343 物理と魔法
「見て勇者様、変な看板が立っているわよ!」
「本当だ、何かの警告文みたいだな……読めないが……」
ユリナに看板の記載事項を読ませたところ、『危険:ここは四天王城第三の試練実施区域』と書かれたものであることがわかった。
地図上の×印はまだまだ先だというのに、もしかすると凄く広い範囲で試練が行われるということか?
だとすると厄介だな、得てしてそういうのは時間が掛かりがちなのだ……
それ以上は看板のことに言及するのをやめ、そのまま馬車で街道を進む。
今度は御者台のジェシカが何かを発見したようだ、どうやら街道脇に魔族が立っているらしい。
様子を見ると、ハゲ散らかした小汚いジジィが、こちらに手を振りながら、まるでバス停でバスを待つかの如く待機しているではないか。
『お~い! おぬしら、すまんがわしを乗せて行ってくれんかね』
「黙れクソジジィ! 誰が貴様のような薄汚い魔族を乗せるんだよ、地獄に落ちろっ!」
『・・・・・・・・・・』
そのまま轢き潰してやろうかとも思ったが、大切な馬車の車輪が汚れてしまうためそれはしなかった。
付いて来るようだな、轢殺する代わりに撒き菱を大量にプレゼントしてやろう。
それが足に刺さって転倒し、撒き菱だらけの地面に顔を突っ込んだジジィを見て、しばし爆笑してやった。
「何だったんですかね今の魔族は?」
「知らん、どっかの変質者か何かだろ、少なくとも死んで当然の輩であることは間違いないな、もちろんあの程度では死なないと思うが」
「今の流れでどうしてその判断に至るんですか……」
しばらくして振り返ると、撒き菱の海に突っ込んだジジィの姿は消えていた。
きっと家に帰って傷の治療でもしているのであろう、もう奴と関わることはなさそうだな……
「あ、そろそろ×印の所が見えてくるわね、今度はちゃんとゲートがあるかしら?」
「う~ん、道はまっすぐだがまだ見えないな、リリィ、何かありそうか?」
「変な門はあります……あと下にさっきのおじいさんが立っているんですけど……」
「何だとっ!? しつこいジジィだ、今度こそぶっ殺してやろうぜ」
「……ねぇ勇者様、もしかしてあのおじいさん魔族が試練委員なんじゃないかしら?」
あぁ、その可能性を考慮していなかったではないか、試練が執り行われるエリアに入ってすぐに現れたジジィ、そしてわざわざ俺達を呼び止めたのだ。
そしてそのジジィが今、試練の開始地点であるゲートの下に居る、これはつまり、奴が試練委員そのものだということだ……先程の行為で減点とかされていないと良いんだが……
そのまま近付いて行く、やはりあのジジィだ、全身絆創膏塗れになりながら、ムスッとした表情でゲートの下に立っている。
「ようやく来おったか、おぬしら、先程の撒き菱の恨み忘れたとは言わせぬぞ」
「あ、どうも初めまして、撒き菱ですか? この辺りは野生の撒き菱も出現するんですね、我々も気を付けて進もうと思います、ではさようなら……」
「ファッキン! 試練をスルーして先に進もうとは何たる不届者か、ここは第三の試練会場、我に勝たずしてここを通ることは罷りならんっ!」
誤魔化しは通じないようだ、馬鹿そうだし、普通に通過すれば通してくれると思ったのだがな。
とにかく真面目に試練を受けるという選択肢以外はなさそうだ、どうせろくでもないものであろうが……一応話を聞いておくこととしようか……
「はいはい、良い歳したハゲがファッキンとか言ってんじゃないよ、それで、今回は何をすればクリアなんだ?」
「今回の試練はぁぁぁっ、こちらっ! わしと物理限定で戦って勝利を収めて頂きますっ!」
「何だ? まともじゃないか、では早速死ねぇぇぇぃっ!」
「わぁぁぁっ! 待て、待つのじゃ、もうひとつ条件がある」
「ん? なら早く言え、言い終わったら直ちに殺す、それで俺達の勝ちだよな?」
「ダメに決まっておろうが、とにかくその物騒なものをしまえ、で、もうひとつの条件というのはじゃな、『普段魔法主体で戦っている者が1人で参加し、わしと戦うこと』なのじゃ」
つまり俺達の中でこの試練に参加出来るのはセラ、ルビア、ユリナ、サリナの4人ということか。
いや、コイツは俺達のメンバー構成を知らないはず、とりあえずカマをかけてみよう……
「ちょうど良かった、実は俺、普段は魔法攻撃しかしないんだよ、だからこのまま死ねぇぇぇぃっ!」
「嘘付くなぁぁぁっ! おぬしからはまるで魔力が感じられぬわっ! そっちの4人の中から1人選ばぬか」
「チッ、勘の良いハゲは嫌いだよ」
「チッ、じゃないわ全く、油断も隙もないとはこのことじゃの……」
仕方が無いので作戦会議を始める、魔法主体の4人のうち、まずルビアとサリナは除外だ、物理戦闘はからっきしの2人だからな。
となると残ったのはセラとユリナの2人……魔法を封じたと仮定すればセラの方が少しは強いか……
それにセラなら短剣を使って戦える、ということでここはセラを代表として出すことに決まった。
杖はこちらで預かり、短剣だけを装備させたセラを前に出す。
敵はジジィらしく、手に持っている杖を振り回して戦うつもりのようだ。
リーチ的には向こうの方が上だが、それ以外の要素では全てにおいてセラが勝っている。
パワー、防御力、容姿、そして野郎相手であればおっぱいのサイズも僅かに上だな。
「おいセラ、相手が汚いジジィだからって油断するなよ、全力でいって叩きのめしてやるんだ」
「わかってるわよ、私は勇者様と違って舐めプとかしないから安心して」
前に進み出るセラ、対するジジィは余裕の表情だ……お前の方が明らかに弱いのだが、それに気付いていない、なんてことはないよな?
「ふふんっ、その娘で良いのじゃな? では試練開始じゃっ!」
「開始って!? どこ行くのよ?」
ジジィとは思えない足の速さでシャカシャカと逃げ出す試練委員、いきなり逃げ出すとは、一体何を考えているのだ?
すぐにどこかへ隠れてしまったジジィの姿は既に見えない、索敵にも反応しないということは、相当に遠くまで行ってしまったということであろう。
「そういえばかなり手前から看板があったもんな、もしかすると凄く広大な範囲で鬼ごっこかかくれんぼでもしようってんじゃないのか?」
「だとすると厄介ね、向こうは地理に明るいでしょうし、下手に探すと奇襲されかねないわ」
それが狙いであったか、そして物理オンリーの戦いで対戦相手を魔法使いに限定したのも、そうしておけばパワーのゴリ押しで殺られてしまう可能性が低くなるからだ。
とんでもなく卑怯なジジィだな、最悪の場合はルールなど完全に無視して、全員で囲んでボッコボコにしてこの世から消し去ってやろう。
だが、今はとにかくセラに奴を探させるのが先決だ、上手く見つけ出し、ぶっ殺すことが出来ればこちらの正当な勝利になるのだから……
「あのおじいさん、向かって左に逃げて行ったわよね? まずはそっちから探しましょ」
体裁を整えるため、セラを先頭にしてジジィの向かった方を捜索し始める。
街道を逸れて歩いて行った先では、深い森の中に突入する小道があった……
※※※
森の奥へと続く細い小道、足元も草に覆われ、いかにも罠が設置されていそうな雰囲気だ。
だがカレンとマーサがそちらに敵の匂いが残っていることを仄めかしている、ここを進む他ない。
これはあくまでもセラの戦いだが、『敵を倒す』ということだけ本人にやらせれば良い、つまり捜索に俺達が付いて行き、少しぐらい手助けしてもセーフだ、というか正義の味方は何をしても良いのだ。
まぁ、もし文句を言われたらただのやかましい外野感でも出しておこう。
参加者に対する『援助』がNGであったとしても、『エールを贈る』ぐらいなら可であるはず。
「しかしなかなか見つからないわね、どこへ……きゃっ! 危ないわね……」
「おい大丈夫か? 誰だ矢なんて撃ったのはっ! 人に当たったらどうするんだっ!」
突然、セラに向かって矢が飛んで来た、へなちょこであったことと、短剣を抜いた状態であったため弾き落とすことが出来たものの、危険であることに変わりはない。
そして矢を放ったのはあのジジィではなく、森の中に隠れている魔物のようだ。
森の中でカサカサと逃げる音がする、魔物の気配はいくらでもあったのだが、雑魚ばかりということで特に気にしてはいなかった。
だが圧倒的な実力差を意に介さず攻撃してくるということがわかった以上、試練委員のジジィだけでなく、その辺の雑魚にも注意しなくてはならないのである。
魔物は2体か3体ぐらいぶっ殺せば大人しくなるかな? いや、そうであれば最初から無謀な攻撃など仕掛けて来ない、弓を使える知能があるならば、それがどの程度危険なことかを十分に認識出来るはずだ。
ということはアレか、この森の魔物はジジィの手先、命令を受けてセラを狙っているに違いない……
「とにかくこのまま歩こう、てかさ、向こうも助っ人を出している可能性が高いんだ、そいつらとの戦いには俺達が関与しても構わないよな?」
「そうね、あのおじいさんと戦え、とは言われたけど、魔物とか何とかと戦えとは言われていないわ」
その後はカレンや、森林戦闘ガチ勢のマーサが前に出て、露払いをしながら森の中を進む。
もちろん2人には臭いを辿って敵を探すという役目もある、ハゲジジィの据えた臭いは誤魔化しようがないのだ。
「こっちですね、さっきから匂いがどんどん濃くなっています、どこかに止まっていると思いますよ」
「そうか、絶対に見つからないと思って安心しているのか、それとも何か仕掛けをして待ち伏せているのかってとこだな」
先程からゴブリンだのオークだのといった魔物が襲い掛かって来るが、どれも雑魚なので用はない。
だが執拗にセラを狙ってくる辺り、あのジジィに命令されて俺達を狙っているというのだけは確定と見て良さそうだな……
そのままどんどん森の奥へ進んで行くと、やがて小道は広がり、その先には木々に囲まれた広場のようなものが見え始める。
「スンスン……あの広場の奥の木の上に隠れていますよ、動いてはいないですね」
「おいおい、木に登ったまま寿命が尽きたんじゃないのか?」
「いえ、息はしています、何かぜーぜー言ってますけど……」
ここまで逃げて、さらに木登りをしたことによって疲れたのであろう。
情けないジジィだ、すぐに叩き落して……と、それはセラがやらないと拙いんだよな。
ジジィの居るという広場に足を踏み入れる、下は良い感じに草が生い茂り、何かを隠すのには持って来いの場所である。
「は~いっ! 見つけたわよ~っ! 早く降りて来て私と戦いなさ~いっ!」
『ほう……よもやここまでやって来ようとは、まさかおぬしら、その娘を手助けしたのではなかろうな?』
「もちろん魔物を倒すのは助けたぜ、どう考えても誰かさんが操っている雑魚の魔物をな」
『……まぁ良いにしてやろうぞ、では早速本当の試練を始めるのじゃ、とその前に……これを喰らうのじゃっ!』
「きゃっ! 何よこれ、体が……重い……」
突如セラを包み込んだ光の柱、何らかの魔法のようだ。
光に包まれたセラは、まるで重力が何倍にもなったかのような動きをし出す。
野郎、物理のみで対決とか言いながら、自分は魔法を使うとはどういう了見だ。
これは明らかに不正、もしセラが普通に戦って勝てそうもなければ、そのときはそのときである。
と、そこでジジィが木から降りて来た、颯爽とではなく、怪我をしないように慎重に、実にゆっくりとだ、とんでもなくダサい男だな……
「がはははっ! 人族の娘よ、わが魔法を受けた気分はどうだ? あ、もちろんそっちは物理のみで戦うのじゃぞ、それがルールだからの」
「卑怯ね、だいたい何よこの魔法は? 見たことも聞いたこともないわ……」
「冥土の土産に教えてやろう、この魔法はかつて、おぬしが立っているその場所で空腹により力尽きたデブの怨念を元に創り出したもの、通称『デブ魔法』、おぬしは今、体重150kgのクソデブなのじゃっ!」
「デブ魔法ですって!?」
セラが何を驚いているのかは知らないが、だからジジィはこんな所に誘導したのか。
しかしどうしてデブがこんな森の中に迷い込んだのだ? この魔法には疑問が多すぎる。
まぁ、どうせ何かといい加減な異世界なのだ、その程度の不自然があってももう驚くことはない……
「ではゆくぞっ! わしの攻撃を受けるが良いっ!」
「ちょっと待って、重いからっ、あいてっ!」
上手く動くことが出来ないセラ、そこにジジィの杖を使った容赦ない攻撃が降り注ぐ。
当然防御も間に合わず、セラはそのまま倒され……たりはしなかった。
良く考えたらかなりの強さを持ったまま、体重だけが150kgになったのだ。
元々たいした強さではないジジィにそれを打ち倒すことは叶わない。
「こいつめっ! 早く倒れんかこの小娘がっ!」
「いてっ、痛いけど重心が安定しているわね、ということは……えいっ!」
「はうぐはっ! がぁぁぁっ……」
セラの体重を掛けた突き刺し攻撃、手に持った短剣はジジィの腹にザックリと刺さり、ついでにその体を後ろにすっ飛ばしてしまった。
「な……なんということ……」
「あら、ウエイトに差がある分、動き回らなければこっちが有利みたいね、もっともその様子じゃもう走ることも出来ないでしょうけど」
「クソッ、どうしてこうなったのじゃ」
血の溢れる腹を手で押さえながら、後悔の表情を浮かべるジジィ。
おそらく最初からヒット&アウェイで攻めていさえすれば、こんなに簡単に攻撃を貰うこともなかったであろうに。
卑劣な手段を講じて満足してしまったのが運の尽きだ、舐めプで一発貰ってしまった以上、もうそれを取り戻すことは出来ない。
そしてもちろん、ここで油断せずに戦い抜くつもりのセラを前にして、これ以上生き長らえることも出来なくなってしまったのである。
「さて、それじゃあ止めを刺すわよ、念仏でも唱えなさいっ! それと卑怯な手を使ったことを地獄で後悔しなさいっ! えいやぁっ!」
「ぎょべぇぇぇっ!」
ゆっくりと近付き、短剣を振り下ろして正確にジジィの脳天を貫く。
悲鳴の後に一瞬だけビクンッと反応したジジィであったが、その直後には瞳孔が開き、完全に絶命した……
「勝ったわっ! でもおかしいわね、体が重たいままよ」
「もしかしてその魔法、ジジィが死んでも解除されないんじゃないのか? サリナ、ちょっと見てやってくれ」
サリナだけでなく、精霊様も一緒になってセラに掛けられた魔法の原理を解明していく。
しばらくベタベタと体を触ったり、スカートを捲ったりしていたが、どうやら結論が出たようだ。
「ご主人様、この魔法は呪いをベースにしています、だからここで死んだというデブを供養しない限りはその……二度と元には戻らないというか……」
「マジか!? てかデブなんて供養したことないぞ、肉か? 肉をお供えすれば満足するのか? ミラ、干し肉を持って来てくれ」
「ダメよ、ここでデブが死んだのは遥か昔、つまり古のデブなのよ、だから現代風の味付けじゃ満足しないと思うわ」
「そんなこと言ったってな……」
デブどころか古のデブとは、厄介な奴に呪われてしまったものだな……しかし古代風の味付けをしなきゃならないのか、ここはミラの腕の見せ所だな……
すぐに調理を開始するミラ、使うのはやはり例の豚骨と豚肉のようだ、まだ残っていたのかよ。
さらにその辺に落ちていたドングリや謎の木の実もアク抜きして使うらしい、これはもう食えたもんじゃないな、本格的な古代料理だ……
「はい、これで豚骨の煮たやつ、オークの石焼ステーキ、どんぐりその他のクッキーが完成です」
「良い感じのようね、じゃあそれをセラちゃんに食べさせて」
お供えするとかじゃなくセラが食べさせられるのか、不味いに違いない、いや、どんぐりのクッキーとオークのステーキに関してはなかなかの見た目だが。
とはいっても素材を知ってしまった以上、敬遠せざるを得ないな……まぁオークなんてのは豚みたいなものだし、しっかり処理をしてあれば大丈夫なのだが……
「さぁお姉ちゃん、どれからいくのかしら?」
「う~ん……う~~ん……じゃ、じゃあどんぐりのやつから」
「わかったわ、はいあ~ん」
「あ~ん……シブッ!」
アク抜きはしていたようだが、やはりそこそこ渋味が残っているようだ。
だがセラの動きがこころなしか軽くなったようにも思える、今は100kgぐらいか?
次いでオークの石焼ステーキを口にしたセラ、今度は体重70kg程度の動きになる。
順調にデブの呪いは抜けていっているようだ、だがここからが肝心なのである。
「ささっ、次はスープをグイッといきなさい、ダイエットは後半がキツいのよ、ある程度痩せてからが正念場なんだから」
「うっ、これはイマイチ美味しくないわね……でも元の重さに戻るためよ……」
豚骨スープといっても、単にオークの骨を煮ただけのもの、相当にアレな味がするはずだ。
それをガブガブと、鼻を抓みながら飲んでいくセラ、徐々に動きが軽くなっていく……
「うぇぇっ、もう良いでしょ? 十分体が軽くなったわ!」
「ダメよ、もう一息、ここで諦めたら全てが水の泡なんだから」
「ひぃぃぃ……」
結局用意された豚骨、もといオークの骨を煮た汁は全て姿を消し、そこでダイエット作戦終了となった。
卑劣ジジィのせいでとんでもない目に遭ってしまったセラ、今はその死体を蹴飛ばしてストレスを発散している。
さた、これで第三の試練もクリアのはずだ、あとはゲートとやらを探して第四の試練会場にワープするだけだな。
第四の試練、流れ的にやるべきことは想像が付くし、マーサもそれを察してウォーミングアップをしている。
とっとと始末して、第五の試練、そして主敵の待つ四天王城へと向かおう……




