299 新たな石版の記載事項
屋敷の前に王宮からの迎えである馬車が停まる、俺とセラ、マリエル、それから古代の石版に大変詳しい元大魔将のカイヤ先生を加えた4人はそれに乗り込み、王宮を目指す。
「なぁマリエル、わかったことってどんなことなんだ?」
「う~ん、とにかく来てくれとしか言われなかったそうで、内容については行ってみないとわかりませんね」
複雑で長ったらしい話なのか、それともとても口に出しては言えないようなとんでもない話なのか。
とにかくエッチな話とか金の話とか、そういった類のものでないことだけは確かなようだ。
「でもさ、わざわざ呼び出すぐらいだから結構重要な話なんじゃないかしら? 例えばほら、人族と魔族の話じゃなくて神界と魔界に関することとか」
「かも知れないな、それだと誰が聞いているかもわからんような所で話すわけにはいかないだろうし、俺達を呼び出すってのも頷ける」
王宮に辿り着くと、すぐに馬車を降り、まっすぐ王の間へと向かう。
どうやらセラの予想は的中していたようだ、総務大臣が神妙な面持ち、というか梅干しの種みたいな酸っぱい顔でこちらを見据えている、これは何か問題が生じたときの顔だ……
「うぃっす、今日は駄王とババァだけしか居ないのか? 他のジジババ達は天に召されたのか?」
「そういうわけではない、今日は深く関わっていない者にはあまり聞かれたくない話での」
「……やはりそういうことか、で、内容は?」
「うむ、これを見るのじゃ」
ババァから手渡されたA2版程度はあろうかという大きな紙、それには石版を解析し、その内容を記録したと思われるものがびっしりと書き込まれている。
もちろん文字は黒なのだが、その中に丸く、赤で囲ってある部分が存在しているのが確認出来た。
つまりこの部分を読めと、そういうわけだな……どれどれ……
『……なぜこのようなことになってしまったのか? 地が揺れ、山が崩れたとされる日からもう50年も経つというのに、未だに人々は姿を変えることがある。近頃は山や洞窟に跋扈する魔物のような姿に変わってしまった者達すら出てくる始末だ。そして、この件がどうなっているのか、神に尋ねて神託を賜ろうとした者達が帰って来ない。捜索隊を出し、ようやく見つけた1人は既に虫の息であった。もう言葉など話せない、ただどうにかこうにか息をしているのみだ。彼の全身は酷い有様で、服が大きく破られた背中には、この件に触れてはならぬ、伝記も残すなfrom神dear人族の皆さんと、焼印のように記されていた。なんということでしょう、いくら神の命とはいえこれに従うわけにはいかぬ、我らはここで初めて神に背く決意をした。このまま石版への記載を続けていこう、願わくば、この石版が、そしてここに記された全てが、遥か西方に逃れたという一族の下に届かんことを……』
なるほどな、神、おそらく今の女神とは違う、当時この世界を担当していた神が、人々が石版に火山の噴火当時、そしてその先に起こった出来事を遺すことをやめさせようとしていたと。
王宮の人間がこれにビビッてしまうのも無理はない、この石版を入手し、さらに内容を解析しているということは、これ即ち神の命に背く者の片棒を担いでいることに他ならないのだから。
「勇者よ、この件はかなりヤバくなってきたと思わぬか? この先どのようにしていこうかの……」
「構わんさ、もし万が一神界の怒りを買ったとしても俺に任せておけば心配ない、女神の奴を磔にして逆に脅迫してやるよ、本当のことを教えろってな」
「……つまり、続けるべきだということじゃな」
「当たり前だ!」
いくら何だといっても、ここまでやっておいて引き下がるわけにはいかない。
先程読んだ文言の記された当時、ご神託とやらを受けに行って殺された方々はご愁傷様なことだが、その犠牲に報いるためにもこの調査は続けていくべきであろう。
そもそも神界の連中なんぞに対して下手に出ているからこういうことになるのだ、圧倒的上下関係であり、生殺与奪権すら向こうにある状態ではこちらに何のメリットも無いではないか。
ここはビシッと、文句があるなら掛かって来いやハゲぐらいの勢いでやっていくことが大切だ。
たとえこれまで下に見ていた連中であっても、牙を剥いて襲い掛かる素振りを見せ、明らかに無傷で凌げないような様を見せれば、そう簡単に叩き潰そうなどという結論には至るまい。
まぁ、俺は元々この世界の人族を敵から助けるために派遣された異世界勇者だからな、もしその敵が派遣元の神界であったとしても関係ないはずだ。
過去、現在、未来、その全てを包括的に捉え、人族という連中の暮らしや生命、そしてルーツすらも守護する存在でありたいところだからな。
「で、他にわかったことはあるのか?」
「いや、今はそんなところじゃ、以降も重要なことがわかり次第連絡をするのでそのつもりでいるのじゃ」
「わかった、じゃあ俺はこれで……いや、そうもいかないみたいだな」
ババァと駄王の間ぐらいに出現した白いモヤ、女神様のご光臨である。
慌てて床に平伏すのは俺とセラ以外の3人、セラは恭しく頭を下げ、俺は偉そうに胸を張った。
「おう女神、早速文句を言いに来たのか?」
「そうではありません、ただ皆さんが少しずつ真実に近付いてきたようなので……」
「忠告でもしようってのか」
「う~ん、まぁ気を付けて下さいとは言いたいところですね、この件にはなかなか厄介な方が絡んでいるようでして」
厄介な方というのはおそらく、先程読んだ石版の記載内容に出てきた当時の神のことなのであろう。
この女神よりも遥か数百年前に神であった存在だ、今では神界の重鎮とかそういうポジションに違いない。
「それで女神、今回のことはそっちでも色々と調べたんじゃないのか? 何かわかっているなら教えろ」
「いいえ、先程皆さんが話していた内容すら情報として入手することが出来ませんでした、アクセス出来ないどころか神界アカウントごとBANされそうになって、それはそれはもう焦りました」
「何でそんなに現代的なんだ? というかアカウントをBANされるとどうなるんだ?」
「凄く怒られたうえに反省文を提出させられます、それでもほぼほぼ復活しないそうで、もしBANされたままだと何の情報も得られなくなります、もちろん勇者を助けることすら叶いません」
この女神に助けられたことなど数えるほどもないと思うのだが、この場でそれを指摘すると話がややこしくなるのでやめておこう。
とにかく、女神ですら厄介だと表現する当時の神、そいつが事件に深く関わっている、若しくはその原因となっているということすら考えられなくもない。
だが現時点でその神をとっ捕まえてボコボコにし、詳細を吐かせるなどということは出来そうにない、それは俺達がもう少し強くなってからにするべきだ。
となると今は、その神に背いてまで事件の詳細、そしてその後の事象を書き記した勇気ある古代人の遺した石版に頼らざるを得ないであろう。
だが解析に時間が掛かるのをどうにかしないとだ……そうだ、女神ならどうにかなるかも知れない、本来は頼るべきではないのだが、背に腹は変えられまい……
「おい女神、ちょっと頼み事をしても良いか?」
「はい、何でしょうか?」
「俺達が手に入れた石版があるだろ、それの解析というか翻訳だな、どうにかしろ」
「うっ……それを私に……上位の神にバレたら酷い目に遭わされそうなんですが……」
「そうか、じゃあ俺がこの場で酷い目に遭わせてやるよ、どっちが良い?」
「わかりましたっ! やります、やりますからその免罪機能付きバットをしまって下さい!」
話のわかる奴で助かった、女神の力をもってすれば、この謎めいた古代文字の解読など楽勝。
もちろん一字一句全てを女神に翻訳させるわけではないが、辞書的なものぐらいは作ってくれると期待しよう。
「では今日はこの石版に書かれた文字の写しを持って帰りますね」
「ああ、任せたぞ、というかバレないように気を付けるんだぞ、どうなっても責任は取らないからな」
「ええ、ではまたお会いしましょう」
その日はそれで終わりにし、屋敷へ戻って皆に内容の報告をする。
もう誰もそこまで驚いたりしない、ただ、神界と敵対するかも知れない、それに対する一抹の不安があることは、それぞれの表情から窺い知ることが出来た……
※※※
3日後、王宮から呼び出しが掛かり、いつものメンバーにカイヤを加えた安定の4人で馬車に乗り込む。
城に到着する、中の物々しい雰囲気から、既に女神が降臨しているのを察することが出来た。
新しく何かわかったことがあるに違いないが、それはわざわざ女神がこの世界にやって来るレベルののことであったということだ。
ある程度その内容には期待出来るかも知れない。
だがそれは同時に、危険でもあることを意味している。
王の間へ入る、今日も駄王とババァだけのようだ、プラス女神、もうこれ以降はこの顔ぶれで固定になりそうな予感がしないこともないな……
「おっす、何か新しいことがわかったみたいだな」
「うむ、女神様に頂いた古代文字の翻訳表を使っての、かなりヤバめの事実が浮かび上がってきたところじゃ」
「ヤバめ? それはどの程度にだ、駄王の頭とどっちがヤバい?」
「おそらく同程度、いや王の頭よりもキツいかも知れぬ」
「……相当だな」
早速新たにわかった事実に関して記載されたレジュメを受け取る。
今回は直訳ではなく、内容を要約したわかり易いもののようだ。
そこに書かれていたのは以下のような内容であった……
『火山の噴火当時、神界の牢獄として使われていた山には、この世界を治めていた神の属する派閥の主神が収監されていた。その神はその時代のトップであった神に派閥争いで破れ、なかば政治犯のような扱いでその牢獄に送られたところであったらしい。おそらく火山の噴火はその神の暴走が原因であり、当該神は、その後瘴気によって生成された新たな暗黒の神界、つまり魔界を治める存在となったのである』
「おう、かなりヤベぇな、本質というか、事件の黒幕に近付いてきた感じがするぞ」
「でも女神様、当時のこの世界の神はその魔界を治めるようになった神の部下だったんですよね? だとしたらそのまま神界の存在として居座るのは不思議じゃないですか?」
「勇者パーティーの副長よ、それに関しては私も疑問に思っているところであります、ですがその神は今も健在、もちろん私などよりもずっと上位の存在です、下手に手を出せなくて困っているのですよ」
火山の噴火の原因、そして『魔界』という場所を作った者の存在が示されたのである、これを調べ上げた古代の人間はどうやったのかという点はさておき、かなり重要な情報であることに間違いはない。
しかし不可解な点がいくつもある、先程セラが指摘したこともそうだが、そもそも自身の属する派閥のトップが収監されているような状況で世界の神など務まるのか?
さらにはその収監されていた神がとんでもない問題を引き起こしたのだ、にも拘らず当時の神は左遷されることもなく、今では神界で上位者としての地位を確立していると……
と、そこで王の間に兵士が入って来る、大きな紙を持っている辺り、新たな部分の翻訳が完成したのであろう、こんなものを翻訳している学者も気が気じゃないだろうな。
「どうだババァ、何かわかったか?」
「ふむ、これは先日おぬしらが持ち込んだ部分のものらしいの、魔界、そして魔族化した人族、さらには……異世界から派遣された魔王に関してのようじゃ……」
「色々と話が繋がってきそうだな、ちょっと見せてくれ」
またしても要約である、こちらの方が見易くて良いのだが、イマイチ雰囲気には欠ける。
だがそんなことを言っている暇ではない、とりあえず読んでみよう……
『新たに生成された魔界、そこに逃れた神々は変異に成功した者、即ち魔族を集め、人族のそれとは違う新たなコミュニティを創り上げた。もちろんそれ以外も、何らかの変異によって外見の変わった者達は、それぞれ同じ姿の者同士で集い、生活を始めた(これが現在の獣人であるようだ)。一見、新たな国が興ったに過ぎないように感じたのも束の間、魔族のコミュニティは我々とは完全に隔離され、さらには違う世界から、神の加護を得た強力な何かを呼び出し、対立の姿勢を見せ始めたのである』
「ん? 魔王が出てきたのはもっと最近の話じゃないのか? この頃既に異世界から呼び出されていたとは思えないんだが……」
「確かに、魔王軍が創設されたのは時代の流れで言えばつい最近のことじゃの、なのにこのときにはもうそれに関する記述があるとは……ちょっと変ではあるの」
「その件に関しては私がお答えしましょう」
女神が割って入った、で、その女神曰く、この世界で俺のような異世界勇者、それと魔王の対立構造が始まるずっと以前から、魔族の地にはい世界から呼ばれた者が存在していたという。
だがそれは、異世界『人』と呼べるようなものではなく、異形のバケモノ、場合によっては力のみ強く、会話が出来る程度の知能すらない、つまり単なるモンスターであったとのこと。
それがつい最近になって、最近といっても俺達にとっては遥か昔の話だが、魔界は俺が居た世界から人間を呼び寄せることに成功し、それが魔王と呼称され始めた、魔王軍の創設である。
それに対抗するため、およそ500年前に女神が呼び出したのが『始祖勇者』、おそらく足軽のおっさんであったことがわかっている伝説の勇者だ。
「もちろん討伐されるか否かに関わらず、魔王も、そして勇者も寿命はこの世界の人族と変わりありません、ですので神界としてもそういった異世界人を連れて来て勇者とすることにしました」
「ふ~ん、やっぱり別の世界でもそうなのか?」
「ええ、遥か昔から問題解決のため勇者召喚が行われているような世界もありますが、上手く事が収まるのは決まって短命な者を召喚した場合です、それ以外は……」
「そのうちに権力を掴んで暴走してしまうと」
「仰る通りです」
まぁ、俺が今の強さのまま1,000年も生きたら確実に暴走する自信がある、逆らう者は死刑、従う者のみを厚遇し、勇者帝国を創り上げ……今でもそんな感じだ……
とにかくここまで出わかったことを整理してみよう、まず人族が魔族や獣人に変異してしまったのは火山の噴火によって噴出した瘴気が原因、ここまでは良い。
そしてその噴火した火山は、神界で罪に問われた神々の牢獄として使用されていたもので、収監された神々の悪感情により、中には瘴気が渦巻いていた。
そこに収監されていた神の1柱、それは当時この世界を治めていた神の属する派閥のトップであったのだが、それが暴走し、噴火を引き起こしたと目されている。
後にその神は『変異の成功例』である、人族と比べて強い力を持った魔族を掻き集め、独自のコミュニティ、つまり現在の『魔族領域』を結成したのであった。
魔族領域では異世界から何者かが呼び寄せられ、つい最近、それが俺や魔王の居た世界から呼び寄せられ始め、勇者と魔王という対立構造に変化していったと……
「でだ、今までこれを知ろうとした連中は散々な目に遭ってきたんだよな、神託を得るために神に問うた奴等も、カイヤだって人族だったのに魔族に変異させられてしまった」
「ついでに南方の火山で火口に落とされた人族が魔族に変異する事件も起こっているのよね」
「エルニダトスのことか、奴はゴンザレスの弟だから何とも言えないが、おそらく類似するケースであるのは確かだろうな」
現状でわかったのはここまでか、石版の残り部分も解析が完了すればまだわかることがあるのかも知れないが、最も重要な部分、つまり俺達がテリーヌの城から持ち帰った部分に関してはもう終わっている。
この先は石版だけに頼らず、足で稼ぐという方法を取るのが得策なのかもだな……となると狙い目はカイヤが言っていた狐の連中の里か……
それ以外にも、これから魔王軍四天王と戦うために突入して行く予定の魔族領域だ、ここにも何かヒントがあると見て間違いない。
「で、これからも調査を続けるとしてさ、問題は魔界の生成や変異の元凶である神と、あとは当時この世界に君臨していて今は偉くなっている神だよな、そいつらが敵なのはもう間違いないぞ」
「ええ、ですから勇者よ、まずは魔王軍の始末です、もしその神々が本格的に敵対してくるとしたらその後になるでしょうから、他の世界で似たような例はありませんが、まず間違いないでしょう」
確かに、もしその犯人、いや犯神共が今事実を調べつつある俺達を危険視していたとしても、自分の手駒である魔王軍に討伐させてしまえば良いのだ。
そうすれば自ら動いて関係各所に余計な疑念を抱かせることなく、ここまで進んだ調査ごと俺達を消すことが可能になる。
とにかく、神界から分離した魔界はこの世界における特異な例で、神界全体からの注目も集めている存在であるらしい。
現時点で下手に動けば向こうもヤバい、その点においては、しばらくの間はこちらの自由度がある程度保たれるはずだ、当然ちょっかいぐらいは掛けてくるであろうが、いきなり攻め込んで来たりはしないはず。
「じゃあアレだ、俺達はこの後も普通に魔王軍と戦う、そのなかでさらにわかったことがあればどんどん調査を進めていく、そんな感じで良いな?」
「ええ、では勇者よ、必ずや魔王軍を滅ぼし、人族との争いを集結させて下さい、それ以降のことは終わってから考えましょう」
ここにきてわかってきたこともあり、そしてさらに疑問に思うことも増えてしまった。
だがもうこのまま進む他ない、次は四天王の討伐だ……と、その前に祭をやるんだったな……




