257 敵の根城は
「あの、サテナはまだ目を覚まさないのですか?」
「ああ、かなり症状が進行していたらしいからな、あと3日ぐらいはこのままかも知れないそうだ」
「そうですか、しかし助かったのであればそれで良いのです、この先この世界で私1人というのは耐えられませんから」
神界の存在ゆえにそう簡単に死んでしまうようなことはないものの、両腕がフックだの魔導キャノンだのに変異したサテナの状態は手遅れになるギリギリであったそうだ。
あと2日か3日もすれば肩にバズーカ的なものが生成され、自我を失ってボスキャラゾンビのような状態で永遠に暴れ続けていたはずだという。
というわけで今は女神の監視の下、屋敷の2階の一室にサテナを寝かせているのである。
サテナが目を覚ましたら、というかウテナもそうなのであるが、彼女らの親玉であるぬらりひょん神の居所を聞き出さなくてはならない。
拷問したところで正直に話すかどうかは不明であるが、その情報を得なければこの世界サイドはずっと攻められ続けるだけだ。
「じゃあウテナ、お前はまたそこで大人しくしておけよ、ついでに言うと拷問してやるから覚悟しておけ」
「うぅ……またあの精霊の魔の手に掛るというのですか……」
サテナが目を覚ましたのは予想より早く、その2日後のことであった。
不正利用していたチート能力を消し去られただけでなく、女神によって本来の力も一時的に奪う措置が施されているサテナ。
ゆえに、今はこの世界に住む普通の人族と同程度の力しか有していない。
「あぐっ! 体が痛いですね、というかここはどこなのですか?」
「よぉサテナ、ここは俺達の屋敷だ、そしてまだ起き上がるんじゃない」
「あなた方が私を助けたと? 敵なのにご立派なことですね」
「そう言うなって、あ、それと今から女神の有り難いお説教があるからな、適当に聞き流しておくんだ、どうせ大したことは言わないはずだし」
「はぁ……」
サテナは寝かせたままにし、マリエルからイレーヌ、そして王宮へと女神に来て欲しい旨が伝達される。
およそ1時間後、相変わらずゴテゴテの馬車が屋敷の前に停まった。
もうちょっと馬車をスリム化すれば30分で来られると思うのだがな……
「勇者よ、サテナが目を覚ましたそうですね」
「ああ、それ以外でお前のような奴を自宅に招くことはないからな」
女神を引き連れてテラスから2階へ上がる。
その姿を見て何とか地面に平伏そうとするサテナであったが、どうやらまだ体の自由が利かないらしい。
バランスを崩し、ベッドから転げ落ちてしまった。
そのサテナをジェシカと2人で抱え、もう一度ベッドの上に寝かす……
「サテナよ、寝たままで良いので聞きなさい」
「へへぇ~っ、この度はお手数をお掛け致しました」
「ええ、まさか触手の種だけでなくスキルカードまで盗み出していたとは驚きでした、しかもあのような危険の能力のものを」
ばつが悪そうな顔をするサテナ、おそらく神界から実際にそれらを盗み出した犯人はコイツだ。
ぬらりひょん神に命令されてやったこととはいえ、女神の管理するこの世界の人族を触手メデューサに変え、さらにはチート能力を使って悪事を働いていたのである。
そのうえ被害者に助けられ、今ここにその筆頭と対面しているのだ。
いくら生来の犯罪者とはいえここで余裕をかますようなことは出来ないであろう。
「あなた方の処分に関しては神界からの追放以外にもまだ検討が進められています、ですが今はそれよりもあなたの体のことです」
「体の? どういうことでしょうか?」
「スキルカードを不正利用したあなたの体からはまだその毒が消えていません、ですので最低でもあと1ヶ月、1日3回この解毒剤を摂取しなくてはならないのです」
「えっと、もしかしてあのしみる薬ですか……」
「その通り、そして私からの罰として、あなたに支給する解毒剤はこの座薬タイプのみとしますっ!」
「ひぇぇぇっ! どうかそれだけはお許しをっ!」
ドーン、という文字が背後に浮かびそうな感じで、サテナに向かって指を差しながらそう宣言した女神。
決まった、悪は滅んだのだ、などというような表情をしているのだが、宣告した罰があまりにも地味すぎて全く決まっていない。
「ではこの座薬タイプ解毒剤を進呈します、1日3回、きっちりと使うように」
「え……ちょっと、こんなおっきいの入らないですよぉ~っ!」
処方箋の袋、というよりファストフード店の紙袋のようなものに入った解毒剤、なんと超巨大座薬であった。
それを受け取ったサテナの反応はわからんでもないが、今の発言は誤解を招く恐れがあるのでやめて頂きたい。
「じゃあサテナ、まだしばらくはこの部屋で寝ていて良いからな、あと何と言うか……頑張れよ」
「そんなぁ~、待って下さい、せめて別のタイプの解毒剤を……」
「自分が悪いんだから諦めるんだな」
「・・・・・・・・・・」
悲しげな表情のサテナを放置して部屋を出る、念のため外から鍵を掛けておこう。
サテナが元気になったらウテナと2人並べて拷問だ……
それから1週間、サテナが十分に回復するのを待った。
もう触手メデューサが王都の外から集団で押し寄せてくることもなくなったし、最初から中に居たのもほとんど討伐が完了している。
ちなみに王都内で触手化してしまった人間は、初めに見たぞ生える生える詐欺の被害者を除いて全てチンピラか犯罪組織のメンバーであったという。
触手と同じように日当たりの悪いジメジメした裏路地がお似合いな連中だ。
きっとそのような場所に居たことによって触手の餌食となってしまったのであろう。
まぁ、特に死んでも構わない連中ばかりで良かったということだな……
※※※
「サテナ、そろそろ起き上がっても大丈夫そうか?」
「ええ、お陰さまでまた犯罪行為に精を出すことが出来そうなぐらいには回復しました」
「おう、それは元気そうで何より、じゃあ今日からは痛い目に遭って貰うからな、こっちへ来い!」
「ひぇぇぇ、やっぱちょっと調子悪いです、ゴホゴホ、ほら、咳も出て頭痛と腹痛が!」
とっさに演技をするサテナであるが、もはやバレバレの域である。
襟首を掴んでベッドから引き摺り下ろし、そのままウテナの待つ地下牢へと運んだ。
「ああっサテナ、元気になったのですね、本当に良かったです」
「ごめんなさいウテナ、心配をかけてしまったようですね」
「いえいえ、無事であれば何でも良いのです」
再会を喜ぶ2人であるが、ここは地下牢、そして鞭を持った精霊様と拷問器具をテストしているシルビアさんが目に入っている様子はない。
戦闘で無事であったのは良かったのかも知れない、しかし俺にはこの先、いや1時間後にはこの2人が無事でいる可能性はゼロであるように思える。
「さて2人共、お話はそのぐらいにして、とりあえずこのギザギザの上に正座しなさい」
「あの……聞きたいことがあればお答えしますので、そのヤバそうな拷問器具はちょっと……」
「おだまりなさいっ! 私はただ拷問がしたいだけなの、あんた達の苦痛に歪む顔が見られれば敵の情報なんて正直どうでも良いわ」
ストレートに本音をぶちまける精霊様、こんな奴が神に昇格するための試験を受けようとしているなど片腹痛い。
諦めてギザギザの上に正座したウテナとサテナの背中にその精霊様の振るった鞭が飛ぶ。
「あぎぃっ!」
「ぎゃいんっ!」
服は裂け、血まで出ているようだ、そしてお手製の鞭が高い効果を発揮したシルビアさんが横で微笑を見せている、この人達は怖い……
「さて、次はこっちの鞭を試してみようかしらね」
「ひぇっ! もう勘弁して下さい、サテナなんか病み上がりなんですよ! 聞きたいことがあるのなら早く聞いて下さいっ!」
「聞きたいことね……何かある?」
「とりあえずあの腐った神の居場所、どういう状態で居るのか、そしてそっちの兵力だな」
場所と敵軍の数さえわかってしまえば作戦を立てられる、そして奴の配下であり、触手メデューサ軍を率いていたこの2人がそれを知らないということはまずない。
言い出しにくいのであればさらに鞭で打って自白を促すだけだしな。
「名もなき神様の居場所……居場所は……あいったぁぁぁっ!」
少し言葉に詰まったウテナの背中に追加の鞭が飛ぶ、しかも座っているのは石抱き用のギザギザである。
身悶えすることによってさらにダメージが入る画期的な拷問システムだ。
「居場所はこの町から南西にある森の中です! 触手化した人間の数は増やし続けているのでわかりませんが、おそらく5万は超えているかと、神様はその中心で守られるようにしておいでです!」
「あんなのが5万かよ、てかどこで集めて来たんだそんなに?」
「いえ、あの弱っちいタイプの人間は簡単に増やせることがわかったんです、首を刎ねて地面に植えると何人か勝手に生えてきますから」
「もう人間じゃねぇぞそれは……」
色々とおかしい点が多い帝国人であるが、これで益々人として扱うのが正しいのかどうかわからなくなってきた。
まぁ、前にサワリンが言っていたように本来は魔物の仲間であるようだし、この世界には筋肉団員のような異常な特性を持った人間も普通に存在する。
良く考えれば耳と尻尾が生えている狼獣人のカレンだって普通じゃないわけだしな、この世界の人間事情についてはもはや何があっても驚く必要はなさそうだな……
「しかし南西といっても正確な位置がわからないと困るな、セラ、ちょっと地図を持って来てくれ」
「ええ、ちょっと大きめの周辺観光マップを持って来るわね」
セラが持って来たのはテーブル1枚分ほどもある巨大な地図。
王都を中心に、北は山脈、南はトンビーオ村まで描いてあるものだ。
それをウテナとサテナに見せ、敵の根城を同時に指差すように指示する。
同時に指差された場所がほぼ一致した、これで嘘をついて俺達を騙そうとしている可能性はかなり薄まったといえよう。
そしてその場所は王都から30km程しか離れていない深い森の中、そこに触手化した帝国人が大集結し、しかも日々その数を増やしているのだ。
討伐はなるべく早い方が良いな、明日には王宮で女神を交えた緊急対策会議が開けるように準備をして貰おう。
「あ、これも言っておいた方が良いと思うので伝えますが、神様は魔族を1匹、捕らえてペットにしようとしていました」
「魔族だと? 一体どんな奴なんだ?」
「えぇ~っと、大昔に居た純粋魔族の血の者だと思います、1人で歩いてこの町へ向かっているところを見つけたとか何とか……」
ユリナと顔を見合わせる、間違いなくこの間救出したアイドル大魔将だ。
魔王軍による事情聴取が終わったら俺達の所へ来るように言ってあったのである。
それを律儀に守ろうとし、ここへ来る途中で陰湿な神の目に留まってしまったのか。
しかしあの変態プロデューサーに監禁され、今度は変態ぬらりひょんに捕まってペットにされているとは、どこまでもかわいそうな奴だな……
「ご主人様、一応エリナに手紙を送っておきますの」
「ああ、そうしてくれ、しかし2度目の救出か、もうあの元大魔将は俺達に頭が上がらないだろうな」
神の討伐に加え、1つ目的が増えてしまった。
だが関係ない、最終到達点はあのぬらりひょんをぶっ殺すことで変わりはないのだから。
「じゃあマリエル、王宮で会議をする段取りを頼む」
「わかりました、では明日の朝からということで」
勇者パーティーから会議に参加するのはいつも通り俺とセラ、そしてマリエルだ。
ついでにウテナとサテナも縛り上げて連れて行こう。
今は力が制限されているし、特に危険ということはないはずだからな。
そのことを2人に伝え、ウテナはそのまま地下牢に、サテナは念のためもう一度2階の部屋に戻し、ベッドに縛り付けておく。
明日中には作戦を決め、明後日からは敵の根城に対する攻撃に移るのが理想だ。
とにかく明日、王宮で皆と話し合って今後の対応を決めていこう……
※※※
翌日の王の間、朝早くから軍人や貴族が多数集まり、神界の存在である、つまり本来であれば無条件で従わなくてはならない相手とどう戦っていくのかについての話し合いが行われた。
馬鹿の女神は玉座よりも高い、神輿のような台座の上で偉そうにしている。
後で台座の脚をへし折って転落させてやろう。
ちなみにウテナとサテナも、追放中かつ捕らわれの身であるとはいえ神界の存在。
やはり高い位置に豪華な装飾の施された檻が設置され、その中に入っている。
ちなみに参加者が多すぎて椅子が足りず、俺とセラは薄汚れたパイプ椅子に座らされているのであった、何だこの扱いは……
「諸君、今回の敵は神である、そしてその神はここ、王都南西の森に滞在しているのじゃ」
「総務大臣殿、質問がございますがよろしいでしょうか?」
「何じゃゴンザレスよ、言うてみい」
「神が敵であるということはそれに弓を引くということ、それによって神罰などが下ることはないのでしょうか?」
「う~む、わからんの……」
「巨大な人間よ……えっと、あなたは人間なのですよね……とにかくあまり心配する必要はありませんよ」
「女神様、どういうことなのでしょうか?」
「あれは神として雑魚の中の雑魚、クソ雑魚です、たとえあのような者を殺したとしてもそれほど悲惨な目に遭うことはありません、せいぜい財布を落とすとかその程度です」
財布を落とすのは一大事なのだが? これは拙そうだな、攻撃を仕掛ける当日は中身を少なめにしておこう。
いつもは鉄貨5枚のところを3枚にしておけば良いな、他のメンバーにもなるべく大切なものは持って行かないように言っておかなくては……
「ではすぐにでも攻撃は仕掛けるということで決まりじゃな、貴重品の持ち込みは控え、それぞれ数日分の食糧とバナナを除く少量のおやつを持参するように」
「あとは触手メデューサの大軍にどう攻撃していくかだぞ、最低でも5万は居るらしいからな」
「ふむ、アレが5万となると少々厄介じゃの、敵の根城は森じゃし、火を使うのも拙いか……」
触手メデューサは火に弱いということがわかっている、あと太陽の光にもだ。
敵が深い森の中に陣を張ったのもそれを見越してのことであろう。
当地は昼でも薄暗く、触手メデューサが活動するには十分な状況ということだし、森ごと焼き払うというわけにもいかない。
かといって5万もの大軍の中に生身で突っ込んで行ってはこちらの被害も甚大となるに違いない。
どうにかして効率良く攻め込む手を考えなくてはならないな……
「あの、ここは敵を誘い出す手を使ってはどうでしょうか?」
「おい女神、誘い出すってもそう簡単にいくわけがないだろ、馬鹿は黙っとけこの馬鹿!」
「……酷い言われようですが、もしも私が馬鹿だというのであればあの者は大馬鹿なのです、少し挑発すれば簡単に全軍を森から出すと思いますよ」
どこまで馬鹿だというのだ? いや、この間の映像を見る限り、自己主張が強くプライドの固まりのような印象であったのは確かだ。
そこを上手く利用すれば、というよりも簡単に利用出来る馬鹿な神であるからこそ挑発行為が有効になってくるということか。
森の外からディスりまくってやれば何らかの反応が得られるに違いない。
もし出て来ないのであればそのときはそのときだ、一度王都に戻って作戦を立て直せば良いのだ。
とりあえずここは女神案で動いてみるのが得策のようだな。
「でも女神様、どうやって森の奥深くまで挑発の声を届かせるんですか?」
「問題ありません、あの者は自分に対する批判や悪口に恐ろしく敏感なのです、森の前でハゲとでも言っておけばすぐに聞きつけて行動を起こすはずですよ」
神なのに地獄耳とは……いや、別に天国に居るわけではないから問題ないか。
とにかくそういうことであれば話は早い、そして俺の得意分野だ。
もう一度奴の出ている映像を確認し、身体的特徴をメインにディスりポイントを探しておこう。
怒って出て来た奴を、ひたすら馬鹿にして心をへし折ったあとは、この間貰った免罪機能付きバットで袋叩きにし、物理的にへし折って殺してしまうのだ。
「じゃあババァ、善は急げだからな、出撃は明日の朝でも大丈夫か?」
「そうじゃの、今は触手メデューサ迎撃のために編成した部隊もあるし、それをそのまま使えば明日発つことも不可能ではないの」
「わかった、他の連中もそれで良いよな? 異論がある奴はぶっ殺してやるから前に出ろ」
当然であるが、ここで即出撃に異を唱えるようなチキン野朗はこの場には居ない。
相手が神とはいえ今回は戦わなくてはならないのだ、そうしないと王都は滅ぼされ、さらにあのぬらりひょんがこの世界の神として君臨することになってしまいかねない。
しかも神界に帰れない以上この世界に顕現したままになるのだ。
好き勝手をしてこの世界の人族、その他の生物を絶滅に追いやる可能性も十分にある。
翌朝の出撃は全会一致で決定し、その日は屋敷へ戻り、出撃の準備をする。
カレンやリリィが持って行く食糧が少ないことに不満を表明したのだが、神罰によって失ってしまうかも知れないことを伝えると納得してくれた。
「そうだ、ウテナ、サテナ、お前らも明日は付いて来るか? もちろんイヤなら別に構わないぞ」
「私は行きますよ、別に使われていたとはいえあの神様が好きだったとかそういうわけではありませんから」
「ウテナが行くと言うのであれば私もそうさせて頂きます」
「わかった、じゃあ出発は朝早くだからな、馬車の中で居眠りしないようにしておけよ」
準備を終え、風呂と食事を済ませて布団に入る、現地に到着するのは明日の昼過ぎになるであろう。
果たして作戦が上手くいくのかどうか、気がかりなところではある……




