293 ある意味では強敵です
「良いか、ここを開けたらとんでもない奴が出て来るのは間違いない、強くはないと思うが、用心しておくように」
全員で武器を構え、金の鍵を使ってダンジョンボスの部屋の扉を解錠する。
これが最後のダンジョンボス、そして面倒な洞窟ダンジョンとも今日でオサラバだ。
だが、この最後のボスこそが最も厄介なのである。
正直に言おう、この後に待ち構えている大魔将よりもこちらの方がイヤだ。
だって体教だしな、そしてどう考えてもこの部屋、体育教官室だしな……あぁ、やっぱ入りたくないぜ……
「ちょっと勇者様、何を固まっているんですか? 入らないなら私が先に行きますよ」
「おう、じゃあミラに任せた」
扉に手を掛け、ズンズン中に入っていってしまうミラ、この世界には中学も高校も無いからな、きっとこの部屋や中に居るであろう体教に対しての苦手意識などないのであろう。
ミラに続き、俺達も部屋に入る、今まで居た体育館風の広間と比べると随分ちゃちな部屋だ。
そしてその中央に……出た、ジャージを着込み、手には竹刀、いや木刀のようなものを持った髭の濃いおっさん魔族である。
『キサマラァァァッ! ここをどこだと思っているんだ、入って来るときの一言すらないとは何事だっ!』
「勇者様、変なおっさんが吠えているんですが、殺して良いですか?」
「……構わんよ、というか出来ればさっさとそうして頂けると大変に有り難い」
ビビッているのは俺だけのようだ、他のメンバーにはこのおっさんが、ただの弱っちい上級魔族にしか見えていないようである。
と、そこで体教がズイッと前に出る、しかもミラのスカートを掴み、捲り上げたではないか!
「きゃっ! 何するのこのおっさんは!? イヤッ、変態!」
『貴様、スカートが短いんだよっ! しかも何だその下着はっ! 没収してやる!』
「いやぁぁぁっ!」
抵抗するミラ、だがなぜか攻撃が当たってもダンジョンボスにダメージが入らない。
たまたまか? いや、そんなことはないように見えるのだが……しばらく様子を見よう。
結局、ミラはスカートを奪われてしまったものの、どうにかパンツだけは死守することに成功したようだ。
しかしこのダンジョンボス、いきなりとんでもないことをしやがる……
「ねぇ勇者様、アレは一体何なの? どうして雑魚の癖にあんなに態度が大きいわけ?」
「ああ、アレは旧タイプの体育教師だ、自分よりも立場の弱い者を痛め付けることを生業とし、それを誇りにさえ思っているゴミクズ野郎さ」
「……最低じゃないの、さっさと殺しましょ!」
「いや、そうもいかないみたいだぞ……」
先程からスカートを取り返そうと必死で攻撃するミラ、だがその剣撃は全て、ダンジョンボスの手前で弾かれてしまっているのであった。
余裕の表情でミラのスカートを持ち上げ、届かない位置でヒラヒラさせるダンジョンボス。
最低の野郎だ、今すぐにでもぶっ殺してやりたいところだが、攻撃が当たらない秘密を解き明かさねばならない。
ミラだけでなく、俺と精霊様を除く全員がダンジョンボスに攻撃を仕掛ける。
だがどれも結果は同じだ、直撃する寸前で弾かれ、ダメージを与えることが出来ない。
『グハハハッ! 貴様等の攻撃などこの俺様に通用するわけがなかろう、ではこちらの番だ、そこの狼っ、覚悟しろぉぉぉっ!』
「私ですか? あっ、ひょいっと」
『避けるとは何事だぁぁぁっ! 貴様のような奴には罰が必要だ! 次は避けるんじゃないぞっ!』
「あ、はい……よいしょっ」
『・・・・・・・・・・』
木刀のようなものを使ったダンジョンボスの攻撃、その攻撃を1度目はひらりと回避し、避けるなと言われた2度目は指先1本でちょんっと止めるカレン。
こちらの攻撃はまるで当たらないものの、相手の力自体はてんで弱っちいらしい。
このままだとどちらもノーダメージのお寒い泥仕合になってしまいそうだ……
『ぐぬぬ……貴様はもう良い、今度はそっちのウサギだ! 精神注入を喰らえっ!』
「きゃんっ! 全然痛くないわね……」
『・・・・・・・・・・』
今度はマーサに木刀を振り下ろすダンジョンボス、だが効くはずもない。
お前なんかとマーサでは、同じ上級魔族の中でもその実力に雲泥の差があるのだ。
「精霊様、アイツに攻撃が当たらないの、どう思う?」
「そうね、奴は自分の方がこちらよりも立場が上だと信じているわ、それによって下の者からの反抗を一切受け付けない効果を生み出している……そんなところかしらね」
「つまりさ、アイツに自分が格下であることを思い知らせれば良いんだな?」
「ええ、そうすれば強力な自己暗示が解けて、ただの雑魚魔族に戻ると思うわよ」
ダンジョンボスがああいう態度を取り、俺達に対して暴行を加えようとするのは、自分の立場が上だと信じているから。
さらにそこから生じる自己暗示効果でこちらの攻撃も受け付けないと……
きっと反抗する奴は許さない、自分が正しい、下の者には何をしても構わない、そう思っているのであろう。
まんま旧時代の体育教師だ、本当に死ねば良いのに、というか殺したい。
しかしこのゴミクズクソ野朗に、どうやって自分が救い難い雑魚キャラであることを思い知らせるか? それが課題だ。
おそらく頭が悪すぎて口で言っても何も理解しないであろう、まぁ、まともに言葉を発することが出来ているだけでも、このタイプの輩にしてはかなり優秀なのだが。
「皆、集合してくれ、ちょっと相談しようぜ、あ、ミラは戦っていて良いぞ」
「当たり前です! 早くスカートを取り返さないと汚れが酷くなってしまいますから」
未だにスカートを取り返せず、パンツ丸出しで戦っているミラ。
攻撃してもダメージが入らないうえ、下手に引っ張ったりすると破れてしまうなどの被害が生じる可能性もある、それゆえ迂闊に手を出せないようだ。
そしてその奪還作戦を放置し、パンツ丸出し状態で、しかも大事なスカートが敵の汚い手に握られたままこちらに来いというのはさすがにかわいそうである。
よってここは敵を抑えるのをミラに任せ、他のメンバーで討伐のための有効な手立てを探るべく、作戦会議を開催することとした。
丸くなって床に座り込んだ俺達に、ダンジョンボスの視線が飛んで来る……
『おい貴様等! 誰が座って良いと言った?』
「うっせぇハゲ、てめぇ如きの許可なんて一切必要ねぇんだよこのハゲッ! ハゲッ! ハゲェェェッ!」
体育教師に向かって思い切り粋がってみる、この世界に来る前の俺であれば到底出来なかったこと、出来たとしてもこの時点で既にボッコボコにされているはずだ。
しかし今の俺は違うのだ、もう最強クラスの力を持つ異世界勇者様なのである。
そしてこの世界には、マラソン大会をサボっただけでビンタしてきたあの馬鹿も、サンダルで登校したぐらいで全力ボディブローを決めてきたあのクズも存在しないのだ。
今なら勝てる、この恐怖の体育教師風ダンジョンボス、それよりも俺の方が強く、賢く、そして正義であることは疑う余地もない……
「よし、あのゴミ野朗はミラに任せて、どうにかしてどちらの立場が上か知らしめるための作戦を立てよう、何か意見がある者は……はい、カレンさん」
「ガンガン攻撃させて、誰にも効かないのをわからせれば良いと思います!」
「う~ん、なかなか良い案ね、でもカレンちゃん、こっちの攻撃が効かないのも敵は知っていて、むしろそれに基づいて自分が上位者であると認識している節があるの、ここはどうにかして攻撃を通す、それを目的とした行動を取るべきだわ、わかる?」
「……全然わかりません」
精霊様の言うことは真であろう、だが首を傾げているのが2人、最初の発言者であるカレン、そして同等のお馬鹿であるマーサだ。
「精霊様、カレンやマーサにもわかるように簡潔な説明を頼む」
「そうね、じゃあ簡単に、とにかく相手に攻撃を当てて、ダメージを喰らわせないとダメだと思うわ」
『ほぇ~、なるほど、そういうことか……』
カレンもマーサも理解したようだ、そして、おそらく最初の説明で理解したフリをして誤魔化していたのであろうセラ、ルビア、マリエルもウンウンと頷く。
「で、具体的にはどうしたら良いんだ?」
「それは今から考えるのよ、でも1つ案があるわ、私達が直接攻撃するんじゃなくて、ちょっとした罠を作ってそこからダメージを入れるの」
「なるほど、強力な罠であれば奴にも十分ダメージは入るだろうしな、しかも俺達が攻撃したと認識出来なければ、あの自己暗示バリアも貫通するはずだ」
早速それに応じた作戦を立ててみる、まずはカレンとリリィが大好きな落とし穴からだ。
部屋の隅の床を勝手に破壊し、そこに必死で穴を掘る2人、ダンジョンボスは馬鹿すぎてそれに気付いていない。
あっという間に完成した落とし穴、深さは2m程度だが、奴の体をすっぽり中に収めるには十分だ。
ミラに目配せで合図し、敵をこちらへ誘導するように仕向ける……
『えぇいっ! ちょこまかと鬱陶しいガキめ! このスカートは没収したものだ、絶対に返さないぞ!』
「あら、パンツも没収するんではなかったんですか? 私はまだそれを穿いていますよ、早く取り上げたらどうです?」
『ガキの分際で舐め腐りおって! 待て、おいコラ待て……あっ!』
あっさり落とし穴に嵌るダンジョンボス、普通の視界であれば用意に回避出来たはずなのに、やはり旧時代の体育教師は知能の低いクソだな。
で、その大馬鹿者が穴に落ちたことにより、ミラのスカートは奪還するのにちょうど良い位置に来た。
その場で屈み、ダンジョンボスの手からそれを奪い返すミラ、良く確認し、セラに渡してしまったではないか。
「何だミラ、穿かないのか?」
「ええ、やっぱりあの薄汚いおっさんの指紋が付いていましたから、持って帰って清潔にしてからでないと、お尻が汚れてしまいます」
そういうことなら仕方が無い、しばらくパンツ丸出しで戦うミラをじっくりと、舐めるように拝見させて頂くとしよう。
幸いにもこの部屋は何かやらかしても分銅が落ちて来ることはないようだし、やりたい放題だぜ。
動く度にプリンプリンと上下に揺れるミラの尻を眺め、幸せな気分に浸る。
だがその時間もすぐに終わりを告げた、鬱陶しい馬鹿の野太い声によって……
『コラァァァッ! どうしてこんな所に穴が空いているのだ!? まさか貴様等がこの悪戯をやったのかっ?』
「知らねぇよ、てめぇが馬鹿だから床板も嫌気が差してどっかに行ってしまったんじゃないのか?」
『何だとっ! 貴様、またしても俺様に向かって反抗的な言葉を吐くとは、覚悟は出来ているんだろうな?』
「覚悟? てめぇこそどうなんだよ、そろそろ浸水してくる頃じゃないのかな?」
穴に嵌ったまま、その穴が体に対してピッタリサイズであるがゆえ、未だに抜け出すことが出来ないダンジョンボス。
その頭にツツッと水が垂れる、精霊様が見えない位置から水を出し、落とし穴へと送っているのだ。
このままであれば、そう時間を待たずに穴が水没する、もちろんダンジョンボスを飲み込んだまま……
『げぇぇぇっ! どうして水が!? クソッ、業者が杜撰な工事をしやがったのか、許さんぞ!』
「じゃあそういうことで、俺達にてめぇ如きを助ける義理はないからな、そこでゆっくり溺れ死ぬのを眺めさせて貰うよ」
『待て、俺様を助けないとは何事だ? 貴様等のような下の者は、俺様のような上位者を命がけで助け、そのすべての言葉に従うことが唯一の喜びである、それがわからんのか?』
「そんなもんわかるかボケ、こういうときはだな、死にたくないので助けて下さいお願いします、だろ、それがわからんのか?」
『・・・・・・・・・・』
徐々に落とし穴の中へと流れ込んでいく水、既にダンジョンボスの膝程度の高さまで水位が上がっているようだ。
もちろん未だに命乞いはしてこない、コイツ、本当に俺達が心を入れ替えて助け出してくれることに期待しているらしいな。
だがその希望が絶望に変わるときはもうすぐ、あと10分もしないうちに訪れるであろう。
チョロチョロと、まるで水道を確実に締めなかったかの如く流れる水、恐怖を煽るには十分な演出だ。
その後もやいのやいのと喚き散らすダンジョンボスであったが、俺達は一切それに答えず、ただ蔑むような笑みを浮かべて水位が上がっていくのを見守った。
徐々に馬鹿の顔色が変わってきた、次第に口数も減り、額には冷や汗が光っている。
そろそろ限界か? 試しに聖棒で突いてみたが、俯き、何か言葉を発しようとしたのを堪えるだけで、たいして面白い反応は得られなかった。
『た……助けないと後悔するぞ、何といってもこの俺様は、この先の城に居る大魔将にすらも指導することがあるんだからな』
「だからどうした? てかさ、俺達はその大魔将を討伐しに来たの、で、その前にてめぇをどうにかしてやる必要があるの、だから助けない、そのまま溺れ死ね」
『そ……そんな……わかった、では助けてくれたらこれまでの反抗的な態度に関しては見逃してやろう、この先ずっと言うことを聞くというのならばな』
まだ心が折れないようだ、とりあえず無視しておいたが、この期に及んで助かるつもりでいるらしい。
普通に考えれば、俺達が先に進むための条件として、コイツの死というものがあることに気が付くはずなのにな……
それからしばらく沈黙が続く、現在の水位はダンジョンボスの胸の辺り、そろそろヤバいんじゃないか? 顔面蒼白だし、時折助けを請う言葉を吐き出そうとして、それを必死で飲み込んでいる状況だ。
「お~い、そろそろ命乞いをしたらどうだ? 助けて欲しい旨、それから俺達の方が立場が上であることを認めれば考えてやらんこともないぞ」
『……た……助けてくれ』
「何? 声が小さくて聞こえないんだが、もっと大きな声でハキハキ喋るべきだと思うんだよ、それが出来ないなら死んだ方がマシだろう?」
『助けてくれ! わかったから、もう貴様等には指1本触れないと約束しよう!』
「何だその態度は? あ~あ、せっかく助けてやろうと思ったのに、それじゃあなぁ~、ほら、首元まで水が来たぞ、どうするんだ?」
『うぐぐっ……もう皆様に逆らうようなことは致しません、お願いですから助けて下さい……』
その瞬間、ダンジョンボスの体の周囲で何かが弾け飛んだ。
薄い皮膜のようなものであったが、それの正体がわかっているのはサリナと精霊様だけのようである。
「何だ今の? あれが自己暗示の効果をもたらしていたのか?」
「ええ、おそらく幻術の類かと、しかもかなり強力なものです」
「ちょっと……コイツが自分で掛けたものとは思えないわね……きっと大魔将がコイツのために使った術よ」
そういうことか、先程この馬鹿は『大魔将にも指導することがある』というようなことを言っていたな。
つまり、コイツが何者よりも上位者であるとの自己認識は、大魔将が下手に出て、その間に暗示というか幻術というか、そういったものを掛けて作り出した錯覚なのであろう。
そして頭の悪いこのダンジョンボスはそれを信じ込み、絶大な効果を発揮させていたというわけか。
全く厄介なことをしやがる、大魔将に会ったら苦情を言ってやるべきだな。
『おい、おいっ! 早く助けてくれ、じゃないと沈んで……ガボガボッ……』
「しょうがない奴だな、カレン、一旦そいつを引き揚げるんだ」
「は~い、よいしょっと」
カレンが爪武器をダンジョンボスの襟に引っ掛け、そのまま落とし穴から引っ張り上げる。
爪の先端が背中に突き刺さり、血が出ているのが見えた、ダメージが入るようになったらしいな……
さて、制裁の時間だ、水を飲み、息を荒くしながらむせるダンジョンボスを床に転がし、その周囲を全員で囲みこんだ。
「おいてめぇ、ここまで散々調子に乗ってくれたな、ちなみにお礼参りって知ってる?」
『し……知らない……何をするつもりだ?』
「ぶっ殺すに決まってんだろ! 皆、ボッコボコにして跡形もなく消し去ってやれ!」
『ぎぇぇぇっ!』
武器を構えた俺達は、一斉にそれをダンジョンボスの頭、背中、脚などに振り下ろす。
ちなみに全員物理攻撃だ、セラは杖で、武器を持たないメンバーは精霊様特製の釘バットで戦闘、いや虐殺に参加した。
日頃から鍛えているのか、なかなかタフなようだ。
だが徐々に弱っていったダンジョンボス、もうあと一撃加えれば絶命するな……
「すまん皆、最後の一撃は俺にやらせてくれ」
「良いわよ、コイツにどんな恨みがあるのかは知らないけど、好きにしなさい」
「ありがとう……おいてめぇっ! ここであったが100年目、本人じゃないけど積年の恨み、晴らさせて貰うぞ、死ねぇぇぇっ!」
『ぎょべぇぇぇっ! ふべぽっ……』
死にやがった、殺ったぞ、俺は遂に体教を殺ったのだ!
なんと晴れやかな気分だ、惜しむらくは本物、俺の居た世界での古めかしいそれをぶっ殺したかったのだが、残念ながら現実的には異世界でしか成し遂げられないものだ。
だが俺のこの行動が、自分より弱いものに対して理不尽な暴力ばかり振るう連中に……やめよう、おれ自身のことを言っているみたいになってしまったではないか……
そこへ、天井から宝箱が3つ降りて来た、まずはミスリルの鍵を確保し、残りの2つを開ける。
1つはボールらしきもの、カレンに投げ付けてやると、ワンワン言いながら転がし、終いには破壊してしまった。
もう1つは砲丸か、10kgはあるな、嫌がらせとしてセラのバッグに入れておこう。
さて、これで最後のダンジョンボス討伐も終わりだ、引き続き、最後の大魔将を張り倒すべく、明日以降の探索も気張っていかないとな。
苦手意識のあった体教をフルボッコにし、殺害したことで晴れやかな気持ちのままダンジョンを後にする。
この数日後、更なる苦手キャラに遭遇するとは露知らず……




