241 鬼娘ユニット
「じゃあカレン、マーサ、ジェシカ、しっかりやるんだぞ」
「まぁ、とりあえずこれで相手を3回、ポカッとやってやれば良いのであろう?」
「そうだ、あわよくば一撃で気絶させてやれ」
「この武器じゃ無理だぞ……」
支給されたおもちゃの棍棒でカレンとマーサの頭をポクポクと叩くジェシカ。
明らかに火力不足であるたとえ規定の3回叩いたとて、何らかの効果を期待することは出来ない仕様だ。
ステージ上で待機する3人に、対戦相手となる鬼娘の3人が近付く。
相手も同じ武器、この試合に危険性はなさそうな感じである……
「それじゃあ、はっじめまぁ~すっ! ていやっ!」
「きゃっ! 何だその威力は? それは完全に本物の棍棒ではないかっ!」
先制攻撃を仕掛けた背の高いオニ美、それに続いて小柄なオニ子とオニスタスティックアレクサンドリア17世(以下オニたす)も棍棒を振るう。
鈍い金属音を伴い、その攻撃によってヒビ割れを起こすステージの地面、明らかにこちらの持たされている武器とは違う、金属製の、余裕で100kgはある棍棒だ。
体の大きなオニ美は良いとして、いや良くはないが、カレンと同等かそれよりも小さいオニ子とオニたすがそれを平気で振り回しているのが信じられない。
この連中は明らかに強い、これまで普通に戦ってきた洞窟ダンジョンの中ボスとは一線を画す強さである。
しかもこちらの武器はプラスチックバットレベルの何か、火力不足どころか攻撃力ゼロなのだ。
3回叩けばこちらの勝ちだと言うが、それで良いにしてくれる保証はどこにもない。
「待て貴殿ら、こちらの武器とそちらの武器、性能に差がありすぎるぞ」
「そりゃそうですよぉ~っ、こっちはか弱いアイドルなんです、それぐらいのハンデは必要ですよ、ねっ、オバさん」
「オバ……私はまだ25だぞっ!」
「あらあら、お肌の調子からしてもう2,500歳ぐらいだと思ったんだけどな、間違えちゃってゴメンねっ」
「うぅっ……許さんぞ……絶対に許さんぞっ!」
「こらこらジェシカ、敵の挑発に乗るんじゃない、お前は顔も尻も、それからおっぱいもツルツルスベスベで良い感じだぞっ!」
「だって主殿、アイツがっ! アイツが私のことを……」
「・・・・・・・・・・」
ここでの説得は不可能なようだ、まぁ、俺の気を使った言葉と容赦のない敵の言葉、ジェシカがどちらを真実と受け止めるかはわかりきったことであるが……
怒り狂っておもちゃの棍棒を振り回し、馬鹿にした張本人であるオニ美に襲い掛かるジェシカ。
両手剣を華麗に操るいつもの剣技はどこへ行ったのであろうか? もうキレた子どものグルグルパンチと大差ない攻撃である。
ターゲットにされたオニ美は、そのデタラメな攻撃をいとも簡単に自前の棍棒で受け止める。
あっさりと折れてしまうジェシカの武器、もう一度言っておこう、性能に差がありすぎるのだ。
「は~いっ! 武器を失った人は失格でぇ~す、部屋の隅っこで正座していてねっ!」
「うぅ……うぁぁぁ~っ、馬鹿にされたうえに失格なんて、グスッ……」
「ほらほら、さっさと退場して下さい、お肌の使用期限はとっくに切れていますよ」
俯き加減で退場し、部屋の隅で壁を向いて正座するジェシカ、あまりにも可愛そうだ、少し慰めてやらなくては。
「おいジェシカ、大丈夫か? もう泣くんじゃない」
「うぁぁぁっ、主殿、王都に帰ったら雑誌の裏表紙に載っていたマイナス30歳肌の魔法薬を買ってくれ!」
「うん、それは限りなく胡散臭いからダメだ、小遣いでエステでも行きなさい」
ジェシカが泣き止むまで頭を撫で、どさくさに紛れておっぱいも揉んでおいた。
その間にもステージ上では戦闘が行われている、こちらは既に2人、そしておもちゃの棍棒、対する敵は3人揃った状態で、リアル棍棒を武器として戦っているのだ。
形勢は圧倒的にこちらが不利である、だがステージ上に居るのはカレンとマーサ、即ち回避を得意とするメンバーである。
敵の攻撃を受けさえしなければどうということない、そもそも剣で受けるタイプのジェシカはこの戦いでは役に立たなかったに違いない。
そしてあの2人であればここからゲームをひっくり返すのに十分な実力を持ち合わせている。
気合を入れて、あの生意気な鬼娘共をポカッとやって頂きたいところだ。
だが、そう上手くはいかないようである……
「あらあら、なかなかにすばしっこいワンちゃんですこと」
「むっ、私は犬ではありません、狼です!」
「これはこれは失礼しました、じゃあおすわりっ!」
「わふっ……おすわりしたら干し肉が貰えるはずなんですが……」
「キャハハッ、やっぱりワンちゃんじゃないの、次はお手をしなさい、そしたら何かあげても良いわよ」
「わぅぅぅっ! 馬鹿にされました、凄く悔しいです!」
カレンも敵の術中であった、もはや武器の性能云々ではなく、知能の差で圧倒的に敗北しているようだ。
このままだと非常に拙い、マーサも馬鹿だし、普通に翻弄されて負けてしまいそうな予感である。
その前に現状で唯一まともに戦闘が可能なマーサを使って敵を滅ぼさなくてはならない。
「マーサ、お前ちょっと頑張れ、1人倒すごとに高級ニンジンを1本買ってやるからな」
「本当? 約束よ、今日買って貰うからね!」
「はいはい、帰りにトンビーオ村の市場でな」
ニンジンパワーが宿ったマーサ、その場から予備動作もなく消えるように移動する。
相変わらず凄まじい速さだ、いつも俺が見ているマーサは実のところ残像なのかも知れない。
マーサが次にその姿を現したのは、既にオニ子の頭、胴、そしておっぱいに当たり判定が出た後であった。
一瞬で移動し、目にも留まらぬ速さで規定の3発を叩き込んだのである。
何が起こったのかわからない様子のオニ子、その場で固まり、立ち尽くす。
早く隅っこに行って正座しておきなさいよ。
「あの……その……やられちゃったみたいですね、ウサギさんに」
「良いぞマーサ、その調子で残りの2人も殺ってしまうんだ!」
グッと親指を立てたと思うと、またしても高速で移動するマーサ、今度はオニたすが犠牲になるようだ。
「えっ? きゃあっ! 痛いっ、やめてっ! きゃんっ!」
背後を取り、オニたすの尻におもちゃの棍棒を3発叩き付けたようだ。
おもちゃとはいえ思い切り叩かれれば痛いのは当然、尻を押さえてその場に蹲るオニたす、マーサは未だにその尻を狙っているらしい、棍棒を構えたまま後ろに佇んでいる。
「ちょっと手を退けなさい、あと10発ケツバットを喰らわせてあげるわ」
「ひぃぃぃっ! せめて3発、いや5発で良いですから、あまり強く叩かないでっ!」
叩かれるのは良いんだ……
棍棒をオニたすの尻に当て、狙いを定めるマーサ、しかしその後ろからオニ美が話し掛けたことにより、マーサはその場でピタッと止まる。
「ねぇねぇウサギさん、あなた、叩くよりも叩かれる方が好みなんじゃないですか?」
「ん? そうね、私はドMウサギだし」
「じゃあ私が叩いてあげる、その棍棒、ちょっと貸して」
「じゃあお願いするわ、はいどうぞ」
「おいっ! 渡すなマーサ!」
「いくわよっ、いっちに~のぉさんっ! はいあなた負け、向こうで正座ね」
「あ~あ、やっちゃったよ……」
頭を3発、ポカポカと叩かれたマーサはきょとんとしている、未だに騙され、そしてこのゲームに敗北したことを理解していないようだ。
どんだけ馬鹿なんだよ一体? そして残るは犬扱いされたことに憤慨しながらも律儀におすわりを続けているカレンのみ、これはダメかも知れませんな……
「カレン、もうおすわりの時間は終わりだ! すぐに立って戦え!」
「え? でもまだ干し肉を貰っていませんよ……」
「後であげるから、ほらっ、オニ美が攻撃してくるぞっ!」
棍棒(本物)を振り上げ、カレンに襲い掛かるオニ美、その攻撃をとっさに交わしたカレンはそのまま跳び上がり、上からのカウンターを仕掛ける。
だがその攻撃はあっさり避けられてしまった。
オニ美の奴、デカいくせに素早さが高いようだ。
次の一手はオニ美、その次はカレン、どんどんスピードを上げていく2人……
本来の最高速度は間違いなくカレンの方が上であるが、武器を破壊されたら負けというルール上、相手と打ち合わないように慎重に動く必要がある。
また、軽い割には大きく、その分空気抵抗を受けてしまうおもちゃの棍棒もカレンの速度を落とす原因になっているようだ。
まぁ、本物の棍棒を振り回しているオニ美に関しても、武器を置けばさらに素早く動くことが出来るのであろうが。
しかしこのままだといつまでたっても決着しないな……何かきっかけを作ってそこで一気に叩かなくてはならない。
よし、少し作戦を立てる時間を取ろう……
「お~い、2人共そろそろ疲れただろう、第1ラウンドはここで終わりにしてさ、5分間休憩にしようぜ」
「う~ん、そうですね、じゃあ5分休憩、承りました~っ!」
一度ステージから降りる2人、カレンは何やら手を出している……干し肉をくれということだな……
これは仕方が無いから渡してやろうと思い、ミラに目的の品を取り出して貰うよう頼む。
しかしこの戦いが終わったら昼食にするとのことで、それまで我慢するようカレンに伝えるミラ。
バックから干し肉を1枚取り出し、ヒラヒラとカレンに見せ付けている。
と、そこでチラッと見えたミラのバックに良いモノが入っているのを見てしまった。
アレを使えば一撃のはずだ、向こうも明らかにズルい武器を使っているのだし、反則にはならないであろう。
「カレン、ちょっと来てくれ、ミラはバックに入っているその袋を貸してくれ」
「何ですか? おやつですか?」
「申し訳ないがそうじゃないんだ、良いか? この袋の中に入っているコレをゲーム再開と同時に……」
「は~い、わかりました~」
ミラから受け取った布袋を丸ごとカレンに渡したところで、試合再開30秒前となった。
タイムアウトを取ったのは正解であったな、思わぬ秘策が舞い降りてきたぞ。
「カレン、しっかりやれよ!」
「任せて下さい、ご褒美は生で食べられる高級お肉ですからね!」
いよいよ試合再開である、棍棒を構え、ジリジリと距離を詰めてくるオニ美、対するカレンは袋に手を突っ込み、その中身をガシッと掴んで取り出す……そしてオニ美に向かって投げ付ける。
「おには~そと~っ! おには~そと~っ!」
「きゃぁぁぁっ! 何よそれっ、炒った大豆じゃないのっ! やめてぇぇぇっ!」
やはり効果は抜群だ、ミラのバックには食糧がこれでもかというぐらいに詰め込まれているのだが、炒った大豆は栄養価も高く、常に持ち歩いている携帯食の1つである。
それを鬼に投げ付ければ間違いなくこの反応が得られると踏んだのだが、これが大正解。
もはやオニ美は頭を抱えて地面に伏せ、豆から身を守っていることしか出来ない。
ちなみに投げた炒り豆は後程スタッフの魔物が拾って美味しく頂きました。
「カレン、豆はまだまだあるからな、あと10分ぐらいは続けてやれ」
「わかりました、おには~そとぉ~っ!」
「ひぃぃぃっ! どうかお許しを、もう降参します、私の負けで良いですからっ!」
「……おには~そとぉ~っ!」
「いやぁぁぁっ!」
オニ美の降参宣言に一度は止まりかけたカレンであるが、どうやら豆撒きが楽しくなってしまったようだ。
その宣言を黙殺し、ひたすらに豆を投げ付け続ける。
その後、本当にミラが持っていた大量の炒り豆を全て投げ終えるまで豆撒き攻撃は続く。
オニ美は既に脱力し、体に豆が当たったときにだけビクッと動く程度の反応しかしなくなってしまった。
「さて、そろそろ良いだろうよ、止めを刺してやれ」
「は~い、ていやっ、そいっ、もういっちょ!」
「ま……参りました~」
これで完全に俺達の勝利だ、とりあえずボロボロになってしまったオニ美をルビアに治療させる。
かなりダメージが入っていたようだが、回復魔法だけでどうにか復調したようだ。
「あ~あ、負けちゃった~……そういえば3人共、さっきは馬鹿にしてごめんなさいね」
「う、うん……忘れられないけどどうにか忘れることとしよう……」
「私はもう仕返ししたから十分です」
「え~っと、何かされたっけ?」
未だにショックの色が隠せないジェシカは良いとして、カレンも豆撒きで復讐を達成したし、マーサは騙されて敗北に追いやられたことに気付いていないようだ、未だに……
「はいはい、仲直りも済んだことですし、皆でお昼ご飯にしましょう、オニ美ちゃん達も食べるわよね」
『ええ、炒り豆以外でしたら』
「本日のお料理は目刺しのじっくり炭火焼~柊の葉を添えて~となります」
『それもダメェ~ッ!』
冗談はさておき、適当に配布したサンドウィッチと缶詰で昼食にする。
カレンには良い干し肉を、とのことであったが、誰もが敬遠しがちな半分以上脂身の微妙な部位こそカレンにとっての良い肉なのだ。
どことなくハズレ感があるそういった部位だが、カレンのためにわざわざ選んで購入することもある。
冒険者ギルド併設の携帯食販売コーナーにとっては良い客であろう。
「じゃあ勇者様、この子達は捕まえて連れて帰るってことで良いのよね?」
「ああ、少なくとも大魔将を討伐するまではコテージで捕らえておこうか、あと罰としてケツバットの刑な」
「えぇ~っ!? 痛そうなんですケド……ごめんなさい我慢します」
「じゃあ縛るからそこに並んで立て、刑の執行人はジェシカにやらせてやるぞ」
3人が横1列に並ぶ、近付いて改めてわかったが、オニ美は明らかに俺よりも背が高い。
180cm以上はありそうだ、アイドルよりもモデルをやった方が良いんじゃないのか?
「あ、今思い出したんだが……お前ら金の鍵はどうした?」
「うふっ、それなら私の胸元に隠してありま~っす、でも縛られているから自分じゃとれませぇ~ん」
そう言っておっぱいを俺の方に突き出してくるオニ美。
そういうことなら仕方が無い、遠慮なく手を突っ込ませて頂くと……
セラの杖を使った打撃が俺の頭蓋骨を砕く。
どこかが陥没したようだ、眩暈と吐き気がする。
「どうしてわざわざ勇者様がやる必要があるのかしらね?」
薄れゆく意識の中で、オニ美の胸元に手を突っ込んだセラの姿が見えた。
おっぱいがムニュッと形を変え、しばらくして生暖かい金の鍵が俺の手に渡された感触。
そこでルビアの治療が行われたようだ、意識がはっきりし、視界がクリアになる。
クソッ、肝心なシーンだけ朦朧としてしまっていたのか。
そこでさらに思い出した、いつもは金の鍵と同時に何らかのアイテムが入った宝箱が出現するではないか。
どうせたいしたものは入っていないのだが、何もなしというのは癪である。
というか鬼といえば宝だ、それに関しても請求しておこう……
「おい、お前らの持っている宝を全部出せ、金銀財宝その他な」
「そんなの持ってませぇ~ん、そもそも給料安いんで勘弁して下さい」
「いやいや、何かしらあるだろ」
「勇者様、奥の小部屋にこの子達の荷物が……あ、通帳と印鑑が入っていますね」
「ミラ、それを奪うのはちょっとアレな行為だからやめておこうか」
結局、小銭しか持っていなかったオニ美達3人の財産を差し押さえることはしないでおいた。
この中で一番金持ちなオニたすでも銅貨3枚しか持っていなかったからな。
だが見た目の良い、人族の感性でも通用する可愛いらしさを持つ3人だ。
後で働かせて利益を獲得することとしよう。
とにかくオニ美、オニ子、オニたすの3人を連れ、そのまま付近のスタンプポイントへと移動した。
2カ所のポイントを回ったところで、今回はここまでにしようということになり、ダンジョンの入口へと転移する……
※※※
「え? その子達って、もしかして……」
「ああ、討伐したから連れて来た、悪いか?」
「困りますよっ! イベント用に派遣して貰った外部の方々なんですから、所属事務所から賠償請求がきてしまいます」
「そうかそうか、それは残念だったな、裁判になったら証拠書類ぐらいは提出するから言ってくれ」
「うぅ……またしても私の人事評価が……夏のボーナスはもう期待出来ませんね、これは……」
ショックを受けるエリナにはまた明日来ると伝え、既に疎らになった船の間を通って近付いて来たドレドの船に乗り込む。
トンビーオ村に到着するとセラとミラが買い物、それ以外のメンバーはコテージへと帰り、アイリスが沸かしてあった風呂に入る。
最後に帰って来たセラとミラが捕まえた3人を綺麗に洗っている最中、ジェシカは既にケツバットの刑を執行するための素振りを開始していた。
「お、出て来たようだな、3人共、特にオニ美殿は私をオバさん呼ばわりした報いを受けるんだな」
『ひぃぃぃっ! おゆるしをぉ~っ!』
トゲトゲの付いたおもちゃの棍棒でケツバットされ、尻から煙を噴いて倒れた3人を再び縛り上げ、来客用の布団を敷いてその上に寝かせておく。
夕食の準備が出来たらまた解いてやれば良いであろう、それまではそこで反省しておくようにと伝えておいた。
ミラとアイリスが外のコンロで魚を焼く良い匂いが漂っている。
それが出来上がるまでの間、俺とセラはダンジョンマップを眺め、明日の行程を話し合っておく。
「おそらくここがダンジョンボスの部屋よ、だからこう回って……」
「そうすると明日にはダンジョンをクリア出来そうじゃないか? ちょっと帰るのは遅くなりそうだが」
「そうね、調子良く進めばそこまで行けるんじゃないかしら」
次はダンジョンボス、上手くいけば明後日にはメインの城に突入することが可能であることがわかった。
ダンジョンボスも特別派遣のアイドルなわけだし、そちらも可愛い子が出てくることを期待しておこう……




