249 いきなり女神
「勇者様大変ですっ! 今王宮で聞いたんですが、今回は大魔将を討伐したわけではないから報酬はナシとのことですっ!」
「そうかわかった、ちょっとメリケンサックを買いに行って来る」
「もう帰りに全員分買って来ました」
大魔将の城で起こった事件を解決し、トンビーオ村から戻った日の翌日、今回の報酬を受け取れないことに腹を立てた俺達はメリケンサックを装備し、王宮襲撃の算段を立てていた。
まずは正門前で暴れるべきだな、やつらの不当性を民衆に知らしめるのだ。
その後は建物内部に突入し、駄王とババァをぶん殴って金を脅し取ろう。
「よしっ、じゃあ気合入れていくぞ、正義を執行するんだ!」
『おぉ~っ!』
「あれ? なんかあそこ、光ってね?」
俺の前に並んだパーティーメンバー、その後ろには白いもやもやのような、淡く光る何かが出現していた。
幽霊……は俺には見えないはずだ、レーコの悪戯か何かか?
その淡い光は徐々に人の形を成し、やがて女性の姿へと変わった……何だ、女神の奴じゃないか……
「お久しぶりです異世界勇者アタルよ、それからお仲間の皆様は初めまして」
『もしかして女神様っ!?』
「おい、何しに来たか知らんが今は忙しいから後にしてくれ、アイリス、こんな奴に茶を出す必要はないぞ」
「そうはいきません、まぁ確かにこちらもたいした用ではありませんが、あなた方のくだらない用事よりは遥かに重要なことです、あと私の手の甲にキスし続けている変質者共をどうにかして下さい」
変質者というのはマリエルとジェシカのことだ、コイツが女神そのものであるということがわかった途端、跪き、女神の手をそれぞれ取り、尻を振りながらその甲にキスし続けている。
他のメンバーに関しては女神降臨についてそこまでの反応をする様子はない、動いたのはせいぜい茶を出そうとしたアイリス、それから部屋中の汚いものをササッと退かしたミラぐらいである。
だがマリエルは王女、ジェシカにしても貴族だからな、この反応は普通のものなのであろう。
生まれつき恵まれた者ほど神の類に感謝し、それを信奉するのだ。
そしてその信仰心を貧しく恵まれない者に無理矢理に押し付け、全てを搾り取ってさらに貧しくしてしまうのが、宗教が支配的な立場にある世界なのである。
幸いにもこの世界は女神が現に存在することを皆が知っており、適当に考え出した嘘八百の教義で富の収奪をしているような国は、俺達が二度にわたって滅ぼした聖国以外には見当たらない。
今では世界各国の民衆も、女神を信奉する組織にお布施をするかどうかを自由意思で決めることが出来るのだ。
この2人も女神を信じる心を他の誰かに押し付けるような真似はしない、たださすがに足を舐めようとしだしたマリエルは引っ張って女神から遠ざけたが……
「あの、こっちの変質者は放置なのでしょうか? 何だか目がヤバいのですが……」
「安心しろ、噛んだりはしないし、いつも清潔にさせているから変な病気も患っていない、ところで用件をは何だ?」
「ええ、今日はあなたが先日集計された『神界異世界勇者好感度ランキング』で他の追随を許さない圧倒的な最下位に選出されたのを伝えに来ました」
「だからどうした?」
「行動を改善して下さい」
「誰の、そして何のために?」
「私の他の神々からの評判を落とさないためです、あなたに関しては既に各方面から色々と言われていまして……」
女神の言う各方面とは、『神界勇者評論家』とか『神界情報コメンテーター』とか、そういった感じの胡散臭い連中らしい。
ターゲットを見つけ、それを徹底的に批判することで生計を立てているクズ共らしい。
あることないこと全て持ち出し、ときには証拠を捏造してまで俺を扱き下ろしているようだ。
だがそのような連中の戯言にいちいち反応する俺ではない、ここは無視しておくのがベストな対応である。
女神は困るかも知れないが、別に俺がどうこうなってしまうわけではないからな……
「よし決めたぞ、おれはこれまで通り普通に生活する、さて、王宮の馬鹿共をギャフンと言わせに行こうか」
「待って下さいっ! このままだと私の立場が、というかあなた、そんなだから結婚したい異世界勇者ランキングも3年連続最下位なんですよ!」
「いやおかしいだろ、俺この世界に来てまだ半年ぐらいしか経ってないから、しかもこの半年結構頑張ってたのは知っているだろうに」
「その頑張りは今では通用しません、最近別の世界に派遣されたの異世界勇者は凄いんです、異世界に来て最初に出会って倒した雑魚だと思ってた敵が最凶最悪の大魔王だったり、神すら見抜けなかった信じられない力を発揮したり、どう考えても上手くいかないような稚拙なロジックの商売で大成功して大金持ちになったり、どこにでも居る普通の一般成人だったのになぜか近現代兵器の製造方法を詳しく知っていたり、それからそれから……」
「そいつらが異常なだけだろうが!」
「とにかくっ! 異世界転移して半年も経っているのに未だに棒切れを振り回してチマチマやっている貧乏勇者など現時点ではもうあなただけです、そのうえ人気も無いというのは救いようがありません」
その棒切れは誰が寄越したものなのだと問いたいのだが、ただでさえ長い話がより一層長くなりそうだ。
余計なことを言うのだけはやめておこう。
「うむ、お前の女神としての言い分はわかった、で、行動を改善したら俺にはどんなメリットがあるんだ?」
「メリット? なぜそんなものが必要なのですか?」
「あのな、人はインセンティブなしでは動かないものなんだよ、つまりそれなりの報酬を用意しろということだ」
「ああ、それならこの『勇者ポイント通帳』を、あなたには不要なものだと思って渡していませんでしたが……」
謎の通帳を手渡された、どうやらこの通帳、異世界勇者が善行を積むと勝手にポイントが蓄積し、その溜まったポイントを神界の便利なアイテムと交換することが出来るという代物らしい。
さて、この通帳は俺専用のものだ、早速開いて今溜まっているポイントを……残高が『△5,712』になっているではないか、どうして当座借越が生じているというのだ……
「おい……どうして俺のポイントはマイナスになっているんだ、こんなの借りてまで使った記憶はないぞ……」
「それは悪行を積み重ねているからです、マイナスになっている所の摘要欄を見てみたらどうですか?」
……『無益な殺人:△10』、『猥褻な行為:△100』など、身に覚えのない犯罪行為の数々、というか殺人よりも猥褻の方がマイナスが大きい、より重罪だということだな。
ちなみに良く見るとプラス、つまりポイントが入っている所もちらほら見受けられた。
魔将討伐は1ポイント、大魔将は2ポイントか……マイナスに比べて少なすぎる……
しかしこの通帳、本当に俺の行動に基づいて記帳されたものなのか? もしかするとこの馬鹿女神が俺を陥れるために適当な数字を入れただけかも知れない。
ここはちょっと試してみた方が良さそうだ……
「おい女神、ちょっとこっち来い」
「何でしょうか?」
「貴様のような奴はこうしてくれるわっ!」
「きゃぁぁぁっ!」
近付いて来た女神のおっぱいを掴み、ムギュッとツイストしてやった。
さて通帳の残高は……マイナスが3,000追加されている、女神に対する冒涜が△1,000、同じく女神への猥褻行為が△2,000だ、どうやら本物のようだな……
「全く酷い行いを……とにかくその通帳のポイントがプラスになるように頑張って下さい、交換可能なアイテムのカタログはここに置いて行きますから」
「頑張るって、具体的には何をすれば良いんだ?」
「そうですね、普通に勇者として敵を倒してもポイントは入りますが、困っている人を助けるなどの慈善活動に勤しめば尚一層の加点になります」
「わかった、速攻でミラクル善良勇者になってみせるぜ」
とりあえずやる気を出すためにカタログを見てみよう。
かなり分厚い冊子だが、魔法薬や携帯食などの魅力的な商品がそこかしこに見受けられる。
そして最後のページ、衝撃的な名前を見てしまった……味噌と醤油だ、それぞれ1kg、1ℓが500ポイントと交換出来るようだ。
きっとなぜか日本人ばかりである転移者に配慮した商品なのであろう、これさえあれば俺の異世界ライフはより快適なものとなる、俄然やる気が出てきたぞ……
「では私はこれで、この世界に顕現した本来の用事を済ませなくてはなりませんので」
「おう、さっさと帰れ、達者でな~」
未だに縋り付いていたジェシカを乱暴に振り払い、女神は煙のように消えて行った。
本来の用事とは何であろうかという疑問は残るが、とにかく今は前項を積みに町へ出よう。
と、ミラがつい今まで女神が居た場所をジッと見つめている、何か考えているようだ……
「勇者様、ここです、ここを女神様が地上にお姿をお見せになった神聖な場所として観光スポットにしましょう、元手なし、ノーリスクでガッポガポです」
「確かにそれは……ん? おいミラ、ちょっと待て、今のでまたマイナスポイントが付いているぞ」
『神を商売に利用しようなどと考えた罪:△1,000』というのが通帳の最下段に印字されているではないか。
俺だけでなく勇者パーティーの仲間が行った悪事にも反応してしまうらしい、全員、特に悪い事を考えがちなユリナとサリナには気を付けさせないとだ。
「そういうことみたいだから皆注意するんだぞ、で、最初は何をしようか?」
「勇者様、善行といえば清掃と相場は決まっているわ」
「なるほど、じゃあ早速町に出て清掃をするぞ!」
やる気満々の俺と仲間達は、屋敷を出て王都の中心部へと向かった……
※※※
「死ねやオラァァァッ!」
「ぐぇぇぇっ!」
「どうだっ! ざまぁみやがれ!」
町へ出て最初に遭遇したゴミ、身なりの良いガキからカツアゲしようとしていたチンピラ5人組を始末した。
せっかくマリエルが買ったメリケンサックを無駄にするのは惜しい、ゆえにこういった町の汚物である輩を中心的に掃除していくことに決めたのである。
「勇者様、今ので僅かにこの王都が美しくなりましたね」
「ああ、こういう小さなことをコツコツやっていくことこそが、真に清浄な世界を目指すうえで重要なんだ」
きっとどこかから俺達の様子を覗っている女神もウンウンと頷いていることであろう。
さて、次の善行を積みに行くとするか……
「勇者様、この『王都犯罪マップ』によるとこの近くに特殊詐欺グループのアジトがあるらしいわよ」
「特殊詐欺グループ? どういう詐欺を働く連中なんだ?」
「えぇ~っと……『フサフサ詐欺』というらしいわ、毛髪に恵まれない方々を狙った卑劣な手口ね」
なんと許しがたい連中だ、王都を守る善良勇者としてその詐欺グループは絶対に見逃せないな。
それに髪が薄くて困っている人を詐欺の魔の手から救済することにもなる、ポイントが沢山貰えそうだ。
だが犯罪の証拠を集めたり聞き込みをして有力な情報を得てからどうこうするのは面倒である。
もうこのままアジトに突撃し、中に居る連中を皆殺しにしてしまおう。
セラが持っている犯罪マップを頼りにアジトがある建物へと向かった。
「ここみたいね、この建物の3階がその特殊詐欺グループのアジトだわ、というか怪しげな看板が出ているわね……」
「増毛専門家によるプロの技術であなたもフサフサ、だってさ、具体的に何をするかすら書いてないなんて怪しすぎるだろ」
というかむしろ何もしてくれないのであろう、金だけ取って効果のある施術などは一切しないつもりに違いない、それであのような曖昧な看板しか出せないのだ。
中へ入ってみよう、建物の入口を抜け、そのまま階段を使って3階まで上がった。
階段から見てすぐ横のドアには『フッサフサインターナショナル』との商号。
ここまで怪しい詐欺に騙されるような奴が居るのか……まぁ、毛髪前線が後退してきて焦り出したら藁にもすがるような気持ちでここを訪れてしまうのかも知れないが……
「ねぇ勇者様、中から変な感じがするんだけど……気のせいかしら?」
「気のせいじゃない、明らかに人じゃない何かが居るぞ」
看板が怪しいのはひとまず置いておこう、問題はこれだ。
ドアの向こうに居る敵、人間の強さではない、かといって魔族というわけでもない、一体何者なのであろうか。
「良いか、俺がドアを開けるから即時応戦可能な体勢で待つんだぞ」
ドアノブに手を掛け、ゆっくりと引く……目が合ってしまった、頭から触手が何本も生えた人間、それが詐欺グループの構成員と見られる男達を巻き取り、宙にぶら下げている。
男達は既に死んでいるようだ、むしろ喰われかけであるとしか思えない状態。
この触手人間が喰ったのか、いやそれ以外には考えられない。
「……失礼しました~」
「どうしたの勇者様? 何が居たの?」
「良いからとんずらすっぞ! アレは確実にヤベぇっ!」
脱兎の如く逃げ出したという表現がこれほどマッチする状況はない。
とんでもないモノを見てしまった、戦えば勝てそうではあるが生理的に無理だ。
ひたすらに走り続け、建物からかなり離れた所で力尽き、足を止めた。
「本当に何なのよ、あの部屋に居たのは?」
「……触手メデューサとでも言っておこうか、髪の毛がヘビじゃなくて触手だった、あと触手から人間喰ってた」
「キモッ! 逃げたのは正しい対応だったわね、でもこれからどうする?」
「とりあえず王宮に報告しよう、あの1体だけならまだ良いけどさ、アレが大量に居るとしたら俺達だけじゃ手に負えないぞ」
一旦呼吸を落ち着かせ、広い通りに出る、適当に馬車を捕まえて王宮へ急いだ……
※※※
「……だから部屋の中にメデューサが居たんだってば! 何かこうウネウネッて、詐欺グループの連中を巻き取って齧ってたんだよ!」
「ふぅ~む、おぬし疲れておるんじゃないのかの、きっと凄いドレッドヘアーの人を見てそう勘違いしたのじゃろうて」
そんなはずはない、なぜならばあそこに用があるのは詐欺師と騙されたハゲだけなのだから。
凄いドレッドヘアーを持つ大変に恵まれた方があの場に居る理由などないのだ。
しばらくババァと押し問答を続けるものの、なかなか信じて貰えない。
目撃したのが俺だけというのがネックだ、アレを全員に見せる余裕などなかったゆえ致し方ないことではあるが……
どうしようか、このままではあのヤバそうな生物が野放しにされてしまう。
どうにか信じさせる手が……と思っていたところに強力な助っ人が現れたようだ……
今朝も見た淡い光、そういえば俺がこの世界に転移した日にも最初にこれを見たのであったな。
女神様のご降臨である、その姿がはっきりと見えると同時に、ババァだけでなく玉座で鼻をほじりながら屁をこいていた駄王までもが跳び上がり、床に平伏した。
「人族の王よ、それから大臣よ、この勇者の言っていることは本当です、イマイチ信用に値しないのは私も存じておりますが、今回に限っては事実なのです」
酷い言われようだが助かった、今まで一切信じる様子がなかったババァも女神の一言でイチコロである。
「おい、俺が見たあのバケモノは何なんだ?」
「……実は神界警察の押収倉庫から人喰い触手の種が盗み出されまして……それがこの世界に解き放たれました」
女神曰く、人喰い触手はまず人間の頭に寄生し、そこから養分を吸い取って生長するらしい。
寄生された人間はゾンビ化し、頭から生えた触手を使って人を襲うようになる。
そのゾンビに喰い散らかされた人間にも種が残って発芽し、またゾンビになってしまうそうだ。
「アレはかなりヤバい代物なんです、おそらくこのままだとこの世界の人間は全て触手メデューサと化してしまうはず……」
「じゃあどうするんだ?」
「どうするって……異世界勇者アタルよ、あなたがどうにかして下さい」
「普通に無理だぞ」
「ではもしあの触手を根絶やしにすることが出来た場合にはあなたのマイナス勇者ポイントは帳消し、さらに1,000ポイント進呈しちゃいます」
「わかった、奴の弱点を教えろ」
1,000ポイントあれば味噌と醤油が手に入るではないか、そうすればもうくだらない善行など積む必要はない、これまで通り好き勝手に生きることが出来るのだ。
女神から触手の弱点を聞き出す、一応植物の類なので火に弱いらしい。
下に付いている人間の体は既に死体、それごと焼き払って良いとのこと。
また、養分となっている人間部分の首を刎ね飛ばすことも有効である、栄養を摂取することが出来なくなり、触手は3時間程度で動けなくなり、そのまま枯れてしまうそうだ。
「てかさ、今日はこのことを調べにこの世界に顕現したんだろ? 何か情報は掴んだのか?」
「私のやっているのはその種を盗んだ犯人捜しなんです、それからこの世界で最初に種を取得した人物の捜索ですね」
「つまり現時点でどのぐらいの数の触手メデューサが居るかは把握していないと」
「ええ、そこはそちらで勝手に調べて下さい、ではまたお会いしましょう」
相変わらず使えない無能馬鹿カス女神である、犯人探しよりも事態の収束を優先すべき状況にあると思うのは俺だけか?
まぁ良い、とにかくあの詐欺グループのアジトに1体居るということだけは確認したのだ。
そこを起点に王国軍による捜索をかけて貰えば良いであろう。
問題はどう討伐するかである、さすがにアレには近付きたいと思えない。
周囲の被害を無視して遠距離攻撃で焼き払おうか? いや、それだとこの事件の概要を知らない、巻き込まれる一般人にとってはテロに等しいではないか。
「おいババァ、ちょっと作戦会議をすべきだと思うぞ」
「そうじゃな、直ちに王国軍の主要なメンバーを集めよう」
1時間後には会議が始まった、ここで触手メデューサにどう対処するかを話し合い、より早い殲滅に繋げるのだ。
というか、実際に戦わされるのはどうせ俺達になる、本当に嫌だな……




