19 物質魔将との戦いとその後
前半で決着します
「誰だこんなことしやがったのは!」
罠として設置したボックスは確かに残っている。
だがその周辺が問題だ。
吊るしておいた魔将補佐2体は切り刻まれ、ちゃっかり表皮のレアメタルだけ回収されている。
看板は全てバッキバキに破壊された。あ~あ、営業終了の看板は借り物なんだぞ…
状況から察するに、夜のうちにシオヤネンが来て、俺達が居ないことに腹を立てて破壊して行ったのであろう。
全く沸点が低い奴だ。1日ぐらい待とうとは思わないのだろうか?
「ご主人様!落とし穴に下級魔族らしき敵が掛かっています!」
カレンが走ってくる。
そうだった、昨日カレンリリィが落とし穴を作って遊んでいたのだった。
危険だから埋めておくようにと言ったはずだが、埋めずに蓋をしただけのようだ。
2人にはお仕置きを宣告し、落ちた下級魔族を尋問する。
落とし穴は10メートル近い深さだった、とんでもない物を作ったな。
「た…頼む、出してくれないか!」
よくわからん岩っぽい質感の下級魔族が言う。
「質問に答えたら解放してやろう。昨日はシオヤネンがここに来たのか?」
「そうだ、シオヤネン様は勇者が居なかったことに大層お怒りで、ここに落ちた俺は置いていかれてしまった。」
「シオヤネンは何て言ってた?」
「あの方は基本あまり喋らない、確か『24時間やっとけやクソが』とだけ仰っていた。」
「さぁ、もう質問に答えたぞ!早く解放してくれ!空気が薄くなってきた!」
落とし穴はカレンとリリィが責任を持って埋めた。
下級魔族は入れたままにし、この世から解放してやった。
「よし、シオヤネンは今日も現れるだろう。皆警戒を怠らないように!」
ひとまず、ふざけて落とし穴を掘った2人をお仕置きする。尻尾にデカい洗濯バサミを挟んでおいた。
ルビアとマーサがまたしてもエッチな本を読み出す、没収だ。
まるで緊張感が無いのは昨日何も起こらずに終わってしまったのを引き摺っているのだろう。
もう少ししっかりして欲しいところだ。
「勇者殿、防御魔法は張っておいた。今日1日は保つ計算だ。」
シールド君は真面目だった。ウチのメンバーも少しは見習って欲しいものだ。
そうこうしていると、ようやく索敵に巨大な反応が出た。
きやがった、アレがシオヤネンで間違いないであろう。
「おい、来たみたいだぞ!皆すぐに隠れろ!」
配置に付く、徐々に近づいてくる魔将シオヤネン、こそっと姿を確認してみる。
岩塩だ!ピンクの岩塩だった。ゴツゴツしているが、一応人の形をしている。
「まずいわね…おそらく相当塩密度が高い状態よ、かなり固いわ。」
骨密度みたいに言わないで欲しい。
「しかし歩くのが遅い奴だな、何であんなにゆっくりなんだ?」
「早く動くと体が崩れるのよ。特に今はガッチガチのはず。その分動きもゆっくりになるわ。」
どういうことだ?何がしたいのだ?よくそんなので魔将に抜擢されたもんだ。全く、その状態のどこに強さがあるというのだろうか?
『入ってくるわよ!』
かなり待たされたがようやく入ってくるようだ。
ボックスに設置されたドアを黙って開けるシオヤネン。
ごめんくださいとかそういった一言は無いのだろうか?
『チッ!』
また居ないと思ったのか?舌打ちして立ち去ろうとする。本当に態度が悪い。
仕方ない、こっちから声を掛けよう。
「おいっ!敵将シオヤネンだな!」
『誰あんた?』
「勇者だよ勇者!これからお前を倒す。覚悟しろ!」
『ボロいとこ住んでんな。』
「ここは家ではない、お前を倒すための罠だ!畏れ入ったか!」
『あっそ、で?』
「で?じゃねえよ!お前今宿敵の異世界勇者と対峙してるの。わかる?」
『興味ない。』
これはキツい、塩対応の極みである。他でもこの態度を取っているのだとすれば、魔王軍の中で避けられるのも当然であろう。
「もういいっ!セラ、やれっ!」
『何だ?ぶわっっ!』
セラの魔法が反響する。だが少しだけシオヤネンの体を削ったに過ぎない、相当固いようだ。
「はい、注水!」
一気に水を入れる、精霊様の水召喚は凄い。あっという間にボックスが水、いや塩水で満たされる。
水の中で、シオヤネンが気合を入れ、塩を回収しようとしている。
「よし、排水!まだコアは出ていない。排水と同時にセラは魔法を!」
水が抜かれる。シオヤネンの体を一部溶かした水は、排水口から出て、そのまま川のほうへと流れ去る。
このままどんどん塩を遠ざけていこう。
水から出てきたシオヤネンに、再びセラの魔法がぶつかる。防御魔法の壁で兆弾した魔法は、徐々に奴の体を削っていく。細かくして水に溶け易くする作戦だ。
「はい、もいっかい注水!」
何度も何度も繰り返す。シオヤネンは絶叫したりはするものの、何か言葉を口にする様子は無い。
もしかして塩対応なのではなく語彙力がアレなだけなのでは?
20回、いや30回近くそのようなことを繰り返す。
その度にシオヤネンの体は薄くなり、よーく目を凝らすと小さなコア、銀色のコアが見えるようになってくる。
セラの魔法も良く効くようになってきた。
一度の攻撃でほとんど砕け散るようになったのだ。
一旦、攻撃を中断する。
「おやおや物質魔将どの、随分とうすしお味になられたようで、どうですか、気分は?」
『別に…』
「うざい…セラっ!やれ!」
「注水!」
『ぶげろへどふぉわ~っ!』
さらに攻撃を繰り返す。シオヤネンはどんどん薄く、弱くなってきた。
というかどれだけ塩があったんだ?川に流してしまったが、大丈夫だろうか?
ま、被害が出たら駄王と愉快な重臣達に責任を取ってもらおう。
『あがっ!ど…どうでも良い…』
遂に、シオヤネンはその形を維持することができなくなった。
ずっと武器を構えて待っていたメンバーは実に残念そうだ。
だが、まだコア回収の仕事が残っている。
「皆、コアを探せ!小さい銀色の粒だ。見つけた者は帰りにおやつを買ってやる!」
皆必死で探している。俺も探すがなかなか見つからない。
最後、砕け散ったからな…結構遠くに飛んだのかも知れない。
だが、このボックスの中にあるのだけは確かだ。
「あったっ!これだ、見つけたぞ勇者殿!早く小箱に!」
シールド君が見つけてしまった。
彼はおやつを買って貰ってもそんなに嬉しくないだろう…
とにかく、魔力を何とやらの金属製の箱にコアを収納する。中でカラカラ言っているが、復活する様子は無い。
そのうち、静かになった。
「おい、シオヤネン!聞こえているなら返事をしろ!」
『うるさい、静かにしろ。』
「貴様はこれから王宮の宝物庫的なところでずっと保管されるだろう。今のうちに何か言っておきたいことはあるか?」
『特に無い。』
ダメだ、こいつと心を通わせることは出来そうにない…
「今回はこれで終わりだ、コイツはこのまま城に持って行こう。」
「ご主人様、このボックスはどうしますか?」
「ここに置いて行けばいいだろう。きっと兵士が片付けてくれるはずだ。」
その後、ボックスの撤去に掛かった費用の請求書が届いたのだが、王宮宛に転送しておいた。
命がけで魔将と戦った勇者にそんなもの請求しないで欲しい。
※※※
皆で王宮に向けて歩く。結局シールド君にはおやつを買わされた。
要求はなぜか野菜スティックだった。全部マトンに食べさせている。
仲が良いのは構わないが町中でイチャイチャしないで欲しい。
王宮でババァ総務大臣に箱を渡すと、それを箱に入れ、また箱に入れ、と繰り返していた。マトリョーシカですか?
しかしこれで奴の声が外に聞こえることは無くなるであろう。
まぁ、元々ほとんど喋らないのだが…
そのまま、今回の件の報酬が決定されることになった。
今王の間に居るのは俺とセラ、それからシールド君の3人である。
別にリリィや精霊様が居ても良いのだが、2人とも人間ではない。こういったことには興味を示さないようだ。
一応、精霊様の要求だけは俺に伝えられている。
「おぉ、ゆうしゃよ、それではそなたとセラには金貨10枚を授ける。セラよ、本当に1時間だけ巨乳になる秘薬でなくて良いのであるな?」
「王様、死にたくないのであれば黙って金貨を渡してちょうだい!」
「うむ、では受け取るが良い。」
さらにパーティー報酬として金貨15枚を受け取った。シルビアさんにボックスの代金を払わなくてはだが、それでも結構な儲けになった。
魔将討伐万歳である。
「して、ウォール伯爵家3男シールドよ、そなたは金ではなくこの前の羊魔族が欲しいとのことだが、それでよいな。」
「ははーっ!」
シールド君はこの国の貴族の子弟であるため、こんな国王に対しても平身低頭である。
アレにひれ伏すとかメンタルが崩壊する。俺、貴族じゃなくて良かった…
「では、羊魔族マトンをそなたに授ける。危険は無いようだが一応しっかり監視するように。」
「へへーっ!」
ちなみにマトンはそのままウォール家の王都屋敷に住むことになった。
だが、研究所の方は引き止めてきたらしく、実験動物だけはやめ、普通の研究者として働くとのことだ。
伯爵家であるシールド君の後ろ盾もあるし、もうセクハラされることは無いだろう。
エロ学者はほとんど処刑されたしな…
ついでに精霊様が要求していた『まぁまぁなサイズの社』は明日屋敷まで届けてくれるとのこと。
豪華なものになればなるほど賽銭の収益も向上するであろう。
良い物を贈って頂きたいところである。
報酬を受け取り、王宮を後にして預けてあった奴隷達を回収した。
「それじゃ勇者殿、僕達は一旦研究所の方に行きたいからここで別れよう。マトンちゃんの私物もあるし、実験動物の首輪も外させないとだしな。」
「ああ、あと、シールド君もそれを外せ。活躍したんだからもう良いだろう、ギルドに届けておくよ。」
シールド君はこの作戦の間、ずっと『穀潰し』のビブスを着けたままだった。
おそらくこの件で皆の防御魔法に対する見解も少しは変わってくるであろう。
「じゃあな~!今度2人で遊びに来いよ~っ!」
「わかった、また何かあったら言ってほしい。力になれそうなら協力しよう。」
防御魔法使いのシールド君と知能全振りのマトンである。尖った能力の2人とは、この先も行動を共にすることが多くなるであろう。
「さて、俺達も帰ろうか。」
「ご主人様!今日は美味しい物を食べましょう!」
「私はお肉大量が良いです!」
落とし穴採掘犯の2人が何やら言ってくる。
「高級ニンジンね!貴族街のお店で甘い物を買って帰りましょう!」
「私は甘いケーキですかね!フルーツも良いわ!」
作戦中にエッチな本を読んでいた馬鹿者共が何やら言ってくる。
「まぁいい、今日は高級ステーキと高級ニンジンの野菜炒め、それからスティック野菜にしよう。」
「あとは精霊様に聞いてもう一品追加しようか。」
「あら勇者様、頑張った大魔導師セラ様の意見は聞かないのね?」
「お姉ちゃん、忘れていない?練習中におもらしばっかりしていたこと。」
「ぐぅ…そうだったわ…好きにしなさい。」
「じゃあお姉ちゃん、正座とお尻ペンペン、どちらが良い?」
「うっ…お、お尻ペンペン…が良い…」
「ふふっ、いいわ。ちなみに私は夕飯の準備が忙しいの。勇者様にお願いすることね!」
「ぎぃえぇぇぇ~っ!」
大魔導師セラ様は顔を赤くしたり青くしたりを繰り返し、最後には失神してしまった。
きっと凄い魔法を使ったのだろう。体が耐えられなかったのだ。
…荷物が増えたのだが?
※※※
夕食は先程の品と、精霊様リクエストの餅であった。
餅はマーサが喜んで突いてくれた。ウサギだしな。
ついでにシオヤネンから回収したわずかな塩もお供えしておいた。あと、酒を少々。
精霊だか何だか知らないが神様みたいなものだろう。
夕食後は皆で風呂に入る。セラは罰としてタオル着用禁止とした。
このぐらいで済ませてやったのだ、感謝して欲しい。
「ちょっと、私の新居はまだ届かないわけ?」
精霊様はご立腹だ。だがそんなにすぐ完成するはずがない、明日ってのも異常なぐらいだ。
精霊様には、今日届くのならそれは既製品で、全く有難みのないものであるということを説明し、ようやく納得してもらえた。
ハウスの戸がギィィィッと閉まる。だから怖いって!
今後もこのお方の扱いには注意しないと、どうも本気を出すとリリィと同程度に強いらしいからな…
しかも火と水の相性である、まともに戦って勝てる相手ではない。
しかし戦いに勝った後の風呂は格別である。
今はカレンを抱っこしながらルビアに肩を揉ませている。
ついでにリリィとマーサにはふくらはぎを揉ませている。
うむ、これは大富豪の入浴であるぞ!
しかも俺とミラ以外はタオル無し男気スタイルだ。視力の向上に資する光景である。
おや?よくみるとセラ、まだ居たのか。小さ過ぎて気がつかなかったようだ。目を凝らして見るとようやく確認できる程度だ。
「ちょっと勇者様!何ジロジロ見てるのよっ!」
セラが攻撃を仕掛けようとするが、他の子達に囲まれた俺に隙は無い。
そもそもタオルを着用していないのでお湯から出てくることが出来ない。
「ん?生意気だな~、ミラさん、お姉ちゃんは反省が足りないようだ。やってしまいなさい!」
「きゃぁぁ~っ!」
ミラがお湯の中でセラに何をしているのか?それはここからは確認できない。
だが、きっととんでもないことになっているのだろう。それだけは言えそうだ。
セラが暴れるため、遂にミラのタオルも外れてしまった。
眼福である、眼福であるっ!
※※※
「わっせ!わっせ!…」
翌朝、なぜか筋肉達が神輿を担いでやってきた。祭りなど無かったはずだが?
「おう勇者殿!今日は水の大精霊様がお使いになる社を運ぶという名誉な仕事を授かってな、これなんだが、どこに設置したら良い?」
「おう、ちょっと待ってくれ。精霊様、水の大精霊様~っ!新居が着ましたよ~!」
「待っていたわ!さあ、そこの気持ち悪い姿をした人間どもよ、ここだ、ここに置くのだ!というかこんなに筋肉が発達した人種が居るのね?知らなかったわ。」
温泉の吹き出し口辺り、今までのハウスの横に設置されたそれは、デカい…
岩の上に鎮座しているとはいえ高さは2階の窓ぐらい、勇者ハウスの外壁よりは当然に高く、外からでもバッチリ屋根が見える状態だ。
中も重厚な造りとなっており、3畳分ぐらいの広さがある。檜のような木材で作られた逸品である。
これは収益が期待できそうだ!
というかなぜ筋肉達はこれを4人で持ってきたのだろうか?普通に1トンぐらいあるだろうに…
早速賽銭箱を設置する。
ここは屋敷の中なので、外壁に『水の大精霊様、参拝ルートはこちら』と書いた張り紙をする。
筋肉達に頼んで社まで石畳を敷いてもらい、それっぽさを出す。
完璧だ。
ちなみに石畳は筋肉達4人がどこからともなく持ってきて、3分程でおよそ20mに渡って敷き終えた。
ゴンザレスが『遅い!』とキレていたが、おそらくどの業者よりも早い。
チップを渡すと筋肉達は帰っていった。土産のニンジンも喜んで持っていった。この間の分はその日のうちに食べ尽くしたらしい。
今日は休みにしたので日がな一日参拝客の様子を見よう。
窓際で待機する。
来ない…まだ宣伝効果が出ていないのだろう。
遊んでいたカレンを捕まえて膝に乗せ、尻尾をもふもふする。
ようやく一人目が来た、いつも挨拶する近所のじいさんだ。しかしその後は続かない。
椅子が限界のようなので、別の椅子と取り替える。
全く来ない…
セラが目の前を通る、カンチョーしてやった。今は悶絶している。
しかし来ない…
ミラがリリィに説教している。またつまみ食いしたのか?
結局、1日待ってもじいさん以外の参拝客は来なかった。
最後の椅子も潰れてしまったので観察を終了する。しかし硬い椅子だったな…
「ちょっと、ここの人間はこの水の大精霊様を蔑ろにしていると思わない?」
「待つんだ精霊様、人間は愚かだからまだ精霊様の有難みをわかっていないだけなんだ。夏だ、夏を待とう!」
「夏を?」
「そうだ、水不足の季節が来れば、水の大精霊様がどれほどの存在なのかを人間どもも認識するはずだ。」
「そ、そうね…わかったわ、この町を滅ぼすのは夏まで待ってあげることにするわ!」
何とか誤魔化せたようだ。夏までに全王都民強制参拝制度を確立しておかないと大変なことになる。
後でこっそり駄王かその辺の大臣にお願いしておこう。
あ~あ、こんな下らない事でせっかくの休みを潰してしまった。
賽銭箱に入っていた鉄貨1枚を回収し、ついでにミラに叱られて正座していたリリィも回収し、風呂に入る。
何か吹っ切れたのか、セラはタオル無し。ミラも付き合ってタオル無しであった。
うむ、眼福である。
しかし今回はなかなか得をした。防御魔法と高い知能、そして強力な水の精霊を仲間にしたのである。
精霊様は今後も手伝ってくれるとは限らないし、手伝ってくれたとしても何を要求してくるかわからない。
残りの魔将は14体、さらにそこから大魔将、四天王、副魔王と続き、ようやく魔王オーツ・カミナ…いやおそらくオオツカ・ミナであろうが、に手が届く。
果たして話し合いでの解決が可能な相手なのだろうか?
そしてそれ以外にもまだまだ憂いはある、帝国のこと、ヤバそうな第一王女のこと、色々だ。
ここからはパーティーメンバー以外にも協力者を集めていく必要があるだろう。
いずれは勇者パーティーだけではなく、『勇者軍』として様々な困難に対応していくべきであろう。
次の敵は一体どんな奴になるのだろうか?気にはなるが、どうせまたすぐにやって来るであろう。
それまではのんびり、情報を集めながら日々を過ごしていこう…
次からは魔族以外と戦う予定です




