228 あの動く城
「どこだよここ?」
「桟橋があるわ、洞窟ダンジョンの手前よ」
本当だ、いつも島に到着したときにエリナが出迎えてくれる位置だ。
そしてそのエリナもここに居る、どうやらラフィー以外、あの城にいた全員がここに飛ばされたらしい。
転移が行われる直前からずっと大地が揺れ続けている。
破壊的な大地震というほどではないものの、何だか気持ち悪い揺れだ。
しかしどういうことだ? もしかして最終決戦兵器ってのは強制的にまた洞窟ダンジョンからリスタートさせるとかそういう類のものなのか?
だとしたら無理だ、ラフィー討伐は諦めて帰るしかない……
「あの……ご主人様、お城が動いているんですが……」
「何だルビア、やべぇクスリでもキめてんのか? 城が動いたりするはずがないだろう」
「勇者様、確かに動いていますよ、この揺れは地震なんかじゃありません、城が立ち上がる音です」
「マジか、まさかとは思うが城ゴーレムのご登場なのか?」
「そのまさか見たいですね……」
遠くに見えるラフィーの城からはいつの間にか頭が生え、両サイドの尖塔を肩から腕にかけてのパーツとしているようだ。
そして地割れを引き起こしながら、地下深くに埋まっていたらしい下半身が現れる。
完全に姿を現した城ゴーレム、その大きさは裕に100mを超えているであろう。
『あ~っはっは、もうマジで知らないッス、この世界あるものは全部踏み潰してやるッスよ!』
城からラフィーの声がする……魔導拡声器を使っているようだが、そんなに大声を出さなくとも聞こえているぞ……
しかし完全に狂ってしまったらしいな、ああなってしまったらもう誰にも止めることが出来ないといった感じだ。
「ラフィー様は操縦桿を握ると性格が変わるんですよね、だからああいうコクピット式の搭乗方法はやめるように言ったんですが……」
「性格が変わったのか狂ったのか知らないがな、とにかくエリナが何とかしろよ、アレはもう討伐どころじゃないぞ」
「そう言われましても……とにかく逃げませんか?」
「うむ、まずはそうしよう、今取り得る最善の選択肢だ」
既に異変を察知して接岸していたドレドの船に乗り込んで沖へ向かう。
しばらく行った所で停泊し、島の様子を覗った。
城ゴーレムはこちらに気付いているようだ、もちろん攻撃する気満々である。
だが、ドレド曰くここの水深は200m以上、ここまで来て攻撃しようとすれば手前の駆け上がりから滑り落ち、完全に沈んでしまうはずだ。
「ちなみにエリナ、ラフィーはちょっとぐらい水没しても大丈夫だよな?」
「おそらく完全に沈めた状態でも500年は息が持つと思います、それまでに救助すれば大丈夫なはずですね」
「500年かよ!? こっちが先に逝ってしまうわ!」
まぁ死んでしまったりしないというのならばそれで良い、あの城ゴーレムごと深場に誘い込んで沈めてしまおう。
精霊様が船の甲板から飛び立ち、ゴーレムの近くを飛んで挑発する、それに反応したゴーレム、というか操縦しているラフィー、連続パンチを繰り出してくる。
もちろん当たりはしない、そもそもあの巨体からすれば精霊様は超高速で飛ぶ蚊より小さな物体だ。
それをパンチで潰そうなど叶うはずがない。
敵の反応が得られたのを確認し、精霊様は徐々にこちらへ向かって飛ぶ。
1歩、また1歩と前に出るゴーレム、3歩目で海に足が浸かる。
ズルッと滑るようにして膝下までが海の中に消えた、島周辺の水深は30mといったところか。
「ドレド、あとどのぐらい前に出させればゴーレムが沈むんだ?」
「あの歩幅だと9歩か10歩、そこで滑り落ちて沈むはずです」
挑発を続けながら戻る精霊様、そのままそれを追う城ゴーレム。
だが、あと3歩ないし4歩で落ちるといった所でゴーレムの足がピタリと止まる。
しばらくその周りを飛び回っていた精霊様であるが、何かを察したのか、挑発をやめて船へ戻る。
城ゴーレムはそれを黙って見送った、作戦がバレたのか?
と、精霊様が戻って来た、事情を聞いてみよう……
「おかえり、何か問題でも発生したか?」
「ええ、コクピットの中で等高線の入った漁場マップを見ていたわ、あと数歩で深海エリアなのを把握したんだと思うの」
それで止まったのか、ラフィーの奴、あんなヤバい兵器を起動させておいてそういうところは冷静に判断しているようだ。
しかしあの位置からでは俺達に攻撃を加えることなど出来ない、こちらはリリィと精霊様が交互に飛び立ってちょっかいをかけることが出来る。
嫌がらせのようにチョビチョビと攻撃していればいずれ頭にくるはず、そこで怒りに任せて自滅するような行動を取ることに期待すれば良い。
「じゃあ次はリリィ、空から敵の後ろに回るんだ、油壺爆弾も持っていこうか」
「は~い、じゃあ準備しますね!」
ドラゴン形態に変身したリリィの鞍に油壺爆弾をセットする。
火種もしっかり持ったし、このまま飛び立って奴の後頭部を……
「おい、どうしてゴーレムが屈んだんだ?」
「さあ? 靴に石でも入ったんじゃないかしら」
「素足だったような気もするが……ん? 何か持ち上げたぞ!」
岩だ、巨大な城ゴーレムからすれば手のひらサイズであるが、おそらく直径10m近くもある巨大な岩だ。
それを手に持ち、振りかぶる……当然こちらに向けて投げてきた……
ヒュルルルッと風を切る音を立てながら飛来し、船から30mぐらいの海面に着弾する巨岩。
凄まじい水飛沫が上がり、船の甲板が水浸しになる。
俺の持っていた油壺爆弾用の火種も消えてしまった、新しいのを用意しないと。
いや、それどころではない、またしてもゴーレムが屈み、海に手を突っ込んで新たな岩を探している。
『ヒャッハーッ! 次は絶対に当てるッス! 今は岩を探しているからそこで念仏でも唱えて待っているッスよ!』
「ドレド、もっと沖に逃げるぞ!」
「もちろんです、あんなのが当たったら一瞬で沈してしまいますよ!」
「頼んだぞ、俺とリリィが撹乱しているうちに投石の射程圏外に逃れるんだ」
再び火種を用意し、リリィに乗って甲板から飛び立つ。
かなり高いところを飛ぶものの、ゴーレムのコクピットからは視認出来る高さを選択した。
こちらに気が向いてくれれば船が逃げる時間を稼げる……とも思ったのだが、やはり船の方が気になってしまうらしい。
今度は平べったい岩を拾い上げた城ゴーレム、サイドスローで、水切りのようにしてそれを投げる。
海面を跳ねる巨大な岩は、寸でのところで舵を切ったドレドの船には当たらなかった。
さらなる岩を探そうと屈むゴーレム、しかしその直後に俺とリリィがその真上に到達したのである。
油壺爆弾に火を付け、首筋を狙って5つ投下した、3発ヒットか、的がデカい分命中率も高いな。
『うわっ!? アッチッチ! 何なんスか一体? そういう危なっかしいことはしないで欲しいッスよ!』
お前が言うな、そのゴーレムの方が油壺爆弾なんぞよりも100倍は危なっかしいぞ、と告げてやりたいところだが、こちらの声はラフィーには届かないであろう。
そのままの姿勢で手を首に回して消火を試みるゴーレムその手が熱いのか、途中で一度海水に浸して冷やしていた。
『というかご主人様、ゴーレムに火が付いたのに何で中の人が熱がっているんですかね?』
「う~む、確かに今のは変だったな、リリィ、ちょっと実験してみよう、後ろから接近するんだ」
屈んだ姿勢のままのゴーレム、その後ろから忍び寄り、背中を縦断するようにしてリリィのブレスを浴びせる。
ビクッとなって起き上がり、背中に手をやりながら飛び跳ねるゴーレム。
その横を通過し、頭部分に存在しているコクピットの様子を確認する。
……中でラフィーが背中を押さえ、ゴーレムとほぼ同じ動きで飛び跳ねているではないか。
これはゴーレムと搭乗者で痛覚が繋がっている、或いはそれ以上にシンクロしているのかも知れない。
しかし見た感じラフィーの体に傷があったとか、火傷をしていた様子はない、痛みはあってもダメージが出ているのかまでは不明だ。
ゴーレムにしても巨大すぎるがゆえ、2回に渡る炎系の攻撃を受けても特に大きな損傷は見当たらない。
このまま戦っていたら致命的な損害を与える前にリリィが飛べなくなってしまうな、何か効率の良い作戦を考えないと……
『ご主人様、ゴーレムを燃やすと中の人も熱いんですよね?』
「ああ、それはもう確定だな」
『じゃあ中の人を燃やしたらゴーレムも熱いんじゃないですか?』
「……その機能が付いているとしたら相当アホだが、試してみる価値はありそうだな」
この世界の敵は明らかに無駄、というかむしろ普通に考えればマイナスにしかならないような機能を武器に付与したり、そういった行動をとることが多い。
そしてあの感じであればラフィーもその類の敵である。
これは意外と通用するかも知れないぞ。
だが問題はどうやってラフィー本人にダメージを与えるかだが……仕方が無い、少し危険だがダイナミックな手段を取ろう……
「リリィ、昨日壊したゴーレム製造工場に繋がる渡り廊下があっただろう、その入口が見えるか?」
『脇腹の上辺りですよね、穴が空いているからわかりますよ』
「そこに俺を放り込んでくれ、その後は体力の続く限り攻撃を続けるんだ」
『わかりました、じゃあいきますよぉ~っ!』
角度を変え、ゴーレムの脇腹にぽっかりと空いた渡り廊下の穴を目指すリリィ。
そこが露出しているのは手を背中に回している今だけだ。
危険だからやめて欲しい、とか、ご主人様が心配です、とかそういった言葉で制止して欲しかった感は否めない、だがやるといってしまった以上ここで退くのはダサすぎる。
まっすぐその穴へ向かい、直前で急旋回、そして急停止するリリィ。
その衝撃で飛ばされた俺は、穴に吸い込まれるようにして城の内部へと投げ込まれた。
床に叩き付けられ、激痛が走る、息も出来ないではないか……これはアレだ、絶対に真似しないで下さいとか下に表示されているやつだ。
だが特殊な訓練を受けている芸人である俺にとってはこの程度どうということはない。
地面に転がった聖棒を拾い上げ、上の階に続くモグラ叩きゲームの部屋を目指す。
急がないと、今は直立しているから良いものの、またゴーレムが屈んだら目も当てられない。
きっと壁が床になって今度はそこに叩き付けられるに違いないからな。
走って階段を上り、5階にあったラフィーの部屋に辿り着く。
部屋の中央がぽっかりと無くなっている、きっとそこが頭部のコクピットとして上がったのだ。
その無くなった部屋の一部の中心には長い梯子が架かっており、そこから上に行けそうな感じである。
すぐにそれを登り、潜水艦のハッチのような回転式の扉を開けた……
居た、コクピットで俺とは反対の方を向き、背中を押さえているラフィー。
そして次は太股を押さえた、リリィがそこに攻撃を仕掛けたのだ。
俺の侵入にはまだ気が付いていないようだな、今がチャンス!
ハッチからコクピットの中に入り、聖棒を横に構えて走る。
太股を押さえるために腰を折り、突き出された作業ズボンの尻に一撃を加えた。
バチッと音が鳴り響き、同時に電撃のような何かが走る、聖棒の特殊効果による魔族へのダメージは絶大である。
「あぎぃぃぃっ! 何? 何なんスか!? めっちゃ痛いッスよ! てかどこから入ったんスか?」
「4階の渡り廊下がお留守だったからな、そこから入ったんだ、ではもう一発喰らえっ!」
「ひぃぃぃっ! あっ……倒れるッス!」
2撃目を喰らった瞬間、ラフィーがこちらに飛んで来る、いや、俺も飛んでいるではないか。
というかゴーレムが後ろに倒れたのだ。
ラフィーにダメージを与えたことでそれがゴーレムにも伝播したのか、それとも単純に今のでコントロールを失っただけなのかはわからない。
だがとにかく倒れた、幸いなことに海側ではなく島側に、ラフィーは大丈夫でも俺は溺れたら普通に死ぬからな。
轟音と共に背中を地面に付けるゴーレム、俺の後ろの壁が地面になり、そこへ仰向けに落ちる。
そしてその上にはラフィーが……おっぱいが顔にめり込んでしまった。
「いやぁぁぁっ、ちょっと何するんス!?」
「お前が落ちて来たんだろう、というか動くなよ、少しでも動けば背中にさっきの棒が触れるぞ」
「そんなっ! せめて顔から胸だけ退かさせて欲しいッス!」
「じゃあ降伏しろ、あとパンツ見せて」
「……このゴーレムは一度倒れるともう起き上がれないッス、だから私の負けで良いッスよ」
ラフィーの背中に当たる寸前であった聖棒を退かす、起き上がり両手を挙げて降参のポーズを取るラフィーの腕に、バッグから取り出した魔力を奪う腕輪を嵌めた。
今は天井となったコクピットの前面にある柵にリリィが着陸する。
船に戻ってこちらに来るように伝えてくれと頼み、こちらはそのまま待機することとした。
皆が着いたらあの柵を破壊してそこから救出して貰おう……
「さてラフィー、船が来るまでまだ時間がある、パンツ見せろ」
「イヤに決まってるッス」
「うるせぇ! こんなヤバい兵器を起動させた罰だ、さっさと見せろ!」
「うぅ……それを言われるともう対抗出来ないッス」
渋々といった感じで作業ズボンを下ろすラフィー、ふむ、白と水色の縞々模様か、なかなか良い感じじゃないか。
「も……もう良いッスか?」
「今は良いにしてやろう、だが帰りの船で追加のお仕置きだからな、覚悟しとけよ」
「……殺さないで欲しいッス」
「大丈夫だ、全裸に剥いて鞭打ち1,000回ぐらいで勘弁してやる、あとお前そのものを差押さえだ」
そこそこのサイズを持つおっぱいに黄色い差押さえテープを貼っておく、城の芸術的価値がありそうなものは全部滅茶苦茶になってしまったし、せめてラフィーだけでも持ち帰って良いように使おう。
そのまましばらく待つと、上からバキッと柵が外れる音、マーサが覗き込んでいる、つまり迎えの船が来たということだ。
「マーサ、長めのロープを垂らしてくれ、ラフィーをそれで縛り付けるから、そしたら引き上げるんだ」
「わかったわ、ちょっと待ってね」
垂れてきたロープでラフィーをグルグル巻きにする、念のため解けて落下してしまわないことを確認し、合図を出すと徐々に上がって行った。
次は俺の番だ、早くロープが……来ない、どういうことだ?
「お~い、早く俺も救出してくれ~!」
「何言ってんのよ? 10mぐらいしかないんだし、そのぐらいジャンプしなさい」
「何言ってんのはこっちの台詞だ、普通は10mもジャンプ出来ないんだよ!」
「情けない異世界人ね、はいロープをどうぞ」
呆れ顔のマーサが水でビチョビチョになったロープを垂らす、先端に暗黒博士人形が付いているではないか、これはトローリング用のロープだ。
何という雑な扱い、俺様は異世界勇者様なんだぞ……しかも引き上げてくれないのか、まさかの自分で登る方式である。
外に出ると、既に他のメンバーはラフィーを船に連行している最中であった。
俺も急いで戻ろう、腹も減ったし、帰りの船では適当に食事も取っておきたいな……
※※※
「じゃあ出航しま~す!」
全員が船に乗り込み、トンビーを村を目指して航海を開始した。
俺は全身傷塗れだ、ルビアの治療を受けておこう。
ルビアの所へ行くと、早速ラフィーが全裸にされている。
こちらに気付いてサッと胸を隠すラフィー、だが一瞬の隙があったのだ、もう完全にその光景を記憶したのだよ。
「勇者様、この作業着は油が付着して臭いです」
「じゃあ帰ったら自分で洗わせよう、それまでは適当なボロでも支給しておくんだ」
ルビアの治療を受けている最中、奴隷用の服を着せられ、再び縛り上げられたラフィーがこちらを見てくる。
「どうした、何か問題でもあるのか?」
「いえ、ちょっとお腹が減っただけッス」
「そうだな、ペタン王国の王都に帰ると俺達の城と屋敷がある、それを良い感じに改装することを約束すれば食べさせてやらんこともないぞ」
「やるッス、そういうのは得意ッスから!」
これに関しては特に拒否するということはないようだ、とりあえず報酬の先払いも兼ねてサンドウィッチと干し肉を渡しておく。
ラフィーがそれを食べている間に俺の治療が終わる、それとほぼ同時に鞭を持った精霊様がやって来た。
「さてラフィーちゃん、特に聞きたい事はないけど拷問するわよ」
「意味わかんないッス! あいてっ! せめて食べ終わってからに、あきゃっ! きゃいんっ!」
必死でサンドウィッチを食べながら鞭打ちに耐えるラフィー、おっぱいが揺れて服の横から零れ落ちそうだ。
眼福である、終わるまでずっと眺めていよう。
それから1時間後、ドレドの声でトンビーオ村に到着したことが告げられる。
もうラフィーはボロボロであるが、それでも精霊様は鞭を振るうのをやめない。
「着いたってよ精霊様、そろそろ勘弁してやるんだ」
「そうね、続きはコテージに帰ってから、あと帰りの馬車と、それから王都に帰ってからも拷問ね」
「ひぇ……もう許して下さいッス」
船を降りてコテージを目指す、既に日が傾き、もうすぐ夜がやってきそうな感じだ。
今日はこのままトンビーオ村に泊まっていこう、出発は明日の朝でも良いであろう。
そういえば馬車じゃなくてゴリラ車で来たんだったな、今日のうちに帰りの担当ゴリラに連絡しておかないとだ。
しかしこれで今回の大魔将討伐も完了したし、王都に帰ればようやく報酬の馬2頭を受け取ることが出来そうだ。
ついでにラフィーを捕まえたことで、俺達の屋敷やプレハブ城も格段にグレードアップするはずである、楽しみにしておこう。
と、その前に自由報道教団との戦争に関して勝利を祝う祭がある、こちらも楽しみにしておこうではないか……
第八章はこれで完結とし、明日からは第九章に突入します。
ここまで読んで下さった方、誠にありがとうございます、ぜひ引き続きお楽しみ下さい。




