⑱作戦を完璧にしよう
今回はちょっとだけ戦います
「よ~し、明日からはシールド君も混じって練習をする。貴族だからな、皆可能な限り粗相の無いように!」
皆で風呂に入った後、今日出会った防御魔法使いが、明日から訓練に参加することを告げる。
正直、彼の攻撃力はパッとしない、だが防御だ。これは後々まで使い道があるかも知れない。
優しくしておいて損はない人間である。野郎だがな。
もしこれが女の子だったら即パメ(即パーティーメンバー)であったが、野郎なので別にそこまではしない。
「はーい、じゃあ解散っ!」
翌朝、早速シールド君がやってきた。まだ装置を作っているシルビアさんは来ていない。
皆で防御魔法を使った模擬戦をしていると、ようやくシルビアさんが現れた。
「勇者様、準備ができたわ。あら、その子は新しいメンバー?」
「ええ、今回手伝ってくれるウォール伯爵家のシールド君です。」
「まぁ、お貴族様なのね。3男?それは大変ね~。」
「あ、早速組み立てて良いかしら?一応3回は作れるように材料を揃えたから、今造るのは壊しても大丈夫よ。」
「あ、ハイ、お願いします。」
シルビアさんが装置を作り、ルビアとマーサがそれを手伝う。
その間俺達は休憩することとなった。
「なぁ、勇者殿。羊魔族のマトンちゃんてどういう子なんだ?」
「ああ、知的でおとなしめで可愛らしい感じの子だよ。今は王立研究所で実験動物として虐待されている。ちなみに囚人としてだ。刑期は無限だ。」
「…なんということを!是非救い出したいのだが、その手立ては?」
「魔将を倒したらその褒美がもらえる。そこで話をすり合わせて上手いこと身元保証人になれば良い。」
「よし、勇者殿!すぐに魔将を討伐しに行こうではないか!」
「待て、落ち着け。まずは作戦を立てて、確実に殺れるようにしておかないと。もし負けて俺達が死んだら、マトンちゃんは一生エロ学者に虐待され続けるんだぞ、それでも良いのか?」
ちなみにまだマトンちゃんから託された『呪殺ノート』は手元にある。この男、伯爵の何からしいから渡しておこう。
「それからこれだ。マトンちゃんが救いを求めて書いた『敵リスト』だ。ここに名前が書かれている奴らを始末すれば好感度アップ間違い無しだ。」
「わかった…うむ、名前を見る限りコネで研究所に入った雑魚ばかりのようだ。可能な限り死刑台に送ろう。」
「頼むぞ!」
セクハラ学者達は処刑されてしまうようだ。自業自得だ。
午後から練習に取り掛かる。水の精霊様も参加しての本格的なものだ。
「シールド君、ボックスに魔法を!」
「よし来た!」
「ハイっ!注水!」
「いくわよ~!」
「マーサはコアを良く見ておけ、カレンはそのサポート!」
「よし、排水!」
作戦はこうだ、注水・排水が簡単に出来る、下に開閉式の穴が空いた箱を作る。
そこに敵を誘い込み、注水と排水を繰り返して塩分濃度を下げる。
敵のコアはかなり小さい、マーサに聞いたところほぼ仁丹レベルである。
それを流出させないように気を使いながら作業を繰り返すのだ。
ボックスは木製で、敵の攻撃ですぐ崩壊してしまうようなものである。金属性も考えたが、それに注水・排水機能を付与する技術がこの世界には無い。
そこで、防御魔法で壁の守りを固めるのである。
だがまだまだ、全体の動きがぎごちない。工場のライン作業員がごとく忠実に、確実に自身の役割を果たさなくてはいけない、全員がだ。そのために練習を重ねる。
「じゃあ今日はこのぐらいにしよう。お疲れ様でした。シルビアさん、ありがとうございました。」
「全員、水の大精霊様に敬礼!」
精霊の機嫌を損ねると計画が破綻してしまう。
今は過剰な接待によって気分良くさせてある。
来る日も来る日も練習を重ねた。
慣れてきてももちろん失敗はあった。
例えばセラの服がレバーに引っ掛かってしまった。
セラが落水した。
トイレに行きたいと言い出せなかったセラがおもらしした。
セラが…
「お前ばっかじゃねぇか!いい加減にしろ!」
「わ、悪かったわ、次からは気をつけるわ…」
何度目だその台詞、同じ事を平均5回は繰り返している奴がそんなこと言っても説得力はまるで無い。
ちなみにおもらしは今回で7回目である。練習を始めてから10日、70%の確率でおもらししている。
幼稚園児以下だ。
「まぁいい、セラには後でお話があります、放課後職員室に来なさい。よし、続けるぞ!」
「いやぁぁ~」
※※※
練習を始めて2週間経った頃、知らせが届いた。
ちょっと遠目の山に居るゴーレムどもが数を増し、徐々にこちらに向かってきているのだという。
もっとも、その進行速度はかなりアレだ。
もっと前から向かっていたのかも知れないのだが、最近になってようやく『なんかちょっとこっち来てね?』ぐらいになったという。
「いよいよ来るみたいだな。みんな、作戦の方は大丈夫か?」
基本的に大丈夫そうだ。一人を除いては…
「勇者様…私、役に立つのかしら?失敗ばっかりでダメダメよ。」
おそらくセラの場合、これまでどんな戦いでも『魔法を準備して待機』からのスタートであったはず。
つまりいつでも考える時間は存分にあったわけだ。
だが今回は違う。状況にとっさに反応して次の行動に移らなくてはならないのだ。
これはルビアにも言えることだが、指示待ち人間のルビアの場合、的確な指示があると逆に早い。
「よし、セラは敵を追い込んだ後、逃げないように魔法で牽制を続ける役回りにしよう。排水口の守りは一人減るが、やり易い方法で戦った方が良い。」
「わかったわ!それならいつも通りだもの、任せてちょうだい。」
「じゃあそうしよう。皆も良いな?あとセラ、おもらしはしなくて良いからな。」
「それは後で、戦いが終わったら罰を受けるわ…」
「ププっ、お姉ちゃん、私がお仕置きしてあげるから覚悟しておくといいわよ。」
「くぅぅっ…」
次の日から格段に効率が上がった。セラもしっかり稼動し始めたためである。
いける、これならいけるぞ。次の魔将もさっさと倒そう。
さて、問題はどう誘い出すかだな…
※※※
王都の城門から程近い位置、といってもいつもの城門からではない、ゴーレムが何やら近づいてくると言っている城門の外だ。兵士が知らない人ばっかりでつまらない。
「よし、ここにボックスをセットしよう。この後は溝を掘って、それを川に繋げるんだ。」
良さげな位置に箱を置く、排水される位置から溝を掘って、川に繋げる。塩は流してしまう作戦だ。
うむ、良い感じだ。
最後に、敵を誘い込むための措置をとる。マーサに考えがある、とのことだったので任せたところ、箱の前に『勇者パーティーはこちら』という看板を立てた。
もしかしてあなた、それだけ?
「これで間違いなく奴はここに入ってくるわ。」
「お前、マジで頭悪いな!こんなんで来る奴が居るのか?」
「ん?私なら入るわよ。マトンはビビリだから入らないかもしれないけど。いつもこういうの止めてきたのよあの子。いやな予感がどうこうって言って、本当にヘタレで可愛いわよね!」
「お前が今まで戦死せずにここに居るのが誰のおかげか考えた方が良いぞ。」
マトンの話が出た途端、シールド君がそわそわする、戦いの前に一回会わせてあげよう。
マーサは後で始末することにして、とりあえず現場で実践練習を重ねた。
微妙な土の感じの違いなどから、特に素早さを要求される3人、即ちミラ、カレン、マーサは最初こそ苦労していた。
だが、慣れてきてからはどうってこと無かったようだ。
俺?のろまにそんなことは関係ないのですよ。
「情報によると戦闘は明後日ぐらいになるようだ。今日は一旦戻ろう。」
「あと、シールド君はちょっと来てくれ。会わせたい奴が居る。」
「どうした勇者殿?」
近づいてきたシールド君にコソコソ話す。
『今からマトンちゃんに会わせてやる、研究所まで付いて来い!』
『本当か勇者殿、その言葉、二言は無いな?』
『ああ、約束しよう。』
「セラ、皆を屋敷まで連れて行ってくれ。俺はシールド君と漢の話がある。」
「あら勇者様、そっちの趣味もあったのね。」
セラは後でこっそり研究所の実験動物と入れ替えてしまおう。
シールド君をマトンに会わせるため、2人で研究所に来た。
知らないおっさんに、マトンは今実験中だから後にしろと言われたが、脛に蹴りを入れると快く会わせてくれた。やはり平和な交渉が一番である。
鎖をガチャガチャ鳴らしながらマトンが来た。動物、いや魔族虐待もいいとこだ。
「あ、勇者様、今日は…あ、そちらの方は以前話した防御魔法の方ですね。」
「おおお、おはようございます!ききき、今日は良い天気ですね!」
今は夕方だし先程から雨が落ちてきている。
マトンは一度研究所に来ていたシールド君を見たことがあった訳だし、シールド君も徐々にに落ち着きを取り戻した。
邪魔をすると悪いので早々にお暇しよう。
マトンにもうすぐ作戦決行である旨伝え、シールド君を置いてその場を離れる。
戻ろうとすると壁に立てかけてあった聖棒が無い…
いや、あんな物を盗む奴は居ないはずだ。
と、思ったら視察に来ていた駄王が走り高跳びの練習に使っていた。
やめなさい、貴様に陸上競技の才能はない!
駄王のHPを残り2まで削ってから、屋敷に戻った。
「おいマーサ、俺はどうしてもあの作戦で魔将が釣れるとは思わないんだが…」
「大丈夫、完璧な作戦よ。奴の狙いは勇者パーティーの殲滅でもあるんだから、書いてあるのにわざわざ避けて通るなんて馬鹿な真似はしないはずよ。」
どういう理屈だ?魔将が俺達を狙っているという点については理解できる。マーサ、というかどうぶつ魔将を撃破したわけだからな。
しかしその先だ。あんなあからさまな罠に引っ掛かるものなんだろうか?
「とにかく、あの罠の成功は私が保証するわ!」
「失敗したら?」
「絶対に失敗しないから考えなくても良いの!」
自信満々である。もし失敗したら今度は全裸で広場に吊るすことにしよう、3日間。
「なぁ、他の皆はもしあの感じで『魔将はこちら』って書いてあったら入るか?入るって人は手を挙げて。」
俺とミラ以外全員の手が挙がった。完全に聞くメンバーを間違えたようだ。
カレンとリリィはそういう気質、正面からぶつかる事しか出来ない。
セラは何も考えていない。おそらくパッと見て手が挙がっていたので、自分もそうしたのであろう。
ルビアはおそらく負けてやられたいからだ。罠でも喜んで掛かりに行く。
「ふふんっ!多数決で決まりね!私の案は採用と言うことで、文句はないわね?」
ここまで態度がデカいペットのウサギを見たことがあるだろうか?
王都に何かあったら大半はコイツのせいである。
※※※
「おじゃましゃーすっ!あれ?いねぇじゃん、出かけてんのか?」
「居ない?いえ、外に看板あって居ないとかそんなこと無いはずよ!」
「あ、防御魔法張ってあんジャン、ここ勇者の本拠地でまちがいねぇわ!」
翌朝、魔将の前に何か変なのが釣れた。
ボックスの上からコソコソ覗く。
どちらも魔将補佐で、男の方がタングス、女の方がパラジーと言うそうだ。
マーサ曰くどちらもシオヤネンと同じコアがあるタイプだとのこと。
ま、どちらもここで死んでもらうわけだから今後は関係ないな。
『シールド君、防御魔法は大丈夫だな?』
『セラ、魔法はもう撃てるか?男の方はタングステンだ、固いからそのつもりでな。』
『タン?…何それ?まぁ良いわ、始めるわよっ!』
「せぇ~のぉ!えいっ!」
「ぶわっ!何だこれ!ぐへぉ!」
「ぶあおあひへはっ!」
セラの放った空気の刃は、防御魔法を張った壁のおかげで兆弾しまくる。
今回は注水は無しだ。どこでシオヤネンが見ているかわからんからな。
「よし皆、コアをさが…ほぼコアじゃねぇか!」
タングステンもパラジウムも希少な金属である。
それを自然界から集めているのだ、人間サイズになるためにはコアを大きくし、金属の使用量を減らす他無い。
ゆえに、この2体はその構成の99%以上がコアなのであった。
鍍金かよ!
「もういい、ミラさん、カレンさん、やってしまいなさい!」
徐々に力を失った風魔法が消える。
それと同時に飛び出した2人がコアを派手に傷つけると、魔将補佐達は瘴気を漏らす。そのうち完全に動かなくなった。
「すいやせんっしたー!」
俺は今、マーサに土下座している。まさかこんな作戦が上手くいくとは思わなかった。
そして屈辱である。ペットのウサギに土下座させられるなんて夢にも思わなかった。
「これからは知将マーサ様と呼ぶことね!今後、作戦の立案については私に一任しなさい。」
それだけは絶対にイヤだ!
魔将補佐タングスとパラジーの死体はボックスの入り口前に吊るしておいた。敵にアピールするためだ。
あと、『ファッキン・シオヤネン』の看板も追加した。敵を挑発するためだ。
魔将補佐をあっさり倒してしまったのだが、この2体は所詮補佐に過ぎない。本命は物質魔将シオヤネンである。
よし、明日からはマトンも加えて完全体制で臨むことにしよう。
補佐を偵察にやったということは奴もすぐに来るつもりだろうからな。
「よし、今日は良くやった。暗くなるからそろそろ帰ろう。」
夜のうちにシオヤネンが来てしまうと困るので、シルビアさんの店から借りてきた『本日の営業は終了しました』の看板をかけておく。
補佐の2体からして魔将も馬鹿であろう。これが掛かっていれば諦めて帰るはずだ。
「さぁ、このマーサ様を崇めなさい!」
屋敷に帰ってからも、マーサはずっと調子に乗っていた。
今は尻尾をぽふぽふしてやっている。次は頭だと言ってきた。
こんな奴よりも先に、出番が無くて不貞腐れている精霊様のケアをしないといけないのだが…
王都が洪水で滅びたらマーサのせいだ…
「じゃあ明日からもこの感じで。敵が来るまでは適当に待機だが、来たらすぐに隠れるんだぞ。」
「ご主人様、留めはどうしましょうか?コアは小さいんですよね?爪の間をすり抜けてしまいます。」
「いや、留めはささない。魔将を殺すとまた選任されてしまうようだからな。コアを回収して絶対に塩に触れさせないようにする。」
「あと、コアの回収にはこの箱を使おう。」
魔力を奪う何とやらで作った小箱である。手の塩分が付かないよう、素手で触ることは禁止した。
あれだ、昔理科の実験で使った分銅みたいなもんだ。素手で触ると一見綺麗でも色々と付着してしまう。
「コアを触る可能性がある者は戦闘前にしっかり手を洗っておくこと。武器も洗えよ!」
全員が頷く、これで作戦は完璧だ。後は魔将が馬鹿げた罠に引っかかるのを待つのみである。
その後は精霊様と今後についての話をする。
「水の大精霊様、この戦いの後はどうするつもりなんだ?」
「そうね、ここは居心地が大変良いから、ずっとここに居ることにしてあげるわ。」
「賽銭箱置いて良い?」
「良いわよ、その代わり儲かったら私のハウスの増改築にも充てることね。」
「了解、そうするよ。」
精霊様の姿は簡単に顕現できる。これからは『会いにいける御神体』としてここに祀り、人々の参拝で収益を得よう。
たまに握手会を開催するのもアリだ。握手券付きのお札を発行しよう。ぼろ儲けだ。
リリィに続き、精霊様という不思議生物を仲間にすることができた。これを商売に利用しない手は無い。せっかくなので賽銭による不労所得だけでなく、こちらから能動的に収益を追求しよう。
夢は膨らむばかりである。
※※※
今日からはマトンも作戦に参加する。
調子に乗った鼻高天狗魔族のマーサもマトンの言葉だけはしっかり聞くので丁度良い。
そのマトンは、シールド君と手を繋いで愉快に現れた。ちょっとスキップしている。
凶悪犯罪者で囚人の上級魔族と楽しそうにデートするお貴族様、滑稽である。
マトンが使い切った研究所職員としての有給は10日間、これを超えると欠勤扱いになってしまうが、それまでにはさすがにカタが付くはずだ。
ちなみに欠勤したり遅刻したりすると鞭で打たれるらしい。かわいそう…
そこからは待機、ひたすら待機だ。
時折、先行したゴーレムや土の化け物なんかが現れるものの、今の俺達には弱すぎる。
シオヤネンと交えることになるかも知れないミラの剣やカレンの爪、それから俺の聖棒を汚したくないので、魔物はセラの魔法で片付ける。
魔物は動きが遅く、質量もなかなかである。魔法が百発百中のセラは大層喜んでいた。
しかし来ない…
カレンとリリィは飽きて遊び出した。巨大な落とし穴を掘るのはやめて欲しい。
セラは倒した土の魔物の残骸を使ってお城を作っている。精巧過ぎる。
ルビアとマーサは2人でエッチな本を回し読みしている。そんなもの誰が持ってきて良いと言ったのだ?
シールド君とマトンはボックスの中でイチャイチャしているようだ。そこ、魔将2体が惨殺された事故物件ですよ。
真面目に見張っているのは俺とミラのみ、もうこの光景にも慣れてしまった。
そして精霊様は今日も出番がない。機嫌が悪くなってきたので、供物として一番高い携帯食を捧げておいた。笑顔が戻る、チョロい…
結局、その日は敵魔将シオヤネンは現れなかった。倒した魔物のコアを回収し、帰路に着く。
マトンはウォール伯爵家の王都屋敷に泊まるとのことだ。
哀れな実験動物が貴族家ペットの地位を獲得した瞬間である。しかも室内飼いだ、大幅な昇格となった。
もしかしてマーサ大先生の完璧な作戦がばれてしまったのではないか?不安になる。
しかし翌朝、皆でボックスに近づくとそれが間違いであったことがわかった。
「誰だこんなことしやがったの!」
次回は敵将と戦う予定です




