219 快適な旅
「さぁ出かけるわよ、馬車を牽くからちゃんとニンジンを買ってよね」
「はいはい、どうしてそんなに気合入ってるんだ?」
「だって1本で銅貨5枚もする高級ニンジンよ、それが10本なんて」
「え……そんなにお高いんですか?」
王宮にある馬車を取りに来ないと向こうから送って寄越し、その際の費用が銀貨5枚などと言われてしまった。
仕方なくパワーのあるマーサにニンジンを見返りにすることで引いて帰って貰うことにしたのだが、どうやら誤算であったようだ。
そんなに高価なニンジンを請求されるとは思わなかったぜ……結局同じ価格になってしまったではないか。
まぁ良い、他の用事も目白押しなわけだし、とりあえず出かけることとしよう。
従来からある馬車に乗り込み、まずは研究所を目指した……
「あら、おはようございます、今日はどうされたんですか?」
「おはようマトン、ちょっと研究所に作成を依頼したいものがあるんだ、もちろん国の金で」
「わかりました、では中へどうぞ」
ちょうど入口付近に居たマトンに目的を告げ、奥の部屋へと案内して貰う。
手が空いている部署を見繕ったマトン、すぐにそこの室長を呼んでくれた。
「どうもどうも、私が今回の依頼を担当することになりました、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ、それでですね……」
対ゴーレム用アタッチメントについて説明をし、サイズと形状を決める。
このぐらいのものであれば2日か3日で完成するとのことだ、予備も含めて3つ作ってくれるらしい。
「ふぅ~む、この武器には魔力ではない何か不思議な力が込められていますな」
「まぁ、えっと、あの……アレです、とにかく凄いんです」
込められている不思議な力の源が何であるかを上手く説明することが出来ない。
正直に事実を話すとこの世界の女神信仰が崩壊してしまいかねないからな。
その結果として女神の奴がどうなろうと構わない、だが信仰者のトップという座に落ち着いたメルシーがかわいそうだ。
とにかくアタッチメントの作成をお願いし、研究所での用はこれで終わり。
その後冒険者ギルドと薬屋にも立ち寄り、マーサのご褒美ニンジンも後で屋敷に配達されるよう手を打っておいた。
これでいよいよ馬車を取りに行く番となったな……
※※※
「すっげぇ! なんというデカさだ」
「パーティーメンバーだけなら2倍は乗れそうね」
「これで影分身したときも安心だな」
王宮の駐車場に移動されていた馬車を見るために、セラと2人、兵士の案内で現地へと向かう。
馬車道までの移動は引渡しの手続が終わった後向こうでやってくれうるそうだ。
兵士からはどうして馬を連れて来ていないのかと再三にわたり聞かれたが、まさかウサギが馬車を牽くとは思いもしないであろう、適当に誤魔化しておいた。
馬車を移動するというスポットでは既にマーサが謎の準備体操を始めている。
というかなぜバニーちゃんスタイルなのだ、Tバックで、背中もザックリ空いた……
「おいマーサ、何だその格好は? 変質者なのか?」
「それもあるけど、馬車を牽くんでしょ?」
「あるんだ、うん、それで馬車を牽くから何だ?」
「だったら動き易い格好になっておかないと、あと鞭を入れられたら服が裂けるから、それの対策も兼ねているわ」
「なるほど……いや、色々とおかしいぞ」
そもそも動き易い格好というのは通常の衣服の範囲内でより運動し易いものを言うのであり、Tバックバニーはその範疇にはない。
そして鞭で打たれて服が裂けることもない、なぜなら馬と違って人語を解するのだから。
物理的な合図を出さずとも口で言えばこの先どうしたら良いかわかるのだ。
ゆえに、マーサのこの格好は100%誤りである。
さらにこのまま馬車を引っ張って公衆の面前に出るつもりなのだ、ヤバいことこのうえない……
「マーサ、どうしてもその格好じゃないとダメか?」
「ダメよ、今思いついたけどこの服装には儀礼的な意味も込められていると思うの」
「もう良いよ、好きにしなさいな」
俺もかなり引いてしまったが、馬車を持って来た兵士達はもっと凄まじいドン引きを見せていた。
可愛らしいバニーガールが馬車の、明らかに馬がセットされる位置に収まったのだから。
「ねぇ勇者様、良く考えたらリリィちゃんがドラゴンになって運んだ方がビジュアル的にまともじゃない?」
「絶対に無茶苦茶するからダメだ、馬車本体だけでなく周囲にも損害が及ぶぞ」
「確かに、これを牽くとなったら調子に乗りそうね……」
馬車ではなくバニー車、全員が客車に乗り込み、いざテイクオフである。
ちなみに元々の馬車は今度研究所にアタッチメントを取りに来たときに回収する予定だ。
と……なかなか進み出そうとしない、何かトラブルか?
「どうしたマーサ? もう進んで良いぞ、というか恥ずかしいから早く帰ろう」
「ダメよ、御者台に誰も居ないじゃないの」
「要らねぇだろうが、お前は屋敷の位置を知っているんだからな」
「わかってないわね、ちゃんと御者台に人が居て、鞭を振るわないと進まないのよ、馬車ってそういうものなの」
「・・・・・・・・・・」
仕方なく俺が御者台に座り、ルビアが持って来たと思しき鞭を手に取る。
グッと尻を突き出したマーサ、そこに軽~く鞭を振り下ろす……
「あでっ! 結構効くわね、じゃあ出発よ!」
「わかったから早くしろ」
進み出す馬車、街道沿いでこちらを見る王都民の視線が痛い。
また勇者パーティーがおかしなことをやっている、そんな声が今にも聞こえてきそうだ。
いや、実際にはちょっと聞こえているのだが。
「ちょっと、鞭が足りないわよ! もっとキツく打ちなさい!」
「わかったよ、ほれっ!」
「あひぃぃぃっ!」
「目立つからデカい声を出すんじゃない、このドMウサギが」
その後も度々鞭を要求してくるマーサ、俺達の乗った馬車は完全に注目の的だ。
王都民だけでなく、憲兵もガン見している、辛い……
馬車は広い道路を進み、ようやく屋敷へ向かうための角を曲がった。
ようやくこの羞恥プレイから解放されるようだ。
こんなことなら筋肉団にでも頼めばよかったぜ。
「はい、とうちゃ~く!」
「やれやれ、マーサのせいで酷い目に遭ったな、とりあえずいつもの場所に停めてくれ」
「アイアイアサーッ!」
無駄に元気の良いマーサ、これから高級ニンジンが貰えるためであろう。
馬車を片付けて屋敷に入ったところで、ちょうどゴンザレス以下5名の筋肉団が現れた。
「おう勇者殿、ちょっと良いか?」
「どうした?」
「いや、バニーガールが鞭で打たれながら馬車を牽かされているという事案が発生していてだな、その調査のために来たんだが……」
「もちろん俺達の仕業だ」
「はっはっは、そうだと思ったさ、しかしどうしてそのような事件を引き起こしたんだ?」
「しわくちゃの悪い魔女に騙されてな、馬が足りないんだよ馬が」
今引き取って来た馬車、そして馬が2頭しか居ない厩舎を交互に指差し、ゴンザレスに状況を説明する。
ついでに次の大魔将を討伐し終えるまでこの状況が改善されないということも伝えておいた。
「そういうことだったか、ならばこちらでその馬車を牽ける者を手配しようではないか、別途報酬が必要になるし、馬ではなくゴリラになるが」
「またゴリラかよ、メカじゃないよな……」
「そこは大丈夫さ、短期間であれば格安でやってくれるように頼んでおくさ、ゴリラギルドにな」
何だゴリラギルドって? 王都にはそんなものが存在するのか……
ちなみにゴリラに対する報酬はバナナが原則らしい。
以前ゴンザレスがゴリラギルドの会頭に貨幣制度について説いたところ、通貨代わりにバナナを使い出したとのこと。
ほぼ現物支給と変わらない気がするが、それで良いのであれば逆に好都合だ。
今回の大魔将討伐は馬車ではなくゴリラ車で出撃することになりそうだな。
ゴンザレス達が帰って行くのとほぼ同時、高級ニンジンを持った八百屋の店主が現れる。
銀貨5枚を支払い、1本ずつ桐の箱に入れられたニンジンを受け取った。
10本も購入したため1本サービスしてくれるらしい、合計11個の桐の箱が大部屋のテーブルに並ぶ。
ミラとアイリスがコックらしき長い帽子を被ってその横に立った。
「これこれ、超高級無農薬ニンジン、最初はそのまま、後半は焼きでいこうかしら」
「では前菜は生ニンジンのスティックで、シェフ、お願いします」
「畏まりました」
どうやらミラがシェフ、アイリスはスタッフらしい。
ちなみにテラスのバーベキュー台には大理石の板が敷かれ、高級店さながらの様相を呈している。
「どうだ、美味いかマーサ? 1本で1か月分の小遣いと同じ価格のニンジンは」
「最高にデリシャスよ、この舌の上でとろける感触、ほのかな甘み……」
「とろけるって、シャクシャクいっているんだが?」
とにかく満足してくれたらしい、同じ銀貨5枚を支払ったのであれば、あのクソババァの懐に収まるよりもこっちの方が良かったのは確かである。
しかし高い買い物であった、次からは気を付けよう。
その後、夕方になってもう一度ゴンザレスがやって来る、ゴリラギルドとやらに協力の要請をしておいたとのことだ。
明日の朝に担当のゴリラが屋敷へ来るとのこと、そして通訳として筋肉団員が1人付いてくれるとのことであった。
大丈夫なのか? 凶暴なゴリラだったらこの先大魔将討伐までやっていけるのか不安だ……
※※※
「あ……えっと、おはようございます……」
「ウホッ! ウホウホッ!」
「おはようございます、この度のご依頼に感謝します、とのことです」
「……そうですか、こちらこそご協力感謝致します、とお伝え下さい」
本当に、本当に普通のゴリラが来やがった。
もうどこからどう見てもゴリラだ、中に人間が入っている様子はない。
「ウホ、ウホホッ、ウホッ」
「実際に牽く馬車を見せて頂きたい、と仰っています」
「わかりました、ではこちらへどうぞ」
昨日受け取った馬車のところへ案内する。
ちなみにこのゴリラ、なかなか礼儀正しいようだ。
厩舎に居る2頭の馬にもそれぞれ手を挙げて挨拶をしていた。
そしてこの馬車であれば2頭のゴリラで申し分なく牽けるとの査定を頂き、そこからは価格交渉に入る。
1日辺りの報酬はゴリラ1頭で30バナナ、2頭だから毎日60バナナを渡すことに決定した。
なお、バナナの品種はゴリラギルド指定のものを使ってくれとのことだ。
1房5本で鉄貨5枚、それを12房買えば日当を支払えるということになる。
1日で銅6枚の出費か……まぁ、それによって広くて快適な馬車で代魔将討伐に臨めるとしたら高くはない金額だ。
「ではとりあえず2週間の契約で、840バナナを先に納付しておきます、契約は明後日からということで」
「ウッホッホ、ウッホホ!」
「承りました、では明後日の朝、ここへ2頭のゴリラが伺います、とのことです」
「ではよろしくお願いします」
契約成立である、早速昨日ニンジンを持って来た八百屋に向かい、840バナナを注文する。
金貨を1枚渡して銀貨1枚と銅貨6枚のお釣りだ、そう思うとやっぱり高いのかな……
「これで準備は完了ね、あとはアタッチメントを受け取って、トンビーオ村から出撃するだけよ」
「だな、とにかくさっさとやっつけようぜ、時間が掛かって喜ぶのは仕事が貰えるゴリラだけだからな」
その翌日には対ゴーレム用アタッチメントを回収。
そしてさらに翌日、屋敷の前に2頭のゴリラが現れた。
というかどうして王都の中に当たり前のようにゴリラが居るのだ? 誰かが飼っているというわけでもなかろうに、実に不自然極まりない……
※※※
「よぉ~し、準備は良いか? ハンナも今回は杖の中じゃなくて良いぞ、なんたって広いんだからな」
「本当ですか? じゃあ途中の宿も……」
「そこでは宿代がもったいないから杖の中で頼む」
「うぅっ、お布団で寝たかったのに」
送迎用のバンからマイクロバスに置き換わったかのように広い馬車。
しかも王宮で重要人物用に使っていただけあってシートもフワフワだ。
しかも今回に限ってだが、賢いゴリラに道を教えてある。
ゆえにルビアやジェシカが御者をする必要はない。
「ご主人様、シートの上に寝転がっても良いですか?」
「良いぞカレン、空いているスペースは最大限に利用するんだ」
「やったぁ!」
コロコロと転がるカレン、リリィとマーサも真似をし始めた。
ここは一番おっぱいがデカいマーサの動きを観察しておこう。
客車の両サイドに一列に長く並んだシート、メンバーそれぞれが場所を広く取り、思い思いの格好でくつろぐことが出来る。
「主殿、良く見たら御者台にも2人座れそうじゃないか、これで交代のときにわざわざ停まらなくても済むぞ」
「じゃあそこはルビアとジェシカの指定席な、自分で座布団を持ち込んでも良いぞ」
「ご主人様、私は座布団よりも三角木馬のほうが良いんですが」
「それも自分で用意しろ、というか危ないから操車中は使うなよ」
「ええ、休憩中にちょっとだけ、後ろから鞭で打って頂けると最高なんですが……」
この馬車を王宮から持ち帰ったときの苦い記憶がフラッシュバックする、あの恥ずかしい行為はもう勘弁だ。
しかも今回は御者が鞭で打たれているという意味不明なスタイルになってしまう。
このルビアの提案は却下しておいた。
「ウホ、ウッホウッホ!」
「ん? ゴリラが何か言っているぞ、誰か通訳してくれ」
「えぇ~っとぉ、このままのペースで進めば今夜どこかに泊まらなくても目的地に着く、っていうことらしいですよ」
まさかのアイリスが通訳しやがった、どうしてこの女はゴリラ語がわかるのだ?
だがこれでこの先ゴリラとの意思疎通に苦労しなくても良い。
果たして会話するチャンスがどれだけあるかは不明だが……
「あ、それとエネルギーを補給したいって言っていますね、何か食べたいってことでしょうか?」
「だろうな、ちょうど良い、持って来ている食材で野菜サンドを作ってやるんだ」
俺達がいつもドライブスルー店で提供しているマーサ考案の野菜のみサンドを6つ作成し、それぞれ3つずつ手渡す。
満足して頂けたようだ、そういえばゴリラは野菜しか食べないのか? 肉はどうなんだろうな?
異世界に来る前にゴリラの生態についてよく把握しておくべきだったぜ……
その後、夜中までかけてトンビーオ村に到着した。
これまでにない快適な旅であった、料金は払済だが夕食ぐらいはサービスしておこう。
「アイリス、ゴリラ達にまた野菜サンドを渡しておいてくれ」
「わかりました、ではすぐに作りますね」
コテージの前でそれを手渡し、ゴリラ達は一旦森へと帰って行く。
帰るときには狼煙を上げてくれればまた来てくれるとのことだ。
コテージは明かりも消え、メイもドレドも既に寝ている雰囲気である。
起こさないように慎重に中へ入り、小さな明かりを頼りに布団を敷き、中へと潜り込んだ……
※※※
「おはようございます、昨日のうちに来ていたんですね」
「おはようメイ、そして何だか久しぶりだな、ドレドは?」
「朝方起きて皆さんが居たので、もう船の様子を見に行きましたよ」
周囲を見渡す、まだ布団の中に居るのは俺とルビア、そしてマーサだけだ。
精霊様も寝ているようだな、天井の梁に引っ掛かっているらしく、ここからは生足だけが見える。
今回はカラクリ女王とかいう奴の城を攻めるとメイに伝え、念のため何か情報がないかを確認しておく。
名前ぐらいしか知らないようだ、本当に大魔将は謎な部分が多い。
「そういえばエリナとはあれから連絡を取っているか?」
「ええ、一度お土産を持って遊びに来ましたよ、早く皆さんに来て欲しいって言っていました」
「……暇なんだろうな」
そのエリナのためにも早く大魔将の城へ行ってやらないとだ。
今からすぐに出るというわけにはいかないが、明日にはもう洞窟ダンジョンにチャレンジ出来るよう準備を整えておこう。
大魔将マップを手に取って敵の城の位置を確認する、暗黒博士の城よりは少し近いようだ。
片道3時間もあれば到着することが出来るであろう、それはドレド次第だが。
「ただいま、あら勇者様、もう起きていたんですね、朝市に行って来ましたよ」
「おう、何を買って来たんだ?」
「大アサリと、それから砂浜で獲れたキスが旬だそうで、貝は焼きで、キスは天ぷらにしようと思います」
「うむ、期待しておこう」
季節は既に初夏、前回ここへ来たときにはちょうど牡蠣のシーズンが終わったところであったが、今度はこういった食材が登場しているのか。
酒も買って来たみたいだし、今夜はこれらをつまみにメイやドレドとの再開を楽しもう……感極まって泣き出しているハンナは別として、まだ1月ぐらいしか経っていないのにな……
そのうちにドレドも帰宅する、海に潜っていた海女さんからもずくを貰ってきたようだ、これで夕食のレパートリーが増えるな。
「お久しぶりです、今回はどこを攻めるんですか?」
「カラクリ女王とかいう奴だ、ここから3時間あれば城まで着くよな?」
「ふっふっふ、そこでしたらなんと2時間以内に到着します」
「どういうことだ? アクドスの城よりはちょっと遠いはずだぞ」
「船を改造したんです、前に見た共和国軍の鉄船を参考にして」
よくわからんがこっちも期待しておこう、アホで馬鹿なメンバーがこういうことを言い出したときには警戒すべきなのだが、ドレドはまともだと俺は信じている。
その後、出かけていた全員がコテージに戻ったところでバーベキューを開始する。
自由報道教団との戦いが終わってから全く休みがなかったのだが、これをバカンスか何かだと捉えれば何となく休んだ気にもなる。
明日は朝から出航だ、今日は飲みすぎないよう注意しなくてはだな……




