243 地下の城
「じゃあ明日は休みにして、明後日改めて大魔将の城を攻めることとしようか」
「それに賛成ね、今回は色々とやりすぎてもう疲れちゃったわ」
いつもはショートカットしたり、そもそも構造が単純であったりという感じの洞窟ダンジョン。
だが今回は謎のイベントと被ってしまったがゆえ、その全てをスタンプポイントとして周回したのである。
その間ずっとマップ確認係をしていたセラはお疲れの様子、というかあのダンジョンで喜んでいたのはスタンプを押す係に任命されたリリィだけであったな。
そこで、ダンジョンボスであるあのピンク妖精に勝利を収めた翌日、俺達は1日だけ休日を取るという案を満場一致で採択した……
とはいえただ単にグダグダと休んでもいられない、城に攻め込むことはしないものの、昨日までに洞窟ダンジョンから持ち帰った資料を元に作戦会議を行うのだ。
「そういえば主殿、洞窟ダンジョンに入る前から思っていたのだが、あの島に城はなくないか?」
「あ、それ私も思いました、桟橋に着く前からお城が見えていないのはおかしいんですよ」
「何だろうな、金がなくて城を造れなかったのかな?」
「主殿じゃあるまいし、そんなことは絶対にないと思うぞ」
いつもの如く地味にディスってくるジェシカ、俺を怒らせて遊ぼうという魂胆が顔に出ている。
だが俺はスルーの天才だ、ここは相手にせず、話を先に進めることとしよう。
しかしアレだ、この異世界はこういうときに凄く不便だ。
俺の元居た世界であれば、軍から提供された航空写真を見て一発で城の様子を確認出来たのに。
今更だが、ダンジョンボス討伐後に、少しだけでもその先の様子を確認しておかなかったことを後悔している。
「あ、そういえばさ、オニ美ちゃん達は大魔将の城に入ったことがあるんじゃないかしら?」
「確かにな、前座とはいえイベントに協力していたんだ、最初に挨拶ぐらいしに行っているはず、アイリス、ちょっと呼んで来てくれ」
縛り上げてコテージのクローゼットに押し込んであった鬼娘3人、アイリスが鍵を開け、縄の端を持って中からズルズルと引きずり出す。
「うぅ……急に明るい所に出たら眩しいぃ~っ! でも私達が光り輝いている証拠ねっ!」
「誰が意味不明な発言をして良いと言った? また引っ叩くぞ」
「は~い、ごめんなぁ~いっ!」
「でだ、お前ら今の話は聞こえていたよな? どうなんだ、大魔将の城ってのはどんな感じでどのように構築されているのだ?」
「一応守秘義務があるから言えませぇ~ん、残念でしたっ、また次の機会によろしくねっ!」
「……ミラ、マーサ、それにジェシカ、この3人を床に押さえ付けるんだ、ルビアは拷問セットを持って来い」
その言葉を聞いて3人の顔色が変わる、聞き出す努力もせず、速攻で拷問を加えようという判断に至ったのを恐れたのであろう。
おそらく今のは小馬鹿にしていただけ、問い詰められれば仕方ないから話してやる、感謝しろよぐらいのノリで情報を提供してくれたに違いない。
だがもう遅い、既に縛られている状態で取り押さえられ、ルビアは別のクローゼットから取り出した拷問セットを組み立てている。
「あのぉ~、またケツバットされるんですか?」
「そんなもんじゃないから安心しろ、そうだな、石抱きコースと三角木馬コースから選ばせてやる、もちろんどちらを選んでも鞭打ちがサービスで付いてくるぞ」
「ひぃぃぃっ! そんなの事務所NGですってば!」
何がNGだ、もしその事務所とやらが文句を言ってきたら、スタッフを皆殺しにしてぶっ潰してやる。
いや、経営権を簒奪して金儲けに使うというのもアリかな……
などと考えている間に、実際の拷問セットの組み立てが完了し、それを間近で見た鬼娘達が降参の意思表示をする。
知っていることを全て話してくれるらしい。
しかしせっかくルビアが組み立てた拷問セットなのに、一切使わずにまたしまうというのはもったいない、後でセラでも拷問しておくこととしよう。
「さて、じゃあ代表してオニ美に答えて貰うぞ、ちなみに嘘だったりしたらわかっているな?」
「わかっていますって~、というか何に答えれば良いんですかぁ~?」
「いや、だから大魔将の城がどうなっているのかって話だよ」
「えっとぉ、もちろん地下に続いていますよ、この業界では有名なことなんです……」
どうやら行ったことがあるかどうかに関わらず、今回の大魔将の城が地下にあるということは魔族領域アイドル業界で凄く有名なことらしい。
これを知らないのは潜り、知らないということが発覚した途端、業界を追い出され、ついでに不審死を遂げるコースが確定だという、いや、別に殺さなくても良いだろうに……
ちなみにこのことは業界人だけでなく、一部の熱狂的なファンにも知れ渡っていることだという。
ユリナやサリナがそれを知らないのは、業界人でもこの大魔将のファンでもなかったためだ。
「てゆぅかぁ、その程度のこともわからないようじゃフルーティー麦茶様にはお会い出来ないと思いますよぉ~」
「どうしてだ? 探して見つけて張り倒すだけじゃん」
「だってあのお城、イベント用にクイズポイントが沢山設置されているって言ってました、ファンなら誰でもわかるような問題らしいですけど」
「マジか、大魔将のことなんて今聞いたこと以外全然知らんぞ……」
事ここに至ってまさかの情報である、別に俺達はイベントに参加しに来たわけではないし、そのような戯言に付き合っている暇はないのである。
しかしこれまでの経験上、大魔将の城にある仕掛けに関してはクリアしないと本当に先へ進めないようになっているものが多い。
もちろん破壊して進むという手法も考えられるが、それすら叶わない場合には地道に仕掛けを解いていくしか道はない。
「よし鬼共、明日1日時間をやるからそのアイドル大魔将に関する基本情報をまとめたしおりを作成しろ、出来ないとは言わせないからな」
『はぁ~い』
「じゃあそういうことで、アイリス、この3人をクローゼットに戻しておくんだ」
カンニングにはなってしまうものの、大魔将の情報を今から全て頭に叩き込んでしまうことは不可能である。
覚えられたとしてもスリーサイズ辺りが限界だ、ここは鬼娘達に作らせるしおりを頼ることとしよう。
さて、せっかく用意した三角木馬でセラを適当にいじめよう。
というかもう自主的に責められているではないか、どうやって自分で手を縛ったのだ?
「どうだセラ、効いているか?」
「き……効きすぎよ、降りられなくなったから助けてちょうだい!」
「そうかそうか、じゃあお休み」
「ひぇぇぇっ! 本当に、本当に助けて欲しいのよっ!」
自業自得のセラを放置して布団に潜り込む……ルビアが居ない、どこへ行ったのだ?
辺りを見渡すと、いつの間にか三角木馬は2人乗りになっていた、遊んでないで早く寝なさい……
※※※
「いてててっ、お尻が2つに割れてしまいそうだわ」
「お姉ちゃん、もう割れているわよ」
結局朝まで三角木馬に騎乗していたセラ、そのまま寝たらしい、かなりの猛者である。
手は縛られたままであったため、抱きかかえて朝食のサンドウィッチを食べさせた。
「ちょっと勇者様、サラダサンドだけじゃなくて卵の入ったやつも食べさせてよね」
「さっき1つ喰っただろう、もう1つは俺のだ、そうしないとまた……」
カレンとリリィによって間の肉を抜き取られ、パンだけになったサンドウィッチが俺の皿に盛り付けられる。
もはや見慣れた光景だが、あまり炭水化物ばかり取っていると糖尿になってしまいそうだ。
最後の1つとなっていた卵サンドをどうにか確保し、僅かながらタンパク質を補給することが出来た俺は、既に作業を始めていた鬼娘達の監視に入る。
渡した紙の真ん中に線を引き、左に公式、そして右には実際のデータを記入しているようだ。
しかもその乖離が凄まじい、年齢など公式は17で実際は735である、詐称しすぎだろ……
それ以外にも身長、体重、もちろんおっぱいのサイズなど、様々な情報が記載されていく。
この3人は大魔将の身辺調査でもしたことがあるのか? というレベルの情報量である。
しかしここでひとつ問題が生じた、どうやら3人共絵が壊滅的に下手らしく、当人がどのような顔をしているのか表現することが出来ないというのだ。
肖像画なども持ち合わせていないようだし、敵の顔に関しては実際に会うまでわからないということか……
「ご主人様、それなら私達に任せて下さい、特徴を言って貰えれば綺麗に書きますよ」
「私もお絵描きしま~すっ!」
カレン画伯とリリィ画伯が協力してくれるらしい。
どうにかなるとは到底思えないのだが、面白そうなのでやらせてみよう。
紙と消し炭を手にした2人、オニ美が大魔将の特徴を語り始める……説明があまりにも下手だ、目はこんな感じ、鼻はこんな感じ、などという説明でわかるはずがなかろうに……
「出来たっ!」
「私もです!」
両画伯共に正体不明の謎生物が描き上がったようだ、これはアレだ、UMAだ。
特にリリィ画伯のは横に『300m』と書かれている、そういった情報はどこにもなかったはずだが?
「まぁ言いや、肖像画に関しては諦めよう、とにかくそれ以外の情報をありったけ書くように」
『はぁ~い』
と、そのとき誰かが後ろから俺の肩を叩く、羽の付いたペンを持ち、漫画家っぽい帽子に付け髭、そして謎のメガネをしているその人物、大画伯セラ様その人である。
「セラ、お前は絵が上手いということは知っている、だがこいつらの説明じゃ紙が無駄になるだけだぞ」
「そんなことはないわ、そこの落ち目画伯2人は画力がないだけよ、私に任せなさい」
自信満々のご様子である、もし失敗したらお仕置きを受けると約束させ、いざモンタージュ作成のスタートである。
相変わらず酷いオニ美の説明、それでもセラの手元はスラスラと動き、何やら人物画のようなものが完成していく……いや、それ男だろ絶対……
「ダメね、古の邪悪大神官みたになってしまったわ」
「ほらみろ、じゃあそのペンを貸せ」
「あ、はいどうぞ……ひっ! きゃはははっ! あひぃぃぃっ!」
貴重な紙を無駄にしたセラには約束通りお仕置きである。
ペンに付いた羽で全身をこちょこちょする刑に処してやった。
うむ、どうやら尾てい骨の辺りが一番効くようだ、パンツを半分下げ、腰と尻の境目を重点的に処していく。
「よしセラは反省したようだな、ちなみに、紙を無駄にした人はあと2人居ます、さて誰でしょうか?」
『そんなぁ~っ!』
「喰らえっ! こちょこちょこちょこちょ……」
「わふぅぅぅっ!」
「ひぃぃぃんっ!」
そのまま適当に遊び続ける、夕食の支度が出来る頃には『アイドル大魔将討伐のしおり』も完成し、忘れぬようセラのバッグに入れて一応の準備完了だ。
明日は朝からダンジョン出口付近、ボス部屋の奥にあったポイントからスタートである……
※※※
翌日、相変わらず桟橋でせかせかと受付作業をするエリナに手を挙げて軽く挨拶し、設置されていた転移装置を使って一昨日の場所へと戻る。
巨大ピンク妖精は部屋の入口の前で正座していた……周囲に血溜まりが出来ている、昨日のうちにもこの部屋に到達し、一撃で潰された哀れなイベント参加者が居たのであろう。
こちらも念のため健康状態等を確認し、問題ないとのことなので部屋を後にする。
外に出ると本当に城が無い、代わりに少し大きめのマンホールのようなものが存在していた。
そして、その脇には手摺の付いた幅5m程度の通路……の端っこが斜めに地面から突き出ているではないか。
単に構造が雑なのか、それとも何かの意図があってこうしているのかは不明だ。
とにかく中へ入ってみよう、マーサと2人でマンホールの蓋を持ち上げ、入口から中を確認する。
下へ伸びる巨大な空洞、そしてその壁には螺旋状にぐるぐると続いた地面に突き出ているのと同じ通路。
今開けた蓋の横からはその通路に降りるための梯子が設置されている。
また、通路の所々にゲートのようなものが存在しているのが確認出来た、きっとあそこでクイズだか何だかが出題され、それに答えられないと酷い目に遭う仕組みなのであろう。
「じゃあ中へ入ってみよう、俺が最初に降りるから皆は後に続いてくれ」
「あら勇者様、先陣を切ろうなんて珍しいじゃないですか」
「ああ、先に降りて下から後から降りてくるお前らのパンツを見るんだ」
「……ちょっとだけ見直した私の気持ちを返して下さい」
有無を言わさず先に降り、下から覗き込むようにして待ち構える……ミラ、マーサ、カレン、うむ、良いおパンツだ。
だがズボンをはいているジェシカだけはパンツが見えない、生意気な、下から尻を揉んでやった。
その後も全員のパンツを確認する、というかルビアはまたノーパンだ。
ちなみに精霊様のを見ようとしたところ、パンツではなくパンチが飛んで来たのであった。
全員が降りたのを確認し、いよいよ螺旋状通路を下に向けて歩き出す。
かなり暗く終着点は見えないものの、明らかにここ以外の道は存在していない。
つまりこのルートで、あの闇の底まで行けば大魔将の部屋に付くということだ。
「勇者様、そろそろ最初のゲートに到着するわよ」
「ああ、セラはしおりを出しておいてくれ、もしかしたらクイズに時間制限があるかもだからな」
「わかったわ、いつでも開けるようにしておくわね」
アイドル大魔将討伐のしおりは、一応来るときに船の中でざっと内容を確認してある。
持ち込み可の試験でも、いとども開いたことがないような参考書を持ち込んだところでどこにその答えが書かれているかわからず解答を進めることが出来ない。
ようはどのような形式であっても最低限の勉強はしておかないと、余裕で不可になるということなのだ。
非常に真面目な俺はそのことを知っているのである、これまでは主に一夜漬けで乗り切ってきたのだが……
と、ゲートの下に到着する、どういう仕組みなのかは知らないが、俺達が傍に近づくとパカパカと点滅し始めたゲート、まるでクイズ番組だ。
『第1問、ジャカジャン! 以下に掲げる4つの肖像画のうちから、アイドル大魔将、フルーティー麦茶様のお姿を選択し、口頭で番号を答えなさい』
「しまった、ヤマが外れたぞ! いきなり勉強していない所じゃないか!」
「幸先が悪いわね、でも4つしか選択肢がないんだし、もしかしたら……無理かもね」
空中に出現した4つの肖像画、左の1枚はバッハだ、髪型からしてこれは間違いない、小学校のときに音楽室にあったものと全く同じ肖像画である。
いや、というかここは異世界だぞ、異世界音楽家の類なのか?
で、それ以外の3つ、どれも可愛らしい女の子のものである。
普通こういうのは2択まで簡単に絞れるようにしてあるんじゃないのか? いきなり難易度が高すぎるぞ。
ちなみに肖像画の上にはカウントダウンが進んでいる、30秒から始まり、今は残り20秒を切ったところだ。
どれでも良いから早く答えないと失格になってしまう。
「う~ん、アイドルって言うくらいだからな、右から2枚目の元気の良さそうな感じの子か?」
「ご主人様、世の中には清純派アイドルというのも存在しますの、ここは一番右の方を」
「は~い、一番左だと思いま~すっ!」
「違うぞリリィ、あれは音楽家だ、髪の毛がカールしているのはほぼ十中八九音楽家なんだぞ」
「へぇ~、そうなんですね、知らなかったです」
などとふざけている場合ではない、残り10秒、どれも選択肢としては捨て切れない。
ここは俺とユリナのどちらの予想にも出てこなかった左から2枚目の子を……
「とりあえず2だ、2番を選択する!」
『ブブーッ! 大ハズレです、ちなみに正解は教えてあげませ~ん』
「チッ、外したのかよ、これでどうなるんだ?」
そのとき、地面、というか通路全体がゴゴゴゴッと音を立てて揺れ始める。
何が起こっているのだ? もしかして崩壊させるつもりか?
「勇者様、戻されていますよっ! 入口の方に!」
「えっ? あ……本当だ、さっき入って来た穴の所まで戻されたのか……」
地下に長く続いた螺旋状の通路、その全体がまるでねじの如く回転し、俺達を入口付近へと押し戻したのである。
地表より上に抜けてしまった通路、つまり俺達が降り立った所から最初のゲートまでの部分については、先程見たはみ出し部分と同じような状況になっていることであろう。
なるほど、クイズに正解しないと押し戻される、つまりいつまで経っても大魔将の部屋へ到達することが出来ない、そういう仕組みだ。
「勇者様、これはちょっと厳しいんじゃないですか?」
「そうだな、だが完全に捨てようと思っていた論点は最初で出て来たんだ、ここからはしおりを使って行ける所まで行ってみようか」
このまま進み、もしダメそうであれば一度トンビーオ村に戻り、オニ美達のうちいずれかを連れて来れば良い。
奴等であれば解けない問題などないはずだし、クイズエリアに有識者を持ち込んではいけないなどというルールはどこにも書いていなかったからな。
気を取り直して再度通路を下へと進む、先程のゲートだ、これは通路が動いても移動しないようになっているようだ。
『おかえりなさい、では第2問、ジャカジャン! アイドル大魔将、フルーティー麦茶様が今朝お召し上がりになった食材を全て挙げなさい』
「馬鹿かっ!? 無理に決まってんだろそんなのっ!」
『ではお引き取り下さい』
また入口まで戻されてしまったではないか、有り得ない難問である。
こんなのファンどころかストーカーでも正答出来るか微妙だぞ。
「これは予想以上に手強いな……」
「まぁ、時間はたっぷりあることだし、気長にやっていきましょ」
前途多難ではあるが、ここはクイズに答えるだけで特に危険はない。
セラの言うように気長に、のんびりクリアを目指していこう……




