階へ行く前にちょっと探索してみようぜ」
昼食を終えて走り回っていたカレンが、広間から少し出た所にある謎の扉を発見したらしい。
連れられて行ってみると、金属製の、装飾が施された分厚い扉、間違いない、宝箱があるパターンだ。
早速ユリナお得意のピッキングで鍵を開け、大人数で堂々と盗みに入る……壁には剣や槍、台座に鎧……お宝というよりも武器防具の類を収納している部屋のようだ。
だが他の部屋よりもかなり厳重に施錠してあったことから、かなり値打ちモノの何かがしまってある可能性が高い。
少し捜索してみよう、もしかしたら四天王との戦いで有利になる超兵器の類が見つかるかも知れない……
「あ、見てよ勇者様、すっごいゴールドの鎧だわ! これ、凄く値打ちがあるんじゃないかしら?」
「おいセラ、そういうのに触るとお約束が……遅かったか……」
明らかに怪しかったピッカピカのゴールド鎧、セラが何も考えずに手を触れてしまったことにより、何らかの仕掛けが発動するらしい。
ゴゴゴゴッと音を立てながら天井が開く、現れたのはこの城に来て始めてとなる階段。
そしてそこから、1つ上の5階に居たと思しき集団が、ぞろぞろと列を成して降りて来たではないか。
東の四天王第一軍のご登場である……




