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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十三章 全てを知る魔女
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276 魔女の正体

「アヴッ! アヴ~ッ! いっだ~ぃっ!」


「どうだ、畏れ入ったかっ! ルビア、もっと苦しめてやるんだ!」



「ご主人様、この魔女、右肩がすっごく凝っていますよ、ほらこことか……」


「ぎぃぇぇぇっ!」



 戦いがあった日の夜、捕縛した魔女をトンビーオ村のコテージに連れ帰った俺達。

 だが話を聞く云々の前に、全身が疲労して辛いという魔女の求めに応じ、ルビアにマッサージをさせてみた。


 変な姿勢で書物を読んだり、前屈みになって壷の中の薬液を混ぜたりといったことを続けているからであろう、魔女の体はガッチガチであった。


 というか自分で治療薬を作って使えよな……



「勇者様、晩御飯の準備が出来ましたよ~」


「お~う、すぐ行くよ~っ」



 ミラに呼ばれ、夕食を取るためにテーブルのある方へと移動する。

 今日はここへ泊まり、明日の朝には王都へ向けて出発する予定だ。


 その前に魔女からざっくりとした話を聞いておきたい、エリナもそれ目当てで付いて来たのだし、俺達も気になって眠れないと困るからな。



「あらぁ~、勇者パーティーにしては質素なお食事ですね、普通はもっとこう、栄養のあるものを食べて力を……」


「誰かさんが真心込めて育て上げた炎のバケモノが居ただろう? そいつのせいでこうなったんだ、本当はここも豊かな漁村なんだぞ」


「あらあら、それは失礼致しました~」



 全く反省した様子のない魔女、後で痛め付けてやろう。

 だがどうやって? コイツの防御力は並大抵のものではないぞ。


 そう考えながら先程ルビアがマッサージを施していた床を見る。


 転がっているのはいつもセラが装備している短剣。

 マッサージ器具などは使わず、その切っ先を使ってツボを刺激していたのだ。


 もちろん魔女の肌には傷1つ付いていない、一体どうなっていやがる……



 食事を終え、順番に風呂にも入る、テーブルを片付けて広くなった場所に全員で座り、いよいよ魔女が話を始めようというところだ。


 これまでののんびり巨乳お姉さんのイメージを払拭し、長い黒髪を後ろで束ねた魔女、湯上り巨乳お姉さんにクラスチェンジしているのであった。



「では早速私の話をお聞き下さい」



 話し方も少し真面目な感じを出し、背筋を伸ばして正座した魔女がそう切り出す、だが俺にはひとつ、どうしても気になることがある……



「とその前に、お前は名前が無いようなんだが……どういうこと?」


「そうですね、『森の魔女』などと呼ばれてはいますが、本来の名前は遠の昔に失ってしまいましたから」


「失った? てことはかつては名前があったってことだよな?」


「……ええ、()()()と呼ばれていました、かつて私が人族であったときには」


「何だって!? じゃあお前も火山の噴火とか瘴気とか何とかで変異したってことか!?」


「火山の噴火は関係ありませんよ、それは数百万年前のこと、当時を知る者はごく僅かしか残っていません、もちろん私は違います、まだ若いので」



 余裕で1,000歳を超えている以上、若いなどと主張することは出来ないはずなのだが、話が逸れるのを恐れて突っ込むのはやめておいた。


 だがこれで人族から変異した魔族は2人目、こちらは自称なので確証は持てないのだが、この魔女はそんなところでつまらない嘘を言って小馬鹿にするようなタイプには見えない。



「まずは……これからはお前のことをカイヤと呼ばせて貰う、名前がないのが不便なのは精霊様の例で良く知っているからな、それで良いか?」


「ええ、構いませんよ」


「じゃあカイヤ、かつて人族だったというお前が魔族に変異してしまったいきさつを教えてくれ」


「そうですね、どこからお話したら良いか……あれは遠い昔、私が20歳の頃の話です、とある村で最高に美しいと評判であった私は、それはそれは見目麗しい容姿をして神のように崇められ……」


「……どうでも良い前置きは要らないからザックリ話してくれ」


「あ、そうでしたか……あれは私が20歳の頃、その時分には山菜取りの途中で偶然見つけた石版の文字を解読することに躍起になっていたのですが……」



 大幅に端折ってきやがった、その石版は何なんだ?

 しかも神のように崇められていたのに自分で山菜取りに行くのか?


 まぁ良い、質問等は後にしよう、今はとにかく聞きに回っておくべきだ。



「で、ある程度まで解読が進んだんですが、そこでどこからともなく声が聞こえてきました、『そんなに変異が気になるか? ならお前も魔族に変異させてやろう』って、それであっという間に瘴気に包まれ……」


「気が付いたら魔族になっていたと?」


「まぁそんな感じです、その後は村の役人に逮捕されて拷問されて、ついでに50回ぐらい処刑されましたが華麗に生き延び、魔王軍に入って出世して今に至ります」


「へぇ~」


「いや、そこは『苦労したんだな』とか『泣いても良いんだぜ』とかそういった感じの気の利いた言葉というものをですね」



 生憎だがそういう類のボキャブラリーに関しては殊更に貧弱な俺だ、労いや慰めが欲しいなら他の者に依頼すると良い。


 しかしザックリと要求したのはこちらだが、これではザックリしすぎている、もう少し話を聞いて色々と詳細を明らかにしていくこととしよう。



 今の話で気になった点を適当に質問していく。


 どうやらカイヤが魔族に変異してしまうきっかけを作った謎の声は、おそらく魔界から発せられたものである、ということが後々の研究でわかってきたという。


 何らかの真実を知る者、つまり神界と魔界が分離したという遥か昔から存在する神のうち、魔界側の神となった者が、カイヤが真実に近付いていることに気付き、それを止めに入ったのではないだろうか?


 魔界からの介入、これはもう間違いなさそうだな、その辺で石版など拾って来て研究している村娘Aごときをピックアップし、さらには突然瘴気に包むなど、この世界の存在で可能な者はそう居まい。



「でだ、そのときの石版ってのはどこへやったんだ?」


「もちろん取り上げられてしまいました、邪悪なものとして粉々にされてしまったでしょうね」


「使えねぇな、そこは死守しとけや」


「そんなこと言われましても、そのときは拷問に耐えるので必死でしたから、まぁ徐々に効かなくなってきたわけですが」



 カイヤは魔族に変異した後、自分の村の住民から3ヶ月以上に渡って休みナシのノンストップで拷問されたという。


 魔法薬の作成だの実験だのに幾度も失敗し、魔法ダメージへの耐性はそこで獲得したのはわかっていた。

 だが物理攻撃への耐性はここで獲得したのかも知れないな……



「ちなみにその村ってのは現存するのか?」


「ええ、今では町になっていますが、というよりもあなたはついこの間そこへ行ったのですよ」


「まさかとは思うが、あの人外差別の町か?」


「せいかいで~っす! ちなみにそれ以外の行き先にも意味はあったんです、例えば……」



 やはりあの東西南北の各地における素材集めは、カイヤが仕組み、俺達に何かを気付かせようとしたものらしい。


 俺とマーサが行った西の町はカイヤが魔族に変異させられ、散々な目に遭わされた地、そして南はご存知エルニダトスを拾った火山の近く。


 東に関しては、そこで精霊様とリリィが発見した高い休火山、それが最初に噴火で瘴気を撒き散らし、純粋な人族から様々な種族が派生したきっかけとなっていたことを石版から突き止めていたそうだ。



「あの……私とカレン殿が行った北の地に関しては何が?」


「そこでモッフモフのキツネさん達にお会いしませんでしたか?」


「あ、確かに狐獣人の里にお世話になったな」


「彼らは私と同じ、変異に関して色々と調べ物をしている集団なんです、ですがその口ぶりだと変異の件に関しては誰もあなた方に伝えなかったようですね、外部の者には秘密にしている、ということでしょう」


「う~ん、そんな話はまるで聞かなかったし、それらしき様子も見受けられなかったぞ」


「やはりそうですか……」



 つまり狐獣人の里では、変異に関して調査していることを徹底的に隠している、そういうことなのであろう。


 だが俺達も同じことを調べまわっていると知ったらどうか? おそらく信頼関係がものを言うのであろうが、場合によっては情報を交換するかたちで協力を得られるかも知れない。


 大魔将との戦いが全て終わった辺りで行ってみるべきだな、ご機嫌取りのためにお稲荷さんでも作って持って行くこととしよう。



「しかしアレだ、神界でも知っている者は黙りこくっているみたいだし、魔界側からは調べただけでその扱いか、これは益々ヤバい感じだな」


「勇者様、もしかしたら既に私達も監視されているかも知れませんよ、あまり真実に近付きすぎると……」


「そこは女神が何とかガードするだろうよ、それに精霊様だって一緒に居るんだ、迂闊には手を出せないはずだぞ」


「だと良いんですが、イヤですよ私、人族の国の王女なのにいきなり魔族になっちゃった、とか笑えませんから」


「まぁ、そうなったら皆で闇堕ちして暴れまくろうぜ、勇者が血迷って人族を恐怖のどん底に叩き落すってストーリーも悪くはないからな」


「・・・・・・・・・・」



 とにかくこのまま調査を続けることにしよう、次の手掛かりはこの間ジェシカチームが行った狐獣人の里だ。

 ここで新たな情報が得られれば捜査はかなり進展しそうだな。



「さて、本当はここであなた達に渡すべきものがあったんです、あったんですが……」


「それは今日大爆発したあの魔法薬のことか? すまんが大量破壊兵器なら間に合っているぞ」


「いえ、元々の用途は違うんですよ、あれはたまたま作りかけで放置したからああなっただけで、本当は瘴気避けの魔法薬なんです」


「瘴気避け? それで俺達にどうしろって言うんだよ?」


「あなた達のうち半数は人族、ついでにあなたは異世界人ですよね? それが魔族領域の瘴気に当てられるとどうなるか知っていますか?」


「知っているぞ、死にはしないが毛根が死んで、その後は暗鬱とした人生を送ることになるんだろ?」


「その通りです、ですが私の作る魔法薬があればその瘴気による破滅的影響を回避することが出来るんですよ」



 つまりは俺達も魔族領域に出入り出来るようになるということか……あまり行きたいとは思わないのだが……



「ちなみに、私達大魔将は会場に城を構え、そこに勇者がやって来るのを待つ作戦でしたが、四天王クラスは全員魔族領域に居ます、きっと軍だけ出して自分達はそこに引き篭もるはずです」


「じゃあこっちから魔族領域に攻め込まないと討伐出来ないってことだな?」


「ええ、ですから私の作る魔法薬はあなた達の今後の冒険を支える大切なものとなってきます、元はと言えば私はそれを渡したかったんですがね、事情が変わってこんな話をしているのです」


「ちょっと待て、最初からそれを渡して俺達をサポートするのが目的だったって、それは利敵行為だろうが」



 マーサやユリナ、サリナの3人だけでなく、元々は魔王軍の幹部であったにも拘らず、捕まえて良いように使っている連中は何人も居る。


 だがこの魔女は違う、未だ魔王軍という組織の中で活動し、俺達勇者パーティーと戦って倒すことを目的としなければならない時点で、既に協力するつもりでいたのだ。


 これは明らかにおかしな話だぞ……



「利敵行為……そう思われるでしょうね、ですが私はこの魔王軍と勇者という対立の構図を早く終わらせたいのです、それはあなた達の勝ちであっても構いません」


「その心は?」


「こんなちっぽけな争いをしている暇ではないということです、人族の敵、魔族の敵などといった次元ではなく、この世界全体の敵が居ると私は考えていますから」



 どうやら『敵』を捉える枠が、この魔女だけは俺達とも、そして魔王軍の他の連中とも異なっているようだ。


 俺達の敵は魔王、そして魔王軍である、一方の魔王軍からすれば勇者である俺とその仲間、さらにはそれをサポートする人族の国と敵対していると考えている。


 だがこの魔女は、俺達も魔王軍も人族にしろ魔族にしろ、さらにはドラゴンや精霊などといった高位の存在、その全てをひっくるめた『この世界』に敵対する何かと勝手に戦っているつもりらしい。


 それが何なのか、魔界の存在なのか神界の存在なのか、それともこの世界のどこかに居る何者かが指揮しているのかはわからないそうだ。


 それでも確実にそういうのが居る、その点だけは自信を持って主張することが出来るとのことである。



「私の認識している敵に近付くためには、まずこの世界の謎を解き明かす必要があります、ここだけが唯一ネックとなっていたところ、だからあなた達の協力が必要なのです」


「ああ、ここで一旦確認しておきたいんだが、火山の噴火で瘴気が溢れて、それを浴びた人族は様々な種族に変異した、それをやっているのはこの世界の全てと敵対する謎な奴、これで良いんだよな?」


「はい、そしてその謎を追い掛けた若くて美しい私はこのような姿に……ですが寿命が延びた分真実に辿り着ける可能性は高まったんですよね……」


「はいはい、若くて美しいよカイヤさん、後でおっぱい揉ませてね」



 とにかくこの魔女にはすぐに俺達が魔族領域へ行けるようになる魔法薬の作成を再開させよう。

 残り2体の大魔将を倒すまでにそれが出来ればすぐにでも四天王とやらに手を出せるはずだ。


 と、狐獣人の里へも行かないとだったな、色々とやることが多すぎるぜ……



「じゃあそういうことで、カイヤは明日の朝ここを出る際に王都へ連行するからな、危険を回避するためにもしばらくは拘束しておくぞ」


「わかりました、ではそちらで魔法薬の作成などすることになりますね、たまに失敗すると半径30kmぐらい吹き飛びますが気にしないで下さい」


「気にする前に俺達も吹き飛んでしまうわっ! 安全には配慮しろよ」


「気を付けます~」



 今日の話はこれで終わりとしよう、また気になることが出てきたらカイヤに聞けば良い、本人が思い出して言ってくるようなこともあるだろうしな。



 その日はそのまま布団を敷き、寝ることとした。

 朝から王都へ向けて出発だ、今日のところはゆっくり休んでおこう……



 ※※※



 翌朝から2日かけて王都へ帰還した俺達、何だか屋敷も久しぶりな感じだ。

 帰って早々、カイヤを縛り上げて王宮の馬車を呼び出し、討伐の報告へと向かう。



「ちぃ~っす、大魔将を捕らえて来たぞ~、金出せクソババァ~」


「勇者よ、ようっやく帰還したのじゃな、ちと話があるゆえこちらへ参れ」


「ん? また何かトラブルかよ、別に良いが報奨金とか何とかは耳を揃えてきっちり払えよな、さもないと駄王の耳を削ぎ落とすぞ」


「うむ、王の耳ぐらいで済むならそちらの方が財政的には助かるのじゃがな、新しくロバの耳でも付けておけば良いし、とにかく早く来るのじゃ」



 カイヤは同行していたセラに預け、俺は総務大臣に従って王の間を出る。

 行き先は宝物庫のようだ、何か良いものでもくれるというのか?



「これが西の町から送られて来ての、おぬしが現れて色々とやったというが、心当たりはあるかの?」


「石版……古代の文字か? もしかしてこれって……すぐに持って王の間へ戻るぞ、この石版は今連れて来ている大魔将の所有物かも知れん」



 あの西の町の領主、確か公爵だといったか? そいつがこれを送って来たのは間違いない。

 そしてあの町はカイヤの出身地だ、1,000年も前のものだが、破壊されずに残っていたようだな。


 それを持って王の間に戻る、すぐにそれをカイヤに見せると、驚いたような表情を見せる……



「これは私が調べていたものと同じ文字……ですが全く同じものではありません、きっと別の情報が得られるはずです!」


「そうか、でも古代の文字だし、分析には時間が掛かるぞ」


「では私が変換表を作りますから、それを元に翻訳をお願いします」


「ということだ、今日は一旦帰って、文字の変換表が出来次第また持って来る、料金は後で請求するからな」


「どこまでもがめつい異世界人じゃのう、じゃがそれで良い、なるべく早く頼むぞ、城や研究所の学者共が興奮してうるさいのでな」



 そういうことか、文字など読めなくともこの石版が歴史的価値を持つものだということは容易に想像可能だ。


 もちろんそういった類の研究をしている学者連中にとっては、この薄汚い石版が純金製のオブジェクトのように見えているのであろう。


 屋敷へ戻り、精霊様に手伝わせてカイヤに文字の変換表を作らせる。

 夕方にはそれが完成し、王宮へ届けたところで俺達の仕事は完遂だ。


 諸々の報酬だと言ってジャラジャラと音がする巨大な皮袋を差し出すババァ、中身も確認せずウハウハで受け取り、それを持ち帰った。



「どういうことですか勇者様、皮袋の中身は鉄貨200枚でしたよ」

「主殿、鉄貨200枚は金貨に換算するとたったの2枚、今回は大赤字も良いところだぞ」

「勇者様、報酬を受け取るときにはその場で中身を確認して下さい」


「あのババァ、マジでぶっ殺す!」



 ババァに騙され、ミラに怒られ、他の皆からは馬鹿だアホだと罵られてしまった。

 今は同行していたセラと2人、部屋の隅っこで正座させられている。


 総務大臣め、奴は魔女なんかよりよほど邪悪な存在だ……



 翌々日、マリエルの所へイレーヌがやって来る、どうやら石版の解読が完了したようだ。


 さすがは研究者集団、カイヤの作った変換表は不完全だと本人も言っていたのだが、それを乗り越えてあっという間に解読してしまったのである。



「おい豚野郎、すぐに王宮に来いとのお達しだ、臭いから消臭の魔法薬を全身に染み込ませて行くんだな」


「はいはい、じゃあセラ、行こうか」



 ついでにマリエルも一緒に行くと言い出し、カイヤを連れ出して4人で馬車に乗る。

 解読の結果はどのようなものなのか、ここから新たな戦いが始まりそうな気がしなくもないが……

次回から新章とします、第二部はあと章3つ程度で終える予定でいます。

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