21 地下酒脈?
対槍王女対策の訓練を始めて1週間が経った。皆結構上達してきたようだ。
「あの、勇者様…この間のパンツ、そろそろ返してもらえないかしら…」
「ああ、悪いなセラ、アレは今俺の枕カバーにしている。ちなみに俺はうつ伏せで寝ている。本当にありがとう。」
「ぐぅぅ…どうしたら返してくれるわけ?」
「そうだな、俺も枕カバーが無くなるとちょっとな…じゃあ今履いているものと交換でどうだ?」
「参りました。返してください、何でもします…」
完全勝利である。一旦は敗北したかに見えたものの、所詮相手はセラある。少し頭を使えば簡単に倒せるのだ。
なお、セラのパンツは本当に枕カバーにしているのだ。
異世界勇者は鬼畜なのだ。
「じゃあ俺の部屋を掃除しろ。」
「わかったわ、それだけでいいの?もっとほら、何か…」
「うむ、ではそれは掃除の出来次第で決めるとしよう。」
俺の部屋は非常に汚い。カレンとリリィが汚しまくるのだ。
特にカレンはそこらじゅうで尻尾のブラッシングをし、毛を撒き散らしている。
俺もルビアも無能さんなので掃除が出来ない。かといって他の家事で忙しいミラに押し付けるわけにもいかない。
八方塞がりなのである。
「あ、エッチな本とか出てこないでしょうね?」
「多分大量に出てくる、出てくるが全部ルビアの蔵書だ、気にするな。」
ルビアのエッチな本コレクションもヤバい。
何がヤバいって、状況からして知らない人が見たら俺のものだと思われてしまう可能性が高い。
しかも特殊過ぎるものばかりである、酷い話だ。
「とにかく付いて来い、今から掃除させてやる。ありがたいと思え。」
セラを引っ張って部屋に戻る。
自分のパンツが本当に枕カバーにされているのを見て青ざめていた。
さらにルビアの特殊エッチな本を見て赤くなる。
最後に全体的な部屋の惨状を目の当たりにして顔面蒼白になった。
カメレオンか貴様は。
「これはこっち、これはこっち…」
少ししてセラの様子を見に戻ると、なにやら独り言をつぶやきながら散乱したエッチな本の分別をしていた。左右に高く積まれているエッチな本。
「おうセラ、どっちの山が興味があるやつなんだ。」
「ええ、こっちよ……あぁぁあぁあぁ~!」
すぐに証拠隠滅しようとしていたセラを取り押さえる。
「おい、ルビア!マーサ!ちょっと来い、面白いことが発覚したぞ!」
変態マイスターの2人を呼ぶ、これから品評会を始めよう。
以前カレンとミラに話を聞かれたときにはさすがにアレだったが、元から変態のルビアとマーサになら別に見られようが聞かれようが大丈夫だ。
ちなみにリリィには絶対に見せない、教育に悪すぎる。
もしリリィが変態に育ってしまったとしたら、おそらくライトドラゴンの軍団が王都を滅ぼしに来るであろう。それだけは絶対に避けたい。
「おお!セラさんはこういう感じなんですね!」
「なるほど!良い趣味をしているわね!」
よし、これでセラの具体的な趣味を暴くことができる。Mなのはこの間白状したが、それ以上がわからなかったんですよ!
もう勝ちだ、もう今後俺がセラに負けることは無い!
「よし、2人共!俺にも詳しく教えろ!」
「え?ダメですよご主人様、変態じゃあるまいし…」
「そうよ!そんなこと聞くなんて、もしかしてあんた変態?」
どういうことだろう?お前達にそんなこと言われたくはないのだが…
「まぁいい…ルビア、後でそっちの本を俺にも見せろ!」
「あら、勇者様はそういう趣味があったのね!怖いわ、本当に怖いわ。」
セラまで攻撃に転じてきた…分が悪い、ここは撤退しよう。
と、そこへミラが入ってくる…
「勇者様!町が大変なことに…って何やってるんですか?」
うむ、とりあえず話を聞く必要がありそうだ。ここは休戦にしよう。敗北したのではない、これは休戦なのだ!
部屋は片付くどころか、余計に散らかった…
※※※
「で、王都内で井戸水が酒に変わる事件が多発していると。」
「そうなんです。さっきお買い物に行ったらそのような話を聞きまして、ちなみに井戸の酒は朝方には濃く、その後徐々に薄くなっていくそうです。夕方には普通の水に戻るとか…」
「うん、この間リリィと一緒に買い物していたときにもそんな騒ぎがあったな…」
そのときは酔っ払いの集団ヒステリー的な何かだと思って完全にスルーした。いくら異世界とはいえそこまでの不思議現象は想定していなかったからな。
まさか、そんな夢みたいなことが現実に起こり得るとは。
「で、その件に関して有識者の見解はどうなっているんだ?」
「今のところ平民街で騒いでいるだけですからなんとも…ただ現場では地下酒脈が見つかった、とか勤勉な王都民のために女神が、というような説が有力のようです。」
おそらくその2説はどちらもハズレであろう。
まず、地下で水脈ならぬ酒脈が見つかったのであれば、時の経過とともに酒でなくなるのはおかしい。朝方に出て夕方には、と決まっているのも変だ。
もうひとつ、勤勉な王都民のために女神が、というのも違う。女神が何か干渉しているのであれば俺に言ってくるはずだし、そもそもそんなところで酒に集っている連中を勤勉とは言わない。
「なぁ、どこかの業者が酒を井戸に不法投棄してるなんてことは無いのか?」
「いえご主人様、それは絶対に考えられません。」
ルビアがピシャリと否定する、何で?
「まさか勤勉な王都民が命よりも価値のある酒を捨てるなど、思いもしないことですから。」
勤勉の定義がわからなくなってきた。
う~ん、地下酒脈でも女神の仕業でも、それから業者の不法投棄でもないとすると、ちょっと次の仮説が立て辛い…どうしたものか?
「ご主人様、ちょっと町で現地調査をしませんか?お酒ですよ、お酒っ!」
酒ドラゴンが何か言っている。気になって仕方がないのであろう。なにせこの間見かけたありえない光景が現実のものだとわかったのだから。
「そうだな、ミラ、今日はどの辺りで話しを聞いた?」
「いつもの商店街辺りです。今日はそこの井戸がひとつ酒になっているそうですから、今から行きますか?」
「うん、そうしよう。何かあるかも知れないから、一応カレンだけは鞄に武器を入れて持っていってくれ。」
「わかりました!戦います!」
どうせ暇なので全員でわらわらと出かけて行く。
留守番は精霊様が居るから大丈夫であろう。
あった、確実にあそこだ…何故わかるって?一画だけ空気が非常にむさくるしいのだ。
目に見えるのではないかと思うほどの臭そうなオーラが立ち込めている。
一番良い場所にはシルビアさんが陣取っていた…
水汲み桶を支配できるポジションだ。その場所は一段高く、山のボス猿みたいである。
「あら勇者様、それから皆も、こっちよ!こっちで酒が出ているわ!一緒にどう?」
いえ、そんなどこの馬の骨を発酵させて作ったかわからない正体不明の酒は要りません…
ルビアとリリィが行こうとしていたので引き止める。
「お前ら、これは調査だちょ・う・さ!一滴でも飲んだら今日はサボり扱いにして夕飯抜きだからな!」
「そんなぁ~」
「ご主人様、ドラゴン虐待です、もう訴訟です!」
「ダメなものはダメ!大人しくしておいた方が身のためだぞ。」
しゅん、としてしまった2人を無視してシルビアさんから話を聞く。
やはりこの井戸は朝酒になっているのが見つかり、徐々に薄くなってきているとのこと。
犯人は誰も目撃していない。
そして、一度酒になったことがある井戸は次からはもう変化することがないという。
つまり、付近で未だ酒になったことが無い井戸を見張れば、夜のうちに犯人が現れるかもしれないということになる。
だが、王都全体で考えるとまだかなりの数の井戸がある。そのうちどこが酒に変わるのか?いつ変わるのか?ということを見抜くことは困難である。
もう少し候補が絞られるまで待って、それから張り込みに移るべきであろう。
「よし、その酒を少し分けてもらって今日は帰ろう。サンプルだからな、飲むんじゃないぞ、絶対だぞ!」
サンプルの酒は一番興味の無いカレンに持たせた。
ルビアやリリィに襲われないよう注意して欲しい。
なぜか『試供品』のビンに入れてくれたが、飲みませんからこんなもの。
※※※
「よしミラ、今後酒に変わる可能性がある井戸はこの付近でいくつある?」
「今は残り15、といったところでしょうか?」
「ではそれが3つまで減ったら張り込みを開始したいと思う、先に班分けをしよう。」
俺達は酒になるかも知れない井戸の数が十分に絞られてくるまで待つことにした。
今のところ健康被害などは聞かないので、おそらく危険な密造酒とかが撒かれているわけでは無いだろう。
パーティーは7人(精霊様には拒否された、面倒臭いそうで)であるため、7つまでは見張ることが可能なのだが、何分不安材料の塊みたいなメンバーである。
2人または3人の班を組んで行動するべきであろう。
班分けは…
1班:俺・セラ
2班:ミラ・カレン
3班:ルビア・リリィ・マーサ
という具合になった。俺とミラはもう一人の班員、つまりセラとカレンの監視も兼ねている。
何をしでかすかわからんのでな…
3班だけは監視が居ない、よって3人班とし、連帯責任を負わせることにした。
「よし、この件は俺が明日王宮で報告する。酒はサンプルとして持って行くから…何故半分に減っているのだ…」
「私は知りません!言いつけは守りました!」
「ドラゴンは約束は破りません!」
「この2人だけしか警戒していませんでした…」
ルビア、リリィが口々に容疑を否認し、カレンは申し訳なさそうにしている。
となると犯人は誰だ?
手が挙がった…ミラ…どうして…
「申し訳ありません…料理酒を切らしてしまって…私が使いました。」
「貴様ぁぁぁっ!」
まさかのダークホースであった。全く警戒すらしていないところから貴重なサンプルが失われていったのである。
迂闊であった…
仕方ない、半分になった酒を明日王宮へ持っていく事にしよう。
※※※
「おぇぇっおっおろろろ~」
駄王が変な音声を発している。
デカい桶の中にはこことはまた違うファンタジー世界が広がっているのであろう。
駄王は今、その冒険の世界に頭だけログインしてゲロゲロ言っているのであった。
「うぇおっ!おげぇぇ~」
「おい、なんかどんどん酷くなってるぞ!大丈夫かこれ?」
「うむ、心配である…じゃが安心せい、遺言書の方は公証人役場で何とやらと本人が言っておったし、号外の方もあとは日付を入れるだけじゃ。抜かりないのじゃよ、我々大臣は。」
そうじゃない、そこじゃないんだ!…いや、もう突っ込むのはよそう。
井戸から採取した酒のサンプルを渡そうと思っていたが、なんと今日は第一王女が居たため、後で研究所に持っていくことにした。
この件と第一王女の件は繋がる気がして仕方が無いからである。
第一王女はこちらに気がつくと軽く会釈して、王の背中を擦る作業に戻った。
ちなみに、索敵スキルに関しては未だビンビンだ。
敵本人が居る以上、こちらの手の内をさらすような話は出来ない。
今日はこの『王都酒井戸事件』についてのみ、研究所の方で話を聞くことにしよう。
復旧したテラスからリリィに乗って飛び立つ。
「ご主人様、あの第一王女が言っていたこと、気になりません?」
「え?何も喋ってなかったぞ?」
「ああ、人間の耳だとちょっと厳しいかもしれませんね…でも私には聞こえましたよ『ちょっとやりすぎてしまったかしら?心配だわお父様…』って、凄く小さな声で。」
うん?そうなると第一王女は駄王を殺害するつもりまでは無かったということになるな。
おそらく狙いは王位のみで、駄王には何とかしてそれを禅譲させるつもりなのだろう。
第一王女の元に届くことが増えたという『薬品』が怪しいな…
しかしそうなると、駄王はおそらく死にはしない、かつ本人が折れない限り王位も大丈夫、ということになる。
一部の有力者が圧力をかけてくるかもしれないので何とも言えないが、少しは余裕があるかも知れない。
研究所でマトンに会い、酒のサンプルを渡して解析を依頼した。
おそらく明日か明後日には結果が出るであろうとのことなので、また明後日ぐらいに来ると言い残して帰路に着いた。
途中、上空から井戸の周りに集る人々の姿が見えた。今日はあそこか…
帰宅するとミラが駆け寄ってくる。
「勇者様、酒に代わる井戸の順番に法則…というか癖のようなものが見つかりました。お伝えします、こちらへ。」
ミラは何か有力な手がかりを発見したようである。
だがコイツは昨日の夜、サンプルの酒を勝手に料理酒代わりにした罪で顔中に落書きをされている。
そのビジュアルで真面目なことを言われてもどう反応したら良いか全くわからないのだぞ…
ミラ曰く、今度この屋敷の付近で酒に変わる可能性のある井戸は4つだそうだ。
今夜以降、そのうち有力な方から3つを監視の対象にすべきだろう。
「よし、今日から夜間の監視に入る。昨日決めた班に分かれて行動するが、夜だからといって居眠りだけはするなよ!」
今日からは昼夜逆転の変則的な生活となる。俺やルビアなんかはまだ良いのだが、カレンやリリィはちょっと心配だ。ミラなんかもまだ夜は寝ないといけない年齢だ。
早めにカタが着くことを祈ろう。
※※※
「ちょっと、勇者様どこ触ってんのよ?」
「黙れ、貴様はどこがおっぱいでどこが腹なのかわからんだろうが!」
隠れるところが狭すぎる…
これから毎晩この感じになるのである。もっと柔らかい質感のメンバーとペアになるべきであった。
失敗した!
「しかし他の子達は大丈夫かしら?不安だわ…」
「心配される側の人間が何を言っているのだ?…あっこら、こんな狭いところで暴力は…」
狭いゴミ置き場の箱の中で大騒ぎである。今敵が現れたら確実にアウトだ。
いや、生ゴミの精霊だということにして誤魔化そうか?
結局初日は何も起こらなかった。俺がセラに殴られたのと、カレンが居眠りしてミラにお仕置きされたこと以外、特に異常は無かった。
そして翌日も何もなし、その間も王都の離れた場所では井戸が酒になっていたようだ。
約束の日なので、研究所に行ってマトンに分析結果を教えてもらう。
「アレは魔法で作られた粉末酒ですね、それが普通の井戸水に溶けていました。濃度からして結構な量を投入したはずです。それが夕方まで消えないとなると…おそらく土嚢ひとつ分ぐらいは使ったのだと思います。」
「粉末酒か…俺が居た世界にもたしかそんなのがあったような気がするな、もちろん魔法のアイテムではなかったが。」
「ええ、結構高価なものです。それを毎晩井戸に撒いているとなると、相当のお金持ちが犯人でしょう。きっと貧しい者への施し、とか意味不明な動機でしょう。」
なるほど、金持ちが道楽で下らない事をしている可能性があるのか。
確かに危険物ではないようだし、上から見下す趣味の悪い人間が面白がってやってもおかしくはない。
まてよ、それなら第一王女だって金持ちだ。それからこの間の『やりすぎた』ってのだ。
そこを繋げると、もう作戦を中止して、或いは徐々に終息に向かわせて、使っていた薬品の余りを投棄している可能性がある。
その薬品が粉末酒で、王の体調不良はアルコールの過剰摂取では?
酒好きの駄王のことだ、いつもの食事や飲み物に粉末酒を入れられても気がつかない可能性がある。
この線は少し調べてみた方が良いな…
「ありがとうマトン、参考になったよ。あ、シールド君にもよろしく伝えておいてくれ。じゃっ!」
粉末酒のことを皆に伝え、それからも毎晩見張りを続けた。
ゴミ箱生活5日目の夜…
「さて、今日も頑張るか、セラ、早くおいで!」
「わかったわ、この場所で大丈夫かしら?」
もはやゴミ箱内でのポジションは決まった。
俺がセラを抱っこするという位置取りになれば、狭いスペースを有効に活用することができるのだ。
「しかし来ないわねぇ…もうその粉末酒とやらの在庫が無いのかしら?」
「そんなことはないはずだ、昨日も3丁目で井戸水が酒になっていたようだからな。」
「ミラの見立てでは今日明日中にはこっちに来るらしいぞ、油断するな。」
「わかったわ、でも今日は…ちょっと…」
「ちょっとどうした?」
「ト、トイレに行きたいなって…もう限界が近いのよ!」
「待て、落ち着け!我慢しろ!ここでおもらししたら俺まで被害に!」
ピンチだ!だがその危機的状況は、カレンがこちらに走ってきたことで事なきを得た。
「ご主人様!ルビアちゃん達の方で動きがあったみたいです。それらしき奴を捕まえていました!」
敵が網に掛かった!だが一番不安な班のところだ…
リリィとマーサが何をするかわからない、ルビアじゃあの2人を止められないかも知れない!
「カレン!すぐにルビア達のところに走れ!放っておくとリリィやマーサが敵を殺してしまうかもしれない、わかってるな!」
「ハイッ!わかりました!すぐに行って私が殺ります!」
「ちがぁぁぁうっ!」
慌ててカレンを追いかける、ゴミ箱から出た瞬間、セラが盛大におもらしした。
こっちは紙一重でセーフだ!だがもう一方は殺ってしまったら取り返しが付かない。パンツを洗うのと訳が違うのだ。
「感謝しなさい!あなたは私の必殺ウサちゃんチョップで地獄に送られるのよ!」
現場に近づくと、マーサが腕を振り上げ、攻撃の構えを取っている。
犯人と思しきおっさんは、リリィとカレンに腕を掴まれて固定されている。
3人とも凄く楽しそうである。横でどうしたら良いかわからないルビアが困惑している。
「まてぇぇぇ~っ!」
必死で声を出して止める、せっかくの証人が口を割る前に頭をぱっくり割ってしまおうというのだ。
馬鹿にも程がある!
走りこみ、馬鹿3人に必殺勇者チョップを食らわせて止める。
何とか間に合ったようだ。
「おい!待ってくれ!俺はちゃんと王宮からの依頼でこの仕事をやっているんだ。何で襲われるんだよ!」
「王宮?」
「見ろ、依頼書だ。ここにちゃんと第一王女の紋章があるだろう!」
「慈善活動で勤勉な王都の庶民に酒を提供するって言われてるんだよ!
確かに依頼書は本物のようだ。
しかも第一王女の紋章、そしておそらく自筆であるサインまで入っている。
もはやこの紙1枚で完全な証拠となり得よう。
王都に粉末酒を撒いていたのは第一王女だ。
尻尾を出したどころか底抜けの馬鹿じゃねぇか!




