188 ダンジョンボスはまさかのアイツ
「よぉ~し、洞窟に入るぞ、皆ケッセの方はしっかりキメたか?」
全員が頷く、準備完了のようだ。
ちなみに毎回恵んでくれとうるさいエリナにも最初から瓶を渡しておいた。
敵なんだから本来はそのぐらい自弁して頂きたいところではあるが、目の前でグロッキーになられるよりはマシだ。
光に包まれ転移すると、一昨日のセーブポイント、即ちボス部屋の目の前である。
あとは巨大な扉の鍵穴に金の鍵を差し込めば……開かないじゃないか。
「おい、どういうことだよ? 金の鍵で開かないんじゃ先に進めないだろ」
「もっと良く見て下さい、金の鍵と銀の鍵を同時に突っ込んで回すシステムにしたんですよ」
何だその核ミサイルの発射装置みたいなシステムは、ダンジョンボスごときそんな大それたものでもないだろうに。
気を取り直してもう一度、今度はセラと2人で金と銀の鍵をそれぞれの鍵穴に差し込み、同時に回す……開かないじゃないか!
「もしもしエリナさん?」
「今のはちょっとタイミングが悪かったですね、もっと息を合わせて、誤差0.01秒以内でお願いします」
なぜこれしきのことでそこまでシビアなのか?
もっと拘るべき所はいくらでもあるだろうに……
三度チャレンジである。
息を合わせ、凄まじくシンクロした動きで同時に鍵を回す……開かないっ!
「今のは良かったです、バッチリのタイミングでしたよ」
「じゃあどうして開かないんだよっ!」
「タイミング良く回したところから32分の1で抽選です、残念ながらハズレでした」
「もう良い、マーサ、破壊しろ!」
「承知!」
「あっ、ちょっと、そんなことをしたら……あ~あ、やっちゃった……賠償の見積り、出しときますね」
「分割払いでよろしく、さ、中に入るぞ!」
薄暗いボス部屋に突入する……索敵には何も引っ掛からない、もしかしてこれから登場する感じなのか?
しばらく待機するものの、一向にダンジョンボスが現れる気配はない。
そこで待っていても埒が明かないため、とりあえず室内を捜索してみることにした。
「ご主人様、ここが出口になっているようですが……やっぱり開きませんね」
「私達2人の力でも開けられないわ」
「ミスリルの鍵がないとダメなんだろう、カレンとマーサが押しても開かないなとはな」
そこへ、後方から、というか今入って来た入口のほうからのドスンという轟音。
おや、やっと敵さんのお出ましか?
……いや違った、破壊した扉が復活したのだ、しかも今度は開けることが出来ないミスリルの扉になって。
つまり、俺達はここに閉じ込められてしまったということだ。
「弱ったな、どこに居るのか検討も付かないダンジョンボスを倒すまで帰れませんってか」
「最悪地道に壁でも削っていけば脱出ぐらいは出来そうだけど、どこに出るかはわからないわね……」
「とにかく必死こいてボスを探そうぜ、どっかの仕掛けを動かすと出て来る仕組みなのかも知れない」
皆でボス部屋を隈なく捜索する、一緒に入って来たはずのエリナにも手伝わせようと思ったが、いつの間にやらどこかへ行ってしまった。
きっと裏でとやかくやっているのであろう。
部屋全体を探し終えるかどうかというところで、ミラが何かを発見する。
一箇所だけ壁の色が違うというのだ、新しく塗ったような感じらしい。
「あ、これ上から壁紙が貼ってあるだけです、この下は扉になっていますよ!」
「でかした! その先の部屋にボスが居るに違いない」
壁紙を剥がしたところにあった扉には『魔王軍関係者以外の立入は固くお断りします』の文字、だが俺達はもう関係者だ、敵対組織の構成員というな。
鍵は掛かっていないようなので、そのまま扉を開けて中に入る……かなり狭い部屋だ。
「うむ、この小部屋の真ん中にあるのは金の宝箱か」
「それ以外のものが何も存在しないわね」
「開ける?」
「イヤな予感しかしないわ、勇者様が開けてよ」
「いやいや、セラがあけるのが妥当だと思うぞ」
隠し小部屋の中央にポツンと置かれた金の宝箱。
通常の感覚であればこの中に何かお宝が入っていると考えてしまうであろう。
だが今は状況が違う、ダンジョンボスの部屋で、しかもそのボスを討伐していないのだ。
そして、これまで開けてきた宝箱の中身にも問題がある。
また変なおっさんの精が出て来るに違いない……
「とりあえずさ、前衛の誰かが開けるべきだろ、開けて次の瞬間戦闘にならんとも限らんからな」
「じゃあ私に任せなさい、もし何かあっても回避出来るし」
マーサが率先して宝箱に向かう、蓋に手を掛け……後はこれまでと同じ光景だ、途中から勝手に開いてしまった。
『やぁ、僕は宝箱の精レジェンド、復讐を遂げる者さ』
「お、金色だしなんか台詞も違うぞ、300年がどうこうの件が無くなったじゃないか」
「しかも復讐とか言っているわね、ねぇっ! あんたがダンジョンボスなんでしょ?」
『そうさ、僕は宝箱の精レジェンド、これまで君達の手に掛かって非業の死を遂げた精達の恨みを晴らすのさ』
「いやいや、普通のも銀の奴も生きてるんだろう? あのぐらいじゃ死なないとか自分で……」
『宝箱の精は死なないよ、でもね、破壊されるごとに魂だけは失われているのさ、その魂が……ほら、来たみたいだよ!』
金の宝箱の後ろに次々と現れる小さな光。
最初に出て来たのはノーマル宝箱の精が2体、金のウ○コと、それから普通のウ○コを出した奴なのであろう。
そのさらに後ろには宝箱の精プレミアム、銀の奴で、馬のションベンを渡そうとしてきた不届き者だったな。
そしてこれが……物凄い数だ!
「おい、あの銀の奴ってさ、コテージでリリィが……」
「ごめんなさい、500回ぐらい殺しました」
「つまりそれが全部復讐のために現れたということだな」
「今は良いから、とにかく戦うわよっ!」
宝箱を開けたため、一番前に居たマーサが戦闘を開始する。
まずはノーマルの2体を左右の拳で叩き落とした。
敵も一斉に掛かって来る、残りは全て銀の奴だが、強さ的にはノーマルとそう変わらないらしい。
聖棒に当たれば一撃で破裂してしまう程度の雑魚である。
だが数が多い、的が小さい、そして空を飛んでいるのも厄介だ。
正面の敵を払い除けている間に後ろに回られ、首筋に噛み付かれそうになった。
乱戦になっているため、セラやユリナの攻撃魔法は使えない、当然リリィのブレスもだ。
また、精霊様が水で包み込んでも溺死したりはしないらしい。
「サリナ、幻術でどうにかならないか?」
「やってはいるんですが、どうも精神とかそういうのが無いみたいで、全く効果がありませんね」
ダメか、もう地道に物理攻撃で倒していくしか方法はないようだ。
周囲を飛び回る大量の精、まるで蜂の巣でも突いてしまったかのような状況だ。
しかも肌の露出した部分を狙い、チクチクと噛み付きや打撃で攻撃されている。
全員がジワジワとダメージを負ってしまうため、ルビアの回復もてんてこ舞い、というか自分の回復を忘れているようだ、腕や首筋から血が流れたままになっているではないか。
「精霊様、ルビアを守ってやってくれ、セラは……何やってんだ?」
「ちょっと集中していたのよ、ハンナちゃんの力を借りて、杖に雷を帯びさせて……」
セラが何をしているのかは定かではないが、とにかく秘策があるようだ。
ルビアは精霊様の指示の下、ユリナとサリナも協力して護衛を始めた。
リリィは前に出て腕や脚の打撃で戦闘に参加する、ドラゴン形態のリリィだけは唯一、この宝箱の精の攻撃によってダメージを受けないようだ、鱗が硬いからだろうな。
『皆聞いて、あの竜が恨めしいのは凄く良くわかるよ、でもほら、あの後ろの女、何かやろうとしているのさ、彼女を先に殺そうよ』
それまでただ傍観していただけであったダンジョンボス、宝箱の精レジェンド。
突如銀の精たちに指示を出した、狙いをセラに絞るようだ。
「精霊様、ルビアと一緒にセラも守ってくれ!」
「あら、それならもう大丈夫そうよ」
セラの体が青く光っている、手に持った杖はそれ以上の輝きだ。
ゆっくりと前に出るセラ、そこへ群がる大量の精……
バチバチッっと、凄まじい音と光。
セラの体に触れようとした宝箱の精達は黒焦げになって墜落していく。
アレだ、コンビニ前とかにある電気のバチバチだ、夏の虫を一撃で焼き殺してしまうあの装置をセラ自身で体現しているのであった。
こうなるともう、宝箱の精は羽虫も同然である。
レジェンドの指示通りにセラの下へ殺到し、そのまま電撃によって焼かれていく銀の羽虫、いや、羽は無いがそれでも似たようなものだ。
あっという間にセラの足元は焼け焦げた銀色の残骸で埋まってしまった。
これはもう勝負あったと見て良いであろう、だが、レジェンドはまだ諦めていないようだ……
『皆すぐに戻って! その女はもう危険だよ』
「そうね、あなた達のような虫けらにとっては危険な存在なのかもね」
そう言いながら徐々に前進するセラ、宝箱の精レジェンドは既に腰が引けているようだ。
銀色、つまり宝箱の精プレミアムの亡霊も残りは数えるほどしか居ない、ここからどう巻き返しを図ろうというのだ?
『さぁ皆、合体だよ!』
合体しやがった、金色に輝く宝箱の精レジェンドの周りに集まる銀色の精、徐々にその体を融合させ、色も黒く変わっていく。
最終的に、これまでのような羽虫ではなく人間と同程度の大きさの、真っ黒な宝箱の精に変貌した。
『グフッ、グフフッ、我は宝箱の精ブラックエンド、貴様等を滅ぼす者だ』
人が……いや精が変わってしまったようだ。
ちなみに見た目は小汚いおっさんのままである。
「クッ、髪型はバーコードだったのね、てっきり普通の薄らハゲだと思っていたわ」
「お姉ちゃん、鼻の下もチョビヒゲと思いきや全部鼻毛よ」
「あら本当ね、どれだけ不潔なのかしら」
大きくなって初めて見えてくる特徴もあるようだ。
とはいえ強さはほとんど変わっていない、このキモさを見せつけるためだけに合体したのであろうか?
『グヘェ~、では参るっ! 我が怒りの一撃で滅するが良い! はぁぁっ!』
「うるせぇ、死ね」
『ごべぽっ!』
聖棒で突いたら上半身が消滅してしまった。
残った下半身も徐々に崩れ、その断面からボロボロと銀の精が零れ落ちている。
レジェンドが出現して以来反応があった索敵からも全てが消え失せたようだ。
何がブラックエンドだよ、超弱っちいじゃねぇか……
「あら、宝箱が降りて来たわよ……2つね」
「ダンジョンボス討伐の証だ、でも前は3つじゃなかったか」
天井からワイヤーで吊るされ、ゆっくりと降りて来る2つの宝箱、どこかでエリナが操作しているのであろう。
やがて、その2つは金の宝箱、即ちダンジョンボスであったレジェンドが入っていた箱の両脇に着地する。
これで3つ……もしかしてボス入りの箱も報酬扱いなのか?
「とりあえず両脇を開けてみようか、どっちかにミスリルの鍵が入っているはずだ」
カレンが左、マーサが右の宝箱を開ける。
尻尾がパタパタと動いたのはカレンの方、マーサは耳がシナシナになっている、カレンが鍵を引き当てたか……
「ご主人様、これがミスリルの鍵とかいうやつですよ!」
「これで城の方に入れるってことだな、偉いぞカレン」
「えっへん!」
「で、マーサの方は何が入っているんだ?」
「……馬のションベン3か月分よ」
「すぐに蓋を閉じるんだ」
残ったのは真ん中のひとつ、金の宝箱のみ……これに関しては開けるまでもない。
きっとまたややこしいことになるに違いない。
ところでどうしてミラはそれを開けようとするのであろうか?
『やぁ、僕は宝箱の精レジェンド、今日から君達の友達になるんだ、よろしくね』
「……あれだけのことをしておいて友達? 地獄で後悔しなさい」
『待ってくれないか、あれは不幸な行き違いがあっぱっっ!』
どうやら殺したかっただけのようだ、金色の精はミラの剣で切り刻まれ、ハラハラと落ちて行く。
宝箱の中に全ての破片が納まったようだ、明日からは大剣豪ミラと呼ぶことにしよう。
で、ミラの気は済んだらしいが、当然もう1人ご立腹の方が居られるのはお察しだ。
この期に及んで宝を手にすることが出来なかったのだ、精霊様は首に青筋を立てて怒っている。
「エリナちゃん、エリナちゃんはどこに居るのっ?」
「……あの~、お呼びでしょうか?」
「お呼びもクソもないわよっ! 結局このダンジョンにはまともなお宝が無かったじゃないの、赤字よ赤字っ!」
「いえ、そう仰いましても……」
「精霊様、まだチャンスはあるぞ、今からバイトの魔物を滅ぼしに行くんだ、そこで色々とゲット出来るかも知れない」
「ふんっ! もしそこでたいしたものが手に入らなかったらこのダンジョンごと水の底に沈めてやるわよ」
「ひぃぃっ! それだけはやめて下さい、お願いします、お願いします!」
「だったら早く案内しなさい」
「へへぇ~っ」
完全にビビり切ってしまったエリナのアイテムを使った転移、着いた先は完全に休憩室の様相を呈する部屋であった。
魔物の分際で壁にダーツとか掲げて遊んでいやがる。
エッチなポスターらしきものも貼ってあるが、被写体が魔物ゆえその良さがわからない。
そして、その休憩室に居たのは50体以上ものゴブリン。
俺達が現れた瞬間、談笑をやめてこちらを向き、固まる……
「え~、皆さんおつかれさまです、早速ですが死ねっ!」
一斉に襲い掛かる俺達、何が何だかわからないといった様子のゴブリン達。
1体、また1体と変な色の血飛沫を上げて倒れていくその珍妙な姿の魔物は、自らのコアだけでなく報酬として受け取った芋虫のコア、それからちょっとした所持品も周囲に撒き散らしている。
「これでラストです! コアを回収して持って帰りましょう」
「マリエルはいつも美味しいところを持って行くな、王女の勘がそうさせているのか?」
「きっとそういう運命なんですよ、目立つところはだいたいマリエルちゃんです」
「これは役得ですよ、王女という身分に生まれた私を敬って下さい」
「うるせぇ! これでも喰らいやがれっ!」
「はうっ」
マリエルにはカンチョーしてやった、まぁ、今回は誰も見ていないわけだし、特段マリエルだけが目立ち、賞賛されるようなことはないであろう。
というかそもそも褒められるようなことをしているのではないからな……
「ミラ、拾えるコアの価値はどんな感じだ? おおよそで良いぞ」
「う~ん、全部拾い集めても金貨3枚とちょっと、といったところですね」
「たいした価値にはならないようだな、おいエリナ」
「あ、はい何でしょう?」
「バイトの魔物を再募集しておけ、採用要件はコアの価値が高い魔物だ、また虐殺してやるからな」
「えぇ……」
コアを拾い集め、先程のボス部屋に戻る。
まだ時間が早いため、予定通りちょっとだけ暗黒博士の城を見ておくのだ。
ちなみに今回はミスリルの鍵を普通に入れて回すだけで鍵が開くらしい。
早速差し込み扉を開ける……
「やぱり城というよりもビルだな」
「何だか研究所の建物みたいです」
扉を開けた先には広い庭、その奥に聳え立っているのは明らかに高層ビルである。
なお、『定礎』の日付は300年近く前だ。
「城の建物の中に入るのにも鍵が必要なんです、今から配るので絶対に失くさないで下さい、あと中では紐などを付けて首から提げておくように」
変なカードキーを渡されてしまった、ちゃんとそれぞれの名前入りである。
これはいよいよ研究所だな……
「この鍵を入口の前でピッとやると自動で扉が開きますから、必ず全員ピッしてから入って下さいね」
入口でピッのシステムまで導入しているとは、もうここが異世界なのかどうかすら怪しくなってきたぞ。
おや、早速リリィが試してみるようだ……
「ここに紙をピッてやるんですね、せ~のっ、ピッ!」
『ピッ……ビービー、登録されていないユーザーです、10秒後に自動迎撃システムを発動します、死にたくなければお引取り願います』
「すみません、ユーザー登録に1週間ぐらい必要なんですよ……」
「そうかそうか、ちなみに自動迎撃システムってのは?」
「アレです、3階から火を吹く筒が出て来て……とにかく逃げないとダメです!」
「うぉぉぉっ! やべぇじゃねぇかぁぁぁっ!」
噴出す炎、必死で逃げる俺達、こんなことになるなら城の方をちょっと見てみようなんて考えるんじゃなかったぜ!
何とか逃げ切り、洞窟ダンジョンの入口に転移して貰った、時間はまだ昼過ぎ、ここからトンビーオ村に帰っても夕方になるかどうかぐらいの時間である。
「じゃあエリナ、俺達は一旦ペタン王国の王都に戻るから、次にここに来るのは来週になると思うぞ」
「……出来れば二度と来ないで頂きたいのですが」
「あぁっ? 何だって?」
「いえ、何でもございません」
エリナに別れを告げ、船でトンビーオ村に戻る。
どうやら精霊様は金の宝箱そのものを持ち帰っているようだ、いつの間にか……
「今日はトンビーオ村でゆっくりして、明日の朝王都に向けて出発だ、皆それで良いか?」
全員が同意の意思表示をした、今日はゆっくり寝て、明日から馬車で王都を目指そう。
そうしないと御者を務めるルビアとジェシカの2人がへばってしまうからな。
翌日の朝、王都に向かう馬車にはドレドが同乗した、その代わりにトンビーオ村にはハンナを残していくことで合意が成立している。
ドレドは王都で船の構造について勉強をし、より早く大魔将の城まで到達出来るよう、自身所有の船を高速化するつもりらしい。
途中で馴染みの宿に泊まり、2日かけてようやく王都に到着した……




