184 準備完了と出発と
「いやぁ、これは助かったのじゃよ、我々の力では入手出来ない代物じゃからな、お礼にこの研究所開設800年記念ステッカーをやろう」
「いえいえ、これによって研究が進むのであれば礼など不要です、あ、残った酒は破棄せずに取っておいて下さい、こっちで使いますんで」
「ふむ、では一旦樽ごと預かっておくのじゃ、エキス以外のものは明日取りに来ると良いのじゃよ」
森を出て王都に帰った俺達は、研究所のケッセ分析室長にドクゼツコブラを漬けた酒を渡した。
まるで価値が見出せないステッカーとやらは結局カレンが貰っていたようだが、屋敷の壁とかにベタベタと貼らないよう釘を刺しておく必要がありそうだ。
「さて、ここへは明日また来るとして、次はどこへ行こうか?」
「はいっ! 提案があります!」
「ミラさん、発言をどうぞ」
「缶詰のストックが心許ないです、また買い溜めしておきましょう」
「そうだな、憲兵が備品を更新したばかりのはずだ、今から買いに行こうぜ」
研究所から程近くにある憲兵の詰所へ行き、払下げ品コーナーにあった缶詰を漁る。
コンビーフ的な肉のものを中心に、野菜、豆類、そしてなぜかあった鯖缶も購入しておく。
「今日はまた缶詰パーティーだな、ワインを買って良い感じにやろうか」
「賛成ね、最高品質の赤と白を1樽ずつ買えば十分だわ」
「おい精霊様、そんなに買ったら財政破綻だ、コブラ酒が換価出来るまで待つんだな」
「あらシケているわね、この貧乏異世界人」
勇者パーティーの財政を圧迫している張本人からの有り難いお言葉を頂いた。
今後は貧乏脱却のため、主に精霊様への供物を減らすなどしてコストカットに努めよう。
缶詰を買ったその足で、いつも配達をしてくれる兄ちゃんの酒屋に向かった。
よくわからないセレクションの金賞を受賞したと謳うワインを赤白3ボトルずつ購入し、屋敷へと戻る。
「あ、おかえりなさ~い、何とかの魔物は何とかしましたか?」
「ただいまアイリス、何とかなったよ、あと何かの缶詰も何かと買って来た、今日は何かアレだ、缶詰パーティーだ」
「ありゃ、何か持っていると思ったら何かの缶詰だったんですね、何かちょっとアレンジして食べましょうか」
「あんた達よくそれで会話が成立するわね……」
アイリスとのくだらない話を終え、食事の準備を待つために2階へ上がる。
いつも通り、準備が終わったら先に風呂、そして宴だ。
酒飲んだ後風呂に入るのは良くないとされているからな。
「こらカレン、窓に変なステッカーを貼るんじゃないよ」
「だってあのおじいさんが目立つ所に貼っておけって」
「ならジェシカのおっぱいにでも貼るんだな、凄く目立つぞ」
「わかりました~」
ジェシカの鎧の胸当てに研究所ステッカーが貼られてしまった。
広告掲載料を請求しておきたいところだ。
「勇者様、夕飯はもう盛り付けるだけになりましたよ」
「わかった、じゃあ先に風呂だ、行こうぜ」
風呂に入った後は缶詰のアレンジ料理をつまみながらの飲み会である。
ちなみに鯖缶はそのまま頂く、これが美味いんですよ。
「さて、じゃあ明日は昼頃研究所に行ってみるか、帰りにコブラ酒を冒険者ギルドに卸すんだ」
「勇者様、コブラ酒も良いけどメインはケッセなんだからね」
「あぁ、そういえば忘れていたな、でもそんなにすぐには出来ないだろうよ」
確かにドクゼツコブラの漬かった酒を緩急所に持ち込みはしたが、それを元にどうやってケッセを作り出すのかを調べるのは今からだ。
そしておそらく、その作業だけでなく量産する際にも時間が掛かる。
ケッセ自体が俺達の所へ届くのはいつになることやら……
「しかしそうなると明日からはまた暇人に逆戻りね、何かやるべきことがないものかしら?」
「そうだな、敵である暗黒博士について書かれた文献を探すとか、そのぐらいかな……」
「凄く見つからなさそうな逸品じゃない、そもそも存在するかさえわからないわよ」
「じゃあ見つからなかったらまたダラける方針でいこう!」
「どうしようもない異世界人ね……」
その日はかなり遅くまで酒を飲み、翌日目が覚めたのは昼過ぎであった……
※※※
「ほら勇者様、早く行くわよ!」
「急かすなって、まだ精霊様が寝ているぞ、今日は付いて来るって言ってたし、置いて行ったら殺されてしまうぞ」
「しょうがないわね、マーサちゃん、ちょっと勇者様と一緒に精霊様を馬車まで運んでくれる?」
「わかったわ、起こさないように慎重に……あっ!」
精霊様の寝巻きの両肩部分を掴んだマーサ、そのまま中身がズルッと滑り、腹丸出しになって床に墜落してしまった。
さすがに目を覚ます精霊様、怒り心頭である……
「おはようマーサちゃん、最高の目覚めだったわ」
「超ごめんなさいっ!」
「精霊様、マーサを叱るのは後だ、研究所に行くんだろ?」
「あ、そうだったわね、じゃあマーサちゃん、私が帰って来るまで部屋の隅で正座していなさい、それで許してあげるわ」
「へへぇ~」
とりあえず出発である、今日は俺とセラ、それから精霊様の3人、プラス御者を務めるジェシカというメンバーだ。
研究所に到着すると、ちょうど昼食を買って来たところと思しきマトンに遭遇した……
「よぉマトン、コブラエキスの抽出は完了したか?」
「ええ、沈殿物を掬うだけですから、残ったお酒は室長が保管していると思いますよ」
「じゃああの研究室に行けば受け取れるんだな」
「はい、どうせ鍵どころかドアすら開いていると思うんで、そのまま向かって頂ければ入れるはずです」
「ドア全開かよ、無用心な研究所だな」
研究室に向かう、確かにドアは全開だ……そしてなんだこの臭いは!
「臭っさいわね、何よこれ?」
「明らかに研究室の中から臭っているな、もしかしてコブラエキスのせいかも」
鼻を抓んだまま部屋の中に入る、室長が俺達に気が付いたようだ、すぐに近付いて来る。
無言で人数分の洗濯バサミを渡してくる室長。
見ると、中に居る研究員は全員鼻に洗濯バサミを付けているではないか。
部屋の中央にあるのは抽出されたコブラエキスの入ったビーカー、間違いない、臭いの元凶はアレだ。
俺達も鼻に洗濯バサミを付け、恐る恐るそのビーカーに近付く……
そこで、研究員の1人が慌てて紙に何かを書き、俺達にその内容をアピールしてくる。
『その物質に触れると2週間は臭いが落ちないものと思われます』
俺も負けじと手時かな所にあった雑紙に返答を記入する、筆談の始まりだ。
『マジか、やべぇじゃん!』
『とにかく近付かないことをお勧めします、抗毒作用はかなり高いようですが、とにかく臭いです!』
『わかりました、で、成分分析の方はどうですか?』
『可能性がある108通りの精製方法を試したところ、そのうち2つでケッセが完成することがわかりました』
『早いですね、しかしなぜ2通りの作り方が?』
『片方は精製が早いものの激クサ、もう一方は安全に行えるのですが、1日に2人前を作り出すのが限界です』
で、どうやら現在は激クサの方の精製方法を用いた量産を行っているらしい。
これにより1日で6人前のケッセを作ることが出来るそうだ。
つまり、2日あれば杖の中に入りっぱなしのハンナを除いて1人1回分使えるだけのケッセを作ることが可能である。
だが、その後も筆談を続けた結果、ケッセはその場で毒を消すだけでなく、ワクチンとしての効果も確認されたということを告げられた。
ワクチンの効果は大人1人、普通に行動を続けていれば2時間程度だという。
これはさらに量産し、最低でも1人20回は使えるだけのケッセが欲しい、もちろんハンナが使う分も含めて。
『もしケッセを260本作るとしたら材料は足りますか?』
『コブラエキスの培養を行えば十分に足ります』
培養? 一体どういう素材なんだコブラエキスという代物は……
『では260本お願いします』
『承りました、完成したら連絡致します、取りに来て下さい』
とにかく研究所の方で260本作ってくれるらしい。
エキスを増やした後は精製装置を増設し、3日以内に全て完成させてくれるそうだ。
これで暇な時間を過ごさずに済む、仕事が早い研究所員には大変感謝だ、次は菓子折りを持って来よう。
その後、お目当てのコブラ酒を回収し、激クサの研究室からそそくさと退室する。
鼻に挟んでいた洗濯バサミはテーブルの上に置いて来た。
「あ~臭かった、さ、早くこのコブラ酒をお金に換えましょ!」
「何かそれも臭そうだな、ちょっと慎重に運ぼうぜ」
「そうね、厳重に封印してあるみたいだし、これも相当臭かったのね……」
コブラ酒の入った樽には幾重にもロープが巻かれ、蓋は釘で打ち付けられ、そして至る所に悪霊退散の御札が貼ってある。
これがかなりヤバいものであることは明らかだ、全員で持って丁寧に馬車に上げ、御者のジェシカには極力ゆっくり走るよう告げておく。
しばらく走り、ようやく冒険者ギルドに到着した……
「あら勇者パーティーの皆さん、いらっしゃ……臭いです、お引取り願えませんか?」
「そう言わないで下さい、今日はこの臭っせぇのを換価しに来たんです」
俺達は鼻が慣れてしまって気が付かなかったようだが、実は既にかなり臭いらしい。
昼間から集って酒を飲んでいた甲斐性なし冒険者がゲロを吐いている。
「う~ん、これはコブラ酒ですか? エキスの方は取り出し済みと……」
「いくらぐらいになりそうですかね?」
「ちょっと判断しかねますね、こんなもの持ち込まれること自体が初めてですから、とにかく鑑定士を呼びますね」
「わかりました、では向こうで……ゲロ塗れだから別の所で待たせて下さい」
滅多に現れないうえに出会ってしまった者は確実に殺されると言われているドクゼツコブラ。
それを焼酎に漬け込んだものを持って来たのだ、鑑定に時間が必要なのは仕方ないかも知れない。
鑑定士が来てどうこうしてくれるまでの間、俺達は2階の一室を借りて待機することとなった。
しばらく待つとドアをノックする音、受付嬢と一緒に変なおっさんが入って来る……
「お待たせしました、大変貴重なコブラ酒、確かに受領いたしましたので、こちらがその換価代金となります」
「おっ! 金貨が10枚も入っているぞ! 王宮よりも太っ腹だ」
「ええ、当ギルドにおいてはコブラ酒の持込が初となりますので、本来は金貨50枚のところ、特別に100%上乗せしておきました」
「あざっ! じゃあまた手に入ったら持って来ますね、今度は倍ぐらいのコブラで!」
「ぜひお願い致します、コブラ酒の元となるコブラは大きい方が良いとの伝説もあるようですから」
これは凄まじい収入源になりそうだ、コブラがすぐに見つかればの話ではあるが……
ギルドを出た俺達は、その足で酒屋に向かった。
さすがに金貨100枚分の酒を買うことなど出来ないが、高級なものを中心に金貨3枚分の酒を買っておこう。
「しかし儲かっちゃったわね、私は金貨2枚ぐらいにしかならないと思っていたわ」
「うむ、もう勇者やめて冒険者パーティーになろうぜ」
「良いわよ、ただし魔王軍との戦争が終わってからね」
「先は長いな……」
精霊様とジェシカが酒を選んでいる間、俺とセラは他愛もない話しをしながら待っていた。
正直、酒の良し悪しに関してはこの2人に判断してもらった方が無難だ。
「主殿、このワインとこのワイン、どちらが良い?」
「どっちでも良いさ、両方買っちゃえよ」
「ではそうしよう、他も合わせると……全部で金貨3枚と銀貨5枚だな」
「じゃあ屋敷の届けて貰おうか、さすがに馬車へ積み込める量じゃないからな」
酒屋の兄ちゃんに頼み、いつも通りマシン(リヤカー)で配達して貰えるように頼んでおいた。
俺達はそのまま手ぶらで、いや残りの金貨を大事に持って屋敷へ戻る……
※※※
「ただいま~っ!」
「あ、勇者様、コブラ酒はいくらになりましたか? 金貨はありますか? 本当に全部お酒に?」
「落ち着けミラ、ほれ、凄い数だろう」
「……!?」
ミラはその場で気を失って倒れてしまった。
予想をはるかに超える儲けが出たときはこういう反応をするようだ。
「う~む、おっぱいを揉めば目を覚ますかな?」
「そしたら今度は勇者様が気を失ってしまうわよ、永遠にね」
セラが怖いのでミラのおっぱいを揉むのはやめ、ジェシカに頼んで室内に運ばせた。
ちょうどそのとき、酒屋の兄ちゃんが美しいドリフトで庭に入って来る。
「へいお待ちっ! ご注文の品ですぜ!」
酒を受け取り、少しだけ残してあとは倉庫にしまっておいた。
これは暗黒博士を倒した後、記念としてやる宴で出すこととしよう。
今日飲むのは1升瓶3本分ぐらいで良いであろう……
夜になり、風呂上りに食事を取りながら作戦会議を行う。
「……つまりケッセに関してはすぐに納品出来る分量が揃うということですね」
「そうだ、1人20回分、それで足りなければ一度王都に戻ってまた量産して貰えば良い」
「でもご主人様、足りなくなることを想定して、先に増産を依頼しておいた方が無難ではないでしょうか?」
「ん、サリナの言う通りだな、じゃあ初回分を取りに行ったときにそう頼んでおこう、どうせ国の金で作るんだしな」
ケッセを受け取り次第トンビーオ村に向けて出発である。
この間までの戦争で村の人間は全員王都に避難していたのだが、戦勝記念祭が終わった翌日には戻って行ったという。
屋敷には未だメイとドレドのトンビーオ村組が残っているが、今回行ったときにまた置いて来よう。
「あのぉ~、ちょっと気になったことがあるんですが、言っても良いですかね?」
「何だアイリス、遠慮なく発言するんだ」
「トンビーオ村のコテージなんですが……ずっと誰も管理していないんですよね?」
「……カビとか生えてそうだな」
そういえば戦争で住人が避難したのはかなり前、そこからずっとメイもドレドも王都に居るのだ、誰も掃除しない山奥のコテージがどうなっているのかについては想像に難くない。
これは着いてすぐに大掃除をしないとだ……
その3日後、研究所で260人前のケッセを受け取った俺達は、一度王宮に出発の報告を済ませてから南へ向かった。
※※※
2日かけて街道を走り、トンビーオ村に到着すると、早速現地拠点となっているコテージへ……
「ご主人様、コテージがありません!」
「よく見ろカレン、謎の植物に制圧されているだけだ、あの茂みの中にコテージが存在しているはずだ」
コテージは蔦のような植物に覆われ、どこが入口なのかもわからない状態となっていた。
これを燃やすわけにもいかない、一度村の方へ行って鉈を借りて来よう。
地道に切って片付けるしかあるまい……
村で鉈を人数分借り懸命に蔦を払って入口を確保した。
中も埃だらけだ、既にアイリスがやる気満々で掃除を始めている。
「私はとりあえず鉈を返してくるわ、あと夕飯のお買い物もして来るわね」
「じゃあセラに任せた、俺達は掃除を……マーサ、マリエル、逃げるんじゃない!」
逃走を図った2人は罰として裸エプロンで掃除させた。
ついでに床掃除でなぜか天井板を崩落させたルビアもそのチームに加えておく。
どういう力が働いたらあのような惨事になるのだ……
「ただいま~、あら、なかなか綺麗になったじゃないの」
「うん、じゃあそろそろ掃除は終わりで良いな」
掃除は終わりにし、ミラは食事の、アイリスは風呂の準備を始めた。
一方、やれやれという感じで座り込んでいる裸エプロン3人衆が居る。
もちろんこれからお仕置きだ。
「おい、サボろうとした不届き者は誰と誰だ?」
マーサとマリエルが手を挙げる、とりあえず正座させた。
「次、床を掃除していたはずなのに天井を破壊した馬鹿は?」
ルビアが嬉しそうに手を挙げる、別に褒めていない。
「では3人共その格好で腕立て伏せをしろ!」
『へへぇ~!』
上下に動く3人の尻を眺めながら食事が出来るのを待つ。
今日はハマグリのスープらしい、あと海藻サラダとパンも用意しているそうだ。
「勇者様、夕飯の支度が出来ましたよ」
「それじゃあ3人共腕立てをやめて良いぞ、ただし風呂まではその格好のままな」
「というかご主人様、ずっと裸エプロンでも良いんですが……」
「逮捕されるからやめなさい」
食後は既に沸かしてあった風呂に入る。
その後は恒例の作戦会議だ……
「じゃあまずは全員にこのケッセを5本ずつ配る、これで1日分だ」
「つまり最大で4日はこっちで活動出来るってことね」
「そういうことだ、それまでに暗黒博士を討伐するのが目標だな」
正直なところ、暗黒博士とやらがどのぐらい強いのかはまだ検討もつかない。
まぁ大魔将なわけだし、マトンやビーチャのように頭が良いだけ、ということはないであろう。
「明日は朝一番で出航だからな、ドレド、頼むぞ」
「わかりました、一応明け方に船の様子を見に行きます、戻らなかったらそのまま船に居ると思って下さい」
「あ、それと勇者さん、これも受け取っておいて下さい」
「何だこの冊子は、大魔将マップ……メイが作ったのか?」
「はい、村の漁師さん達が船で出たときに調べた大魔将様の城がある位置です」
大魔将マップは海図の上に城の位置と城主の名前を記載した簡単なものであった。
この間討伐したアクドスの城には『済』のマークがしてある。
「おぉっ! なかなか役に立ちそうじゃないか、でもどうしてこんなものを?」
「それはですね……」
トンビーオ村では、俺達が全ての大魔将を討伐した後、主の居なくなった城を新たな観光資源として活用しようという動きがあるらしい。
古くなった漁船を改造してクルージングをするとのことだ。
「え~っと、暗黒博士スゴイモン=ツクルノは……あった、結構沖じゃないか、ドレド、ここまでどのぐらい時間が掛かる?」
「4時間、もしかしたら5時間掛かるかも知れませんね」
「そうか、最悪船で寝泊りすることも考えないとだな」
この後どういう感じでいくのかについては実際に討伐作戦1日目を終えてから考えよう。
まずは明日、城がある島に行ってみることだ……




