322 旅立ち
「やぁ、おはようルビア」
「……ご主人様、昨夜の恨み、晴らさでおくべきかっ! キェェェッ!」
「おっと、そんな攻撃が通用するとでも思ったか? とりあえずカンチョーを喰らえ」
「はうっ! きゅ~……」
襲い掛かって来たルビアを一撃で沈め、朝食の時間を待つ。
他の3人も襲撃を画策していたようだが、今のを見て完全に諦めたようだ。
運ばれて来たパンや野菜を食べると、すぐに作戦会議という名の雑談をスタートさせる……
「さて、まず何から話し合いをしようか?」
「主殿、遥か東の地へ向かうというのなら、まずは現地へ行ったことがある2人の話を聞いてみるべきだと思うぞ」
「そうだな、じゃあリリィ、精霊様、ちょっと時間が経ってしまったが、詳しい土産話を……精霊様はまだ寝てるのか……」
仕方が無い、とりあえず話したそうにしているリリィから聞いてみることとしよう。
「……それでそれでっ、こ~んなでっかい山がデーンッてあって、その周りに森がぶわぁ~っと、あと超遠かったです」
ダメだ、こちらにその情景を伝えるつもりも、そしてその能力すらも持ち合わせていないようだ。
ということで、東の火山周辺に関しては精霊様が起きるのを待って話を聞こう。
リリィは喋って満足したようだしな……
次は地下牢からカイヤとメリーさんを引き出して来た、カイヤは俺達にその地へ行くよう仕向けた張本人、そしてメリーさんも東の四天王の軍の一員、少しは良い情報が得られそうだ。
まずはカイヤから話を聞く、もちろん『事件』に関連する情報を引き出すためである。
「う~ん、私も実際に行ったのはかなり前のことでして、でも麓にあった洞窟が未調査なんですよ、当時は冬だったので雪と氷に閉ざされてしまっていたんです」
「洞窟だと? そこに何かありそうな予感だな、だって洞窟といえば冒険、冒険といえば洞窟だし……」
「ダンジョンじゃないのよね、それなら冒険って感じじゃないでしょうに」
「セラはまだまだ甘いな、良いか、全然目立たない、本当にちょっとした洞窟や祠なんかに重要なアイテムが眠っているものなんだよ」
「わけがわからないわね……」
とにかくその洞窟とやらに行くのは確定だ、カイヤに頼み、マップで詳しい場所を指し示して貰う。
どうやら俺達の進もうとしていたルートからは外れるようだが、時間を掛ければ行けないこともない。
何よりもその洞窟、高い山の麓にあり、冬は雪に閉ざされるような位置なのだ。
間違いなく、夏でも中の気温は氷点下、場合によっては巨大な氷なんかも手に入るかも知れない。
事件の調査以外にも行ってみる価値は十分にあるといえよう、そうなるともはや観光旅行だがな……
そこで精霊様が目を覚ました、天井にへばり付いていたのが、まるで空気でも抜けたかのようにジワジワと降りて来る。
「何よ、私抜きで楽しそうな話をしているじゃないの」
「いやいや、精霊様にも1つ聞きたいことがあったんだよ、ほら、遥か東の地で漆黒のワサビみたいなのを取って来たことがあるだろう、そのときの話をもっと詳しく聞かせて欲しいんだ」
「ええ、じゃあどこから話すべきかしら……」
精霊様の話は、完全に旅行の土産話であった。
火山の手前にあった集落へ立ち寄り、そこで牛乳を買って飲んだこと、種族すら違うのにリリィと親子だと勘違いされたことなどが中心である。
「ふむふむ、じゃあまずはここにある集落に寄ってだな……」
「そういえば牛乳を使ったカクテルなんかも美味しかったわよ、店によっては飲み放題コースなんかもあったわ」
「ではそこで一泊して、夜は派手な飲み会にしようぜ、洞窟とやらはその先だな、ついでに調査していくこととしよう」
「主殿、もう完全に旅行気分になっている気がするのだが……」
ジェシカの指摘はごもっともであるが、どうせ行くなら多少の楽しみぐらいは確保しておきたい。
そうでもしないと、ごく僅かな報酬で強敵に立ち向かうだけの苦行になってしまうからな。
「そういえば牛乳が飲めない子は誰も居ないよな、マーサも大丈夫か?」
「もちろんよ、お肉とかは食べないけどミルクなら大好き! 背も伸びるし」
「おいおい、俺よりもデカくなったら承知しないからな、てかどうして500歳超えて背が伸びる可能性を孕んでいるんだ……」
既に自分の方が背が高いと主張するマーサの耳をペタッとやり、俺よりも低くしてやる。
ちなみに背が伸びると聞いてカレンもやる気を出したようだ、さっきまで暑さでぐでんぐでんになっていたというのに……
とりあえず休火山の手前にあるという、高原の集落に立ち寄ることだけは確定した。
その後は洞窟の調査、それが終わったらいよいよ魔族領域を目指して進むのである。
瘴気避けの魔法薬はカイヤに量産して貰おう、一度攻め込んだら帰りはいつになるかわからないのだ。
途中で魔法薬のストックが切れ、つるっぱげになるのだけは避けておきたいところ。
「さて、寄り道に関してはこのぐらいで良いか、次はメリーさん、そこから先の情報をくれ」
「えっ? あ、はい……」
「何でそんなにボーっとしてるんだ、何か考え事でもしていたか?」
「いえ、その……砦に向けて進軍している途中で人族の村や町をいくつか滅ぼしたんですが……今言っていた集落が含まれていなければ良いなと……」
「おいこら、ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ、人族の村や町をどうしたって?」
「・・・・・・・・・・」
サッと逃げ出そうとするメリーさん、しかし魔力も腕輪によって奪われ、手足は縛られている。
その状態で逃げ切れるわけがない、すぐにミラが対応し、簡単に取り押さえてしまった。
「それでメリーさん、いくつの村、そして町を滅ぼして、何人の人族を殺害したんだ? 言ってみろ」
「わかりません、あの時は調子に乗っていましたから、不気味に高笑いしながら進行方向にある全てのものを蹂躙して……」
「とりあえず強烈なお仕置きが必要だな」
「ひぃぃぃっ!」
勝手に攻めて来たのは魔王軍だから仕方が無いものの、関係のない人間を巻き込んだのは許し難い。
まずはすべての衣服を剥ぎ取り、海老反りにして天井から吊るす。
悶え苦しんでいるところに下から鞭打ち、ついでに強力クリップを体中に挟んでやった。
「痛いっ! もうしません、もうしませんから許してっ!」
「ダメだな、今日1日、それどころか10年ぐらいはそのままにしてやっても良いんだぞ」
「あぅぅ……」
結局メリーさんは旅に同行させることとなった、道案内と、それからそこかしこで滅ぼした町村の生き残り達を発見した際に謝罪させるためだ。
「そうだな、今回は観光もあるからアイリスも連れて行きたい、他には……」
「あの、私も連れて行って頂けないかしら? それとフルートちゃんも」
「ん? カイヤはまぁわかるが、どうしてそこでフルートが出てくるんだ?」
「あの子、実家のある純粋魔族の里が通り道にあるんですよ、確かこの辺りの出身だと言っていました」
そう言って地図の1点を指差すカイヤ、なるほど、魔族領域に攻め込む際のルートからそう遠くない位置だ。
ということでフルートも連れ出し、本人の意思を確認してみる……行きたいそうだ、ついでに言うと、俺達が四天王の城を攻めている間だけでも実家に滞在したいとのこと。
まぁ、特に逃げ出すとかそういったこともなさそうだし、それぐらいは認めてやっても良いであろう。
その件は了承し、フルートとカイヤには出発の準備をそれぞれ整えておくよう伝えた。
「あとは……そうだユリナ、今俺達が使っている貨幣なんだが、これは魔族領域でも通用するのか?」
「大丈夫ですの、向こうで流通しているものも全く同じですわ」
どうして敵対する人族と魔族で同じ通貨を使用しているのかは凄く気になるところだが、アレか、元居た世界でアメリカと敵対している国でも、ドルが様々なケースで通用していたのと同じか。
何だか通貨の件にもこの世界のちょっとした秘密が隠れていそうな気もするが、それは後々調べていくこととしよう。
とにかく今使っているものが通用するのは良かった……いや良くない、そもそも通用するしないに関わらず、根本的な問題がある、金がないのだ……
「おいマリエル」
「はい何でしょう?」
「金が欲しい、くれ」
「では王宮に相談してみましょう」
あのケチババァがどれだけの資金援助をしてくれるのかはわからないが、頼るべきは王宮以外に存在しない、募金とかしても誰も、鉄貨の1枚すら入れてくれないだろうしな。
よし、そうとなったら早速王宮へ行って金をふんだくろう……
※※※
「ちぃ~っす、おいババァ、遊びに行くから金貨100枚寄越せ」
「どこのニートなんじゃおぬしは、金が欲しければ自分で調達せい、たまには店主借りでもしたらどうじゃ?」
「何で俺個人の金をパーティー経費にしなきゃならんのだ、というか『勇者パーティー』よりも『俺個人』の方が貧乏なんだ、それぐらい普段の言動から察しろよな」
「ふむ、では募金でもしたらどうじゃ? 黒いバネ強制募金の箱を貸してやろう」
「えぇ~っ、てか何だよこの変な箱は?」
ケチケチ総務大臣から手渡された変な箱、前面には『募金しやがれっ!』と書かれているのだが、下にバネが取り付けられてびよんびよんしているではないか。
俺なら間違いなくこんなものに金を入れたりはしない、絶対にだ。
だがこの箱を使わずに募金活動をすると違法になるらしい、仕方が無い、これを人数分借りるとしよう……
アイリスの分も含めて13個、そのまま馬車に乗せて屋敷へと戻る。
皆に事情を説明し、1人1つ、奇妙な箱を携えて商店街に繰り出した。
「募金おねっしや~っす、募金おねっしや~っす……」
皆と場所分けをし、もちろん俺は最も人通りの多い場所に陣取って募金活動を始める。
俺の声に気付いた人々が1人、また1人と立ち止まり、箱の前に立った。
石ころ、金属片、野菜クズなどの生ゴミ、最後はその辺をうろついていた野良猫が箱にすっぽりと収まり、それで満員御礼となってしまった……ちなみに貨幣は1枚たりとも入っていない。
このクソ共めが、俺が何度お前らを救ってやったと思っているのだ。
あ~、もう暴れちゃおうかな、王都滅ぼしちゃおうかな~。
などと考えていたら空しくなってきたため、癒しを求めて近くに居るカレンの所へと向かった。
「あ、ご主人様、お肉を沢山貰いましたよっ!」
「金は……やっぱり入っていないのか……」
「お肉~、お肉を恵んで下さ~い!」
「おいカレン、お前のやり方は間違っている、現物じゃなくてそれと同等の価値を持つ金銭をだな……」
しばらく見ていると、可愛らしいカレンのためにわざわざ店で肉を購入してまで箱に入れているおっさんが居た。
お前も何かおかしいことに気付けよな……
他のメンバーもまるでダメなようだ、精霊様は道行く人の胸ぐらを掴んで無理矢理に募金させているし、セラは木陰でサボっている。
ルビアに至っては僅かばかり集まった金を着服し、菓子とドリンクを購入してしまったようだ。
ちなみに最も頑張っているのはユリナとサリナ、連れ出していたエリナにエッチな格好をさせ、人目を惹いて募金を集めている。
「勇者様、暑いんでそろそろ帰りませんか?」
「だな、やる気ない奴も多いし、そもそも俺は全く集まらない」
「男の人に募金してあげようなどという殊勝な心がけの人は居そうもありませんからね……」
屋敷へ戻って全員分の集計をする、結局金貨にして1枚に満たない金額しか集まっていなかった。
募金箱は……返しに行くのが面倒だ、ドブにでも流してしまおう、きっと自然に帰るに違いない。
さて、少ないとはいえ一応金が集まったのだ、これは正しく使わないとだな。
着服していたルビアには後でお灸を据えてやるとして、この金で必要なものを買いに行こう。
「そういえばセラ、お前何持ってんだ、金属性の……ペンダント?」
「よくわからないの、募金活動をサボ……していたら変なフードの人がくれたわ、『これが汝らを導かん』とかって頭の中に直接話しかけてきたの、正直キモいし要らないわ」
「それ、何か重要な奴じゃないのか? まぁ良いや、とりあえず持っておけ」
再び屋敷を出て商店街へと向かう、魔法薬や携帯食を買い込み、だいたいの品は揃えることが出来た。
あとは準備をして出発するだけだ、今日のうちに全てを済ませ、明日の朝一番で東に向かって発つとしよう……
※※※
「よ~し、準備は良いな~っ!」
『は~い!』
「じゃあ出発だ~っ!」
『おーっ!』
翌朝、至極適当なノリで屋敷を出発し、東門から王都の外へ出る。
今回はかなりの長旅になるはずだ、何といっても帝国よりさらに遠い所へ行くのだからな。
「しばらくは知っている道ね、未知のエリアに入るのは4日後といったところかしら」
「わりと面倒だな、どこかに転移陣みたいなものは……ないよな絶対……」
結論から言うと転移など出来ず、7日以上も掛けて地道に馬車で進んだ。
深く生い茂る木々で出来たトンネルを抜けると……
「凄い草原、いや高原って感じね」
「見て下さいご主人様、美味しそうなウシが居ますよ!」
街道の両脇に広がる、無限に続くのではないかとも思える高原。
もちろんそこに居るウシは肉牛ではなく乳牛だ、カレンとリリィには食べないよう言い聞かせておこう。
皆がそのウシだの何だのに気を取られている間、俺が眺めていたのは別の場所、進行方向に聳える巨大な山である。
雲が掛かってその頂上を見ることは出来ないのだが、明らかに3,000m以上はありそうだ。
「セラ、この先はどういうルートで向かう予定になっているんだ? ちょっと確認してくれ」
「わかったわ、まずは牛乳の集落に行くとなると、え~っと……さっきの曲がり角を左ね」
「通り過ぎてんじゃんっ! おいジェシカ、ちょっと気合でUターンしろ!」
危なかった、いきなり目的地をスルーしてしまうところであったな。
とにかく馬車を戻し、リリィと精霊様が以前立ち寄ったという集落を目指す。
2人は空からそこへ行ったため、さほど苦にはならなかったはずだし、発見から到着までに要した時間もごく僅かなはずだ。
だがそこに馬車で向かうとなると話は変わってくる、地図によると、ここからあと半日程度は走らなくてはならないのであった。
既に日暮れも近い、これでは今日中に到着することが出来るとは思えないな。
どこかで野営をするべきだ、適当な場所を探して早々に停車しよう……
「あ、この先に湖があるみたいね、今日はそこで1泊しましょ」
「湖か、もしかしたら人が住んでいるかもだぞ、相当に運が良ければだがな」
あまり期待はしていなかったものの、湖に近付くにつれて道が良くなっていく。
しかも地図上で湖があるとされている辺りから煙のようなものが上がっているではないか。
これは間違いなく人が住んでいる、相当に運が良かったということか……
「おいジェシカ、もうちょっと急げないか、湖畔に住んでいる人の家を訪問するなら日が沈む前の方が良いぞ」
「……主殿、あれは炊事の煙ではないような気がしてならないぞ」
「そうですよ勇者様、竈で火を焚いているにしては煙自体が大きすぎます、おそらくは……」
「う~ん、じゃあ外でバーベキューでもしてるんじゃないのか?」
『・・・・・・・・・・』
ジェシカに続き、ミラも不吉なことを口にしようとする。
だがこれがフラグになってはいけない、慌てて能天気なことを口にし、2人を制止した。
徐々にそちらへ近付いて行く……確かに煙が大きい、炊事などではないのは明らかだ、そして燃えているのは間違いなく家やバンガローの類だ……
街道の先に湖畔が見えてくる、美しい湖なのは確かだが、周囲に漂っているのは朝霧ではなく淀んだ色の煙、そしてその奥に見えるのは人らしき死体であった。
「やっぱり、何かに襲撃を受けたんだ、主殿、戦う準備をしておいた方が良いぞっ!」
「ああ……ちなみにメリーさん、お前、ここに部下とか置き去りにしていないよな?」
「していません、ぜ~ったいにしていません、最後に点呼を取って全員いることを確認しましたから」
「そうか、すまんかったな、じゃあ全員戦闘準備だ、ルビアとサリナはアイリスを守れ!」
犯人がメリーさんの軍の残党ではないとすると、この先に居るのは未知の敵だ。
強いか弱いかも、それがどういう属性の者なのかも定かではない。
そこから5分程度で湖の畔に出る、木で出来たコテージが燃え盛り、先程見たものとはまた違う死体が落ちていた。
「勇者様、どうもあの建物は湖の管理小屋みたいですね」
「マリエル、どうしてそんなことがわかるんだ?」
「半分燃えてしまっていますが、『釣竿貸し出し:銅貨1枚(遊漁券別売)』って書いてあります、あとヤマメの塩焼きが鉄貨5枚だそうです」
「てことはここは一応観光地の湖だったってことだな、敵は近くに居ないみたいだし、ちょっと生き残りを探そう」
索敵にも反応はないし、誰かが何かを感じ取ったなどということもない。
敵は既に逃げ去った後か、それとも俺達が来るのを察してどこかに隠れたのか……
「ご主人様! こっちに女の人が倒れていますよ、あ、生きてますっ!」
「わかった、救助してやってくれ、ルビアに治療させよう」
カレンとマーサが運んで来たのは20代前半ぐらいの女性、意識はないが怪我はたいしたことがない。
そしておそらくここのスタッフなのであろう、というか『遊漁監視員』の腕章をしている。
燃えているコテージの近くに居た人は何者かによって皆殺し、離れた場所で湖の監視をしていたこの女性のみが、巻き込まれはしたものの殺されなかったということか。
怪我の治療を終えた女性を馬車に運び込み、座席に寝かせる。
ちなみに火事の方は既に精霊様が消し止めたため、延焼の危険はない。
ちょっと旅行気分でこんな所へ来たものの、早速トラブルに巻き込まれてしまったな。
もはや溜め息も出ないのだが、関わってしまった以上解決を模索する他ない……




