278 恐怖の森
「暗くなってきましたね、お化けとか出ないと良いんですが……」
「ルビアちゃん、そういうことを言うと余計怖くなるわよ……」
そう言いながらミラも足元がプルプルしている。
ついでに言うと、ジェシカは先程からユリナにべったり張り付いて震えている。
ここは森の中、いつも入っている王都北の森であるが、ここだけは何か雰囲気が違う。
明らかに強い敵が出そうな感じだ、同時に、怖がりさん達には幽霊が出そうだという感覚も与えているらしい。
今はまだ夕方、とにかく完全に暗くなってからが勝負だ。
俺達が目的としている伝説の薬草は夜行性、夜になると根のような足で地面から這い出し、獲物を求めて森の中を彷徨うという。
そして大好物なのは生きた人間、奴等はこの森に迷い込んだ新米冒険者などを狙っているのであろうが、今日は罠が仕掛けてある。
王都安全週間で始末される予定であったチンピラおよそ30匹、それをネットに入れて森の木に吊るしてあるのだ。
その餌に喰い付いたときが奴等の最後、切り刻んで持ち帰り、カイヤが作る瘴気避けの魔法薬として俺達の役に立って貰うことになっている。
改めて図鑑の描き写しである伝説の薬草とやらの参考図を眺める。
高麗人参のような根っこが足の代わり、そして上部にはモウセンゴケが付いたような姿だ。
おそらく葉に付いている粘液のようなもので得物を絡め取り、巻き込んで消化してしまうのであろう。
完全に食虫植物の巨大版だ、活き餌にしたチンピラ共は悲惨な死に方をするに違いない……
「ご主人様、お腹が空きました、ご飯にしましょう」
「私も~っ!」
「はいはい、でもミラが使い物にならないからな、すまんが誰かミラのバッグから缶詰とか干し肉とかを出してくれ」
チャチャッと動いたのはカレンとリリィ、食欲だけで動いているに違いない。
2人が取り出した食料を適当に分け、全員で夕食を取る。
「ん? カレンちゃん、今何か音がしなかったかしら?」
「自分がお肉を噛む音で聞こえなかったです、何か居ますか?」
何かに気付いたのはマーサ、ウサ耳がピクピクと動き、周囲の音に気を配っているようだ。
やがてその耳は一方に狙いを定め、マーサ自身もそちらを向いて警戒する。
一時食べるのを停止したカレンもその音とやらに気付いたようだ、2人で耳をそばたて、森の中に居る何者かの姿を探し始めた……
「あ、今ちょっとだけ見えました、細い何かです」
「索敵には反応がないな、もしかしてアレか、すッごくスレンダーな幽霊とかか」
「いえ、たぶん違いますよ、単なる草みたいです」
一瞬跳び上がりかけたミラ、ルビア、ジェシカのお化け怖い3人組、カレンの言葉にホッと胸を撫で下ろし、ミラとジェシカに関しては武器を手に戦闘態勢に入る。
そこで俺にも聞こえたカサカサという音、そちらを見ると、細いヘビのような植物の蔓が蠢いているのが確認出来た。
魔物というわけではない、ただの動く植物のようだ。
だが俺達の探している伝説の薬草とは少し違う。
徐々にこちらへ近付く謎の蔦、その存在が俺達にバレているということに気付いていないのか? まぁ植物なんだしそんなものか。
「来ますよっ! あれっ!?」
「スルーされちゃったわね、というかカレンちゃんのご飯……」
「あぁ~っ! 私のお肉を返して下さいっ!」
その蔦と接触するかに見えたカレンはあっさりスルーされ、代わりに葉っぱの上に置かれた、つい今まで齧っていた干し肉をさっと持って行かれてしまった。
慌てて追い掛けるカレンであったがもう遅い、植物の蔦は茂みに隠れ、そのまま地面へと潜って行ったのである、カレンの干し肉を巻き取ったまま……
「私のお肉……まだ一番美味しい脂身の所を齧ってなかったお肉……」
「泣くなカレン、ミラ、もう1つ干し肉を出してやるんだ」
「勇者様、1泊の予定だったんで人数分しか持ってませんよ」
「……仕方ない、俺のはまだ食べてないからカレンにあげよう」
食べ物関連で生じた損失は必ず俺のところへ巡って来る、大食いの2人について、カレンは俺の奴隷だしリリィだってペットにしているのだ、その面倒を見る義務は全て俺にあるのだ。
当然のことながらその2人が食べ足りない、または食べ物を失って腹を空かせた状態にあるときには、俺が我慢してでもその補填をしなくてはならないのである。
ゆえに、今日も俺は中身を抜かれ、パンだけになった抜け殻サンドウィッチ、それを具を奪われた缶詰に残ったソースに浸して食べているのであった。
食事を終える頃には真っ暗になった森、火を熾し、交代で警戒しながら行水を済ます。
その間にも聞こえてくる獣の呻き声、明らかにいつもの森に居るのとは違う、凶悪な魔物や野獣であろう。
「ご主人様、もうちょっと近くに居て下さい、もしかしたらその……」
「何だ、お化けが怖いのか? あれ、1……2……3……何だか1人多いような気がするぞ……」
「ひぃぃぃっ!」
冗談のつもりであったがリアルに1人多い、遂に俺にも見える心霊現象の類が……と思ったら違った、暗闇に紛れ、人の形をした漆黒のバケモノが紛れ込んでいただけであった。
人の形といっても本当に形状だけだ、顔であるはずの部分には目も鼻もなく、代わりに巨大な口が開いているのみ、その口の中にある歯も真っ黒とは畏れ入る。
「気を付けろ、そいつ、ぜってぇ肉食だぞ!」
「あっ! サリナを狙っていますの、丸呑みにするつもりですわ!」
「おう、その前にぶっ殺せ!」
そう言うか言わないかのところで炎上する漆黒のバケモノ、サリナを守ろうとしたユリナが先制攻撃を仕掛けたのだ。
もがき苦しむ様子もなく、そのままサリナに向けて大口を開けた状態で近付くバケモノであったが、炎に焼かれたことによって次第に動きが鈍り、遂には動かなくなった。
燃え尽き、灰になってしまったバケモノに精霊様が近付き、臭そうに鼻を抓む……
「凄い瘴気ね、魔物でも魔族でもないけど、何だったのかしら?」
「知らないけどさ、サリナを狙ったのには何か理由がありそうだよな」
「……この間聞いたダークマターの過剰摂取が関係しているかも知れないわね」
今日はカイヤを連れて来ていない、餌を使った作戦だし、管理するのも面倒だからという理由で屋敷に置いて来たのだ。
帰ったら今あったこと、それから漆黒の人型バケモノについても報告しておこう。
あの黒いのは瘴気でそうなっていたに違いないし、大魔将とも関係があるかもだからな……
しかしこんなのがウロウロしているとなると、この後仕掛けた罠を見に行くときにも気を付けなくてはならないし、おちおち寝てなどいられないであろう。
罠の確認では固まって動き、寝るときも交代で見張りをしないといけないのは明らかだ。
「ご主人様、森の中で動いている生き物がだんだん多くなってきましたよ」
「そうか、夜行性のやべぇ奴が多いんだろうな、さっきのバケモノとか夕飯を奪った変な蔦とかも含めて」
そう話した矢先、森のそこかしこから悲鳴が響き渡る……
『ぎぃやぁぁぁっ! 何だコイツッ! あっちへ行け!』
『ひぃぃぃっ! た……食べないでくれっ!』
『What the fuck! Nooooooo!』
『たすけてくれぇぇぇっ! あぁぁぁっ!』
どうやら夜の訪れと共に動き出したやべぇ奴等が、俺達の設置した罠に食いついたようだ。
そしてその悲鳴は更なる捕食者を呼び込み、活き餌のチンピラ共はそいつらに集られているはず。
とりあえず近場のものから様子を見に行ってみよう……
※※※
「げぇっ! 何だコイツは!?」
「見たことも聞いたこともないわね、あと近寄りたくないわ」
釣りの餌に使うユムシ、それの超巨大版が仕掛けた活き餌を貪っているではないか。
貪っている、というよりも足から飲み込もうとしているという表現の方が近いかも知れない。
とにかくモヒカンチンピラ野朗の顔だけが、その太ったミミズの口部分から顔を出し、必死に助けを請うている。
何だか良くわからんがとりあえずハズレだ、こんなバケモノを討伐しようにも変な汁とか飛ばしてきたら嫌だし、諦めて次の餌を見に行こう。
足の方から徐々に消化されつつあると見えるチンピラに別れを告げ、次の罠設置ポイントへと向かった……
「今度は何だよ? 餌が半分になっているぞ」
「野獣の類でしょうか? しかし普段森で見かけるようなレベルの奴じゃないですね」
「ご主人様、下にこのチンピラさんの足が落ちていますよ、たぶんお腹の柔らかいところだけ食べたんです」
なんとグロテスクな光景だ、辺りには血や臓物の残りが散乱し、地獄絵図と化しているではないか。
これも近寄りたくないな、放置して次へ行こう……
その後も無駄に半分溶かされた餌、ズタズタに切り刻まれたもののほとんど食べた様子がない餌、さらには丸ごと無くなってしまっているものさえあった。
一体このエリアにはどれだけの人を喰らうバケモノが存在しているというのだ? これでは迷い込んだ新米冒険者が助からないというのも無理がない。
と、7つ目の餌にはまだ何かが喰らい付いているようだ……慎重に近付いて様子を覗う……
「あ、アレですよ、間違いなくこの絵に描かれている奴です」
「リリィはこんな暗いのに良くアレが見えるな、俺には音しか聞こえないぞ」
「へへぇ~ん、偉いでしょう!」
ここで調子に乗ったのがセラやルビアなら引っ叩いてやるところだが、リリィなので素直に褒めてやろう。
そのリリィは特に警戒することもなく、当たり前のように伝説の薬草と思しき食人植物へと近付く、俺達もそれに従い、隠れていた茂みから出て行った。
「ぎゃぁぁぁっ! 誰か、誰か助けてっ!」
「チッ、うるせぇ餌だな、ほら見ろ、見つかったじゃないか」
ターゲットよりも活き餌の方が俺達の接近に気付いたのが早かった、だがそこで空気を読まずに絶叫してしまったため、その視線の先に居た俺達の存在もバレてしまったのだ。
もしこの活き餌が死ぬ前にターゲットをどうにか出来たとしても、コイツを許すことは絶対に出来ない。
火炙りか八つ裂きにして惨たらしくぶっ殺してやろう。
「こっちへ来やがるぞ、セラ、どの程度までダメージを与えて良いんだ?」
「えっと、ちょっと待って、だれか明かりで照らして!」
ユリナの尻尾の先が光り、セラの手元にある資料を照らす。
それを指でなぞりながら必死で確認するセラ、自信満々で全ての資料を占有しておきながら目を通していなかったことだけはわかる、またお仕置きしてやらないとだな。
「あったわっ! え~っと、上の葉っぱ部分を乾燥させて、粉になった粘液を魔法薬の材料として使うそうよ、だから焼いたりしなければOKね」
「じゃあ真っ二つに切断してくれ、それで死ぬと良いんだが……」
人数が多く、柔らかそうな女の子が何人も居るこちらにターゲットを変更した伝説の薬草。
だが次の瞬間にはセラが放った風の刃がその体の中心を通り抜けた。
風の刃はターゲットを切り裂いて尚その勢いを弱めることなく、後ろの木々を薙ぎ倒しながらどこかへ行ってしまう。
それを眺めている最中、グシャッと、嫌な音と共に地面に落ちる上部のモウセンゴケ、下に付いた高麗人参風の足は、いまだに何が起こったのかわからない様子で立ち尽くしている。
「ユリナ、もうちょっと明るくしてくれ」
「わかりましたの、でも山火事になると困るのでホドホドにしておきますのよ」
パァーッと周囲が明るくなる、地面に落ちたモウセンゴケはいまだに動いているようだが、根っこの部分に関しては既に事切れたようで、いつの間にかその場に倒れ付していた。
早速目的物をズタ袋に……触りたくないな、よし、まだ生きているようだし、気からぶら下がっている活き餌チンピラにやらせよう。
「おいお前、まだ生きてるか?」
「生きてる! でも体が熱い、水を掛けてくれ!」
「何だ、助かりたいのか? それならちょっと俺達の仕事を手伝え」
「わかった、何でもするから早く水をっ!」
精霊様に目配せし、水をぶっ掛けさせる。
良く見ると活き餌チンピラは体のそこかしこが溶かされているようだ、このまま放っておけばジューシーな肉塊になっていたことであろう。
「さて、そこに転がっているモウセンゴケをこのズタ袋に詰めるんだ、お前達を入れて来たものだぞ、懐かしいだろう」
「わかった、わかったからもう助けてくれ」
すぐにズタ袋を手に取り、せっせと働き始めるチンピラ、これで最後になるのだが、勤労の喜びを噛み締めておくと良い。
ちなみにモウセンゴケのネバネバに触れると肌が溶けてしまうようだ、チンピラはその痛みに絶叫しながら、必死になって作業を続けている。
うむ、手がシュワシュワ言いながら煙を噴いているな、相当に溶かす力が強いらしい。
自分達でやろうなどとしなくて正解であったな……
やがて全てのズタ袋に入るだけモウセンゴケが詰め込まれ、チンピラはその場にへたり込む。
これで助かったと思っているのであろう、なわけあるかこのボケ!
「うぅ……手が、体が痛い、誰か治療してくれ……」
「おいおい、どうせ今から殺すのにどうして治療しなくちゃならんのだ?」
「え? 助けてくれるんじゃないのか……」
「何言ってんだ? お前が助かりたいってのは俺達も理解しているぞ、だが別に助けてやる必要はないし助けたいとも思っていない、むしろ無様に死ぬ様を眺めたいと思っている」
「そ……そんなぁぁぁっ! 待ってくれ、勘弁してくれ、ぎゃぁぁぁっ!」
ズタ袋に入りきらずに残っていたモウセンゴケを、精霊様が木の枝を使って持ち上げ、それをチンピラの顔面に押し付ける。
良い悲鳴だ、しかも薄暗いた、チンピラの顔面が解かされるそのグロテスクな光景があまり見えないのも実にナイスだ。
「うりうりっ! ほんっと、良く溶けるわねこの粘液は」
「あがべべべべっ! うぎぃぃぃっ! べぶぼっ……」
「あら、ショック死しちゃったわね、情けない奴」
本当に情けない奴だ、精霊様は最近自分より高位の存在が神界から現れたり、ついこの間も攻撃がイマイチ効かなかったりしてストレスが溜まっているのだよ。
それを全て発散させることすら出来ずに死んでしまうとは、コイツは生きているときも、そして死ぬ際にも一切の価値を生み出さなかった正真正銘のクズだな。
まぁ、ここに死体を放置しておけばいずれ木々の栄養となり、森の育成に貢献することであろう。
俺達が殺してやったお陰で初めて何かの役に立てたのだ、地獄で深く感謝しろよ。
「さて、目的のブツも手に入ったし、今日はさっきの泉に泊まって明日の朝帰還しようか」
「じゃあ見張り番をくじ引きで決めましょ」
泉に戻り、適当に作ったくじで見張りの順番を決める。
早速当たり、いやハズレくじを引いたのは俺とセラであった。
次がルビアとジェシカ、最後がマーサとユリナである。
ちなみに既におねむのお子様方は免除、年齢的にはお子様でないカレンやサリナも見た目判断で免除なのだ。
「じゃあ勇者様、見張りを始めましょ」
「始めましょって、特にやることはないぞ、寝ないように起きているのが見張りだ」
「あら、でももうそこに敵が居るわよ」
本当だ、茂みから変な魔物がこちらを見ているではないか、雑魚すぎて気が付かなかったが、普通の旅人や冒険者なら既にあの世に旅立っているはずだ。
その変な魔物を討伐したところで、索敵をかけてみる……敵だらけじゃないか、魔物や野獣の集団に囲まれてしまっているぞ……
結局およそ5分おきに襲撃に遭い、交代の時間まで座って夜食を取ることすらままならなかった。
どうして同じ森なのにここだけこんなに凶暴な魔物等が多いのか、何か秘密があるに違いない。
特に最初の方で出会った漆黒のバケモノなど普通に居たらいけない存在だしな。
もしかしたら瘴気の濃さとかそういったものが関係しているのかも知れない……
「主殿、交代の時間だが……ルビア殿が起きないんだ、どうにかしてくれ」
「わかった、対処しよう」
その辺で拾った枝を鞭の代わりにし、ルビアの背中と尻をビシバシ叩いて起こす。
寝ぼけ眼のルビアをジェシカに引渡し、抜け殻となった布にセラと2人で包まり、目を閉じる。
「ねぇ勇者様、このエリアって一体何なのかしら?」
「俺も気になっていた、だが考えるのは面倒だから後にしようぜ、今はもう寝るぞ」
「そうね、でも勇者様、変なウツボカズラが上から狙っているわよ」
「……本当だ、あぁ~っ、もう、鬱陶しいっ!」
まるで蚊の如く集る凶暴な生物達、先程よりも数が増えている、ルビアとジェシカだけでは対応が不可能な程にまで。
結局起き上がり、空が白み始めるまで戦う嵌めになってしまった。
それもぐっすり眠っているミラやリリィを起こさないように注意しながらだ。
朝になると夜行性の人喰い生物達はほとんどが引き揚げ、マズメ時に泉から現れて大暴れした魚のバケモノを最後に襲撃は止んだのであった。
いつもの時間にシャキッと起きてきたミラを先頭に、ヨレヨレの状態で王都へ帰還した。
屋敷へ戻り、カイヤに収集して来た伝説の薬草を見せてやる。
「うん、かなり良い個体だったようですね、これなら人数分の魔法薬を作っても事足ります」
「良かった、で、これを乾燥させて粉にするんだったな」
「ええ、海苔の養殖みたいな板に並べて乾かします、3日か4日といったところですね」
使えるようになるまでに以外と時間が掛るようだ、まぁ、その前に残りの150種類をそれぞれ100kg以上も集めなくてはならないのだが……
と、そこへ庭の掃除をしていたアイリスが俺達の姿を見つけ、近付いて来る。
「あら~、おかえりなさ~い」
「ただいまアイリス、何か変わったことはなかったか?」
「え~っと、先程ゴンザレスさんが来まして、収集大会? とやらが明後日に決まったと言っていました」
「わかった、ありがとう」
残りの収集品についてもその大会で全て集ると良いな、当然面倒なトラブルは生じると思うが……




