274 こちらになります
「ふぅ~ん、そうか、魔女に対しては火炙りの刑が効果的なのか、じゃあエリナで実験してみようぜ」
「ちょっと待って下さいよ、私は悪魔、魔女じゃありませんってば!」
「魔女は大体そう言うんだ、火で炙ってみればわかる、ミラ同士、この魔女を処刑せよ!」
「ひぃぃぃっ! 魔女じゃない、魔女じゃなぁぁぁいっ!」
適当にエリナを処刑してみる、大丈夫だ、コイツは不死だから死にはしない。
だが火炙りの刑は火災の原因になるな、ちょっと別の処刑方法を検討しておこう。
ルビアの蔵書である『見せしめにはコレ! 魔女に下すべき鉄槌100選』をパラパラと捲り、よさげな処刑をピックアップしていく。
うん、この椅子に縛り付けて水に沈めるというのはなかなかだな、あと良くわからんフックを体に突き刺してそのまま吊るすというのも……
「あちっ! あちっ! あ、ほらもう夕飯の時間ですよ、お腹減ったし、拷問だの処刑だのは後にしませんか?」
「まだ色々と試したかったんだがな、まぁ良いや、じゃあ夕飯にしよう」
燃え始めたばかりの薪に水を掛けて消火し、杭に縛り付けてあったエリナも解放する。
まともな海産物が獲れないゆえ、夕飯はたいしたものではない、適当に食べて作戦会議に移行しよう。
食後は風呂にも入り、皆で丸くなって相談を開始した……
「エリナは本当に何も知らないんだな?」
「ええ、今まで話していた魔女様も全部幻術だと思いますから、あの島のどこかに居ることは確かなんですけどね」
それはわかっている、大魔将は原則自分の城がある島に居なくてはならないのだ。
正当な理由なくそこを離れると、俺達が来たときにあっさり制圧することが出来てしまうからな。
しかしあの広く、木々に覆われた島の中でどうやってたった1人の魔女を見つけ出すかが問題なのである、いっそ爆撃でもしてやるか?
「ねぇ勇者様、もしかして魔女が隠れているんじゃなくて、私達が存在を認識出来ていないだけなんじゃないかしら?」
「ヤバいクスリを撒かれてその影響を受けているってか? サリナ、その可能性はありそうか?」
「十分に有り得ますよ、私の力でも破れないレベルの幻術薬を島全体に振り撒いているかも知れません」
となるとあの島に入ったら最後、俺達は気が付かないうちに混乱状態に陥り、本当はすぐ近くに居る魔女を発見するだけの力を奪われてしまうということか……
しかしそれでは探しようがないな、どうにかしてその魔法か魔法薬を打ち消す術を見つけてやらないとだ。
「あ、そういえば思い出しました……ちょっと忘れていたんですが、怒らないで受け取ってくれますか?」
「何だエリナ、その怪しい瓶は?」
エリナがどこからともなく取り出した小瓶、連れて来たときには手ぶらだったような気がするのだが、とにかく紫色の液体が入った瓶を俺に差し出してくる。
「皆さんが採集した4つの素材があるじゃないですか、それを魔女様のレシピ通りに調合したらこんな感じになりました、迷い避けのお香とは違うようですが……」
「どうしてこれを先に渡さなかったんだ?」
「いえ、ですから忘れて……あいたぁぁぁっ!」
お馬鹿エリナの尻をぎゅっと抓ってやった、まぁこのぐらいで勘弁してやろう。
しかしこの液体は一体どういうものなんだ? 口に入れて大丈夫なようには思えないが、使い道が一切わからない。
しかもエリナ曰く、俺達が持ち込んだ素材をほぼ全て使用して抽出したのがこれだけだという。
つまり誤った使い方をしてしまえばそれで終わりだ、最悪もう一度素材集めをしないとならないであろう。
「精霊様、これが何だかわかるか?」
「全然、見当も付かないわ、でも飲んだら死ぬのだけは確かね、凄い毒素を感じるもの」
「てことは燃やすか散布するかどちらかが有力ってことか、空中から撒いたらどうなるかな?」
「草木が枯れ果てて不毛の大地に変わってしまうわよ」
とんでもない環境破壊だ、いくら魔女を探すためとはいえ、その作戦を取るのは明らかな誤りである。
とはいえ別の方法は見つかる気配がない、もしこのまま考えても打開策に辿り着くことが出来なかった場合、その方法を試してみざるを得ないかも知れないな。
「ん? 主殿、上空から散布云々で思ったのだが……少し良いか?」
「どうしたジェシカ、言ってみろ」
「もし島全体に何らかの魔法薬が散布されているとして、それは地表付近だけのような気がするんだが」
「確かに、霧散してしまわないということは空気よりも重くてそこに留まっている可能性が高いな」
「では上空の効果範囲外から探せば魔女の居場所に至る手掛かりが見つかるのではないか? もちろん木に隠れていて容易ではないと思うが」
「そうだな、よし、じゃあ明日は空から調査することとしよう、リリィ、精霊様、それで良いな?」
2人が頷く、リリィには俺とセラが2人乗り、精霊様は単独で飛行して島全体を観察することに決めた。
目の数は多いほうが良いからな、リリィの負担は増えてしまうが我慢して貰う他ない。
念のためエリナから受け取った謎の液体も持って行くべきだな、案外そこで正しい使い方がわかるかも知れない、下手には使えないがいざというときに無いよりはマシであろう。
「あの、それと迷い避けのお香も追加でいかがですか? 効果時間10分のものが、今ならなんと銅貨1枚でのご提供です!」
「そっちも一応補充しておいた方が良さそうだな、だが高い、もっと安くしろ」
「あの、限定価格でこれなので……」
「そうか、でも金がないからな、銅貨10枚分相当のサービスを費消させてやろう、こっちへ来い!」
「えっ? あの、何を? いてっ! いたっ! やめて下さい、お願いします! やめてっ!」
大勇者様による拳骨サービス、ちなみに10発で銅貨1枚だ。
だが30発も喰らわせないうちにエリナからストップが入ってしまった。
迷い避けのお香はタダにしてくれるらしい、ありったけ貰っておくべきだな。
さて、作戦も決まったし、エリナも痛い目に遭わせてやることが出来たし、今日はもう満足だ。
明日の捜索に支障が出ないようさっさと寝ることとしよう……
※※※
「よぉ~し、俺とセラ、リリィに精霊様は空だ、他のメンバーは船で待機な」
「ご主人様、私も行きたかったです!」
「カレンは遊ぶからダメだ、真面目な作戦なんだぞ」
「わぅ~、バレていましたか……」
まともに探しそうのない奴を連れて行くわけにはいかない、そもそも匂いを頼りに探すカレンは上空からの捜索では特に有利なわけではないからな。
まぁ、視力が悪い俺も早々役に立たないとは思うのだが、少なくとも途中でふざけたりする奴よりはマシなはずだ。
セラと2人でドラゴン形態に変身したリリィに乗り込み、精霊様に続いて船から飛び立つ。
まずは島の中央付近から捜索することとしよう、特に昨日燃やしたログハウスの付近だな。
そのまま飛んで行き、魔女の森ダンジョンを抜けた辺りを目指す。
ダンジョンは中に居る間は森そのものであったが、こうして上空から見ると山だ。
洞窟らしき入口と出口もしっかりある、不思議なことだな……
「ちょっと見なさい、ログハウスの残骸なんてどこにもないわよ、昨日破壊したバカンスチェアはあるのに」
「どういうことだ、もう撤去が完了したのか?」
「いえ、元々なかったに違いないわ、中の空間だけじゃなくて、あのログハウス自体がまやかしだったのよ」
ドアノブに手を掛けることが出来、火を付けたらきっちり燃えて炭になる幻影か、とんでもない力を行使しないとそのようなものは作れないはずなのだが……
とにかく昨日居たこの場所には何ら手掛かりはなさそうだ、ここで精霊様と分離し、島を半分ずつ回って色々と確認することとしよう。
俺達のチームは島の手前側、つまりドレドの船が係留してある桟橋の側を見ることに決まった。
周囲の森、そして下にダンジョンがある山を中心に、海岸付近の壁まで念入りに捜索する……だがこれといったものは見つからない。
昨日燃やしたはずのログハウスが存在しなかったのは空中から見て始めてわかった、つまり今俺達が居る高度は何らかの魔法や薬品の効果範囲外のはずである。
それでも尚見つからないということは、俺達の調査エリアには魔女の住処らしきものは存在しないということに他ならない。
『あっ! ご主人様、精霊様が戻って来ますよ! 何だか手を振っているみたいですね……』
「何か見つけたようね、行ってみましょ」
米粒程度にしか見えない精霊様、リリィにはその姿がはっきりと、セラにも一応は見えているようだ。
とにかくそちらへ向かってみよう、何かがなければこんな中途半端なタイミングで俺達を呼ぶなどということはないはずだからな……
方向転換し、精霊様の下へと向かう、確かに手を振っているな、あと遠くの森を指差して何か言っているようだ。
「あったわ! 間違いなく見つけたわよっ!」
「本当か!? 早く案内してくれ!」
「こっちこっち、アレを見てっ!」
「いやアレって……モロすぎないか……」
精霊様が指差した先には、木を上手く伐採して上空からのみ読むことが出来るようにした文字。
書いてあるのは『←魔女のお家はこちらになります』である、怪しすぎる……
「とにかくここで降りてみましょ、絶対に何かが見つかるはずだわ」
「見つかるかも知れんが俺達が敵に見つかる可能性があることも忘れるなよ、何かあってもすぐに戻って仲間を呼ぶからな」
「わかってるわよ、ささ、早く行きましょ!」
そう言ってどんどん降りて行ってしまう精霊様、大丈夫なのであろうか? どう考えても罠のような気がするのだが。
精霊様に続いてリリィも降下を始める、辺りを見渡しながら慎重に下の森へと近付き、木が伐採されて開けた場所を狙って着地する。
すぐ近くに看板が立っているではないか、上空からは見えなかったが、矢印が記載されている辺り、魔女のお家とやらを指し示すものなのであろう。
とりあえずそれに従って進む、しばらく歩くとまた看板、こちらも矢印が記入してあるだけのものだ。
看板にぶつかったら矢印の方向へ進み、また看板が……ということを5度繰り返す、また看板か、今度こそ……
最後の看板には『ハズレ、ざまぁ』と書かれていた、いきり立ってそれをへし折る精霊様。
というかそもそも上空から見たのと今のこの地点はかなり様子が違うように思えるのだが……
「なぁ精霊様、もしかしてさ、降りたら魔法薬かなんかの効果が出て騙されるって仕組みじゃないのか?」
「……かも知れないわね、じゃあそれよ、昨日貰った小瓶のクスリをここで撒いてやりましょ、空からね」
「おい、ヤバそうな感じがしたらすぐに中止するんだぞ! 森が枯れ果てたら大事だからな!」
全然話を聞いていない精霊様、ニコニコ顔で空高く舞い上がって行ってしまった。
ここに居たら俺達も巻き添えを喰らいそうだ、すぐに上空へ避難しよう。
俺達がある程度の高度を取ったのとほぼ同時に、精霊様は小瓶の中身を散布し始めた。
そういえばこんなことをした軍隊がどこかにあったよな、大変なことになったと聞いてはいるが。
キラキラと光りながら落ちて行く紫色の液体、美しくもあるが猛毒だ。
きっと下に生えた木々は……おや、全く枯れる様子がないな……
「おかしいわね、もっと派手にいくと思ったのに」
「消費期限が切れてたんじゃないのか? 毒が抜け切っていたとか」
「そんなはずはないわよ、確かに毒が……あ、下に溜まっていた何かの気体と混ざって中和しているみたい」
「本当か? となるとこの液体は……」
「魔女の島全体を覆っている何らかの魔法を打ち消すためのものだったってことね」
精霊様曰く、何もない状態で普通にこの液体を撒いたとしたら、島の植物は全て枯れ、現時点で既にハゲ島状態になっているはずだという。
しかし液体は一切の効果をもたらさない、それは元々島全体を覆っていた不可視、無味無臭の魔法薬と打ち消し合い、その毒性を失っているからに他ならないのである。
そしてこれで森に掛っていた魔法薬の効果は消え、魔女の住処も見つかるはずだ。
再び地上に降り、木で出来た文字の矢印方向を捜索する、ちなみにあの不快な看板は全て消え失せていた。
……あった、昨日燃やしたログハウスと全く同じものが木の隙間から顔を覗かせているではないか。
慎重に近付くと索敵に反応、間違いない、魔女の奴はあの中に居る。
「セラ、ここの場所を地図にマークしておいてくれ、皆を呼びに行くぞ」
「その必要はなさそうよ、あれを見て」
「……セーブポイントが目の前にあったのか、じゃあエリナに頼めばここへ転移してくれそうだな」
俺の後ろにあったため見落としていたが、1本の大木にダンジョンにあるのと同じセーブポイントの玉が埋め込まれている。
しかも下にはインターフォンが付いている、これを使えばエリナと通信出来るはずだ。
早速リリィがポチッとやり、通信を始める……
『ピンポーン……ガチャ……は~い、エリナで~す、魔女様ですか?』
「違う俺だ、魔女の住処を見つけたんだ、すぐにこの場所へ全員を転移させるんだ」
『え? そこってどこですか? あれ、転移先が1ヵ所追加されていますね』
「わかったらさっさと来い、30秒以内だ、10秒遅れるごとに尻を100回引っ叩くぞ」
『ひぃぃぃっ! すぐに行きますっ!』
47秒後にエリナとパーティーメンバー全員が転移して来た。
遅くなったことに関して必死で謝るエリナ、かわいそうなので尻叩きは端数切捨ての100回で良いにしてやると告げたところ、大変に喜んでいた、寛大な措置に感謝しているようだ。
「見ろ、あれが魔女のお家とやらで間違いない」
「むぅっ! 何だか変なクスリの臭いがしますね、臭いです」
きっと中でヤバめの魔法薬を作成しているのであろう、さっさと突撃して成敗してくれよう。
全員が武器を手に取ったのを確認し、ターゲットが居るログハウスへと近付いて行った……
※※※
「ちわ~、宅配で~っす」
「あらあら、通販でお買い物なんかしていませんことよ、どこか別の島の大魔将と間違えたんじゃありませんか?」
「いえ、確かに住所は魔女の森、勇者一行をお届けに上がりました~っ」
「……もう来たのね、じゃあちょっとお持ちを」
10秒程待つと、ログハウスの扉がガチャッと開く、中から昨日幻影で見た魔女が姿を現した。
唯一違うのはなぜか魔女ローブの上からピンクのエプロンを掛けている点だ。
「ようこそ、良くここがわかったわね」
「おう、苦労したぜ、早速討伐してやるから表へ出ろ」
「あらあら、そう焦らずとも良いではないですか、とにかく中へどうぞ、あ、1杯いっときます?」
そう言って魔女が指を鳴らす、突然現れたテーブルと人数分の椅子、それぞれの席には、ジョッキに入った泡の出る黄色い液体が既に用意されている。
「何のつもりだ? そしてこれは……まさかビールかっ!?」
「いえ、耳かき1杯分で50億人分の致死量になる毒薬です、さぁグイッとどうぞ」
「そんなもんジョッキで出すんじゃねぇっ!」
皆で一斉にジョッキを掴み、魔女に向かって投げ付ける。
ニコニコ顔を崩さないまま、というか予備動作もなしにひょいひょいとそれを避ける魔女。
いや、これは避けているのではないな、俺達が的外れの方向へ投げさせられているに違いない。
そうなってしまう原因は……魔女の後ろに鎮座している巨大な壷だ、中でファンキーな色をした液体がボコボコと沸騰している。
破壊してやりたいところだが、下手に壷を刺激すると爆発とかしかねない。
かといってこのログハウスの中で戦闘を始めては俺達が圧倒的に不利だ。
やはりここは外に誘い出す以外に道はなさそうだな……
「茶番はこれまでだ、早く表へ出ろ、ギッタンギッタンにして俺達に逆らったことを後悔させてやる」
「あら恐ろしいこと、でもね、あなた達が私に勝てるビジョンが浮かばないわ」
「良いから早くしろっ!」
「はいはい、じゃあ行きましょ」
あっさりと表へ出て戦うことを了承する魔女、余裕綽々のご様子である。
外に出て辺りを見渡す、ここは木が生えていない開けた場所だ、いざというときに身を隠すことも出来ないが、それは相手にとっても同じこと。
「それでは始めましょうか、と、杖を出さないとだわ……あれ?」
「杖ってこれですか? さっき見つけて貰っておきました、はいご主人様」
「ありがとうカレン、これは頂いておくこととしよう」
「まぁ、素早い狼さんなのね、良いわ、スペアがあるもの……ってあれ?」
スペアの杖らしきものを持ってニヤニヤしているマーサ、困り顔の魔女。
これで奴の武器は奪った、杖なしであればそうそう強力な魔法は使えまい、ユリナ達のように尻尾があるわけではないし、他に魔法発動体を隠し持っているようにも見えない。
「どうする? 降参するなら火炙りぐらいで勘弁してやるぞ」
「困りましたね、では私の得意とする魔法薬による戦いを展開することとしましょう、まずはそっちの子からっ!」
俺とマリエルの間を何かが高速で通過していく、小さな布袋のようなものであったが、叩き落とす前に視界から消える。
真っ先にルビアを狙ったか、だが大事な回復魔法使いであるルビアは箱舟の中に……って狙われたのはサリナかよっ!?
「サリナ、大丈夫ですのサリナ? もしも~っし……放心状態になってしまいましたの……」
魔女が飛ばした布袋が頭に引っ付いたまま、中の液体を被ってしまったサリナ。
そのままペタンと座り込み、ユリナの問い掛けに全く反応しなくなってしまった。
「あらあら、ちょっと効きすぎたかしら? でも安心して、2時間もすれば元に戻ると思うわ」
「思うわって、今すぐ戻しやがれっ!」
「それは無理よ、だって……」
「ぶっ殺してやるっ! 皆、一気にやっちまえ!」
魔女との戦いが始まる、こちらは既に1人がリタイア、残りのメンバーだけでどうにかしていかないとだ……




