283 裏マップ
「行くぞっ! 一気に駆け抜けるんだ!」
「でも狭いからそんなに素早く動けないわよ」
「そうか、頭とかぶつけるとヤダからゆっくり行こうか」
昼食後、サリナの幻術を使って上空を舞う漆黒の鳥、つまり俺達が洞窟ダンジョンに入ったのを大魔将に知らせる役目の魔物を騙し、ずっとその場に留まっているように見せかけて入口を潜った。
洞窟の壁には耳のような魔導装置がいくつも設置されているというが、エリナ曰くそれは『俺達が洞窟へ入った』という報せを受けて初めて起動するものだという。
おそらく消費する魔力を抑えるためなのであろうが、壁の耳は現在スリープ状態、つまり俺達の位置を大魔将の所へ報せる役目は果たしていないのである。
「あっ! 見て見てっ、これが壁の耳じゃないですか?」
「本当だ、どこからどう見ても壁に耳だな、気持ち悪りぃ……てかリリィ、やたらとツンツンするんじゃないよ! 下手に触って起動したらどうするんだ?」
「きゃははっ、ごめんなさ~い!」
洞窟の壁から生えているのは人間のものにしか見えないレベルのリアルな耳、ちなみに大きさも人間と同等である。
あまりにも気持ち悪いので見つけ次第全て潰してやりたいところであるが、余計なことはしない方が良い、無視してこのまま先へ進むこととしよう。
しばらく歩くとまた巨大なユムシ、良く見ると過去3回倒した分の汁が地面に飛び散ったまま、その上に新しい奴がポップしている。
気が付くと真っ暗、ライト係のユリナをはじめ、パーティーメンバーは全員、当たり前のように俺を残して後退しているのであった。
息を吸う、呼吸を止める、目を瞑って聖棒を突き出し、一気にその薄気味悪いバケモノの体を突き破る。
これで4度目だ、もう勘弁して頂きたいところだぞ……
最初の広間、そして次の広間と順調に進んで行く俺達、初めて到達した4つ目の広間にあったのは、どのダンジョンでのお馴染みのセーブポイント。
「エリナ、これを使えば他のダンジョンと同様に出入り口と行き来出来るようになるんだよな?」
「もちろんです、何度でも、無料でここに戻ってくることが出来る、そういうルールですから」
「となるとこれより手前はもう完全にクリアということか、不正遠隔操作さえ喰らわなければ楽勝なんだな」
「あら、でも勇者さん、中ボスと戦うためにはまず銀の鍵を手に入れることが必要なんですよ、お忘れではありませんよね?」
「……おい、ちょっと地図を寄越せ、ほんの少し見るだけだから金は払わん」
再びエリナからダンジョンのマップを強奪する。
それを確認すると、まず出入り口が1つ、広間がダンジョンボスや中ボスが居ると思われる場所を含めて全部で13、8つ目が中ボス、最後の13か所目がダンジョンボスのはずだ。
で、もう一度考えてみよう、先程エリナから受け取った確率表を取り出す。
沼に嵌った際の転移先は全部で15ヶ所……1ヵ所多い、いや、このマップに記載されている広間が1ヵ所少ないのだ。
つまりはどこかに未記載の、未知の広間が隠されているということになる。
良く考えればダンジョンで使う3つの鍵のうち、金の鍵は中ボスから、そして最後の扉を開けるミスリルの鍵はダンジョンボスを討伐した際に入手する仕組みだ。
しかし中ボスにチャレンジするための鍵、つまり銀の鍵はその手前のどこかで、何らかの事象と共に手に入るのが常であった。
それが今回ののダンジョンでは未知の広間、沼に嵌って転移することでしか到達し得ないどこかに隠されている、その可能性が高い。
だがその『沼に嵌っての転移』そのものが大魔将による不正のツールと化しているのが現状である、俺達は何度沼に沈もうとも、洞窟ダンジョンの入口以外に転移することは出来ないのだ。
「ねぇ勇者様、もしかしてこれって……」
「ああ、俺達はもう詰んでいる」
「じゃあどうするの?」
「今日はこの辺で切り上げて、トンビーオ村に帰ってからゆっくり考えることとしよう」
最初のセーブポイントから転移し、洞窟ダンジョンの手前へと帰還する。
もはや幻術は意味がない、明日も同じことをするとして、今日のところは解除させておいた。
桟橋でではまた明日などと言いながら手を振るエリナ、その腕を掴んで引っ張り、縛り上げて船に乗せる。
トンビーオ村に着く頃には既に日が暮れかけていた……
※※※
「おかえりなさ~い、今日はハマグリと岩牡蠣が手に入りましたよ」
「よくやったアイリス、でもどこにあったんだそんなもの?」
「漁師さんが船で出て遠くから運んで来たらしいです、異常気象の影響外だった所で取れたものだそうですよ」
それは有り難いことだが、アイリスから手渡された領収書には普通の3倍から5倍程度の金額が記載されていた、貧乏な俺達にとってはかなりの痛手だ。
だが買って来てしまったものは仕方がない、この間女神から貰った醤油もあることだし、今日はバーベキューコンロを使って浜焼きといこう。
そのためにまずは炭火を準備せねば、ずっと洞窟内を魔法で照らし続けていたユリナは疲れてしまったというので、俺が地道に火を熾すことにした。
えぇ~っと火種は……そうだ、エリナからダンジョンのマップを奪って燃やしてしまおう。
上質な紙のようだし、きっと良く燃えるに違いない。
本日何度目か、エリナを襲撃してマップを奪う。
……ん? 裏面に小さく何かが書いてある、『ここから剥がして下さい』だそうだ。
どうやら紙が二重になっているようだ、これを剥がすと何かプレゼントに応募出来るのか?
剥がして下さいなどと言われれば剥がすしかない、マップの端っこに爪を引っ掛け、2枚重なった紙の片方をゆっくりと剥がす……何だこれは、表面とは違うマップが記載されているではないか……
プレゼントの応募でなかったのは非常に残念なことであるが、俺達の認識していた洞窟ダンジョンとは違う、というかそれより遥かに詳細なマップを見つけることが出来た。
これは即ち、あの不正に満ち溢れた洞窟ダンジョンを攻略するための鍵である。
「お~い、セラ、ちょっと来てくれ! エリナも引っ張って来るんだ!」
「どうしたの? 何か面白い虫でも見つけたのかしら?」
「違う、面白いマップを見つけたんだ、これを見ろ」
紙を剥がしたことによって下から出現した新たなマップ、それをセラに手渡す。
驚いた表情のセラ、無理もない、一本道と思われたあのダンジョンに無数の脇道が存在していることが記載されているのだから。
それを後ろで見ていたエリナもそれが何なのかに気付いたようだ、だがこちらは驚いた様子がない、つまりは最初からこれの存在を知っていたということだ。
今回に限りマップを有料にしようと企んだのも、この秘密に辿り着くことを容易ならざるものとする、というよりも、その攻略手段を得るまでにクリアすべきゲームを1つ増やすための魔王軍の計略なのであろう。
「さてエリナ、これを知っていて黙っていたのは重罪だぞ、覚悟は出来ているんだろうな?」
「え……だってそういう仕様で……」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさ~い……」
「よし、ちゃんと謝ったからご飯抜きの刑だけはナシにしてやろう、とりあえず夕食の準備を再開しようか」
別の燃料を探して火を熾す、もう見ていなくても良いかという感じになったところで順番に風呂へ入り、その後は久しぶりに手に入った海の幸を堪能した。
食後は先程発見した新たなマップをテーブルに広げ、全員揃って作戦会議を開始する……
「12、13、14……15! ここの脇道から行ける広間を合わせればきっちり15ヶ所ね」
「つまりこの正規ルートから外れた所に銀の鍵がある可能性が高い、そういうことだな」
本来であればランダムに転移し、その中で銀の鍵がある部屋に行き着くのを待つのが正攻法であるはずだ。
だが大魔将の不正によってそれは叶わない、何度転移しようが必ず洞窟ダンジョンの入口まで戻されてしまうためである。
この正規マップの紙を剥がして出てくる裏マップは、おそらく見つけたらラッキーぐらいのもので、本当に『裏』の攻略法と言っても良いものであるはず。
そもそもあの小さな『ここから剥がして下さい』など、暗く、明かりを照らしたとてまだ薄暗く、おまけに瘴気の立ち込める洞窟の中で発見するのは非常に困難だからな。
魔王軍としても、それの発見にはあまり期待しないで仕掛けたものである可能性は高いといえよう。
「じゃあ明日はこのマップを使ってもう1度探索のし直しだな、セラ、どういうルートで進むべきか考えておいてくれ」
「わかったわ、ミラも手伝ってちょうだい」
「あとユリナとサリナは1日ずっと魔法を使いっ放しで疲れただろう、ご褒美をやるから尻尾を出せ」
グッと高く突き上げられた尻が2つ並ぶ、ユリナは尻尾の付け根部分、サリナは先端部分を触ってやると喜ぶのは承知済みである。
2人の尻尾を両手に取ってクリクリしていると、脇でエリナが羨ましいと言わんばかりの表情をしてこちらを見ている。
「エリナ、お前もこっち来て尻を向けろ」
「えっ、良いんですか? えへへぇ~っ」
「ちなみにお前はご褒美じゃなくてお仕置きだからな、パンツを下ろして尻丸出しになっておけよ」
「……うぅ」
たちまち悲しい顔に変わり、尻を出して四つん這いになるエリナ、そのままユリナとサリナの間に割って入って来たため、時折どちらかの手を離して引っ叩いてやる。
「うぎゃっ! 痛いぃぃっ! もっと優しくして下さい……」
「我慢しろ、迷惑ばっかり掛けやがって」
「敵なんだから仕方ないじゃないですか~っ! あいてっ!」
その敵が頻繁に俺達の拠点に泊まりに来て、一緒に食卓を囲んで布団を敷いて寝ているのがおかしいと思わないのであろうか?
まぁ今日に関しては、こちらが一方的に捕らえて連れて来たのだから文句は言えないが、普段から敵の幹部クラスとは思えない程にフレンドリーであることは確かだ。
だがその不思議な関係ももうじき終わりを告げる、今回と、それから次の戦いが済んでしまえばエリナは案内役としての役目を果たす必要がなくなる。
そしたら完全に捕らえ、王都に連れ帰って良いように使ってやるのだ。
元々事務方みたいだし、連れ帰った後もそちら方面で働かせることとしよう。
「さて、そろそろ寝ようか、エリナは縛らないでおいてやるから、ユリナとサリナがしっかり面倒を見るんだぞ」
『は~い』
変な位置に転がって寝ていたカレンを少し横に除け、そこに空いたスペースに入り込む。
俺もなかなかに疲れてしまったようだ、次第に瞼が重くなる……
※※※
翌日、船が島に近付く前にサリナの幻術を発動させ、あたかも俺達がまだ来ていないかのように見せかける措置を取る。
洞窟ダンジョンの入口でずっと屯しているなどという不自然な状況よりも、今日は休みで来なかったように偽った方がバレにくいのは明らかだ。
もちろん実際には船を降り、昨日到達したセーブポイントに転移して探索の準備を整える。
セラがマップを広げ、まずは銀の鍵を手に入れるためのルートを皆に伝えた……
「……なぁセラ、今言っていた横穴ってさ」
「ええ、勇者様にとっては大変残念なお知らせだし、一旦ダンジョンの入口に戻ることになるわ」
「げぇ~っ! 今日もアレを潰さないといけないのかよ」
銀の鍵があると思われる隠された広間、そこへ到達するための横穴は、昨日4回も潰し、その度に臭っせぇ汁を被ってきたあのユムシのバケモノが居る、まさにその真横なのである。
勘弁して欲しい、だがもうどうしようもない。
出来るだけ汚れることのないよう、荷物はセーブポイントに置き、必要最小限の物だけ持って洞窟ダンジョンの外へ出た。
「あっ! どうして俺だけなんだよ? 誰も付いて来ていないじゃないかっ!」
「そりゃそうですよ、パンツ一丁で物干し竿を持った変質者に付いて行く女の子は居ませんから」
「仕方ないだろ汚れるんだから! 何ならこの場でパンツも脱ぎ去ってやろうか?」
「きゃぁぁぁっ! 粗末なモノを見せないで下さいっ!」
エリナに悲鳴を上げられてしまった、通常ならここで逮捕なのであるが、この世界では勇者たるこの俺様がそのような目に遭う危険はない。
異世界に来て本当に良かったと思える瞬間だ。
気を取り直し、パンツの鎧も装備し直して洞窟へと進む。
そのまままっすぐ道なりに歩き、リポップしていたユムシの前に到着した。
ちなみにエリナがカンテラを持っているので明るく……なくなってしまったではないか、案内役の分際で汚れないように距離を取りやがったな……
通算5度目となるユムシ討伐、もう慣れたものだ。
戻って来たエリナに周囲を照らさせ、洞窟の壁で一部質感が違う部分を発見する。
手で押すとボロッと崩れる岩の壁、その向こうには本道よりもさらに狭い横穴が口を開け、俺の進入を待っていた。
中へ入る、狭い、暗い……一旦出てエリナを先に行かせよう、トラップなどがあった場合、この暗さでは発見出来ずに引っ掛かってしまうからな。
「ほらエリナ、さっさと入れ」
「わかりました、わかりましたから、とにかく後ろからぶつかるのだけはやめて下さいね」
「約束は出来ないが気を付けるよ、でも一応今のうちに5回分謝っておく、ごめんごめんごめんごめんごめん」
「・・・・・・・・・・」
渋々、といった感じで横穴に入って行くエリナ、時折段差などを避けるためにスピードが落ち、本当にぶつかりそうになってしまう。
ここでぶつかったとしても俺には特に影響がないのだが、エリナはにユムシの汁に塗れた俺の体のみならず、魔族に大ダメージを与える聖棒までもがぶつかりかねない。
服がベッチャベチャに汚れる精神的ダメージと、聖棒による物理ダメージの複合である。
もし今エリナと喧嘩になっても、あっという間に制圧してしまうことが可能であろう。
「あ、奥が明るいですよ、広間に着いたみたいです」
「宝箱とかそういったものはあるか?」
「ええ、確かここには木の宝箱が設置されていたはずです、ちなみに鍵だけで他のお宝は見つかりませんから、あらかじめ言っておきます」
「相変わらずシケてやがんな、隠し通路の先なんだから金貨2万枚ぐらい置いておけよな」
「それだけあったら小さな町ぐらいなら1年間運営出来ますよ……」
などとくだらない話をしているうちに広間に到着する。
中央に置かれた木の宝箱、それを守っていた変な魔物を一撃で葬り、叩き壊して中身を回収した。
確かに銀の鍵だ、これを持って皆の所へ戻ろう。
この広間にもセーブポイントがあるみたいだし、このままひとっ飛びだ。
「じゃあ皆さんが待っているセーブポイントまで飛びますよ、手を……」
「手を繋ぐんだな、どうぞっ!」
「……やっぱり触れない程度に近付くだけにして下さい」
ユムシの汁に塗れた俺の手を差し出すも、それに触れることを拒否するエリナ。
贅沢な奴め、少しぐらい汚れたって洗えば良いというのに。
もはや汚れることに慣れてしまった俺は、エリナが俺の手に触れるのを拒否したことが不思議でならなかった。
とにかく近付き、2人で転移して皆の下へと戻る……
※※※
「ただいま~」
「おかえり勇者様、うん、近付く前に体を洗ってよね」
「へいへい、精霊様、水を出してくれ」
「……何だか水が汚染されそうでイヤね、ちょっと離れた所から出すからそれを浴びてちょうだい」
チクショウめ、1人で戦わせておいて汚物扱いとは、こうなったらパンツを替える際には皆に見せ付けるようにして……誰だ石を投げたのはっ!?
着替えも終わり、銀の鍵を持って洞窟ダンジョンの先へと進む。
今日は中ボス部屋の手前まで行って終了としよう、そこまではかなり距離もあるし、良い時間になるはずだ。
途中には敵らしい敵も出現せず、トラップなども一切なかった。
時折コウモリ型の魔物やヘビ型の魔物、いやこれは普通のヘビか、とにかくそういった類の連中が襲い掛かってくるのみ、この程度は敵のうちに入らない。
しばらく歩くと広間の前に出る、真っ黒の扉が設置され、その中央には銀の鍵を入れるのであろう穴が空いている。
扉の手前にはセーブポイントがあり、明日はここからリスタートすることが可能だ。
「よし、今日はこれで帰ろうか、腹も減ったし、替えのパンツを忘れて来たからスースーするぞ」
「何でも良いですけどその棒の先に濡れたパンツを掲げて歩くのは止して下さい、特に村に戻ってからは」
おっと、そのことをすっかり忘れていた、このままトンビーオ村に戻ったら今度こそ普通に変態扱いだな。
生乾きのパンツを聖棒から外し、ジェシカの頭に被せておく。
凄く嫌そうな顔をしているが本当は嬉しくて仕方ないはずだ。
その日はコテージに戻り、翌朝改めて扉の前に立つ。
銀の鍵を鍵穴に差し込み、回して解錠した。
「真っ暗だな、敵の反応も見受けられないぞ」
「どうせまた天井とか床とかから出て来るんでしょうね、さっさと滅ぼして先へ進みましょ」
セラの指摘した通り、床に紫のような黒のような、淡く光る魔方陣のようなものが出現する。
いよいよ中ボスさんのお出ましのようだ、徐々に床から姿を現すその敵は……人間?
いや人間といっても人族ではない、かといって魔族かと言われると微妙なのだが、とにかく渦巻く瘴気に包まれ、全身にそれを取り込んで黒く染め上げられている。
しかしあの顔、どこかで見たことがあるような無いような……
「勇者様、アイツ、もしかしてこの間の商人じゃありませんか?」
「あっ! そうだそうだ、漆黒のバケモノに呑み込まれた馬鹿商人だ! どうしてこんな所に出現するんだ?」
「きっとアレに取り込まれた後、体だけ再生されて利用されているんだと思います……」
そういえばあそこで漆黒のバケモノごと切り裂いた死体が、翌日見たときには跡形もなく消え去っていた。
どこかのタイミングで他のバケモノが死体を運び、つなぎ合わせて中ボスとして利用しているに違いない。
よく見たらミラに切り裂かれた部分の接着が甘く、剥がれかかっている所もちらほら見受けられる。
その漆黒の馬鹿商人が動き出す、人のようで人ではない、これは中ボスなのだ。
ダンジョンをクリアするためにも、容赦なく屠って次へ進むこととしよう……




