307 敵の狙い
「吐けやオラァァァッ!」
「グッ! おぇぇぇっ……」
「汚ねぇ奴だな、ゲロじゃなくて情報を吐けってんだ」
「ま……まだ何も……聞かれて……いない」
「大人なんだからそのぐらい察しろよな、このド低脳がっ!」
「うぐぉぉぉっ! おえぇぇぇっ……」
おっと、これ以上やると何も情報を引き出さないうちに殺してしまう、それではわざわざ0.5秒も費やして生け捕りにした意味がない。
拷問は素人がやるものじゃない、ここは精霊様にバトンタッチすることとし、俺は後ろに下がって偉そうに座り、様子を見守る、ちなみに本日の椅子は四つん這いのジェシカだ。
俺に代わって前に出た精霊様の拷問が始まる……
「さてと、あんた死にたいのよね?」
「し、死にたくない、死にたくないっ!」
「あん? とても死にたくない奴の態度とは思えないわね、もしそうならば誠意を示しなさいよ、床に頭を擦り付け、全ての質問に答えるから殺さないでとお願いするべきよ」
一瞬、プライドが邪魔をしたのであろうか、躊躇するゲリマンダー。
だが精霊様が足を高く挙げ、おパンツ丸見え踵落としの構えを見せると、すぐに諦めて地面に平伏す。
「頼むっ! この通りだ、聞かれたことには答えるから殺さないでくれっ!」
「ああそう、じゃあ聞くけど、あんた達がこの村を狙った目的は?」
「東の四天王様のご命令だ」
「そんだけじゃわからないわよっ!」
「おがっ! こ……この村を拠点にするつもりで……その先にある勇者の住む都とやらを……」
どうやら東の大魔将の狙いはこの村本体ではなかったようだ。
つまりその先にある王都を目的としていたのである。
俺達の居る王都を落とせば勝ちという認識は、これまでに攻め込んで来た魔将軍も同じであったが、これは魔王軍共通の勘違いなのであろう。
もし王都が陥落したとて、俺達が外に逃れていれば、いや、最悪中で包囲されていたとしても、敵が雑魚ばかりであれば特に問題なく戦い続けることが出来る。
で、今回の敵である東の四天王軍が注目したのがこの村、ではなくこの村のすぐ近くにある王国の砦。
四天王の城がある東方から地上軍を派遣した場合、帝都はどうにかスルー出来たとしても、王国に入る前には、必ずそこで待ち構える軍とぶつかることになる。
だがこの村を制圧し、そこに四天王軍を呼び込んでしまえばどうか? 砦での戦いを経由することなく、その先の王都まで一直線に攻め込むことが可能だ。
それを武力で制圧したとなれば、王国側もそれ相応の反応を示すであろうが、今回は旧村長の逝去に伴う正当な新村長選挙である、誰が当選したとて、王都で話題になることは一切ない。
つまり正当性を持って村を制圧し、そこを魔王軍の拠点にしてしまうことが今回の敵の狙いというわけか……
「おいちょっと待て、選挙を狙ったてことはだな、もしかして貴様、旧村長を殺したんじゃなかろうな?」
「それはしていない、死神様からのご神託で死に瀕していることを知っただけだ」
「そうか、でもお前ムカつくから死刑な」
「・・・・・・・・・・」
このゲリマンダーをどういう罪で死刑にするかは迷っていたところだが、俺をムカつかせるは犯罪だ、死刑相当の立派な罪なのである。
そして処刑は明日、公開で行うことも告げておいた。
マジメダス氏の村長就任演説の後、続く食事会の直前だ。
「で、貴様等の作戦は見事に失敗したわけだ、おめでとう、賛辞を送ってやろう、となると次はどんな作戦でくる? 答えろ」
「……助けてくれるのなら答える」
「調子乗ってんじゃねぇよハゲッ!」
「ボガッ、おぇぇぇっ……こ、答える……わしらのはプランA、この次はプランBとして大々的な武力行使に出る……」
「そのプランBとやらに動員される兵力は?」
「わしは知らぬ、プランBは別の者共が作戦を担当しているのだからな」
「使えねぇゴミだな、惨たらしくぶっ殺してやるから楽しみにしておけよ」
とにかく大規模な軍勢が王都を目指して攻めてくる可能性が高いということだけはわかった。
外に居た王国兵にそのことを伝えると、すぐに派遣部隊長が早馬を出してそれを王宮に伝えに行かせる。
おそらく以前のように、この村近くの砦で戦闘になるはずだ。
とはいえ今回の敵は魔王軍の四天王、これまでとは格が違う。
まぁ、そのことも考慮に入れた編成を行ってくれると思うが、もしかすると一般の兵士では到底太刀打ち出来ないような軍勢が現れるかも知れないな……
「さて、じゃあ一旦帰ろう、腹も減ったしな、午後になったらまたここへ来るんだ」
「あ、それなら私の分はお弁当をお願い、もうちょっとだけコイツを拷問してみるわ」
「わかった、何か新たな情報が引き出せたら教えてくれ」
ここのことは精霊様に任せ、俺達はセラとミラの実家へと戻る。
昼食を取り、借りた弁当箱に精霊様の分を詰め込んで、もう一度公民館を目指した……
※※※
「はい精霊様の分、ちょっと休憩したらどうだ?」
「そうするわ、でね、結構面白いことがわかったわよ」
「面白いこと?」
俺達が昼食のために抜けた後、ゲリマンダーをさらに痛め付けたところ、新たな情報を吐いたそうだ。
そういえば処理済の食肉みたいな物体が床に転がっているな、相当にハードな拷問を加えたのであろう。
こんなところで死ぬと困るし、念のためルビアに治療させておこう。
で、ゲリマンダーが新たに吐いた情報は2つ、ひとつは明日の日没までに四天王軍の中枢に対して作戦成功の報せがなければ、そのままプランBに移行するというものだ。
つまり、嘘でも良いからゲリマンダーを使い、『作戦は成功である』と言わしめれば、敵軍の動き出しをかなり後れさせることが出来るということになる。
これは使えそうだ、ちなみにプランBの作戦責任者はメリーという名前らしい、いつの間にかあなたの後ろに居そうなネーミングだ。
「それでね、プランBを補助するために、同時進行のプランγってのがあるらしいわ」
「どうしてそこだけ表記が変わるんだ……」
敵軍のいうプランγは、四天王の軍勢に対抗して兵を挙げるはずの王都を、内部から混乱に陥れる作戦なのだという。
作戦担当者は既に王都に潜んでおり、挙兵の兆候がみられた際に、独自の判断でテロ等の事件をいくつも起こし、王都を引っ掻き回す作戦らしい。
作戦の指揮を取るのはハーン=ザイマンという男、犯罪マンかよ、モロじゃねぇか……
だがこれによって王都から兵を出すことが出来ず、砦を突破されたら大事だ。
さっきの今で悪いのだが、派遣部隊長にはもう一度早馬を出して貰うべきであろう。
すぐにマリエルを走らせ、命令というかたちで再度の伝令を依頼した、マリエル直々の言葉であれば面倒だからパスというわけにはいかないのだ。
「これで王都の方は良し、あとはプランBの進行を止めるのが俺達に出来る唯一の行動だな」
「じゃあもう一度ゲリマンダーをボコっておくわね、それで作戦成功の偽情報を流すように強要するわ」
「おう、明日の処刑は告知済みなんだ、だから絶対に殺すなよ」
自信満々の精霊様にそちらを任せ、俺は公民館のロビーでダラダラしていたエリナを捕まえる。
プランBのメリー、それとプランγの犯罪マンについて何か知っている可能性があるからだ。
「う~ん、メリーさんは私も良く知っている方ですが、犯罪マンというのは話にしか聞いたことがないですね、とても迷惑な奴だそうで、有名人の所に凸するのが趣味とか」
「そうか、じゃあ犯罪マンは置いといて、メリーさんの特徴を教えてくれ」
「メリーさんですか、あの方はわざわざ自分の居場所を教えて、接近される側の恐怖心を煽る作戦が得意ですね」
「メリーさんだもんな、しかしあれか、そうなると攻めて来るのはわかり易いってことだな」
「ええ、そうなると思いますよ、場合によっては手紙で自軍の居場所を伝えてくるなんてことも考えられます」
なるほど、つまり『私、メリーさん』から始まる手紙が来たら、俺達に自分の居場所を教えるものであるということだな、どうせ徐々に近付いて、最後は後ろに居るんだろうが。
まぁ、もちろん背後に立たれた時点でこちらの負けだ、砦は陥落し、敵軍が王都に雪崩れ込む結果を招く。
そうならないためにも、『砦の前に居るの』の段階で侵攻を止めてやる必要がある。
と、そこへ精霊様がボロ雑巾のような何かを引き摺って階段を上がって来る。
ボロ雑巾はゲリマンダーのようだ、辛うじて息はしているが、ほぼ瀕死の状態だ。
再びルビアに治療させ、完全に回復させたうえで腹パンを3発お見舞いしておく。
「はいこれ、作戦成功の偽文書よ、コイツの魔獣を使って四天王軍の作戦本部に送らせるの」
「へぇ~、怪しい所はないかチェックしたのか? 何らかの暗号で失敗を示唆する内容を伝えているかもだぞ」
「それも確認済みよ、というか一度やろうとしたからボッコボコにしてやったの」
さすがは精霊様、その辺りは抜かりないようだ。
気絶しかけのゲリマンダーに魔獣を呼ばせ、それに文書を括り付けて放つ。
空を飛べないサラマンダータイプの魔獣だが、恐ろしいスピードで走って行った。
この調子なら期限までに伝達が間に合うはずだ。
これでやるべきことは全て完了、あとは王都の中枢が動くのを待ち、ついでに敵の出方も待つのみだ。
とりあえず2日か3日ぐらいはのんびり出来そうだな……
※※※
翌日、マジメダス新村長の就任演説が行われた。
そこでの真面目な話は誰も聞いていないのだが、その後の食事会を目的として、多くの村人が集合している。
演説後は食事会場の準備が進められ、公民館の仮設厨房からは良い匂いが漂い始めた。
それと、もちろん精霊様主導の処刑セットも設営が進んでいる、かなり大掛かりな装置だ。
「精霊様、それは一体何をする装置なんだ?」
「これ? 『無限腹パン装置』よ、力の弱い老人や子どもでも、ボタン1つであのハゲデブにダメージを与えることが出来るわ」
「なるほど、これで全村人から腹パンを喰らわせてやるってことだな」
「そういうこと、で、皆が満足したら丸ごと燃やすのよ、とろ火でじっくり燃えるように設計してあるわ」
相変わらず恐ろしいものを創り出す精霊様、まぁゲリマンダーはハゲでデブで、しかもこの村に多大な迷惑を掛けたのだ、たったの数時間苦しむだけで死ぬことが出来るのは大変に慈悲深い措置である。
本来であれば1週間以上苦しめてジワジワ殺すべきところだからな……
「よし、これで完成ね、ちょっとテストをしてみましょ」
「は~い、私ポチッとしまーす!」
「じゃあリリィちゃんちょっと手伝ってね」
地下から牽き出したゲリマンダーを装置に固定し、リリィが楽しそうにボタンを押しながら、後ろで精霊様がパンチ力の調整を行う。
およそ3,000回程度喰らわせると死亡するように設定したらしい、これなら村人全員が処刑に参加出来そうだな。
夕方になると食事会の準備も終わり、村人達も大勢が公民館の前に集合してきた。
俺達も指定の席に着き、新村長就任記念祭の開始を待つ。
『え~っ、それではお集まりの皆さん、乾杯の前に1人1回、前に出てこの装置のボタンをポチッとして下さい、大馬鹿野朗にダメージを与えてやりましょう!』
「ぎぇぇぇっ! わしにこんなことをしてタダで済むと思うなよっ! この愚民共めがっ!」
『やかましいので最後の晩餐を口に詰め込んでおきましょう、はい、あ~ん!』
「がぁぁぁっ!」
ステージの隣で豚の丸焼きを作っていたコンロから、赤く燃える炭を1かけ取り出し、それをゲリマンダーの口に詰め込む事務の女性、なかなかやりよるではないか。
その後、村人達により散々に痛め付けられたゲリマンダーは、乾杯と同時に着火され、しばらくすると断末魔の叫びを残してこの世を去った。
ざまぁみやがれ、俺達に楯突いたこと、それから村に迷惑を掛けたことを地獄で後悔すると良い。
食事会という名の宴は深夜まで続き、俺達は泥酔したセラとミラのオヤジを連れて、その自宅に戻る羽目になった。
風呂に入った後、セラと2人で部屋に戻って寝る準備をする。
「じゃあ勇者様、そのメリーさんとやらが攻めて来るまではこの村に滞在するのね」
「そうだな、ただ本格的な侵攻が見て取れたら砦に移動することになる、先に王国軍が入るだろうが、俺達の滞在スペースは空けておいて貰うつもりだ」
「わかったわ、それまでは待機ね、何もない村だけどのんびりしましょ、ウチにならいくら泊っていても良いから」
お言葉に甘え、敵との本格的な戦闘が始まるまではセラ達の実家に滞在させて貰うこととした。
とりあえず今日はもう寝よう、明日以降は王都との連絡を密にして、それから敵の動向にも注視しないとだ……
※※※
「勇者様、朝になったわよ、それからマリエルちゃんの所に伝令が来ているみたいだわ」
「わかった、じゃあセラ、俺の上から退いてくれないか」
寝ている俺の上に跨っていたセラを退かし、起き上がって皆が滞在する部屋に移動した。
ミラは朝食の準備に駆り出されたようだ、ルビアとマーサはまだ馬鹿面を晒して眠っている。
「マリエル、伝令ってのは王宮からの報告か?」
「ええ、実は王国軍の編成がかなり遅れているそうでして、何だか報せを受けてカモフラージュがどうとかで」
「カモフラージュって、何をするつもりだ?」
「何だか知りませんが、およそ3万の軍を小分けにして、時間をおいて出発させるそうです、しかも東門だけでなく、すべての門から軽装で出発させると」
おそらくババァの作戦だ、2度目の伝令で犯罪マンが王都に紛れ込んでいることを伝えておいたからな。
その監視を誤魔化し、行動を起こさせないためにそういったまどろっこしいことをしているのは明らかだ。
マリエルの受けた情報によると、そのカモフラージュ作戦により、王国軍が到着するのは第一陣で1週間後、最後のグループは2週間以上掛けてここまでやって来るとのこと。
それまで『メリーさん』の軍が砦に到達しないよう、引き伸ばしを図ってやる必要がありそうだな。
おそらくこの村が制圧されていないことに気付いたら即、メリーさんの軍は砦を目指して進軍を開始するはずだ。
その最中で俺達に居場所を伝え、恐怖を煽るつもりなのであろうが、それを逆手に取ってやろう。
届いた手紙に返信をして、いい加減な情報を吹き込んでやる。
と、そこで誰かが庭に飛び込んでくるのが見えた、王国軍の兵士のようだ……
「すみませ~んっ! 勇者パーティーの方は居られますか~っ? 緊急の要件です~っ!」
ちょうど1階で朝食の準備を手伝っていたミラが出て対応し、その間に俺達も外に出る。
緊急の要件とは、やはり魔王軍の動きに関するものであった。
「今朝早く巨大な鳥らしき影があったとの報告を受けまして、全員で見張ったところ、先程羽付きの魔族が村の上空を旋回しているのが発見されました」
「魔族が、それは今どこへ?」
「こちらから見られていることに気付いたのか、すぐに東に向かって離脱して行きました、どうやら偵察に来ただけのようです」
上空から監視し、東に逃げた魔族、間違いなく四天王軍の偵察だ。
一昨日流したゲリマンダーの偽成功報告を受け、本当に村が手中に収まったのかを確認しに来たのであろう。
だが王国軍、つまり人族の兵士が村の監視に当たっていた時点で、その情報がニセモノであったことには気付かれてしまったはずだ。
となると、その魔族が本拠地に戻り次第、敵はプランB、即ちメリーさんの軍勢をこちらに向けて進軍させることを開始するはず。
さらには王都に潜んでいるという犯罪マンにも情報が伝わり、プランγが開始され、王国軍の動きが止められる、またはかなり遅延させられる可能性もある。
「拙いわね、どうするべきかしら?」
「とりあえず俺達はメリーさんの方に対応するんだ、王都の方はババァに任せておこう」
「主殿、私も実家に連絡をしておこう、どんなルートであれ、東からここへ大軍団を送るには帝国領を通る必要があるからな、所々で小規模な奇襲を掛けることが出来るかもだ」
「ああ、じゃあジェシカは実家に連絡、手紙にはマリエルの署名も入れておくんだ、そうすれば帝都も動かないわけにはいかなくなるからな」
以降はそのままこの村で待機と決めた、まずはメリーさんからの連絡が入るまで待とう。
朝食を済ませ、情報収集のために王国軍の派遣部隊が居る公民館へ移動する。
そのときには新たな情報がなかったのだが、昼になり、持ち込んだ弁当を食べていたところで変化が起こる、外がやけに騒がしくなったのだ。
もちろん俺達も出て確認をする、食い意地の張ったカレンだけは出て来なかったが、敵が攻撃を仕掛けるために来たというわけではなさそうなので放っておいた。
上空を見上げる兵士達、その辺で農作業をしていた村人達も、手を止めて空を見上げている。
羽のある魔族が飛来しているのだから当然だ、しかも何か筒のようなものを持っているではないか。
「あっ、落として行ったわ、今度は単なる偵察じゃなかったみたいね」
「てかさ、どんだけノーコンなんだよ、もっと公民館の近くに置いて行けよな……」
確かに落としたのは公民館のほぼ真上であったのだが、筒は風を受けてクルクルと回転し、近くの田んぼに落下してしまった。
兵士がそれを回収して持って来る、筒の中には紙が入っているようだが、水田に落ちたのだ、もうビッタビタである……おや、真っ白で何も書かれていないじゃないか……
しかも濡れているにも拘らず破れたりする様子もない、というか田んぼの泥水を吸ってなお、完全な白を保っている、一般的でない特殊な紙のようだ。
その紙にジワジワと、まるで炙り出しの如く文字が浮かび上がる。
『私、メリーさん、今ちょうど目が覚めたところなの』
すみません、もう昼下がりの良いお時間なんですが……




