29 帝国軍との戦い
「精強たる帝国の人民よ!我々はこれから悪逆非道の限りを尽くす王国を滅ぼす!その第一歩がこの砦の攻略である!」
「王国の軍は卑怯にも、我々が善意で送った使者を殺害し、それを自軍の士気高揚に利用した!」
「この戦いの正義はどべぺっ!」
話が長かったのはわからなくもない、だがいきなり射殺すのはどうかと思うぞハッタモット家のバトラー君…
マリエルが勝手に許可を出し、シールドとじゃんけんして勝ったバトラーが最初の一撃を加えたらしい。
何やってんだお前ら、手続というものがだな…
「リリィ、ドラゴン形態になって良いぞ、かましてやれ!ただし、さっきの奴の死体を燃やすなよ!」
「は~い!」
リリィがドラゴンに変身する、指揮官が一撃でやられた上に、砦の上には巨大なドラゴンが現れたのである。
元来小心者の帝国兵は皆パニックを起こし、後ろに下がろうとして後続と押し競饅頭している。
リリィが大きく息を吸い込んだ…
ドンッッとかドッッとかその辺りで表現できる音、一面に広がった敵を燃料にした野焼きが始まった。
かなり高温らしい、帝国兵の装備していた武器や防具が溶けてドロドロになっているのがわかる。
もちろん中身の人間は骨すら残っていないのが大半だ。
ブレスの範囲から外れた敵は必死で逃げ回っている、しかし、リリィが首を少し動かすだけで、その連中は有機物ではなくなる。
手前の堀に落ちていく敵兵の中に生存者が出始めた。徐々に溜まっていく帝国兵、炎から逃れるためにわざと飛び込む者もかなり多い。
『ふう、かなり疲れました、お肉が食べたいです!』
「よくやったリリィ、ちょっと休憩して良いぞ。もうこの砦の食糧庫はお前のものだ、ちゃんと名前を書いておくんだぞ。」
辺りは一面火の海、後方に居た指揮官達が慌てて下がっていくのが見える、一旦本陣に戻るのであろう。
まさか帰ったりしないよね?
「精霊様、堀が一杯になってきたぞ、そろそろ注水してくれ!ついでに火を消してもらえるか?」
「うふふっ!虐殺開始よっ!」
精霊様の出した水により、堀に水がたまる。難を逃れたとほっとしていた帝国兵が次々に沈んでいく。
必死で鎧を外そうとしているのだがそう簡単にはいかない。
見栄を張って良い鎧を付けていたものから順に溺れ死んでいった。
一面に広がっていた火の海も、単なる死体の山に変わったようである。
「マーサ、後ろの山の方から魔物を呼べるか?逃げて行った連中をこっちに戻したい。」
「わかったわ、全力で、出来る限り呼ぶわね!」
マーサが念じると、両サイドの山から変な魔物が大量に下りてきた。いつもの森とは若干生態が違うようである。
魔物は下がっていった敵の軍団に襲い掛かる、敵はまだ20万以上居るものの平民達は完全に戦意を喪失している。
「馬鹿め、こっちに向かって逃げてきやがった。」
貴族と思しき敵はその場で踏みとどまって魔物と戦う、一方で腰抜けの一般兵はそうではない、先程リリィに焼かれ精霊様に消火された場所に戻ってきた。
しかもどんどん魔物に殺されていく、弱すぎて話にならない…
マーサはこれ以上魔物を呼べないとのことである。ここで精霊様が流してしまうと魔物がもったいない。
しばらく魔物対雑魚の剣闘試合を眺めることにした。
もちろんすぐに飽きてしまったが…
「シールド君、バトラー君、ちょっと協力して欲しい、このままだと時間がかかってしまうから弓を使える者で援護してくれないか?」
「わかった」
「良いだろう」
2人が連れて来ていた兵士による援護で殲滅スピードはかなり上がった。精鋭らしい、かなりの使い手ばかりだ。
また、砦の兵士も手伝ってくれる。下手糞だが当たれば帝国兵は死ぬし魔物にはダメージが通らない。数撃って頑張って欲しい。
「なぁ、敵兵の数ってあとどのぐらいなんだ?」
「ハッ、指揮官は最初の1人を殺ったのみですが、一般兵は残り15万といったところです。」
「まだそんなに居るのか…今日中に終わりそうもないな。」
「そうだマーサ、一旦魔物を戻したりとかはできないのか?」
サボって給食に出てきそうなニンジンゼリーを食っていたマーサに聞く。
「戻すのは無理よ、私の魔力に惹かれて言うことを聞いているだけだし、マトンなら動かせるかもだけど…」
先に言えや、マトンを呼んで来る、魔物を一旦山に退避させるためだ。
「マトン、魔物を操って山に戻せ。またすぐに戦えるようにしておいてくれ。」
「わかりました…敵の位置を考えるとなるべく後ろの方が良さそうですね、敵本陣の両脇ぐらいに戻します。」
「頼むぞ!」
マトンが魔物を戻している間に食糧をあさっていたリリィを連れ戻す。
レベルが高すぎて言うことを聞かない!だが人間形態になっているので抱えて連れて行った。
「リリィ、もう一回さっきのをやって欲しい。終わったらまた食糧庫に戻って良いぞ!だからベタベタの手を俺の服で拭うのはよしてくれ。」
再びリリィの特大ブレス、また炎上する敵兵、先程のりプレイ映像を流しているかのようである。
「よし、精霊様はしばらく待ってからもう一度洗い流してくれ。」
その後、押し寄せた水によってボロボロの敵兵は何処かへ流される。ここでも難を逃れた運の良いのが居るようだ。ただし、その数は1万にも満たない。
「マトン、逃げていった敵に魔物を!」
「承知しました!」
またしても魔物の大群に襲われ、こちらへと逃げてくる帝国兵、指揮官は完全に本陣に戻ったようだ。撤退の準備を始めているかも知れない、急いだ方が良いな…
戻った敵に矢の雨を降らせる。魔物に襲われ、矢に射られ、帝国軍の雑魚共はどんどん数が少なくなっていく。
そろそろだ、後ろでカレンがウォーミングアップを始めている。ぴょんぴょん飛び跳ねる姿が可愛い…筋肉達も参加し出した、気持ち悪い。
さて、そろそろだろうか…
マリエルに耳打ちして次の台詞を伝える、うんうんと頷いている。
「…打って出る!城門を開けよっ!」
城門が開き、最初に出た砦の兵士が堀に橋をいくつも架ける。それに貴族達の軍隊が続く、シールドとバトラーを先頭に、狂ったように出て行ってしまった。
カレンと筋肉団は飛び降りていった。やはりゴンザレスは飛べるらしい。
尻から水魔法を噴射して…いや、もう見たくない…
「カレンっ!あまり無茶苦茶するなよっ!ゴンザレスの言うことを聞くようにな!」
一応忠告しておくがおそらくもう聞いていない、ニタニタ笑いながら突っ込んで行ってしまった。
打って出た兵たちは雑魚の一般兵を完全にスルーし、まっすぐ敵の本陣に向かっていく。
駆けっこが得意なカレンが当たり前のように先頭に立っている。貴族達にも良いところを作ってやってくれないかな?彼らには立場ってものがあるのだぞ?
敵も続々と出てきた、少数の襲撃に対して自分達で立ち向かおうというのであろう。
この時点で、既に平民で組織された軍団には失望し、全く期待を寄せてはいないと推測できる。
最初に敵とぶつかったのは筋肉団であった。奴等は上級なのか下級なのかに関係なく、筋肉量の多い敵に反応して戦闘を開始する習性がある。おそらく本能であろう。
次はカレン、カレンもあまり敵のランクを気にしていない、というか見ただけでは判断できないようだ。まっすぐ向かっていってぶつかった奴を切り裂き始める。
その後、ようやく貴族達も会敵した。敵を選び、偉そうな格好をしている奴を中心に片付けている。
シールドもバトラーも各々十分な敵を討ったようだが、そこで止まりはしない。落とした首を部下に預け、そのまま敵本陣の方に向かって進んでいく。
敵陣には天幕が5つあった、真ん中のひとつを除き、4つをカレンが引き裂いた。
どの天幕も中には偉そうな奴が身構えていたが、カレンはそのうちの1人を選び、指差してシールドに何かを聞いている。
肯いた後、飛び掛る。敵の上位者らしきおっさんは一瞬でズタボロになり、腕と首が吹き飛んでいった。
宙に舞った首をキャッチしたカレンは、貴族達に手を振って戻ってくる、どうやら満足したようだ。
ちょこちょこと可愛らしく駆けて来るカレン、可愛いのだが、抱えているブツがアレ過ぎる…
シールド達貴族組は戦い続ける。敵陣には下級指揮官から大将まで、総勢300人程が居たようであるが、もはや完全にこちらの流れである。先程のカレンに続き、シールドとバトラーが上級将校をそれぞれ2人討ち取ったところで、帝国軍は白旗を振った。
なんとか、夜になる前にカタがついたのである…
「勇者様、総大将の私はここで何をしたら良いのでしょう?」
「お前は適当に勝鬨でもあげておけ。」
※※※
カレンが戻ってきた…
「見てくださいご主人様!上級将校だそうです!」
ひゃぁぁー、気持ち悪い!切り口とかヤバいでしょ、もう今日夕飯要らない!
「う、うん…とりあえずマリエルに見せようか。」
マリエルの前に首を持って行かせる、マリエルが何も言わないので小突いてやった。
「…大儀であった」
「よしカレンはもう行って良いぞ!他の奴等もここに来るから外で遊んでいて欲しい。」
カレンが下がった後、首を持った連中が続々と集まってきた。この世界の人間は本当に首が好きなようだ。皆ニコニコである。
シールドとバトラーは首を台車に乗せて持ってきた、アレはいくつあるのだろう、どれだけの命が失われたというのだろう。
「大儀であった大儀であった大儀であった大儀であった…」
マリエルは何かもうそう言うだけの単純な機械になってしまったようである。タイミングとか一切考えずに連呼している。
途中、もう疲れたと言い出したので、以降は木の板に『大儀であった』と書いて椅子に立てかけておいた。
砦の中では捕虜にした帝国軍のうち、貴族のみから話を聞いている。
やはり平民がこんなに弱いとは思っていなかったこと、まさかドラゴンや精霊が出てくるとは思わなかったことなどを語ったという。
貴族の捕虜は100人程であったが、全部汚いおっさんばかりであった。王都に連れ帰って全員公開処刑することに決まった。
一方、帝国軍が降伏したときに生き残っていた平民の帝国兵は3,000人かそこらであった。最初は35万人も居たのに、リリィのブレスと精霊様の水、それから魔物と矢の雨によってその数になったのである。
「勇者殿、敵軍の生き残りにやらせていた作業がそろそろ終わるみたいだぞ。」
「ああ、暗くなる前に始末しておきたい、闇に紛れて逃げられたら困るからな。」
「リリィ、ちょっと来てくれ!最後に後片付けをしないとならないんだ。」
帝国の雑魚兵士どもには深さは人間が納まるぐらい、広さは捕虜全員が立って入れるぐらいの穴を掘らせていた。
「おいコラクソ共っ!掘り終わったのならさっさと穴に入れっ!」
帝国兵達は弱いものには強く、強いものには弱い、脅しをかけるとぞろぞろと穴に入った。
精霊様が横でニヤニヤしている…
「よしリリィ、全部焼き払え!」
リリィのブレス、帝国兵の生き残り達は一斉に炎に包まれ、断末魔の叫びのみをこの世に残して灰となった。
「ハイ、じゃあ筋肉団の諸君、埋め戻しておいてくれ!」
これで35万人の帝国人を葬ることができた。卑怯にもコソコソと逃げ切った奴が居るかもしれないが、そんなもののために貴重な時間とカロリーを消費して捜索をするようなことは考えられない。
魔物にでも食われてしまえば良いんですよ。
戦いが終わったことの報告を受けたセラとミラもこちらに戻ってくるようだ。結局実際に村人が避難するようなことはなかったが、こういったことは慎重になっておくのが正解である。
「さて、今日は一旦ここに泊まることにしよう。」
「屋敷に帰るのは明日にするわけ?」
「帰りたい奴だけで帰って貰うことにするよ、俺は帝都を攻めたい。マーサはもちろん来るよな?」
「まぁ、面倒だけど行くわ。あんた無しで帰ってもどうせ暇だし、畑も近所のばあさんに頼んであるし。」
「ありがとうマーサ。で、リリィは来てくれないと困るし、カレンは絶対に来るはずだ。精霊様も来るよな?今度は城を滅ぼせるかも知れんぞ。」
「そういうことなら私も行くわ。」
治療を担当しているルビアはしばらくここを離れられない。怪我人は意外と多いのであった。
戻ってきたセラとミラはルビアの手伝いがあるかららパスだと言い出した。
マリエルはもちろん王都に凱旋しないとならない。
「シールド君とバトラー君はどうする?今から少数精鋭で帝都を攻めるのだが。」
「面白そうだな、是非僕も連れて行って欲しい。」
「俺は今回武功でシールドに負けているからな、ここで離されるわけにはいかない、もちろん付いて行くぞ。」
よし、これでメンバーは決まった。勇者パーティーからは俺とカレン、リリィ、マーサ、そしてアドバイザーの精霊様が出陣する。
それに加えてシールドとバトラーがそれぞれ単騎で付いて来る。
全部で7人、馬とリリィに分乗し、精霊様は飛んでいくことになった。馬車で3日と言っていたから空馬を連れて交代で乗ることにすれば2日程度で目的地に着くであろう。
「さすがに今すぐ出るのはちょっと辛い、今からゆっくり寝て、明日の日の出と同時に出発することにしよう。狙いは皇帝の首のみだ!」
※※※
食事を取り、部屋に戻ると回復魔法で魔力を使い果たしたルビアがうつ伏せに倒れていた。
「さすがに限界です…肩と腰が痛くて目も疲れました。」
なぜ魔法で治療していただけなのにそんなデスクワークみたいな疲労が来ているというのだ?
「治療はあとどのぐらい掛かりそうだ?」
「重傷者は今日中に対処してあるので時間のかかる人は少ないですが、人数的にあと3日はかかるかと…」
それまではルビアも、サポートしているセラとミラもここに居るということか。その後もすぐに帰る体力があるとは思えない、もし早めに片付いたら一度ここに戻ってくることにしよう。
そこへ他のメンバーも入ってくる。マリエルは王家に伝わる鎧をその辺に放り投げてくつろぎ始めた。
風呂の準備ができるまでにはまだ時間があるようだ、セラとミラが交代でマッサージをし合っている。今はセラがミラにしているが、これはエロい!
あ、交代してしまった…エロくも何ともない。
俺も動かなくなっているルビアをモミモミしておく、何ら反応がない、相当疲れているのであろう。
カレンとリリィは遊んでいる。一応借りている部屋なのだから壁を壊すのはやめて欲しい。
精霊様はマーサをいじめている、マーサはありえない形に曲げられている。
あとひとつ、帝都にいるであろう皇帝さえ討ってしまえばこの日常が完全に戻ってくる。
さらには、今よりも平和になることによってもっと良いもの、とりわけ海の幸も手に入るようになりそうだ。
「ところでマリエルはいつここを発つことになっているんだ?」
「はい、明日の朝には出発しなくてはなりません。既に王都には先程発った早馬が向かっているのですが、その報告からあまり遅くなるのは拙いですから。」
「そうか、じゃあ明日の出発時間は同じで良いか、俺達とは逆向きに行くことになるわけだがな。」
「ルビアも明日から頑張れるようにしっかり寝ておけよ、同じ時間に起こすからな!」
寝転がっているルビアの尻をビシッと叩いたところで、風呂の準備ができたとの知らせが来る。
その日は風呂で疲れを取り、さっさと寝た。
※※※
「じゃあ出発する!おいマーサ、何だそれ?何に乗っているんだ?」
「この子が私のマシンよ!大丈夫、馬なんかより早いから!」
マーサが乗っているのは良くわからない魔獣?のようなものである。
毛むくじゃらでずんぐりむっくりしており、速そうには見えない、しかも清潔だとは到底思えない代物である。
「わかった、別に何に乗っても良いが汚いから風呂に入るまでは俺に触れるなよ。」
「汚くなんかないわよ、今呼び出したばっかなんだから!」
「便所から呼んだのか?」
「違うわ、魔界よ、ま・か・い!」
「魔界なんて便所みたいなもんだろ…」
「もう何でも良いわ…さっさと行きましょう。」
見送る居残り組に手を振り、マリエルを先頭にした一団とは逆の方向に向かっていった。
ゴンザレスが飛んでいくのが見える、水魔法を尻から…また見てしまった。
リリィにカレンと2人乗りし、上空から行き先に危険が無いかを監視する。
途中に魔物などが多数居たが、数が少なければ特に問題なく地上の連中が片付け、数が多いようなら一旦リリィのブレスで焼く。残りは下で始末した。
帝都まではここから一本道で行けるようになっている、というか帝国側が王都に犯罪者を送り込むために道を開いたのだという。犯罪者はあの砦だけ山から迂回して王都に向かっていたのであろうう。
「シールド君、あとどのぐらいで着きそうだ?」
「そうだな、地図が正確ならもう少しで城壁が見えてくることだろう。明日の午前中には着くと思う。」
移動初日の夜は野宿となってしまった。ここには村も無いしあったとしても帝国領だ、しかも自軍で略奪済みときた。その辺で寝る他ないのである。
寒い…どうしてシールドとバトラーは貴族なのに平気でこんなところで寝ているのだ…
いつもの湯たんぽは怪我人の治療のために砦に残してきてしまった、第二湯たんぽのウサギも今日は汚そうだから触りたくない。
仕方が無いので少し小さいがカレンを抱えて寝る。布団持って来れば良かった…
翌朝、リリィの体温が十分に上がるのを待ち、出発する。
進んでいくと帝都の城壁が見えてきた。一旦止まり、作戦を立てる。
だが、今回はマトンも置いてきてしまったので有効な手立てが見つからない。
結局正面から絶叫しながら突入し、そのまま中央の城へ突っ込むことにした。男らしい、ワイルドな作戦である。
敵はまだ35万の軍が破れ、送った指揮官を悉く失ったことを知らないであろう。
今が好機、ここで一気にカタをつけよう…




