298 ささやかな宴
ここから第300話までを第二部の終章とします、引き続き第301話から第三部に移行します。
「はいおはようございます、では早速準備に取り掛かりたいと思いますので、ルビアちゃんは酒屋、ミラちゃんは肉屋、マーサちゃんは野菜を確保しなさい、え~っとそれから……」
「おい精霊様、まだ店がやってねぇぞ」
「そんなの叩き起こせば良いじゃないの、人族如きの生活と、今の私のアツい気持ち、どちらがこの王都、いや世界にとって重要なものだと思う?」
『人々の暮らしです』
「・・・・・・・・・・」
全員から同時に突っ込まれ、さすがに黙ってしまった精霊様、かわいそうだが仕方が無い、だってまだ日の出前なのだから……
とはいえ起きてしまったものは、というか無理矢理起こされてしまったのだ。
もう一度寝るのは容易ではない、すぐに出来ることから準備を始めておこう。
精霊様の指示を受け、まずは壁や天井の飾り付けから行っていく。
もちろん色紙で作った、文化祭ばりのちゃちな飾りである。
ささやかな祝勝会をやろうとは言ったが、ここまで大々的なイベントを開催しようという意味ではなかったのだが……
そうこうしているうちに夜は明け、町が動き出す。
ミラとルビアは開店と同時に注文を入れるために町へ、マーサは郊外の朝市へと向かった。
肉や酒はいつも通りで良いな、今日のメインはマーサが狙いを定めているというトウモロコシだ。
どういうわけかバリバリに品種改良がなされた粒揃いのトウモロコシが出品されることがあるのだという。
普段出回るのは、それこそ『古代風』の穀物感溢れるトウモロコシなのだというが、一体どこのどいつが品種改良などという行為に手を染めているというのだ?
まぁ美味ければそれで良いんだが、作物ではなく食人植物なんかを改良して軍事転用するのは絶対にやめて頂きたい。
と、そこへ部屋のドアが開く、その向こうにはレーコとデフラを先頭に、お手伝い班がわらわらと集まっていた。
『おはようございま~す』
「うぃ~、今日は悪いな、手伝わせちゃって」
『いいえ、お小遣いが貰えるので平気です』
「・・・・・・・・・・」
誰が小遣いを渡す約束などしたのであろうか? 少なくとも俺ではない、なぜならばそんな金はないからだ。
この全員にまともな日当を渡したら容易に破産する。
しかし小遣いを渡すという約束になったいるのであれば仕方が無い、ここはマリエルの財力を頼って解決することとしよう。
手伝い班にほとんどを任せ、ダラダラと作業しているフリだけやってのける。
しばらくするとミラとルビアが、その後またしばらくしてマーサが帰宅した。
全員お目当てのものは手に入ったようだ、マーサがリヤカーのムシロを避けると、中には黄金に輝く粒の覗いた高品質のトウモロコシが満載であった、実に美味そうだ。
「さて、あとの準備は任せて、私達は休憩しましょ」
「だな、夕方まではフリーだ、と、その前にもうひとつの展示品を掻き集めておくか……」
まずはラフィーの部屋に行き、べったりとくっついて離れないパトラと共に大部屋に連行する。
次は地下牢、既に起きていたフルートとカイヤ、そして昨日までの疲れで眠りこけていたテリーヌを連れ出す。
もちろんエリナもだ、寝巻姿のまま腕を引っ張り、2階まで連れて行った。
「あの、私達をどうするつもりッスか?」
「そこへ座れ、ちゃんとステージを用意しておいたからな、お前らは俺達と敵対した罰として祝勝会の間晒し者にする、鞭で叩きまくってやるから覚悟しとけよ」
「ひぇぇぇッス、あんまり酷いことはしないで欲しいッスよ……」
4人を縛り上げて部屋の隅に用意したステージに座らせる、それを黙って眺めているエリナにはまだ自分も同じ目に遭うという発想はなさそうだ。
「おいエリナ、お前もだぞ、そこに直れ」
「えぇっ!? 私もですか? せめて着替えぐらいはさせて下さいよ」
「大丈夫だ、風呂の時間になったら一旦解いてやる、それまではパジャマで我慢しろ」
「はぁ~い」
大人しく指示に従ったエリナをステージに座らせ、その代わりにテリーヌを引き出す。
怪訝な表情でこちらに来るテリーヌ、こいつには部屋が汚かった分と暴走した分の罰も必要なのだ。
「テリーヌ、ちょっとこっちへ来い、良いものを見せてやるぞ」
「何でしょうか?」
「この屋敷で一番汚らしい部屋だ、自分の部屋と比較すると良い」
そう言ってテリーヌだけでなく、マーサとマリエルも引き連れて大部屋を出る。
向かったのは封印されし暗黒の部屋、もちろんこのウサギと王女の相部屋だ。
ドアを開け……開かない、内側で何かが崩壊し、その開くスペースを封鎖している。
無理矢理に押し込んでどうにかする、その先にあったのはまるで爆心地、人の住める状況ではない。
「どうだ、実に酷いだろう?」
「ええ、ですが私の寝室よりは……その……」
「ではさっきの部屋に戻ろう、こういう部屋にした奴がどうなるかを見せてやる」
再び汚部屋を封印する、一応悪霊退散のお札を貼っておこう。
このまま放置しておくといつか悲しいモンスターが生成されてもおかしくはないからな。
大部屋に戻り、壁に手を付いたマーサとマリエルの尻を引っ叩く……
「お前らっ! 何度も言ったのにどうしてあんな有様なんだっ!」
「きゃいんっ! ごめんなさ~いっ!」
「あうっ! 勇者様、申し訳ございませんっ!」
「しばらくそのまま反省しておけ、動いたら昼食抜きの刑に処すからな」
『それだけはご勘弁をっ!』
2人はこのまま1時間以上放置しておこう、どれだけ罰したところで本人達に効果はないのだが、他の連中、特にお仕置きされるのが怖いメンバーに対する見せしめになる。
と、その隙にコソコソ逃げようとしているテリーヌ、パッと捕まえ、小脇に抱え込んでやる。
「さてテリーヌ、部屋が汚い奴がどういう目に遭うかわかったか?」
「お……お尻を叩かれます……」
「じゃあ覚悟は良いな?」
「え、ちょっと待って下さい、ちょっと……あいったぁぁぁっ! きゃん、いっ、ひぇぇぇっ!」
「どうだ、参ったか?」
「きゅぅぅぅ……」
屈辱と痛みで気を失ってしまったようだ、暴走した分の罰は後にすることとしよう。
そのまま尻を丸出しにし、あられもない格好でステージに運んで鎮座させておいた。
その後しばらくして、休みを与えておいたコリン達が屋敷にやって来る。
まずは宴に使う食材を準備させよう、領地のおっさん兵達へのおすそ分けも準備しておかないとな。
既に肉屋と酒屋の配達は済んでいるようだし、キリの良いところで昼食にしておこう。
その後は風呂に入って、日が陰る頃には宴のスタートだ……
※※※
夕方になり、宴に関してはほとんどの準備が完了した。
風呂にも入ったし、給仕係も完璧な服装だ。
「ちょっと、どうしてこのような格好をしなくてはならないの?」
「コリン、この屋敷では裸エプロンで給仕をする決まりになっているんだ、粗相があったら箱尻の刑に処すからそのつもりで」
「箱尻って、もしかしてあの箱からお尻だけ出して辱めを受けるってことかしら?」
「その通り、ちなみに以後は口答えしただけでも粗相とみなす」
「……わかったわよ、やれば良いんでしょ」
「うむ、理解してくれたようで何よりだ」
給仕係に選別したのはコリン達ドライブスルー店の4人、それから特にやることがないパトラである。
5人もいれば十分であろう、というか裸エプロンセットが5つしかないのだ。
そろそろ宴開始の時間だが、乾杯の前にまずは地下牢に入れっぱなしになっていた連中の今後の処遇を決定していく。
まず純粋魔族の5人、こいつらは誘拐の被害者でもあり加害者でもある、とはいえセラとルビアを攫った実行犯であることに変わりはない、よってレーコに預け、収容所での強制労働に従事させることとした。
「じゃあそこの5人はこっちに来て、勇者さん、他に私達の方で預かる子は居ませんよね?」
「ああ、そいつらだけだ、よろしく頼む」
「ええ、制服も似合いそうだし、居酒屋のホールスタッフとして使わせて貰います、早速今日から」
5人はレーコに連れられて退室して行った、次、こいつらの事件に関する諸悪の根源であるチビ先生だ。
すっかり改心して信心深くなり、魔族の分際で毎朝女神に祈りを捧げているチビ先生。
だがやったことがやったことだ、コイツはこのまま地下牢にブチ込んでおこう。
いつまた悪事に目覚めるかわからないし、永久に外に出さないための措置を取るべきだ。
最終的には精霊様に頼んでこの地に封印しておくのがベストな対応、今のところはそう考えている。
「さて、魔法少女とか雑多な連中は解放してやるとして、問題はウテナとサテナだよ、この2人はどうしようか?」
「確かに邪魔だけど、万能ポーションを作るときには必要になるのよね、煮れば煮るほどに良い出汁が出るわ」
『ひぃぃぃっ!』
「おいウテナ、サテナ、お前らはどうしたい? あ、はいウテナさん発言をどうぞ」
「もう少しだけここに置いては頂けないでしょうか? 行く所もありませんし、何よりもサテナの体がまだ完全ではありませんから」
「そうか、じゃあこれからは2階の部屋を使え、どうせ神界の見張りが付いているだろうし、特に問題はないだろう?」
「へへ~っ、ありがとうごぜぇますだっ!」
これで地下牢がスッキリした、フルートとカイヤは2階へ、そして追加で入れるのはテリーヌとエリナ、反省したらこの2人も別に部屋を与えてやろう。
「よっしゃ、それじゃいよいよ乾杯だ、皆さん、おつかれっしたーっ!」
『うぇ~い!』
酒も料理もジャンジャン消費されていく、テラスのバーベキュー台はパンクしそうなレベルのフル稼働を見せ、空になった皿や空き瓶が次々に並ぶ。
ささやかな宴という当初の予定はどこかへ行ってしまった、特にリリィと精霊様の飲みっぷりは異常である。
「はいは~い! お肉が焼けましたよっ!」
「こっちです! 油の多いところを下さいっ!」
「私は赤身がいいで~っす!」
「凄いなあいつら、特にカレンは何も飲まずに肉だけ食っているじゃないか」
「見ているだけでお腹一杯になりそうね……そういえばお野菜はまだかしら?」
野菜、特にトウモロコシは今回のメインターゲットだ、夏といえば野菜、野菜といえば夏、もはやそういう時期なのだ。
バーベキューコンロの一画をマーサが制圧し、あらかじめ茹でてあるトウモロコシを焼いている。
しかしこのタイミングで女神から授与された醤油があるのは実にアツいな、焼きトウモロコシなど異世界に来て口に出来るとは思わなかったぜ。
串に刺さったモロコシ、刷毛で塗られた醤油の焦げる香ばしい匂い。
ちなみに味醂はなかったため砂糖で代用したが、十分すぎる出来栄えだ。
出来上がり、火から外されたばかりの焼きトウモロコシを、アッツアツの状態で一口齧る……最高の逸品だ、夏祭りを思い出す究極の味わいである。
テラスでちびちびと酒を飲みながら談笑していると、部屋の中では既に出来上がったシルビアさんが暴れ出していた。
鞭を取り出してステージの5人を痛め付けるシルビアさん、とてもルビアの母親とは思えない行動だ。
ちなみに、気の弱いフルートだけはリアルに怯え、どことなくかわいそうであったため救出しておいた。
そこへ、ずっと酒を飲み続けていた精霊様が立ち上がる……
「キャハハッ! ちょっと私も参加しようかしら~」
「おい精霊様、フラフラじゃないか、酔ってんだから無茶すんなよ!」
「あん? 酔ってないわよ~、フラフラしてるのは皆の方じゃないの~」
これは完全にダメだ、良く見ると超強烈な酒が2樽も転がっているではないか。
アレはリリィと精霊様のために用意したものだが、塊の肉を食べながら飲んでいたリリィに対し、ほぼほぼ酒飲みに口を付けていた精霊様の飲んだ量は凄まじいものであるに違いない。
精霊様の周りに水の弾丸が無数に精製される、それはステージに居た連中を吹き飛ばし、さらには壁に穴を空けつつどこかへ飛び去って行った……部屋が5つほど繋がってしまったではないか……
しかも、繋がった部屋うち最後の1つは、先程厳重に封印を済ませたマーサとマリエルの汚部屋である。
そして索敵に反応、やはり何か暗黒めいた生物が誕生してしまったようだ。
「おい精霊様、自分でやったんだから後片付けぐらいしろよっ! あと吹っ飛ばされた奴等を救出しないとだ!」
「ラフィーちゃんとカイヤちゃんはこっちに居るわよ、テリーヌちゃんは床に転がっているわ、あとは……」
「エリナは窓枠に引っ掛かっていますの、これで全員、残っているのは正体不明の敵だけですわ!」
フルートは先に避けてあったし、残りの4人も怪我などをしたわけではないようだ。
問題は徐々に近付いて来る索敵の反応、強くはないが、ここで精霊様とバトルしたら屋敷が持たない。
「何だか知らんが外におびき出すんだ、最悪庭で討伐するぞ!」
全員でテラスから外に出る、敵も付いて来たようだ、遂にその姿が見える……とんでもない奴が現れた、そう感想を述べる他ない……
ジュースの瓶を骨組みに、菓子の袋やダンボール、その他のゴミで肉付けされた人型のバケモノ。
それは恨みの篭った目でこちらを見据え、ゆっくりと近付いて来る、おっとコケてしまったようだ。
「勇者様、なんだかアイツ、バランスが悪いような気がするんだけど」
「ああ、良く見るんだ、足の裏がバナナの皮で出来ている、とんだ設計ミスをしたようだな」
「そういうことね……またコケたわ、でも潰すと大変なことになりそうだし、このままゴミ置き場まで誘導しましょ」
「それが良いな、おい精霊様、責任持って奴をゴミ置き場に連れて行け、それからマーサとマリエルもだ、アレを生み出した原因はお前らにもある」
嫌々、といった感じで敵を惹き付けながらゴミ置き場へと向かう3人、明日は燃えるゴミの日であったはず、このまま捨ててしまっても問題はなかろう。
時折滑って転ぶゴミのバケモノに溜め息をつきながらも、どうにかゴミ置き場まで辿り着いた3人。
最後にマーサが蹴りを加え、バラバラになったそれを放置してこちらへ戻って来る。
ん? その残骸の中で精霊様が何かを見つけたようだ、手に取り、先程よりもさらに嫌そうな顔をしながら持って来た……暗黒博士人形じゃないか……
「はいこれ、この馬鹿人形がゴミモンスターの核になっていたみたいなの」
「僕はお話魔導人形、モンスターだ何てとんでもない、アレは大量消費時代に疑義を呈するための教育的な……ふぎゃんっ!」
「いつどうやって帰って来やがったんだ? 確かトローリングの疑似餌にしたはずだよな?」
「僕はお話魔導人形、どこにでも居て、どこにも居ない、そういった不確かな存在で……」
「死ねっ!」
「あをろばっ!」
暗黒博士人形を粉砕し、窓から捨てる、これで1週間程度は復活して来ないはず。
また舞い戻ったら、そのときは完全に滅却して灰を庭にでも埋めておこう。
「さて、宴は仕切り直しだ、ただし……」
「え? ちょっと、どうして私が縛られなきゃなんないのっ!」
「黙れ、精霊様は調子に乗りすぎだ、エリナも、あとの4人ももう宴に参加して良いぞ、ここからは精霊様にお仕置きする時間だ」
屋敷を破壊した罪は重い、今の動きで幾分か酔いは醒めたようだが、もう一度飲ませると今度は王都を消滅させてしまいかねないしな。
アルコールの影響で水分を奪われ、かなり小さくなってしまった精霊様を膝に乗せ、ルビアに革の板を用意させる、当然お尻ペンペンの刑だ。
「精霊様、覚悟は良いか?」
「うぅ、ごめんなさい……あ、ちょっとっ、パンツは許してっ、きゃいんっ! あうぅっ! もう反省したから……」
「ダメだな、これから全員の所を回って順次お仕置きして貰え」
「そんなぁ~」
再び料理が提供され、途中参加のエリナや元大魔将達にも酒と共に振舞われる。
途中で反省の色を見せた精霊様も解放され、そこから朝まで宴は続いた……
翌朝、二日酔いの魔法薬を服用して復活した俺に、ボロボロになってしまった屋敷という現実が突きつけられる。
修理するような金はもちろんない、しばらくは風通しの良いこのスタイルのまま生活だ、時期的にはそれでも構わないが、見栄えは大層悪いのであった。
しばらく穴の空いた壁を呆然と眺めていると、王宮からの報告を受けたマリエルが部屋に入って来る。
「おはようございます勇者様、石版の件なんですが」
「ん? まだ解析完了というわけじゃないだろ、何かわかったことでもあるのか?」
「ええ、少しだけわかったところからどうしても伝えておきたいことがあるそうで」
「そうかそうか、でも今日は疲れているから明日王宮に行って聞くこととしよう、そう伝えておいてくれ」
「わかりました、では明日の朝で良いですね」
石版に関してわかったことか……解析の途中で呼び出すぐらいだし、相当に重要なことなのであろう。
気になるところだが今は頭が働かない、もう一度寝ることとしようかな。
その日は適当にグダグダと寝て過ごし、昼食には昨日の余りであるトウモロコシを齧る。
夕食にも出そうかと思ったのだが、王宮へのお土産として少し取っておこうということになり、10本ほど残して他はマーサが全て食べてしまった。
「じゃあ明日はいつもの3人、それからカイヤも付いて来たいだろ?」
「そうですね、石版のことに関して知りたいのは私も同じですし、出来れば一緒に行かせて頂きたいと思いますよ」
「決まりだな、明日は4人で行って、もし衝撃の事実が発覚していたりしたらすぐに帰って皆に伝えるよ」
大魔将討伐を終え、次は四天王といった状況にある俺達、その俺達に残された1つの課題は、石版の謎を解明し、この世界の秘密を紐解くきっかけを作ることだ。
明日もそうだが、これから様々なことが順次発覚してくるのであろう。
その間、魔王軍やそれ以外の敵対勢力との争いは避けられないはずだ。
ここで気を抜かず、ガンガン攻めて目的を果たすこととしよう……




