242 大量に居る系
鬼娘3人組ユニットを討伐し、トンビーオ村の現地拠点コテージに連れ帰った日の翌日、今日も今日とて洞窟ダンジョンに潜り、ダンジョンボスの部屋を目指す。
中ボス部屋の奥はさらにトラップが増え……るようなことはなかった、というかほとんど何もないではないか。
おそらくここまで到達するイベント参加者は居ないだろうという想定の下、適当に巡回コースを設置したのであろう。
壁にある順路を表示した張り紙にしても、昨日のうちにエリナが慌てて用意したような雑なもの、作りかけで諦めたと見えるトラップのような何かもそこかしこに存在していた。
「何だか入口付近の気合の入れようとは打って変わって、みたいな感じね」
「うむ、だがこのペースで行けば想定より早くダンジョンボスの部屋に辿り着きそうだぞ、ところでボスはどういう奴なんだろうな?」
「昨日の夜オニ美ちゃんに聞いたんだけど、違う組織から派遣された子達だからあまり知らないって言っていたわ」
「子達か、ということはまた複数なんだろうな」
このアイドル大魔将イベント、やたらに金が掛っているように思えるのだが、まともにチケットを購入したらいくらになるんだろうな?
俺達が使ったのは船の進路妨害をした半魚人みたいな馬鹿をぶっ殺して奪ったものだし、そもそも12人プラスセラの杖に入っているハンナの分も全部まとめて、無理矢理に1枚で済ませている。
もし人数分を購入したら金貨が何枚も飛んで行ったのであろう、もしその状況になったらこの大魔将を攻めるのは当分保留になっていたかも知れないな。
マップに記されたスタンプポイントを順に回りながら、徐々にダンジョンの奥へと進んで行く。
というかコレ、もうやる必要がないような気がしてきたぞ……
2時間以上洞窟ダンジョン内を歩き回ったであろうか、今居る場所のスタンプを押せば、残りはボス部屋の中にある1ヵ所のみ、つまりゴールである。
「リリィ、出番だぞ」
「せぇ~の、ぺったん!」
「よしよし、上手に打てたじゃないか、では次へ行こうか」
「えぇ~っと、こっちの道を行けばすぐにボス部屋ね、5分も掛らないと思うわ」
マップを開いたセラが先導し、ボス部屋へと向かう、すぐに到着したその場所には、周囲の光景にそぐわないピンクの扉、このイベントのためにわざわざ色を塗ったようだ。
「よぉ~し、じゃあ早速開けちゃうわよ!」
「待てマーサ、触るんじゃない!」
「え? あっ、何コレ……」
不用意に扉に手を掛けてしまったマーサ、右の掌がピンク色に染まっている。
ペンキ塗り立てだ、おそらく今朝のうちに急遽塗ったものなのであろう。
「ほら言わんこっちゃない……てかおいっ! 俺の服で拭うんじゃないよっ!」
「しょうがないじゃないの、タオルがないんだから」
「だからって……こうなったら復讐だ! こいつを喰らえっ!」
「いやぁぁぁっ! 顔はやめてっ、ボディーにしてちょうだいっ!」
俺も手にペンキを付け、マーサの頬っぺたをピンクに染めてやった。
良い色になりやがって、祭屋台のカラーひよこならぬカラーウサギだ。
「勇者様はこっちの髪色の方が似合うと思うのよ」
「おいセラ! やめろ、髪の毛はやめるんだっ!」
セラまで参戦してきたではないか、俺の髪の毛にペンキを塗りたくり、ピンク色に染め上げた。
売れないロックバンドのメンバーみたいになってしまった、勇者としては終わっている。
「ちょっとそこの3人、誰がお洗濯すると思っているんですか?」
『すみませんでした……』
ミラに怒られてしまった、これ以上やると夕飯を抜きにされてしまう可能性がある。
今日はこの辺りで調子に乗るのをやめておいた方が良さそうだ。
そんな所でわちゃわちゃと遊んでいると、どうやら別のイベント参加者が近づいて来たようだ。
もうトラップはないし、俺達が中ボスを討伐してしまったのだ、俺達の後に入って来たとしてもただ歩くだけでここまで辿り着くことが出来る。
本来ならとっくにトラップの餌食となっているであろうその参加者。
ハゲ散らかしたキモ魔族が2体、やはりあのサイリウムを持ち、ニヤニヤしながら歩いている。
『もうすぐでござる、もうすぐでござるよ、このダンジョンの最深部はあのピンクの扉を超えた先でござる』
『デュフュフ、ようやくこの長い長い旅の終着点に辿り着くわけですね』
いやいや、その部屋は貴様等の人生という長い旅の終着点になりうる危険な場所だぞ。
まぁ、どうせ金の鍵を持っていないことであろうし、中には入ることが出来ないか……
『ひょぉぉぉっ! 拙者の手がショッキングピンクに染まってしまったでござる、しかも扉が開かないでござるよ』
『落ち着くのです! その色は秘められた力が解放されかかっている証、そして扉は我が伝説のマスターキーを使えば開くはず!』
何が伝説のマスターキーだ、マイナスドライバーそのものだろうが。
そのマスター……マイナスドライバーを器用に使い、ごくあっさりと、何の苦労もなく扉の鍵を解錠してしまう気持ち悪い面の敬語魔族。
俺達は苦労して中ボスと戦い、どうにか金の鍵を入手したというのに、こういう人の道に外れた空き巣紛いの連中がこうも簡単にラスボス部屋に入ることが出来るのは納得がいかないな。
とも思ったのだが、どう考えてもこの2体の雑魚魔族がダンジョンボスに勝てるとは思えない。
無謀なチャレンジをしたことを後悔しながら、これ以上ないぐらいに惨たらしく殺されてしまえ。
扉が開く、そして2体の魔族が中へ入って行く……数秒後に再び開いたピンクの扉、ベチャッと、2つの肉塊が飛び出して来た……
今、つい今元気に入って行ったばかりの魔族、その変わり果てた姿である。
一瞬のうちにズタズタに引き裂かれ、元居た通路に無言の帰宅を遂げたのであった。
「気持ち悪りぃな、どこをどうやったらこんな死体になるんだよ?」
「勇者様、この死体の状況からして、敵の数はかなり多いんじゃないかと思いますよ」
「おいマリエル、どういうことだ?」
「この傷は打撃武器、こっちは短剣ですかね、それからこっちの魔族が受けたこの傷は……」
マリエルが観察したところ、この死体に付けられた傷は数十種類もの武器によるものであるという。
1人や2人がこの短時間で武器を次々に持ち替えてこうしたとは思えない。
となると、この扉の向こうに居るであろうダンジョンボスは、少なくとも数十人、いや、攻撃に参加しなかった者も居るであろうし、さらに数が多いということも考えられる。
とにもかくにも部屋に入ってみなくては何もわからない既に鍵の開いてしまった扉を足で蹴って押し、その向こうの様子を覗き込む……
「全部魔族……なのか?」
「やけに小さいわね、この間の小人ゴーレム並だわ」
「しかも数がヤバいだろ、全員同じ顔しやがって、確かに可愛いのは認めるがな、さすがにちょっと気持ち悪いんじゃなくて?」
部屋の中からザッと、一斉にこちらへ視線を向けたのは、全く同じ顔をした全長20cm以下の生物がおよそ100体。
全ての背中にはトンボのような羽があり、これを何かに例えろというのであれば、それはまさしく妖精といった感じである。
そして、その中の1体、他の妖精さんは緑の服を着ているのに対し、唯一ピンクの服を着た妖精さんがゆっくりこちらへと近付いて来る。
先程の魔族2体を殺した際に使ったのであろう、自分の3倍以上もの刃渡りの、血に塗れた鉈のような武器を持っているが、本人のサイズの小ささゆえあまり脅威は感じない。
というかあれがこの組織のリーダーなのか、てっきりリベロか、或いは洗濯物が乾かなくて仕方なくアウェーのユニフォームを着て来たのだと思ったのだが……
『ようこそいらっしゃい、あなた方は金の鍵をしっかり持っているようですね、どうぞお入り下さい』
「お……おう、ところでお前ら、全員揃ってダンジョンボスってことで良いんだよな?」
『ええ、私達は駆け出しアイドルグループ、まだグループ名もありませんが、総勢108名で構成されているというのを売りにしようと思っておりまして』
「……多すぎだぞ、もう少し削れや、てかそんなヒャッハーな武器持って何がアイドルだよ」
『あら、そうは参りませんよ、だって私達はチームなんですから、そしてあなた方との戦いも、このチームの力で乗り切るんですよっ!』
ピンク妖精のその言葉を合図に、一斉に高く舞い上がるグリーン妖精達。
このボス部屋は異様に天井が高く、広さもある、それをこのサイズの連中が縦横無尽に動き回ればどうなるか? こちらとしてはすごく攻撃し辛いのである。
しかもこの見た目からして、あまり無茶な攻撃を仕掛けたら殺してしまいそうな予感だ。
ゆえに聖棒で叩き付けるのは厳禁、リリィやユリナの炎が出る系の攻撃も控えるべきであろう。
ここは俺以外の前衛・中衛が武器の刃がない部分を使って叩き落とすこと、それからセラの巻き起こす風の流れで飛行を困難にさせることが、こちらの取り得る戦略の全てとなりそうだ。
いや、ドラゴン形態に変身したリリィが羽ばたいて空気の流れを乱す作戦も使えそうじゃないか、それから単発攻撃にはなるが、精霊様が飛んで手掴みで捕まえるという手もある。
とにかく色々と試しながら、こちらはもちろん、敵の連中にも危険が及ばないような戦い方を模索していかなくてはならない。
上空で5体~10体程度の編隊をいくつも組み、それを1単位として急降下する妖精さん達。
狙われているのはルビア、そしてサリナのようだ。
明らかに回復魔法使い然とした出で立ちのルビアはともかく、武器すら持たず一見危険がなさそうなサリナに攻撃が行くのは珍しい。
何か理由があるのか、それとも単に弱そうだからという理由で攻撃しているのかはわからない。
「精霊様は飛んで攻撃に回ってくれ、セラは旋風でも起こして2人の周りに集っている奴等を落とすんだ!」
とっさにセラが巻き起こした風、その付近に居たルビア、ユリナ、サリナ、そしてセラ自身のスカートが捲り上げられ、全員パンツ丸出し状態となった。
もちろん吹き飛ばされた妖精さん達もだ、アイドルグループだか何だか知らんが、こうなってしまってはただの小さいパンツ女、実に情けない姿である。
「あっ! 勇者様、攻撃したら妖精さんが……」
「どうしたんだミラ?」
「あの……何だか光の粒のようになって消えてしまいました、もしかして殺しちゃったとか……」
「光の粒に? わけがわからんな」
「ご主人様っ! この妖精さん達は幻術の類です! でも誰かが術を使っている感じはないですし、どこかにそういう装置があるはずです!」
「マジか……ということはガンガン攻撃していっても良いってことだな、倒しても死ぬわけじゃないし」
「そうなります、でも数が……あいてっ! もうっ、尻尾を掴まないでっ!」
攻撃しても良いとはいえ、問題はこの数である。
俺も聖棒を振り回し、どうにかして上空のグリーン妖精を撃墜しようと試みるが、全ての攻撃がグループごとあっさり回避しされてしまう。
効果が出ているのはセラとリリィの巻き起こした風だけだ、それでも地面に落ちるだけで、また飛び立って集結し、攻撃態勢に移行されてしまうのである。
今のところ完全に倒すことが出来たのはミラが攻撃をヒットさせた1体のみ、108体と言っていたか? それを全て、地道に撃墜していくのは不可能だ。
となると、先程サリナが言った『幻術を発生させる装置』の破壊が手掛かりとなる。
マリエルもそれが良いと判断しているようだ、2人で手分けして薄暗い部屋の中を必死で探す。
『勇者様、ちょっと良いですか?』
『どうした?』
『おそらくあのピンク妖精、私達がその装置を探し始めていることに気付いていますよ』
『そうか、それでどうしたら良い?』
『もしどちらかがその装置のある場所に接近した場合、あの子が何らかの行動に出るはずです、それを良く確認しておきましょう』
『わかった、難しそうだからマリエルに任せるよ』
『・・・・・・・・・・』
俺にそんなことを言われても対処不能である、そもそも俺は視力が悪い、あの小さいピンク妖精の細かな変化など見ていられない……いや……ピンク妖精、先程よりも少し大きくなっているような気がするな……
もう一度良く見てみよう、出現した際、グリーンもピンクも同じ大きさをしていた。
だが今並んだ瞬間を比較しても、明らかにピンクの方が倍ぐらいの大きさを持っている。
どういうことだ? そういえばミラが倒したグリーン妖精は光の粒になって消えてしまったとか言っていたな。
もしかしてそれがリーダーであるピンク妖精に吸収され、その分奴のサイズが増したということなのか? そしてあの妖精の本来の姿はピンクが全てのグリーンを吸収した状態のものと。
確証は持てないがその可能性は高いな、だがその場合、あの妖精の元々のサイズはとんでもなく巨大だということになるのだが……
その結果は装置を破壊してみればわかることだ、壁や天井を中心に、どこかに不自然な点がないかを調べ続ける。
と、そのとき、羽ばたくのに疲れたと思しきリリィがブレスを放った。
一瞬で炎に包まれたグリーン妖精、そのうち10体程度が光の粒となって消え失せる。
……その光の粒はピンク妖精の下に集まり、吸収されて人間と同等のサイズになったではないか。
ほんの十数体分でアレだ、残りが全部集まったら本当に手の付けようがないサイズになってしまうかも知れない。
『勇者様、今の見ましたか?』
『今のって、光が吸収されるところか?』
『ええ、あの光、ピンク妖精の体ではなく武器に吸い込まれていきましたよ』
『となると幻術発生装置は……』
『あのヒャッハーな感じの大鉈です』
大鉈といっても、通常の人間サイズとなった今のピンク妖精にとっては普通の得物でしかない。
で、あれを破壊して奴を元のサイズに戻したところでその後どうするべきなのかが問題だ。
巨大化する……巨大化……うむ、下から聖棒でカンチョーしてやろう。
「カレン、マーサ、ピンク妖精の武器を破壊しろ! 他もどんどんグリーン妖精を消して良いぞ!」
それを合図に全員が動きを変える、カレンとマーサはそのまま前進してピンク妖精に襲い掛かり、後ろでも攻撃魔法を使った派手な戦闘が始まった。
残りの前衛と俺、そしてマリエルも、武器を振り回して周囲をしつこく飛び交うグリーン妖精を叩き落とそうと必死になる。
ほう、武器の扱いに長けたマリエルだけでなく、ミラもジェシカもそこそこ攻撃を当てることが出来ているようだな、もちろん俺だけは討伐数ゼロである、どうやっても避けられてしまうではないか。
「捕まえたっ! カレンちゃん今よっ!」
「でぇぇぇぃっ!」
光の粒を吸収し、もはや3m近いサイズになっていたピンク妖精。
それをマーサが後ろから抱きかかえてその場に固定する。
ほぼ同時に正面から斬り掛かったカレンの一撃により、持っていた大鉈、いや、現状では小鉈と言うべきか、とにかく武器が真っ二つに折れる……
『はれっ!? はれぇぇぇっ!? 武器がダメに……』
2つに折れ、その刃の部分を地面に落とした大鉈、しかしピンク妖精が手に持ったままの柄が光り輝き、周囲に居たグリーン妖精を次々に取り込んでいく。
徐々に巨大化したピンク妖精、部屋中に居た全てのグリーン妖精を吸収し終えたとき、既にそのサイズは10mを越えるものとなっていた。
元の姿を晒したことで戸惑い、どうしたらよいかわからないという表情で立ち尽くす敵。
今しかない、このチャンスを逃す手はないのだ。
走り出し、中途半端に隙間が開いたピンク妖精の足の下にスライディングをかます。
滑りながら上にその巨大なパンツを確認し、狙いを定める……
『えっ、何? きゃっ、はうぅぅぅっ! き……効くっ……』
一閃、俺が上に突き上げた聖棒、見事に決まったカンチョー。
聖棒によるカンチョーの効果は魔族であるピンク妖精に対しては絶大だ。
ダメージにより立っていることが困難になったピンク妖精、崩れ落ちるようにしてその場に倒れた。
ドシンッと鈍い音に続き、小規模な地震の如くカタカタと揺れる音。
振動も伝わってくる、ピンク妖精が床に着けた膝がガクガクと震えているのであった。
「さて、まだ立ち上がれそうなら勝負を再開しようか、もう一度今のをお見舞いしてやるぞ」
『も……もう降参です、許して下さい……』
震える足で立ち上がり、これまた震える手で天井の板を外して何かを取り出すピンク妖精……宝箱だ、蓋を開け、中にミスリルの鍵が入っているのをこちらに見せる。
これでこのダンジョンはクリアだ、あとはこの先にある大魔将の城に突入し、本人を討伐してしまうのみ。
しかし困ったことが1つある、このピンク妖精、どうやって連れて帰ろうか? というかこれを飼うとなると食費とか凄いことになりそうだな……
「おいお前、これからどうしたい? というかその前に何者なんだよ?」
『私は人里離れた山奥に済むジャンボ妖精族の1人です、アイドルになりたくて魔族領域の町に出たんですが……ちょっと大きすぎると言われて……』
「それでマジックアイテムを使って小さいの108人に分裂したんだな?」
『ええ、近頃はワラワラと大勢居るアイドルグループが流行りとのことでしたから……』
ちなみに最初はグリーン妖精30体で始めたらしい、だが新規加入メンバーを次から次へと入れるのがトレンドだという話を耳にし、数を増やし続けた結果、総勢108体の大所帯になってしまったそうだ。
ちなみに人気の方は鳴かず飛ばず、自分でイベントを開催しても鳴いていたのは閑古鳥ぐらいのものであったという、かわいそうな奴め。
「勇者様、この子を船に乗せるのは無理ですし、とりあえず今回の大魔将討伐が終わるまではここに居て貰いましょう」
「だな、おいお前、俺の許可を得ずにこの部屋から出るなよ、もし逃げたりしたらカンチョー100回の刑だからな」
『わかりました、絶対にここを離れないと約束します、だからカンチョーだけはどうかお許しをっ!』
コイツをどうするのかについては後でゆっくり考えよう。
とりあえずこれでダンジョンボスの討伐は完了だ、あとは大魔将本人のみ、果たしてどのような奴が出て来るのか気になるところである……




