326 白日の下に
朝、集落の中にある売店へ食事になりそうなものを買いに行っていたセラが戻り、皆で朝食にする。
今日も栄養満点牛乳尽くしのメニューだ、これから戦いになる可能性が高い俺達にはちょうど良い。
「あ、そういえば勇者様、広場で裁判の準備が始まっていたわよ、ちょっと見に行きましょ」
「そうか、首長一族の奴が現れるかもだし、行った方が良さそうだな」
セラと2人で宿泊所を出て広場へと向かう。
まだ準備は始まったばかりのようだ、壇上に豪華な椅子が3つ並べられたところであった。
その椅子に座るのはもちろん『首長一族』の参加者なのであろう、集落の一般人達が嫌そうな顔でそれの拭き掃除をしている。
それ以外には裁判官が座るらしき椅子に机、こちらは大変にショボいものだ。
俺達は……椅子ナシか、立ったまま参加しろということだな。
ちなみにキャシーが座らされるのはおなじみ汚いムシロ、リアル針のムシロでないだけまだ待遇が良いといえよう。
「まだ敵の関係者は来ていないようね」
「いや、良く見るんだ、あそこで偉そうに立って何もしていない男、どう考えても作業の監視だろう、たぶん傭兵の下っ端だがな」
「何だか弱そうな奴ね……見た目以外は」
いかつい顔にデカい体、そしてそこかしこに傷の入った革の鎧、どう見ても帝国の正規兵ではない。
だが兵士など見たことがないこの集落の人たちにとって、あの傭兵が兵士だと言われれば反論することは出来ないのであろう。
俺達がジッと見ていることに気付かないその男、この時点でかなりの雑魚なのだが、腰に携えた剣のグリップがかなり綺麗な辺り、まるで修練もしていない、ただ単にデカいだけの奴と見て間違いなさそうだ。
もちろん他にも傭兵は居るはずだが、この感じだとおそらくたいしたことはないな、もちろん竹槍や石ころを兵器と称している集落の人々には勝ち目のない強敵なのだが……
裁判セットの準備が進む中、1人のじいさんが俺達の所へ近付いて来た。
「もし、あんた方が昨日キャシーを連れて来た旅人だね」
「ええ、そうですが何か?」
「わしはこの集落の住民総代を務めるジジィじゃ、今日はよろしく頼む、何としてでもあの子を守り抜かねばならんでの、もう戦うことが出来ぬジジィからのお願いじゃ」
「その辺りはお任せを、キャシーさんは必ず助かりますから」
裁判が始まる前だというのに、もう武力衝突を想定したような話しぶりのじいさん。
おそらくここでの『裁判』とは、以前俺達が主導した神界裁判のようなとんでもなく不当なものに違いない。
まぁ、一応は殺人事件にも拘らず、これを即日結審でどうにかしようとしているのだ、まともな審理を期待するのはやめておくべきだな。
「では期待しておるでの、ちなみに裁判の開始は昼過ぎになるようじゃ、その前にキャシーの顔を見ておいたらどうじゃ?」
「本人に会えるんですか? でしたらすぐにでも」
「うむ、では案内するゆえこちらに来るのじゃ、奴等に不審がられぬようにの」
じいさんが連れて行ってくれたのは集落の外れにポツンとある石造りの小さな建物。
入口が鉄格子になっていることで、それが牢屋として使われているものだということは容易に想像出来る。
しかしこの平和そうな集落で、どうしてこう、何と言うか、常に使い続けられているような雰囲気の牢屋があるのだ? 特に悪い事をする人間など居ないはずなのに……
「不思議じゃろ、この牢屋は昨年までずっと使われてこなかったのじゃ、それがあの首長が来てからというもの、週に1人はここに放り込まれ、殺されたものまでおるのじゃよ」
「ヤバいっすね、ちなみに今は何人ぐらい?」
「キャシーも含めて若い女ばかり3人じゃ、2人はあの首長の『誘い』を断った罪で投獄されておる」
「とんでもねぇな……」
地下に続く階段を降りると、狭苦しい牢がいくつも設置されている空間に出た。
そのうちの1つにキャシーが居る、座ったままの状態で壁に縛り付けられ、身動きが取れない状態でだ。
「おはようございますキャシーさん、大丈夫でしたか?」
「え……ええ、何とか平気です……」
薄暗いゆえ顔色を確認することは出来ないのだが、声色から顔面蒼白であるのは容易に想像出来る。
こんな所に一晩も閉じ込められたうえ、これから処刑されるかも知れないと思えば当然だ。
とりあえず励ます方向で話をしていると、入り口の方から2人の足音が聞こえてくる……
「ヒャッハー! 処刑場に連行の時間だぜっ!」
「おいおい、その前に裁判だろ、その後は当然処刑だがなっ! ヒャッハッハ!」
わかり易いチンピラのご登場だ、2人共モヒカン、上半身はほぼ裸で肩にトゲトゲの付いた何かを装着している……王都だったらこの時点で処分対象だな……
その2人がキャシーさんの居る牢の前までやって来る、扉を開けて乱暴に体を掴み、外に連れ出した。
ベタベタ触りすぎだ、キャシーさんに変な菌が移ったらどう責任を取るつもりなのだ。
「ちょっと勇者様、あいつら殺しましょ」
「落ち着け、今はまだ動くときじゃない、とりあえず付いて行こう」
牢屋を出てチンピラに連れて行かれるキャシーを追う、脚が鎖で繋がれているため、半ば引き摺られるようなかたちで歩かされている。
しかしあのチンピラ共、先程からすれ違う集落の人間全てに威嚇しているな、あんな感じでは今回の件がなくともクーデターが起こるのは必至、時間の問題であったはずだ。
しばらく歩くと裁判セットが準備されつつある広場へ戻って来た。
そこでキャシーはムシロの上に座らされ……服を剥ぎ取られてしまったではないか……
一瞬、その場に居た集落の人間からどよめきが起こる、だが作業を監視していた男が剣を抜くと、諦めたかのようにそれぞれの仕事に戻った。
「酷すぎるわ、どうせ裁判なんて結果は決まっているんだし、もう暴れちゃっても良いんじゃないかしら?」
「それはダメだ、ここで事を起こしても首長はまだ居ないんだからな、逃げられてまたどこか別の場所で同じ事が起こるぞ」
「うぅ~っ! 敵を倒すよりも我慢する方が大変なんて、あそうだ、首長とやらの屋敷を襲撃しましょ」
「それじゃあ何の解決にもならないだろ、集落の人間が集まったところで、奴等の正体を白日の下に晒す必要がある、わからず屋にはお仕置きだっ!」
「あいてっ! むぅ~っ」
セラの尻を思いきり抓ってやった、昨日どうにか急進派を押さえ込んだというのに、身内からこんなことを言い出す奴が出てきたのでは仕方が無い。
とにかく今は我慢して、俺達の作戦が最も大きな効果を発揮する瞬間を待って行動すべきなのだ。
このままだとセラがまた何を言うかわからないため、腕を引っ張って宿舎に戻る。
セラは不満そうな顔こそしているが、一応は納得してくれたらしい、宿舎では黙って午後の準備を始めた。
準備を終え、ミラとアイリスが昼食の買出しに行く、軽く食べてから午後の戦いに臨もうというわけだ。
少しして帰って来た2人は、食事以外にも良い情報を持ち帰った……
「さっき売店の方に聞いたんですが、首長一族は家族が5人、それに家臣が50人以上とのことです、もっとも家族の2人は湖で死んだ2人なんですがね」
「へぇ~、残りの3人はどんな感じの構成なんだ?」
「首長本人と長男、それと長女だそうです、その中でも特に長女が凶悪みたいです」
母親は居ないのか、死んだか愛想を尽かせて去ったかのどちらかだろうが、後者の方が可能性が高そうだな……
とにかく裁判が始まればその3人も登場するはずだ、あそこで並べられていた3つの豪華な椅子はそいつらが座るために用意したものに違いない。
しかし問題は家臣、というか傭兵なのであろうが、それが50人も居るということだ。
たとえ首長本人を殺したとしても、隙を突いて集落の人に危害を加えかねない。
やはり下手に暴れず、裁判で敵の名誉を失墜させてからどうにかしてしまうのが得策だな……
昼食を終え、そろそろだということで宿舎を出て広場へと向かう。
既にかなりの人数が集まっていたが、それを掻き分けて前に出る。
一応検察側と弁護側が両サイドに分かれる仕組みになっているようだ。
俺達は被告人席、いや被告人ムシロに座らされているキャシーから見て左側に陣取った。
本人と目が合う……全裸を眺めていたのがバレてしまったのだが、今のキャシーにはそれを怒っている余裕などない、というか救いを求めるような表情でこちらを見ている……
と、そこで集まっていた観衆が一気にざわついた、その後ろには豪華な装飾の施された神輿のようなもの、いよいよ敵さんのご登場か。
『オラオラーッ! 首長陛下の御成りだっ! 道を開けやがれこの愚民共がっ!』
吠えるチンピラ、しかも男爵なのに陛下って、もはやこの時点で間違っている。
おそらく奴は偽男爵どころか、貴族というものに会ったことすらないのであろう。
壇上に運ばれた3つの神輿、それぞれデブ、デブ②、そしてなぜか娘と思しき少女だけめッちゃ可愛い。
3人共家族が殺されたことなどどうでも良いかのように、ヘラヘラとゲスい笑みを浮かべている。
「あら、あの娘はしっかり調教すれば使えそうね、殺すのはやめてお土産にしましょ」
「精霊様、ここからまだ魔族領域へ行かなくちゃなんだぞ、あんなの連れて歩けるのかよ?」
「それもそうね、じゃあ宅配で送って貰いましょ」
「・・・・・・・・・・」
現在王都の屋敷を管理しているのはシルビアさんだけ、もし急に人間入りの荷物が届いたら……あの人なら普通に鞭で打って調教してくれそうだ……
と、裁判官らしき男が現れた、続いて検察官の位置にも1人、どちらもクソみたいなチンピラだ、モヒカンの裁判官に会えるのはこの異世界だけだろうな。
『ヒャッハーッ! これより裁判を開廷します、まずは被告人、今掛けられている嫌疑に関して、これを事実と認めますか?』
「……はい、認めます」
『静粛に、静粛に願います、裁判の進行を妨害した者には退場を命じることもありますよ』
キャシーの発言を受けてざわつく観衆、それを裁判官のチンピラが制止する。
というか最初のヒャッハー以外は至極真っ当な口調だな、見た目とのギャップが凄い。
『え~、では次に検察側、発言をどうぞ』
『ヒャッハーッ! ここに居る人間は皆殺しだぁーっ……おっと、おクスリを飲み忘れたみてぇだ』
検察側のチンピラがポケットから取り出した『白い粉』それを炙って鼻から吸い込むと、途端に裁判官と同じ、見た目と言葉がマッチしない感じになった。
頭を良くする魔法薬をキメているようだ……
『えっと、失礼致しました、今の発言を取り消します、それで、被告人はこの遺体なき殺人事件に関して犯行を自供しましたね、これまではそこに居る弁護側と、それから被告人本人の証言に過ぎないものでしたが、この裁判という正式な場での発言が得られたことによって……』
『検察側、長いので簡潔にまとめなさい』
『……敬愛すべき首長閣下のご子息を2人も殺害した罪は重い、検察側と致しましては、被告人に対して火炙りと八つ裂きの同時進行によるダブル死刑を求刑しますっ!』
そこでキャシーは気を失ってしまった、今は魔力を奪う腕輪を嵌めさせているためどうと言うことはないが、もしそれがなければ暴走していたに違いない。
『はい、次に弁護側、もう無駄だとは思いますが反証をどうぞ』
「裁判長、被告人は首長一族によって長らく……」
『異議ありっ! 弁護人の頭脳はチンパンジー以下ですっ!』
『異議を認めます、弁護人はチンパンの真似を練習しておくように』
「ウキーッ! なんじゃそりゃぁぁぁっ!」
デタラメである、弁護とはかたちばかり、この裁判官は最初から俺達に発言させるつもりなど毛頭ないのだ。
思わず俺の内に秘められたチンパンの力が発現しそうになってしまったが、ここで言う通りにしていたらそれこそ思う壺だ、どうにか打開策を見つけなくてはならない……
『それでは首長閣下から直々のお言葉を頂きたいと思います、どうぞお話下さい』
『あ~、うむ、魔導拡声器の調子は上々だな、ところで貴様等、閣下とは何だ閣下とは、以後は陛下と呼ぶように』
『し、しかし……』
『ちょっと何なのよアンタッ! 下っ端の癖に生意気じゃないの、後であんたも八つ裂きにしてやるから覚悟しておきなさいよねっ!』
『ひぃぃぃっ!』
『これこれそのぐらいにせい、で、そこでひっくり返っているキャシーだが、屋敷で使ってやった恩を忘れ、あの2人を殺害しただと? 許さぬ、火炙りだの八つ裂きだので終わらせて本当に良いものか、わしには疑問だな』
『というと、更なる刑の追加を?』
『うむ、まずはそうだな……この場で鞭打ちに処せ』
とんでもないことを言い出すデブオヤジ、まだ判決も出ていない状態で鞭打ちだと?
それは本当に悪い奴を現行犯で捕まえたときぐらいにしかやってはいけないことだ。
だがここで俺達が発言することは間違いなく認められない、もちろん鞭打ちを制止することもだ……そろそろ攻撃、いや口撃を開始する頃合だな……
「おいそこのデブ! お前だよお前、確か帝国の男爵なんだってな、その証拠を見せてくれよ」
『何だお前は、どこの馬の骨かもわからん奴にそんなもの見せるつもりはないぞ』
『かっ……陛下、一応見せるべきだと思われます、ここで正統性を確認させておけばあの者達もこれ以上口出し出来ませんから』
敵であるチンピラ裁判官がまさかのフォローを入れた、頭の良くなる魔法薬はまともになる副作用もあるのか、今度駄王に飲ませてみよう、耐え切れずに頭が破裂するかも知れないがな。
仕方なし、といった表情で胸ポケットから徽章のようなものを取り出すデブ、次の瞬間、俺の横に居たジェシカが怒り心頭の様子で左の腰に手を当てる。
だが剣はない、法廷に入る際には武器の携帯は認められないと、先に没収されてしまったのだ。
今武器を持っているのは俺とカレンだけ、カレンの爪武器は普通の腕輪にしか見えないため見過ごされ、俺の聖棒は『日用品』としてスルーされたのであった。
「おい、どうしたジェシカ?」
「あれは我が家の紋章だ、奴め、どこから盗み出したんだ」
「どっかで見て勝手に作ったんじゃね? 知らんけど」
「くぅぅっ……もう辛抱ならんっ! おい貴様っ、なぜその紋章を使って我がオパイデカイノ家を騙るっ?」
俺の制止を振り切って飛び出してしまったジェシカ、しかし聞いたことがなかったが凄まじい家名だな、きっと先祖代々おっぱいがデカいのであろう。
そのおっぱいを揺らしながらジェシカが飛び出したこと、そして胸元からデブの示したものと同じ紋章の入った純銀製の首飾りを取り出したことを受けて、裁判会場を囲う観衆は大騒ぎを始めた。
『静粛に、静粛にっ……しかしこれは一体……』
『ふんっ! 一体も何も、その女が我が家に忍び込んで紋章の入ったアイテムを盗み出したのだ、違うか?』
「馬鹿を言うなっ! 私達がここに着いたのは昨日だ、それに侵入者があればそれなりの騒ぎが起こるはずだろう、というか、その紋章の色は帝国子爵家のものだっ!」
『ほう、ではこちらはどうだ? 帝国を保護国としている王国からわしに託された委任状だ、ほれ、こっちはその王家の紋章が入っているのだぞ』
高級そうな額に入れられた委任状、裁判で権威を示すために持って来たのであろう。
だが明らかにニセモノ、大変に達筆な駄王のサインが入っているのだが、奴の字はヘビの這ったような薄汚いものだ。
「異議ありっ! その紋章とはこれのことでしょうか? ちなみに私、その王国の王女です」
『なぁぁぁっ! どうしてそのようなことがっ!』
「どうしてもこうしても、あなたがニセモノの代官だってことぐらいお見通しです、ペタン王国はあなたのことなんてこれっぽっちも知りませんから」
「帝国も知らないぞ、ちなみにこの件に関連して明日には帝都から官吏が来る、明後日か明々後日には王国の人間も確認のためにここを訪れるだろうな」
『ぐぅぅぅっ! 者共、こいつらこそがニセモノの貴族や王女だ! 殺せ、いますぐ全員殺すんだ!』
次の瞬間、会場を囲んでいたデブの部下共が動き出す……と見せかけて一斉に倒れた。
ジェシカが前に出たことで戦闘の開始を予想し、あらかじめカレンを奴等の後ろに送っておいたのだ。
俺達の立っている証言台から耳だけがピョコンと出ていたカレン、群集の混乱の最中にそれが居なくなったところでこの馬鹿共が気付くはずがないと判断したためだ。
『うわぁぁぁっ! もうダメだっ!』
裁判官と検察官を演じていたチンピラ2人が素に戻り、同時に逃げ出す。
頭の良くなるクスリで判断力もアップしていたのであろう、だがもう遅い、セラの魔法が飛び、2人の頭を吹き飛ばした。
他の傭兵も降参したようだし、逃げ出した者は全てセラや精霊様の攻撃でこの世を去った、デブ一族も集落の人達に囲まれ、拘束されている。
俺とルビアは気絶したままのキャシーに嵌められた枷や鎖を外し、布を掛けて保護してやった。
大混乱の会場からは首長一族が連れ去られ、先程までキャシーが入れられていた牢の方へと向かって行く。
次はお前らが裁判に掛けられる番だな、八つ裂きだか火炙りだか知らないが、とびっきりの残虐処刑を期待しておくと良い……
「やれやれ、どうにかなるにはなったな、あとは帝国と王国から人員が到着するのを待つだけだ」
「すまない主殿、あんなところで急に飛び出してしまって」
「全くだ、後でお仕置きだからな、マリエルもだぞ」
『は~い』
最後にキャシーが集落の人によって救助されるのを見届け、一旦宿泊所へと戻った。
この後の予定は……きっと誰かが伝えに来てくれるはずだ、それを待つこととしよう。
さて、今日の夕飯からは牛乳を使ったカクテルにも手を付けられそうだな、集落の人々からも感謝されるはずだし、もしかしたら祭になるかもだ。
実に楽しみなことである……




