323 守り神の祠
「勇者様、さっきの女性が目を覚ましたみたいですよ」
「わかった、すぐに行く」
牛乳が美味いという集落へ向かう途中で立ち寄った湖。
何者かによって襲撃済みであったのだが、今のところわかっているのは死者2人と負傷者1人である。
傷を癒し、馬車で寝かせてあったその負傷者が意識を取り戻したという。
夕飯の支度に使う焚き火の番をカレンに任せ、俺はその女性の所へと向かった。
途中振り返ると、焼けた管理棟から発せられた煙は既にどこかへ飛び去り、湖は美しさを取り戻していた……事件さえなければ楽しめたかもしれないのにな……
どこへ行ってもトラブル続き、探偵漫画の主人公並みに事件遭遇率が高い。
しかもそれを推理とかではなく、武力で処理しなければならないから性質が悪いのだ。
そう考えている間に馬車の前に到着、そのまま中へ入る……
「あ、ど……どうも、助けて頂いたようで……」
「いえいえ、それよりも大丈夫ですか? まだ顔が青いような気がしますよ」
「ええ、どうせ……どうせこのまま居ても殺されてしまいますから……」
「どうしてそう思われるんですか?」
「……私達は祟りに遭ったのです、湖の守り神様の怒りを買って」
また正体不明の新キャラが登場してしまうようだ、湖の守り神? それって精霊様みたいな奴なのか? だとしたら厄介だぞ、悪辣で強欲で、人殺しを楽しむような危険極まりない存在だ。
様子を見つつ、女性からさらに詳しい話を聞く。
どうやらここに居た3人は湖の管理のため、俺達の目指す『牛乳の集落』から派遣されていたらしい。
牛乳を町へ売りに行って得られる収入では物足りないと感じた集落のお偉いさんが、最も近いこの湖を管理、観光地化して一儲けしようと考えたようだ。
3人がここへ来てからまだ1ヶ月も経たないという、それでこの女性は、湖の管理を人族である自分達が始めたことが、その守り神とやらの不興を買ったと認識している、そこまではわかった。
「それで、敵というか、守り神とやらの姿はどんな?」
「見えませんでした、突然管理棟が燃え出したと思ったら2人が出て来て、何かに追いかけられているような雰囲気ではあったんですが、勝手に倒れて」
「それであなたは?」
「これは間違いなく祟りだと思って逃げ出したんですが、どうも転んでしまったようで、そこから先は覚えていません」
そういえばこの女性が発見されたとき、頭部に打撲傷のようなものを負っていたな。
おそらくコケて木にでも頭をぶつけたのであろう、それで記憶が飛んだと。
しかしこの女性には敵が見えなかったというのは不思議だな、殺された2人が何かから逃げていたということは、その2人には見えていたはずなのに……
「あ、そういえば亡くなった2人も同じ集落の方なんですよね? その、どんな方だったとか……」
「私の上司なんですが、あの2人は死んで当然です、この湖の管理計画を立てた首長の息子ですから、名前は『セクハラン』と『パワハラン』です、ちなみに私はキャシーと申します」
「凄い名前の上司でしたね……」
元々キャシーはこの2人の家、つまり集落の首長の所で使用人をしていたのだという。
それがここに管理棟を作ることになり、親の七光り大馬鹿ダブル息子と共に派遣されて来たということだ。
ここでの業務を開始して来、風呂や着替えは当たり前のように覗かれ、全ての仕事を押し付けられ、さらには2人が何かと理由を付けて評価を下げ、結果としてまともな給与の支払を受けられなかったのだそうな。
「これはちょっと困った状況ですね」
「どうしたミラ、何か問題でもあるのか?」
「だって、このセクハラとパワハラが集落の人にも知れていたとするでしょ、それで上の2人だけが死んで、キャシーさんが生き残ったんです、となると……」
「この人が湖の祟りにかこつけて2人を殺害した、そう疑う者が出てくるということだな」
「ええ、そうなるに違いありません」
このキャシーが祟りに見せかけて2人を殺害した、その可能性は断じてないといえよう。
だってあの男2人の死体、明らかに人族の一般人に可能な方法で殺されたものではなかったからな。
間違いなく敵は人ならざる者、魔族で言えば上級魔族クラス、それ以外の種族がやった可能性もあり得る。
だが集落の人々がキャシーに疑いを持ってしまったとして、いくら俺達が勇者パーティーとはいえ、部外者である以上それらを説得するのは不可能であろう。
となると、集落へ行く前にここでの事件を解決してしまう必要がある。
まずはその湖の守り神とやらの正体を暴くことから始めていこう……
「湖の守り神って言うぐらいだから湖のどこかに居るのよね、朝明るくなってから探してみましょ」
「だな、というかそろそろ夕飯にしないとだ、キャシーさんも何か食べて下さい」
「あ、ええ、ありがとうございます」
管理棟が活きていればまともな食事も出来たのであろうが、燃えてしまったものは仕方が無い。
焚き火でスープを作り、あとは干し肉と缶詰、固いパンなどで済ませる。
その後は適当に水浴びをし、馬車の中に戻って寝る態勢に入った。
夏とはいえ高原の夜は肌寒い、風邪を引かないようにしっかりと布団を被り、眠りに就く……
※※※
翌朝、もう一度キャシーに湖の事を聞くべく、昨夜の残り火を囲んで朝食を取った。
「え~、確か湖の真ん中に、守り神を祭った祠が沈んでいるという話を聞いたことがあります、ただの伝説かも知れませんが」
「祠……しかも湖の真ん中か、これは何かありそうな予感だ、ちなみに精霊様、そういう類の知り合いがここに居るってことはないよな?」
「全然知らないわ、そもそも水の精霊は私、それ以外に水の中に住んでいるのが居たら大問題よ、キャラ被りは重罪だわ」
「なるほど、ではここの守り神が精霊の類である可能性はないと、一安心だな」
もし敵が精霊であったのならば、まともに戦った場合にはほぼ勝ち目がない。
知能は高いので交渉は出来るかも知れないが、それでもかなり危険だ。
精霊の可能性がなくなったのは、俺達にとってかなり良い発見といえよう。
「それにキャシーさんには敵が見えなかったんですよね? となるとリリィ、姿を消せるドラゴンってのは」
「ドラゴンはそういうのは苦手ですよ、皆普通に戦います」
「うむ、ドラゴンの可能性もナシか、となると残るは……」
「湖の守り神は魔族、ってことかしらね」
「そうなりそうだな、もしかするとすげぇ強さの人族かも知れないが、上級魔族と考えるのが妥当だろう」
もちろんマーサ、ユリナにサリナ、フルートもカイヤもメリーさんも、そしてセラの杖に封印されたままになっているハンナにも、この付近に知り合いは居ないという。
そもそもここは人族の領域だ、魔族でありながらこんな所で守り神などとして崇められている時点で何かがおかしい。
もしかすると魔王軍の関係者が、セラとミラの故郷の村で事件を起こしたあのゲリマンダーのような方法を用いて、この付近一帯を手中に収めようとしているのかも知れない。
また、世捨て人風の魔族が魔王軍とは関係なしにここに住み着き、知らない間に付近の住民から守り神などと呼ばれるようになっただけの可能性も捨て切れないな。
何にせよここで2人の人族を殺害しているのだ、その守り神とやらが犯人であるのなら、それは敵であることに他ならない。
「ご主人様、とにかくその祠とやらを探してみますの、何か見つかるかも知れませんわ」
「あ、それなら湖畔にあるボートを使って下さい、手漕ぎと、それから足漕ぎのスワンボートがありますから、どちらでもご自由にどうぞ」
管理棟があった場所から程近い桟橋に係留されたボート、皆は手漕ぎを、俺とセラだけがスワンボートを選択して湖に出た。
「ちょっと勇者様、遅いわねこれ……」
「ああ、本来は遊び用だからな」
必死でペダルを回すものの、キコキコと音を立てながらまるで進まないスワンボート。
他のメンバー達は湖の中心に到着し、既にアンカーを打って船を固定している。
もちろんスワンボートにそんなものは付いていない、目的の場所に着いた後も漕ぎ続け、場所をキープしなくてはならない。
ようやく皆の下へ辿り着くと、ドラゴンの姿になったリリィが湖から顔だけを出していた……こっちに乗って来れば良かったぜ……
『あ、やっと来た、ご主人様、ちょっと私が潜ってみますね』
「うん、気を付けて行けよ、水中で何かあっても、特に敵を見つけても暴れるんじゃないぞ、こんなボートは波を被れば一瞬で沈するからな」
『は~い、それじゃ、いってきま~っす!』
「どぉっ!? 危ない奴だなっ!」
勢い良く潜ったリリィの尻尾が空中で踊り、俺達の乗る白鳥の首を弾き飛ばす。
さらに引き込まれるような波が追撃を加える、白鳥は傾き、座席の下に浸水してしまった……帰りはリリィに牽引させよう……
しばらくそのまま待機すると、少し離れた場所の水中からボコボコと泡が上がって来る、リリィの奴、中で何をしているのだ? そう思ったところで浮かび上がる本人の姿が見えた。
『プハッ! ここの底に石で出来たお家みたいな何かがありました、でも重すぎて持ち上がらなかったです』
「そうか、きっとそれが祠って奴だな、そこにブイでも浮かせて鎖かロープを取りに行こう」
「主殿、もしかしてその祠を持ち出すつもりか? 本当に祟りが……」
「おう、そんなもん上等だぜ、ビビッてんじゃねぇよ」
「大丈夫なのか本当に……」
祟りなど迷信、その祠に居る何かはただの生物に違いない、そしてそいつが事件の犯人ならただの敵、何も恐れることはない、ぶっ殺してやれば良いのだ。
ただ、これだけ近くに居て、しかもリリィが祠を持ち上げようとしたにも拘らず襲われていない。
しかも索敵にも反応が無いとなれば、この祠の主が敵であるかどうかは少し怪しくなってきた……
キャシーの所へ戻り、管理棟で燃え残っていた鎖、それから船のアンカーを繋ぐための長いロープを借りて、再び先程マーカーブイを浮かせた場所へと向かう。
ちなみに祠を湖から引っ張り上げることは告げていない、祟りを恐れていたようだし、確実に反対されるであろうと判断したためだ。
今度は最初からリリィの牽引だ、しかも首を失ったスワンボートではなく、最新式だというブラックスワンボートに乗り換えたため非常に快適である。
部位のあった位置へ着くと、早速リリィが鎖を持って潜り、固定に沈む石の祠にそれを巻き付けた。
これで一応引っ張ることは出来るが、より多くの船で引っ張って効率を上げるため、さらには安全性を高めるために、何往復かさせて追加でロープを結び付けさせる。
『ふぅっ、これで全部終わりですか?』
「おう、ごくろうさん、じゃあリリィはこっちの鎖を引っ張って、他の船はロープの先端を結び付けて同じ方向に引くんだ」
ズズズッと、引き摺られるようにして動いた目的の品、このまま浅い所まで運んで行こう、途中で岩などに引っ掛からなければ良いのだが……
「勇者様、あっちの方が砂地になっているわよ」
「本当だ、じゃああそこから引き揚げよう、リリィ、あっちへ向かってくれ」
指差した方向に進路を変えるリリィ、船で引っ張る他のメンバー達もそれに従って向きを変える。
管理棟のあった場所からは少し離れた砂の岸辺、藻は生えているが問題ない、このまま祠を持って行けそうだ。
「もうちょっとだ、頑張れっ!」
『せぇ~のぉっ! よいしょっ!』
「よぉ~し、もう良いだろう、ちょっと絡まった藻を退かしてみようか」
浅瀬に乗り上げ、上半分程度が見えているはずの目的物、だが付近に生えていた藻を全力で掻き集め、藻のバケモノでも釣り上げたかのような姿になってしまっている。
ユリナとサリナの乗った船が近付き、鎖やロープ、そして目的物そのものに絡み付いたキンギョ藻のような植物を剥がしていく。
少しすると灰色の物体が見えてきた、長い間湖の中に浸かっていたとは思えない見た目だ。
というか祠ではないな、どう見ても石の棺桶だ、案外人柱にされた誰かが眠っているんじゃないのか……
「上に蓋がありますね、うんっ……私の力じゃ動きません、姉さま、ちょっと手伝って」
「私が参加したところで到底無理ですわ、ほら、神聖な封印が施されていますもの」
「あ、本当だ……ご主人様、ちょっと悪魔には荷が重いです」
「わかった、選手交代だ、ミラとジェシカで頼む」
石の棺桶に横付けする船が交代し、今度はミラとジェシカが2人で蓋を開けようと奮闘する。
しかしダメなようだ、開くどころかまるで動く気配がない。
次は精霊様の出番、ユリナが見つけた『神聖な封印』とやらが何なのかを確かめるつもりようだ。
ちなみに封印は蓋の上にある変な碑文のようなもので行われているらしい。
「う~ん、これは私にも解けないわね、たいしたものじゃないんだけど、鍵となる何かが必要だわ」
「鍵が必要……いや待てよ鍵を使わないと開かないってことはだな、この中に居る奴は今まで出て来ていないってことじゃないか?」
「ええ、間違いなく私が生まれるより遥か前から中に閉じ篭っているはずよ、まぁ閉じ篭っているのか閉じ込められているのかはわからないけど」
「じゃあコイツ犯人じゃないじゃん……解散!」
石の棺桶を放置したまま、船で管理棟の方へと向かう、無駄に移動してしまったがどうでも良い、どうせこの中に居るのは無関係の他人だ。
『こらチミ達っ! 待つのだぞ、ここまでやっておいて諦めるでないっ!』
「おいおい、棺桶が何か喋ってるぞ」
「気のせいよ、きっと波の音がそう聞こえただけ」
「ですよね~、さて、帰って昼食にしようぜ」
『こら~っ! 我を置いて行くのはやめたまえっ!』
うるさい棺桶だ、しかし音声を発する機能が付いているとは、この世界のアイテムにしてはなかなかハイテクな品と言えよう。
だがどれだけ喚いたところで、事件と無関係であることがわかった以上俺達とも無関係だ。
ガン無視しつつそのまま移動する……だがマーサがオールを漕ぐのをやめ、棺桶へと近付いて行った……
「マーサ、どこへ行くんだ? それに近付くと変な病気を遷されるかも知れないぞ」
「え~っ、でも何だかちょっとかわいそうになってきたんだけど……」
「ほう、優しいんだな、でも蓋は開かないんだぞ、諦めてそこで朽ち果てて貰う他ない」
「う~ん、まぁそうよね、戻ってお昼にしましょ」
『えーいっ! 待てと言っておろうがっ! とにかく開かなくても良い、この祠ごと引っ張って行ってくれぬか?』
これは本当に祠であったのか、てっきり棺桶だとばかり……うむ、面倒だが引っ張って管理棟に連れて行ってやろう、コイツはここで放置すると後でガミガミうるさそうだ。
というか、ずっとこの湖に居たのであれば昨日の事件の犯人がどんな奴なのか知っている可能性がある。
良く考えればこれは俺達にとってもメリットがありそうだ、よし、ちょっと気合を入れて運んでやろう。
そこから管理棟の前まで、石の棺桶、もとい祠を引っ張るのに1時間以上も要した。
高地とはいえ夏の昼は暑い、今すぐ湖に飛び込んで体を冷やしたいぐらいだな……
「じゃあ上陸させるぞ、リリィ、あと一息だから頑張ってくれ」
『うぅ~っ! おなかすきました~っ! てやぁぁぁっ!』
「あぁぁぁっ! やりすぎだぁぁぁっ!」
最後の一息、渾身の力を込めて首を振ったリリィの一撃により、祠は宙を舞い、燃え落ちた管理等に突っ込んでしまった。
キャシーが、そして一緒に待機していたアイリスやその他の連中が、驚いた表情で駆け寄って来る……
「あの……もしかしてこれは……」
「ええ、湖の守り神入りの祠ですよ、持って来ちゃった」
「えぇ~っ! 絶対に祟られますってばっ!」
「大丈夫、たいした奴じゃなさそうなんで、もしもーし……あれ、死んだかな?」
『い……生きてはいる……ギリギリ……』
生きているならさっさと返事をしやがれってんだ、だが中で全身を強く打ってグチャグチャになっている可能性があるな、開けられそうなら開けたいが、変な汁が出るかもだから注意しよう。
管理棟の燃えカスの中から棺桶型祠を引っ張り出し、とりあえず地面に置く。
うむ、良く見ると蓋の表面に何か丸いものを嵌める場所があるな、ここに鍵を置くと封印が説ける仕組みなのであろう。
『あ~、頭クラクラする、とにかくチミ達、我の封印を解く鍵を見つけてくれないかね』
「そんなの知らねぇよ、まずどんなものなのか教えやがれ」
『あのね、我はここに封印されて、その上から鍵を掛けられたの、だからその鍵がどういうものかなんて中からわかるはずがなかろうに、チミは馬鹿なのかね?』
「うるせーっ! マジでこの棺桶ごと粉砕すんぞっ! てかそもそもお前何者なんだよ?」
『我か? 我は神ぞ、もっともこの世界の神ではないがな、というか神界で権力争いに負けてこの世界の牢獄に繋がれ、そこから脱走したら今度はこの祠に封印されてしもうた』
「えっ? それってさ、神界と魔界が分離する前にか?」
『おうおう、あの後しばらくして大変な事件が起こったらしいな、良くわからんが神界の一部が闇に包まれてこの世界に影響を及ぼす魔の世界になったとか』
出たっ! これは凄まじい情報源だ、この中に閉じ込められている神を自称する何かは、間違いなく当時の出来事を経験している。
閉じ込められていた以上すべてを見たわけではないはずだが、少なくとも今の俺達よりは詳しいはずだ。
「おい、どうにかしてここから出してやったらさ、その大変な事件について教えてくれるよな?」
『そのぐらいはお安い御用だよ、チミ達の頑張りに期待することとしよう』
「おう、それともう1つ、昨日の夕方前なんだが、この湖の畔で何者かによって人族が2人殺されたんだ、その犯人を知っているか?」
『ああ、知っているとも、我はこの湖の守り神だからな』
「ほう、どんな奴だ?」
『どんな奴も何も、そこに居る娘、そやつが昨日の事件の犯人だよ』
いや、それはないだろう、きっと何かの見間違いだ……




