335 魔族の地へ
「は~い、そろそろ瘴気が濃くなってきますよ~、必要な人はこの魔法薬を飲んで下さ~い」
「ありがとうカイヤ、まだストックは十分にあるか?」
「そうですね、1ヶ月は持たないと思いますが、そうなればまた作れば良いだけですから」
魔女である元大魔将、カイヤの特製『瘴気避けの魔法薬』を飲み、魔族領域に渦巻く瘴気の影響を受けて毛根が死滅するという事態を防ぐ。
最初に作ったときからかなり改良が重ねられたようで、効果はたっぷり3日間、しかもイチゴ、レモン、メロンなどといったいくつかの味が用意されている。
もちろん俺は漢なので『ブラック』だ、うんクソ苦い、次からはイチゴ味にしよう。
「しかしここはまだ人族と魔族の住む地の緩衝地帯だろ? それも真ん中辺りだ、それでも瘴気が漂っているんだな」
「ええ、だから人族が住んでいないんです、魔族もそれに遠慮してここに進出するのを控えているかたちですね」
「何だよ、思っていたより険悪な仲じゃないんだな……」
この世界に来てすぐの頃には、魔族と言えば人族の敵、お互いに争い、殺し合い、憎しみ合っているものだとばかり思っていた。
だが実際に人族と敵対し、それを滅ぼそうと企んでいるのは魔王軍であったのだ、まぁ、相容れない宗教で片方に巨大な過激派組織があるという認識で良いのであろう。
というわけでこの緩衝地帯は実に平和だ、時折魔族の中でもヤバい連中が進出したりするらしいが、それらはどれも下級ないし中級の雑魚魔族だそうな。
上級魔族はそれぞれの種族や民族ごと、里や村のようなものを形成してその地に根を張って暮らしているのが基本だという。
そのうちの1つ、これから向かうフルートの故郷は、純粋魔族のうち鍛冶を生業とする集団がメインとなって暮らしている里である。
「あ、そうだ勇者様、せっかく鍛冶をしている里へ行くんだし、鎧でも注文しておいたら?」
「俺はそんなの要らないよ、最強だからな」
「いつも真っ先に吹っ飛ばされているような気がするんだけど……」
まぁ俺には鎧など必要ない、というかあっても邪魔なだけなのだが、他に誰かが装備を新調したいというのであればそうしよう。
ただし予算は限られる、金もないし、ついでに言うとそこに追加してやる俺のポケットマネーも枯渇寸前だ。
「なぁフルート、里で鍛造している武器とか防具はやっぱり高級品が多いのか?」
「う~ん、そういうものばかりでもありませんよ、特に素材持込であればそこまで高額ではないと思います」
「素材持込か、おいジェシカ、道中オリハルコンとかミスリルの結晶が落ちていたら教えてくれ」
「主殿、そんなものが簡単に……ミスリルの大結晶を見つけた……」
噂をすれば影、街道脇の小川にミスリルの塊がゴロンと転がっているではないか。
すぐに馬車から降りて拾う……軽い、見た目と重さのギャップが凄いな、まるでアルミニウムのようだ。
それを持ち帰って精霊様に見せると、かなりの高純度であるとのお墨付きを得る。
時価にして金貨10枚はくだらない、相当な値打ちものであるとのこと。
「どうしてそんなものが簡単に見つかるんですか、意味わかりませんよ」
「まぁ気にするな、俺達はいつも不遇だからな、たまにはこういうことがあっても良いのだ、ちなみにコレだけで何が造れる?」
「そうですね、剣や盾には少し足りませんが……籠手とかならどうにかなると思いますよ」
「籠手か、マーサ、ちょっとこっち来い」
いつも素手で戦っているマーサ、たまに自分の攻撃で拳に傷を負ったりしている。
パンチ主体の男気溢れる戦闘スタイルだが、スベスベの手から血を流しているのはあまり見たくない。
だが手の甲まで完全にカバーする籠手があればそんなこともなくなる、このミスリルはマーサのために使うこととしよう。
「ねぇ、籠手を造ってくれるのは良いんだけどさ、ちゃんとウサギらしい可愛いのにしてよね、ゴッテゴテのむさ苦しいのだったら絶対に装備しないわよ」
「はいはい、その辺りは鍛冶師がちゃんと汲んでくれるさ、サイズ調整のために対面するんだから、マーサがどういう感じなのか、何が好みなのかはわかってくれるだろ」
「そうなのね、じゃあニンジンを収納するポケットも付けて貰うわ、戦闘中お腹が減ったらニンジンを食べてパワーアップよ」
却下だ、強敵との戦闘中にニンジンを取り出して食べている仲間の姿を見たくはない、ほうれん草じゃないんだし、というか仮にパワーアップするとしても筋肉がアレなマーサはイヤだ……
ミスリルの大結晶はサリナに預け、闇の力を染み渡らせることとした、これで少しだけ素材が強化されるらしい、というか結晶を卵のように温めるサリナが可愛い。
結晶を拾った場所の近くに小さな泉と開けた場所があったため、ひとまずそこで休憩とする。
今日は昼食もまだだ、ここで一緒に済ませてしまおう……
※※※
「え~っと今がこの辺りだから……明日の夕方にはこの緩衝地帯を抜けられそうね」
「そうするとフルートの実家はすぐ傍だな、てかさ、いきなり攻撃されたりしないよな……」
「その可能性は否定出来ません、そもそも人族や異世界人が入って来ることすら異常なんですから」
魔王軍と敵対している、しかも人族や俺のような異世界人、ドラゴンに精霊まで含めた一団が、突然馬車に乗ってやって来る。
何よりも俺達はフルートを大魔将の座から引き摺り下ろし、捕虜にまでしているのだ。
もしかしなくても里の連中の怒りを買うであろう、そうなればもう戦争である。
どうにかして平和的な出会いを遂げたい、そしてマーサのための籠手も造って貰いたい、となるとやるべきことは……
「なぁフルート、お前そのまま実家に戻らないか?」
「……ということはつまり、解放して頂けると?」
「そうだ、お前は他の連中と違って大人しいし、特に俺達に対して害をなしたとかそういうことはない、つまりここで逃がしてやっても特に問題はないわけだ」
「それは凄く嬉しいんですが、他の皆より良い待遇を受けるのはちょっと……」
控えめな性格の極致である、まぁしばらく実家に滞在したら心変わりするかも知れないし、この件は保留ということにしておこう。
以降は相談し、それ以外に敵対心を持たれないための作戦を考えていく。
予想の外、皆から次々に意見が出てきた。
全員にこやかな笑顔で近付いて行く、ダメだ、馬鹿にしていると思われたらお終いだからな。
逆に強面な感じで行く、こちらが喧嘩を売ってどうしようというのだ?
俺が股間に白鳥の首を付けて……殺されてしまうに違いない。
お土産として食べ物を持っていく、里に居るのは200人近いらしい、全員に行き渡る量を確保出来るとは思えないぞ。
サーカス団の興業に扮して……実際にやれと求められたらどうするつもりだ。
「う~ん、もうダメだな、もし襲われたらある程度まで戦うしかない、フルート、里の連中は強いのか?」
「そうですね、魔力は私が一番でしたが、それなりに戦いをこなせる者ばかりですよ」
「拙いな、向こうが本気で殺しに来ているのに、こっちは手を抜いて戦わなきゃならないんだ、それだとかなり骨が折れるぞ、まぁ物理的にポッキリいかれるかも知れんがな」
「そうならないよう私が止めに入ります、里の皆さんも私のことは知っていますし、どうにかなると思います」
「わかった、フルートの活躍に期待しておこう」
とりあえずその里とやらに到着してみないことには何もわからない。
今は馬車を進め、迷わず目的地に向かうことだけを考えよう……
※※※
それから2日、野宿したり河原で休憩したり、涼しい朝の時間に距離を稼いだりしながら目的地を目指す。
と、窓の外を眺めていたセラが何かを発見したようだ……
「見て勇者様、あっちの方、真っ黒な霧が出ているわよ」
「本当だ……ってアレ瘴気じゃないのか?」
「ということはそろそろ……」
魔族領域に入るということか、御者台に座っているルビアとジェシカも前方に瘴気の塊を認めたようだし、ここから先が緩衝地帯でなくなることは明白。
しかしあんなに瘴気が立ち込めていて良いのか? 昼でも真っ暗で洗濯物とかも乾かないのでは?
というか植物も育たないはずだ、だとすれば魔族は一体何を食糧として生きているのだ……
「なぁマーサ、魔族領域ってやっぱり真っ暗なのか?」
「そんなことないわよ、私の住んでいた所は普通に明るかったわ」
「瘴気は?」
「基本的に見えないレベルね、濃い場所は真っ暗だけど、そんな所めったにないもの」
「そうなのか、じゃあこの先の瘴気地帯は何なんだろうな?」
「う~ん、まぁそういうこともあるっしょ」
えらく適当な感じのマーサ、ユリナ化サリナに聞けば良かったぜ、だが2人は馬車に揺られて眠っており、フルートにカイヤ、メリーさんも舟を漕いでいる。
今起きている中で魔族領域の詳細を知っているのはマーサだけなのだ。
これから突っ込む漆黒の瘴気地帯に危険がないと良いのだが……
「ご主人様、そろそろ黒い霧に入りますよ、一応何が起こっても良いように気合入れといて下さい」
「了解した、とは言っても出来ることなんて何もないんだがな……」
などと話しているうちに、馬車は黒い瘴気の霧に包まれた……臭いも味もしない瘴気、おそらく対策なしにこれだけ浴びれば、ツルッパゲどころか変な生物に変異してしまうであろう。
と、そこで寝ていたカイヤが目を覚まし、辺りをキョロキョロと見渡す……
「あれ? この瘴気は何なんでしょうか? やけに純度の高いもののような気がしますが」
「わからない、さっき突入したんだ、ちなみにこれは魔族領域に渦巻いているものとは違う瘴気なのか?」
「ええ、これは私を魔族に変えてしまったのと同じものです、時折魔族領域の地面から噴出すことがあるんですが、ここまでの量が1ヵ所にというのはちょっと……」
これが先程マーサが言っていた『めったにない瘴気の濃い場所』の正体ということか。
地面から純粋な瘴気が噴出していたんだな、そして浴びるとハゲる瘴気とはまた別物と。
カイヤ曰く、俺達が服用している魔法薬はこのタイプの瘴気にも効くらしいが、魔族領域に入って一発目でこれとか、ちょっと歓迎の度が過ぎているような気がするな……
「勇者様、これ、もしかして敵の仕業かも知れないわよ、瘴気を撒いて私達の足を止めようとしたとか」
「可能性はあるな、俺達がこの付近を通るのは敵も予想しているところだろうし、あらかじめ何か策を打っていてもおかしくはないからな」
だがその程度のことで俺達は止められない、この先で待ち受ける四天王の部下筆頭も、それから四天王本人も、最終的には俺の前に跪いて無様に命乞いをするのだ。
もちろん部下筆頭の方は女の子らしいから助けてやるが、四天王の方はそうもいかない。
今のうちに身辺整理でもしておくよう手紙でも書いてやろうかな……
しばらく進むと真っ黒な瘴気の霧はなくなり、空気が綺麗になった。
だが瘴気自体は濃く存在しているようだ、今魔法薬の効果が切れればえらいことになってしまう。
「あ、ここはもう完全に魔族領域よ」
「どうしたマーサ、何でそんな風に言い切れるんだ?」
「だってほら、あの花を見てよ、あんなのが人族の領域に生えていると思う?」
「ん? うわっ……何なんだよあれは……」
ラフレシアのような巨大な花、直径は3メートル以上もある。
それが地面に生えているというよりも、人間のような足を生やして立っているのだ。
明らかに人族の地にあるようなものではない、植物に足が生えて移動したのは何度か見たが、あのサイズのものは初めてである。
「お、歩いたぞ、やっぱり動くんだな……何かこっち来てね?」
「あの花は弱い魔族を襲って食べるの、たぶん私達を狙っているはずよ」
「それを先に言えっ! おいルビア、急いで逃げるんだ! あんな気持ち悪いのに襲われたくない!」
「え? 後ろに何か居るんですか?」
「良いから早くっ!」
全速力で走り始める馬車、だが花も俺達が逃げるのに気付いたらしく、速度を上げて追って来る。
てか走り方もキモいな、凄まじく内股でシャカシャカ走っていやがるではないか。
徐々に距離を詰められる……こうなったら魔法で攻撃して始末するしかないな……
「誰か魔法で奴をっ!」
「あ~、この距離だともう魔法は使えないわね、魔力に反応して辺りに胞子を撒き散らしながら死ぬわ、すぐに新しいのが沢山生えてきて取り囲まれるの」
「だから先に言えぇぇぇっ!」
「どうせ魔法で撃ったら増えるだけよ、引き離せてもそのうち追い付かれるわ」
さてどうしたものか、花との距離はもう30メートル程、さすがにアレに近付いて近接戦をやってのける度胸はないし、かといって魔法攻撃を喰らわせて増えられても困る。
と、そこでカイヤが手を挙げて発言の許可を求めた、何か策があるのか?
「あの~、あの花は早く倒さないと仲間を呼びますよ、あと興奮して臭いを出すので鼻が捥げます」
「いやさ、戦って勝てない相手ではないと思うよ、だが見ろ、誰もあんなのに近付きたいとは思えないぞ」
「ではこの魔導除草剤をどうぞ、花の真ん中が口です亜から、そこへ放り込めば効果抜群です」
「おうっ、良いもんもってんじゃねぇか、え~っと、マーサ、悪いが投げてくれ、俺は狙いを外して責任を問われるのが大嫌いなんだ」
「本当にダメな異世界人ね……」
魔導除草剤の入った瓶をマーサに渡すと、狙いを定めることなくポイッと窓からそれを投げた。
だが上手い、一発で巨大人喰いバケモノラフレシアの口を捉えたのである……
『ギョベェェェッ!』
枯れた、ラフレシアは一瞬で茶色に、さらには灰色になってボロボロと崩れ去った。
地面に残ったのは人間のものとしか思えない足のみ、パッと見バラバラ死体の一部だ。
「ふぅっ、どうにかなったようだな」
「あ、ちなみにここ、あのバケモノラフレシアの群生地帯だったりします」
「何だと? あ、あぁぁぁっ! めっちゃ出てきたじゃねぇかっ!」
横を流れる小川から、反対側の草むらから、数え切れない程のラフレシア軍団が姿を現す。
当然狙いは俺達の馬車だ、これでは魔導除草剤がいくらあっても足りない……
「おいおい、どうするんだよこの状況……」
「大丈夫です、この辺りはあの花を襲って食べる生物の生息地でもありますから」
……本当だ、超巨大なハエが集ってバケモノラフレシアを貪り食っている、ハエの大きさが3m以上あるのが気掛かりだが……おや、ラフレシアを食べ終わったハエがこちらにやって来たではないか。
「ちなみにあの巨大なハエも人を襲います」
「だぁぁぁっ! キモいのからキモいのに変わっただけじゃないかぁぁぁっ!」
「でもあれなら魔法で攻撃しても大丈夫ですよ」
「あっ、そうか、おいユリナ、ちょっと起きるんだ!」
「ん~、何ですの? さっきからうるさくて安眠……」
「良いから起きろーっ!」
耳元で大声を出してやると、さすがのユリナも驚いた様子で目を覚ました。
すぐに辺りを見渡し、馬車周辺に集っているハエのバケモノが居ることに気づいたようだ。
「良く見かけるタイプのハエですわ、食べ物には集るし、家畜の血を一滴も残さず飲み干したりするので厄介なんですの」
「・・・・・・・・・・」
食べ物に集る分チュパカブラよりも性質が悪い、とにかく馬車を狙っていた巨大なハエは、ユリナが適当に乱射した火魔法に焼かれ、すべて地に落ちて灰となった。
その後も2mを超えるサイズのオークを丸呑みにした大蛇を引き千切ったカマキリを一撃で葬り去ったバッタをあっさりと捕食した雑草を一瞬で溶かし尽くしたアメーバ……などといった明らかに普通でない生物達のバトルに何度も遭遇してしまった。
というか食物連鎖がどうにかなってしまったようだ……
「何だかとんでもない所だな、おいフルート、こんなんで弱っちい下級魔族とかは生きていけるのか?」
「ええ、稀に下級魔族の里が1匹のアリに滅ぼされた、なんてこともありますが、さすがに人族と違ってそこまで弱くありませんから」
「う~ん、とはいえこんな生物が近くに居たらと思うと……もしかしてフルートの里に侵入していたりしないよな?」
「さっきのハエぐらいならその辺を飛び交っていますよ」
「・・・・・・・・・・」
もはやこの時点で帰りたくなってきたのだが、その後続いた話によると、ここから東に行けば行くほど、つまり四天王の城に近づくほどに、その辺に居る生物や魔物の力は強く、そして見た目も禍々しいものになっていくという。
敵の強さに関しては、『フィールドモンスターが徐々に強くなる』という経験を異世界転移前に何度もしている俺にとっては普通のことなのだが、見た目がキモくなるのは勘弁して頂きたいところだ。
「あの~、そろそろ里に近付いてきたんですが……」
「そうか、じゃあ詳細な道案内を頼む」
「でしたらそこを左に曲がって、ああ行ってこう行って……それから最後の斜面をダーッと……」
「フルート、お前は説明下手だな」
「す、すみません」
長い耳を赤くして恥ずかしがるフルート、この先にこういう見た目の連中がおよそ200人住む里があるのだ。
そこへ向かうにあたっての最も大きな問題は、その純粋魔族連中に嫌われてしまわないかどうかということ。
可能性は高いが、出来ればそうでないことを祈っている。
そしてそうでなかった場合、先程拾ったミスリルの結晶がマーサの手を保護するための籠手に変わる可能性があるのだ、今はこちらの未来が選択されることを期待しておこう。
フルートの曖昧な説明を手掛かりに、馬車は街道から外れた森の中へと突入していく。
しばらく走ったところで見えてきたのは、ハンマーを象った飾りが掲げられた、小さなゲートであった。
さて、ここの連中は仲良くしてくれるのであろうか……




