212 スパイ狩りと凄い発見
「あっ、見つけたぞ! コイツは血が出ない!」
「逃げた! 追えっ、絶対に逃がすんじゃないぞっ!」
撤退作戦の直後に始まったスパイ狩り、短剣の先で腕を刺してみて血が出るかどうかの簡単な判別である。
それでもかなりの効果がある、既に50体以上のメカ細マッチョが王国軍に紛れ込んでいたことが発覚した。
「おう勇者殿、これは俺達が護衛として出張る必要がなかったかもだな」
「間違いない、まるで戦えないじゃないかこいつらは、兵士として採用されたこと自体が奇跡だ、ところでこれ、どうやって動いているんだろうな?」
「俺の見立てだと努力と根性だな、動力源としてはポピュラーなパワーだ」
「……人間じゃないし、筋肉団員でもないぞ」
適当なことを言うゴンザレス、まぁ、そのうちにこの死体、というか壊れたスパイ野朗共を解体する奴が出てくるであろう、そうなれば動力源に関しての謎は全て解決する。
と、早速分解が始まったようだ、興味津々のユリナがその様子を覗き込んでいるが、作業員の目は分解対象ではなくそのぴょこぴょこと揺れる尻尾に集中しているではないか。
正直言って邪魔でしかない……しかしそのユリナ、あることに気が付いたようだ。
「見て下さいですのご主人様、こいつらの頭に入っているこの石、お互いを近づけると熱を持って光りますわ」
「おおっ! ゴンザレス、どうやらこれが動力源だぞ」
「ほう、努力や根性ではなく熱い友情を動力源としていたか、その可能性を見落としていたな」
「・・・・・・・・・・」
この男には何を言っても無駄なようだ。
そういう不可視なパワーの信奉者らしい。
「勇者様、そろそろ全員の検査が終わるみたいよ、早く寝たいわ」
「だな、サリナも寝ちゃったし、マーサもそろそろ限界だぞ」
途中で寝てしまったサリナは俺がおんぶしている、次第にマーサも寄り掛かり気味になってきた。
もう時間的には深夜2時かそこらだ、無理もない。
ちなみにミラとカレンは最初から諦めて布団に入った。
今は2人でぐっすりと眠っている。
頑張って最後まで起きていると主張して付いて来たリリィも、全く同じことを言っていたインテリノと一緒になって早々にリタイアした。
リリィとインテリノは仮司令部のテントで寝かせてある。
「勇者よ、おぬしはちょっと残るのじゃ、他の者は帰って良いぞ」
「えっ? 何でだよ、もう用は無いはずだぞ」
「これから摘発されたスパイと一緒の部隊に居た者から聞き取り調査をするのじゃ」
「そんなのに立ち会えってか、面倒臭せぇ……」
「わしらだけ起きているというのも癪じゃからの、巻き添えじゃよ」
ふざけやがってこのクソババァ、そんなのは俺の仕事じゃないんだが?
あー、これはもう明日寝不足ですよ、眠くて王国軍全滅クラスの敵襲があっても戦えませんよ、どっかの意地悪ばあさんのせいで。
「じゃあ勇者様、おやすみね」
「何だよセラも帰るのかよ、少しぐらい付き合ってくれたっていいじゃないか」
「そんなに大人数で行っても邪魔なだけよ」
そう言って帰って行くセラ、というかその他の全員、仕方が無い後で寝ているところに悪戯する作戦を取ろう。
ちなみにおぶっていたサリナはジェシカに預け、ヨロヨロのマーサは精霊様に抱えさせた。
さて、さっさと終わらせて俺も寝よう……
スパイの近くに居た人間は部隊ごと順番に呼び出されることとなったようだ、今夜は5つのグループから話を聞くらしい。
おっと、第1班が来たようだ、仮司令部の横のテントに設置されたテーブルセットに座る7人の一般兵達、部隊全員ではなく仲の良かった戦友だけを呼び出したのか。
実質の王国軍最高司令官である総務大臣が兵達の正面に座り、直々に質問を始める……
「では早速質問じゃ、おぬしらの部隊に居たスパイマシン、奴の入隊はいつ頃じゃった?」
「えぇ~っと、俺と一緒だから3年とちょっと前っすね」
「ふむ、奴と知り合ったのはそれが最初か?」
「いえ、この中では俺だけが幼馴染っす、同じ孤児院の出身だったんで」
「なんと、ではどこかのタイミングで入れ替わったと見るのが妥当じゃの」
あんなメカメカした奴がわざわざ子どもから成長するはずがない。
どう考えても入れ替わり、もしくは殺して皮だけ奪ったか……
「ちなみに最近何か変わった点、おかしいと感じた点がある者はおるか?」
「無いっすね、ずっといつも通りっしたよ」
「あ、そういえば3ヶ月ぐらい前から酒をやめて油を飲むようになった気がしますね、これがうめぇんだよとか言ってました、馬鹿じゃないかと」
「その程度なら俺もありますよ、昼間サボって居眠りしていたんですけど、起きたときにサイキドウチュウ、とか言ってましたからね」
いやいやいやいや、それは明らかにおかしいだろ、何がいつも通りだ。
この国の兵士は本当に頭の悪い奴が多いな……
しかし3ヶ月前か、となると俺達がブリブリ共和国と戦い始める前から今回の敵の王国に対する侵攻が始まっていたということになるな。
というかそもそも共和国の方だって敵はメディア、マスコミの連中がメインだったはずだからな。
インフリーを持ち上げていた連中が自由報道教団の関係者だったのはもう明らかだ。
共和国の件と今回の件は完全に繋がっていると見て良いであろう……
その後、他のグループからの聞き取り調査でも同じような話しか出てこなかった。
わかったのはスパイになっていた兵がおかしくなったのはおよそ3ヶ月前からということと、全員が家族を持たない、しかも同じ孤児院で育った人間であったということである。
そして全員が全員、ちょうど3ヶ月前辺りに古巣であるその孤児院に訪問していたという。
これはそこに何かあるということで確定だ、王都に伝書鳩で伝えて調査させるべきだな。
「う~む、わかったことは少なかったがそれでも貴重な情報が得られたの、勇者よ、聞いておいてよかったじゃろう」
「いや、相当に眠いわ……」
「なんと情けない、ちなみに明日は朝からこのスパイや討伐したメカゴリラを解体して色々と調べるでの、早めに来るように」
「ぜってぇ無理、じゃあな、もうさっさと戻って寝るよ」
馬車の横に設置された俺達専用のテントに戻り、真っ暗な中を手探りで進む。
この僅かなおっぱいはセラのだな、それから素肌なのは全裸で寝ているルビアだ。
よっしゃ、この隙間が俺のスペースだ、無理矢理体を捻じ込んでやろう。
「ん? うぅ~ん……ほぁ、勇者様おかえり」
「ただいま、もう夜中だからさっさと寝るぞ」
「ほぇ……」
寝ぼけたセラを少し横に除け、布団に入った。
うむ温かい、これはすぐに寝られそうだ……
※※※
「おはよう勇者様、いつまで寝ているのかしら?」
「勘弁してくれ、昨日は遅かったんだぞ……というかどうしてこんなにスースーするのだ? おうっ!?」
やられた、寝ている間に蛮族の女戦士衣装に着替えさせられてしまったようだ。
しっかり胸を隠す方まで装備させられている辺りが憎い。
「誰がこんなことしやがった? セラは確定だな、他は?」
「ご主人様、既に私が起きていることから察して下さい」
「ルビアもだな、あとニヤニヤしているのはジェシカと精霊様か、舐めやがって」
とりあえず普通の服に着替える。
当て付けとしてこのままの格好で外出してやっても良かったのだが、寒いし俺が変態だと思われるだけなのでやめておいた。
4人共後でお灸を据えてやろう、だが今は昨晩総務大臣が言っていたメカゴリラ等の解体を見に行くのが先だ。
セラの腕を引っ張り、テントから出て仮設作戦本部へと向かった……
「遅かったではないか勇者よ、てっきり夜の寒さで凍死したのかと思ったのじゃ」
「あのぐらいで死ぬ勇者様じゃねぇんだよ、で、ゴリラの解体は進んでいるのか?」
「ふぉっふぉっふぉ、凄いことがわかったのじゃよ」
しわくちゃの顔で不気味な笑いを疲労する総務大臣、もう映画とかに出てくる悪い魔女と完全に一致しているではないか。
そしてその悪い魔女、俺に1つの石を差し出してくる。
青色で淡く光る謎の石、危険物じゃないだろうな?
「これを持って歩いてみるんじゃ、あっちで防御魔法を張らせておるから、それに突っ込むようにの」
「防御魔法? ウォール家の人間を連れて来ていたのか、王都防衛は?」
「分家の人間じゃよ、護衛用に1人だけ参加させたんじゃ、それよりも早く行ってみると良い」
確かに防御魔法を張っていると思しき下士官が1人、俺の進むべき先に立っている。
そのまままっすぐ歩いて行くと……おや、その男の目の前まで辿り着いてしまったぞ。
「どういうことだ、防御魔法を張っていたんじゃなかったのか?」
「その石のせいじゃよ、持っているとなぜか防御魔法をすり抜けてしまうのじゃ」
そういうことか、これが内蔵されているメカメカ兵団のゴリラや細マッチョ達は、防御魔法で完全に覆われている敵の総本山に自由に出入りすることが出来るということだ。
つまりこの謎の石を王国軍の兵士に持たせておけば、誰でも気軽にあの分厚い防御魔法の内側に侵入することが可能になる。
これはチャンスだ、だが入ったところでどうやって攻撃するべきか……
「残念ながらこの石は30程しか回収出来なかったでの、敵の総本山に侵入するのは少数精鋭となる」
「で、侵入した後はどうするんだ? そんな人数じゃとてもあそこを攻め落とせるとは思えんぞ」
敵の総本山は町1個分以上の広さだ、しかもその中にはメカの兵士だけでなく、ちゃんと頭で考えて動く一般の兵士も当然に居るはずだ。
そこへたかだか30人で入って行ったところで何かを成し遂げられるとは到底思えない。
「それでじゃ、勇者よ、おぬし先に入って防御魔法使いを暗殺してくれぬか?」
「暗殺って、俺みたいなのが入って行ったらバレるだろうに」
「そこはアレじゃ、幻術でも使ってアレするのじゃ、変装セットであればこちらで用意しても良いがの」
「……やらなきゃダメなのか?」
「ダメじゃ」
「・・・・・・・・・・」
また面倒事を押し付けられてしまったようだ、暗殺なら適任者が他に居るだろうに。
どうしても俺を扱き使いたいんだな、このクソババァは……
「それで、変装セットってのはどんなのがあるんだよ?」
「う~む、こちらで用意出来るのはナースにメイド、ミニスカ女憲兵、それからバニーガールじゃの、どれに変装するんじゃ?」
「ただの変質者じゃねぇか! 余計に目立つわ」
そんな格好をするぐらいであれば今朝着せられていた蛮族の女戦士の方がマシだ。
というかそもそもどうしてナースやメイドのコスプレを戦場で用意出来るのだこのババァは?
「あ、それともう1つあったの、ほれ、これなら男のおぬしでも不自然ではなかろう」
「何だこの箱は? 取っ手が付いて持ち易そうではあるが」
「岡持ちじゃよ、出前持ちに扮して防御魔法使いを捜索するんじゃ」
「……仕方が無い、他よりはまともだからこれにするよ」
ちなみに岡持ちはありえないぐらい大きい、人間が丸ごと入っても大丈夫そうだ。
この中に幻術係のサリナを入れて持ち運ぶこととしよう。
その後も総務大臣の説明は続く、どうやら防御魔法使いは最も端に居る1人か2人を討伐してしまえば良いとのこと。
それで防御魔法に穴を空け、そこから王国軍が雪崩れ込む作戦のようだ。
全軍が敵の総本山に突入出来る位置に移動するまではかなり時間が掛かる、明日は移動、そして作戦の決行は明後日ということに決まっているらしい。
「俺が潜入している間は残りのパーティーメンバーと筋肉団が外の敵に対処するんだよな?」
「うむ、それ以外にまともに戦えそうな者はおらんからの」
「わかった、テントに帰って皆に作戦を伝えておくよ、あ、それとお灸用のもぐさを持っているか?」
「もぐさ? まぁババァなので当然持っておるぞ、ほれ」
総務大臣からもぐさを貰い、仲間達の所へ帰る。
悪戯した4人には本物のお灸を据えてやるのだ……
※※※
「ただいま、ちょっと作戦を伝えるから全員集まってくれ」
「わかったわ、それと勇者様、手に持っているのは……埃の塊かしら?」
「もぐさだ、お前らに据えてやろうと思ってな」
「あら怖いわね、それで作戦ってのは?」
全員に先程総務大臣と話した作戦を伝える。
といっても実際に動くのは俺とサリナの2人だけ、他のメンバーは敵防御魔法の外で相変わらずメカゴリラの相手だ。
「サリナ、岡持ちの中に入った状態でも幻術は使えるよな?」
「どこかから尻尾を出していれば大丈夫ですよ、自分で歩かなくて良いなら効果も長持ちしそうですね」
「じゃあそれでいこう、目標は防御魔法使いの暗殺だからな、見つかりさえすればすぐに終わるはずだ」
「それならご主人様、雪が積もっているうちに見ればおおよそどこで魔法を使っているかがわかりますわよ」
「マジか、じゃあ先にユリナがターゲットの位置を確認しておくべきだな、侵入はその後だ」
本来であれば近接戦闘がこなせる仲間を連れて行きたいところである。
だが今回はあくまで隠密行動、目立つ要素は極力排除すべきだ。
それに敵兵が強いとは言ってもそこまでであるはずがない、だって人族だし。
つまり囲まれたところでどうにか切り抜けることは出来ると考えて良いであろう。
「じゃあ作戦決行は明後日ね、上手くいくと良いわね」
「そうだな、じゃあこれで会議終わり、セラ、ルビア、ジェシカ、それから精霊様も覚悟は出来ているな?」
「待ちなさい、どうして私までお灸を据えられることになっているのよ、パスよ、パス」
「そうか、じゃあ王都に帰ったら社を撤去してダンボールハウスに変えないとだな、もちろん供物はナシだ」
「……どうかそれだけはお許しを」
既にセラ達がしていたのと同じように、尻を出してうつ伏せになる精霊様。
4つ並んだ尻の左右それぞれにもぐさを乗せる、これで準備完了だ。
「ユリナ、これにちょっとだけ火を付けてくれ、ちょっとだけだぞ」
「う~ん、ちょんちょんちょんっと……これで良いですわね?」
「あ、主殿、何だか凄く熱くなってきたぞ」
「我慢しろ、絶対に動くなよ、あと精霊様は水を掛けたりしないように」
「わかってるわよ、でも熱いぃぃぃっ!」
悶絶する4人、ざまぁみろ、俺に悪戯などするからこういう目に遭うんだ。
しばらくそのまま眺めておこう……
「ねぇっ! そろそろ許してよ!」
「うむ、反省したなら許してやろう、どうだ?」
「超ごめんなさい、だから早く火を消してっ!」
いつも偉そうにしている精霊様に謝罪させるのは実に気分が良い。
他の3人はじっと堪えているようだが、ついでに終わりにしてやろう。
火傷の痕が残ってしまうと困るため、念のためルビアに治療させておく。
この刑はこれからも脅しとして使うこととしよう、実際にやるのは面倒だがな。
「さて、それじゃあ今日はゆっくりするぞ、明日は敵総本山の近くまで移動だ」
※※※
『全軍前進!』
翌朝、総本山から程近く、また全軍を隠すことが出来る地点へと移動を開始する。
一度山を降り、そこからぐるっと谷へ回る必要があるゆえ、到着は夕方かそれ以降になるそうだ。
俺達は馬車で移動だから良いが、一般の歩兵はたまったもんじゃないだろうな……
「ご主人様、私はその岡持ちに入るんですか?」
「そうだ、試しに入ってみるか?」
「ええ、じゃあちょっとだけ」
サリナを岡持ちの中に体育座りで入らせ、手前の扉を閉める。
狭すぎるなどということはないようだ、上に空けた小さな穴から尻尾が出てきた。
何だかアンテナみたいで面白いな……ちょっと触ってみよう。
「ひゃっ! 何するんですか? 見えない状態で触らないで下さいよっ」
「お? すまんすまん、じゃあもう1回……」
「ひぃぃぃっ!」
岡持ちの中でバタバタと暴れるサリナ、そろそろかわいそうなので出してやろう。
どうやったのかは知らないが逆さまになっていた、本番では危険だから余計なことをするのはやめておこう。
「ところで勇者様、サリナちゃんが入った状態でその岡持ちを持てるわけ?」
「……それを考えていなかったぜ、サリナ、すまんがもう1回入ってくれ」
「次は尻尾を出しませんからね」
サリナの入った岡持ちは……実に重たかった。
持ち上げられないことはないが、どう考えても動きが不自然になってしまう。
これでは敵に感付かれるのも時間の問題であろう、サリナの幻術次第ではあるが。
「ちなみにご主人様、もし敵の本拠地の中にメカゴリラが居たらすぐに隠れて下さいね」
「メカゴリラが? どうしてだ?」
「アレには幻術が効きません、もうバレバレですよ」
それも拙いな、どうやらこの作戦は穴だらけのようだ。
仕方が無い、もし見つかったら完全に出前持ちに成り切るしかないであろう。
その後はくだらない話をしながら馬車を進めた。
日が陰った頃、ようやく目的地に到着する……
ユリナと2人、敵総本山にこそっと近付き、最も近くに居る防御魔法使いの位置を特定した。
これで準備は完了だ、あとは指定の位置から防御魔法の中に侵入し、それを張っている魔法使いを暗殺するだけだ。
この作戦さえ上手くいけば王国軍をあの中に雪崩れ込ませることが出来る。
そして全ての防御魔法使いを討伐した暁には、リリィと精霊様が上空から一方的に攻撃することも可能になるのだ。
出前持ちに扮して敵地に侵入するという大変にショボい作戦ではあるが、この可否によって今回の戦争の勝敗が決してくるのは間違いない。
「じゃあ皆、明日は外での戦いをよろしく頼むぞ」
「勇者様もちゃんとやりなさいよ、いつもみたくふざけて失敗しないように」
「わかっているさ、たぶん……」
そして翌朝、いよいよ作戦決行のときである……




