244 究極の助っ人
地下へと長く続く通路、そこに突入してから1時間が経過した。
俺達は未だに入口の横に居る、腹も減ったし、とりあえず昼食としよう。
「しかし見事に1問も正答出来ないな、というかあんなのわかる奴居ないだろ」
「確かに、特に髪の毛の本数なんてわかるわけがないわ」
「案外ハゲだったりしてな……」
問題が難しすぎるのか、それとも俺達が常識を持ち合わせていないのか、未だに最初のゲートすらも越えることが出来ていない。
そしてもう挑戦する気も起きない、やはり一度トンビーオ村に帰り、オニ美かその他の2人か、とにかく鬼娘を1人ここへ連れて来るべきであろう。
昼食を終え、立ち上がった俺達が向かったのは先程ここへ入ったときに使った梯子。
誰もそれに異を唱えることはない、俺達の実力ではまだこの城は早かったのだ。
入るときとは逆に、今度は俺が一番最後に梯子を上がることとした、パンツを確認しておくためである。
俺以外の全員が登り終え、さて最後に、と思ったところで外からルビアの声がする。
何かを発見したようだ……
「ご主人様、ご主人様、向こうから腐り切ったキモオタが来ますよ」
「どれどれ、すぐに行くからちょっと待ってくれ」
とりあえず梯子を登り、周囲を見渡す、何も見えないではないか……いや、セラのスカートの中に顔を突っ込んでいたら当然か。
目の前の布を捲って視界を取り戻す、確かにキモオタだ、しかも内面だけでなく外見まで腐り切っている。
ゾンビの類か、あまり早く歩けないらしく、それこそ映画に出てくるゾンビの如くヨタヨタとこちらへ向かって来る、実に臭い……
『おやおや、先行者が居たとは驚きですね、小生以外にもここまで辿り着く真のオタクが存在するとは』
「いや、俺達はそうじゃなくてだな……」
鼻が捥げそうな臭いの中、俺達の目的と今回の挫折に関してオタクゾンビに話してやる。
しかし臭い、先程からルビアが消臭の魔法薬を撒いているが、ほとんど効果がないようだ。
「しかし勇者様、このゾンビ、どうやってダンジョンボスの部屋を突破して来たんでしょうか?」
「確かに、他のトラップはもう解除済みだが、あの部屋だけは生きて抜けることなど出来ないはず、おい、どうやったんだ?」
『いえいえ簡単でしたよ、ジャンボ妖精族のアイドルの子ですよね、自分を知っているかと問うてきましたから、知っているとだけ答えたら通してくれましたよ、はい』
なるほど、あの部屋で正座させてあるピンク妖精の近くには確かに血溜まりが出来ていた、それも大量に。
だが入ってきた者をとりあえず殺したのではなく、アイドルとしての自分のことを知らない場合に限り、腹いせに叩き潰したということなのであろう。
もちろん本当に売れず、ほとんどの魔族は奴のことを知らない、よってあの場で命を落とす結果になったというわけだ。
ところがこのゾンビは一味違う、明らかにキモオタだし、あの超マイナーなアイドルのことを知っていたようである。
それで殺されることなくここまで辿り着いたと……
待てよ、この先のクイズエリア、もしかしたらこのゾンビに頼れば感嘆にクリア出来るかも知れないぞ。
さすがに答えられない問題もあるかもだが、俺達がどうにかしようと試みるよりも遥かに良いのは明らかだ。
よし、コイツに同行させて貰うこととしよう、これでダメなら諦めて帰れば良いし、一度やってみる価値があるのは確実だからな。
「おい、ちょっと良いか? この先に進むなら俺達も一緒に連れて行ってくれ、臭いのとキモいのは我慢してやるから」
『ほう、小生にこの先をエスコートして欲しいと、では報酬の方はどうなりますかな?』
「報酬か……ではこれをくれてやろう」
『しょぇぇぇっ! それは人族の領域、それもとある町でしか手に入らないという伝説の限定アイテム、王都Tシャツではないかぁぁぁっ!』
適当に取り出してみた王都Tシャツに喰い付いた、この程度のもので良いのであれば失敗したとしても全く差し支えない。
とりあえず前払いで赤地に黒で『王都』の文字が入ったものを1枚、そして成功報酬として青地で文字は黄色のものを提示しておいた。
「じゃあそういうことで、早速中に入るぞ、クイズを解いて先へ進むんだ」
『わかりましたでございますですっ! いざ参らん!』
ハイテンションで梯子を降りて行くゾンビ、手で掴む部分に何とも形容し難い臭いが移ってしまったようだ、後でしっかり消毒しておこう。
ゾンビの後に続いて通路を歩く、すぐに第一関門であるクイズゲートへと辿り着いた。
現状ではここが俺達の最終到達点である、果たしてこの先へ進むことが出来るのか……
『おっと、助っ人を呼んだようですね、では第1問、ジャカジャン! フルーティー麦茶様が192日前に着用していたパジャマは?』
『ピンクに白の水玉、サイズはMサイズでしたね、キヒヒヒッ!』
『うわキモッ! でも正解です、先へ進んでどうぞ』
そんな昔に、しかもプライベートで着ていたパジャマの柄など通常はわからないはずだ。
それを即答である、どうやらこのゾンビ、相当の実力者らしい、相当にキモいけどな。
とにかくこれで最初のゲートは突破だ、初めて通路ごと戻されることなく下へ進むことが出来る。
またしばらく歩くと同じゲート、近付くと光り出すのも同じだ。
もしここで正答出来なかったらどうなる? ひとつ前に戻るのか、それとも振り出しに戻されるのか。
しかしそれを考える必要はあまりないかも知れない、なぜならば俺達には伝説級の心強い変態キモオタゾンビが味方に付いているのだから……
『はいご苦労様です、では第2問、ジャカジャン! フルーティー麦茶様の背中にあるホクロの数は?』
『キヒヒヒッ、そんな簡単な問題を小生に? そんなの5つに決まっているでしょう』
『うわぁ……何で知ってるんですか……とにかく正解です、気持ち悪いのでさっさと次にどうぞ』
まさかの正解である、これを知っているのはパジャマがどうこうとかそういうレベルを遥かに超えて危険なのでは? 本当にどうして知っているんだ?
「なぁ、お前背中のホクロなんてどこで確認したんだ?」
『それはですね、彼女が自宅で風呂に入っている間、こっそりその中を魔導スキャナーでスキャンして、それを魔導プロジェクターで小生の部屋の魔導壁紙に写してじっくりと……』
良くわからんが気持ち悪い、しかも普通に犯罪だ。
というか何故壁紙まで『魔導』なのであろうか?
「とりあえず次に行こうか、この調子なら今日中に大魔将の顔を拝めるかも知れんぞ」
「でもこのゾンビに会わせるのはちょっとかわいそうね、さすがに気持ち悪すぎだわ」
『何を言うんですか、小生はフルーティー麦茶様の握手会に何度も参加している根っからのファンですぞ、それと会いたくないなどと思うわけがないでしょうに!』
などと主張しているキモオタゾンビであるが、もしかすると大魔将が他人と手を触れることを恐れているのはコイツのせいではあるまいか? いや、きっとそうに違いない。
そしてもしそうであるのなら、コイツを近づけるなどの卑劣な攻撃手段に出れば討伐は簡単かも知れない。
だがそれは奥の手として取っておくこととしよう、いきなりそのような手法に出た場合、外道からさらに道を外れたとみなされ、神々の怒りを買う恐れがあるためだ。
大魔将の部屋に辿り着いた際、このゾンビをどう処理するかは判断に迷うところであるが、とにかく今は前に進むことを考えよう。
しかしコイツは凄いな、3問目、4問目と、共に有り得ないレベルの設問だったにも拘らず、あっさり正答してしまったではないか。
だが5問目、そこで事件は起こった……
『え~っと、第5問なんですが、あ、ジャカジャン! フルーティー麦茶様の耳の長さは?』
『付け根から先端まできっかり7cm、長く、そして美しいのを等身大フィギアを使って毎日確認しておりますからね』
『正解……てかお前マジでキモいんですけど、死んで下さい!』
『何をっ!? ぎゃぁぁぁっ!』
今まではただ単に光るだけであったクイズゲート、突如として豹変し、灼熱の炎を吹き出して攻撃してきた。
その炎に包まれるキモオタゾンビ、あっという間に全身を焼かれ灰となって崩れ去り、そのままどこかへ舞って行ってしまった。
これは最強の助っ人を殺された、という認識で良いのであろうか? いまいち実感が沸かないのだが、きっとそういうことなのであろう、つまりピンチだ。
『あぁぁぁっ! 小生の肉体が、せっかくここまで熟成した肉体が失われてしまったではないかぁぁぁっ!』
いや、なぜか空中から声が聞こえる、そしてミラ、ルビア、ジェシカのお化け怖い組3人衆が地面にへたり込んだ。
ルビアはおもらしもしているようだ、今日はノーパンで良かったな。
「信じられないですの、霊体化して普通に浮かんでいますわよ」
「きっと凄い情念的な何かを持っているんでしょうね……」
その他にも魔族の3人、そしてリリィと精霊様にはその姿が見えているらしい、これはアレだ、レーコと同じで俺には見えなくともそこ居るパターンだ。
つまり、ゾンビから幽霊にクラスチェンジしたのである、不快な臭いも消えたし、このまま俺達を手伝ってくれるというのであればこれほど良いことはない。
『むぅぅ……しかしこの状態も悪くはないな、人族の中にはこの姿が見えない者も多いというし、そうなれば見つかる心配をせずに風呂も着替えも覗き放題ではないか』
そしてとんでもなくポジティブ思考の変態である。
肉体を焼かれ、幽霊にされてしまったというのに、まるで透明人間にでもなれたかのような発想だ。
「おい、お前はその状態でも大丈夫なのか? 肝心なところで成仏したりとかやめてくれよ」
『キヒヒヒッ、大丈夫ですよ、小生はアイドルと結婚出来るまではこの世に未練タラタラですので』
「・・・・・・・・・・」
永久に現世を彷徨うつもりらしい、何がアイドルと結婚だ、お前のような奴は接近しただけでも訴訟に発展するレベルの存在だぞ。
だが大丈夫なのであればそれで構わない、一旦おもらししたルビアに精霊様が水をぶっ掛け、綺麗にした後で再出発する。
そのまま進んだ先での第6問は……出題されなかった。
もう諦めたらしい、この変質者にはどんな難問をぶつけても無駄であることを悟ったようだ。
『キヒヒヒッ、あの失礼なゲートの中の人も小生に恐れをなして逃げ出したようですね、全く情けない限りだ』
「うん、俺も逃げ出したいわ、こんなキモい奴と係わり合いになったことを少しだけ後悔しているところだよ」
螺旋状に下へ下へと続く通路をひたすらに歩く、まだゴールは見えてこない、というか既に入口すらも闇に消え、今自分達がどの程度地下に潜ったのかすらもわからない状況だ。
時折通過するゲートも完全に沈黙し、徐々に入口からの光すら届かない暗闇へと変わる。
今はもうサイリウムの明かりだけが頼りである、それにしてもまだ着かないのか……
「あっ! 勇者様、あれを見て下さいっ!」
「どれだ? 暗くて何が何だかわからんぞ」
「通路に扉のようなものがあるんです、そこまで大きくはありませんが」
マリエルの指差した方向を、目を凝らして良く見てみる……確かにぼんやりと、何か扉のようなものが見えると言われれば見えるような気がしなくもない。
しかしその下にも螺旋通路は続いている、つまり最終到達点ではないのだ、あれが大魔将の部屋である可能性は極めて低いといえよう。
少しずつ近付いて来るその扉、ようやくはっきりと見えるようになった、何か張り紙がしてあるようだが……汚い字で『プレミアムスタンプポイント』と書かれているようだ。
「何か凄く雑なんだが……どうする、入ってみるか?」
「そうね、ちょっと休憩もしたいし、ただし戦闘になっても構わない体勢で入るべきね」
明らかに急ごしらえのプレミアムスタンプポイント。
部屋自体は以前からあったのだとは思うが、張り紙からして元々そのための部屋ではない。
最悪これ自体が罠であることも考慮し、全員で武器を構えてそっと扉を開ける。
……豪華な部屋だ、巨大なベッドが4つ、そして風呂も付いているらしい。
しかも良く見ればテーブルの上にルームサービス用のメニューが置いてあるではないか、これはもう一流ホテルのスイートルームといっても過言ではないレベルだ。
そしてそのメニュー表の横には呼び鈴……と思いきや転移用のアイテム、つまりセーブポイントの機能も備えているということだ、ちなみにスタンプも申し訳程度に置いてあった。
「見て下さいご主人様、ここに『ゴールまであと50問、頑張ってね!』と書かれていますよ」
「本当だ、まだそんなにあるのかよ……というかもしかしてさ、今日はここに泊まっていけってことなのか?」
「その可能性が高いわね、セーブポイントでもあるみたいだし、一旦島の入口に戻ってドレドちゃんに事情を話しておいた方が良さそうだわ」
このまま俺達がここに泊まってしまった場合、夕方には帰って来るつもりでいるドレド、それからコテージに居るメイとアイリスが待ちぼうけを喰ってしまう。
ということでテーブルの上にあった転移アイテムを使い、洞窟ダンジョンの前に出た。
なぜかゾンビ、いやもう幽霊なのか、奴も一緒に付いて来たようだ。
『小生はあのような場所に泊まるのは好かないのでありますよ、今日は乗って来た船で一泊することとしましょうかね』
「おう、じゃあまた明日、朝来たら誰か姿が見える子に伝えてくれ」
「ご主人様、キモオタ幽霊が居るのはそっちじゃありませんの……」
そんなことを言われても見えないものは仕方が無い、だがこれであの気持ち悪い輩と一晩を共にすることは避けられたのである。
ドレドにも今日は大魔将の城に泊まると伝え、船にあった着替えも回収した。
今日は疲れた、先程の部屋に戻ってゆっくりすることとしよう……
※※※
「おい、早速ルームサービスを頼んでみようぜ」
「毒が入っているかもですから、食べる前にまず精霊様に確認して貰うんですよ」
テーブルの上においてあったメニューを開く……オムライス、銀貨1枚、紅茶は銅貨5枚……金を取るというのか、しかもぼったくりである。
しかも踏み倒すことが出来ないように料金前払いシステムか、メニューには豪華なイメージが描かれているが、これはおそらく冷凍チンのような、実際にはそういうのが出て来るパターンだ。
「ご主人様、この『ミステリーゾーン』とかいうのなら鉄貨1枚ですよ、これにしましょう」
「嫌な予感しかしないな、とりあえず1人前頼んで様子を見よう、えっと……金を払うのは……」
部屋の隅に、明らかにどこかへ繋がっていると見られるパイプ。
そこを開けると中にはお手頃サイズの竹筒が入っていた、そこに金を入れろということか。
『ゴォォォッ……シュゴッ!』
風魔法が鉄貨1枚を入れた竹筒をどこかに飛ばす、どういう支払い方だ? そもそも何のホテルだというのだ? もう明らかにアレだぞ。
しばらく待つと、俺達が入って来たのとは別の入口の方で音がする。
ドアに取り付けられた小窓がガチャッと開き、料理が中に入れられた。
『猛毒アリをふんだんに使った香り高いハンバーグ~ローストしたカメムシを添えて~』のご到着だ。
「臭っせぇっ! 何だこの料理は? どうかしているんじゃないのか?」
「しかもこの料理、何だか変な感じがするわよ」
「そういえば確かに眠くなって……これは拙そうだな……」
徐々に意識が朦朧としてくる、何かの罠であったようだ。
食べずとも、そこから発せられるにおいだけでどうにかなってしまうような強烈なものである。
どこからともなく精霊様の叫ぶ声、何かを制止しようとしているらしい。
やめなさい、との言葉に続いたのは『あなた達』である、敵は複数か。
最後の力を振り絞り、抱え込んだルビアの体、そしてとっさに繋いだセラの手が、俺から強引に引き剥がされていく感覚。
そこで、完全に何もかもわからなくなってしまった……
※※※
「起きなさい、早く起きなさいっ!」
「ん……あがっ! 超頭痛いぞ……てか精霊様か、どうしたんだ?」
「セラちゃんとルビアちゃんが攫われたのよっ! あの料理から出る毒ガスで気絶している間に!」
「・・・・・・・・・・」
先程までメニュー表が置いてあったテーブルの上には、代わりに予告状というか書き置きというか、その類の書類が存在していた。
頭がガンガンと痛む中でそれを手に取り、目を通す。
『お仲間の人族2人はこちらでお預かりしました、ちゃんとアイドルデビューさせて有名にしてあげますからご安心を』
ふざけやがって! アイドルデビューさせるのにどうしてスカウトではなく誘拐する必要があるというのだ?
「精霊様、2人を救出しに行こう、犯人の顔は見たのか?」
「女の子の5人組だったわ、でも胸元に『STAFF』って書いてあったから、誘拐の主犯は別に居るはずよ」
「そうか、他の皆はまだダウンしているようだな、俺達2人だけでも探しに行くぞ」
おそらく長い時間、精霊様も含めた全員が気絶していたはずだ、侵入した敵がその間に攫ったのはセラとルビアだけなのである、セラの杖に入ったままであったハンナも無事だ。
チャンスがあったにも拘らず、そのまま放置していた。
それはつまり他のメンバーを攫うつもりはないということだ。
ゆえに、辛うじて動けるレベルまで回復していたユリナに頼んで皆の面倒を見て貰うこととし、俺と精霊様は部屋から出る。
捜索の当ては全くない、とりあえず昨日使った通路ではなく、反対側の出口を調べよう。
精霊様曰く、敵が入って来たのはこちら側のようだとのことであるし。
「見なさい、きっとこの廊下を通って向こうに行ったのよ」
「どうしてわかるんだ?」
「これよ」
ルビアに買い与えた金平糖だ、それが見える範囲で2カ所、廊下の先に向かって落ちているではないか。
きっとポケットから転がり落ちたのだ、これを頼りに捜索を開始しよう。
早く2人を取り戻すんだ、それまでは大魔将など放置である……




