205 蛮族の地
行軍初日の夕方、全軍が滞在可能な程度の広さがある草原に陣を張った王国軍は、その日の疲れを癒すべくある者は横になり、ある者は支給された携帯食を齧ったりと、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
もちろん俺達は会議である、めんどくせぇ、そんな曖昧な地図なんか見せられても何もわかりませんよ。
というかまだ敵の本拠地まで10分の1も進んでないじゃないか……
「なぁ、俺はこの先の予定に関してはちんぷんかんぷんだ、だから馬車に帰って良い?」
「ダメじゃ、こういう会議は出席することに意義があるんじゃよ」
「うぜぇ~」
スマホも携帯ゲーム機も無いこの世界での無意味な会議はこのうえない苦痛をもたらすものだ。
特にババァの話が長いんだよ、1人でブツブツ喋りやがって、三途の川の渡し舟でも事前予約しているのか?
「……ということじゃ、これから若干東に逸れ、蛮族の地を目指すこととする」
「何だよ蛮族って?」
「勇者よ、おぬし一切話を聞いておらんかったようじゃの」
「今更そんなことに気付いたのかよ、はい、もう1回説明して」
「良いか、蛮族というのは我らペタン王国王家の姻族が治める北方民族じゃ、そこに王妃が滞在しておる」
「王妃って、マリエルママってことか?」
「その通りじゃ、それでの……」
ペタン王国の王妃、つまり駄王の嫁でマリエルの母親という身分なのだが、戦乱で実家の後継者が絶えてしまったため、3年前から一時的に帰省してその蛮族とやらの国の王座に就いているのだという。
確かにこの国の王妃は一度も登場したことがなかったな、マリエルやインテリノ、それに駄王からも一切話は出なかった。
それゆえ遠の昔にくたばってしまったものだと思って俺からも話題には挙げなかったのだが、まさか蛮族の地を治める女王だったとは……
「んで、その蛮族とやらに協力を要請するってのか?」
「いや、さすがにそこまでは出来かねる、大きな国ではないのでの、そこへは物資の補給をしに立ち寄るのじゃ」
「それだけ?」
「ではない、その地より進軍すれば敵の本拠地を後方から叩くことが出来るのじゃ……というのが今話しておった内容じゃ、他の者は良いな?」
「俺はわかった、でも駄王が寝ているぞ、会議の最初から……あ、屁こいた」
「・・・・・・・・・・」
そんな感じで会議、というか総務大臣からの一方的な説明が終わり、列席者達は自分の兵が居る陣地に帰って行く。
俺は今日の戦闘で捕獲したスナイパー、イレーヌのことを伝えてから戻らなくてはならない……
「おいババァ、今日捕まえた奴のことなんだが、ちょっと良いか?」
「うむ、伝説のスナイパーにして大盗賊のゴルパンヌ13世じゃろ、良くぞ捕らえた」
「いやいや、その13世とやらは弟子であるイレーヌ自身が殺したらしいんだ、掟だって」
「ということは?」
「14世を襲名したそうだ、だがまだ実戦経験は乏しかったみたいでな、俺の力でイチコロだったぜ」
「……おぬしの話はかなり盛ってあるのが常じゃが、とにかく捕らえたのなら好きにせい」
イレーヌは俺には懐かない、というかマリエルが雇ってやるといったのだからマリエルの責任で使っていくべきだ。
もっとも師匠から受け継いだという自由報道教団との契約がまだ来月まで残っているということだし、それまでは王国軍の捕虜という扱いで良いであろう。
そもそも今回の戦争が1ヶ月やそこらで終わるとも思えないしな……
「じゃああの子の身柄はこの戦争が終わるまではこっちで拘束しておく、その後はマリエル付きの何かとして王宮で使って貰うことになるかもだから」
「うむ、その件は戦後にこちらで処理しておこう」
ということで俺達の野営地、というか馬車が停めてある所へ帰る。
人数が少ないため筋肉団に割り当てられた場所の隅を間借りしている感じだ。
野郎共の盛り上がる声がうるさいのがネックなのだが……
「あらおかえりなさい勇者様、そろそろ夕飯の準備が出来るみたいですよ」
「ただいまマリエル、わかった、それでイレーヌの奴はどうしているんだ?」
「まだ縛ったまま馬車の中に座らせてあります、マーサちゃんが世話をするそうですよ」
「そうだな、気が立っているみたいだし、俺は近付かないでおくよ、食事は誰かが運んでやるんだ」
「ええ、それとこのルート……もしかして蛮族の地へ向かっていませんか?」
「そうらしい、そこに王妃が居るんだってな、どんな感じの人だ?」
「見ればわかります、とにかく間合いには入らないようにして下さい」
間合い? もう明らかにヤバい奴なのだが、だがそういう人物にはもう慣れた、上等ですよ。
「夕飯の準備が出来ましたよ~、勇者様はまだ……帰って来ていたんですね、あっちで食べましょう」
アイリスは置いて来たためミラが適当に食事の準備をし、それを皆で食べる。
といってもほぼ干し肉と缶詰だ、主食は支給されたサンドウィッチ、ひもじい。
その後は本陣に用意された風呂に浸かり、1日の疲れを癒した。
さて寝ようかというところで敵の夜襲、しかも決死隊気味の雑魚が20人だそうな。
どうでも良い、対応は一般の兵士に任せて俺達は寝てしまおう。
毛布に包まって目を閉じる、あっという間に意識が遠のいた……
※※※
「ん? もう朝か、おはようセラ」
「おはよう勇者様、というかどうしてそんなにぐっすり寝ていられたわけ?」
「何が?」
「昨晩は小規模な夜襲が7回もあったのよ、本陣に行ってごらんなさい、敵の死体が積まれているわよ」
「そいつは大変だ、で、セラは起きて戦ったのか?」
「……面倒だったから行かなかったわ」
そうであろうそうであろう、数十人の夜襲程度であればこれから先も毎日のようにあるはずだ。
いちいち俺達が起きて対応しなくてはならないような事案ではない。
だが昨晩通しでどのぐらいの人数が襲って来たのかは気になるな……ちょっと死体置き場の様子を見に行ってみよう。
一向に起きる気配のないルビアをわざと踏み付けながら専用テントを出、本陣前のスペースへと向かった、もちろんセラも一緒にだ。
それと食って寝てかなり回復した精霊様も同行する、生き残りが居たら処刑したいらしい。
「おうおう、結構な数だな……200体ってとこか?」
「そのぐらいね、残念ながら全部死んでいるわ」
近くで見張りをしていた兵士に昨晩の状況を聞く、どうやら攻撃を仕掛けて来ているのは敵軍、というか自由報道教団の正規兵ではないらしい。
この付近に住む者の中から賛同者を募り、それを煽り立てて良いように使っているらしいのだ。
中には王都でしか購入出来ないアイテムを持っている襲撃者も居たとか、敵は案外近くに居たということだ。
そして、その近くに居た敵が集結し、王都を出たばかりの俺達に攻撃を仕掛けているのが現状である。
「しかしどうしてあんな連中に味方して命まで捨てるかな? どうも信じ難いのだが」
「自由報道教団だってついこの間まではまともだったらしいじゃない、おかしくなったのに気が付かない人達がいても不思議じゃないわよ」
セラの予想はもっともだ、昔の真っ当な自由報道教団を強く信じていた連中がその主張をおかしいと判断するのは難しいかも知れない。
かといって自らの住む王国の言うことを一切聞き入れず、こうやって国軍にちょっかいをかけるような人間は死んでも構わないであろう。
せめてもう少しどちらの言い分が正しいのか調べてから行動しろよな……
「おぉ、ゆうしゃよ、そろそろ出発じゃぞ」
「おい駄王、死体の山に登ってウ○コするんじゃねぇ」
「何を言う、これぞ勝利の証というやつじゃ」
「汚ねぇ勝利だな、というかまだまだ戦いはこれからだぞ」
「うむ、その通りじゃ」
軍が動き出す素振りを見せたため、急いで仲間達の下へと戻った。
ここから3日かけて蛮族の地を目指すとのことである……
「ルビアは起きないのか? そのまま馬車に運び込もう」
「じゃあイレーヌちゃんの隣に寝かせておきましょうか」
目を覚ます気配がないルビアをミラと2人で抱え、馬車の床に縛って転がしてあるイレーヌと添い寝させる。
ちなみに布だけはしっかり敷いてあるから清潔だ。
しばらく御者はジェシカが務めることとし、馬車を走らせて北へと進む。
完全に復活した精霊様は今日も先陣を切って偵察任務に出ている。
時折前方で攻撃を放つ様子があることから、この先にもゲリラ的なのがかなり隠れているようだ。
本当に鬱陶しい連中だな……
「たぶんこの先イレーヌちゃん以上の敵は出ないでしょうね」
「マリエルはどうしてそんなことがわかるんだ?」
「さっき聞いておいたんですよ、まともな傭兵でこっちに出張っているのは暗殺タイプの自分だけだって言っていました」
「そうか、それなら蛮族の地に着くまではゆっくり出来そうだな」
その後、王都から自由報道教団の総本山に向かう道を外れたためか、あるところからパタリと襲撃を受けなくなった。
そして3日後、王国軍はようやく目的地に到着したのである……
※※※
「マリエル、あそこが蛮族の地の入口だな?」
「ええ、そうです」
「で、門の前に立っている女共が蛮族なんだな?」
「その通りです、ちなみに真ん中のが私のお母様です」
「・・・・・・・・・・」
馬車の進む先にある木で出来た門、その前には11人の女性兵士らしき人物が立っている。
全員ビキニ様の鎧を装備し、露出が凄い、というか四捨五入すれば全裸だ。
そのなかで一際目立つ真紅のビキニを身に着け、首に巨大なヘビを巻いている女性、マリエルの母親、つまりペタン王国の王妃だそうな。
もう何でもアリだな……
馬車が近付くと、マリエルが窓から顔を出して手を振った。
それに気付いたアマゾネス……じゃなかった王妃、全力でこちらに駆け寄ってくるではないか、速い!
「マリエルゥゥゥ~ッ! 元気だったかマリエル!」
「ええ……たった今お母様に締め上げられるまでは元気でした……息が……出来ま……せん」
「おぉ~っとすまない! 久しぶりにマリエルの姿を見て興奮してしまった、ほら、もう大丈夫だ!」
いやいや、あんたの首に巻きついていた大蛇が依然としてマリエルを締め上げているんですが……あ、呑み込もうとしていやがる。
噛まれないように慎重に大蛇を引き剥がし、その辺にリリースしておく。
アマゾネス王妃の首に戻るようだ、温かいからかな?
「さぁさぁ、王国軍と、それから君は異世界勇者だね、里の中に入りなさい」
「あ、どうも、異世界勇者アタルです」
「そうかそうか、では君は後で私と勝負しなさい、もちろん真剣でだ!」
「……意味がわかりません」
俺が王妃の迫力に気圧されているうちに、後続の王国軍はどんどん蛮族の地へと入って行った。
今日はまともに屋根がある建物に泊めてくれるらしい、よくわからない勝負さえなければ有り難い話だ。
ほぼほぼ木で出来たホールのような建物に案内され、中に荷物を置いてくつろぐ。
俺達はちゃんとした建屋であるが、一般の兵士達は簡易の休息所で野営するという。
さすがにそこまで人数が居ない蛮族の地で7万を越える兵士をどこかへ収容するのは厳しいようだ。
しばらくするとエッチな装備の蛮族女性兵士1人がやって来る。
ちゃんとした建物に泊まる組は里中央の公会堂で会食をするそうだ。
面倒だが、これにマリエルを行かせないなどということは出来ない。
となると必然的に俺も、そして他のパーティーメンバーも参加することとなる。
まぁ仕方が無い、準備が出来たらすぐに向かうと伝えておいた。
ちなみにイレーヌは侵入者などを捕らえておく用らしい牢屋に入れたため、特に心配は無用だ。
「さて、それじゃあ公会堂だったか? とにかく行くとしようか」
「ご主人様、お肉はありますかね?」
「蛮族といえば肉、肉といえば蛮族みたいなところがあるだろう、安心すると良い」
「やった! じゃあ早く行きましょう!」
公会堂がどちらなのかもわからない状態で走り出すカレンをどうにか引き留め、蛮族のおっさんに案内されて会食へと向かった……
※※※
どうして食事会場にステージがあるのか? どうして剣が2本用意されているのか?
あれか、あの上で豚の丸焼きとかを切って皆に振舞うんだな、きっとそうに違いない、いや、そう思わないとやっていけない。
『お集まりの皆様、本日は我々の里にお越し下さいまして誠にありがとうございます、お食事の前にちょっとした余興があります、お楽しみ下さい!』
「勇者様、ほらほら出番ですよ」
「いや、豚の丸焼きじゃないのか? 俺がステージの上で捌かれるのか?」
「まぁ、お母様に負ければそうなるかも知れませんね……」
「ひょぇぇぇっ!」
マリエルに腕を引っ張られてステージに上がる(強制)、どうしてこうなった。
「異世界勇者アタル君、やる気満々じゃないか、さ、早く剣を取るんだ」
「全然そんなことないんですが……あ、これガチでガチモンの真剣じゃないですか!?」
「そうだ、我が里では模造刀のような軟弱なものは使わない、だが安心するんだ、回復魔法使いも用意してあるからな」
「・・・・・・・・・・」
寸止めとかではなくどちらかが斬られることを前提とした準備がなされているらしい。
マジでこの連中はヤバい、ここに滞在していたら戦場に居るよりも寿命が短くなりそうだ。
仕方なく剣を手に取る、軽い、かなり良いもののようだ。
切れ味も抜群なんだろうな、きっと……
「では始めよう、その前に自己紹介からだな」
「え~っと、俺はアタル、皆さんご存知異世界勇者です、今後ともよろしくお願い致します、今日この場で死ななかったらの話ですが」
「うむ、私はペタン王国の王妃にしてこの里、王国の人間は蛮族の地と呼んでいるようだが、とにかくそれを治めし者、テリノエルだ、よろしく! 参るっ!」
「えっ!? ちょ、早いですって!」
挨拶と同時に斬り掛かる王妃テリノエル、よーいどんで始め、とかそういう概念は持ち合わせていないようだ。
しかしかなり大振りの攻撃だな、これを避けるぐらいは容易い……危なっ! 斬ると見せて剣を並行の位置で止め、そのまま突きを繰り出してきた。
俺の左脇腹を狙ったその突きを、体を捩ることに寄って辛うじて回避した。
しかしこれで俺のバランスはガタガタである。
返す手でそのまま背中を斬ろうとする攻撃を避け切れず、上着がバッサリ裂けてしまった。
しかもどうやら背中に薄い傷を貰ってしまったようだ、血が出ている感触がある。
「どうした異世界勇者君、背中が見えているぞ」
「いえ、こういうファッションです」
「ほう、まだ余裕があるようだ、だが次はどうかな?」
次は脛の辺りを狙った水平の斬撃、と見せかけて下から俺の正中線をバッサリいくつもりのようだ。
そんなことをされたら珍が半分になってしまう、ダブル珍はイヤだな……
体を限界まで反らせてそれを避ける、何かこういうフィギアスケートの技があったような気もするのだが、今はそんなことを考えている余裕がない。
そのまま後ろに倒れながら右足を出し、王妃の膝を蹴り上げた。
当たった……いや掠めただけのようだ、王妃の膝から転んで擦り剥いたかのごとく血が流れ始める。
これはたいした傷ではない、だが、なぜか左の膝から流れる血を手で払おうとする王妃、そのために屈んだ瞬間、一瞬の隙が出来た。
そこを見逃さず、剣を持った右腕、その先にある肩口に俺の持つ剣のグリップを叩き付ける……
「あがっ! ったぁ~」
『勝負ありっ! 両者離れよ!』
衝撃で剣を落としてしまった王妃、次の一瞬で俺が斬り付けさえすればそれを回避することは叶わなかったであろう。
審判が試合を止め、俺の勝利が確定した、両者元の位置に戻り、お互いに頭を下げて試合終了である。
「いやはや、やられてしまったよ、油断はするものではないね」
「しかしどうしてあの程度の血を気にしたんですか?」
「ん? この足首に付けているミサンガを汚したくなかったんでね、私がここへ来る前にインテリノが作ってくれたものなんだ」
「……そういうことでしたか」
そのミサンガの件がなければこの試合はどうなっていたかわからない。
というか体力的に長期戦になったら俺の方が不利であったはずだ。
とにかく回復魔法を受けて傷を癒し、ステージを降りて自分の席に戻る。
「あ、そういえばちょっと着替えだけしたいんですが」
「おや、そういうファッションではなかったのかね?」
「いやマジで、ちょっと寒いし……」
着替えをし、出された料理を口にしながらキツい酒を飲む。
蛮族の地ということではあるが、ちゃんとマーサが食べられる料理も用意されていた。
野菜の減りの早さにコック達が若干驚いていたようであるが……
カレンは念願の肉にありつけたし、ルビアやジェシカ、それに精霊様も度数の高い酒に満足しているようだ。
リリィはなぜかテリノエル王妃が首に巻いていた大蛇と大食い対決をしている、言葉が通じるのであろうか? 爬虫類語?
「王妃様はマリエルちゃんや王子と話をしているみたいね、私達は……」
「セラ、ガン無視されている駄王を慰めに行くぞ」
「それ以外の選択肢がないわね」
駄王と一緒に酒を飲みながらどうでも良い話をする。
しばらくするとコック達が巨大な葉っぱを持ち込み、ここには呼ばれていない一般兵に振舞うための料理を包み始めた。
酒も料理もなかなかのものだ、とても蛮族と呼んで良い連中ではないな。
その日は夜遅くまでゆっくり飲み、良い感じになったところで割り当てられた宿舎へと戻る。
マリエルは帰らないとのことなので、残りのメンバーだけで布団に入った。
明日は物資の補給か、ここにはいつまで滞在するんだろうな……そういえば俺達、戦争のために行軍していたんだった。
ここへは平和になったらまた来よう……




