215 敵軍崩壊
「良いか、我々はここから敵陣へ侵入、あとはここでこうっ、そしてこっちでこんな感じにかましてアレな感じでこうでこうでこうこうこうっ、わかったかね?」
「すみません、さっぱり意味がわかりません」
「勇者パーティーの皆さんはとにかく戦ってくれればそれで良いです」
作戦本部の横に設置されたテントの中で会議を行う潜入作戦班、俺達と王国軍の精鋭10名、それから過去に輝かしい戦績を残したという臨時部隊長のハゲである。
ハゲの理解不能な説明に対し、精鋭達はウンウンと頷きながらメモを取っている。
さすが精鋭、全員が今ので全てを把握してしまったようだ。
というかメモを取る必要があったのか? あ、書いて覚えたらその紙を食べてしまう古来より伝えられている暗記スタイルらしい。
「では他に質問は……はい勇者パーティーのマーサさん」
「バナナはおやつに含まれますか?」
「う~む、それに関しては諸説あるのです、難しい問題ですがご自信で判断して頂きたい」
「は~い、じゃあバナナはご飯ね」
くだらない質問をするな、今の話の中でどこにおやつが出てきたんだ、しかもそれに対してごく真剣に回答する部隊長、お前も馬鹿なのか。
「では出発は1時間後、それまでにウ○コとか済ませておくように、解散!」
一度テントに戻り、装備を整える。
せっかくなので俺は忍装束を着ておいた、精霊様もエッチな女盗賊スーツで戦いに臨むらしい。
バッグに大量のバナナを詰め込んでいたマーサにデコピンを喰らわせ、再び本部前に集合した。
「あ~あ、せっかく持って来たバナナが寒さでカチカチになっちゃったわ」
「お前まだ持ってたのか? よこせ、没収だ!」
「イヤッ、これだけはイヤよ、敵を滅ぼしたら記念に食べるんだから」
山頂でカップ麺を食べるぐらいのノリで敵を殺した後のバナナを楽しみにするマーサ、狂っていやがる……
「それでは出発とする、逸れた者は置いて行かれる、即ち死ぬと思え!」
「逸れなくてもぼちぼち死ぬと思うんだけどな……」
「ちょっと勇者様、そういうこと言わないの」
「へいへい、じゃあ行きますか」
敵の中枢へは陸路で向かう、リリィや精霊様に抱えて飛んで貰い、空から侵入した方が良いのでは? とも思ったのだが、部隊長は昼間は上空もきっちり監視されているであろうと判断したようだ。
ただ、もちろん昨日ガバガバにしてしまった門から普通に入って行くわけにはいかない。
見張りの傭兵も居るであろうし、入ってすぐ戦闘では隠密行動の意味がないのだ。
ということで山肌がすぐ目の前まで迫っている位置の城壁を越えることとなった。
ロープを付けた鍵爪のようなアイテムを使った作戦だ、もちろん鍵爪を投げる役目は俺が担う。
だって1人だけ忍装束だからな、これほど似合う役回りはないのですよ。
「改めて確認しておこう、ここから敵総本山に潜入、極力発見されないように行動する、我らの任務は偽の命令を出すことだ、良いな?」
『おうっ!』
「しかし本当にそんな偽命令なんて通用するのかしらね? にわかには信じがたいわ」
「セラ、これはいけると思うぞ、ここの兵は上層部の命令であれば必ず従うように教育されているはずだからな」
「そんなもんなのかしらね……」
リスクがあるとすれば、数年前まではまともに世界へ情報を発信していたというこの自由報道教団がおかしくなってきたことに薄々感付いている兵が居るかも知れないということだ。
だがその可能性は限りなく低い、それまでずっと盲目的に従ってきたものの変化にはなかなか目が行かないはずだからな。
きっと上手くいくはずだ……
手に取ったロープの先に付いた鍵爪をブンブンと振り回し、あまり高いとはいえない城壁の天辺に狙いを定める。
「よっしゃ、いくぞぉぉぉっ……あっ!」
力みすぎたせいか、ロープが手からすっぽ抜ける、後ろへ飛んで行く鍵爪、これはお約束だ。
そしてきっちりとルビアのスカートに引っ掛かる鍵爪、これもお約束だ。
となればこのまま進むしかない、おっとすまんなどと言いながらスカートの裾に引っかかった鍵爪を引っ張る。
「いやんっ」
『おぉ~っ!』
寒さゆえ毛糸のパンツを吐いているのだが、それでもパンツ丸出しには変わりない。
ガン見する後ろの兵士達、これで一定のサービス水準には達したであろう。
「ルビア、早く鍵爪を外すんだ、次こそ本番だからな」
「あ、はい、よいしょっと」
「気を取り直してもう1回だ! せ~のぉっ、そいやっ!」
放物線を描いて飛んで行く鍵爪、壁を大きく越え、俺達の居るのとは反対側、つまり敵総本山の敷地内に落下した……おや、何かに寝掛かりしてしまったようだ……
「ちょっと勇者様、何に引っ掛かったわけ?」
「わからん、でも動くから木とか岩とかじゃないぞ、一度引っ張り上げるから協力してくれ」
適当に5人で協力してロープを引っ張る。
ズルズルという感触と共に何かが壁を越えて来た……傭兵だ!
どうやら巡回の傭兵を釣ってしまったらしい、というか1人で見回りをしていたのか?
ともかく鼻の穴にザックリと鍵爪が引っ掛かった傭兵、力強く引っ張ったせいで鍵爪はそのまま頭に食い込み、ちょっと表現致しかねるグロテスクな状態になって気を失っている。
釣れた傭兵を神経締めにし、さらに気を取り直して第3投……
「ちょっと待って勇者様、投げるの下手だからクビよ」
「おいおい、この装束でこの仕事をクビにされたら行く当てが無くなるぞ」
「改めて下忍から修行し直すと良いわ」
「・・・・・・・・・・」
異世界忍者をクビにされたうえ、正座させられてしまったではないか。
ちなみにロープの方は精霊様が宙を舞い、手作業で壁に引っ掛けていた。
俺の苦労は水の泡と消えたのである。
「見張りはさっきの傭兵だけのようね、ここから侵入するわよ」
「ほら勇者様、先頭に立たないと」
「え? この期に及んで俺なのか? ここはミラが先陣を切ってだな、俺はそのすぐ後ろを行くのがベストだ」
「ミラが壁を登っているときに下から覗き込むつもりでしょう、バレバレよ」
どうやら作戦がバレていたようだ、これは敗北確定である。
仕方なく立ち上がり、壁からぶら下がったロープを登った。
「誰も居ないぞ、というか索敵の反応もないし、どんどん来るんだ」
「全員勇者殿に続け!」
わらわらと登り始める王国軍精鋭部隊、部隊長が登り切った後にミラ、ジェシカ、マリエルの順でこちらへやって来る。
カレンとマーサは普通にジャンプして飛び越えたようだ。
5mぐらいはあると思うんだがな、この壁……
「よし、勇者パーティーの皆さんに続いて進むぞ、勇者殿もよろしいか?」
「ああ、さっさと行って敵の指揮系統を滅茶苦茶にしてやろう」
町の仲へ侵入し、索敵を駆使して上手く敵を避けながら進む。
それにしても至る所に用兵らしき反応があるな、きっと範囲が狭まった防御魔法の外は全体的にこんな感じだ。
とにかく町の中央を目指そう……
※※※
「クリア! じゃない、遠くに1人居たわ、殺せ!」
「任せなさい!」
建物の影から顔を覗かせた瞬間、見通しの良い通路の先に居た傭兵の1人と目が合ってしまったではないか。
驚き目を見張る傭兵、だが精霊様の放った水の弾丸がその眼球を貫き、一言も発することなくこの世を去る傭兵、一番大きかったのはそいつが崩れ落ちる音であった。
しかしどうして数人でグループを作って見張るということをしないのであろうか? どう考えても単独で巡回するよりはそちらの方が良いはずなのに。
これに関しては敵の親玉かその取り巻きを捕まえた際、ぶっ殺す前に聞いておきたいところだ。
正直に答えたところで命は助けてやらんがな。
「勇者殿、こちらへ行けばかなりショートカット出来るのだが……」
「そっちは拙い、詰め所なのか知らんが30人ぐらい居るぞ」
「ではこちらのルートで、少し遠回りになるが致し方ない」
とはいえこちらのルートにも全く敵が居ないということではない、数が少ないだけで傭兵の巡回は必ずあり、それを全て避けることは困難なのだ。
ゆえに、他の傭兵と最も距離が離れている者をピンポイントで狙い、なるべく殺害するときの音を聞かれないように務めながら前へ進む。
メインの戦力はセラと精霊様、ユリナの火魔法は派手すぎるので封印し、同時に動きが大きくなってしまう前衛と中衛も戦うことを控えた。
時折姿を現す傭兵は俺達を見てもとっさに反応することが出来ない、直ちに殺し、死体を隅に隠し、そして精霊様の水で地面の血溜まりをどうにかする。
そんな完全犯罪を何度繰り返したであろうか、ようやく総本山の中枢が置かれていると思しき巨大な城の尖塔が目に入った。
「あらあら、ウチの王宮の倍はありますね……」
「王女殿下、僭越ながら申し上げます、サイズだけではなく我らペタン王国の王宮はカビ臭いし壁とかも汚ったねぇし、色々と敗北していますぞ」
「あと王であるお父様もアレですからね、勝てる要素が見つかりません」
自虐に走り出すマリエルと部隊長、こういう場面で士気を削ぐようなことは……と思ったが紛れもない事実なので仕方が無い、兵士達もそれはわかっているはずだしな。
「見て勇者様、防御魔法の上に雪が積もっているわ、あそこであの角度ならそろそろ壁があるはずよ」
「う~む、というか知らない間にスルーしていたかもだな、この先の兵士はさっきまでの傭兵と明らかに違うぞ」
この近辺から敵の反応がより強力なものへと変わっている。
おそらく正規兵だ、この先は全て一撃で、というわけにはいかないかも知れない。
より一層慎重になり、無駄に中腰で前進する……今隠れている壁の向こうに正規兵らしき反応が3つ、その先が重要施設の入口になっているらしいことを考えると門番か何かであろう。
「ここを迂回したとして、他に通る道はあるか?」
「いや、目標の入口へ辿り着くにはここを通る必要がありますな」
「3人か……一番強いのは真ん中の奴だ、セラ、精霊様、飛び出したらすぐに両端の奴を殺るんだ」
「真ん中のはどうするの?」
「前衛と中衛で一斉に掛かる、サリナ、幻術で声が出ないようにとか出来ないか?」
「本人の声が出ないようには難しいかもですが、周りに居る人間がそれを異変と認識出来ないようにならなんとかなりそうです」
「じゃあそれで頼む、セラと精霊様は3カウントで飛び出してくれ、俺達はそれに続くからな」
「うん、いくわよ精霊様……3……2……1……せいやっ!」
壁の陰から飛び出し、目に入った両端の正規兵に魔法と水の弾丸を放つ2人。
一呼吸おいて俺達も出る、近接戦闘が出来るメンバー全員で真ん中の敵を……拙い、両端の2人が死んでいない。
というかまともに攻撃を喰らっておいて無傷じゃないか!? どうなっている? 何か攻撃無効のアイテムを使ったのか?
「ご主人様! 3人共目の前に薄い防御魔法が張られていますわよ! 攻撃を受けた2人のは砕け散りましたが」
「そういうことか、では真ん中の奴はまだ防御魔法の壁に守られているってことだな」
とっさのことではあるが、すぐに剣を抜いてこちらへ向かって来る3人。
防御魔法を張り直すような素振りはない、きっと誰か他の者が施した術であったに違いない。
作戦を変更し、セラと精霊様は相手がこちらへ到達するまでの間に攻撃を連打、接近したら俺達が前に出て戦うこととした。
右側の1人が集中攻撃を受けて倒れる、反対側の兵も風邪の刃で腕を斬り飛ばされ、もはや戦うことが出来ないはずだ、それでも向かってくるのが恐ろしいが……
そして真ん中のリーダーらしき1人、既に防御魔法の壁は破壊されているものの、なんと飛んで来た水の弾丸を片手で弾き、何事もなかったかのような顔で突進を続ける。
「これはちょっと強いぞ、全員で囲むんだ!」
これでは王国軍の兵士が出る幕はない……と思ったのだがさすがは精鋭部隊、すぐに全員が短剣を取り出し、それを敵兵の足元を狙って投擲する。
一瞬だけ足が止まる敵兵、顔は無表情のままであるが、どうにかして突進を続けようと必死で考えているようだ。
だがその隙を逃す俺達、というかマリエルではない、槍を突き出して前に出る。
こちらも突進する作戦のようだ、そのまま交錯する両者……敵兵の体が破裂し、肉塊に変わった。
「ナイスだマリエル」
「ええ、ざっとこんなものです、先を急ぎましょう!」
ちょっと褒めてやろうと思ったのにサラリと流されてしまった、悲しい。
だがこれでここを通過することが出来る、目的の建物、つまりあの巨大な城の入口は目と鼻の先だ……
※※※
「外は凄かったが中は案外手薄なんだな」
「そうみたいね、だってここ、壁を見てよ」
入口の壁には『一等市民以外の立入を禁ず』と書かれている。
扱い的に正規兵すらも一等市民ではないであろう、ここに入れるのはこの教団に所属する世界のメディア関係者だけということか。
となれば話は早い、この先にも索敵に反応があるものの、明らかに傭兵や正規兵のような戦える人間ではない。
ガンガン進んで指令を発している部屋を目指そう……
度々地図、それから総務大臣が作成した『撹乱作戦の手引き』を確認しながら前進する。
念のため索敵の反応を回避しながら、あっちだこっちだと道を変え、ようやく目的地に辿り着いた。
ここはさすがに隠れてはいられない、ドアを開けて中に突入し、すぐに武器を抜いて戦闘態勢に入る。
そこに居た3人のおっさんを血祭りに上げるためだ。
「な……何だね貴様等は? 小汚い傭兵か? だとしたら匂いが移る、近寄るでない」
「ふ~む、そもそも貴様等のような下賎な輩はここに立ち入ることが出来ないはずでは?」
「きっと上層部が特別に許可したのであろう、だが臭そうだから下がれ、下層民の分際で呼吸などするな」
相変わらずこの連中はこちらを下に見ているようだ、背丈も容姿も、そして毛髪の量も部隊長を除けばこちらの方が圧倒的に上だというのに……
「勇者様、こいつらどうしてこうも態度がデカいのかしらね?」
「馬鹿だからだ、自分たちがこの世で一番尊い存在だと思い込んでいるからな」
「きっと知能が低いのね」
「何ださっきからブツブツうるさいゴミ共だな、誰が喋って良いと言った? 貴様等は全員腹を切れ!」
「じゃ、斬りま~す、えいっ!」
「へ? この大馬鹿……こっちじゃな……い……おげろばっ!」
突然前に出たミラ、先頭に立って威張り散らしていたおっさんの腹に伝説の片手剣を突き刺す。
うむ、確かに命令通り腹を切ったようだ、何かご不満な点でもあるのか?
「ミラ、残りの2人も殺って良いぞ」
「では遠慮なく、何かムカつくんですよね、こういう人達を見ていると」
サッサッと動いてあとの2人の腹も剣で貫くミラ、即死せず、長きに渡って悶絶することが出来るように取り計らった誠に慈悲深い一撃だ。
「はい終わり、敵が異変に感付く前に作戦を遂げましょう」
「だな、ちょっと想定以上に殺しすぎだ」
ここまでに殺したのは十数人の傭兵と、先程の正規兵3人、そしてこのおっさん達である。
傭兵や正規兵の死体はきっちり隠したが、そろそろ異変に気付く奴が出てきてもおかしくはない。
急いでメインの作戦を実行しなくては。
「この部屋のどこかに魔導信号弾が置いてあるとのことだ、皆で探そう」
「どんなのかしら?」
「色の付いた筒だと書いてある、まず使いたいのは……黄色だな」
部隊長指揮の下、全員で協力して黄色い筒を探す。
机の引き出しを開けたリリィが発見したようだ、確かに黄色い筒である。
「これをこの装置にセットすれば自動的に魔法が発動し、全軍に命令が伝達されるとのことだ」
「よっしゃ、やってみようぜ! ところで黄色の魔導信号弾はどういう命令が出るんだ?」
「この総本山で計画されている世界掌握フェアで催すつもりのどじょう掬いを全員が始める決まりらしい」
「どじょう掬いって……ショボい宴会か何かなんじゃないのか?」
まぁ、敵の動きが止まるのであればこの際どうでも良い、直ちに信号弾を装置にセットし、そのまま少し離れる……
ドンッという大きな音を伴い、黄色の煙が空に舞い上がったのが窓から見えた。
これで命令の伝達は終了したのか?
「あっ、見てよアレッ! 敵の兵隊が奇妙な踊りをしているわよ!」
おぉっ! アレこそが伝統のどじょう掬いだ、頭巾もざるも、それから鼻の割り箸も忠実に再現しているではないか、敵ながらあっぱれ、といったところか。
しばらく窓からその様子を眺めていると、俺達が入って来た方角から徐々に土埃が近付く。
黄色の魔導信号弾が発射されたことに気付いた王国軍の本隊が突入して来たのだ。
おっと、この窓からもその姿が見えてきた。
どじょう掬いを続ける正規兵と思しき一団をあっという間に斬り伏せ、さらに前進する王国軍。
昨日とは完全に立場が逆である、敵軍は完全に崩壊状態だ。
というか殺される直前、否、斬られてからも力の続く限りどじょう掬いを続けている敵兵が哀れに思えて仕方が無い。
そのような辛い人生は早めに終わらせてやるのが掬い、いや救いというものだ。
頑張れ王国軍、かわいそうな敵兵に引導を渡してやれ。
「勇者殿、我々はこれより当建物内で敵主要人物の捜索を行おうと思います、勇者パーティーの皆さんはどうしますか?」
「どうするって、どうするよ? 俺は別にどっちでも良いぞ」
「あら、私は付いて行くわよ、面白そうだし」
精霊様が行くと言い出したのだ、他のメンバーもそれに付き従うであろう。
ということで俺達はこのままこの部隊と行動を共にすることとなった。
目指すは敵の首魁、およびそれに近い人物の生け捕りだ、その連中はこの建物の中に居る可能性が高い。
というかもたもたしていると秘密の抜け穴的な何かを通って逃げてしまうかも知れない。
王国軍の本隊が敵兵の撃滅を終えてここに到着するのを待つより、俺達だけでも捜索を始めた方が無難であろう。
再び地図を確認し、建物の中央に大きな部屋が1つあることを確認する。
ここに組織のトップが居るに違いない、最初に目指すべきポイントは決まったな。




