196 営業開始
「いらっしゃいませ!」
『いらっしゃいませ!』
「ありがとうございます!」
『ありがとうございます!』
「ぶっ殺すぞオラァ!」
「ぶっ……勇者様、それは接客業の声出しではありません」
「そうなのね、まぁ良いか、とにかく今日から開店だ、今のうちに商品の作り方を学んでおこう」
筋肉団のパワーに頼り、ドライブスルー式サンドウィッチ店を王都北の街道沿いに完成させた翌日、俺達は開店の準備に取り掛かる。
メイン食材であるパン、そして中に挟む肉は、それぞれ王都で一番を自負する店の主人が朝早く、その店のものを使用していることを示す看板とともに置いて行った。
あとはパンに肉と野菜を挟むだけ、ちなみに野菜は足りないと困るということで早朝にマーサが市場へ行き、そこで競り落としてきたものだ、ゆえに最高品質である。
「じゃあミラとアイリスのやり方を良く見て組み立てるんだぞ、商品によって具材が違うから間違えないように」
「とりあえずこんな感じで、あと今日はまだ水以外のドリンクがないけど、こっちもまた追加しますからそのつもりで」
ちょうど良いので全員の朝食用にそれぞれサンドウィッチを作ってみたのだが、ミラとアイリスはさすがである、ちなみに一番下手なのは俺であった、超怒られてしまったではないか。
具材が片寄っているぐらいの方が人間味があって良いと思うんだけどな……
「そろそろ馬車が通り出しても良い時間だな、だれか店の前に立って宣伝とかしろよ」
「では私とサリナがやりますの」
「おう、派手にやってやれ」
街道に出たユリナとサリナ、たまにパンツを見せながら腰を振り、奇妙な踊りを披露する。
まだ誰も居ないんだからやらなくても良いと思うのだが……
「あっ! 私達の踊りに釣られて誰か来ましたの、でも馬車じゃなくて馬ですわね」
「というか憲兵の人じゃないかと……」
「大変お忙しいところ畏れ入ります、ここの責任者は居られますか?」
「おいコリン、名目上はお前が責任者だ、ちょっと対応しろ」
コリンの襟を掴んで憲兵の方に突き出す。
だが憲兵も馬鹿ではない、状況を察したのか、俺の目を見て話し出した。
「申し訳ありませんが、街道に出て宣伝行為をするのはやめて頂きたいです、以上です」
「すんまそん」
グランドオープンしてものの5分、行政指導を喰らってしまった……
気を取り直して客を待とう。
さすがにそろそろ買い付けの商人が王都を出る頃だからな。
「お、馬車がこっちへ向かっているぞ、戦闘態勢に入るんだ」
「勇者様、戦ではありません」
徐々にこちらへ近付く馬車、どうやら別の町の商人が王都で買い付けをし、1泊して帰る感じだ。
荷馬車の中には様々な商品が載せられている。
その馬車を操っているのはいかにも商人という感じのおっさん、腹が出すぎなのだが……
「は~い、いらっしゃ~い、安くて美味しいサンドウィッチはいかがですか~っ」
「む、サンドウィッチとな? ちょうど腹が減っていたところじゃ、主力商品を3つ買っておこう」
「ハイ基本のサンドウィッチスリーありがとうございま~すっ」
『ありがとざいぁ~っす』
ちょうど腹が減っていたところとは本人の言であるが、おそらくコイツは常に腹が減っている性質であろう。
だが今はそのツッコミを封印し、初めての客に笑顔で対応した。
ちなみにサンドウィッチの価格は1つ鉄貨3枚、材料費が10個分で鉄貨5枚程度であることを考えると人件費を除いてもなかなかの儲けだ。
すぐにミラとアイリスが商品の組み立てに取り掛かる。
台の上にパンを2枚置き、そこへ順番にレタス、トマト、ハム、そしてまたレタスという感じで挟み込んでいく。
完成までは10秒も掛からない。
「はいお待たせしました、こちらが商品になります、では銅貨1枚お預かりしまして、お釣りが鉄貨1枚ですね、ありがとうございました」
ミラの接客も完璧である、これに関しては従業員が増えたときにしっかりと教えることが出来るであろう。
「うむ、初めての客は良い奴で助かったな、この後もああいう物理的な意味も含めた太っ腹の客が来て欲しいな」
「そうね、1度に2つや3つ買ってくれた方が効率が良いわ」
サンドウィッチを齧りながら去っていく商人を見送る。
今回は水を提供しなかったが、どうも自前の革で出来た水筒を持ち歩いているのがこういった商人の基本のようだ。
あれと似たようなものを提供し、それを使い回すことで原価の安い飲料に付加価値をつけて売るべきであろう。
これで飲料提供の入れ物は決まりだな。
次にドライブスルーレーンに進入した客は少し大きめの馬車が2台、客車と荷馬車で連れ立って走っているようだ。
客車の方にはどこかの商会のお偉いさんと思しきじいさんが2人、御者は2台とも若い衆といった感じの野郎であった。
さらに、護衛と思しき徒歩の冒険者が5人も一緒だ、全員良く食べそうな体型をしている。
これはチャンスだ、きっとパンに挟む肉を焼く匂いに釣られて来たに違いない……
「いらっしゃいませ、ご注文はどうなさいますか?」
「おうおめぇら、好きなモンを頼め、今のうちに力を付けておくんだ、今夜は討ち入りだからな」
客車から顔を出したじいさんの1人がそう吠える。
商人ではなくマフィアか何かの人だったか。
荷馬車には商品ではなく武器が大量に積まれていた……
「なぁマリエル、王都には暴排条例とかないんだよな?」
「一応ありますが、アレは堅気に手を出さないタイプなのでセーフです、御禁制の白い粉にも手を染めていなさそうですし」
「良くわからんがそれなら良いや」
肉だけサンドを齧るグラサンの若い衆を眺める、どう考えてもアレなのだが、マリエルがセーフというのであればセーフなのであろう。
とにかく次の客を待とう……
※※※
その後も順調に売れ上げを伸ばしていった俺達の店。
王都に通じる道で最も交通量の多いこの北の街道、そこを通る人間の半分が興味を示し、そのまた半分が入店して来るといった様子だ。
正直、予想以上の客足である、この分だと夕方前に今日の材料が枯渇してしまいそうだな……
「調子が良いな、この感じなら明日はもっと売上を伸ばせそうだ、口コミで噂が広がるかもだからな」
「勇者様、やはり反対側にもレーンを設けましょう、王都に行く側の客も入り易くするんです」
「そうだな、ある程度資金が溜まったらそっちも作ってやろう、この調子で上客を増やしていくぞ」
「でもご主人様、何か変なお客さんが来ましたよ、馬車じゃなくてバギーです、モヒカンが乗ってます」
「おいおいカレン、そんな世紀末……世紀末じゃねぇか!?」
現れたのはバギーに乗ったモヒカンの集団。
バギーは人力、それを牽いているのもモヒカンだ。
「ヒャッハーッ! この店の食糧を全部よこせぇ~っ!」
「ではメニューをどうぞ」
「こんなもんケツを拭く紙にもなりゃあしねぇぜ!」
どうやら正統派のモヒカンらしい、とりあえず種籾でもくれてやろうか?
と、その前に対応しているミラの我慢が限界に達したようだ、手前に居た雑魚モヒカンのモヒカン部分をむんずと掴み、レーンから外れた草原へと引き摺っていく。
「あぎゃぁぁぁっ! げぽっ!」
「お~いミラ、汚物を消毒した後は手も消毒しろよ~っ!」
「は~い! だいじょうぶで~す!」
開店初日、早速お客様を殺害してしまったようだ。
緑の草原が一部赤く染まっているのがわかる。
「ヒャッハーッ! てめぇら、よくも俺様の子分をぶっ殺してくれたな!」
「おう、お前もすぐに殺してやるから安心しろ、まずは部下を始末するからちょっと待ってな」
「何だと? おう、このガキ共を殺っちまえ!」
この連中はおそらく王都在住ではない、もしこの近くに住んでいるのであれば俺達のことを知っていないとおかしいからな。
そんなことを考えながら、一斉に襲い掛かる雑魚モヒカンを素手で気絶させていく。
ここで殺すとせっかくオープンしたばかりの店が汚れてしまうからだ。
「おいコリン、気を失ったモヒカンを遠くに運ぶんだ、適当な所で処刑しよう」
「そんなこと言っても、この人達凄く大きいわよ、とても1人じゃ……」
「そうか、それはすまんかったな、おいそこのボスモヒカン!」
「あん? てめぇそんな雑魚共を倒したぐらいでいい気になるなよ、最後はこの俺様が相手だぁぁぁっ!」
斧だか鉈だかわからん巨大な武器を振りかざしながらこちらへ走り出すモヒカンキング。
身長が3mぐらいある、どうしてこういう雑魚に限ってデカいんだろうな?
「ルビア、アイツはお前が倒して良いぞ」
「えぇ~、せっかく手を洗ったのに……」
他の誰かが相手ではモヒカンがかわいそうだ、ここは近接戦闘が一番弱い、というか全く出来ないに等しいルビアに単独で戦わせよう。
渋々といった感じで前に出るルビア、構えすら取らないで棒立ちしている。
「何だこのアマァァァッ! キエェェェッ! へぼぱっ、おぇぇぇっ!」
「おい待て、吐くなよ、こんな所でゲロを吐くんじゃないっ!」
ルビアのへなちょこパンチが鳩尾に入ってしまったモヒカン、今にも嘔吐せんばかりに嗚咽を漏らしている。
仕方が無い、首に縄でも結んで引き摺り出そう。
モヒカン軍団の乗ってきたバギーに積んであった人攫い用と思しき縄、それをボスを始めとした連中の首に縛り付け、ドライブスルーレーンの外、というか店から見えない所まで運び出す。
「さて貴様等、舐めた真似をしてくれたな」
「おがぁぁぁっ! すみません、すみませんでしたぁ~っ!」
「勇者様、こいつら結構お金持ってるわよ」
「そうか、じゃあ全部回収しておけ、雑収入に計上するんだ」
「で、こいつら自体はどうするわけ?」
「う~ん、どうやって殺そうか考え中だ」
「頼む、殺さないでくれ! もう帰るから勘弁してくれないか、なぁ、せめて俺だけでも!」
「何だ? 還りたかったのか、じゃあそのまえにちょっと仕事を手伝え、そしたら還してやる」
王都に戻る客を上手く引き寄せるため、反対側にもドライブスルーレーンを作る必要がある。
そのための基礎作りをこのモヒカン達にやって貰おう。
まずは地面を掘り砂利や小石を詰めて硬い地盤を作るのだ、敷石などの仕上げ作業はまた筋肉団に依頼すれば良い。
完全に降参してしまったモヒカン軍団、目を覚ましたものから順に作業に取り掛かり、必死になって働いていた。
よほど死にたくないと見える……
「さて、営業再開だな、あの邪魔臭いバギーはどこかへ運んでおこう、後でばらして素材だけ頂くんだ」
※※※
その後も順調に営業を続け、気が付いたときには既に夕方、日暮れ近くになっていた。
「え~っと、じゃあ普通のサンドウィッチを3つ、あとは野菜サンド1つで」
「はい……あら、お肉がもう品切れです、普通のサンドは2つまでですね、申し訳ありません」
「あ、それじゃあどっちも2つで」
最後の客は馬車ではなく馬に乗った女性の兵士であった、買い物を済ませ、そのまま王都の方へ還って行く。
王宮でよく見かける鎧を装備していたし、良い口コミを流してくれることを祈ろう。
さて、これで今日の営業は終了だ、一番大きい収益がモヒカンから奪った金による雑収入であることがちょっと気掛かりではあるが、まぁ初日としては上出来だろう。
「それじゃあ片付けと掃除をしよう、余った食材はどのぐらいある?」
「パンが12セット分、それから野菜ね」
「お肉がなくなってしまったのですか、残念です……」
カレンとリリィは肉の売り切れにショックを受けている。
あのマフィア達が肉だけサンドを全員分頼んだからな、今日は仕方が無いであろう。
「ご主人様、モヒカン達の作業が終わったようですわよ」
「わかった、じゃあすぐに行く」
モヒカン軍団にはレーンの一部だけ砂利を詰めずに穴を空けたままにしておくよう指示してあった。
街道の反対側に付くと、その通り、人間10人程度を収容出来そうな穴が空いている。
「おい、俺達は指示通り作業をしたんだ、そろそろ帰らせてくれ」
「なら還らせてやるよ、とりあえずそこの穴に入るんだ」
「いや、穴に入ったら家に帰れないだろうが」
「……家に帰る? 何を冗談みたいなことを言っているんだ、とうとう脳みそまでモヒカンになってしまったか」
「家以外どこに帰れってんだよっ!」
「貴様等は土に還るんだよ、理解したならさっさと死にやがれ!」
「え? ちょっとま、ぐゃぁぁぁっ!」
「おぉぉっ! 助けてくれぇ~っ!」
モヒカン共をスコップで滅多打ちにし、虫の息になったところで穴の中に蹴り落とす。
一応生きていないと人柱の意味がなくなってしまいそうな気がするからな。
穴に落下したモヒカン軍団の上から砂利と石を敷き詰め、今度は完全に息の根を止めてやる。
俺達と敵対しておいてこの程度で済んだことを感謝するべきだ、もちろん地獄で。
「さて、帰って今日の打ち上げをしようか、コリンももちろん来るよな?」
「少し待ちなさい、この帳簿というのがどうにも不慣れなのよ、右と左がわからなくて……」
「しょうがないな、ミラ、後で見てやってくれ」
どうやら貸借がわからない様子のコリン、これはやりながら慣れていくしかないであろう。
でも大丈夫だ、俺ですらわかるんだし、普通にやればすぐに出来るようになるはずだ。
記帳の練習をするという名目でコリンも連れ、屋敷へ帰る。
城壁に作った小さな門を潜ったときには、既に日が暮れてしまっていた……
※※※
「あらおかえりなさい、初日の売上はどうだったかしら?」
「なかなかの成績ですよ、チンピラから巻き上げた金も入りましたし」
「あらあら、ところで昼過ぎに屋敷へ客が来ていたわよ、この名刺を置いて行ったわ」
シルビアさんが俺に渡してきたのは……なんと雑誌記者の名刺、つまり俺達の店を取材したいということだ。
「おい見ろ! 雑誌記者が来ていたみたいだぞ、店が取材を受けるかも知れない!」
「本当ですね、これはなかなかのビジネスチャンスですよ」
もしかしたらこれを期に有名店の仲間入りを果たし、果ては全国展開、なんてこともあったりするかもだ。
いつ取材班が来るかわからないし、明日以降は全員に良い服を着せておこう。
バイトを雇ったとしても同様だ、制服的なものを作るのも良いかもだ。
「あのね、取材を受けるのは良いんだけど……気を付けなさいね」
「え? 取材ってそんなにヤバいものなんですか? まぁ下手なことを言うと誤解を招いて逆に良くないみたいなこともあるかもですが」
「うん、とにかく発言には注意して、気を引き締めて臨むのよ、それでも場合によっては厳しいことになるかもだけど」
シルビアさんだけが何かを心配しているようだ。
もしかしたら粗捜しをされてそれを公表するタイプの雑誌なのかもな。
とにかく注意して、余計なことを口走らないようにしなくてはならない……
その後、全員で屋敷横の居酒屋へ行って打ち上げを行う。
精霊様は本来この居酒屋のオーナーなわけだが、どういうわけかいつも客側の方に居るような気がする。
居酒屋は相変わらず近所のジジババの憩いの場となっているようだ。
レーコがあくせくと料理屋酒を運んでいる。
「あっ、勇者さん達も来ていたんですね、何だか城門の外に変なお店を構えたそうじゃないですか」
「レーコ、変なお店とは失礼な、俺達のドライブスルー専門店を舐めるなよ」
今回の店はこの居酒屋と客を食い合うような業態ではないため、特にこちらの経営がどうとかいうことは考えていない。
というかほぼ固定客だけで回っている店だし、今後も細々と続けていけば良いのだ。
「ところでレーコ、こっちの店には雑誌の取材とか来たことあるのか?」
「う~ん、一度依頼があったと思いますが、忙しいのでお断りしておいたはずです」
「甘いな、ビジネスチャンスを何だと思っているんだお前は、そんなんだからいつまで経っても幽霊のままなんだよ」
「どういうディスり方ですか……」
せっかくの取材依頼を捨ててしまうなんてとんでもない。
俺達はそのようなことがないよう、来るもの拒まずの姿勢で臨むべきだ。
お、料理と酒が運ばれて来た、そろそろ打ち上げを始めよう……
「おいコリン、お前名ばかり店長なんだから乾杯の音頭を取れ」
「名ばかりって……まぁ、それじゃ、え~っと、今日はおつかれさまでした、グラスを持ちなさい……乾杯!」
やけに態度のデカい乾杯の音頭で始まった打ち上げは、その後酒場が閉店する時間まで続いた。
この世界には二日酔いの特効薬があるから翌日がどうとか関係ないのが嬉しい。
「うぃ~、閉店だってよ、帰るぞセラ」
「勇者様は飲みすぎよ、あとルビアちゃんもっ」
「はへんなは~い、ひゃあはえりまふは」
俺よりも酷い状態のルビアは酒を飲んでいないミラとカレンが2人で引き摺って屋敷まで運んだ。
そのまま布団に入り、翌日の朝を迎える……
※※※
「はい勇者様、二日酔いの薬、それからお客さんよ」
「うぅっ、セラが対応してくれれば良いじゃないか……」
「あら、どうやら雑誌記者の人らしいわよ」
「マジかっ!? すぐに行く!」
慌てて階段を駆け降り、玄関に居た雑誌記者の元へと向かう。
昨日名刺を置いて行った人のようだ、細身で、メガネをかけたおっさんである。
「どうもどうも、私は週刊大王都の記者です、名刺の方はお受け取りになっていますよね?」
「ええ、ちなみにご用件の方は?」
「もちろんあの郊外に出来た店舗の取材です、異世界勇者パーティーが経営する新しい店ということで今最も注目されていますからね」
「わかりました、では早速今日の営業を取材していきますか?」
「はい、よろしければそれで」
開業2日目にして雑誌の取材が来た俺達の店、今日は気合を入れて営業しようではないか。
記者の人を連れ、全員で屋敷を出る際、シルビアさんが不安そうな顔でこちらを見ているのが目に入った。
何をそんなに心配しているのであろうか……




