304 元に戻す
「う~ん、誰かが術を使った痕跡はあるんですが、何だかおかしな術式ですね」
「相当に高度な幻術ってことなのか?」
「いいえ、簡単なものだとは思いますよ、ただ効果を持続させるんじゃなくて、その場で完全に意識を変えてしまう、そんな感じなんです、アイテムを使ってるし幻術が下手なのかしら?」
「なるほどわからん、だがアイテムがないと村全体に幻術を行き渡らせることが出来ない奴だってことはわかった」
俺はサリナと2人、村を回って幻術の残り香がないかを探していた。
調査の中で、村の外れよりも中心部の人間の方が影響が大きいことにサリナが気付き、本当にど真ん中にある公民館、その屋根に幻術を発動した痕跡を発見したところだ。
犯人は何かの補助アイテムを使い、それの破片らしきものが屋根の上に残っていたのである。
おそらく雨で流されると思い、そのまま放置して逃げたのであろうな。
「で、村人を元に戻すことは出来るのか?」
「出来るというよりも、今はゲリマンダーとか言う人に疑念を抱いていない村の人を、幻術を使って『奴は怪しい』と思いこませるかたちになりますね」
「……それはアウトだな、というか奴が本件の主犯だと確定するまではやっちゃダメなことだ」
「それ以外だともう犯人を連れて来て、もう一度術を使わせて元に戻す以外の手法はないですね」
「やっぱそうなるか、よし、ちょっとこの建物の中に居るヴァンパイア娘に話を聞いてみよう」
今朝捕らえたばかりのヴァンパイア娘は、魔力を封じたうえで公民館の地下に閉じ込めてある。
暫定的に村の事務を担当している女性によると、連れて来られてすぐに寝てしまったという。
まぁ夕方からセラとミラの実家裏で張り込んでいたのだ、しかも朝まで、どんなことがあろうと、精根尽き果てて眠ってしまうのは致し方ない。
だがそれを叩き起こし、ついでに脅すなどして情報を引き出さないとならない。
かわいそうだが自分が悪いのだ、ここは諦めて全てを吐いて貰うこととしよう。
本来なら村の方で尋問して頂きたかったところだが、そもそも幻術に掛けられている人間にそれは務まりそうもない、他に情報源はないし、このまま俺達がやってしまうべきだ。
公民館の建物に入り、地下へ案内して貰う、途中、布に包まれた何かを手渡される。
あのヴァンパイア娘が持っていたものの中から、危険そうなアイテムだけを取り上げたそうだ。
念のため中身を確認してみる……ついこの間まで良く目にしていた、というよりもエリナが使っていたのとほぼ同じ転移アイテムじゃないか……
「ご主人様、ちょっとそれを貸して下さい」
「ん? あ、はい……裏蓋を開けてどうするんだ?」
「エネルギー源の魔石が入った蓋の後ろに……これです、魔王軍の備品番号!」
「なるほど、本件への魔王軍関与は確定か」
とりあえずだが1つ証拠をゲットだぜ、このまま更なる情報を引き出すこととしよう。
地下に降り、係りの人が倉庫の扉を開けると、縛られたまま転がって眠るヴァンパイア娘。
良く眠っているようだ、頬っぺたをペチペチしても起きる気配がない。
「おいっ! さっさと起きないと酷い目に遭わせるぞっ! オラッ!」
「うっ……どうしたの? ハッ!?」
「ようやくお目覚めか、ちょっとこっち来い!」
「え? イヤッ! 殺さないでっ!」
「質問に答えれば殺したりはしない、あと家にも連絡して迎えに来させてやる」
「本当ですか? それなら何でも答えます」
わりと単純な性格のようだ、まぁ、こんなわけのわからない仕事を、お小遣いがどうのこうのぐらいのことで請けてしまう奴など、所詮はこの程度か。
ヴァンパイア娘を引き起こし、まずは先程受け取った転移アイテムを見せる。
この仕事を依頼した知り合いとやらに渡されたもので間違いないという。
つまりその知り合いは、よほどのことがない限り、それこそ人材派遣業でもしていない限りは、魔王軍の関係者であると考えて良いはずだ。
「これを使ったら山の中に出るから、すぐ傍に見える家に住んでいる人族の奥さんの方を幻術に掛けろって言われました、終わったらもう一度転移アイテムを使って帰って来いって」
「……これ、もう使えないんですけど」
「えっ? じゃあどうやって帰ればよかったんですか!?」
「というか、2回目に魔力を流すと雷魔法が流れて使用者が死ぬように改造されていますね」
「・・・・・・・・・・」
この女は完全に捨て駒にされてしまったようだ、だが、そうだとわかった以上、その『知り合い』とやらの情報を出すことに躊躇はしないであろう。
敵は甘い言葉でまだ子どもの魔族を誘惑し、危険な任務に就かせる、さらには用済みとなった後に始末してしまおうというとんでもない奴だ。
「で、ショックを受けているところ悪いんだが、その知り合いとやらは何者だ、やっぱヴァンパイアなのか?」
「はい、近所でもお金持ちのヴァンパイア族です、親戚に魔王軍四天王が居るとかで、何だか偉そうなんですがお金は持っていて……」
「そいつの名前は?」
「ゲキカスデス7世、私と同じ幻術使いなんですが、魔力はかなり上です、下手なことすると殺されちゃいますよ」
「ふ~ん、サリナ、そいつの名前、知ってる?」
「知りませんが、でもこの建物の屋根に残っていたアイテムの破片を見る限り、本人はたいしたことないと思います、ほぼアイテム頼みの三流、いや五流幻術使いですね」
たいした自信と舐めっぷりだが、サリナはこんなところで冗談を言うようなタイプではない。
おそらく本当に、幻術使いとしてはたいしたことがない、五流の使い手なのであろう。
高価なアイテムを惜しげもなく使い、その力のなさを補っているということか。
もちろん本業であるヴァンパイアに関してはどうなのかわからない、めっちゃ血吸われるかも知れないから気を付けておくべきだ。
特に四天王の親戚だということは、血統的にそれなりの力を持っている可能性が高いのだからな……
「とりあえず村人に幻術を掛けた犯人はわかったってことだよな、まずはそいつからおびき出すか」
「でもどうやるんですか? この子の失敗が発覚したからといって、次もまた捨て駒で来ると思いますよ」
「いや、俺に作戦がある、どうせ自意識過剰な奴だろうし、上手くいけば本人が単騎で出て来るぞ」
すぐにセラ達の実家に戻り、まずは屋敷に手紙を送らせる、おそらくシルビアさんが受け取ってくれるはずだ、そしてすぐに行動を起こしてくれるはず。
ユリナの方もあのヴァンパイア娘の現住所が掴めたというし、ついでにそちらの迎えも寄越して貰おう。
その日の夕方まで待つと、西の空から鳳凰らしき生物が飛来しているとの報告を受けた、意外と早かったな……
※※※
「よぉエリナ、わざわざ呼び付けたりして悪かったな」
「いえいえ、地下牢から出られただけでも素敵なことです」
「で、ちょっと頼みがあるんだ、暗黒博士の馬鹿は持って来たか?」
「はい、仰せのままに」
恭しく片膝を付き、おれに薄気味悪い人形を献上してくるエリナ、だがそいつ本体が欲しいのではない、その能力を有効に活用したいのだ。
「おいクズ人形、この転移アイテムを直すんだ」
『僕はお話魔導人形、その程度のことは造作もない、我に10秒差し出すが良い』
本当に10秒で直しやがったではないか、一旦バラバラにしていたようだが、そこからどう組み上げたのかは早すぎて見えもしなかった。
「さてエリナ、これを使っていって欲しい所がある、もし全て滞りなく済ませたのなら、屋敷に帰った後は地下牢に戻らなくて良いぞ」
「わかりました、このアイテムに登録されている住所へ行けば良いんですね」
「そうだ、話が早くて助かる」
「どうも、じゃあ行ってきます!」
「いやただ行くだけじゃなくてだな、用件を聞いてからにしてくれ」
エリナにヴァンパイア娘のこと、それからこの村の人間に幻術を掛けた輩のことを話しておく。
ヴァンパイア娘の保護者を連れて来ると同時に、敵への果たし状も渡させる手はずだ。
果たし状の内容は……
『やいゴミクズ吸血鬼野朗、私は激カワ小悪魔のサリナちゃんだよ! 貴様が人族の村で使った幻術は子の私が見抜いたわ。本当に愚劣で矮小な術だな、しかもアイテムまで使ってコレとか、ショボすぎて笑いが止まらないんですけどっ! で、悔しかったらもう一度来てこの私と勝負なさい。来なかったら逃げたとみなし、魔族領域中にゲキカスデス7世はチキン野郎って言いふらしてやるんだから、わかったらさっさと来なさい、私はあんたみたいなカスと違って忙しいんだから……追伸、来られる際はちゃんと名札を付けておいて下さい、その辺のフナムシと見紛うかも知れませんから……』
これでOKだ、この果たし状を読み、怒り心頭になった敵はすぐにでもここへやって来るはずだ。
そのときが奴の最後、ボッコボコにして村人を元に戻させ、そのうえで惨たらしく処刑してやろう。
「それじゃあ、今度こそ行ってきますね」
「ああ、気を付けてな、いってらっしゃい!」
光に包まれたエリナが消える、大魔将との戦いの期間、何度も目にしたエリナの転移。
アイテムを使えば簡単なのだが、かなり高価なものだとのことで、俺達には手が届きそうもない。
それに人族の魔導技術では到底作れない代物らしいからな……いつか魔王軍と、それから魔界に居るはずの敵との戦いが終わったら、このアイテムをゲットして世界中を旅したいものだ。
家の中に入って小一時間程待つと、外に光が現れる。
光っているのは山の斜面だ、どうやらそこが設定されたポイントらしい。
全員で外に出ると、山から降りて来るエリナ、そしてもう1人、あのヴァンパイア娘を成長させたかのような女性だ、ちなみにこちらもゴスロリ衣装である。
「ただいま戻りました~っ」
「おかえり、そちらは?」
「あ、どうもっ、私はあの子の姉です、本当にご迷惑を……」
「いえいえ、本人は別の場所に居ますから、後程そちらへ、それでエリナ、もう1件の用事は済ませて来たのか?」
「もちろんですよ、何か超怒ってましたけど、そういえばあの人、四天王様の従兄妹で一族の鼻つまみ者だったはず」
親戚に四天王が居るとは聞いたが、わりと近い親戚、しかもやはり『鼻つまみ者』とかそういう感じの存在であったか。
「で、すぐに来るって?」
「いえ、これを預かって来ました」
エリナが持ち帰ったのは封筒に入った紙切れが1枚、ちなみに封筒の方は『御霊前』を二重線で訂正し、『Re:果たし状』に変えてある、家にあったのをそのまま使ったのであろう、馬鹿じゃないのか?
内容も酷いものであった、というか字が汚くてほとんど判読出来ない。
かろうじて3時間後に村の公民館の屋根に来い、ということだけはわかったが、どうして屋根なのだ?
まぁ良い、このヴァンパイアお姉さんを待たせるのも悪いし、公民館に移動して収監中のヴァンパイア娘を釈放することとしよう。
護衛対象も含めた全員で、徒歩にて公民館へ向かった……
※※※
「あっ! 姉ちゃん、助けに来てくれたの?」
「あんたね、な~にこんなとこで捕まってんのよ、あんたは幻術以外の攻撃手段が無いんだから、勝手に里を離れたらダメって言ったでしょ、しかも人族の地なんて、良いかしら? 今回はたまたま助かったけど、本当なら人買いとかに売られてペットにされて……」
「ごめんなさ~い」
説教はしばらく続きそうだ、俺達は公民館の中で茶を出され、そこでまったりしていた。
どうせこれから戦う敵もここに来るのだし、ちょうど良いから少し待たせていただこう。
そしてその間、事務を担当する女性から、新村長候補暗殺事件に関しての進捗を聞く。
早速召集された村の自警団が、山の中で魔族の死体を発見したのだという。
その死体は候補者と同じ『頭がボンッ』の状態であったそうだ。
「つまり、攻撃の反動で自分もそうなった可能性が高いと?」
「そうですわ、あのヴァンパイアの子と同じ、捨て駒にされたんですの、本人がそれを知っていたかどうかは別として」
「いや、知らなかったんだろうな、暗殺に成功して、ウッキウキで逃げて行ったところを自分も……みたいな感じだろ、おそらく」
もしかするとその暗殺者を放ったのも、この後ぶっ殺す予定のヴァンパイアなのかも知れない。
だとしたら話は早いんだが、そう上手くはいかないか。
そこへ、説教タイムを終えたヴァンパイア姉妹が地下から上がって来る。
ちっこい方の頬っぺたが赤い、抓られながら叱られていたのであろう。
「さぁっ、ご迷惑をお掛けした皆さんにもう一度謝りなさい」
「ご……ごめんなさい、申しませんので許して下さい……」
「もうあんなハゲの話は聞いたりしないよう言い聞かせておきますので、ここは何卒ご容赦を」
「いえいえ、というかそのハゲ、今からここで殺すんで、ついでに見て行きますか?」
「あら、じゃあそうさせて頂きますね、里の不用品が始末されるところを見届けるのも悪くはないですから」
どうやらゲキカスデス7世だか何だかというヴァンパイア、多方面から恐ろしく嫌われているらしいな。
まぁ近所のチビを捨て駒に使おうとするぐらいだしな、馬鹿でマヌケで嫌な奴に違いない。
茶を啜りながらしばらく談笑していると、突如、建物の上に何かが着地する音、というか轟音。
おいでになったようだ、さて、外に出て戦う準備をするとしよう。
とは言っても今回戦うのはサリナだけだ、面倒だろうが頑張って頂きたい……
※※※
「あっ、屋根の上に立ってますよ、しかも腕組んでかっこつけてます!」
「バーコードが風に靡いているじゃないか、どんだけハゲなんだよ……」
ドラキュラみたいな衣装を着込んだ青白い顔のハゲ。
だがやけに膨れている、服の下に、鎖帷子を何重にも装備しているようだ。
「やいマジクズデス! さっさと降りて来いやっ!」
「ゲキカスデスだっ!」
「どっちでも良いだろそんなん……」
「おのれ舐め腐りよって……む? どうして我が鉄砲玉がそこに居るのだ? まさか作戦に失敗したというのか? この無能めっ!」
「……だから降りて来いってば」
屋根の上で腕を組んだまま喋り続けるハゲヴァンパイア、威勢は良いが、良く見ると足がプルプル震えているではないか、ビビッてんな、このチキン野郎……
「仕方が無いな、梯子を掛けてやるからサリナだけ登れ、屋根の上で戦うんだ」
「ええ、ではそうします……あれ?」
公民館の屋根に梯子を掛けた瞬間、そちらに近付いて来るハゲ、どうやら自分のために掛けたと勘違いしたらしい。
というか、転移スポットがこの屋根の上に設定されていて、怖くてそこから降りてくることが出来なかったというわけか、だから屋根の上に集合場所を設定したのだ。
相も変わらずプルプルしながら降りて来るハゲ、地に降り立つと、こちらを見渡す。
元々青白い顔がさらに血の気を失った、相当にビビリでヘタレらしい。
「お……おいっ! サリナというのはお前のことかっ!?」
「なわけないだろ、俺が小悪魔ちゃんに見えるか? サリナはこっちだ、お前はこのチビに負けて死ぬ」
「な、何だ、至極弱そうではないかっ! そこの者、果たし状では散々侮辱してくれたなっ! 目にものを見せてくれようっ!」
小さいサリナが相手とわかった瞬間、急に偉そうな態度に変わるハゲ、見ていて辛くなってきた。
すぐに懐から紫色の小さな玉を取り出し、それを上に掲げる。
みるみるうちに巨大化する紫の玉、アレが屋根の上に落ちていた破片か……
とりあえずサリナ以外は後ろに下がり、邪魔にならないように勝負の行方を見守る。
大人(ハゲ)対子どものような構図ではあるが、どちらが勝つかは明らかだ。
「見よっ! この1個金貨30枚のスーパーアイテムを! この力でお前は我の虜、1万年間召使いとして扱き使ってやるぞ、ガハハハッ!」
「……でも良いんですか? 腕が捩れて千切れそうですよ」
「え? あ……あがぁぁぁっ! ひぃぃぃっ! 痛い、痛いぃぃぃっ!」
「あとお腹が破れて内臓がドロドロと、それに指の関節の内側を紙で切ったんじゃないですか?」
「あげげげっ! ぼげぇぇぇっ!」
もちろん見た目には何ら変化がない、本人がサリナに騙され、そう思いこんでいるだけ。
この時点で既に勝負は決している、見届け人を買って出たヴァンパイアお姉さんも上機嫌のようだ。
「ど、どうすれば治るっ? 誰か教えてくれ、頼む、頼むっ! 誰か!」
「そうですね、この村の人に掛けた幻術を取り消し、または無効にでもすれば治るんじゃないですか? てかすぐにでもそうしないと死にますね、ほら、今度は首が引っ張られて……」
「わあぁぁぁっ! 元に戻すっ、戻したっ! 腕が、腕がまだぁぁぁっ!」
やかましい奴だ、だが手に持っていた紫の玉が弾け飛び、それが気体になって村の空に広がっていったのがわかる。
ハゲの足元には気化し切らなかったアイテムの破片、なるほど、高級アイテムの力に対して実力がなさすぎるのか、使いこなせていないがゆえ、残った部分が破片になって落ちるというわけ。
「おいぃぃっ! 腕は、腕はどうして治らないんだっ!?」
「さぁ? でももしかしたらこの契約書にサインすると治るかも知れませんよ、あ、ハンコがないなら拇印で構いません」
「サインするっ、サインしたぞっ! あっ……治った……なんだったんだ今のは?」
サリナが渡したのは財産を贈与する旨の契約書、もっともコイツが家ではなく個人としてどれほどのものを持っているのかはわからないが、とりあえず紙代ぐらいは回収出来るはず。
もっとも村に与えられた損害額、それと今からコイツを拷問し、処刑するために要した費用の回収は必須だ。
もし不足があれば、実家の方に請求するのは言うまでもない。
「さて、おいこのハゲ!」
「ひぃぃぃっ! 何だ貴様は? 我の相手はその弱そうな悪魔だと……脚が、脚がぁぁぁっ!」
もう一度サリナの幻術を喰らうハゲ、とりあえず俺達の勝ちだ、規定路線だがな。
これからこのハゲを拷問し、今回の時間に関する情報を洗いざらい吐かせよう……




