194 槍の穂先
「ただいまぁ~っ」
「あらおかえりなさい、ところで馬車の窓にへばりついている人形は何かしら?」
「人形? あ……暗黒博士、エリナに押し付けるの忘れてた……」
そういえばエリナをそのまま返してしまった。
荷物の中に入ったままだった暗黒博士はどこかで勝手に再起動したようだ。
馬車の荷台側にある格子窓によじ登り、何とか脱出しようと試みている。
『僕はお話魔導人形、暗黒は……』
「うるせぇから黙ってろ、蝋で固めて蝋人形にするぞ!」
『あうぅ……』
とりあえず地下牢にでも放り込んでおこう。
もはや危険はないように見えるが、万が一ということもある。
それに夜中勝手に起動して屋敷を徘徊し出したらホラーだからな。
屋敷へ入り、すっかり荷物置き場と化してしまった地下牢の一室に暗黒博士人形を収納する。
どうやら魔力を奪われると活動出来ないようだ、ガックリと項垂れて静かになってしまった。
さて、荷物とお土産を馬車から下ろすか、乗せておくのは冒険者ギルドへ持って行く鳥の首だけで十分なはずだ。
馬車へ戻り各自荷物を持って部屋へ戻る。
ジェシカがぶつけた馬車の傷は後でシルビアさんに見て貰おう。
そうだ、それとジェシカには着替えをさせないとだった、ちょうど良いからギルドへ行く前に風呂にでも入ることとしようか……
「ジェシカ、ちょっとズボンの穴を見せてみろ」
「ほれ、ちなみにどのぐらいの穴が空いているんだ?」
「ほぼお尻丸出しだ、脱いでみればわかるぞ、パンツにも穴が空いているからな」
早速ズボンとパンツを脱ぐジェシカ、大きく空いたその穴に衝撃を隠せないようだ。
それでトンビーオ村の中を歩き回っていたんだから無理もない、昨日は節約のため宿には泊まらなかったからまだ良いが、もし気付かずにこれで王都の中を歩き回っていたとしたら大事だったな。
「ミラ殿、ちょっと裁縫をお願いしたい、ズボンだけだ、パンツはもう捨てるしかないようだ」
「じゃあそれは洗濯カゴの横に置いて、パンツは追加で1枚支給っと」
「頼んだ、では着替える前に風呂だったな、その後は冒険者ギルドか、忙しいな……」
「あ、じゃあ私も先に入っておこうかしら、お姉ちゃんはどうするの?」
「私も入るわ、このまま町に出るのはイヤだもの」
セラ、ミラに続きそれ以外も次々風呂に入ると言い出す。
結局帰還したメンバーは全員風呂に入るようだ、昨日はそのまま馬車で寝たのだから無理もない。
ということで風呂では鳥の首を換金して得た金の使い道に関し、優先順位を決める会議を行うこととなった。
「ご主人様、お金は全部お肉に換えましょう、それが一番です」
「は~い、私もそう思いま~す」
「カレンちゃん、リリィちゃん、お肉は日持ちしないわ、ここは全部お酒に換えるべきよ」
「それです精霊様、やはりお酒が一番ですよ」
「え~っ、私は野菜が良いと思うわ」
「……お前らちょっと黙れ」
どうせこんな内容になるであろうと思ってはいたが、案の定そうなってしまうと何かがムカつく。
とりあえず今のメンバーは発言禁止とした。
「勇者様は領地の方にお金を使いたいと言っていましたよね?」
「そうだぞマリエル、何か良い案があるのか?」
「勇者様の領地は王と北の街道に面しています、そこで何かを販売するための元金にしてはどうでしょう?」
「お、良いねマリエル、さすが王女」
「でも勇者様、何を売ったら良いか考えがあるわけ?」
「知らね、とりあえず箱モノだけ作っておいて後で考えれば良いだろ」
「本当にいい加減な異世界人ね……」
何を売るかなんて考えるまでもない。
街道は馬車で通る人間が多いのだからドライブスルーの飲食店を始めるんだ。
材料は領地で取れた野菜……では不足しそうだが、幸い俺達には屋敷の裏に勝手に作った城壁の扉がある。
本来であれば王都から様々なものを持ち出したり持ち込んだりする際には税を払う必要があるのだが、その扉さえ使ってしまえば抜け荷放題なのだ、これを上手く活用していこう。
そう考えて1人でニヤニヤしている俺をマリエルが怪訝な顔つきで見ている。
抜け荷の活用に関しては体制側の人間であるマリエルには黙っておこう。
「じゃあその領地でのお店経営資金については最優先ということで確定ね、余りはどうする?」
「そうだ、税金を納めろって言われていたんだ、確か金貨5枚だったかな、それに充てちゃおうぜ」
「何だかもったいない気もするけど仕方が無いわね、じゃあ税金っと」
「その次は領地で農業しているおっさん達にもちょっと配布しないとだな、金は少しとあと食糧とか酒で」
「あの人達は一日中飲んでいるだけのような……」
それでも余った分については食材や酒を買い込むということに決めた。
どうせ対して余らないであろうし、せいぜい一晩の宴分ぐらいだ。
ということで風呂から上がり、まずはその金を手にするために冒険者ギルドへと向かった……
※※※
「おう勇者殿、また大魔将を討伐したそうじゃないか、で、今日はどうした?」
「よぉゴンザレス、ちょっとギルドから頼まれていた鳥の首を換金しにな」
「そうかそうか、うぉ~い! 勇者殿がチキンを持って来たそうだ!」
チキンじゃねぇし、そんなデカい声を出したら恥ずかしいと思わないのかこの男は?
「ところで勇者殿、その肩に乗っている人形は何だ?」
「げっ!? 暗黒博士、いつの間に……」
地下牢、というか物置に収納しておいたはずの暗黒博士人形、いつの間にやら俺の肩の上に乗っていたようだ。
というか魔力を奪われて活動を停止したんじゃないのか? そもそもこんなものが乗っていて気が付かないとはどういうことだ?
「あら勇者様、その人形はお風呂に入っているときから大事そうに抱えていたじゃないの、わかってて乗せて来たんじゃなくて?」
「なわけあるかっ! 呪いだ、きっと呪いに違いない、おい貴様、何とか言いやがれっ!」
『僕はお話魔導人形……』
「黙れ、粉砕するぞ!」
『えぇ……』
コイツは後で寺にでも持って行って焼いて貰おう。
そんなことより今は金だ。
「勇者パーティーの皆さん、お待たせしました、こちらへどうぞ」
「あ、は~い」
全員でぞろぞろとカウンターの奥へ入って行く、別に12人全員で来る必要はなかったのだが、帰りにどこかへ食事に行く可能性も考えてフルメンバーでの参戦である。
ちなみにハンナは、帰り着くとさっさとセラの杖から出てレーコ達のところへ戻ったのでもう居ない。
俺達と行動するとろくでもないことに巻き込まれる危険性が高いと判断したようだ。
奥の部屋に入るとソファに座らされ、この間のおっさんがやって来て話を始めた……
「うむ、鳥の首はどれだけ持って来たかね?」
「え~っと、普通のが125個、それと何かデカいのが1個っすね」
「む? デカいのとは一体……」
「これですよ、じゃじゃんっ!」
セラが別口で保管してあったラスボス的なカン鳥の首をテーブルの上に出す、その瞬間、ギルドの偉いおっさんは目を見開いた、かなり驚いたようだ。
「いやはや、我々もあの後この鳥について詳しく調べたんだがな、もしかしてコイツはアレか?」
「そう、グレートジャイガンティックカン鳥よ!」
そんな名前だっけか? というか相変わらずネーミングが適当だな……
ギルドのおっさんはその首を手に取り、他に持って来た125個の首と見比べて何かを確認している。
太陽の光にかざしているところを見るに、どうも色味の違いを見ているようだ。
「ふむ、おそらくこれはグレートのもので間違いない、文献にあった通りだ」
「で、それって価値があるんですかね? あるならあるでどうにかして貰いたいですね」
「う~む、しかしこの大きさになると鏃には使えんしな、かといって加工も無理だ……」
「マジか、わりと使い勝手が悪いってことっすね、じゃあ王宮にでも持って行くか」
「ああ、そうしてくれたまえ、これはギルドの方では手に余る代物だからな」
結局普通の鳥の首125個を渡し、金貨12枚と銀貨5枚、それから固定報酬の金貨1枚を受け取ってギルドを出た。
イロを付けてこないとは、シケた冒険者ギルドだな。
「ちなみに君達、王宮へ行ったらこの鳥の嘴で作った鏃の威力を見せて貰うと良い」
「あ、前に生け捕りにしたときの分は王宮にあるのか、わかりました、ちょっと見ておきますよ」
確かに、前回の分は確か5羽捕獲しただけであったし、今回持って来たのもたったの125個。
これはおそらく戦争とかどうとかではなく要人の警護をする優秀な弓兵が虎の子の1発として持ち歩くものなのであろう。
とにかく見せて貰うこととしよう、ギルドを出た俺達は馬車を走らせ、王宮へと向かった。
しかし王の間まで全員で行くわけにもいかない、特にカレンやルビアはここから先に立ち入ることが出来ないのだからな。
仕方が無い、小遣いを渡して遊びに行かせよう。
「じゃあ俺とセラ、それからマリエルの3人で行こう、他はどこかで遊んでいてくれ」
『は~い!』
小遣いは王宮へ行かない9人全員で銀貨1枚である、カレンやリリィは串焼き肉のゴールドパスがあるし、他のメンバーの軽食分ぐらいはこれで十分であろう。
居残りのメンバーが町の方へ行ったのを確認し、王宮組の3人で王の間へと入る……
※※※
「おぉ、ゆうしゃよ、この間貰ったク○みたいな宝箱が宝物庫で○ソを撒き散らしておるのじゃが、どうにかしてくれんか?」
「何だ、良かったじゃないか? どうせ○ソみたいなモノしかないク○宝物庫だろ」
「まぁ、間違ってはおらぬが……ところでゆうしゃよ、その大事そうに抱えているキモい人形は何じゃ?」
「これか? これが大魔将の正体だったんだ、呪われたか知らんけどずっと手放せない」
「ちと言っておくが勇者よ、それは宝物庫に置いて行くではないぞ」
「おう、ババァの家に速達で送ってやるよ、どうせすぐに帰って来るだろうがな」
「わしはそんなもん要らんわ、で、今日は何の用じゃ?」
総務大臣に大魔将討伐の報告とカン鳥の嘴を使った矢の威力を見せて欲しいこと、それから未だに持っているデカい首をどうにかしろと伝えておいた。
矢の実験の準備には30分程度必要らしい、その間に巨大嘴の使い道について話し合うこととした。
「……う~む、この大きさだと槍じゃな、マリエル王女殿下の武器としてはどうか?」
「と言ってもどうやって加工するんだ? ギルドでは匙を投げられたぞ」
「そうじゃの、高名な学者であればどうにかする方法を知っているかもじゃが……勇者よ、人形が手を挙げておるぞ」
「はっ? 本当だ、おいてめぇ、勝手に動くんじゃねぇ、ぶっ殺されたいのか?」
『僕はお話魔導人形、暗黒博士 スゴイモン=ツクルノ、貴様のような下賎の輩が何を言おうと我が野望は潰えぬんだよ』
「調子に乗るんじゃねぇよこのハゲッ!」
『ふぎゃんっ!』
暗黒博士人形を床に叩き付けてやった。
というか最初は喋るぐらいしか出来なかったのに、馬車の窓にへばりつき、勝手に肩に乗り込み、挙句の果てにこの態度である、少しずつだが進化していないだろうか?
「で、お前に何が出来るんだよこの木偶人形」
『僕はお話魔導人形、その嘴を見事槍の穂先に変えることが出来るんだよ』
「ぜってぇだな、嘘だったらプレス機に突っ込むからな」
『……下賎の輩よ、我に任せておくが良い』
「うるせぇぞゴミがっ!」
『ふぎゃんっ!』
とにかくこのままではどうしようもない、ダメ元で暗黒博士人形にこの嘴の加工を依頼することとしよう。
その後暗黒博士からの指示で小さな部屋、いやドールハウスを1つ用意し、その中に人形と鳥の首を入れておく。
女の子向けの人形を入れるドールハウスにハゲ散らかしたおっさんの何かが入っている光景は見るに耐えない。
さらに別の箱の中にいれて置くべきであろう。
「じゃあこれはこのまま王の間に置いておこう、何かあったら犠牲になるのは王宮の連中だけで十分だからな」
「全く、結局ここに置いて行くのか……」
体良く人形の押し付けが完了した頃、王の間に兵士が1人入って来る。
どうやらカン鳥の嘴を使った鏃のデモンストレーションをする準備が出来たようだ。
「では勇者よ、実験は王宮の外の練兵場で行うでの、他の仲間も連れて来ると良いじゃろう」
「わかった、じゃあ練兵場に集合な」
ちなみに練兵場など行ったことがないゆえどこにあるのかは知らない。
まぁ、マリエルが居るわけだし、付いて行けばどうにかなるであろう。
小遣いを使い切り王宮の外で暇を持て余していた他のメンバーを回収し、マリエルの先導で練兵場へと向かった……
※※※
「おぉ、ゆうしゃよ、来たのであれば早速鏃の実験を始めようぞ」
「何だ、駄王も見るのか?」
「うむ、わしも実際には見たことがなくての、すんごいという話を聞いただけだったのじゃよ」
「そうか、それで的は……人間かよっ!?」
弓道場のような施設、その奥に設置されているのは俵などではなく、木の柱に縛り付けられた人間が10人。
どうやら王都内を荒らし回っていた空き巣グループらしい。
ちょうど昨日捕縛し、ボコボコにして情報を吐かせたところであったという。
「では最初は普通の矢からとしよう、撃ち方用意!」
「ぎえぇぇっ! 待て、待ってくれ、謝るから助けてくれぇぇっ!」
真ん中に縛り付けられた髭ダルマが何か言っている。
ババァが顎で指示をすると、その両隣のおっさんに向けて矢が放たれた。
腹に矢が刺さるおっさん、凄まじい悲鳴を上げているものの、あえて急所は外してあるらしい。
このまま同じ的で特別な鏃を使った矢を実験するつもりのようだ。
「さて、では次、この嘴を鏃に使った矢を試してみるぞよ」
「何だかこっちの方が弱そうだな、金属のような輝きが足りないぞ」
「まぁ見ておれ、討ち方用意!」
先ほどと同じく引き絞られた弓、弓も同じなら狙いも同じである。
果たしてこれでどう変化があるというのか?
矢が放たれる、パッと見た感じではスピードが出ているようにも見えない。
だが、それが的、というかコソ泥のおっさんに当たるとき、衝撃的な光景が広がった。
髭ダルマの両隣、つまり矢で射られた人間が破裂して粉々になったのである。
ちなみにその血飛沫を浴びた髭ダルマは失神した、ウ○コ漏らしていやがるな。
「どうじゃ? 原理はわからんがこの素材を使った鏃はこのような効果を持つのじゃ、ちなみに普通に突き刺すと……」
兵士が1人、例の矢を持って縛り付けられたコソ泥達の方へ向かう。
向かって左から2番目のおっさんを選び、その矢を太股に向けて振り下ろす……
どうなるか予想はついたため、とっさに眼を瞑っておいたのだが、その体が破裂する音だけはしかと聞こえた。
これはとんでもない兵器だ、あの鳥は体も小さく、そこまで力があったとは思えない、それでいて鍛え抜いた勇者パーティーのメンバーをカンチョーで倒す程の強さであったのだ。
奴等の武器である嘴を人間の力で使ったら、それはこういうことにもなるのであろう……
「とにかく凄いのはわかったよ、もしマリエルの槍をあの素材で作れたら凄いことになるだろうな」
「うむ、文献によるとグレートの嘴はその硬度が普通のものの5倍、そして攻撃力は2乗になるとのことじゃからな」
「2乗って、もはや超兵器じゃないか……」
そんなヤバいものをお馬鹿の王女様に持たせて良いものなのか、その辺りは少し気になるところではあるが、もしそんなものが手に入るのであれば大幅な戦力アップとなる。
鬱陶しい奴ではあるが、ここは暗黒博士人形の活躍に期待しよう。
「うむ、この素材の実力はわかった、じゃああの人形が何か創りあげたら教えてくれ」
「本当にあの不気味なのを置いて行くつもりなんじゃな、王の間へ……」
「ああ、この世界で一番どうなっても良い場所だからな、ちなみに爆発とかしたら屋敷からでも見えるから、化けて出てまで報告する必要は無いぞ」
「・・・・・・・・・・」
「あ、あと領地の方だが、ちょっと勝手に拡張するかも知れん、今度税金納めるから勘弁してくれ」
練兵場を出て馬車に乗り、屋敷へ帰った。
残りのコソ泥達は広場の方に引き出し、翌日まで晒した後火炙りにするらしい。
全く酷いことをする連中だ、俺のように聖人君子が如く生きられないものなのか?
※※※
その2日後、伝令兵によって王宮から呼び出しが掛かったことが伝えられる。
これは製作中である槍のことに違いない、直ちにセラとマリエルを連れ、用意された馬車で王宮を目指す。
王の間には布の掛かった台座、そしてもう1つの台座には……何もない。
その上にあったと思しき暗黒博士はいつの間にか俺の肩の上に乗っかっていた、マジで気持ち悪い。
「おぉ、ゆうしゃよ、マリエルの新たな武器が完成したぞ、見るが良い!」
自慢げにそう語る駄王、別にお前が作ったわけじゃないだろうに……
横に控えていた2人の兵士によって台座の布が取り払われる。
そこにあったのは豪華な装飾が施された槍、穂先は形こそ違えど、確かにあの嘴と同じ鈍い輝きを放っている、謎の超技術で形を変えたようだ。
そして驚くことに攻撃力が3,500もあるではないか、これはカレンが使っている伝説の爪や、ミラとジェシカの持つ伝説の剣を上回る能力である。
「まぁ嬉しい、でもこの装飾は邪魔ですね、セラさん、ちょっと短剣を貸して下さいな」
セラから短剣を受け取ったマリエル、槍を手に取り、柄の部分の装飾を魚の鱗でも剥ぐかのように削り落としてしまう。
槍の攻撃力が3,600に上がった……
「じゃあお父様、これ貰って行きますね」
「う……うん、良かったのう」
こうして、意図せず強力な武器を手にすることが出来、大幅に戦力を上げた俺達勇者パーティー。
これで次の大魔将と戦うときに少しは楽になるであろう。
だがその前に領地の拡張だ、予定していた通り街道沿いにドライブスルーの店を開業し、一儲けするのだ……




