302 誰も知らない
旧村長の争議があった日のから一夜明け、俺達はセラの実家の2階にある広間に集合し、誰も知らない謎の新村長候補に関しての対策会議を開いていた。
「さて、これからそのゲリマンダーという候補者に関して調べるわけだが、どうする?」
「どうするも何も、皆に聞いて回れば良いじゃないの、この人は何者? みたいな感じで」
「う~ん、確かに相当怪しいんだが、もし彼が実は影が薄いだけのまともな候補だった場合、俺達はその選挙運動を妨害したことになりかねない、だから大々的に動くのは拙いんだ」
セラとミラの故郷の村で行われる新村長選、もちろん2人の飲んだくれオヤジが間違って当選してしまうことも危惧しているのだが、良くわからない奴が紛れ込んでいるのはもっとヤバい気がする。
ただし、他の村人と同様に俺達にとっては知らない人物である、セラ達のオヤジのようにまるでやる気がなく、そこへの投票を控えるようにと誰かに言っても問題ないような候補とは限らない。
最悪選挙妨害で訴えられるかも知れない、その正体が完全に判明するまでは、下手なことはしないのが得策だといえよう。
「勇者様、新村長選の候補者は全員住所が公表されています、とりあえずこのゲリマンダーという人の所へ行ってみませんか」
「そうか、直接行って確かめるのが最も早そうだな、じゃあ早速今から行ってみようぜ」
ミラの提案に乗り、2人の実家を出て徒歩で目的地を目指す、そこまで遠くはないようだ、歩いても15分程度で到着出来る住所らしい。
夏の陽気につき、15分歩くことすらかなりしんどいのではあるが、それを乗り越えればゲリマンダー候補の所在地がわかるのだ、もしかしたら本人に会うことすらも可能かも知れないな。
期待を込めて力強く歩を進め、しばらくして当人が住所として公表している場所に到着する……
「……完全に廃屋よね、というかそもそも今この辺りに人が住んでいるなんて聞いたこともないわ」
「いやいや、もしかしたら最近引っ越してきたのかもだぞ、まぁそれが新村長選になど出るとは思えないが……」
誰がどこからどう見ても、紛うことなき廃屋がそこにはあった。
人が住んでいる気配はない、それどころか、草の生え方からしてここのところは誰も立ち入っていないようだ。
「益々怪しくなってきたな、どうするか、ちょっと中の様子を見てみるか?」
「やめといた方が良いと思いますよ、確かこの辺り一帯は村の男子が遊び場にしていましたし、昔仕掛けた罠なんかが残っているかも知れません」
「待てよ、ということはさ、ここはずっと前から空き家だったってことか?」
「う~ん、私もミラもこんな所で遊んだことはないけど、これだけ近所で知らないんだから、少なくとも私達が物心ついた頃には住んでいなかったと思うわ」
……これはちょっとヤバいだろ、村の人間はどうしてそんな知りもしない、しかも住所がフェイクの輩を普通に新村長の有力候補として受け入れているのだ?
通常では到底考えられない、というか狂っている……いや、何らかの方法で騙されているのか……
「勇者様、ここから一番近いのは私達の幼馴染の家よ、ちょっと行って話を聞いてみましょ」
「そうするべきだな、いくらなんでも異常だ、ここからはあらゆる手段を駆使していくぞ」
廃屋を後にし、セラとミラが昔良く一緒に遊んでいたという少女の家に移動する。
セラから説明を聞いて訝しげな表情をするその少女、すぐに祖父らしきじいさんを連れて来た。
とりあえずそのじいさんと話をすることとしよう……
「ああ、新村長選の候補者のことかね、何と言ったか、わしは知らぬ者じゃが」
「ゲリマンダー候補に関してです、やはりご存知でないと」
「うむ、昨日の資料で初めて見た名じゃったの、その者がどうかしたのかえ?」
「実は、彼の住所がこの近くにある廃屋になっていまして、ちょっと会いたいなと思っていたんですがそれではどうしようも……」
「ふぉっふぉっふぉ、住所が間違っておったんじゃろう、少なくともこの近辺の者ではないが、根気良く探せばきっと見つかるはずじゃ、若いのだから頑張ってみるべきじゃの」
「は……はぁ……ありがとうございます」
新村長を決める、この村にとって非常に重要な選挙であるはずだ。
なのに届け出た住所が間違っていた、そして村人がそれを笑って済ませてしまった。
本来ならこのことを知った村人は、慌てて選挙管理委員会にでも駆け込むはずである。
もし間違っていただけだとしても、ここで情報を修正しないと後々面倒なことになりかねない。
それが何だ、年長で比較的まともそうに見えるこのじいさんが、そうする素振りをまるで見せない……これはいよいよおかしな話になってきたぞ……
結局、新たにわかったことは、ゲリマンダー候補の住所には誰も住んでいないということのみであった。
その後、空腹を訴える狼やドラゴンがうるさいため、一旦セラ達の実家へと戻った。
ここからはまた会議タイムとしよう、賢いミラやジェシカ、精霊様なんかも推理をしている様子でウンウンと唸り続けていることだし、その方が何か新しい発見に近付けそうだ……
※※※
「は~いみなさ~ん、夕飯の準備が出来ましたよ~っ! 降りて来て下さ~い!」
セラ達の家に戻ると、すぐに夕食の準備でミラが駆り出されてしまった。
仕方が無いので作戦会議は夕食後とし、しばらく時間を潰していた俺達。
2人の母親が呼ぶ声で1階に降り、テーブルに並んだ料理を頂く。
もちろんこの家の家長の方針で酒が出る、会議をする前だが断るわけにもいかない。
そうだ、念のためセラの両親にもゲリマンダー候補のことに関して質問をぶつけてみよう……
「あの、ちょっとよろしいですかね? 昨日見た新村長選の資料に載っていたゲリマンダーという候補者についてなんですが……」
「おっ、勇者殿もその人のことが気になるのかね、ウチの嫁さんと一緒だな」
「というと?」
「それはですね、私はあの候補者がどうもこの村の人間には思えないんですよ、何と言うか不気味な感じでして……」
「……マジですか」
なんと、ここにきてゲリマンダー候補に疑念を抱いている村人を発見することが出来たのである。
灯台下暗しというべきか、まさかセラとミラの母親が『こちら側』のにんげんであったとは……
そのまま食事を続けつつ、何気に詳細を聞いてみた。
2人の母親曰く、問題のゲリマンダー候補は、彼女がセラとミラに宛てる手紙を書くための紙を購入すべく、村を離れていた最中に突然立候補していたのだという。
もちろんこの狭い村の中で、名前も知らないような人間が村長候補に挙がっているのは不自然だと考えたらしい、まぁ、それが普通の反応だ。
しかし、周りの人間にはそれをおかしいと思っている者が1人も居ない、つまり先程までの俺達と全く同じ状況に置かれていたのである。
「……それで、申し訳ないけど2人が帰省する際に、お仲間の方々も連れて来て頂ければと思って手紙に書いたんです、外部の方なら何か気が付くこともあるかと考えまして」
「ええ、完全におかしいなと思っている最中です、今日の昼間も彼の住所とされている場所を尋ねていたんですよ」
「ああ、あの空き家ですか、草ボーボーで誰も居ませんでしたよね?」
「まぁ、そんなところです」
おそらく彼女は俺達以上の情報を既に掴んでいる、だが同じ考えの者が居ないがゆえ、特に周りに何かを主張するようなことはしてこなかったようだ。
昨日の資料を読み、村人の話を聞いてすぐに異常であることに気が付いた俺達、それはこの村の出身であるセラとミラも同じであった。
そしてもう1人、この村に住みながらも変だと思っていた2人の母親……共通点はたった1つ、ゲリマンダー候補が立候補した際に村に居なかった、それだけである。
となると最も真である可能性が高いのは、何らかの方法でこの村に居る人間を一度に騙し、その範囲外に居た人間にはその効果が及んでいないというものだ。
これをどうにかして事実として確定させれば、この状況を打破するための突破口が見えてくるに違いない。
「とにかく住所もニセモノ、村の誰に聞いても正体がわからない、選挙の管理人だって会ったこともないと言っていましたから、もう何か怪しい人物であるのは間違いありません」
「そうですか、とりあえず俺達は明日以降も調査を進めます、選挙当日までに全てが解明されれば良いんですが……」
「はい、ではこちらも少し調べを進めておこうと思います、もしかしたら他にも私達のような人が居るかも知れませんから」
とにかく調査と聞き込みだ、選挙当日まではまだ時間がある、それまでにゲリマンダー候補の正体を暴いてやらなくては、もしそんなのが村長になったら大変だからな。
最悪一旦不正に当選させて、その後で色々と証拠を突き付け、選挙自体を無効にしてしまうという手もあるが、場合によってはそれすら叶わない可能性もある。
今の村人の状況を見る限り、新村長として当選した人物が一度も姿を現さず、そのまま村の首長として行政を担ったとしても、それに関して何ら疑問には思わないであろうから……
「まぁ勇者殿よ、難しい話は良いにして酒でも飲もうぜ、こいつはなかなかイケるぞ」
「は、はぁ、頂戴します」
ヘラヘラと笑いながら酒を飲むセラとミラのオヤジ、何も知らない村人は呑気なものだ。
この村が得体の知れない輩に乗っ取られようとしている可能性があるというのに。
結局その日は作戦会議をやめ、床に就いた、明日は村の中心部で聞き込みをしてみよう……
※※※
翌朝、俺達が最初に行ってみたのは村の公会堂、旧村長の葬儀が行われた所だ。
「何だか知らんが人だかりが出来ているぞ、ちょっと確認しておこう」
「あれは候補者の演説ね、喋っているのは泡沫候補の1人だわ」
「へぇ~、にしちゃ人気じゃないか」
ワラワラと集まる聴衆が野郎ばかりなのは気になるところだが、それでも泡沫候補と目されていた人物が突如人気を博したのだ、見ておくべき事象であろう。
『……皆さんっ! この村に足りないものは何ですか……そうっ、エッチな店です! 都会には様々な形態のエッチな店が軒を連ねています! エッチな宿、エッチな書店、エッチな個室付公衆浴場、さらには派遣型エッチな店、それがどうですか? この村にはその文明の最終到達点とも言える業態の店が1つもないんですよっ! 私はねぇ皆さん、農業しかないこの寒村に、エッチな店を……』
『うぉぉぉっ! 流石だっ! 王都へ出稼ぎに行っていただけはあるぜっ!』
『決めた、俺はあんたに投票するぞ!』
『一度は村を捨てたお前を呼び戻したのは正解じゃった!』
演説していたのは30代前半と見られる男、単なる馬鹿のようだが、王都帰り、つまりこの村にとっては大変珍しい、世界を見てきた人間であること。
またその公約が、娯楽と呼べるものが何もないこの寒村の野郎共にとって大変に興味の沸くものなのだ。
深く考えようとしない連中からの支持は、これを集めたとしてもおかしくない。
もしもコイツが当選したら、それこそ大変なことになりそうな気がする、いや間違いないぞ。
だが、同時に俺達が心配している、ゲリマンダー候補による村の乗っ取りという事案も杞憂に終わる。
「確かあの人は身寄りがなくて、私達より先に村を出て行ったのよね、この新村長選のために戻って来たんだわ」
「馬鹿だが使えるかも知れないな、ある程度の票は集めそうだ」
「その票では女性陣の顰蹙ぐらいしか買えないと思うんですが……」
確かにそうだ、だが現状はこの候補が当選する、或いは一番人気のマジメダス候補に次いだ位置を占め、正体不明のゲリマンダー候補に票が流れるのを阻止することに期待する他ない。
演説は終わり、集まっていた人々は続々と帰りだした、この連中に話を聞いても仕方が無いな、公会堂に入り、この新村長選の中枢を担っている連中を調査の対象としよう。
「どうも~、誰か居られますか~?」
「は~い、何でしょう、あら、あなた方は勇者パーティーの、本日はどうされたんですか?」
出迎えてくれたのは旧村長の秘書でもあり、葬儀の司会進行役でもあった女性。
新村長が確定するまでの間、暫定的にここで村の事務をこなしているらしい。
「じつはですね、新村長選に出ているゲリマンダーという候補に関して少しお伝えしたいことと、それから聞いておきたいこともありまして……」
「あ~、あの候補ですね、一体いつ誰が立候補の届出を受けたのか、あと本当はどこに住んでいるかもわからないんですよ、本人の姿も見たことすらありませんし」
「えっと……住所が違っていたことはそちらでも認識していたと……」
「ええ、もちろんです、ですが単なる記載ミスだと思いますし、立候補自体は無効にはなりません、出来れば本人が修正しに来て欲しいのですがね」
「……そうでしたか、わかっていたのであれば結構です、それから居場所は未だ掴めていないということですね」
「はい、そうなりますね、特に全然何らまるで微塵もこれっぽっちも毛ほども問題ありませんが」
「・・・・・・・・・・」
この女性もダメだ、何らかの方法でヤラれてしまっているに違いない。
となると探すべきは、セラ達の母親の他に、例の候補の立候補当日に村を離れていた人か……
しかしそれを探すとなるとかなり骨が折れる、まさか理由を公表して該当する人に呼びかけるなどということが出来ようはずもないし、かといって地道に探すような時間はない。
そういった人物を探し当てて味方を増やす方針は、上手くいけばラッキーのサブ的なものとしておこう。
ここは一度セラ達の家に戻って……何だか外が騒がしいのだが?
その原因はすぐにわかった、村人が1人、公民館の建物に飛び込んで来る……
「大変だっ! 大変なことになったっ! とにかく大変だっ!」
「どうしたんですか一体!?」
「さっき演説していた新村長選の候補者が……死んだ、いや、何かおかしいんだよっ! 急に頭がボンッて……」
良く見ると、駆け込んできた男の服にも血の飛沫らしきものが飛び散っている。
頭がボンッか……自然にそうなったとは到底思えないし、これは殺されたとみて間違いないな……
「勇者様、すぐに様子を……」
「ダメだ、急いでセラとミラの家に戻るぞ!」
「どうしてっ!? 人が殺されたかも知れないのよ」
「もし次に狙われるとしたら誰だ? 当選の可能性がある、または出てきた候補者、その中には2人のオヤジも入ってんだろ、急ぐぞっ!」
精霊様は先に飛んで行く、足の速いカレンとマーサも先行した。
最後尾、というか前に居るはずのジェシカが見えなくなった頃、俺とルビアも現着する。
精霊様は既に家の上空で旋回し、周囲を警戒しているようだ。
玄関の前にはジェシカ、家の中ではミラが剣を抜いて待機している。
だが索敵に反応はない、先に着いていたカレンもマーサも、音や匂いにこれといった変化はないと述べているし、平穏無事そのものだ。
だがいつ敵が襲って来るかわからない、このまま選挙当日までは、交代でも良いから見張りを絶やさないよう努めなくてはならない。
「おいおい、ミラ、一体何が起こったんだ?」
「お父さんは黙ってて、口を開くと余計にややこしいことになるわ」
「……すみません」
命を狙われている可能性すらあるというのに、実に呑気なオヤジだ。
空になった酒の瓶を逆さにして必死で振り、最後の一滴を搾り取ろうとしている。
だが、もし先程の候補者、つまり突然人気が急上昇した男を殺ったのがゲリマンダー候補か、またはその手の者だとしたら、このオヤジともう1人の有力候補は確実に狙われるはず。
本人にもそのこと言い聞かせてやりたいところだが、どうせ無駄なので奥さんにだけ伝えることとしよう、もう十分に察した顔をしているからその必要はないのかも知れないが……
そこへ、外で警戒していたカレンとマーサ、そしてジェシカが中へ入って来た。
この周囲に敵は居ないと判断したため、一旦作戦を立てようとのことだ。
精霊様も降りて来たようだし、他のメンバーは既にリビングで待機している。
とりあえず即座に狙われたというわけではないらしい。
「ご主人様、もう1人の有力候補も心配ですの、もしかすると人気順に倣ってそちらから攻撃を仕掛けたのかも知れませんわ」
「む、完全に忘れていたな、セラ、そのマジメダスって人はどこに住んでいるんだ?」
「村の反対側よ、ここからだと歩いて行くのは大変だわ、前に守備したことがある砦よりも遠いかも」
「困ったな、精霊様、ちょっとセラと行って本人を連れて来てくれないか?」
「わかったわ、さぁ行くわよ!」
精霊様がセラを抱えて飛んで行く、リリィだと目立ってしまうし、この方法で当人の下へ向かうのが妥当といえよう。
セラはそのマジメダス候補のことを知っていたみたいだし、事情を説明すれば怪しまれることなどないはずだ。
しかし先程の候補者の死亡事件、殺害されたのはまず間違いないが、頭がボンッなど人族の成せる業とは思えない。
これは魔族が絡んでいる、そんな予感がしてきた……
30分程経った頃、精霊様がセラと、それからメガネのじいさんを抱えて舞い戻って来る。
あれがマジメダス候補か、70歳前後、いかにも真面目そうな学者風の男だ。
しかも高所恐怖症なのか、明らかに気を失っているではないか。
「ただいま、帰りにちょっと公民館の前を見て来たわよ、あ、これが保護対象のマジメダス候補ね」
「おう、預かるよ、それでどうだった? 何か変わったことはあったか?」
「もう一面血の海、一撃で頭が木っ端微塵よ、あれは相当な魔力を使わないと成せない芸当ね……もちろん殺人なのは確定だわ」
やはり殺されていたか、そして犯人はおそらく……とにかく残りの時間、嫌疑の掛かっているゲリマンダー候補の捜索、そしてセラ達のオヤジとついでの1名を守る2つに全力を注ぐこととしよう……




