264 決戦準備
岩竜王と面会した夜が明け、俺達はエリナの船、つまり魔王軍公用船で岩竜島リゾートを後にした。
一時向かうのはトンビーオ村、そこで居残り組を全員拾い、ドレドの船を使ってもう一度島に戻る予定である。
エリナはそのまま熱血大魔将の島へ行き、焼け野原となった城の跡地で本人に決戦の場所を伝えに行く予定だ。
日取りこそ決まっていないが、岩竜島でその大魔将との決戦が行われるのはほぼ確定、あとは奴がビビッて逃げたりしなければ勝負は成立、この世界の未来を守るためにも確実にぶっ殺してやる。
「到着しましたよ~、早く降りて下さ~い」
「げぇ~、まだ真昼間じゃないかよ、絶対にクソ暑いだろ」
エリナの乗って来た魔王軍公用船の内部は冷房でも掛っているかのように涼しい。
つまりは下船してから港の横に設置された氷ドームに到達するまでの間、灼熱の大地を踏みしめて行かなくてはならないということである。
控えめに言って地獄だ、平気で降りて行く他のメンバーはトチ狂っているに違いない。
「ほら勇者様、早くしないと置いて行っちゃうわよ」
「へいへい……うわっ、あぢ~……」
強烈な熱気と湿度、それから腐敗臭の漂う港を小走りで駆け抜け、滑り込むようにして氷ドームの中に入った。
「おかえりなさい、竜の島はどうでしたか?」
「特に攻撃は受けなかったよ、はいお土産」
岩竜島の桟橋付近にあった売店で購入して来たのは『漢のドラゴン料理3巻セット』である、それぞれ肉、魚、野菜を主食とするドラゴンの伝統料理レシピが載っているものだ。
これをアイリスに渡しておけばリリィが満足する肉や魚の料理を身に着けてくれることであろうと思って購入したのである。
というか草食のドラゴンなんてのも居るんだな……
「わぁ、ありがとうございま~す、それで、これからもう一度その島に行くんですか?」
「そのつもりなんだが、今出ると暑いから暗くなってから出発することにしようか、それまでは休憩だ」
ドレドの見立てでは、所有する船で岩流島へ行くには最低でも3日、いや3夜航海しなければならないという。
今日の夜に出たとしても到着は3日後の朝方か、なるべく早く大魔将を片付け、まともな気候を取り戻したいところだがやむを得まい。
そのまま氷ドームの中で休憩し、日が傾きかけたところで出発の準備を始める……
「あの、私は連れて行かれるのですか? ドラゴンに食べられちゃったりとかしませんよね?」
「何だ魔法少女、ここで1人木にでも縛り付けておいて欲しいのか? それこそ暑さで凶暴化した魔物とかに齧られるぞ」
「ひぃぃぃっ! 行きます、行きますからそれだけはどうか……」
「わかったじゃあ逃げたりしないように担保を徴しておこう、オラ、パンツ脱げ!」
「いやぁぁぁっ!」
魔法少女の可愛らしいパンツを無理矢理に脱がす、もし大魔将の討伐が終わるまで逃げたり暴れたりしなければ返してやる予定だ。
もちろん担保としてだけでなく、素っ裸で縛られたまま逃げるような奴はなかなか居ないであろうという理論にも基づく、まさに完璧な作戦なのである。
「恥ずかしいです、せめて布を巻くなどして下さらないと困ります!」
「何だ、文句があるというのか? だとしたらその丸出しになった尻を引っ叩いてやるから覚悟しろ」
「……いえ、何でもありません、私如きははこの扱いで十分に満足しております」
「ならばよろしい、ほら、行くぞっ!」
「きゃいんっ! 叩かないで下さい~」
魔法少女を引き摺り、他の遠征参加者を引き連れてドレドの船へと向かう。
修理した所だけ妙に綺麗な船には、あらかじめ氷魔法使いが撒いてあった細かい氷の粒が大量に転がっている。
まだ日が沈むかどうかぐらいの時間帯、もちろん暑さは全く引いていない。
だがこの状態であれば出航に差し支えないはずだ、全員が乗り込んだらすぐにでも出発することとしよう。
「人も馬も全部乗りましたね? それじゃ、出航しま~す!」
それから朝まで船を進め、日が出てからは氷山ドームで船全体を覆って待機する。
そんなことを繰り返しながら3日間、ようやく岩流島が見えてきた……
※※※
「これはこれは、思ったよりも早かったようですね、船で来るとのことでしたので1週間以上は掛ると思っていましたが」
「ええ、魔法船ですし、それに最新式の滑走タイプなので、ところで俺達が戦うコロシアムというのを一度見せて頂けませんか?」
「良いでしょう、ですがかなり遠いので歩いて行くのは大変です、島のキャストが牽く竜車をご利用になって下さい」
竜車、というのは文字通りドラゴンが牽く馬車のようなものだという。
ここは本来ドラゴン専用のリゾートなのだが、俺の元居た世界でも観光地に人力車が走っていたことを考えれば特に変な感じはしない。
岩竜王の城を出ると、目の前には大型バスを遥かに超えるサイズの客車、その横には人間形態を取った2人のドラゴン青年、着ている服には『CAST』と書かれている。
「では私は歩いて向かいますので、皆さんはこの竜車にどうぞ、おそらく全員乗れると思いますから」
「ありがとうございます、では早速……いやデカいな……」
俺が振り返り、岩竜王の方を見た瞬間、それがドラゴン形態への変身の瞬間と重なった。
まるで怪獣映画に出てくるような姿、頭の先から尻尾まで30mはあろうかという巨体である。
背中には巨大な水晶のようなものがびっしりと生え、羽その太い足は大神殿の柱のの如くだ。
ちなみに羽は見当たらない、どうやら岩竜というのは空を飛べない種族らしい。
まぁ、こんなのが普通に飛んでいたら大事どころの騒ぎではないのだが……
「勇者様、客車の中は涼しいわよ、早く乗りましょ」
「あ、すぐに行くよ」
竜車を牽くキャストの方もいつの間にか変身していたようだ。
岩竜王の姿を見てしまった後なのでかなり小さく見えるドラゴン形態の2人であるが、よく考えたらリリィが変身した状態よりも2周り程大きい。
ここは本当にとんでもない島だな……もし俺達が破れたとて、この島に居る連中が総力を挙げて戦えば大魔将など余裕で捻り潰せるはずだ……
時速にして60kmは超えているであろう速度の竜車が走り、あっという間に超巨大なコロシアムの前に到着してしまった。
文京区にあるあのドームが10個は入るであろうそのコロシアム、当然入口も岩竜王がそのまま入って行ける程には巨大である。
中に入り、まずは客席の方へと案内された。
今日も普通に催し物が行われているらしい、とりあえずはその見物とのことだ。
わりと客が入り、盛り上がっている様子のコロシアム。
中央では大量の変なバケモノが蠢き、殺し合いをしていた。
「見て下さいですのご主人様、あの戦っているバケモノはどちらも誰かの魔獣ですわよ」
「魔獣……てことは魔族が参加しているってわけだな」
「おそらくそうですの、命令を受けて動いているような感じですもの」
広大なコロシアムの中を見渡すも、魔獣を操っている魔族と思しき姿は発見出来なかった。
どこかに隠れているのか? それとも幻術の類で見えないだけなのか?
「岩竜王さん、あの魔獣はどこで誰が操っているんですか?」
「ああ、アレですか、専属契約している上級魔族が地下で操作しています、もっとも魔獣戦は前座なのでファイトマネーは微妙なのですがね」
魔族の中には竜族の地に近付き、しかも闘技場で魔獣を戦わせる契約までした猛者が居るというのか。
もちろん魔獣が呼べるということは上級魔族なのであろうが、それでもなかなかの度胸である。
コロシアムの中心で次第に数を減らしていく魔獣、最後に1体が残ったところで勝負は決し、その使い手と思しき魔族が入場する……
『え~、優勝おめでとうございます、何か一言おねがいします』
『ウッス、ごっつぁんです!』
『ありがとうございました』
今ので良いのかよ……まぁ本人が戦っていたわけではないからな、しかしあの魔族、まるで相撲取りだ。
魔獣を出すよりも自分で戦った方が強いんじゃないのか?
「さて、皆さんにはここで戦っていただくわけですが、熱対策としてアイスブレスを使える者が会場を冷却することになります、それでよろしいですか?」
「はい、というかそれがないと戦いようがないんで、こちらに同行している氷魔法使いもそれを手伝うことになると思います」
「そうですか、ではそちらに関しましては担当を付けて話し合いをさせます」
「ええ、ではよろしくお願いします」
熱血大魔将の暑苦しさ対策に関してはどうにかなりそうだ、ここは任せてしまい、俺達は敵を討伐することを考えるのに時間を割くとしよう。
その後、魔獣対ドラゴン、さらにドラゴン同士の模擬戦などを眺めながら話を進めていく。
決戦の日は1週間後に決まった、先に告知をしておかないと客の入りが悪くなるため、翌日や翌々日というわけにはいかないそうだ。
「となると、それまでこの岩竜島に滞在しなくてはならないと思うんですが……どこか良い場所はありますかね?」
「そうですね、ではコテージをいくつかお貸ししましょう、皆さんと、それから同行者の皆さんが全員入れるようなものを」
ここに滞在することにもOKが出た、あとは1週間何をして過ごそうかといったところである。
今更修行をしてもあまりプラスにはならなさそうだし、作戦会議の後は観光でもしていようかな……
「あ、そうそう、ライトドラゴンのリリィよ」
「は~い、何ですか~?」
「あなたは現時点で持てる全ての力を出し切っていません、これからそれを解放する儀式を行ってみませんか?」
どこぞの最長老様みたいなことを言い出した岩竜王、だがただでさえ強大な力を持つリリィがさらにパワーアップするというのだ、これを逃す手はない。
「ご主人様、行ってみても良いですか?」
「もちろんだ、俺達もその様子を眺めさせて貰おう」
というわけで闘技場を後にし、力を引き出す儀式とやらを行うことが出来るという神殿に足を運んだ……
※※※
「ではリリィよ、その豪華な椅子に座って頭を垂れなさい」
「ここですか~? よいしょっ、よいしょっ!」
神殿に着くと早速、リリィを玉座のような椅子に座らせて儀式を始めるようだ。
というか椅子がデカすぎてよじ登るしかないリリィ、子供用のものはないのか?
「では始めます、意識を集中して……コォォォォォッ!」
お立ち台に上がり、リリィの頭に手を乗せて変な呼吸を始める岩竜王。
次第にその周りを白い霧のようなものが漂い始める。
霧は徐々に岩竜王の手に集まりそれがリリィの頭から流れ込んでいく……
「凄いっ! 何かアツいのが体の中に入ってきちゃいます!」
「お静かに、それと誤解を招くような発言は控えた方がよろしいと思いますよ、ちなみにこのまま15分キープです」
「な……長いです……」
白い霧は空気中から現れ続け、それが漏れなくリリィの頭から入って行く。
きっと空気中から何か未知のパワーを集めているのであろう、よくわからないが凄そうだ。
『あれは竜種の王のみが使える技ね、後で真似してみようかしら、あんたを使って』
『精霊様、余計な事をするんじゃないぞ、頭がパァになったらどうするんだ』
『……元々かなりパァだと思うんだけど』
『・・・・・・・・・・』
ディスられてしまったようだ、だがここで暴れると迷惑になるからやめておこう。
精霊様には後できっちり仕返しをしておくのだ。
精霊様と無駄話をしている間にも儀式は進み、空気中から抽出される白い霧の量も徐々に減ってきたようである。
もうそろそろ終わりということか、果たしてどれだけ強くなったのやら……
「ハァァァッ! 古より受け継がれし竜の魂よ、今ここに、ライトドラゴン族リリィの力を解放したまえっ! Fucking! Oh Shit Oh Shit……」
「おい何か最後おかしいだろっ!?」
「大丈夫です、さぁこれで儀式は終わりですよ、リリィよ、これであなたの使うファイアブレスの威力が2%上昇致しました」
「わ~い……ご主人様、2%って凄いですか?」
「うむ、凄く微妙だ」
俺的には凄まじい力が解放され、無双の最強ドラゴンになることを期待していたのだが……いくら都合の良いことが多い異世界でもそういったことはないらしい。
「リリィよ、この2%はただの2%ではありません、今後あなたが成長するうえでこの2%が徐々に、本の僅かずつですが活きてくるのです」
「は~い、よくわからないけど頑張りま~す!」
上手いことを言って誤魔化したようにしか思えないのだが、ほんの僅かでもリリィの力が上昇したというのであればそれで良しとしよう。
そして精霊様は俺の後ろで何をしているのだ?
「ハァァァッ! 力を解放せよっ! Oh Shit!」
「やめろって言っただろうが! ってあがぁぁぁっ!」
「あら、失敗しちゃったわね、ルビアちゃん、ちょっと治療してあげて、放っておくと今日中には死んでしまいそうだわ」
ルビアの治療を受けても意識を取り戻さなかったという俺は、そのまま担ぎ出されて宿泊すべきコテージまで運ばれたという。
目が覚めたときには既に夕食前になっていた……
※※※
「精霊様の奴、どこへ行きやがった!」
「自分探しの旅をしてくるとか言ってどっかに飛んで行ったわよ、お腹が減ったら戻って来るんじゃないかしら」
「帰ったら絶対に捕まえるんだぞ、鞭打ちの刑に処してやる」
「ご主人様、鞭打ちをするのでしたらまず私を使ってストロークの練習を」
「それも良いな、よしルビア、そこで尻を出して四つん這いになれ」
「へへぇ~」
腹いせも兼ねてルビアをシバき倒していると、どこからともなく良い匂いが漂ってきた。
ミラとアイリスがその辺の屋台で料理を購入してきたのだ。
シンプルな焼肉と焼き魚、それに野菜オンリーの炒め物、どれもスパイスをふんだんに使っているようだ、食欲をそそるものばかりだな。
そしてもちろん竜酒もある、かなり強い酒なのでドラゴン以外の種族は割って飲むようにとの注意を受けたそうだ。
「よっしゃ、大馬鹿者の精霊様が帰って来る前に食べて飲んで楽しんでしまおうか」
「勇者様、もう真後ろに居るわよ」
「……え?」
振り返る、目の前にあったのは精霊様のニヤけた顔、そして俺の頭の上には手がかざされていた……
「力を解放したまえっ!」
「あがぁぁぁっ! ふざけんじゃ……ねぇ……」
「今度は成功したわよ、賢さが0.005%上昇したようね、本の少し通常レベルに近付けてよかったじゃないの」
「……めっちゃ頭痛いんだが、逆に馬鹿になってたりしないよな」
「大丈夫よ、これ以上馬鹿になることはまずないはずだし」
「・・・・・・・・・・」
先程までルビアを使って練習しておいた鞭の技術をここで披露してやろうか?
いや、まずは食事と酒だ、栄養を取ってパワーアップしてからやる方が威力も強そうだしな。
それぞれの皿に料理を取り分け、食事を開始する。
リリィを見ていてもわかるように、ドラゴンというのはとんでもない量を食べるのだ。
無限にあるんじゃないかと思える目の前の料理、これでも3人前程度らしい。
酒も目に染みる程に強い、これは葉巻など咥えながら飲んだら大惨事になるタイプの度数だな。
とてもロックでは飲むことが出来ない、氷魔法使い達の所で氷を貰おうと思ったが、その必要はなさそうである。
「食べながらですまんが聞いてくれ、来週に迫った大魔将との戦いなんだが、何かこれといった作戦がある者は挙手!」
ユリナが手を挙げる、何か意見が出てくるとは思わなかったが、あるというのなら発言させておこう。
「熱血大魔将様の特性からして炎の類は絶対に無効ですの、だから私は一番後ろ、リリィちゃんは前衛に混じって物理で戦うべきですわ」
「なるほど、じゃあそれでいこうか、他には……なさそうだな」
ユリナは今回の戦いでは役に立たなさそうだ、よって後ろで守られる形となる。
ルビアに関してはこの間女神から借りパクした箱舟を使えば比較的安全だし、これによって生じる問題は魔法攻撃がセラのみになってしまうという点だけだ。
最悪ハンナも杖から出させて……また敵前逃亡を図りそうだからやめておこう……
やはり戦ってみるまでは詳細がわからないということか。
最近はそのパターンが多いが、これまで何とかなってきたのだ、今回も同様に何か見つけることが出来るはず。
エリナには決戦の期日と集合場所を書いた手紙を送っておいたし、会場の準備は岩竜王とその部下が全てやってくれる。
俺達はまだかまだかとその期日を待つのみだ、いや、こういうタイプの決戦は待たされてイライラした方が負けると決まっているのであったな。
「さてと、お腹も一杯になったし、そろそろ寝るわよ」
「待て精霊様、俺からの制裁がまだ終わっていないぞ」
「つい出来心でやってしまったの、許して欲しいわね……ダメ?」
「ダメに決まってるだろ、喰らいやがれっ!」
「いったぁぁぁぃ! ひぃぃぃっ!」
精霊様に鞭打ちの刑を喰らわせ、満足したところでその日は就寝となった。
それから1週間、適当に観光したり、美味いものや美味い酒を嗜んだりしながら大魔将の到着を待つ。
決戦の日の2日前、島の案内係をしていたあの空竜が、最初に俺達が来たときに乗っていた、つまり魔王軍の公用船がこちらへ向かっているのを発見したという。
信じられない程の熱を放ち、マストも甲板も全焼していたそうだ、間違いなく熱血大魔将エルニーがそれに乗っている。
というか比較的過ごし易かったこの島も、徐々に気温が上がってきたような気がしなくもない。
きっとアイスブレスとやらで熱を押さえ込んでいるのであろうが、それでもまだ足りていないということだ。
『お~い! 激アツの船が到着するぞ~っ! 特別冷却班は集合だ~っ!』
どこからか聞こえる召集の声、遂にこの島に大魔将が上陸して来るということである。
果たしてどのような奴が現れるのであろうか……




