272 森を抜ける
「おかえり勇者様、やっと帰って来たわね、どうしてかなり遠かったジェシカちゃんのチームと一緒なのかしら?」
「色々あったんだよ、な、マーサ」
「うん、色々と……ね」
ジェシカの奴がセラにコソコソと耳打ちをしている、合流した瞬間に見た光景をありのまま伝えているのであろう、俺の命も今日限りかも知れないな……
「でだ、どうしてゴンザレスが居るんだ? 地面から生えてきたのか?」
「だと思うでしょ、でも違うの、私達が行った南の小島に偶然居たのよ」
ミラチーム、即ちセラとミラが行った南の小島、そこはゴンザレスが調査に行っていた火山と目と鼻の先であったという。
噴火し続ける火山の溶岩が溜まって出来たのがその小島、セラ達は熱すぎて目的物を取りに行けず、途方に暮れていたところに、海を泳ぐゴンザレスを発見したそうだ。
こちらも火山関係か、益々今回の素材集めが仕組まれていた説が濃厚になってしまったな……
「精霊様達はどうだった?」
「私達の行った先にも火山はあったわ、休火山だったけど凄く高かったわね、それで香辛料ってのがこれよ」
「真っ黒じゃないか……」
「ええ、火山の近くにかなり古い遺跡があってね、人は誰も居なかったんだけど、とにかくそこから山を登った先で見つけたの、瘴気を吸ってこんな色になったみたいよ」
精霊様とリリィのチームが探していたのは香辛料、というよりもエリナから受け取った絵を見る限りでは完全に本ワサビであった。
通常なら深い緑色をしているはずのワサビだが、精霊様の持っているそれは吸い込まれそうな程の黒である、瘴気を吸うとこうなってしまうというのか、食べられそうにはない。
しかし高い休火山の近くにワサビ、俺の元居た世界を思い出すな。
「おう勇者殿、俺はまた別の場所へ調査に行く、今回はこれで」
「待ったゴンザレス、これまでで何かわかったこととかないか?」
「そうだな、今判明しているのは火山性ゾンビに噛まれるとゴリラになってしまうということぐらいだ」
「……うん、もう帰って良いぞ」
「ではまた会おうではないか!」
元気に走り去って行くゴンザレス、一体何を調べたらそのように意味不明な現象に辿り着くというのだ……
俺達は一旦コテージに戻り、4つのチームそれぞれの成果物を確認し、土産話も交換した。
どのチームも火山、そして人族が魔族化する現象に繋がる話を持ち帰っている。
これは例の魔女に出会うのが楽しみで仕方がなくなってきたぞ。
「ところでさ、この間残留組は何をしていたんだ?」
「私と姉さまはドレドちゃんと一緒に船の管理をしていました」
「へぇ~、アイリスは?」
「はぁ、メイちゃんと一緒に皆さんのお食事を作っていましたが」
「で、残りの2人は……」
「ルビアちゃんとマリエルちゃんは食っちゃ寝のニート生活を堪能していましたのよ、ここぞとばかりに」
ルビアとマリエルは全裸に剥き、縛り上げたうえで全身に砂糖水を塗って山の中に放置した。
今はカナブンやカブトムシを始めとした昆虫に集られている、ざまぁみやがれってんだ。
馬鹿の処刑も終わり、久しぶりに全員で揃っての夕食を取る、風呂にも入り、翌日は休みとすることを決めて横になった……
※※※
翌々日、ドレドの船に乗って大魔将の島へ向かう、ニコニコ顔のエリナが出迎えてくれた。
「おはようございま~っす、指定の素材、集めて来ましたか?」
「はいこれ4種類な、早く何とかのお香を調合しろ」
「えぇ~っと……うん、確かに受領しました、ではこれ、既に完成したものを用意してあります」
「それを先に出しやがれっ! お前は料理番組には向いていないようだな、拳骨を喰らいなさい!」
「あいだっ! 叩かないで下さいよぉ~」
エリナを引っ叩き、森ダンジョンへと足を進める、受け取ったお香に火をつけると、辺りに何とも言えぬ香りが広がった。
これを焚き続けていればまたスタート地点に戻されるようなことはないのか、それでも広いダンジョンだからな、踏破までにはかなり時間が掛るのであろう。
それに幽霊が出るかも知れないという話を思い出し、内股気味でノロノロ歩く3人も居るからな……
その3人のペースに合わせてゆっくりと森を進む、しばらく行った所で索敵に反応、しかも空である。
見上げると、巨大な木彫りのドラゴンが上空からこちらを睨みつけているではないか。
「何アレ? 魔物なのか?」
「勇者様、アレはウッドラゴンよ、ドラゴンに擬態して身を守る植物タイプの魔物ね」
「いやいや、空まで飛ぶことないだろうに、てかもしかして……」
予感的中である、リリィが使うようなファイアブレスをこちらに向けて放ってきた。
威力は本来のものよりも遥かに弱いが、こんなに深い森の中で炎を使ったらどうなるか、結果は見えている。
精霊様が直ちに張った水の壁によって直撃は免れたものの、周囲の木々には火が掛かり、徐々に燃え広がっているようだ。
早くこのウッドラゴンとやらを討伐しないと、山火事にの中央に取り残されて逃げ道がなくなってしまう。
そう思って再び空を見上げる……居なくなってしまったではないか……
「おいっ! あいつどこへ行ったんだ?」
「もうとっくに落ちたわよ」
「え? いつ誰が倒したんだよ?」
「ウッドラゴンはファイアブレスを使うけど体が木だから炎が弱点なの、だから最初の攻撃で自滅して燃え尽きたわ」
「それは生物としてどうなんだ……」
とりあえず周囲の小火を消火し、先へ進む。
少し歩いた先には先程のウッドラゴンと思しき燃えカスが落ちていた。
このまま朽ち果てて森の養分となるらしい、死に方は残念だがその後は意外と効率的なようだ。
またしばらく進んだ所で、今度は前衛の4人がサッと後ろへ飛ぶ、次の瞬間、木々の中から蔦のような枝のような、とにかくそういったものが無数に飛び出して来る。
狙われた4人のうち、ジェシカだけは鎧が重く、動きが遅い。
逃げ遅れたジェシカは両手両脚をその蔦に掴まれ、いつもの如く拘束されてしまった。
「何をするっ!? 離せ、離すんだっ! どうしていつも私ばかり……」
どうにか逃れようと暴れるジェシカであったが、腕も脚も伸ばされて固定されているため、上手く蔦を千切ることが出来ない。
一方の敵はまだ蔦の数に余裕がある、余ったうちの2本がジェシカの体へ近付き、鎧の胸当てを、そしてその下に現れたシャツのボタンを器用に外してしまった。
それと同時に、先端が毬栗のようになった蔦が現れ、そのトゲトゲでジェシカのおっぱいをツンツンし出した……
「いたっ! 痛いぞ、誰か早く助けてくれ!」
「おいセラ、アレは何ていう魔物なんだ?」
「これは確かチチクリ3年とかいう名前だったわね、捕まると3年間ずっとおっぱいをツンツンされるわ、あの毬栗で」
「ヤベぇ奴だな、とりあえずしばらく観察しておこうか」
「ひぃぃぃっ! 早く助けて~っ!」
ジェシカがあまりにもうるさいため、3分程で蔦を斬って助け出してやる。
しかし面白い魔物だな、屋敷の庭で栽培してお仕置き用に使おうかな……
などと考えていると、ルビアが前に出て地面に落ちた毬栗を拾う。
中の栗を取り出すようだ、もしかして栽培に手を出すつもりか?
「あ、やっぱり、何かちょっと光ったと思ったんですよ」
「何それ……あ、銀の鍵か!」
そういえばダンジョンの中ボスやラスボスに挑戦するための鍵の存在を忘れていた。
まずは銀の鍵で中ボス、そして金の鍵を手に入れてラスボス部屋の扉を開ける必要があるのだ
「勇者様、せっかくだから今日のうちに中ボスを倒しておきましょ」
「セラは杖の実験がしたいだけだろ、だが時間があればそれでも良いかな」
敵も弱く、迷い避けのお香の効果でどこかに入り込んでしまうこともない、このまま進めばどうにか今日中に中ボスを討伐してしまうことが出来そうだ……
※※※
昼過ぎまで歩き、一旦休憩する。
もう次のセーブポイントは中ボス部屋らしき広くなった場所だ。
昼食を取りながら協議した結果、今日はそこまで行って探索を終えることとした。
休憩を終えてしばらく歩くと、絡み合った蔦によって封鎖された場所を発見する。
地図によるとその先が広い部屋になっているようだ、微妙な鍵穴らしきものも見受けられた。
「ここに銀の鍵を……ピッタリだな」
鍵を回す、次の瞬間には蔦が両サイドへ避け、その奥には篝火の焚かれた古代遺跡の一室のような部屋が登場する。
全員が部屋の中に入ると、再び蔦が元の位置に戻り、退路を断つ。
間違いなくここにボスキャラが居るな、索敵には未だに反応がないが、そのうち現れるに違いない。
「あ、何か地面から出て来ますよ……木、でしょうか?」
「木だな、うん、普通に木だがそれが敵みたいだぞ」
部屋の中央付近の地面からニョキニョキと生え、徐々に大きくなっていく木。
それは3mを超えた辺りで生長を止め、表面に顔のようなものが現れる。
『待っていたよ異世界勇者パーティー、僕はこの森の副管理者、ブランチブラザーズの弟さ』
「ブラザーズ? てことは兄も居るのか?」
『そうさ、僕が副管理者、つまり君達の言う中ボスだね、そして兄が管理者、ダンジョンボスと言っておくべきかな』
「話はわかった、おい皆、コイツを人質、いや木質にしてダンジョンボスを脅迫しようぜ」
「また主殿はそういう卑劣なことを……」
「うるせぇぞ、勝てば良いんだよ、何をしてでも勝った方が偉いんだ」
真面目ジェシカさんの批判を一蹴し、どのようにしてコイツをダンジョンボスの所まで引っ張って行くか考える。
地面に根を張っているゆえ移動することは出来ないようだ、であれば下の方で切断してロープで括り、引っ張って行くこととしよう。
『君達、そっちから来ないならこっちから攻撃させて貰うよ!』
「どうぞどうぞ、うわっ!? 枝が伸びるのか……」
予想していたのより遥かにリーチが長いようだ、幹から生えた何本もの枝は、10mを超える程にまで引き伸ばすことが可能であるらしい。
これだと接近して物理攻撃で斬るのは効率が悪そうだ、後ろから魔法で一撃……と、セラがそのつもりで準備を始めているようだ。
「退いてっ! 絶対に射線上に入らないでっ!」
「ヤバいぞ、全員距離を取れっ!」
杖を構えたセラ、その杖の先端の玉部分には、凄まじく圧縮されたと見える空気の固まり。
それが徐々に刃の形へと変化していく、セラは制御するので精一杯のようだ。
「もう押さえきれないわっ! いくわよっ!」
刃の大きさはこれまでセラが戦闘で放っていたものと同等である。
だがその圧縮率は比較にならないはずだ、これをまともに喰らったら普通の敵ではひとたまりもないな……
刃が杖から離れる、スピードも桁違いだ、まっすぐ木のバケモノに向かったその魔法は、幹の地面から50cm辺りの高さに直撃する。
スパッと切れた、そういう表現をするしかない光景だ、人の胴よりも二周りは太いその幹は、まるで研ぎ澄まされた包丁で大根でも切ったかのようにあっさり切れた。
ついでに後ろの壁も粉砕している辺り、セラの放った魔法がかなりの威力であったことを確認させてくれる。
『がぁぁぁっ! 馬鹿な、そんな馬鹿なぁぁぁっ!』
「馬鹿はお前だろ、弱っちいんだから調子に乗らず、大人しく地面に埋まっておくべきだったな、ちなみにこのままだといつ死ぬんだ?」
『そう簡単に死んでたまるかっ! まだ3日は生きられるからね、その間に君達を屠って……』
「じゃあ今日は帰るわ、また明日な」
『待て、待ってくれ、このまま置いて行かないでくれぇぇぇっ!』
明日はコイツを引っ張るためのロープを持って来ることとしよう、天井から宝箱も降りて来たことだし、それを開けたら今日の探索は終了だ。
「セラ、今回はお前が全部開けて良いぞ、一撃で中ボスを倒したんだからな」
「あら、でも何が入っていても怒らないでよね」
ポンポンポンッと、テンポ良く3つの宝箱を開けるセラ、1つは金の鍵、残りの2つは割り箸(使用済)と木の苗であった。
宝箱開けて割り箸って、しかも使ってあるとか、そろそろいい加減にして欲しいのだが?
「片方はゴミなのがわかったけど……こっちの木の苗は何なのかしら?」
「たぶんここに植えて帰れってことだろうな、今あの中ボスを伐採してしまったし、そういう場合は新しく植樹する必要があるんだ、資源保護のためにな」
「なるほど、じゃあ踏まれたりしないように外の壁際に植えておきましょ」
一旦中ボス部屋を奥へ抜け、そこに宝箱から出てきた苗を植えておく。
この先も同じような森が続いているようだ、明日は未だにギャーギャー喚いているあの中ボス野朗を引き摺ってここを進まなくてはならないのか、ちょっと面倒になってきたな。
その日は中ボス部屋のセーブポイントを使って入口へ戻り、コテージへと帰った……
※※※
翌日、ダンジョンに入る前にエリナに頼み事をしてみる。
あの中ボスを運ぶのが面倒になったのだ、どうにかして転移を使えないかと頼み込む。
「別に構いませんよ、皆さんがダンジョンボスの部屋に辿り着いたらあの木を送れば良いんですよね?」
「そうだ、頼めるなら助かるよ、正直重そうだし、あとうるさそうだからな」
俺達の要求はあっさりと通り、昨日探索をやめたセーブポイントから普通にダンジョンの最深部を目指していくこととなった。
ほぼ見た目の変わらない森の景色、出現する敵は草や木をモチーフにしたものばかり、トラップもゲリラが使いそうな野性的なものが中心である。
そしてそんなものは探索馴れした俺達にはもう通用しない。
あっさりと見つけ、魔物なら倒し、トラップなら解除して先へ進む。
昼休憩を挟み、その後もどんどん歩いて行くと、昨日よりもさらに大きな蔦の塊が見つかる。
地図上でもここがダンジョンボスの部屋で間違いない、金の鍵を取り出し、中央の穴に差し込む……
「開いたぞ、エリナ、あの中ボス野朗を転移させてくれ」
「わかりました、では中に入ってしばらくお待ち下さい」
言われた通り中に入ると、こちらも昨日同様に入口が閉じてしまった。
そして遺跡のような部屋の中央が盛り上がり、そこから木が生えてくるのも全くもって同じ、少しは捻るとかそういった発想はないのか?
『ふはははっ、良くぞここまで辿り着いた、我がこの森ダンジョンの管理者、ブランチブラザーズの兄だ』
「あっそ、てか木の分際で剣なんか持ってんじゃないよ」
『何を言う、弟との違いは剣を持っているか居ないかだけだ、この剣が我のアイデンティティー……いや待てよ、お前達がここへ来たということは……俺の弟はどうしたっ!?』
中ボスであったブラザーズの弟、それを倒さない限り俺達がここへ来ることはないという事実に気付き、慌てふためく木のバケモノ2号、いやこっちが1号なのか。
次の瞬間、幹の下の方を切断された情けない姿の2号がエリナと共に転移して来る。
昨日よりは弱っているが生きてはいるようだ、早速作戦を開始しよう……
『お前達、卑怯だぞ! 弟をどうするつもりだ?』
「そうだな、良い木材になりそうだし、まずはこうだっ!」
『がぁぁぁっ!』
セラの短剣を借り、2号の幹から生えた枝のうち、比較的細めなものを狙って枝打ちしてやる。
良い木材になりそうなのは本当だからな、最終的には全部の枝を払い、丸太にして持ち帰ってやるのだ。
そうでもしないとショボい宝箱のせいで採算が合わないからな。
『待て、待ってくれ、武器を捨てよう、そうすれば我のブラザーを傷つけないと約束してくれ』
「いや、別に剣は持ったままで良いぞ」
『ど……どういうことだ?』
「このブラザーが大事ならその剣を使って自殺しやがれ、あ、上の方を刺すんだぞ、木材としての価値が下がってしまうからな」
『……クソッ、やむを得ん、では俺が死ねばブラザーには手を出さないと約束してくれ』
「うん、それで良いよ、それで良いからさっさと死ね」
『う……うぉぉぉっ! げべっ……』
本当に自分に剣を刺して死にやがった、馬鹿な奴だ、所詮は木だからたいした知能は持ち合わせていなかったということか?
ダンジョンボスの死骸を確認すると、表面に浮かんでいた顔が消え、少し太めの普通の木に戻っている。
ミラがどこからともなく鋸を取り出し、それを解体し始めた。
さて、もう1体の木も始末しておこう、手は出さないと約束してしまったゆえ、聖棒で突いて殺害するしかない。
「覚悟しやがれこの植物野郎!」
『やめてくれ……やめて……へぼぷっ!』
こちらも普通の木に戻ったようだ、解体し、2本の丸太が出来上がる。
多少は価値がありそうだな、一緒に入口まで転移させ、船に積み込んでトンビーオ村で売却しよう。
「勇者様、宝箱が降りて来たわよ」
「ああ、どうせたいしたものは入っていないだろうよ、適当に開けてくれ」
セラ、カレン、リリィの3人が宝箱を開ける、ミスリルの鍵、再び苗木、そしてリリィの開けた箱には木彫りの熊が入っていた。
「ご主人様、熊が魚を咥えているフィギアですよ、どうしますか?」
「うむ、これは上等なものだな、持って帰って床の間に飾ろう」
昨日の割り箸と比べると随分グレードアップしたようだが、もしかして魔王軍はコイツの価値を知らないのか? 置物としては最もポピュラーなものなのに……
「さて、明日はいよいよ魔女の城に突入だな、その前にちょっと様子を見ておこうか」
ミスリルの鍵を使ってダンジョンの出口を開ける、蔦の扉が避けた先には、またしても森が広がっていた。
その先にあるのは小さなログハウス、もしかしてあれが魔女の城なのか? いかにも、といった雰囲気ではあるが、いかんせん小さすぎるぞ。
ちょっとだけ入ってみたい気もするのだが、そうするとすぐ大魔将である魔女に遭遇してしまいかねない。
今日のところはこれで撤退し、討伐は明日以降に回すこととしよう。
魔女がどれだけ強いのか、そして倒した後には何を語ってくれるのか、その答えはもうすぐ目の前だ……




