328 夏でも凍える
「ようこそおいでくださいました、私がキャシーの母です」
「どうも、勇者です」
「勇者様、その自己紹介はどうかと思うわよ……」
今回の件、といっても湖で起こった事件に関することだが、その詳しい話を聞くためにキャシーの実家へ向かった俺とセラ、そしてアドバイザーの精霊様、まずはキャシーの母親が出迎えてくれた。
父親は現在、集落共同の放牧地でウシの世話をしに出ているらしいが、キャシー曰く両親共にこの話には詳しく、さらにどちらかと言えば母親の方がより詳しいとのこと。
このまま話を聞いてみることとしよう……
「どうぞこちらの部屋へ」
「あ、はい、おじゃましま~す」
家の中へ通される、こちらの『部屋』とは言うものの、汚らしい間仕切りがあるだけだ。
この時点で既に、これまで相当にひもじい生活を強いられていたということが良くわかる。
その家の奥にあるテーブルの前に座ると、すぐに茶……ではなく牛乳が出てきた、どうやらこの集落ではこれがスタンダードらしい。
「さて、皆さんはキャシーの裏の姿を見た、それで良いですよね?」
「ええ、湖の一件で拝見しました、あれは一体?」
「私の一族に掛けられた呪いが、キャシーの代になって発現してしまったものです」
「というと?」
「私の一族はかつて、かつてといっても伝説の時代ですが、神界から委託を受けた『火山の牢獄の監視員』であったそうです」
「……!? ということはアレですか、その、瘴気が溢れ出した事件についても……」
「ええ、あくまで伝説として聞き及んでおります」
キャシーの両親は俺達が村に現れ、事件の詳細を聞いたとき、真っ先に一族の伝説を思い出したという。
そこから先は不安によってそれどころではなかったのだが、全てが解決した今、再びそのことに気が回ったそうだ。
「それで、これが我が家に伝わる伝説、元々は口伝だったんですが、わかり易いように書き写しておきました」
「ありがとうございます、では読ませて頂きますね」
キャシーの母親に渡された1枚の紙、そこには一族の伝承を、一字一句書き写したと見られる文章が……
『牢獄の御山、悪神によって崩壊せり。我瘴気を浴び、闇の力を得るも、これを先々の代に送らんと欲す。一族の子に闇の力発現せしとき、西方から勇者現れん、その者馬鹿也、その者阿呆也。闇の力得し子、犬畜生にも劣るその者を導きて、再び牢獄の御山封印せしこと』
何か馬鹿だのアホだの言われているようだが、もしかして俺のことなのか?
よくわからんがとにかく大事な文書のようだ、これを書き写させて貰おう。
「う~ん、これ、キャシーさんと一緒にその山に行けってことよね、どうしてそんな昔に今のことがわかったのかしら?」
「きっと預言よ、神がこの家のご先祖に何か言ったんだわ、そういうお役目の一族だし、日常的に神託を得ていてもおかしくないもの」
「なるほど、で、勇者様はどう思う?」
「……うん、すげぇムカつく」
その後もキャシーの母親から詳しい話を聞く、今紙に書いてあった話は、それこそ先祖代々受け継がれてきたものであるが、さすがにここで『そのとき』が来るとは思っていなかったようである。
それゆえこれ以上の情報はない、これからどこへ向かうべきなのか、その封印とやらはどうやるのか、そもそも今更封印をし直したところで何か意味があるのかなど、わからない点が非常に多い。
「勇者様、とにかく最初の目的地だった洞窟へ行ってみるべきよ、そこは火山の麓なわけだし、何かヒントが見つかるかも知れないわ」
「そうだな、キャシーさんも俺達がそこへ行くと知って付いて来る気になったわけだし、それが妥当だろう」
ということでキャシーを連れてその実家を後にした、目指すはかつて神々の牢獄であったという火山、その麓にある洞窟だ。
その日のうちに準備を済ませ、夕方前には集落を出る、人々に見送られながら、馬車はゲートを潜って北東へと向かった……
※※※
「洞窟にはここから1日半で到着ね、案外近いわ」
「そうですね、湖よりは遠いですが、集落の人もあの辺りまで行くことが良くあるみたいです、特にこの時期は」
「へぇ~、ちなみに何をしに?」
「洞窟の中は夏でも凄く寒いんです、だから氷があって、それを包んで持って帰るんですよ」
なるほど、日の当たらない洞窟はやはり温度が低く、それゆえ氷の貯蔵、というか天然ものの氷が夏でも残っているんだな。
まぁアレだな、富士山の麓にある夏でも極寒の洞窟と全く同じものに違いない。
そもそも休火山自体が富士山みたいなものなのであろう、高原で牛乳が特産の地域とかモロに一致している。
「ねぇねぇ、それよりもこれよ、面白いわねぇ、あんた大昔の人にまで馬鹿にされてんじゃないの、ぷぷぷっ」
「おいこらマーサ、調子に乗るのも大概にしろよ、メガトン拳骨でも喰らえっ! あっ!」
「ざ~んねんでした~っ!」
「お仕置きを回避するんじゃない、待てこらっ!」
『馬車の中で暴れないのっ!』
『すみませんでした……』
マーサのせいでほぼ全員から一斉に怒られてしまったではないか。
忘れた頃を見計らって何か喰らわせてやろう、ドリルカンチョーだな。
「でもご主人様、良かったじゃないですか」
「おいルビア、その文面を見て何が良かったと思えるんだ」
「だって一応は『勇者』って書かれてありますから、そこは昔の人も否定し切れなかったってことです……ぷっ、ぷぷ……」
「笑ってんじゃねーっ!」
「あひぃぃぃんっ!」
横に居るルビアは回避のしようがない、抱き寄せ、そのまま脇腹を思い切り抓ってやった。
しかしどうしてわざわざ俺をディスるような内容にしたのだ? そもそも今の女神よりも前にこの世界を担当していた神が、どうして俺に色々と託すような神託を授けたのだ?
謎は深まるばかりだが、今後調査を続けていけば色々とわかることもあるはず。
まずはこの先の洞窟へ行って、何か手掛かりを見つけることとしよう。
馬車は進み、相当な時間が経過した、時間帯は既に夜中、そろそろ御者をしているジェシカが限界を迎えそうだ。
「さてと、今日はどこで野宿しようかな……」
「あ、それでしたらもう少し進んだ先に山小屋が1つ設置してありますよ、集落の人がこちら方面へ来る際に使うものなんです」
「つまりそこを利用しても良いと?」
「もちろんですよ、皆様にはあの首長一族を排除して頂いたご恩がありますから」
お言葉に甘え、キャシーの集落が所有する山小屋をホテル代わりに使わせて頂くこととした。
そこにはすぐに到着し、馬車を横付けして中に入る。
ここのところは使われていないようだが、朽ち果てているとかそういった感じではない。
明かりを灯すための油も、そして風呂釜と薪も十分に使えそうである。
「さ~て、まずはお風呂に……」
「ちょっと待てマーサ、遂に捕まえたぞ」
「あらら、捕まっちゃった」
「ドリルカンチョーを喰らえっ!」
「はぅぅぅっ! も……もう1回……はうっ!」
「ほらそこ、遊んでないでご飯とお風呂の支度を手伝いなさい」
「へいへい、マーサは……もうダメそうだな……」
復讐を果たし、満足した俺は風呂焚きを手伝う、かなり狭い風呂だがあるだけ贅沢だ。
2人ぐらいずつ一緒に入っていくこととしよう。
精霊様とキャシーを先頭に、順番を決めて次々に入浴を済ませる。
と、湯上りで髪を結ったキャシーにこれまでは見つけられなかった特徴があることに気付く……
「キャシーさん、ちょっと耳が長いですね」
「え? あ、そうなんですよ、両親も、おじいちゃんおばあちゃんもそんなことはなかったのに、どうしてか私だけ耳がこんな感じなんです」
「ほ~、となると比較すべきは……フルート、ちょっとこっちへ来てくれ」
「は~い……って、耳を弄り回すのだけはやめて下さいね……」
「大丈夫だ、ちょっと確認するだけだから」
「本当でしょうね……」
疑いの眼差しを向けるフルート、どうやら二度も助けてやった恩を忘れてしまったようだ。
もちろんそういう奴には耳を弄り回す刑を執行しなくてはならない、近付いて来たところをガバッと捕らえ、耳かきでもしてやるかのような姿勢で膝に押さえ付ける。
「ひぇぇぇっ! やめてっ! やめて下さいってば~っ!」
「とか言いながら逃げようとはしないんだな、ほれほれ、ここなんかどうだ? ん?」
「うぎゅぅ~……」
と、そういえば耳の長さを確認するんだったな、キャシーは危険を感じて耳を隠してしまったのだが、おおよその長さは把握出来た、さてフルートは……
うむ、キャシーの1.5倍ぐらいはありそうだ、これが純粋魔族、そしてキャシーのはその純粋魔族と、変異する前の姿である人族との中間ぐらいと言った感じか。
おそらくキャシーの先祖がそのまま瘴気を浴び続けていたとしたら、それこそ魔族の仲間入りを果たしていたことであろう。
それを中途半端なところで止め、いや止めたのか神々の力で止められただけなのかは知らないが、とにかく途中で変異が止まり、その瘴気によって得た力を子孫に託したと、そういうことだな。
「はいフルート、もう良いぞ、フルート?」
「も……もう動けません……」
フルートの弱点は耳、と、あまり調子に乗ることがない性格だが、お仕置きしなくてはならないようなときがきたら存分に活用してやろう。
しばらくして動き出したフルートを解放し、アイリスが用意してくれた夕食を取って布団に入る。
明日の昼過ぎ、遅くとも夕方には洞窟へ到着出来るはずだ、探索に備えて今日は早寝しよう……
※※※
翌日、朝から馬車を走らせて目的の洞窟へと向かう、昼を少し過ぎた辺りで、集落の人が設置したものと思われる看板が目に入った。
その看板に指定された通りに細い路地を進み、30分程走ったところで、山肌にぽっかりと空いた洞窟の前に出た……中は真っ暗のようだ、氷の運搬に使うのであろうムシロが外に積み上げられている。
「キャシーさん、ここは魔物とか出たりしないんですか?」
「そういう話は聞きませんね、出たとしても集落の人が勝てるような弱い魔物ばかりだと思います、ここへ来て戻らなかった人は今まで居ませんでしたから」
そういうことであれば警戒しながら進むまでもない。
ユリナの尻尾を最大限に光らせ、明るい状態にして洞窟の中へと足を踏み入れた。
「うぅっ、何だか早速寒いわね、まるで冬みたいじゃないの……」
「そうだな、本当に日の光も熱も届かないんだ、あそうだ、ルビア、リリィを抱えて暖めながら進むんだ」
寒さに弱いリリィは暖めておかないと、こんな所ではどうかなってしまうかも知れない。
逆に暑さでバテ気味になっていたカレンが活き活きしているのが面白いな……
まっすぐな洞窟を奥へと進む、今のところ特にこれといった変化は見当たらない。
まだ集落の人間が頻繁に入っているエリアのはずだし、それも当たり前か。
「あっ! もう氷がありますよっ!」
「本当だ、ここから先は足を滑らせないように気を付けて進むんだおわぁっ!」
「……ご主人様、気を付けて下さい」
いきなり醜態を晒してしまった、いや、俺の靴が滑り易いだけだ、きっとそうだ。
勇者ともあろう者が氷で滑ってコケましたなど、決してあってはならないことなのだから。
足元に注意しながらしばらく進むと、なにやら規制線のようなロープが張ってある場所に出た……これ以降は立ち入ってはならない、そういうことか……
「きっとこの先はかなり足場が悪いとかそんな感じだろうな、とりあえず入ってみようか、おいメリーさん、お前先頭を歩け」
「どうして私なんですか? 私はただの付き添いで……」
「そうか、尻を引っ叩かれたいんだな」
「いえ行きます、喜んで行かせて頂きます」
これで足元の危険はかなり軽減される、メリーさんなら落ちても死ぬようなことはないであろうし、そもそも囚人というのはこういう所で使ってこその存在なのだ。
ビクビクしながら歩くメリーさんをミラが小突いて促し、規制線を越えた先に足を踏み入れた。
「ここから先は人が入った気配がまるでないな、それどころか生物すら何も居ない感じだ」
「そりゃそうよね、寒いし、下なんか氷塊ばっかりでまともに歩けたもんじゃないわ」
地面が均されて歩き易かった規制線の手前とはうって変わって、奥へ進めば進むほど冷たく、足場も悪くなっていく。
先頭のメリーさんが何度か転倒しかけたものの、それをミラとジェシカがファインプレーで助け、奥へと進む……
「あら、急に地面がまっ平らになりましたよ、もう氷もありません」
「どういうことだ、ここまで来てた人が……まぁ居るわけないよな、かといって自然にこうなったとは思えないし、どうなってんだ?」
明らかに人の手が加わったとしか思えない平坦な道、地面どころか壁や天井にも工事した跡がある。
当然古くなって所々壊れてはいるのだが、それでもなお『通路』として機能している感じだ。
そして寒さも倍増、気温は間違いなく氷点下に達している……
「とにかく前へ進んでみましょ、この先に何かあるのは間違いないわ」
「おいちょっと待てよ精霊様、罠とか……ほら言わんこっちゃない……」
「……何なのよこれ?」
足をネズミ捕りのような粘着質の何かに突っ込んでしまった精霊様、しかも外れないようだ。
精霊様のパワーでどうにもならないということは、他の誰もがあれから逃れることが出来ないということを意味している。
「あれ? ねぇ、このベトベト、メリーさんも足が入っているはずじゃない? 場所的に……」
「む、確かに、でも普通に歩けているじゃないか、どういうことだ?」
トトトッと歩いてこちらに寄るメリーさん、精霊様の真横を通過したにも拘らず、ベトベトのトラップに引っ掛かる様子はない。
試しに俺も前に出てみる……何ともない、精霊様の横は……ここも大丈夫だ……
遂には精霊様が嵌っているベトベトに直接手を触れてみたものの、俺の指が張り付いてしまうようなことはなかった。
「何これ、精霊様専用トラップか? だとしたら誰がこんなものを設置したんだよ?」
「あっ! わかりましたの、精霊様、ちょっと失礼させて貰いますわよ……」
ユリナが何かに気付いたようだ、同時にサリナも前に出る。
そのまま2人で精霊様の足の下に手を突っ込み始めた……
「姉さま、こっちは取れたわ」
「こっちもですわ、精霊様、そのまま浮かんで欲しいですの」
「……あら、本当に取れたみたいね」
先程まで精霊様が必死にもがいても逃れることが出来なかったベトベトが、ユリナとサリナにはまるでテープでも剥がすかのようにさらっと取れたのである。
「で、結局どういう原理だったんだ?」
「これは聖なる存在を捕まえるためのトラップだったんですの、だからこの中で、精霊様だけに効果を発揮したんですわ」
「え? てことはつまり……」
「ええ、ここは神々の牢獄と何か関係がある、というよりも今のが脱走防止トラップだったとすれば、間違いなくそこへ繋がっているはずですの」
「ふむ、だがこんなのじゃそのうち逃げられそうだ、ここは警戒が薄かったのかな?」
「いえ、今のは精霊様だから足がひっついたぐらいで済みましたが、神界の存在とかならおそらくはもっととんでもない目に遭っていたはずですわ」
なるほど、精霊様は神力的なものを持つとはいえ、所詮はこの世界の存在だ。
引っ掛かったのが神界ガチ勢であったのであればまた結果は変わっていた、そういうことだな。
とにかく精霊様だけはトラップに注意しつつ、さらに奥を目指す。
1時間以上は歩いたか、突然通路が終わり、広く真っ暗な空間に出た……
「お、ここが終着点なのかな? ユリナ、もっと良く照らしてくれ」
「はいですの、うぅぅぅっ!」
ユリナの尻尾が光り輝く、同時に周囲が明るくなり……これでもまだ先が見えないのか……
「勇者様、ここはとんでもなく広いわよ、暗いし、一度迷ったら終わりだわ」
「そうだな、ちょっと目印を置きながら前に進んでみよう」
目印として採用されたのは皆でカンパして集めた鉄貨、これなら絶対に見失うことがない、特にミラは真っ暗闇の中でも、金が落ちている場所だけは正確に把握する特殊能力を持っているため安心だ。
数メートル間隔で鉄貨を置きながら暗闇を進む、さらに5分か10分、ようやくこの広い空間の終わりが見えた……いや、終わりではない、見えているのは半開きの扉じゃないか……
「あの、もしかして私の家に伝わる伝説で言っていた封印ってのは……」
「うむ、この扉のことを指し示している可能性がありますね、こんな洞窟の奥で、しかも重要そうな扉が半開きってのはかなり不自然ですから」
鍵や扉自体を破壊したような形跡はないが、この先が牢獄になっていたということを考えれば、ここの封印か何かを解除して、中に収監されていた連中が逃げ出したということは想像に難くない。
「ねぇ勇者様、この奥はどうなっているのかしらね?」
「まぁ普通に牢屋かなんかだろ、でも脱走があったんだ、もう誰も居ないだろう」
「う~ん、でもちょっと入ってみない? 何か残されたものがあるかも知れないわよ」
半開きの扉の向こうに渦巻く闇、何となくここに入るのは気が進まないのであるが、かといってここで引き返すのももったいない気がする。
それにキャシーの任務である『封印』とやらの手掛かりも掴めていないしな、ここは意を決して、この先に何があるのかを確かめることとしよう。
半開きの扉は重く、完全に開いた状態に持っていくには全員で協力して動かす必要があった。
古くなっていたせいもあるとは思うが、それでもこんなものを日常的に開け閉めしていたとは到底思えない。
「じゃあ行くぞ、ユリナ、明かりをしっかりな」
「はいですの」
1歩踏み出す、すぐに照らし出されたのは壁、いきなり左右に道が分かれるようだ。
そしてその壁の右側には『男神』、そのすぐ下に『女神』と彫られているではないか。
まずは手掛かりのある方、右側を探索してみることとしよう……




