324 真相解明
「だから、どうしてキャシーさんが犯人なんだってば? 被害者の1人なんだぞっ!」
『そう言われてもな、我は確かにその娘がおっさんを2人、あっという間に討ち果たすのを見てしまったからな』
棺桶の自称神がわけのわからないことを主張している。
湖の管理人の1人、そして事件の唯一の生き残りであるキャシーが、その上司であった2人を殺害したというのだ。
しかしそれはどう考えてもあり得ない、そもそも殺害方法からして人族の、それも訓練を受けていない一般人の成せる業ではないのである。
ついでに言うと燃え落ちた湖の管理棟、後でユリナとサリナに調べさせたのだが、間違いなく魔法、つまり火魔法を用いて放火したことがわかっているのだ。
もちろんキャシーが火魔法を使えないのは確認済み、よってこの女はシロ確定といえよう。
突然身に覚えのない犯行をでっち上げられ、キャシー本人も困り顔だ。
「おい貴様、キャシーさんに謝れよ、さもないとタダじゃおかねぇぞ!」
『チミね、我は見たものを見たと言っているだけだ、それと我が名は……』
「黙れこの棺桶野郎がっ!」
『・・・・・・・・・・』
話にならない、そもそもコイツは棺桶に突っ込まれて湖の底に沈められていたのだ。
しかも火山の牢獄に捕らわれていたというのであれば、たとえ政治犯であったとしてもイマイチ信用ならない。
この棺桶、というか祠の蓋を開けるのは先送りして、湖で起きた事件に関する調査はこちらで勝手に進めることとしよう。
「ということだ、皆、手分けしてこの付近にあるはずの証拠を探すぞ、敵が出たら大声で知らせるんだ」
『りょうか~い!』
早速自然豊かな湖畔を歩き回り、敵の足跡などが残っていないか調査する。
まずは死んだ2人が倒れていた場所だ、キャシーの証言からしてこの付近で襲われたのは間違いない。
と、管理棟のすぐ近く、2人目が倒れていた場所で精霊様が何やら考え込んでいる……
「どうした精霊様、何か変わったことがあったか?」
「う~ん、被害者達の足跡が変なのよね、これじゃまるで……」
「ん? ちょっと低脳ブタ野郎にもわかるように説明してくれ」
「え~っと、まずはこっちに倒れていたガイシャよ、管理棟が燃えて、そこから逃げ出したのは間違いないわよね、そこですぐに殺されているわ」
「お、『ガイシャ』って言い方凄く良いな、俺も使うわ、それで?」
「で、そこからこっちに逃げようとして、こういう向きで倒れていたの、だから犯人の居た位置はこっち」
「ほ~……」
管理棟の近くに倒れていた、俺達が2番目に発見した男の死体、おそらくそいつが先に殺されたのだという。
そしてその男は燃え盛る管理棟から逃げ出し、『ある方向』に敵が居るのを確認、それとは逆の方向に逃げ出そうとしたところを、何らかの遠距離攻撃で一撃、という殺され方をしているらしい。
するとツカツカと精霊様が歩き出す、どうやらもう1人、湖に近付いて最初に見えた男が倒れていた場所へ向かうようだ、俺も付いて行くこととしよう。
「次はこっちよ、このガイシャもさっきの人と同じ、管理等から出てすぐに敵を確認、それとは逆の方向へ逃げ出したのよ」
「それで、湖から離れて街道の方へ進もうとしたと」
「そう、でもその途中でまた同じように遠距離攻撃で殺されているわ、足跡からしてね」
確かに、最初に倒れていた男の体はわりとグチャグチャであった。
そのダメージをゼロ距離で与えようとすれば、反動によって犯人の深い足跡がその場に残るはずだ。
街道の手前とはいえ湖のすぐ近く、かなり水分を含んだ土には、昨日俺達が駈け付けた際に踏み荒らした跡が、地面に生えた芝をえぐる形で残されている。
もちろん被害者が倒れる直前まで、必死で走っていたと見られる足跡が残されていた。
だが犯人らしき何者かのそれは存在しない、最後の最後で、地面が陥没する程のエネルギーを放出する必要があるのにだ。
「それと、このガイシャはこっち向きにこう倒れていたの、つまり攻撃を放った犯人の居た場所はこっちね」
「ふむ、さっきのガイシャと同じ位置から殺られたってことだな、ちなみにやっと『ガイシャ』って言えたぜ、捜査している感が最高潮だ」
「とううことで、2つの死体から絞り出すことが出来た攻撃予想地点へ行ってみましょ」
またしても勝手に歩き出す精霊様、いかん、今の精霊様が天才探偵だとすれば、俺はその後ろを引っ付いて回る脇役の無能刑事だ、どうにかして挽回しないと名探偵勇者の名折れだ。
2人で歩き、犯人が何らかの遠距離攻撃を放ったと思われる地点へと向かう。
そこにもたいした痕跡はなかったのだが、代わりにどう見ても自然のものには見えない石が落ちていた。
丁寧に磨かれた輝く石……ん? 血が付いているように見えなくもないな……
「おい精霊様、この石は何だ? 偉い人の机の上に飾ってありそうな見た目だが」
「それもちょっとしたヒントね、それよりもこの場所、魔力の残滓が凄いわ、それがここから続いて……ここで消えているわね」
「おいおい、そこはアレだろ……」
「ええ、キャシーって子が倒れていた所、しかもここで消えるようにして力がなくなっているの、普通に飛んだり走ったりして逃げたというのは考えにくいわ」
これは困ったことになってしまった、確かにキャシーがあの犯行を1人でやってのけるのは不可能。
だが何者かに憑依されでもしたらどうか、もしかしたら可能になるかも知れない。
そして状況を見る限りでは、管理棟から少し離れた位置に居たキャシーが放火、そして中から逃げ出した2人を相次いで殺害した、しかも強大な魔力を帯びながら、ということになる。
「……うむ、ちょっとあの棺桶野郎から詳しい話を聞いてみよう」
「そうね、あの子にはこのことを黙ったままにしておきましょ、きっと本人は本当に何も知らないはずだわ」
最悪の結果を想定したまま、俺と精霊様は湖の畔、放置されたままになっている自称神の棺桶野郎の下へと向かった……
※※※
『だから我は言っただろうに、あの娘が犯人だとっ!』
「おい、声がデカいぞ、本人に聞こえたらどうするんだ、とにかく詳しい話をしろ」
『チミね、こういうのには対価というものが……』
「喋らなかったら殺す、喋ったら殺さないでおいてやる、つまり俺達が握っている貴様の命が対価だ、どうだ、大変にお得な話だろう?」
『……わかった、もう何を言っても無駄なようだし、順を追って話すこととしよう』
棺桶野郎のトークが始まる、何だか無機物が喋っているようで薄気味悪いのだが、ここは事件解決のためグッと堪えよう。
野郎の話はまず、湖の畔で突如として巨大な魔力が出現したところから始まる。
棺桶に入った状態で湖に沈みながらどうやったのかは知らないが、その魔力が気になって周囲の様子を確認すると、人族が勝手に造った管理棟から怒鳴り声が聞こえたのだという。
『うむ、外に居るあの娘に対して服を脱げとか、そのまま湖に飛び込んで溺死しろとか、まぁそれはいつもの感じだが』
「いつもの感じってのはどういうことだ?」
『あの人族3人がここへ来てから毎日そんな感じであったということだ、あの娘は死んだ2人が玩具として連れて来たようなもののようだな、仕事も全て押し付けていたようだし』
「……とんでもない連中だったな、奴等の墓を建てるのはやめておこう」
キャシーから聞いたのと、死んだ2人の名前から、明らかにセクハラ、パワハラの類があったのはわかっていたのだが、よもやここまで酷かったとは……
これはもしキャシーが普通に犯人であったとしても余裕で情状酌量案件だ。
もしもの場合はそれを主張して最悪の結果を免れさせよう。
『それでだね、昨日も全く同じ情景だったのだが、1つ違ったのはあの娘、信じられない魔力を生成しおったんだ、チミの仲間の風魔法使いや回復魔法使いと同程度のな』
「セラやルビアと同程度だとっ!? その辺の一般人じゃ考えられないだろう……」
『我も驚いたよ、で、最終的に管理棟から石のようなものが飛んで来てな、それがあの娘の頭に当たり、気を失った瞬間に事件が起こったのだ、まるで別人格のようなものが現れてな、その後のことは……もう調べたのだろう?』
「うん、まぁ……」
これは大変なことになってしまった、やはり犯人はキャシー、変な魔族に憑依されていたとかではなく、間違いなく本人がやったことなのだ。
しかし一体どうしてそのようなことになったのだ? いくら日頃のストレスが爆発したとはいえ、火事場の馬鹿力程度でどうこう出来るような事案ではない。
いや、もしかするとそれがどうにかなってしまうような現象が起こった、いや起こりつつある、その可能性はないとはいえないのだ。
そしてその現象は俺達も良く知っているもの、『人族が瘴気の影響で魔族化してしまう』というものである。
もしこれが生じていたとすれば、通常では考えられない力の暴走にも説明が付く。
「精霊様、一旦集合して今後の対応を話し合おう」
「そうね、これは慎重に動くべきだわ」
湖の周囲に散らばっていたメンバーを、管理棟跡からかなり離れた場所へ集合させる。
さて、この後どうするべきか、意見を出し合うこととしよう……
※※※
「じゃあキャシーさんが一時的に魔族化して、それで事件が起こった可能性が高いってことなのね?」
「そういうことだ、というかそれ以外に合理的な説明が付く仮説が見当たらない」
「しかも本人は全く気付いていないと、八方塞がりね……」
とりあえず全員の意見を聞いてみたところ、本人にそのことを伝えるべきだという主張が多数派を占めていた。
確かにこのままスルーしてしまうわけにはいかないし、それはキャシーのためにもならないのは明らかだ。
これでは何も知らずに集落へ戻って疑われるのが確実である、そうなったら今度こそ大暴走を起こし、何十人もの人間を、知らないままに殺してしまうことになってしまいかねない。
かといって本人に真実をありのまま伝えたとて、それを信用した場合のショックは計り知れず、また信用するに至らなかった場合にも、疑われたストレスで再び暴走、という結果が見えている。
「う~ん、どうにかして魔力の暴走とか、完全な魔族化とかを引き起こさせずに、本人に当時の状況を思い出させることは出来ないものだろうか……」
「勇者様、ちょっとカイヤちゃんに相談してみない? あの子ならその手の研究はかなりしているはずだし、もしかしたら何かわかるかも」
「む、そうしてみよう、ちょっと連れて来る」
管理小屋の付近でキャシーも雑談していた所からカイヤのみを連れ出し、事情を説明してどうにかならないものかと問う。
少し考えた後、何かを閃いた様子を見せたカイヤ、すぐに魔法薬の調合に取り掛かるとのことなので、馬車に載せてあった携帯用の小さな壷を持って来てやる。
「カイヤ、どういう魔法薬を作成するつもりなんだ?」
「これはですね、飲んだ人間にほんのちょっとだけ闇の魔力を与えるものです、これであの子の秘められた力を惹起してやれば、魔族化していたときのことを思い出すかな、と思って」
「おいおい、大丈夫なんだろうな?」
「死にはしませんよ、もしかしたら暴れるかも知れないけど……」
どうにもヤバそうな感じがするのだが、これ以外に手立てがない以上はどうしようもない。
カイヤの作戦が成功することを祈りつつ、不気味な色をした液体が混ざっていくのを眺めた。
しばらくすると出来上がる魔法薬……濃い緑色の液体だ、しかも臭い、理由を告げずにこれを飲めと言って、果たしてキャシーがそれに応じてくれるのか、いや、間違いなく無理だ。
「ご主人様、私が幻術でこれを別の飲み物に見せかけます、そうすれば自然な流れでどうにかなると思いますよ」
「おう、さすがサリナだ、じゃあその作戦でいこう、ちょっと午後のティータイム、というか昼食がまだだったな……」
色々ありすぎて忘れていたのだが、アイリスが用意し、先程取ろうと思っていた昼食が管理棟の横の簡易テーブルに放置されたままだ、少し量が減っているのは誰かさんと誰かさんがつまみ食いしたのかな?
とりあえずそちらに戻り、一旦休憩して食事にする流れで席に着く。
……サリナは既に幻術を発動しているようだ、キャシーの前にのみ置かれたグロテスクな色の液体、まるで1人だけ健康志向で青汁かスムージーでも飲んでいるみたいだな。
サンドウィッチを齧ったキャシーの手が、液体の注がれたグラスに掛かる。
緊張の一瞬、果たしてこのまま違和感を感じさせることなく、あ、普通に飲んだわ。
「え? あれ……私、何か黒く……」
「おや、大丈夫ですかキャシーさん、どこかお体の具合でも?」
「いいえ、そんなことは……でもこの感じ、前にもどこかで……」
最初はごく微量の魔力を得ただけに過ぎなかったものの、次第にその魔力量が高まり、遂にはキャシーの体から漆黒の瘴気が溢れ出す。
元々黒に近かった瞳は完全な真っ黒になり、ダークブラウンの髪も同様に、根元から徐々に変色していく。
そして今のキャシーの状態は……上級魔族そのものだ……
「やはりそうですね、少ない量の魔力から徐々に体を慣らしていけば、気が変になってしまうことなくこの状態に持って行くことが出来るんですよ」
「おいカイヤ、それはわかったんだが、どうやって元に戻すんだ?」
「一度寝て起きれば元の姿に戻るはずです……今ならまだ、ですがね」
今ならまだ、ということは、これ以上症状が進行してしまった場合、キャシーは完全な魔族に変異してしまうということか。
さすがにそれは拙い、ここで真実を伝え、今後どうしていくかを本人と共に探っていくべきだ。
「あの……私に一体何が起こっているんですか……」
「キャシーさん、落ち着いて聞いて下さい……真犯人はあなたでげぼっ!」
「勇者様はストレートすぎるのよっ!」
セラにコンクリートブロックで殴打されてしまったではないか、どこにそんなものがあったのかは知らないが、とにかく俺の名探偵シーンは消化不良のまま終わりを告げた。
「えっと、え? 昨日の事件の……そういえば何だか……あれ? はれぇ~っ!?」
「あっ! 危ないっ!」
あまりのショックに気を失い、そのまま後ろに倒れてしまったキャシー。
近くに居たマリエルがサッと後ろに入り、どうにか支えて事なきを得た。
同時に真っ黒になっていた髪が、元のサラサラブラウンロングヘアーに戻る。
高まっていた魔力もすっかり消え失せ、今では元通り、単なる人族の一般人だ。
「全く勇者様が酷いことを言うから、まぁ今のうちに魔力を奪う腕輪を嵌めておきましょ、こうしておけば目が覚めてからどうにかなってしまう心配はないはずだわ」
「すんまそん、とにかくどこかに運んで寝かせておこうか」
キャシーを木陰に運び、皆で今後の対応について協議する。
もちろんこのままサヨウナラというわけにはいかないし、本人を集落に届けたところで手を切っても処刑されてしまうのがオチだ。
ここまでやってしまったた以上、最後まで面倒を見るというのが筋であろう。
そのためにはまず、キャシーを集落へ連れて行くこと、そこで事情を説明して住民の理解を得ることが必要だ。
「でもさ勇者様、住民が皆納得しても、その首長とか何とかって人が首を縦に振らなかったらどうするわけ?」
「簡単だ、そいつをぶっ殺せば良い、というか話のわからん奴は皆殺しだ」
「まぁ、結局そうなるのよね……国とかと戦争にならないと良いんだけど……」
「大丈夫だぞセラ殿、ここは帝国領でもないし、どこかの国がどうとかいう次元の地域ではない、大昔は国があったのかも知れないが、今は独立した自由都市がちらほらあるだけ、それらも特に結託しているとかそういう事実はない」
つまりここで俺達が何かトラブルを起こしたとしても、それはその地域限定のもの。
キャシーの住んでいる集落の内でしか効果を及ぼさないということだ。
それなら話は簡単だな、面倒な調整など考えず、おかしなことを宣う輩が居れば普通に排除してしまえば良いのだ。
「うむ、じゃあキャシーさんが目を覚ましたら一通りの話をして、明日の朝には集落へ向かって出発しよう」
『うぇ~い!』
その日、夜になってもキャシーは目を覚まさなかった、特に外傷を負っているわけではないのだが、カイヤ曰く、2日も立て続けに魔族化したことによる反動が大きかったとのこと。
仕方が無いのでそのまま夕飯を済ませ、念のため本人は馬車の中に運び込み、風邪を引かないように毛布で包んでおいた。
最悪明日はこのまま出発しよう、途中で目を覚ましたらそこで状況を説明すれば良い。
「しかしさ、どうしてキャシーさんは魔族化したのかな? この近くに瘴気を浴びるような場所があったのか?」
「いえ、今魔族領域に渦巻いているような瘴気を浴びたのであれば毛根が死ぬだけだと思いますよ、肝心なのは人を変異させる力を持った純粋な瘴気です、それはもう火山の底に眠っているような……」
「なるほど、つまりキャシーさんは何らかの理由でそういう瘴気を浴びてしまったと」
「それか、先祖がそのような瘴気を浴びて、キャシーさんの代になってからその効果が発現したとかかも知れません」
なるほど隔世遺伝とかそういう類の現象か、と言ってもこの世界の人間には『遺伝』というものが何なのかわからないはずだが、エンドウマメもあまり見かけないしな。
とにかく色々と考えるのは明日、いやそれ以降だ。
まずはキャシーの命を助けることを最優先に行動していかなくてはならない……




