251 敵神様とその配下
「え~っと、とにかくだ、昨晩持ち帰った触手のサンプルがごっそりやられてしまった、そういうことだな?」
「そういうことです、そしてまだ残っているのは……」
「俺達が持っている種か、ヤバいものを掴まされてしまったな」
王宮前広場での触手メデューサ撃退作戦の折、女神に見せるためとして俺達が持ち帰った触手の種。
今は油紙で包まれ、布の袋に入れられ、さらにその上から革の袋、そして金属の箱に入れられている。
謎の敵はそれには気付かず、大々的にサンプルを持ち帰ったゴンザレス、そして研究用のサンプルを入れられた研究所の夜間ポストを破壊し、それらを持ち帰ったのだ。
強奪犯の目的が何らかの利益であり、触手サンプルをゲットしてウハウハと言うのであれば、あまり俺達にとって問題にはならなさそうだ。
だが、もし触手の一部を奪還することを目的としての襲撃であった場合、敵が気付き次第俺達の所にもやって来て、この種を奪うために無茶苦茶しやがるはずである。
最悪屋敷を破壊されかねない、この種はさっさと女神に渡してしまうのが得策だな……どうやらセラもそう考えているようだ。
「ねぇ勇者様、女神様はまだお姿をお見せにならないのかしら?」
「噂をすれば影だぞ、おっとアレは光だったな」
ちょうど懸念を表明したセラの後ろに光のモヤが現れる、女神の光臨、この屋敷では二度目である。
「勇者よ、昨晩私を呼んでいたようなのですが、如何されましたか?」
「全くグータラ寝てやがって、コレを渡そうと思ったんだ、新しく生成された触手の種」
ゴンザレスから預かっていた種を女神に手渡す、箱を開け、袋を2つ開け、さらには油紙も取り除いて中身を確認する、そのまま布袋だけに戻して残りの封印グッズはその辺に捨てやがった。
「やけに厳重ですね……というかこの種を押収品倉庫に戻せば事件はなかったことに……」
「神の癖にくだらないこと考えてんじゃねぇよ! で、そっちの捜査の進捗は?」
「種を盗み出したのが神々のうちの誰かであることは確定しました、それを受け取った人族もわかっていますね、ただし既に死んでいますが」
最初に触手化していた男かその周りで殺されていた詐欺師か、と思ったが違うらしい。
詐欺師は二次的にその種を受け取っただけ、それを増毛の種と称して、最初に出現したあの触手メデューサの頭に植え付けたとのことだ。
この世界で初めて種を受け取った者は触手の種持ち出し犯である神の配下、即ち人にあらざる者が手を下した可能性が高いという。
そして、今しがた襲撃を受けた筋肉団の詰所や研究所を確認して来た女神の見立てで、おそらく襲撃犯も神かその補佐をする何者か、つまり人間ではないことがわかっている。
確かに、夜間外出禁止によって俺達が広場で行っていたことは王都の誰も目撃していない。
もちろん触手メデューサ以外に索敵に反応するモノは何もなかった。
となると人の意識の届かないエリアからその様子を眺めていた者、つまり神格を有する存在が、触手サンプルの在り処を狙って攻撃を仕掛けたはずだ。
厳重に封印し、その場で俺達に手渡された僅かな触手の種に関しては見逃したのであろう。
もしその場を見られ、この屋敷にも神レベルの何かが襲撃を仕掛けてきたかと思うと恐ろしい。
「で、目的は一体何なんだよ? この世界にヤバい触手をばら撒いてどうするつもりなんだその神は?」
「確実ではありませんが、不祥事をでっち上げて私やあなたを追い落とし、この世界の管理権を得ようとしている可能性が高いです」
「……神のやることじゃねぇだろ」
女神曰く、世界の管理権を持っているのはある程度徳の高い神々だけ、他の雑魚神様に関しては特に権利もなく、侍で言えば浪人のような状態だという。
もっとも、今目の前に居るコイツがこの世界だけでなく、俺が元居た世界の管理までしていることを考えれば、『ある程度徳の高い』のレベルはお察しであるが……
とにかくその世界の管理権を与えられていない雑魚の誰かが、俺を、そして任命責任のある女神を貶めて追い落とし、空いたポストをゲットしてしまおうと企んでいるようだ。
おそらくはこの世界に危険な触手を蔓延させ、それを抑えることが出来なかったという理由で俺から異世界勇者の座を剥奪するつもりなのであろう。
そう考えると昨日女神が言っていた『勇者好感度ランキング』なるものも恣意的に集計された捏造ランキングである可能性が高くなってくるな。
良く考えたらおかしいからな、清廉潔白で最強かつ最優秀であるこの俺様は、本来ならもっと神々から人気があるはずだ。
「それで、そのくだらない計画を立てている神がどいつなのか見当は付いているのか?」
「数柱までは絞り込めたんですが、最後の最後でなかなか尻尾が掴めなくて……」
「で、その数柱ってのは俺達が戦っても勝てるレベルか? もし勝てないならどうする?」
「あなた方の力であれば神本体には余裕で勝利することが出来ると思います、ですが取り巻きの連中、つまり天使ですね、それの力が厄介なんですよ」
女神が『天使』と表現したのは俺達にその存在をイメージし易くするためだ。
実際にはそんなにまともな存在ではない、神界チンピラと言った方がしっくりくるものらしい。
とはいえ神の1つ下に付いているのだ、格付けで考えればウチの精霊様と同等である。
つまり魔法などではない、不思議な力を用いて俺達を攻撃してくるに違いないのだ。
事実、襲撃を受けた筋肉団の詰所や研究所の入口付近は建材がおが屑のような何かに変えられていたとのこと。
今回はそのような力を持つ敵との戦いになってしまうかも知れない、そういうことだ。
「神だの天使だのは良いけどさ、その前に王都に蔓延る触手メデューサを掃討しないとだよな、あとの話はそれからだ」
「ええ、もしかしたら触手の伝染ルートを追えば何か見つかるかも知れませんし、ここは女神であるこの私も協力致しましょう」
コイツが関わるとろくなことにならない気がする。
そう思って断ろうとした矢先、マリエルとジェシカが土下座して感謝の意を表明してしまった。
何が有り難き幸せだ、この性根の腐った女神は不幸をもたらす邪神に他ならないぞ。
「でだ女神、いちいち用があるときに呼び出すのは面倒だ、お前王宮にしばらく滞在しろ」
「ええ、そうさせて頂くつもりです、実はここに泊まろうとも考えたのですが……何と言うか貧乏臭さが染み付いていてイヤなので……」
「おめぇマジでぶっ殺すぞ」
鬱陶しい女神を王宮へ移動させるための手続はマリエルが全て行った。
すぐに豪華な馬車が屋敷の前に止まり、偉そうな態度でそれに乗り込む女神。
と、その横をピュピュッと何かが通り過ぎる、完全にウサ耳が付いていたな……客車のテーブルにあったフルーツ盛りを、マーサが俊足を駆使して盗み出したようだ。
「これ美味しそうだから貰っておいたわ、食べちゃっても良いわよね」
「当然だ、そもそも神界がヘマしたから今回の事件が起こっているんだからな、それぐらい慰謝料代わりに貰っておいても良い」
自分のために用意されていたフルーツ盛りがなくなったことにすら気付かない馬鹿女神を見送り、今日の夜に再び実行する触手狩り作戦に向けたパーティー会議に移った……
※※※
「ゴンザレス達は今日は欠席かな? 詰所は全壊したらしいし、そっちの方が忙しいだろ」
「あの人達ならそんなことないはずよ、きっとこっちにも人員を裂いてくれるはずだわ」
来て頂けると本当に助かる、というか来なかった場合俺があの気持ち悪い触手メデューサに接近して戦わされることになりそうだ。
そうなったら今日の作戦は中止だな……
筋肉団が来るか来ないか、それが一番気がかりである。
そこで、ひとまず連中の詰所へ様子を見に行ってみようということに決まった。
現地からそのまま作戦に移行しても良いように、今日もチビ先生を縛り上げ、馬車に押し込んで連れ出す。
泣き喚きながら抵抗するチビ先生、可能であれば別の囮を用意してやりたいところだが、もし居なかった場合は諦めて貰うしかない、コイツ以上の重罪人などそうそう居ないのだ。
しばらくそのまま馬車を走らせ、到着した筋肉団の詰所は……もう復活していた。
しかも元通りではなくグレードアップしているようだ、壁は2×4工法になっているとのこと。
「おう勇者殿、昨日採取したサンプルが全て持ち去られてしまってな、今日も触手狩りに行くのであれば同行するぞ」
「ああ、頼んだ、だがサンプルを持ち帰ってもまたやられるだけのような気がしなくもないが……」
「そこは大丈夫だ、今回は俺達が肉の壁として一晩中守り抜くからな」
「そうか、だが敵もまぁまぁヤバい存在みたいだからな、無茶はするなよ」
いくら筋肉団員が屈強とはいえ、それはこの世界の生物においての話だ。
それを超越する、神界から来たような輩と戦闘になった場合、この連中でもどうなるかわかったものじゃない。
もし敵いそうもないのであれば逃げるという選択肢がベストである。
もちろんゴンザレスは馬鹿ではないため、その辺りの判断は出来るはずだ。
「そろそろ日が傾いてきそうだな、俺達は先に広場へ行っているよ、暗くなる前には来てくれると助かる」
「おうっ! こちらも新しく造った詰所の使用申請だけ済ませたらすぐに向かおうではないか」
ということで馬車に戻って広場に移動する、まだ時間は十分にある、王宮に行って囮として使えそうな死刑囚が居ないか聞くぐらいの余裕はありそうだ。
準備、というよりも馬車を使わせて貰うホテルの駐車場に移動し、チェックインする。
その間にセラとマリエルが王宮へ向かい、囮役の提供について交渉をしてくれるそうだ。
2人の帰りを待っている間のチビ先生は、魔族の分際で女神に許しを乞う祈りを捧げていた。
もはや意地もプライドもどこかに行ったらしい、触手責めにされるのだけは嫌らしい……
「お、セラ達が戻って来たぞ、兵士と一緒だ」
「それと囚人らしき汚いおっさんも居るな、あれを囮にするつもりか」
「良かったなチビ先生、今日は触手責めにされずに済むぞ」
「おぉっ! 女神様のお慈悲に感謝致しますっ! あともう悪い事はしないので明日からもお願いします!」
女神に感謝の祈りを捧げた途端、チビ先生の全ステータスが1だけ上がった。
どうやら神の加護を得たらしい、俺もやってみよう……女神様女神様どうのこうの……
俺の全ステータスも1上がった! 馬鹿め、なんとチョロいのだ、俺の信仰心など嘘に決まって……全ステータスが2下がった、すみませんでした。
謝罪し、ステータスを元に戻して貰う、そうしている間にセラ達はステージに死刑囚をセットし終えたようだ、俺達も行ってみよう……
※※※
「チクショー! 離せ、俺を解放しやがれこのゲス共がっ!」
「おつかれセラ、マリエル、ちなみにコイツは何なんだ?」
「寸借詐欺を働いた凶悪犯罪者です、帰りの馬車賃を落としたといって金を借り、そのまま賭場に入って行ったとか」
「しょぼい犯罪者だな……」
そういう奴はよく居るというが、この世界ではその程度の犯罪でも余裕で死刑、しかもバケモノを釣るための餌にされてしまうのである。
「それと勇者様、今日は王国軍の火魔法使いも来てくれるらしいわよ」
「へぇ~、魔法が使える貴重な兵隊を出すなんて、ババァにしては奮発したじゃないか」
「女神様が王宮に居るからやっている感を出したいんでしょう、きっと」
なるほど、女神がこの世界に顕現したままでいる効果が意外なところで出ているな。
いつもはケチ臭いあの総務大臣も、女神の目の前で兵を出し渋るなどということが出来ようはずもない。
王宮に居れば俺達にコストは発生しないのだし、いっそこのままずっと王宮に住んで貰おうか……
その王国軍の兵士がやって来る頃には、外に出ている住民は疎らになり、残った者もほとんどが外出禁止令に従って家路を急いでいる、あとは巡回の憲兵ぐらいだ。
そろそろゴンザレス達も……と、広場の西の方が異様に騒がしい、路地裏の奥だ。
お触れを無視してふらついていたおっさんと憲兵がトラブルになったのか?
『おうっ、待つのだ犯罪者よっ! 誰かそっちに回れ! 鍛え上げた筋肉で進路を塞ぐんだ!』
いや違う、なぜならば誰よりもデカい声を出している奴の台詞が明らかにゴンザレスのものであるためだ。
路地裏で何が起こっている? 犯罪者を追い掛けているようだが、これは俺達も加勢すべきだな……
すぐにパーティーメンバーを集合させ、騒ぎの起こっている場所を目指す。
ドタバタと走り回る音、そしてその隙間を掻い潜る小さな影。
かなり目立つ白いマントを被り、信じられない素早さで包囲網を突破しようと試みているその影は、この世界の住人とは明らかに異なるオーラを纏っている。
もう間違いなく神の手先とか何とかだ。
走り近付く……あの敵が小さいのではない、筋肉団員がデカいのだ、敵のサイズは大きくもなく小さくもなく、チラッと見えた顔は人間の女とまるで変わらない。
金髪で清潔そうな雰囲気、そして何よりも巨乳であることが最大の特徴だ。
捕まえようとする筋肉団員の攻撃を交わす度、ぷるんぷるん揺れているではないか。
「全くしつこい人間共ですね、というかあなた方、本当に人間なのですか? と、そのうえ新手ですか……今日はここまでにしておきましょう、神のご加護のあらんことを」
わけのわからないことを言い、光の粒となって消えていった敵、だが顔は見た、このことを女神に伝えれば何らかの手掛かりとなるかも知れない。
「ゴンザレス、あいつは何だったんだ?」
「おう勇者殿、あの女、裏路地でチンピラの頭に触手の種を……来たぞっ!」
ゴンザレス達の後ろから現れた触手、本体部分のチンピラは今ゴンザレスが言ったチンピラと同一チンピラなのであろう。
そしてメデューサではない、額から後頭部にかけて一列に並ぶ触手、まるでモヒカンだ。
このチンピラ、死して尚モヒカンを維持するとは相当に気合の入った奴であったに違いない。
しかし狭い路地、そしてまだ僅かに明るい状態で、その触手の戦闘力はかなり抑えられてしまっているようだ。
後方の筋肉団員がチンピラごと触手モヒカンを捻り潰し、全ての触手を引き千切って完全に活動を停止させる。
「勇者殿、おそらくあの女は他にも人間を触手化させているはずだ、今日も広場には触手メデューサが大量に集まるぞ」
「だろうな、俺はちょっと今のことを女神に伝えて来る、ゴンザレス達は先に広場でスタンバイしていてくれ」
「おうっ! 敵が現れたらこちらの判断で戦闘を始めるが、それで構わんな?」
「ああ、じゃあまた後で、リリィ、ちょっと王宮へ行くぞ」
広い所に出てリリィをドラゴン形態に変身させる。
王宮はすぐそこだ、このままテラスまで一気に飛んで行こう……
※※※
『はい、着陸しま~っす……あ、ご主人様何か踏んじゃいました……』
「おう、何か居たし、確かにグチャッと言ったよな、というか何だその足元のは?」
そっと足を退けてみるリリィ、その下からはカラフルなパラソル、さらに下には粉々になったバカンス用のチェア、そして間に挟まっていたのは水着姿の女神であった。
「おい馬鹿女神、てめぇ何遊んでやがるんだこの忙しいときに」
「はひぃ~、あててっ、だからって踏む事はないと思うのですが……」
「うるせぇっ! 反省が足りない奴はこうしてくれるわっ!」
「あ、ちょっとっ! 水着の紐を引っ張るのはやめて下さいっ! 解けちゃう、解けちゃうからっ! それよりもどうしたんですか急に」
おっと、こんなことをしてふざけている暇ではないのだ、先程目撃した神界の住人と思しき触手拡散犯の女について報告しなくては……
「人間を触手化させていた犯人に遭遇したんだ、金髪の女で超素早い、あと巨乳だ、何か心当たりがあるよな? 無いならもう一度踏み潰すぞ」
「金髪……巨乳……それって1人だけでしたか? 優しそうな女と一緒では?」
「いや、俺達が見たのは1人だったな、光の粒になって消えてしまったが」
「う~ん、でも敵の正体が大体わかりました、ここから証拠を固める作業に入っていきたいと思います、その前にブルーハワイをもう1杯……」
「遊んでんじゃねぇよクズ女神が、リリィ、踏み潰せ」
「ふげぇぇぇっ!」
敵の見当が付いたという女神、だが俺は当然そいつの姿を見たことがない。
まぁ神だし、いくら神界では雑魚だといってもおいそれと会えるものでもないはずだ。
となると実際に倒すかどうかという話になるまでそのご尊顔を拝むことは出来ないのか……いや、それもちょっとどうかと思うぞ。
敵はこの世界に顕現して協力者に指示を出している可能性もある、その状況で向こうは俺の顔を知っていて、逆にこちらは知らないのでは分が悪い。
どうにかして肖像画だけでも見ておくべきであろう、だがどうやって……
「あ、そうだ勇者よ、あなた、明日暇でしょうか?」
「暇じゃないけどさ、何か用があるなら付き合ってやっても良いぞ、有料でな」
「お金は払いませんが……とにかく敵の正体はもう絞れました、明日あなたの屋敷でその姿を見ておきたいと思いませんか?」
「おっ、肖像画があるのか」
「いえ、デジタルハイビジョン映像です」
「技術がブレイクスルーしすぎなのだが……」
だがこの際肖像画だろうがデジタル何とかだろうが構わない、パーティーメンバー全員、それから他にその神と戦うことになる可能性がある者を全て同席させよう。
敵の顔さえわかってしまえばどこかで遭遇したときに見逃す心配もない。
むしろその映像を元に手配書を作り、王都中にばら撒いても良いかも知れないな。
広場の触手討伐の方は任せ、俺はそのまま王の間へと入って行った、明日俺達の屋敷で開催される上映会のお誘いをするために……




