290 廊下ではどうすべきか
「着きましたよ~っ! 馬車を降りて下さ~い」
馬車を降り、コテージに荷物を運び込む。
前回の大魔将討伐から1週間も経たずに戻って来てしまった。
今回戦うのは8体構成であった大魔将のうち最後の1体、これを討伐してしまえば、次はまだ見ぬ四天王との戦いに移行することとなる。
「ユリナ、エリナに手紙を書いて送っておけ、明日には最後の大魔将の島へ行くと伝えるんだ」
「わかりましたの、マリエルちゃんに伝書鳩の凄いのを借りれば今日中に届けておくことが出来ますわ」
「じゃあ頼んだ、こっちは夕飯の準備に取り掛かろう」
今回は特にこれといって持って行くべきものはない、普通に回復系のアイテムと食糧があれば十分だ。
もちろん途中で必要であることが発覚するものもあるかもだが、とりあえずは島へ行ってから判断しよう。
「ねぇ勇者様、今回の敵は真面目腐った奴って言ってたけど、一体どんな感じなのかしら?」
「そうだな、きっとこんな奴、またはこんな奴だろ」
ミラとジェシカを交互に指差す、ミラは金目のものに目がなく、変態であること以外は真面目、ジェシカはドアホで変態であること以外は真面目だ、2人共賢いのである。
しかし学級委員長タイプだということだし、どちらかといえばジェシカ寄りの真面目さであるに違いない。
堅物で曲がったことを嫌うのは間違いないであろうな……
「とにかく主殿、今回はその真面目な敵に対して、主殿が馬鹿をやって挑発する作戦を取る、そういうことだろう?」
「まぁ俺ばっかじゃなくて挑発行為は全員でやるんだがな、しかしわざと馬鹿なことをやるのは大変そうだ……」
「いや、主殿はそのまま、素でいけば大丈夫だ、日頃の行いからして十分に馬鹿と認められるものだぞ、もう普通に馬鹿だ、何よりも馬鹿だ、大馬鹿者だ」
「何だとジェシカ! 舐めやがって、てめぇはお仕置きだっ!」
「ひぃぃぃっ! 脇腹を掴むのはやめてくれっ!」
ジェシカのシャツの中に手を突っ込み、脇腹を直で掴んでやる。
見た目ではわからなかったが、最近また油断しているようだ、プニップニだぞ!
遊んでないで早く火を熾せとミラに怒られ、手紙をしたためているから邪魔をするなとユリナに怒られ、やかましい奴は殴るぞと精霊様に脅されてしまった。
仕方が無いので外のバーベキューコンロに火を点けに行く、炭を入れるなどといった手の汚れる作業は調子に乗ったジェシカに罰としてやらせよう。
ジェシカがその作業で汚した手を俺の背中で拭っているとは露知らず、小さな火種を必死になって扇ぎ、湿気りかかった炭をようやくおき火で安定させる。
このコテージで食事を取るのもあと何回あるのか、もちろん大魔将の討伐が終わった後も定期的に遊びに来たいとは思うが、それでもこんな風に日常的な生活をするために滞在することはなくなるのであろう。
何だか寂しいような気もするが、今は冒険を先に進め、さらに追っている謎を解明することに尽力すべきときなのだ。
食事の準備を終え、コンロで海産物を色々と焼き、それを夕食とする。
風呂にも入り、翌日は朝早くから大魔将の島を目指すことを確認して布団に入った……
※※※
翌日、船に乗った俺達は3時間程波に揺られ、ようやく目的の島が確認出来る位置まで来た。
「見て下さいご主人様、島の真ん中に変な建物がありますよ」
「変な建物って、まぁこの世界の住人にとってはそう感じるのか……」
校舎である、島の真ん中に聳え立つ城は、どこからどう見ても少し古めの学校といった感じ。
灰色の四角い建物には窓が並び、中央の上部には時計……いや、そこは砂時計なのか……
しばらくすると桟橋に到着する、そこにはエリナの姿が確認出来た、やけに荷物が多いようだが、何を持って来たというのだ?
「おはようございます皆さん、いよいよ最後の戦いですね」
「おう、ところでエリナ、何だその荷物は? キャリーバッグはともかく、どうして衣装ケースまで持っているんだ?」
「もう住まいを引き払ってきたんです、この戦いが終わったらどうせ勇者さんに捕まってしまうんですし、家賃がもったいないですから」
「……気が早いだろ、というか魔王軍の構成員の分際で大魔将側が勝つことは想定していないのか」
「う~ん、何かもう流れ的に無理な気がするんですよね、ということで今日からよろしくお願いします」
などと言いながら荷物を持ち上げ、まだ桟橋に居たドレドの船にそれを積み込み始めるエリナ。
アパートを引き払ってしまった以上住む所がなく、俺達のコテージで厄介になろうということらしい。
非常に迷惑なのだが、いくらなんでもその辺で野宿しておけというのはかわいそうだ。
どうせもうしばらくしたら捕まえて連れ帰ることになるんだし、泊まらせてやることとしよう。
「よしっ! これで完了です」
「じゃあさっさと行くぞ、時間が惜しいからな」
「ではダンジョンに入りたいと思います、付いて来て下さい」
エリナが荷物を搬入し終えるのを待ち、いよいよ洞窟ダンジョンの探索へと出発する。
というか今回は島の中央に見える城がやけに近い、というか島が他の大魔将のものと比較してかなり小さいようだ。
これなら洞窟ダンジョン自体も短く、単純な構造になっているに違いない。
中ボスとダンジョンボスさえ倒せば、その先も校舎という比較的行動し易そうな建物だしな。
前回の瘴気に包まれた城と比べると天国のような場所だ……
「あっ、思い出したわ、皆ダンジョンに入る前に変身を済ませるのよ」
「変身? おい精霊様、もしかして俺にまで魔法少女みたいなコスプレを強要するわけじゃないよな?」
「当たり前よ、今回はルール違反の常習者イメージでいくって決めたじゃないの、だからこれに着替えるの」
精霊様がどこからともなく取り出した巨大な木箱、蓋を開けると、中には『ヤンキー・暴走族変身セット』が大量に詰め込まれていた。
リーゼントやアイパーみたいな髪型のズラも入っている、量販店のパーティーグッズコーナーにありそうな代物であるが、これは全て精霊様の真心が篭った一点モノであるとのことだ。
よし、俺はこの『全國制覇』と書かれた特攻服をチョイスしよう、というかサイズが合うのがこれしかない。
次にズラだな……と思ったら皆ズラの方からわれ先にと選んでいやがる。
ちょっと気になっていたオールバックのズラはルビアに取られてしまった。
最も主張が強いと思われるフランスパンみたいなリーゼントもマリエルに奪われてしまったし、残っているのは……
「あんたズラはどうするの? もうバーコードと落ち武者、あとはザビ○ルしか残っていないわよ」
「ハゲばっかじゃねぇか! とりあえずバーコードにするんで髭メガネも支給して下さい」
クソッ、俺だけ暴走族と支店長のハイブリッドみたいになってしまったではないか。
この格好で夜間出歩いていたら、補導どころか署までご同行である、最悪その場で即決処刑されるかも知れん。
無様な格好にショックを受けている俺を放置し、精霊様から釘バットを配布された他のメンバーは、洞窟の入口へ向かって歩き出していた。
拙い、奴等そのまま黙って入って行くつもりだ、そんなんじゃ舐められるに決まっているじゃないか。
「ちょっと待てっ! こういう格好で教育施設に入るときには作法ってもんがあるんだ」
「作法? たのも~っ! みたいなのかしら? そもそもこれ、教育施設じゃなくて敵の要塞なのよ」
「何だって良いんだよ、とにかく俺に任せろ」
そう言って皆の前に出る、洞窟ダンジョンの入口に立ち、1歩前へ踏み出す……
「オラオラッ! お礼参りじゃぁぁぁっ!」
「……勇者様は何をやっているの?」
おそらくこういうタイプのヤンキーは既に絶滅したはずだ、だが俺はあえて異世界でそれを蘇らせ、この地で再び覇権を握らせようとしているのであった。
と、そんなことはもうどうでも良い、1回やったからもうスッキリしたのだ。
ここからはダンジョン内の状況を把握していくことに努めよう。
まず、入ってすぐに気になるのは床である、洞窟ダンジョン内の床は、これが学校の廊下だと言っても誰も疑わないレベルの良く出来た見た目。
だが問題が1つある、その床が動いているのだ。
動く歩道の如く、出口に向かってゆっくりと……
「これはどうするべきなんだ? 普通に進んで行って良いのか?」
「途中で立ち止まると戻されちゃうわね、どこかに休息スペースがあれば良いんだけど」
「ご主人様、とにかく走りましょう!」
「いや走るのは疲れるから……おいカレン、話し聞いてる?」
自己都合的な懸念事項を口にする俺をフル無視し、ダッと走り出してしまったカレン、それに他のメンバーも続く。
仕方が無いから付いて行こう、そしてあっという間に取り残される、足の遅い俺とルビア。
というか進んでいない、走っても走っても、一向に入口から前に進むことが出来ない。
最初に走り出したカレンも徐々に押し戻されてこちらに来る、他の前衛組もだ。
しかしここで1つ新たな発見があった、不思議なことに、一番足の速いマーサと、装備が重たいジェシカの戻されるスピードが同じなのである。
足を前へ出すスピード、身長差による歩幅の差、そして地面を後ろに蹴る力、どれを取って見ても、明らかにマーサがダントツだ。
なのにどうして同じスピードで戻されて来るのだ? もはや空間が歪んでいるとしか思えないぞ。
「あら~、皆戻って来ちゃったみたいね」
「おかしいですよ、最初は進んだのに、すぐに床が動くスピードが上がったんです」
「しかも物理法則とか完全に蹴ったような戻され方だからな……何か仕掛けを解かないと先へ進めないとかそういうタイプなのか?」
「でも見た感じは床が動いているだけよね、ちょっと私が飛んで行ってみるわ」
そう言って飛び立ち、動く床に足を付けずに廊下を進んで行く精霊様。
だがしばらく進んだ所で、天井から巨大なハエ叩きがビヨンッと現れ、それを叩き落としてしまった。
しばらく待つと、顔にアミアミの痕がくっきりと残った精霊様が、動く床に流されて戻って来る。
無様な姿だな、そうだ、セラの杖はカメラ付きだったから写真を残しておくこととしよう。
「飛んで行ってもダメか、じゃあ次はどうしようかって話だな……」
「ご主人様、私が壁を使って走ってみます」
「よしカレン、やってみるんだ」
トントンと軽く2度ジャンプし、3度目で一気に右側の壁に飛びかかるカレン。
その壁を力強く蹴り、今度は左へ、そしてまた右へと繰り返しながら進んで行く。
が、しばらく行った所でまたしてもハエ叩き、今度は壁から現れ、ちょうど壁を蹴って空中に居たため、身動きが取れなかったカレンを簡単に叩き落としてしまう。
顔にアミアミの痕が付いたカレンが流れて来る、はい、お疲れさまでした。
空中もダメ、壁を蹴って移動するのもダメときた、お次は全員で走り、戻され始めたところでマーサだけがダッシュを掛け、一気に駆け抜ける作戦だ。
別にマーサだけがこの廊下を抜けられたとしても、それに特段の意味はないと思うのだが、何だか盛り上がってしまっているため言い出し辛く、俺も作戦に参加することとなった。
「じゃあ行くわよっ!」
マーサの合図で一斉に走り出す俺達、ジョギングよりも少し速いペースで、集団を崩さないようにして廊下を進む。
まるでマラソン大会のときのやる気がないグループの如くだ、一緒に走ろうね、を再現した状態である。だがこういう場合、必ず1人は裏切り者が出る、今回はその役目をマーサが担うのだ。
「あ、戻されて来たわね……じゃあいってきますっ!」
「おう、まぁぼちぼち頑張れよ」
一気にスピードを上げるマーサ、一瞬でトップスピードに達し、あっという間に俺達との距離を100m程に……と、今は90m、80m……もう70mぐらいか。
結局戻されてしまうマーサ、かなり速く走っているはずなのだが、やはり徐々に俺達の所へ近付いて来る。
そのまま合流し、最後は全員揃って仲良くフィニッシュを決めた、スタート地点にだが……
「はぁ~っ、無駄に疲れたぜ、てかダメじゃんこれ、おいエリナ、どうすれば先へ進めるんだよ?」
「それは自分達で解決して下さいよ、前回みたいに不当に前へ進めない仕掛けが施されているわけじゃありませんから」
「チッ、シケてやがんな、とにかく何か仕掛けがないか探そうか」
入口付近の床、壁、天井などを隈なく探す、いつもならどこかに装置を起動させるための何かがあったりするはずだ。
魔王軍、というよりもこの世界の連中はそういった重要なものを隠すのに、かなり適当なことをする場合が大半だ、隠蔽工作をしたとしてもかなり杜撰であることが多い。
ゆえに存在していればすぐに発見出来るはずだ、存在していれば……
「全然見つからないわね、もしかしてこの廊下の奥に魔導装置とかがあるんじゃないかしら、それかダンジョンボス辺りが何かやっているとか」
「かも知れないが、そうすると解決策が見つからないだろう、行けないなんてことはエリナの態度を見る限りでも絶対にないはずだからな」
「そうね、ちょっと座って考えましょうか」
1歩も進む前に休憩である、適当にシートを敷き、その上で持って来ていた携帯食を齧る。
そこで何か良い案を出してくる者は当然に居ない。
仕方ないので俺1人で対策を考えてみることとしよう。
洞窟の入口、そこから続く学校のごとき廊下を眺める、走っても走っても戻されてしまうその廊下……待てよ、これは普通の廊下ではなく学校の廊下をモチーフにしたものなのか……
「どうしたの勇者様? 難しい顔しちゃって」
「いや、少し気になることがあってな、食べ終わったらすぐに行くぞ、試してみたい作戦が出来た」
「あら、自信がありそうな感じね」
「ああ、これはおそらく正解だ、皆は俺に付いて来てくれ」
立ち上がり、再び洞窟ダンジョンの入口へと歩みを進める、というかそのまま歩きで洞窟の中に入った。
歩く、歩く、床は動いているものの、俺達の前進を打ち消す程のスピードにはならない。
そのまましばらく進んで行くと、引き戸の付いた突き当たりに到着する。
それを開けて中へ入る……ここは床が動いたりしないようだ……
「あっさりクリア出来てしまったな、主殿、これはどういうことなんだ?」
「簡単さ、ここは学校とか学院とかその類、そして今通って来たのは廊下だ、つまり、『廊下を走ってはいけません』ということなんだよ」
もちろん飛んだり壁を蹴って進むのも禁止のはずだ、走るよりも遥かに危険な行為だからな。
しかしこれで察することが出来た、俺は特攻服を脱ぎ捨て、バーコードズラと髭メガネも外して捨てる。
皆も気が付いたようだ、『ヤンキー・暴走族変身セット』はもはやゴミになってしまった。
ここではルール違反が出来ない、いや、正確に言うと出来ることは出来るのだが、ごく一般的なルールに従わない場合には一切先へ進むことが出来ない仕様となっているのだ。
「残念ながら当初の作戦は失敗だ、ここからは誰もが守るべき、当たり前のルールに違反しないように進んで行こう」
新たな作戦を確認し、反対側の扉を開けて洞窟ダンジョンの奥を目指す。
また動く廊下だ、走らないよう気を付けながら前に進むと、途中に何やら箱のようなものがある。
「あらっ、ゴミ箱って書いてありますね、ちょうど良いから魔法薬の空き瓶を捨てておきます」
「待てルビア! そっちは瓶じゃなくて缶……あっ、うわぁぁぁっ!」
突如高速で動き出す廊下、戻される俺達、そのまま流され、先程まで居た部屋に戻ってしまったではないか、ルビアがゴミをしっかり分別しなかったせいだ……
「全く、次何かやったら承知しないからな」
「ごめんなさ~い」
気を取り直してもう一度廊下に出る、しばらく歩いて行くと、次の引き戸が見えてきた。
あそこまで到達してしまえばそれ以上戻されることがなくなるはず、このまま進んで行こう。
そう思った矢先、またしても廊下が動き、俺達は元居た部屋に戻されてしまった。
原因は……干し肉を齧っているカレンに違いない。
「こらカレン、早弁してんじゃねぇっ!」
「うぅ……さっきちょっと食べたら余計にお腹が減って……」
「しょうがない奴だな、ほら、さっさと食べて先を急ぐぞ」
その後、リリィがうっかり走ったり、精霊様が水筒の中に隠し持っていた酒を飲んだりといったルール違反を繰り返し、時間だけがあっという間に過ぎていく。
ダメだ、俺達勇者パーティーにはまともにルールを守ろうとしない輩が多すぎる。
特に問題行動が多いのはルビアとユリナサリナ、そして精霊様だ。
ユリナとサリナに関しては、悪い事をするのが悪魔の本文である以上仕方が無いのだが、せめてあとの2人はどうにかして頂きたいところである。
最初のセーブポイントへ辿り着き、そこから洞窟ダンジョンの外へ転移したときには、既に日が沈みかけていた。
「エリナ、ちょっとダンジョンのマップを出してくれ」
「はいどうぞ、言っておきますが今日のペースだと、明日までに中ボスの部屋に辿り着くのは無理だと思いますよ」
「だろうな……まだ中ボス部屋まで4分の1ぐらいしか進んでないじゃないか……」
ルール違反4人衆を押さえ込むための有効な手立てを考えておかないとだ、そうしないといつまで経ってもこの洞窟を抜けることが出来ない。
ドレドの船が近付いて来る、そのことはコテージに帰ってからゆっくり考えるとしよう。
当たり前のように船に乗り込んで来たエリナに冷ややかな視線を送りつつ、トンビーオ村に戻る。
どうにかして明日中には中ボス部屋に辿り着きたいところだ……




