337 調査結果
俺達がスミス系純粋魔族の里に着いてから3日後、ようやく西の空に鳳凰、そしてそれに乗ったエリナが現れた。
「おう、わざわざ呼び立てて悪かったな」
「もうっ、連れて行ってくれなかったくせに、都合の良いときばっかり呼び出すんですから」
「いやぁすまんすまん、ほれユリナ、サリナ、エリナ大先生をおもてなしして差し上げなさい」
「本当に調子の良い異世界人ですね……」
元魔王軍事務官のエリナであれば、この件に関して上手く情報を集め、各方面に影響を及ぼさないかたちで真実を暴き出してくれるはずだ。
フルートの実家に向かい、落ち着いたところで事の詳細を話しておく……
「えぇ~っ!? 魔王軍はそんなことしませんよ、まぁ人族に対しては無茶苦茶しますが、魔族の、しかも装備の製造元を潰すなんてわけわかんないですし」
「そう思うだろう、だからお前を呼んだんだ、人脈とか何とか、とにかくあらゆる手段を講じて内々にこのことを調べてくれ」
「わかりました、ただ今の私はもう事務官の任、というか魔王軍の幹部自体を解任された単なるOGですから、アクセス出来ない情報もあるかも知れませんよ」
「構わんさ、俺達が下手に動いてこことの関係を悟られたり、それに居場所がバレて奇襲されたりとかいう事態になるよりはマシだからな」
ということで調査の主体はエリナに任せ、俺達はいよいよ敵の動向を探るフェーズに入ることとした。
里を出て東を目指し、敵軍が陣を張っている地点を調べるのだ。
ちなみにここへはフルートだけでなく、カイヤ、メリーさん、そして戦闘の出来ないアイリスを置いて行く。
魔族ばかりの中でアイリスだけが取り残されるのはかわいそうだが、俺達と同行して危険な目に遭うよりは良い、本人も納得しているようだし、この方針でいこう。
「勇者様、食糧も心許なくなってきました、ついでにどこかで集めた方が良いですよ」
「だな、場合によってはここの魔族達が食べる分も用意することになりそうだし、ちょっと気合入れて何か探そうか」
俺達に残されているのはパーティーメンバーだけで1週間程度の食糧と、それに瘴気避けの魔法薬が2週間分程度、エリナに何か持って来させるべきであったな……
とにかく馬車に乗り込み、里を出て街道を東に進む、また気持ち悪い巨大生物に集られるのかと思うと実に憂鬱なのだが、これも四天王を倒すまでの辛抱だ、今しばらくは我慢することとしよう。
「え~っと、この地形だと敵軍はこっちを向いているはずです、つまりここを右に曲がって裏道を行けば、見つからずに横から様子を見られると思いますよ」
「そうなのか、お~いジェシカ、そこ右だって~っ、サリナがそう言ってるんだ~っ」
「了解した~っ」
サリナがどこでそんな兵法紛いのことを勉強したのかは知らないが、おそらく友達であるマトン辺りの入れ知恵なのであろう。
この行動が何か間違っていたとしてもそこまで影響はなさそうだし、ここはその指示通りに裏道へ入る。
そこからおよそ半日を掛け、馬車は敵の予想布陣スポットへと到達した……
※※※
馬車を降り、少し山の中を歩いた先で敵軍らしき集団を発見した俺達は、茂みの中に隠れながらそれを見下ろすかたちで監視を始める。
「お~、居る居る、ここは敵軍の左翼だな、ちょっと森に分断されがちなんじゃないのか?」
「そうね、ちょっと私が上空から見て来るわ」
「あ、私も行くーっ!」
「リリィは目立つからここで待ってろ、戦うときになたら大暴れさせてやるから」
「つまんないですね……」
不満げなリリィをどうにか宥め、偵察に行く精霊様を見送る。
時間帯はちょうど夕方、敵軍の兵士達は各々夕食の準備を始めているようだ。
獣の肉を焼こうとしている奴も居るな、アレを奪えば……カレンとリリィがめっちゃ反応している、飛び出して行かないか心配で食欲が失せた……
上空では、精霊様が米粒ほどの大きさに見える高度を保ちながらグルグルと辺りを集会している。
かなり遠くまで行っているようだな、あの辺りまで敵軍の兵士が居るのか。
しばらくするとその精霊様が戻って来た、早速報告を受けよう……
「敵の主力がどれなのかわからないわ、右翼と左翼には上級魔族も多いんだけど、肝心の中央が変なのよ」
「変って、また変態ばっかの軍なのか?」
「いいえ、オークなのよ、しかも小さい奴ばっかり、それが3万ぐらい居て、中央のテントを囲んでいるわ」
どういうことだ? 両翼に上級魔族が居るというのであれば人員不足ということは考えにくい。
だがオーク如きに本陣を守らせているのは納得がいかないな。
「やっぱここの指揮官、すげぇ馬鹿なのか?」
「そうは思えないわ、3つある渓谷のメインに自分達が居て、その両脇にも部隊を入れているの、私達が真ん中に突っ込んだらその連中が出て来て、あっという間に囲まれる構図なの」
「なるほどな、となると中央のオーク軍団は捨て駒で、メインが両翼の部隊なんじゃないか?」
「それだと中央に本陣らしきテントがあるのはおかしいわ、それにオークを殲滅すれば簡単に前を突破出来るのよ」
「う~ん、まぁ、良くわからないから考えるのはよそう」
豚だらけの敵中央部隊、それの意味するところはわからないが、何か仕掛けがあるのは間違いない。
とはいえこんな所で首を傾げていても何かがわかるものではないのだ。
実際に攻め込んで、敵がどう出るのかを見極めながら、その意図を探るのが適切であるといえよう。
それよりも現在の課題として優先すべきものが1つある、食糧の確保だ。
野山に混じりて竹だの何だの取るよりも、今目の前で野営を始めている敵から強奪するのが手っ取り早い。
「精霊様、どこかに孤立した部隊とかなかったか? 主に食事の準備を始めている連中で」
「それなら確認済みよ、こっちへ来て」
精霊様に誘われて森の中を移動する、敵部隊は俺達の眼下、渓谷を埋め尽くさんばかりの数でその存在を主張している。
と、移動の最中、見覚えのある魔族を発見した……純粋魔族の里に来ていた自称憲兵隊共だ、なぜかあの豪華な装備は着けていない……どこかに隠してあるのか?
「勇者様、奴等を見て下さい」
「どうしたマリエル、気になる男でも居たのか?」
「じゃなくて、あのキモ顔の魔族が食べているものです」
「……あっ!」
俺達がフルートママに分け与え、そのまま連中に『徴発』されてしまった缶詰だ。
他の連中に見つからないよう、円陣を組んでこっそり食べているようだが、上に居る俺達からは丸見えである。
あのように隠すということはおそらく、自分達が缶詰を持っているということが他にバレたら拙いのであろう、となると奴等があの里でやっていたことは……
「ちょっと、早くしなさい、逸れても知らないわよ」
「すまんすまん、行こうマリエル、あっちの件はエリナに任せるんだ」
マリエルの手を引き、かなり先行してしまった皆の所へ急いだ……
※※※
渓谷のかなり奥、敵陣左翼の最後尾付近、そこに精霊様が見つけた『食糧確保スポット』があった。
メインの部隊から少し離れた岩陰で、5体の中級魔族が酒盛りをしているのだ。
かなり良い酒を飲んでいる、おそらくは仕官の上級魔族用のものをかっぱらって来たのであろう。
つまみもなかなか上質な干し肉を大量に用意しているようだし、チャンス以外の何物でもない……
「良い? 魔法とか炎とかだとせっかくの食べ物が台無しになるわ、だから前衛と中衛で何とかしてちょうだい」
「任せておけ、俺とカレンが敵を一気に始末する、ミラとジェシカは食糧を、マーサとマリエルで敵の死体を運搬してくれ」
『おうっ!』
気合十分だ、部隊から離れてコソコソと酒を飲んでいたことが命取りになろうとは、まさか奴等も思わなかったであろうな。
カレンと目を合わせ、同時に茂みから飛び出す……敵の位置まではおよそ30m、一気に駆け抜けて攻撃を仕掛けた。
「喰らえっ! 勇者パーンチ! 勇者キッーク!」
「ご主人様、真面目に戦って下さい」
「すみませんでした」
俺が必殺技をふんだんに使って2体、カレンが残りの3体を通常攻撃で殺害した。
俺の方が討伐数が少ないのだが、必殺技にはタメが必要ゆえ、どうしても動きが遅くなってしまうのだ。
ともあれこれで食糧をゲットすることが出来た、敵の死体も干し肉も干し野菜も、それに十分な量の酒も運搬し、死体だけはその辺に埋めておく。
哀れな奴等だが、腹を空かせた俺達の前で隙を見せたのだから仕方が無い。
というか、俺達に殺されたにも関わらず、死体を埋葬して貰えたことを感謝して欲しいところだ。
「さて、今日はこのぐらいにして戻ろうか、馬車も心配だしな」
「そうね、ちょっと離れちゃったから、変な生き物に馬が襲われていないと良いんだけど……」
セラの不安は的中してしまった、もうすぐ馬車に辿り着く所で馬の嘶き……何かに襲われたようだ、全速力で森を駆け抜け、馬車の元へと戻る……
『ヒャッハーッ! 馬肉、ゲットだぜ! おいこら、大人しくしやがれ!』
『良いね、活きが良いね、桜ユッケにしようぜ』
『馬鹿、漢は馬刺し一択だろうがっ!』
俺達の馬車に集っていたのは敵兵、3体の下級魔族であった。
こいつらも部隊を離れて好き勝手をしている口か、ぶっ殺してやる。
「おい馬ドロボウ、何が桜ユッケだ、何が馬刺しだ、少しは火を通すことも考えやがれ」
『何だ貴様等はっ!? さてはこの馬車の持ち主だな』
『馬肉に火を通せとか、どこの蛮族だよ』
『おい、人族の女が居るぞ、あっちはステーキにしようぜ』
「黙れっ! 勇者トリプルアクセルラージヒルフロントサイドファイブフォーティーアタッーク!」
『ぎょべぇぇぇっ!』
「名前ばっか長くて中身がショボイわね……」
決まった、俺の新必殺技が、たった一撃で3体の魔族を葬り去ったのである。
もちろん馬は無事だ、この4頭が居ないとどこへも行けない、帰れないからな。
しかし敵軍の風紀がこれほどまでに乱れているとは、このまま放っておけば内部から瓦解するんじゃないのか?
だがその分周辺にある魔族の里や集落にはとんでもない迷惑を掛けていそうだな、ここは自然に崩壊するのを待たず、普通に攻め込んで討伐してしまった方が良さそうだな。
「よし、帰ったら精霊様の偵察情報を元に作戦会議でもしようか」
「ええ、でもあの里に戻ったら朝よ、一度寝てからにしましょ」
その通り、スミス系純粋魔族の里に再び舞い戻ったのは翌朝であった、少しだけということで布団に入り、そのまま数時間が経過した……
※※※
「もうっ! 起きて下さいよ! 色々と調べた結果が明らかになりましたよ」
「ん……何だユリナか? それともサリナか? 寝てんだから起こすんじゃないよ」
「エリナですっ! 良いから早く起きて下さいっ!」
「あぅ~……」
どうにか目を覚まし、真面目腐った表情のエリナと向き合う……あの自称憲兵集団に関して何かわかったことがあるようだ……
「で、調査結果は?」
「あの連中はやっぱりクロでした、四天王係の事務官に聞いたんですが、魔族領域での略奪や徴発は厳に禁じているそうです」
「やっぱりな、どうもあの軍、下っ端連中の風紀が乱れまくっているぞ、昨日も酒盛りしている奴が居たし、馬も盗まれそうになったんだ、ぶっ殺したけどな」
「そうでしたか、とにかくこの件はもう東の四天王軍に通知されているはずです、悪い奴はすぐに捕まると思いますよ」
この里の件はさすがに伝えてあるものの、通報者は当然俺達でなく、内部告発ということになっているらしい。
四天王軍の本拠地から陣を張っている第二軍へ、それから犯人を検挙することになるため、おそらく事件が解決するまでには2日か3日を要するはず。
俺達はそれまでこの里に滞在させて貰おう、運が良ければ敵の司令官クラスが謝罪のためにここを訪れるかも知れない。
さすがにそこでは手出し出来ないであろうが、敵の顔を拝めるチャンスはある、ここは無駄にしたくないところだな……
その日の夕方、里の入り口前の広場に四天王軍の使者が来たという。
犯人を連れて来たのではなく、とりあえず不正があったという事実だけ伝えに来たらしい。
「俺達もこっそり見に行ってみるか?」
「そうね、敵軍の幹部かも知れないし、ちょっと見ておきましょ」
他の皆は面倒だの何だのと言って付いて来なかったため、セラと2人で広場へ向かう……既に人だかりが出来ているようだ、バレないようにゆっくり近付く……
「上級魔族か、でもそんなに強くはないな、事務系の奴なのかな?」
「どうかしらね、もしかしたら四天王軍の本隊関係者かもよ」
まぁ、よくわからんが今のところはスルーだ、すぐに帰って行った使者に、道具が帰ってくると知って喜ぶ里の魔族達、苦情を言うという発想はないようだ。
フルートの実家へ戻ると、フルートママがニコニコで出迎えてくれた。
もう食事の心配もしなくて良いし、男達が戻る頃には道具も戻っているはずだと。
あとは四天王第二軍の謝罪部隊に指揮官、最低でも副官クラスの将が居ることを期待しておこう……
※※※
翌々日、何台もの馬車がこの里の入り口に現れたという話を聞き、早速その様子を見に行く。
ゲートの前の広場に着くと、そこには大量の鍛冶道具、剣や盾などといった装備、物凄い量の食料、そしてこの間の自称憲兵共が並べられていた。
「見ろ、あの真ん中に居る真っ黒い奴、絶対にアレが指揮官だろ」
「間違いないわね、メリーさんから聞いた特徴と一致しているし、凄く強そうだもの」
背はかなり小さく、漆黒の瘴気をフードのように被っているため顔は良く見えない。
それがこの里の長老連中にヘコヘコと頭を下げているのだが、謝罪するときぐらい被りものを取ったらどうだと言ってやりたいところだ。
しかし小さいわりにはそこそこの戦闘力を持っているようだな……魔法ではなく物理で戦うタイプらしい。
と、その指揮官が何かを喋り出すようだ……
「え~、この度は里の皆様に多大なるご迷惑をお掛け致しました、謝罪の意味も込めまして、この不届き者達が消費するはずであった食料、それに支払われることになっていた従軍報酬を全てお渡しします。なお、この者達の処刑は夕方よりこの場所にて執り行いますので、皆さんお誘い合わせのうえ、楽しくご覧頂ければと存じております、申し訳ございませんでした」
わりとまともな奴のようだ、ちなみに声が可愛いのはやはり見た目も可愛いからなのか?
とにかくあの瘴気で出来たフードというかマントというか、凄く邪魔だな……
返還された鍛冶道具や受け取った食料を里の連中が運んでいる間、俺達は物陰に隠れて指揮官の様子を覗う。
どこかで気を抜いてフードを取ったりしないものかと期待していたのだが、そういう気配は微塵も感じられない。
ちなみに部下への指示は副官らしきおっさんが行い、漆黒の女はそれに頷いたりして同意の意思表示をするだけだ。
もしかしたらあのおっさんが軍のブレインで、指揮官であるあの女は戦闘が専門なのかも知れないな……
などと考えているうちに里の魔族達による物品や食料の片付けも終わり、そこからは並んで座らされている自称憲兵隊への暴行タイムが始まった。
『ぎょぇぇぇっ! やめてくれっ、俺達が悪かった、謝るから勘弁してくれぇぇぇっ!』
「ダメに決まっておるじゃろうっ! こいつめっ、こいつめっ!」
雑魚すぎる自称憲兵の魔族共は、ここの里の連中が強く息を吹き掛けるだけでも死んでしまうレベルの弱さである。
ゆえに暴行を加えるにしてもそれは、ほとんど手を触れることのないセーフティーなものだ。
ここで死んでしまうと後で処刑する楽しみがなくなってしまうからな。
その暴行タイムはしばらく続き、皆が満足したところで徐々に終息していった。
タイミングを見計らって漆黒の女が前に出て、そろそろ処刑を始める旨を伝る。
続々と純粋魔族達が集まって来た、皆にこやかな表情で、とてもこれから公開処刑を見物するとは思えない様子である。
「え~、これより処刑を執り行います、処刑人は囚人を前へ」
漆黒の女がそう宣言すると、ついこの間まではここで調子に乗っていた馬鹿共が引き立てられる。
全員足がガクガクで、まともに歩くことすら叶わないようだ、無様な姿だな……
「お前達は誉れある東の四天王軍にありながら、その風紀を乱し、さらには魔王軍と提携関係にあるこの里に多大なる迷惑をお掛けした、その罪決して許されるものではなく、よってお前達は全員『手足の先からちょっとずつ地味にみじん切りの刑』とする!」
『いやだぁぁぁっ! 許してくれっ、許してくれ……』
「処刑を始めよっ!」
『あんぎゃぁぁぁっ!』
雑魚魔族1匹に1人ずつ付いた処刑人の華麗な包丁捌きにより、手足の先からジワジワと切り刻まれていく。
とりあえず気持ち悪いから見るのをよそう、夕飯が不味くなりそうだ。
結局辺りが暗くなるまで処刑は続いたようで、フルートママが屋敷に戻って来たのはかなり遅くなってからであった。
「う~ん、すっきりしたわ、これで鍛冶も再開出来るし……まぁ魔王軍の敵である勇者パーティーに助けられたってのはちょっとアレかもだけどね……」
「そうですね、ちょっと微妙な感じではありますよね……」
何ともいえないのだが、とにかくこれでこの里の事件は解決だ。
敵の司令官らしき女の姿も見ることが出来たし、これで良かったとしておこう。
さて、次はその司令官の、いや四天王第二軍全体を相手にして戦う番だ。
敵の風紀の乱れはこちらにとってのチャンスである。
この機を逃すことなく、一気に攻め込んで滅ぼしてしまうべきだ。
翌日にはフルートの実家を出て、再び敵が陣を張っているポイントを目指した……




