26 帝国の影
「お皿が空っぽになっちゃいました~」
「構わんさ、ほれこっちのを食べると良い。」
「剣で遊んでいたら折れてしまいました…」
「構わんさ、ほれこっちの剣を使うと良い。」
俺達は犯罪ギルド殲滅作戦で得た戦利品とその後の報酬でちょっとした、本当に取るに足らない小金持ちになっていた。
特に奪った食糧は早く食べてしまわないといけない、武器だってそんな良いものでは無いから模擬戦がし放題だ。酒だってあるぞ!
「なぁ、今日は庭でバーベキューしようぜ。」
「勇者様、そのバー?…とにかく何ですか?」
「ああ、外で炭火を使って肉とか野菜とかを焼きながら食うんだ。」
「あ、それは私も楽が出来そうですね!楽しみです。」
ミラの楽しみなポイントがかなりずれているように見えなくもないが、食事に関して権限を持つ者の同意を得られた。これでほぼ決まりといって良いであろう。
「セラ、ちょっと炭を買ってきてくれ。」
「炭?怪しい儀式でもするのかしら?言っとくけど邪神を召喚するのは王都条例違反よ。」
「そうじゃない、夕飯が美味しくなる儀式を行うんだ。」
「まぁ!それなら合法ね、行ってくるわ!」
邪神召喚は条例違反だったのか、気をつけよう。
マーサが畑に行き易くするために破壊した塀の一部を積み上げ、コンロ様のものを作る。
上にそこらに落ちていた鉄板を乗せれば完成だ。
ルビアを四つん這いにさせて横に座ってみる、うん、高さもちょうど良い。
ミラがいつでも野菜を切れるよう、台を設置してくれた。肉も一口大に切ってある。あとは炭だけだ。
「ルビア、シルビアさんを呼んで来てくれ。そろそろ店仕舞して飯を食おうってな。」
「わかりました、ついでに少し良い酒も買ってきましょう。この間の戦利品は低品質のものばかりですから。」
確かに犯罪者ギルドにあった酒はろくでもないものばかりだった。今は精霊様への供物としたり、リリィが適当に飲んでいる。
ちなみにマリエルから没収した粉末酒は精霊様がふりかけの代わりに使っている、ヤバい奴だ。
「マーサ、畑にニンジンはあるか?」
「足ニンジンと戦う覚悟があるのならすぐに用意できるわ。今の感じなら数分で出来るわね。」
「よし、食事の前に奴等で腹ごなしをしよう。」
20体ほど発生した足ニンジンと戦い、残りを収穫する。
討伐した足ニンジンは王に献上したり、筋肉達に配ったりしよう。
本来の姿を知ったうえで食べようとは思わない。
セラが帰ってくるが何かおかしい、何故リヤカーを牽いているのだ?その量の炭なら屋敷ごとバーベキューにできるぞ。
「これで良いかしら?あとこのマシンを店に返してくるわ。」
この世界のホムセンは軽トラではなくリヤカーを貸してくれるようだ。
ルビアも帰ってくる、シルビアさんも一緒だが、手ぶらだ。
「お酒は後で業者の方が届けてくれるそうです、ちょっと頼みすぎてしまいました。」
「勇者様、この子に大きい買い物を任せるのは悪手よ…」
酒屋の兄ちゃんがニコニコ顔でやってくる、もちろんリヤカーを牽いてである。
金貨1枚を請求されてしまった…
酒屋の兄ちゃんは嬉しそうだ。
「あんがとな勇者様!これで新しいマシンが買えるぜ、コイツはカーブでリヤが滑ってしょうがねぇ!」
あんたのマシンはリヤカーなんだが?前から後ろまで全てがリヤなのだが?
酒屋の兄ちゃんは帰っていった。8-6型とかいう至高のモデルを買うらしい。
お前ホントに酒屋か?大豆製品とか扱ってない?
「しかししょうがない子達だな…まぁいい、マリエルはコンロに炭をセットしてくれ。」
大量の炭が堆く積み上げられた、鉄板の上に。
そこではない、そこではないぞ!というか見ただけでわからないのか?
帰ってきたセラも含め、やらかした3人の処刑はシルビアさんに任せた。
シルビアさん特製の器具がいくつも設置され、拷問部屋と化した応接間から悲鳴が聞こえてくる。
「さて、残りの皆は聞いてくれ、良いか?この鉄板の上で肉や野菜を焼くんだ。熱くなるから直接触らないようにな。」
火を熾し、鉄板が良い感じになってきたところでミラが油を敷く、この子はわかっているようだ。
シルビアさんと馬鹿共が戻って来たのを確認し、第一陣を焼き始める。
良い匂いだ…
リリィやカレンは既に我慢ならないようで、おかしな動きを始めた。
マーサは完全に野菜だけの野菜串を作ってご満悦だ。
「勇者様、皆が勝手に調理をしてくれるなんて夢のようです!」
ミラは毎日のタスクから解放された喜びに震えている。家事担当、至福の瞬間である。
「しかしミラ、いつも誰か手伝ってくれたりしないのか?」
「いえ、お姉ちゃんは邪魔するしカレンちゃんは言うこと聞かないし、ルビアちゃん、マリエルちゃん、勇者様の3人は救い難い無能だし、リリィちゃんは肉、マーサちゃんは野菜をつまみ食いしてばかりです。」
「なるほどな、大変申し訳ございませんでした。」
これからはこのバーベキューを定番化し、ミラの負担を減らすよう努めよう。
既に半生の肉を食べ始めているリリィを見ながらそう考えた。
「ところでマリエル、この国では貝類も食べることがあるんだよな?」
「ええ、といっても内陸ですから、蜆ぐらいですかね…」
「海の方に行けば牡蠣や帆立が食べれれるのか?こっちにも運ばれて来る?」
「そうですね、ただ最近は交易路で帝国軍が悪さしていてこちらには来ないようですが。」
また帝国か…本当に早く始末しておかないと、俺の幸せな異世界生活が阻害されてしまう。
「ちょっと待ちなさい、その帝国のせいで海のものが食べられないのね…水の大精霊の名において殲滅するわ。処刑よ!皆殺しよ!」
精霊様がやる気を出したようだ。このままの流れで戦争を手伝って欲しい。
「う~ん…セラとミラの村も危ないし、こちらから仕掛けるか?」
「それは得策ではないかもしれません。王宮のリアルタイム監視情報によると、敵は既に大軍団で動き出しているとか、ここで動くと入れ違いになって留守を突かれかねません。」
なるほど、犯罪帝国人が王都に侵入していたルートを潰したんだ。敵は王都攻撃の継続のため、兵を挙げる手段に出たか…
ちなみに、犯罪者ギルドにあった王都の外に通じる穴は兵士が見張り、時折ひょっこり出てくる帝国人をもぐら叩きがごとく退治しているそうだ。
「帝国軍の侵攻に対して、こちらとしては国境の砦で迎え撃つつもりでいるようですね。」
「ちょっと待ってよ!国境の砦って私達の村のすぐ近くよ!」
セラが驚く、つまりそこが抜かれたらセラとミラの実家もアウト、ということだ。
悪辣な帝国人で組織された軍が村をスルーしていくなんてことはまず無い、確実に略奪され尽くすであろう。
「よし、もう少し待ってみて、本当に来そうなら俺達もその砦に入って戦おう。マリエル、敵はどのぐらいの数で来そうなのかわかるか?」
「ええ、少なくとも20万、多ければ30万以上になると予想されています。」
「で、こっちは?」
「…1,500です。」
嘘だろう!もう少し頑張ろうよ!何そんな数で迎え撃とうとしてんだよ?
アレだよ、歩いて向かってくるだけで踏み潰されるよ!
「とにかくいくら帝国人が弱いとは言ってもそれじゃ勝ち目が無いだろう。俺達で何とかするしかないな…」
作戦は決まった、まずは砦に向かい、中で待機。敵が来たらリリィのブレスで一掃、精霊様が消火しつつどこかへ流す。
残った根性のある奴はマーサが魔物を使役して殲滅する。
それでも生き残ったタフな野郎はカレンが降りて行って片付ける。
大体こんな感じだ。
セラとミラは近くにあるという自分達の村の避難誘導だ。戦っている間に敵の別働隊が略奪、なんてことがあるかも知れないからな。
マリエルは総大将として座らせておく。指揮官が王女となれば数少ない兵士共の士気も相当に上がるであろう。
もちろん、マリエルはお馬鹿なので実際の指揮は俺がするが…
「リリィも精霊様も、今回は全力で戦って良いぞ!」
「マーサも呼べるだけ魔物を呼んでくれ。」
「どのぐらい呼べるかしら…ちょっと王都で試してみても良い?」
「尻尾を炭火で炙って欲しいのか?」
「焦げるからやめてちょうだい…」
切ってあった肉も野菜も無くなってきた、今日はこの辺りでお開きにし、残りは明日の朝食にするということになった。
シルビアさんもお土産の酒を持って帰っていく。
炭臭くなってしまったので髪の毛を洗う。俺も含め、飲みすぎたメンバーの入浴は禁止した。
カレンやミラが風呂に入っているのをワイングラス片手に窓から眺める、眼福である。
椅子も良い質感だ、空いた方の手で尻尾を弄ってやる。
「なぁマーサ、お前まだ王都を狙っているのか?」
「そんなこと無いわ、さっきのはふざけただけよ、お仕置きしてちょうだい。」
「じゃあ魔王が戻って来いと言ったらどうする?」
「もうあんたのペットになっているからとお断りするわよ。」
「そうか、絶対だな!」
「魔族は嘘はつかないのよ。」
どういうことだ?悪の生物が嘘はつかないとか…
「まぁいい、嘘だったら研究所に売るからな。」
「そのお仕置きは好みではないのだけど…」
「さて、今日はそろそろ寝てしまおうかな…」
「あの…お仕置きは…」
貴様は喜ぶだけだろう!
※※※
「じゃあ帝国軍は来月には来るってんだな?」
「左様、総勢35万の大軍団になる模様じゃ、進軍ルートも予想通りのようじゃの。」
「おい総務大臣、それホントかよ、イマイチ信用できないんだがこの国の調査班は…」
「大丈夫じゃ、この件は帝国に送ったダーマンという凄腕スパイが調べてきたのじゃ。」
スパイ=ダーマンかよ、大丈夫なのかソイツ?
今回の戦争には俺達と筋肉団、それにウォール家ともうひとつの武家が参加を表明している。
もちろん砦が落ちるようなことがあれば総員火の玉となってなんとやらであるが、そもそも砦は狭く、そこまでの人数を出しても仕方が無いという。
「しかし35万かよ…骨が折れそうだな。」
「おぉ、ゆうしゃよ、リリィちゃんが居れば大丈夫じゃろうて、しかも今回は水の精霊様も戦ってくれるのであろう?」
貴様は王の分際で外部の力ばかりに頼ろうとするな…
「あそうだ、砦の防衛ではマリエル王女を総大将にするが、構わないよな?」
「うむ、良いぞ。ただし怪我だけはさせぬようにな。血が出たりしたら一滴につき金貨3枚賠償してもらうぞ!」
コイツには溶かしたアツアツの金貨を3枚、耳から流し込んでやろう…
「よし、じゃあ俺は準備をしておくから、あと勇者パーティーだけは早めに現地入りするかもしれない。メンバーの故郷が砦に近くてな、心配なんだ。」
「うむ、武運を祈ろう。」
「勇者殿、先に戦を始めるなどということがないようにな、僕達の分が無くなってしまう。」
「そうだぞ、せめて良い肉体をしたものは残しておいてくれ、俺たちが戦いたい。」
「了解した、もし先に敵と対峙しても待っておくことにするよ。非戦闘員に被害が出るようならその限りじゃないがな。それじゃ!」
※※※
「はいは~い!集合!集合ですよ~。」
いつものごとく全然集まってこない…
「集合しない者は戦争中お留守番とします!」
速攻で集まった、皆それぞれ理由があってこの戦争に参加したいと思っている。
村が危機に晒されるセラとミラ、王女のマリエル…後は大体ストレス発散とか戦いたいだけだ。
ルビアに至ってはやられたいだけである。さっきから『クッ、殺せ!』の練習を繰り返している。
何を考えているんだ貴様は…
「え~、戦争の開始は1ヶ月ぐらい後になるそうです。我々は先に現地入りして、セラとミラの村に被害が出ないように監視します。」
「ちなみに敵の数は35万になったそうです。」
精霊様が手を挙げて発言する。
「その35万のうちのどのぐらいを殺って良いわけ?」
「ほとんど持っていって良いと思うけど、全部はダメだ。武功に飢えている連中が悲しむからな。」
「じゃあ偉そうなのだけ残して残りの雑魚は惨たらしく殺害するということで良いわね。」
精霊様は普通に狂っているだけなので、特に敵の首を取るの取らないのには興味がない。
雑魚でも大将でも、単に殺害することができれば満足なのである。本当にどうかしている。
「精霊様の言うとおりだな、雑魚をウチで引き受けよう。あと、1,000人将の首ぐらいならいくつか貰っても構わないはずだ。カレンも功績が欲しいもんな?」
「はい、そんなにたくさんでなくて良いですが、戦に出る以上最低でもひとつは獲っておきたいです。」
「じゃあ雑魚を全部引き受けて中級の奴の首をいくつか貰うって感じで交渉しておくよ。」
ちなみにもう負ける可能性は無い。リリィだけだと数で押されて抜かれるかもしれないが、今回は精霊様も居る。
この2人で攻撃を続ければ、隙間から抜き去られて砦が…などということは無さそうである。
翌日、王宮でこの話をすると大変喜ばれた。
他の参加メンバーは雑魚などには興味が無く、強い奴と戦いたい筋肉達、それから良い首を獲って自慢したい武家の連中である。
俺達が数ばかり多くて不要な連中を片付ければ、彼らはまっすぐ目的に向かうことが出来るのである。
※※※
さらに3日後、俺達は王都を発つ準備に取り掛かる。
「お~い、皆準備はできたか?おやつは鉄貨3枚分までだぞ!」
「ご主人様、エッチな本はおやつに含まれますか?」
「エッチな本はオカズなのでおやつには含まれません。ただし俺にも見せること。」
「勇者様、マリエルちゃんの演説用の原稿、これで良いでしょうか?」
「うむ…うんここをもうちょっとボルテージが高まる感じにして、あと最後はもうちょっと短くて強い言葉で締めるんだ。それ以外は大丈夫だ。」
「勇者様、1,500人の前で演説なんてちょっと緊張します…」
「大丈夫だ、お前の父上は何十万人の王都民の前でパンツ一丁なんだぞ!」
「それから壇上に上がってもすぐに始めようとするなよ、一瞬、全体が静まり返るタイミングがあるはずだ。そこを狙うのが上手な演説の始め方だ。」
「何か詳しいわね…もしかしてあんた、この世界に来る前は指揮官だったの?」
「いや、俺は一兵卒だった。」
「そうなの、魔王様と同じね、まさか魔王様が入りたかったというユーメイ=ダーイガック軍とか?」
「違う、俺が入っていたのはエフラン=ダーイガック軍だ、まぁどっちも似たようなもんだがな…」
全然違うのであった。
その後、予約してあった馬車が迎えに来たので出発する。
前回と同じく4人乗り馬車2台に分乗する、前回と違って9人、つまり抱っこは一人だ。
最初にカレンを捕まえた者が優勝である。抱っこの権利を賭けたバトルが始まった。
まさかのダークホース、ルビアが優勝した。
今回は馬車①に道案内の出来るセラとミラ、それから俺とルビアとカレン、残りは馬車②となった。
馬車②では、マーサとマリエルが精霊様の怒りを交互に受け止めることになるであろう。
しかも回復魔法無しで…
馬車の中、カレンの尻尾はルビアに権利があるため、横からふわふわの耳をつまみ食いする。
カレンはすぐに寝てしまったようだ。
仕方ないのでその後はルビアの尻を撫でたり、ミラのおっぱいが振動で揺れるのを眺めたりしていた。
「セラ、ここから村まではどのぐらい時間がかかる?」
「そうね、このペースで行くと2日ってとこかしら?途中で宿を取る必要があるわね。」
「ああ、宿は大臣から書状を貰っているから大丈夫だ。見せれば満室でない限り泊めてくれるらしい。」
「大部屋かしらね?」
「どうだろうな?行って見てみないとわからない。でも野宿は無いから安心しろ。」
「お姉ちゃん、宿では他のお客さんも居るから騒いじゃダメよ。」
「何故私なの?カレンちゃんやリリィちゃんに言うべきだと思うわ。」
いや、最近やたらとうるさいのはお前だと思うぞ…
お、そうこうしているうちに今日泊まる町に着いたようだ。
王都とセラ達の村、そして砦がある場所のちょうど中間地点らしい。
さっそく宿を探す…ちょっとボロいがすぐに見つかった。戦争が近いことを皆知っており、そのせいか旅人もまるで居ない、全室空いていた。
「一部屋で寝れるのは最大6人じゃな…無理をすれば入れんことも無いが、ベッドがパンパンじゃぞ。」
リリィと精霊様はベッドが要らない。精霊様なんかちょっと浮いてるからな。
となると、2人入るベッドはひとつだけ…またカレンの取り合いが始まった。
優勝はマリエルであった、俺は勇者なのに負けてばかりである。
「うむ、じゃあこの書状を王宮に提出して代金を請求させてもらおう、精霊様から金は取れんから8名様分じゃな…ドラゴンとか魔族とかもちょっと微妙じゃがな。」
その後宿屋のじいさんは説明をしてくれた。風呂に入りたかったら公衆浴場に行くこと、便所は1階でしかも共同、飯は出ない、隙間風が凄い、ちょっと臭い。至れり尽くせりのボロさである。
銭湯的なところに行き、飯も済ませた、後は寝るだけである。
「寒いわね、暖炉とか無いのかしら?」
「無さそうだな…して、これは布団なのか?それともデカい雑巾なのか?」
湯たんぽとなるカレンをゲットしたマリエルはほっとしている。そのぐらい寒く、布団も薄いのだ。
ルビアを俺のベッドに入れようとしたが、狭すぎて入れない。
そうだ、セラなら…既にミラが抱え込んでいた。マーサもデカ過ぎて入れない。
だがルビアとマーサならギリギリ2人でベッドに入れるようだ、抱き合って寝ている。
俺だけ一人で取り残された、ヤバい、凍え死ぬ!
宙に浮かんでいる精霊様を引っ張り込む、逆に冷たい…
床で寝ているリリィを拾い上げる、噛まれました…
俺は…風邪を引いた…




