296 最終決戦
「おいっ! 何か知らんがヤバそうだぞ……」
「散開してっ! ここにまとまってたら一気にやられちゃうわよ!」
大魔将の両手に魔力が滾る、右手には氷魔法、左手には雷魔法、それを俺達目掛けて同時に放ってきたではないか。
セラの警告通り、俺達が固まっていた場所は雷撃に襲われ、さらには氷の槍が無数に突き刺さる。
今のをまともに喰らっていたら相当な痛手を負っていたはずだ、以後も十分に気を付けなくては。
「ちょっとあなた方、どうして避けるんですか? これは制裁です、自らの過ちを認め、悪としてこの場で滅びなさい!」
「黙れ、悪いのはお前だ、というかお前ら魔王軍だ、人族を散々苦しめやがって」
「何を言っているんですか? これは争いです、そして争いの中にも最低限守るべきルールというものが存在します、それを一切意に介さず、残虐行為の果てに不当な賠償請求ですか? なんと片腹痛いことでしょう、もちろん笑って済ませるような問題ではありませんがね」
「腹が痛いならウ○コして来いよ、スッキリするぞ」
「そういう態度も気に食わないのです! 死になさいっ!」
再び魔法による攻撃、今度は火魔法を使ってきた、これはとっさに反応した精霊様が、水の壁を前衛組の前に張って防御する。
先程のもそうだがかなり強力な魔法だ、それでも全力で撃ち込んでいるとは到底思えない様子。
一見真面目で大人しそうに見えるが、実際この大魔将はかなり凶悪かつ強大な敵のようだ……
さて、こちらも黙って見ているわけにはいかない、すぐに態勢を整え、反撃を開始する。
まずは4方向から前衛の4人が飛び掛り、その隙間を俺とマリエルが突く。
後ろでセラとユリナが魔法をスタンバイし、リリィと精霊様も両翼に開いた。
セラとユリナの動きを悟られぬよう、サリナが幻術を使って行動を隠蔽している。
ちなみにルビアは床の紋様を指でなぞっているようだ、サボってんじゃねぇ!
間もなく前衛の4人が敵と交錯する、その瞬間、敵の周囲に尖った岩が地面を突き破るようにして生えてきた。
なるほど、土魔法はこういう使い方をするのか、参考になったな……などと感心している暇ではない。
体重の軽いカレンは地面から突き出した岩に当たって吹き飛ばされ、ミラとジェシカの剣もガッツリ止められてしまった。
どうにか岩を打ち砕くことに成功したのはマーサであったが、次の一撃を繰り出す前に、敵はひらりと空中へ跳んで射程圏内から逃れてしまう。
当然俺とマリエルの攻撃も届かない、そのまま宙を舞うようにフワフワと浮く敵。
徐々に降りて来てはいるようだが、その効果スピードはまるで羽毛の如くだ。
「退いてっ! 魔法で攻撃するわっ!」
セラの声が響き渡り、皆が一斉に引く。
次いで俺とマリエルの間を掠めていく風の刃、敵はそれを、まるで水中にでも居るかのような華麗な回転で回避する、空中に浮いたままだ。
だが本命はその後ろ、ユリナの火魔法である。
サッと屈んだセラの後ろから魔法を放つユリナ、レーザータイプの火魔法をチョイスしたらしい。
攻撃を回避した一瞬の隙、そこを突いた赤い光線が敵の右肩を貫く。
ほぼ同時に、両サイドから放たれたリリィと精霊様の攻撃。
これも直撃、敵は炎に包まれた後、水の弾丸によって全身を打ち据えられたのであった。
「クッ……なんと姑息な真似を……もっと正々堂々と正面から戦えないのですか……」
「うるせぇな、俺達は人々を苦しめるお前らのような悪しき存在、それをねじ伏せるためなら手段は選ばん」
「どうして私が悪しき存在になるんですかっ!? 悪いのはあなた方です、この卑怯者! 不真面目で、しかも目を覆うような酷い行いばかりしておいて良くそんなことが言えますねっ!」
ダメだ、俺はこういう奴が実に苦手だ、おそらく何を言ってもこちらの意見を汲むようなことはしないであろう。
そもそも話を聞いているのかすら怪しい、単に自分を批判するワードに反応し、それに対して怒りの反論を述べているだけに過ぎないのかも知れない。
もしかしたらこのまま全力で攻撃し続け、殺してしまうのが得策なのか?
いや、それは拙い、既に捕らえてある元大魔将の3人も悲しむであろうし、何よりもこんなに可愛いのにもったいない。
……一度だけ対話を試みてみよう、それでダメなら実力でねじ伏せ、あとはどうにかして考えを改めさせることとしよう。
「なぁお前、ちょっと良いか?」
「お前ではありません、私は魔王軍大魔将、テリーヌです!」
「そうか、じゃあテリーヌ、今さ、自分が絶対正義、魔王軍のやっていることは全くもって正しいと思っているのか?」
「それはもちろん、卑劣な手段に訴えるあなた方とは違うと自負しています」
「ふ~ん、じゃあ情報操作で人族同士を争わせたり、変な奴らを人族の町や村に送り込んでどうこうしてしまうのも清く正しい行為なのか」
「う……うるさいですね、そんなのは卑怯なあなた方に対抗するために仕方なく……」
「おかしいな、俺達が何もしていない間からそういうことをしてきただろう魔王軍は、どうなんだ、え?」
テリーヌはタジタジである、いくら自分がどうだとはいえ、その所属する魔王軍が何をしてきたのか、それを当然知っていて、なおかつそれが褒められたものではないと認識しているはずだ。
返答を考えるテリーヌ、だが、どうせオウム返しでこちらの行為を批判するようなことしか出来ないはず。
そうなればこちらにも更なる返しがあるというのに……
「……良いですか? 私は魔王軍の幹部ですが、私自身、正義に違わぬ振る舞いをしてきました、それは確かです、そう言うあなたはどうなんですか?」
「俺も正義を貫き通しているぞ、全く疑う余地の無い純粋な正義をな」
「……!? どうしてそんなことが言えるのですか? あなた、というか異世界勇者パーティーがこれまでしてきたことを私は知っていますよ、それでも尚、そのようなことを……」
「言うさ、俺はそれが正しいと考えてそうしてきたのだからな、ちなみにテリーヌ、部下を良いように洗脳して、あのダンジョンボスみたいな哀れな馬鹿に仕立て上げたのはどう思っているんだ?」
「えっと……あの……その……だってっ!」
「あとさっき渡した部下の首、俺達の前にまず奴を諭すべきだったと思うぞ、自分に都合が良いから放置していたんだろうが、ぶっちゃけ余計な犠牲が増えただけだ」
「うぅ……」
自覚症状アリのようだ、明らかに自分もおかしなことをしてきたにも拘らず、それを棚に上げて一般的にルール違反とされる行為を繰り返す俺達を批判する。
テリーヌはそうすることで、自分のメンタル面での衛生を保っているのであろう。
真面目であるが故、この人族と魔王軍の争いで通って来た自分の道が正道から外れていると理解している。
だがそれを認めると自分が自分でなくなってしまう、そこで葛藤しているのだ。
「さて、もうわかっただろう、自分を正義だと信じてやまない俺、その正当性に疑問を抱き始めているテリーヌ、俺の勝ちだ、今すぐ降参すれば尻を引っ叩くだけで良いにしてやるぞ」
「待って! そんなことない! そもそもどうしてあなたは自分の、これまでのありえない行為が正義だと思えるの!?」
「そう思って、いや思い込んでいないとどうかなってしまうからな、もう考えるのはとっくに止めたんだ」
「……嘘だ、そんなの認められない……私は正義なの、私の考えはずっと正しいの、これまでもこれからも……絶対に認めないわっ! あなたを殺せば私が正義なのよぉぉぉっ!」
ヤバい、ぶっ壊れてしまったようだ……テリーヌの体から漆黒の瘴気が噴出す、それが周囲に纏わり付き凄まじいオーラとなって渦巻き始めた……
ダークマターを摂取したマーサやユリナ、サリナの戦闘形態であるダークモード、それとは少し違うようだが、とにかく異常な力の増大を見せているのは確かだ。
元々かなりのやり手のはずだ、これはかなり拙いかも知れない、ということでそろそろお暇させていただこうか……いや、無理ですよね~。
「……許さないんだから、もう絶対に許さないんだからっ!」
今度は右手に火魔法、左手に氷魔法を準備するテリーヌ、我を忘れているとはいえ、その攻撃の主体が魔法であることに変化はないようだ。
「攻撃してくるぞ! もう一度開くんだ、固まるなよっ!」
「前衛の子は限界まで前に出なさい! それぞれ私が水壁で守るから!」
桁違いの魔法が俺達を襲う、しかも前衛ではなく後衛を狙ったものである。
メインターゲットは……ユリナか、先程初撃を喰らわせたからな、目立ってしまったようだ。
先に氷の塊が、その後ろには炎の塊が控えているテリーヌの攻撃。
速度もかなりのものだ、俺とマリエルがとっさに受け止めようとするも、僅かに掠ったのみに終わってしまう。
軌道を変えることすらなくそのまま直進していくテリーヌの魔法、セラが張った風防もぶち抜き、サリナを巻き込んでユリナに直撃する。
「いやぁぁぁっ! 痛いですのっ! 目が見えなくなってしまいましたのっ!」
「いてて……姉さま、大丈夫ですか?」
「自然治癒は無理ですわ、ルビアちゃん、ちょっと回復して欲しいですの」
……ユリナは相当に魔法耐性が高いはずなのに、明らかに目を焼かれ、頬には凄まじい切り傷が無数に走っているではないか。
俺のような奴がまともに喰らったらタダで済みそうにはないな、狙われたら注意深く回避するようにしないと、ミラやマリエル、ジェシカなんかもそうだ。
ルビアがユリナの治療をしている最中、前衛組がもう一度四方からテリーヌに飛び掛る。
今度は土魔法で防御したりしないようだ、というか次の攻撃を準備していて防御する気はさらさらないといった様子。
もちろん4人の刃はテリーヌに届く、同時に突きを繰り出した俺とマリエルの得物もその体を捉えた……
「ギィィィッ、絶対に負けない、絶対に……」
「そうか、じゃあもう一度聖棒の一撃を喰らえ、たぶん痛いけど我慢しろよっ!」
「ぎゃっ! なんのこれしきっ!」
なんと、左の肩に直撃した聖棒を右手で掴み、そのまま引っ張ったではないか。
もちろんバチバチと電撃のようなものを帯び、テリーヌにはダメージが入り続けている。
引っ張られた俺はバランスを崩す、そこへ、ゼロ距離で左手にあった雷魔法を浴びせられてしまった。
意識が朦朧とする、マリエルが俺を引っ張って後方に撤退させているようだ。
仰向けに倒れて引き摺られる俺の視界に、通過していく氷魔法が見える……今度はマリエルがそれを貰ってしまったようだ、悲鳴と共に俺の襟を掴んでいた手が離れた……
それからルビアの回復魔法が飛んで来るまでは、ほんの一瞬、僅かな時間であったに違いない。
だがそれすらも永遠に感じるほどの苦痛、それはマリエル、そして先程攻撃を受けたユリナも同じであったはずだ。
治療を終え、フラフラと立ち上がった俺に、セラが近付いて来る。
「勇者様、まだ戦えそう?」
「うん、大丈夫だ……っと、マリエルは平気なのか?」
「私も回復して貰いました、まだまだ戦えますよ」
「そうか、じゃあ戦線復帰しようぜ、とにかくこっちも攻撃を続けて、テリーヌに魔法を繰り出させないようにするんだ」
テリーヌは武器を使って戦う様子を見せない、ひたすら両手に魔法を出し、それを俺達の方に撃ち込んでくるつもりのようだ。
だが、それも前衛4人の奮闘で順次キャンセルされ、その場で霧散してしまっている。
いたずらに魔力を消費するだけの状態であるが、今のテリーヌにそこまで考えて戦うことは出来ないらしい。
そしてこちらの前衛は4人、もちろんテリーヌの腕は2本しかない。
それだけでもジリ貧であるのに、ここからは俺とマリエルが復帰して攻撃を加えることになる。
このまま一気に押し切ろう、最後は気絶させて、魔力を奪う腕輪でも嵌めてしまえばこちらの勝ちだ。
ちなみに、セラと精霊様は完全に防御、リリィは隙を突くために後ろへ回って待機している。
ルビアとサリナは完全にサポート、こちらの陣営において、魔法で敵を狙っているのはユリナだけ。
「ご主人様、マリエルちゃん、少し離れた状態で待機して欲しいですの、出るべきタイミングはわかると思いますわ」
「わかった、きっかけ作りは任せたぞ」
テリーヌの手元を狙うユリナ、ちょうど前衛の4人が離れた瞬間に魔法を放つ。
赤い一筋の光が走り、氷魔法を準備していたテリーヌの右手にぶつかる。
「いやぁぁぁっ! 何なのっ!? 痛い痛い痛い痛い……」
氷魔法に高温のレーザー火魔法、テリーヌの魔法は当然の如く暴発し、掌から肘にかけてが血に染まった。
あれではもう使い物にならないはずだ、もちろんそちら側から攻撃を仕掛けていたカレンとジェシカの攻撃を受け止めることも叶わない。
右側から攻撃を浴びせられ続けているテリーヌ、肩も首ももはや血塗れ、何だかかわいそうになってきたではないか……
「勇者様、今ですよっ!」
「お、おうっ!」
などと哀れんでいる暇ではない、マリエルの激に反応し、2人同時に突きを繰り出す。
俺の聖棒はテリーヌの鳩尾に、そしてマリエルの槍は左の膝に決まる。
マリエルの槍の効果により、膝の骨が打ち砕かれる嫌な音が響き渡った。
動きが止まる、そこへミラの斬撃が左腕を割き、マーサのパンチで肩すらも破壊する。
最後にリリィの攻撃、ブレスではなく、尻尾を鞭のようにしならせた一撃が背中を打つ。
満身創痍のテリーヌがその場に崩れ落ちかけた……だが残った右足に精一杯の力を込め、再び姿勢を保とうと試みている、もう無理しない方が良いと思うのだが……
「テリーヌ、そろそろ諦めろ、お前の負けだぞ」
「イヤッ! 絶対にイヤです! 私はあなた達の正義なんて認めない、私が正義のはず、絶対にそうっ! どうしても私を負かしたければ殺したらどうですか?」
そう言い放ちながら、ボロボロになった両手に魔法を出そうとするテリーヌ。
だがそれは危険極まりない行為だ、いくら回復魔法があるとはいえ、千切れてしまったりしたら元には戻せないはず。
早急に終わらせるべきだ、聖棒を構え、どうにか立っているテリーヌの脚に狙いを定める……
「……何を言ってもダメみたいだな、おやすみっ!」
「いやぁあぁぁぁっ! あ……う……」
テリーヌはその場に倒れ付す、完全に意識を失ったようだ。
発動寸前であった魔法も霧散し、どうにか両腕の崩壊だけは免れている。
セラが近付き、血塗れの腕に魔力を奪う腕輪を嵌めた。
これでもう魔法は使えない、俺達の勝ちが確定した瞬間である。
「やれやれ、かなりの強敵だったな、ルビア、治療してやってくれ」
「は~い、でもこの状態だとちょっと時間が掛かりそうですよ」
「大丈夫だ、とりあえずすべての傷が完治するまで続けてくれて構わない」
既に瘴気は消え、最初に出会ったときの状態に戻っているテリーヌ、違うのは掛けていたメガネがバッキバキに割れ、破片が顔に突き刺さっている点ぐらいだ。
そのままルビアに治療させ、俺達は床に座り込んで休憩する。
俺とマリエル、ユリナの3人は、傷こそ治っているものの体力をかなり奪われている状態だ。
このまま目を瞑ったらおそらく翌朝にワープしてしまうことであろう。
個人的にはそれでも良いのだが、まだやるべきことが残っている。
今回の目的の1つである、テリーヌがゴミ置き場から持ち去ったという伝説の石版の続き、それを手に入れずしてここを離れるわけにも、眠りこけて朝を迎えるわけにもいかないのだ。
携帯食の固いパンと干し肉を齧りながら、テリーヌの治療が終わるのを待つ。
魔力回復薬の瓶がルビアの横に7本転がったところでようやく手が止まる。
「ふぅっ……」
「ルビア、終わったのか?」
「いいえ、全然です」
「紛らわしいんだよっ!」
外見的にはすべての傷が癒えたように見えるのだが、まだ骨折や内臓へのダメージが残ったままだという。
だがルビアもそろそろ限界のようだ、何か良い方法がないものか……
そうだっ! まだ万能ポーションが残っているではないか、それを使えばかなりの回復が見込めるはず。
だが気を失っていて自力で飲むことは不可能だ、ここは俺が口移しで……セラに殴られた。
「勇者様、治療にかこつけてエッチなことしようとしないのっ!」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ? そうだ、俺の指に付けてちびちび舐めさせるってのげろばっ!」
今日一番の大ダメージを負ってしまった、その力は戦闘中に発揮して頂けると幸いです。
とにかくああだこうだと色々試し、なんとかテリーヌに万能ポーションを飲ませることに成功したそうだ。
「ご主人様、この様子だと目を覚ますのは明日の朝ですよ、どうしますか?」
「う~ん、船は島に着けてあるんだし、今日は一旦帰るか、明日またここに来て色々と捜索すれば良い」
「そうね、あまりにも疲れたし、きっと外はもう暗くなっているに違いないわ」
「お腹空きました、帰りましょう」
皆口々に撤収を主張する、エリナが居れば明日でもすぐにここへ戻れるわけだし、今日のところは船に戻り、風呂と夕飯を済ませてゆっくりすることとしよう。
適当に布と棒を使って担架を作り、それにテリーヌを乗せる。
運ぶのは俺とマーサ、エリナにやらせたかったのだが、転移アイテムを使う者が居なくなってはどうしようもない。
すぐに洞窟ダンジョンのの手前まで転移し、そのまま船に戻った。
既にアイリスが風呂を沸かしている最中であった、先に入ってから夕飯としよう。
「ちょっと、大魔将様はどこに寝かせるの?」
「そうだな、見張りも兼ねて船室のベッドにしよう、念のため交代で誰か起きて見張りをするんだ」
そのまま風呂に入り、食事も取って布団に入った、目を瞑れば一瞬でどこかに行ってしまいそうな勢いだ。
明日、もう一度あの部屋を捜索して、必ず石版の残り部分を見つけなくてはならない、それに成功すれば万事上手くいったも同然だ……




