210 奇襲される側
「何だあれ、ドームの上に雪が積もっているのか、敵の総本山はドームだったのか?」
「いえ、たぶんだけどあれは防御魔法ね、その下に総本山の建物があると思うわ」
「あんな広い範囲でか? 頑張りすぎだろ……」
天王山と名付けられた高い山の頂に到着した俺達、垂直に近い崖のようになった山肌の下に見えるのは、雪の積もった巨大なドームであった。
どこかのドーム何個分、とかそういう次元ではない、文京区まるごとドームにしてみました、とかいうレベルの規模である。
「すげぇな……敵にはとんでもない大魔導師的な何かが居るってことだよな」
「でもご主人様、この防御魔法を1人で張っているとは思えないですの」
「どうしてだユリナ? まさか負けていそうで悔しいのか? ん?」
「違いますのっ! ほら、あそことか妙にボコボコしていますわ、1人で張ったらあんなにはならないんですの」
「へぇ~、そういうものなのか」
とはいえこれだけのものを作成するだけの戦力があるということは間違いない。
これまで相手にしてきた敵のうち、人族でここまでやりおる連中は居なかったはずだ。
そもそも帝国人だの単なるカッパハゲだのといった連中としか戦っていなかったからな。
前回の共和国が強かったのはあの薄気味悪い人形の力によるものだし。
「あっ、ご主人様こっち来て下さい、ここから見ると町が見えますよ、あそこだけ雪が積もってないです」
「おそらく吹き抜けになっているんだな、だがカレン、俺はそんなヤバそうなところに立つつもりはない、というか危ないから降りなさい」
どうやってそこまで行ったのか、サスペンスドラマの犯人でも追い詰められそうな崖の先端に立つカレン。
そのまま地面ごとポッキリいきそうだ。
「勇者様、本拠地よりもその周りを見て下さい、ほらアレとか、アレとかも……」
「アレって、蠢いている銀色の奴だよな? メカゴリラ……にしては細いな、メカ細マッチョと名付けよう」
ドームの周辺に無数に居るメカ細マッチョ、何かを警戒するように動き回っている。
きっと見つかったらわらわらと寄って来るに違いない。
向こうが俺達を発見するのが早いか、それともこちらが攻撃を仕掛けるのが早いかといったところだな。
「勇者殿、ちょっとよろしいか?」
「はい何でしょう部隊長さん、ちなみに俺は暇だ」
「退路の確保に少し手間取っていてな、しばらく、というか1時間ぐらいそのまま待機して欲しい」
「退路の確保? そんなに手間取る何かがあるのか?」
「除雪の経験がある兵がまるで居なくてな、滑ってコケているだけの連中が多いんだ」
おそらく俺もその類だから文句は言えない、というか余計なことを言うと手伝わされそうだ、ここは黙っておくのが得策であろう。
攻撃部隊長にはここで固まって寒さをしのぎながら待つと伝え、崖の下を覗き込んでいたメンバーを集める。
体温を奪われないように皆で固まっておこう。
「ちょっと勇者様、精霊様を温めないとまた凍ってしまうわよ」
「間違いない、精霊様、ちょっとこっちに来るんだ、精霊様?」
「またカッチカチですよ、動いていないと凍るみたいですね」
「しょうがない精霊だな……」
火を熾すわけにはいかないため、マーサ、精霊様、カレンの順で積み上げ、サンドウィッチ状態で温めておく。
マーサ曰く相当に冷たくなっているらしい、これは今回の戦力として期待しない方が良いかもだ。
ようやく精霊様の解凍が終わる頃、今度はセラが寒くて凍えそうだと主張する。
肉が薄いゆえ寒さに弱いのか、それとも根性がないだけなのかはわからない。
「じゃあセラ、一緒に毛布に包まろう、俺の上に乗っかるんだ」
「あら有り難いわね、ちょうどお尻がひんやりして辛かったのよ」
「そうかそうか、じゃあ揉みほぐしてやろう、グヘヘ」
「うひゃ~っ、変態勇者が現れたわっ! あひっ」
「ちょっと勇者様、戦いの前にそういうことをしないで下さい、お姉ちゃんも」
ミラに怒られてしまったではないか、セラのせいだな、きっとそうだ、俺は悪くない。
しかしこのまま1時間も密着出来るのであればまたチャンスは訪れるはずだ。
次は背中に冷えた手を突っ込んでやろうか……おや、部隊長が戻って来たではないか……
「勇者殿、退路の確保、というか雪かきが完了したぞ」
「え? 早くないか?」
「筋肉団がわざわざ出張って来て協力してくれたんだ、数秒で終わったよ、ついでに道も舗装してくれた」
ゴンザレスめ、余計なことをしやがって。
仕方が無い、さっさと作戦を終わらせて暖かいところで続きをしよう。
立ち上がり、崖の下を覗き込む。
相も変わらず蠢く銀色の敵、まだこちらに感付いた個体は居ないようだ。
後方から魔法兵や弓兵が登場し、それぞれ配置に付く。
もちろん敵にダメージは通らないであろうが、これは注意を引くためのきっかけに過ぎない。
『第一攻撃班、準備完了!』
『そのまま待機!』
「勇者殿……は見ているだけか、セラ殿、準備はよろしいか?」
「バッチリですよ、いつでも始めて下さいな」
「ではいくとしましょう、攻撃開始!」
『攻撃開始~っ!』
限界まで引かれ、矢を放つ弓、ほぼ真下に飛んで行く風魔法や水魔法、そして一際大きいのはユリナの火魔法(最低出力)である。
それぞれ狙いを定めたメカ細マッチョの頭や腹に直撃するが、やはり効果はないようだ。
だが、首を梟か何かの如くクルクルと回して辺りを捜索し始めている。
「見つけられないようだな、もしかしてここは索敵範囲外なのか?」
「う~む、もう1度攻撃してみるか」
第二の攻撃が放たれる、頭に矢が当たろうが、全身に火魔法を浴びようが、メカ細マッチョ達はこちらに気が付く様子がない……これは拙い、作戦自体が企画倒れになりそうだ……
「というか主殿、今あそこの奴と目が合ったような気がしたんだが、スッとそっぽを向かれたぞ」
「あ~っ、私もそうでした、次は手を振ってみようと思います」
ジェシカと、さらにはリリィまでも同じ事を言い出す。
俺は視力がイマイチなのでわかりはしないが、何だか意図的に無視されているような気がしなくもない。
どういうことだ? もしかするとダメージを与えないと反応しないとかかな?
「セラ、現状で雷は何発放てそうだ?」
「5発、いえ6発はいけそうね、寒くなければもうちょっと頑張れそうなんだけど」
「わかった、じゃあ1発かましてみてくれないか、あの水魔法を喰らっていた奴が狙い目だな」
「そうね、ちょっと試してみるわ……それっ!」
ドンッという音と共に舞い上がる地面の雪、その場に倒れ込むメカ細マッチョ。
どうやらメカゴリラよりは弱いらしい、周囲の監視専用のメカなのか?
「これでもダメみたいね」
「すぐ横の奴すら普通にスルーしてるもんな」
周りで仲間が倒れているにも拘らず、一向にこちらを認識しようとしないメカ細マッチョ、というかもはや探す素振りすら見せなくなった。
これはもう確定だ、気が付いているのにシカトしているのだ、で、そうだとすると……
「ご主人様、後ろから足音が聞こえますよ」
「足音? 誰も居ないぞ、カレン、きっとどこか遠くで雪崩でも起きているんだ、気にすることはない」
「待って! これ足音じゃないわ……どこかを登っている音よ!」
「登っているって、この辺りで登る所といったら……」
「この崖ぐらいしかなさそうね……あっ! 横よ、横の山肌に何か居るわっ!」
「こっちもです! このままだと囲まれますよ!」
すぐにその場を離れ、崖の横が見える位置に移動する。
メカゴリラだ、しかも今度はフルメタル、そして片方の崖だけで10体以上も居るではないか!
凄まじいスピードで崖を登るメカゴリラ、俺の耳には岩を掴む音も、どこかに足をかける音も聞こえない。
もしカレンやマーサが居なければ、この奇襲に気が付くのは襲われた後になったであろう。
「拙いな、戦うのはあっちの細マッチョじゃなかったんだ、とっくに気付いて攻撃部隊を派遣していたんだな」
「とにかく戦うしかない! 戦闘態勢を取れ! 敵は両側の崖から各12体だ!」
合計24体である、一方セラの雷魔法は良くてあと5回、圧倒的に弾丸不足である。
さすがに一撃辺り5体撃破というのも無理だろうし、さてどうしたものか……
「精霊様、とりあえず最大質量の水を崖から落としてくれないか? 出来れば崖自体が凍るように」
「ええ、じゃあ両サイドに1回ずつ、やってみるわね」
自らが凍ってしまわないよう、常にシャカシャカと動き続けていた精霊様。
ようやく出番が来たことでそのウォームアップを止め、まずは一方の崖に水を落とす。
崖が滝に変わる、もう世界何大瀑布に列しても良いと思える規模の巨大な滝だ。
「見てよ、落ちていったのも居るけど、凍った所に張り付いた馬鹿も結構多いわよ」
「本当だ、だが見ろ、凄いパワーで剥がしやがる」
「まぁ滑って登れないはずよ、じゃあ反対側も同じようにするわね」
極端に低い気温ゆえ、水浸しになった崖はあっという間に凍りつく。
水の質量で落ちなかったゴリラもこれは堪らない、張り付くか滑って落ちるかの二者択一である。
「ゆっくり確実に倒していこうか、セラ、まずはあの張り付いている奴から始末するんだ」
「え~っと、あっアレね……えいやっ!」
落雷を受け、煙を噴出しながら落ちて行くメカゴリラ、残り23体このままセラの魔力回復を待ちながら……というのは無理そうだ。
落ちて行ったメカゴリラが凍った崖を普通に登り始めた。
手と足をスパイクに変えたようだな、余計な機能を搭載しやがって。
「もう1回叩き落すわ、また張り付いたのを攻撃すれば良いものね」
「と、その前に精霊様、ちょっと試してみたいことがあるんだ、リリィ、ユリナ、ちょっと良いか?」
「はいは~い」
「どうしたんですの?」
「登って来るゴリラにブレスと火魔法をお見舞いしてやれ、溶けはしないだろうがアッツアツにしてやるんだ」
ついでに王国軍の火魔法使いにも協力して貰おう、可能な限り慎重に、ゴリラだけを狙って熱するように注意させることも伝えておかないとだな。
上手くいくかわからない作戦のために崖が熱くなって凍らない、などということになってはならない。
凍結があって初めてセラが狙いを絞れるのだから。
ドラゴン形態に変身したリリィが向かって右の崖を、ユリナが左の崖を担当する。
王国軍の火魔法使いも30人以上集まったため、半々にしてそれぞれの崖に付かせた。
登り来るメカゴリラ、そこへ撃ち込まれる大量の熱、やはり溶け出したりはしないもののかなり膨張しているはずだ、あとは……
「そろそろ良いだろう、精霊様、こっちの崖に居る奴からかましてやれ!」
「それじゃ、いくわよぉ~っ!」
精霊様の発生させる膨大な水、その温度は外気温によってかなり冷やされた状態で出現するに違いない。
先程もあっという間に凍り付いていたからな。
そしてその水が、炎で炙られても平気な顔、というか表情が無いのだが、とにかく余裕で崖を登るメカゴリラの一団にぶっ掛かる。
急激に冷やされたゴリラの装甲、あまりの温度差にヒートショックを起こし、ひび割れが生じているのが確認出来た。
硬い敵を倒す際にはこの方法が最もポピュラーだ、実際に試すのはもちろん初めてだが……
「あら、割れちゃってるわね、じゃあこっちの崖の奴等も同じようになるのね」
「うむ、大変上手くいったぞ、これなら通常攻撃でもダメージが通るだろうよ」
反対側の崖にも冷たい水を落とし、メカゴリラをバッキバキにしてやる。
欲を言えばこれで崩れ去って頂ければ、というところであったが、そこまで都合良くはいかないらしいな。
ただ、明らかに登るペースが落ちている。
というよりももはや先に進めていない個体が多い。
「アッツアツにしてから急に冷やすとああなっちゃうんですね」
「そうだぞ、今度カレンで試してみようか?」
「ひぃぃぃっ! 割れちゃうのはイヤですっ!」
とりあえずお馬鹿なカレンをいじって遊ぶ余裕が出てきた、あとはひび割れゴリラを殲滅していくだけの簡単なお仕事だ。
もちろん飛び道具が使えない俺は何も出来ないが……
「セラ、まだ動いている奴を中心に狙うんだ、その他に飛び道具が使える者は残った奴等に全力で浴びせてやれ」
最も近くまで来ていた最優秀ゴリラに対して雷魔法を撃ち込むセラ、それに続き、魔法や矢が雨のようにメカゴリラ軍団を襲う。
やはり効果があるようだ、ひび割れた装甲の隙間に攻撃がヒットしたゴリラは力を失い、そのままがけ下へと落下して行く。
「これでラストね、えいっ! はいおつかれさま」
「今ので24体か、てかアレが新型だよな? 明らかにこの間のと違ったし」
「でしょうね、でもあんなのがあとどれだけ居るのかしら……」
この場は何とか凌いだものの、次から次へと似たような攻撃を繰り出されたら身が持たない。
いつかこちらの体力が尽き、ここに押し寄せられてしまうはずだ。
そして、今の24体が全滅したことを知った敵はさらに強力な攻撃を準備しているに違いない。
果たして次はどう攻めてくるのか、気がかりなところである。
「勇者殿、ここは一時撤退し、明日の朝また同じような攻撃を仕掛けるべきだと思わんかね」
「そうだな、暗くなると敵の姿が見えないだろうし、何よりも寒さで魔法使いの体力を持っていかれている、あまり無理をすべきじゃないな」
ということで、今日のところはこのぐらいで勘弁してやることとなった。
本陣に帰ったらより効率の良い戦い方を探るための会議をしなくてはならない。
とにかく早く戻ろう、寒い……
※※※
「チクショウ、今回は良い野営スポットが取れなかったな」
「しょうがないじゃない、攻撃部隊以外は先に陣取っていたんだから、我慢するしかないわね」
「にしてもここは吹き抜けだぞ、おぉ寒い寒いっ!」
地図で○印が打たれた地点、つまり今夜の野営スポットに帰る。
岩陰の良い位置は他の部隊に占領され風通しの良い残念な場所しか空いていなかった。
馬車だけは本陣近くの集積所に移動されていたため、それを回収して野営の準備を始める。
その前に俺は本陣での会議に出席しなくちゃならんのか……
「勇者様、もう会議が始まるって、早く行きましょ」
「へいへい、じゃあ行こうか、お泊りセットの準備は皆に任せるぞ」
会議に出るのは俺とセラ、そしてマリエルも出るはずだが、馬車を取りに行ったとき既に捕まってしまい、今は本陣に居る。
「おぉ、ゆうしゃよ、本日はご苦労であった」
駄王がお馴染みの台詞で俺達を迎え入れる、ご苦労であった以外に掛ける言葉はないのであろうか? このボキャ貧めが。
「勇者よ、メカゴリラの新たな倒し方がわかったとのことじゃが、それを説明してくれぬか?」
「ん? ああ、温めて一気に冷やすだけだ、特別なことは何もしていないぞ、そのぐらいゴリラでも出来るはずだ」
「ふむ、では火魔法使いと水魔法使いを掻き集めて1つの部隊を創っておこうかの」
「欲を言えば氷魔法使いなんだがな、さすがに居ないか」
「いや、精鋭部隊に何人かおったの、奴等はレアじゃから賃金が高いでの、そうそうは雇えるものではないのじゃが」
氷魔法使いが全く居ないということではないらしい。
だがあの作戦であれば水魔法で十分だ、極寒の山岳地帯だったのが良い方に働いたな。
「でじゃ、他にあのメカゴリラを倒すのに都合の良い方法を提案する者はおらぬか?」
誰からも手が挙がらない、というかそもそもほとんどの連中は今日始めてアレの姿を見たのだ、その時点で有効な倒し方など思い付くはずがない。
これは明日以降も地道に温冷作戦でいくしかないかな……
「ふぅ~む、では火魔法水魔法部隊は良いとして……何じゃ、外が騒々しいの……」
確かに先程から少しやかましいとは思っていた。
もちろん一般兵が騒いでいるだけだと考えてスルーしていたが。
だが良く考えてみよう、ここは王侯貴族の居る本陣、その周辺で馬鹿騒ぎをするような兵士が居るとも思えない。
そう考えたところに、一般ではない、下士官クラスのおっさんが本陣テントに飛び込んで来た……
「大変です!」
「何じゃ? 何があったというのじゃ?」
「この野営地が敵に囲まれております! 数は500、全て銀色のゴーレムのようなゴリラのような……」
「結構ヤバいやつじゃん……というかマジでアウトだろ」
ゴリラは突如として前後の街道から現れたという。
きっと崖を登って来たグループと反対側に回り込んだグループが居たのだ。
というか攻撃作戦のときに崖を当たり前のように登って来ていたんだ、こういうケースを考慮しておくべきだったぜ。
「拙いな、一般の兵士じゃ勝ち目はない、さっさと下がらせて俺達と筋肉団で対応しよう」
「勇者よ、前に進んでも崖があるだけじゃ! 戻る方角を重点的に攻め、退路を開くのじゃ!」
「わかった、今日来た側だな!」
外に出る、野営地の至る所でパニックが発生しているようだ。
「おう勇者殿、筋肉団員は既に対応に出ているようだ、先に行っているぞ!」
「わかった、俺達も他の仲間と合流したらすぐに行くよ!」
仲間の下へ戻り、事情を説明して全員を連れ出す、当然馬車も一緒だ。
このまま戻る側の敵を蹴散らし、一気にこの野営地から離脱する作戦である。
「でも勇者様、私達があの攻撃地点で囲まれるならまだしも、どうしてここが狙われたんでしょうか? どうやって場所を知ったんでしょうか? どのルートで……」
「マリエル、それを考えるのは後だ、今は全力で戦わないと、考えるための頭が吹っ飛ばされてしまうぞ」
考えるのを先延ばしにしたのではない、考えたくはないのだ。
この現象、そして待ち伏せされたりゲリラにストーカーされたり。
王国軍の中にわざわざ情報を漏洩している馬鹿が居るとしか思えない。
とにかく、今はゴリラ軍団をどうにかするのが先だ……




