202 裏で糸を引いていたのは
『え~、まもなく王宮前広場にて公開拷問処刑が執り行われます、興味のある方はぜひ見に来て下さい、繰り返します……』
「どうして宣伝してんだよそんなもん!」
「あら、面白いからに決まっているじゃないの」
王宮前の広場で行われることが多い公開処刑、やるとなればすぐに告知がなされ、多くの家族連れで賑わう一大イベントとなる。
その感覚だけは未だに理解出来ない、というか順応することが出来ないのだが、これがこの世界における常識だと言われれば特に文句を垂れる筋合いはないのだ。
で、今日の公開拷問処刑は2人、1人は『茶葉香る世界の紅茶ショップ』のオーナー、そしてもう1人は先日俺達がはじめたばかりの店に取材をし、散々扱き下ろす記事を書いた雑誌記者。
両名ともクソとしか言いようがないメディアであるフェイクティップス社、その中でもこの王都を中心に活動をしていると見られる雑誌、週刊大王都の関係者である。
連中のアジトは午前中に俺達や筋肉団の襲撃によって押さえられているものの、更なる情報の取得に期待して、この2人には1時間後に体が破裂して死ぬ超強力自白剤がこの後投与されるのだ。
だが、その前に普通の拷問を衆人環視の中で執り行う。
苦しんで、苦しみぬいて死ぬが良い……
「勇者様、私達には今回もVIPルームが用意されているみたいですよ、すぐそこの高級ホテルの2階だそうです」
「うむ、なかなかハイクラスなルームのようだな、まさに俺のような伝説の勇者に相応しいといえよう」
「ろくでもない異世界人は放っておいて早く行きましょ」
「あ、おいっ! ちょっと待ってってば!」
仲間に置いて行かれそうになりながらも必死で追い付き、指定された部屋に入ってくつろいだ。
今日は午後一杯ここでまったり過ごすこととしよう。
「そういえばマリエル、今朝地下施設で捕まえた連中はどうするんだ? てっきり一緒に処刑だと思っていたんだが」
「今は王宮の方で基礎拷問中だそうです、それで吐かなければ応用拷問、それでもダメなら公開拷問処刑になりますね、早くて明後日ぐらいでしょうか」
基礎拷問……応用拷問……およそ理解し難いワードがさらっと飛び出したではないか……
「ご主人様、始まるみたいですよ、こっちに来て一緒に見ましょうよ」
「まぁまぁルビアちゃん、勇者様はテーブルでお酒を飲む方が良いみたい、ルビアちゃんもどうかしら?」
「う~ん、じゃあ私もそっちに行って飲みます」
「主殿、私も飲んで良いか? 帰りは代行運転を呼ぼう」
「ええぞ、好きなだけ飲め、どうせ酒も代行もタダ、というか王宮の金だろうからな」
拷問だの処刑だのはガン無視して飲み会をする流れに持っていったセラに感謝しておこう。
昼食を取ったばかりでそこまで腹が減っているわけではないが、気持ち悪いショーを見せられるよりは幾分かマシである。
外からは早速『貴様等の本拠地を吐け』などという拷問吏の叫びが聞こえてきているが、これであの2人が白状しないのは規定路線だ。
本命の超強力自白剤は3時間後を目途に使用許可が下りるらしい、それまでは集まった民衆向けの残酷ショーということだな。
「ご主人様、高級ヒレ肉のステーキとかいうのを頼んで良いですか? 600gのやつ」
「あ、私も~っ!」
「カレン、リリィ、お前らさっき食ったばっかだろう、まぁ別に構わんが、こういう腹になっても知らないぞ」
「あひっ! 主殿、脇腹を抓るのはやめてくれないかっ!」
ジェシカのプニプニ脇腹を抓み食べ過ぎの恐怖を2人に伝えんとする。
だがそんなことは一切気に留めないようだ、カレンもリリィもやっぱり1kgのステーキに500gのハンバーグが乗ったセットに変更するらしい。
しばらく待つと見ているだけで腹一杯になりそうな肉の塊が乗った皿が2つ運ばれて来る。
これを作った厨房スタッフも何かがおかしいと思わないのであろうか?
と、そこで精霊様が酒のボトルを1本持ち、窓から出て行こうとした。
「どこ行くんだ精霊様?」
「ちょっと拷問に参加したくなったのよ、あれじゃ痛め付けが足りないわ」
「良いけど、間違って殺してしまったりするなよ、まだ何も情報を吐いてないんだから」
「わかっているわよ、任せておきなさい」
そう言って出て行ってしまった精霊様、本当に大丈夫であろうか……すぐに外から響く囚人の悲鳴がより凄まじいものに変わった、頼むから余計なことはしないでくれよ……
その後、マーサが大根ステーキを、カレンは追加の肉を、そしてリリィはたるに入った酒を頼み、皆心ゆくまで飲み食いをしていた。
それから3時間ぐらい経過したであろうか、遂に本日のメインイベントに関するアナウンスが入る
『お集まりの皆さん、この2人はどうも口が堅いようですね、いやはや困ってしまいました、しかぁ~しっ! 我がペタン王国に伝わる伝説の秘薬超強力自白剤を使えば話は別です!』
一斉に盛り上がる観客達、どう考えてもその超強力自白剤がどういうものなのかはわかっていない。
とりあえず司会進行役のおっさんに乗せられて騒いでいるだけだ。
『この自白剤、もちろん単なる自白剤などではございません! なんとっ、使用後1時間程度で投与された者の体が膨張、そして破裂してしまうというなんとも恐ろしいものなのです!』
さらに盛り上がる観客達、今の説明で喜び出す時点で相当に下劣な愚民共に違いない……ステージの上にいる精霊様も狂喜乱舞しているようだが。
『はいではいってみましょう! まずはこちらの紅茶野朗からですっ!』
俺からは見えない位置であるが、その場面を見届けたユリナによると、何やら注射器のようなもので首筋に液体を注入したらしい。
特にグロテスクとかそういうこともなさそうだ、ここはちょっと俺も見て……
「見て下さいですの、もう顔がメコメコしてきましたわよ、面白いですわ!」
やはりやめておこう、ここからは音声だけでお楽しみくださいといった感じである。
『さぁ言えっ! 貴様等の本拠地はどこだ?』
「本拠地……本拠地は……紅茶の店、紅茶の……」
『じゃねーよこのゴミカス! 週刊大王都、フェイクティップス社の本拠地を言いやがれこのくたばりぞ損ないがっ!』
「それは……知らない、自分は何も知らない……記者や編集者しか知らない……」
『お聞きでしょうか? なんとこの男、何も知らずにあんな不当かつ不法な店を経営し、連中に協力していたのです、本当にゴミ以下の下等生物ですね』
どうやら紅茶店のオーナーは単なる外部委託の人間のようだ。
きっと何らかのインセンティブを提示されて協力しただけなのであろう。
アレから聞ける情報はもう無い……いや、もう1つあったな……
「マリエル、ちょっと良いか?」
「はい何でしょう?」
「最初の紅茶店や次の氷店、それから俺達の店は攻撃されたうえに業態をパクられただろ?」
「ええ、そうですね」
「となると王都の中には他にも同じ目に遭った店があるかも知れない、それをアイツから聞き出せないかな?」
「う~ん、今ならまだ間に合うと思いますから、ちょっと兵士に頼んでそのように伝えさせますね」
すぐにいつもの伝令兵が現れ、マリエルが今の件を伝える。
走り去る伝令兵、このぐらいの時間ならまだ間に合うであろう。
最悪もう1人、雑誌記者のおっさんの方に聞けば良いことだしな。
伝令兵はすぐにGM(拷問マスター)の下へ辿り着いたようで、司会進行役の質問が変わる。
既に顔の形が原形を留めないほどに変化し、朦朧としているらしい紅茶店の店主、その声は消え入るように小さく、魔導拡声器を通じても俺の耳には供述が聞き取れない。
「リリィ、聞こえたか?」
「聞こえました、5個のお店の話をしていましたよ、あと他にもあるらしいけど知らないって」
「そうか、じゃあその5つに関してはすぐだな」
外がガヤガヤと騒がしくなる、今話に出た店舗を強制捜査するために兵士が動き出したようだ。
観衆からはやはりあの店は、というような声が聞こえてくる。
そこへ、ボンッというような破裂音、一瞬で静まり返る王宮前広場。
紅茶店のオーナーの体が破裂したのだ、なんとも無様な最後である、ざまぁみろ。
『はい皆さん、不潔な野郎の不潔な血飛沫が飛び散ってしまいました、ですがもう一度同じことが起こりますよ、掛かりたくない方は黄色い線の内側までお下がり下さい』
ここからは一時ステージの清掃が行われるらしい、つまり休憩タイムだ。
外に出ていた精霊様も窓から戻って来る、本当に行儀の悪い奴だ……
「なかなか楽しかったわ、面白い話も聞けたし」
「面白い話?」
「どこかにある連中の金庫の鍵番号、記者の方を殴っているときにこっそり聞いておいたわ」
「でも金庫が見つかっても国に押収されるだろ? 鍵番号なんか聞いてどうするんだよ」
「鍵番号自体を売るの、どう足掻いても人間の力で壊せる鍵じゃないらしいし、吹っかけてやるわよ」
悪い精霊だ、しかしまずはその金庫、というかそれがある連中の本拠地を見付けないとだ。
ここから記者の方のおっさんが何かを吐くことに期待しよう、ちなみにもうゲロは散々吐いているらしい。
『お待たせしました! ではいよいよもう1人、週刊大王都の記者に自白剤を投与します、はい、お願いしますっ!』
GMによって超強力自白剤が投与されたようだ、観衆の盛り上がりが一際大きくなる。
そしてすぐに司会進行役による質問が始まった……
『おい貴様、もちろん本拠地の場所は知っているんだよな? バイトじゃねぇもんな? さっさと答えやがれこのハゲ!』
なお、雑誌記者のおっさんはハゲではなかった、しかし先程精霊様による拷問で、その頭皮ごと髪の毛を毟り取られたそうだ、面白いことをしやがる。
で、そのハゲ、何かを話し始めるようだ……
「我らの本拠地……本拠地は、自由報道教団……教団総本山……」
『え? あ……あの、本当に?』
観衆はまた静かになってしまった、戸惑いを隠せない司会進行役、一体自由報道教団とは如何なる組織なのであろうか?
「そんな……まさかあの教団が関与しているなんて……」
「これは恐ろしいことになってしまったな」
マリエルとジェシカも驚愕している、だから何なんだその教団は?
「マリエル、その自由報道教団とやらについて詳しく教えてくれないか?」
「あ、勇者様は知らなくても無理はありませんね、自由報道教団というのは……」
自由報道教団の始まりはなんと500年以上前、国家や権力者の弾圧に負けず、一般人に真実な情報を伝えるという理念の下に集まったマスコミ関係者の団体らしい。
そして弾圧に負けない、ということを達成するために自由報道教団が取った方策は、完全武装し、弩の国から攻撃を受けても打ち負かせる程の軍事力を擁することであったそうだ。
もちろん当時は正しい理念の下に集まっていたのである。
それに攻撃を仕掛けようとする国家など現われもしなかった。
しかし近年、どうにもその教団が暴走を始めているらしいという噂があったとのこと。
具体的には、あらぬ理由での国家や権力者に対する誹謗中傷、協賛金を支払わない大商人に対する報復とも取れる記事の作成。
もちろん誰かを攻撃するための記事には根拠も無く、提示していたとしても明らかにやらせか捏造。
そしてそれに少しでも反論する権力者が居た場合、言論弾圧だと騒ぎ立ててさらに攻撃を激化する始末だという。
とんでもない教団だな……
「でもさ、その教団は権力者を攻撃してどうするつもりなんだ?」
「どうやら自分達の論調に合った意見、というか言いなりになる人間を指導者に据えるのが目的のようです、そのために革命を煽ったりしているらしいですよ」
「ほうほう、で、大商人に対する攻撃は?」
「協力しない大商人は不要だから破産に追い込もうということみたいです、記事による嫌がらせだけでなく物理的な攻撃も……あれ?」
「うん、王都の事件と繋がってきたようだな、もう一度頼んで今度は零細店舗を狙った理由も聞いて貰おう」
再び伝令兵の出番である。
その後直ちに俺達の意見が通り、司会進行役がその件に関して問い質す。
「王都の店を潰し……潰した後は……別の雑誌……で……」
『その雑誌の名前を言いやがれ! このク○ゴミ捏造雑誌記者め!』
「雑誌……の名前……は……ステ……おごろばっ!」
「おい、何だ? どうなったんだ?」
「死んだわ、でも時間も早いし、そもそも破裂していないの、おかしいわね」
確かにまだ自白剤投与から30分も経過していない、それに体が破裂しないということは、自白剤ではなく何か別の要因で死亡したと見るのが妥当であろう。
しかし何が起こったというのだ? 精霊様の拷問がやりすぎであった、とかじゃないことを祈ろう……
「ご主人様、今遠くから何かが飛んで行って、あの人の頭に当たりました、ヒュッ、バシッって」
「あ、私も見えましたよ、向こうの建物の上から飛んで来ました」
カレンとリリィには何かが見えたのだという、ついでにニンジンソテーに夢中になっていたマーサにも聞いてみる。
見てはいなかったが何かが風を切る音、そしてそれがどこかにぶつかる音が広場の方から聞こえてきたのは確かだという。
これは処刑イベント会場の方でも不審に思った者が居たようだ、ウチのメンバーのように何かが見えたり音が聞こえたりといったことではなさそうだが、死に方に不自然な点が多すぎるためであろう。
『え~、本日の処刑イベはこれにて終了となります、お集まりの皆さん、速やかにご帰宅願います』
どうやらステージでも狙撃の可能性に気付いたらしい、パニックを起こさないよう、詳細は伝えずに観衆を帰らせる司会進行役。
何が起こったのかわからないという感じの人々が大半であるが、状況を察した部分があるのか、それともただしじに従っているだけなのか、とにかく解散し始めた。
と、そこへドアをノックする音……王宮付きの兵士が3人である。
「失礼します、異世界勇者殿、このあと少し王宮で会議をしたいとのことですのが、よろしいでしょうか?」
「うん、何かあったみたいだしな、至急向かうことにするよ」
「ハッ! ではお待ちしております」
ということで俺達は部屋を引き払い、俺とセラ、マリエルの3人は王宮へ、他のメンバーは馬車代行運転を頼んで屋敷へ帰った……
※※※
「おぉ、ゆうしゃよ、先程の場面は見ておったか?」
「あ、いや、俺はちょっと見逃してしまってな、その代わりメンバーのうち複数人が異常に気付いていたぞ」
「そうであったか、実はこちらも不審に思って調べてみたのじゃが……あれは暗殺のようじゃ」
「だろうな……」
以前にも似たようなことがあった、ザマスザマスやかましい魔将補佐のおばさんを処刑するために闘技場に引き出したところ、ハンナの雷魔法で真っ黒焦げにされてしまったのである。
しかし今回はかなり地味な暗殺であった、一体犯人は……
「勇者よ、今回の事件の犯人についてじゃが、少し気を付けるべき人物での」
「どんな奴だ、というか人族なのか?」
「人族ではあるが人並みは外れておる、伝説の大盗賊、そして魔法スナイパーでもあるゴルパンヌ13世じゃよ」
何だそのわけのわからんハイブリッドみたいな輩は……
「とにかくその何とかが自由報道教団の一味で、発見したらぶっ殺せば良いんだな?」
「じゃが本当に気を付けるのじゃぞ、いくらおぬしやその仲間が強いとはいえども、油断したところを狙撃されればたちまちやられてしまうでの」
確かにそうだ、どこから狙撃してくるのか全くわからない敵というのはこれまでになく厄介なタイプであろう。
というか俺はこの世界に来る前まで一般人であったのだ、スナイパーを発見してどうこうするスキルなど当然に持ち合わせてはいない。
これはちょっとやべぇかも知れないぞ……
「でじゃ、他の者もよぉ~く聞け、これからペタン王国は自由報道教団との戦争に移る可能性が高い」
王の間に居る50名程の列席者が一様にざわつき出した、そんなに危険な団体なのであろうか?
「総務大臣殿、少しよろしいでしょうか?」
「何じゃゴンザレス、言うてみい」
「勝算はあるのですか? 俺にはとても勝てる見込みがあるとは思えないのですが……」
まさかの弱気発言をするゴンザレス、この男が自信を得られないレベルの強敵であるということだ。
他の者も隣と顔を見合わせ、口々に似たようなことを話している。
「はっきり言って勝算はない、しかし戦わずして連中の良いようにされてしまうというのもどうかと思うのじゃ」
「うむ、確かにそうですな、これは失礼しました」
あっさり引き下がるゴンザレスであったが、その額にはいつものスポーティーな汗ではなく、冷や汗が滲んでいるのが見て取れる。
その後、何も知らない俺のために総務大臣から自由報道教団の本拠地についての説明があった。
場所は北の山岳地帯、その中でも一際高い山の頂上に城を構え、その周囲に50万人を裕に越える報道関係者を中心とした町を形成し、世界各国に記者や編集者を派遣しているという。
教団トップは『メディア王』を自称するフーセ=ツルフという人物らしい。
「敵の総兵力は報道関係者の50万を除いても10万以上、そしてどの兵も冒険者でいうAランク以上の力の持ち主じゃという、恐ろしい敵じゃよ」
「つまりそれ以上も居るってことだよな?」
「そうじゃ、おぬしらが以前討伐した魔将達ぐらいなら秒でシバける兵もおるらしいの」
「……やべぇじゃん」
というかそいつらが俺の代わりに魔王軍と戦って欲しいのだが……
「とにかくこの件はこれより口外禁止とする、来週またここで会議を行うでの、そのときまでに王宮の方針を決めておくゆえ、必ず出席するように」
今日の会議はそのことを伝えるためだけに開かれたようだ。
散会し、各々自宅に帰って行く中、ショックで動き出せないものも何人か居る。
「勇者様、これでは次の大魔将討伐の予定が立てられませんね」
「ああ、すぐに終わるような戦争じゃないだろうからな、ユリナに頼んでエリナに手紙を書いて貰おうか、ちょっと遅くなるってな」
ここからは長い戦いになりそうである、俺はただ面白い店を経営したかっただけなのに、どうしてこうなってしまったというのだ……
これでこの章を終え、次回からは新たな敵との戦いに突入する予定です。




