180 宿敵の末路と反転攻勢
「リリィにはセラとカレン、俺とミラ、それからジェシカは絨毯で行くぞ」
「私はマーサちゃんを抱えて飛ぶわね」
沖の旗艦に居るインフリーを発見した俺達は、すぐに戻って可能な限りの仲間を運搬する準備に移った。
運ぶのは前衛、中衛組を優先、だがマリエルは本陣を離れられないということで陸に残る。
ルビア、ユリナ、サリナも今回はお留守番だ、ユリナには崖の上からの攻撃に参加するように伝えておく。
「おう勇者殿、俺達も攻撃に参加しようではないか」
「ゴンザレス、かなり沖だが大丈夫か?」
「なぁに、途中までは泳いで行くさ、あとは手頃なシャチやクジラを従わせて乗っていけば全く問題ないのだよ」
「良くわからんが頑張ってくれ」
とりあえず出撃である、もう動くことが出来なくなった敵の位置は変わっていないはずだ。
リリィの先導で先程の場所へ戻る……
居た、別の鉄船を周囲に掻き集め、その護衛を受けながら何とか曳航させようとしているではないか。
なんと往生際の悪い奴め。
「セラ、リリィ、周囲の船を撃沈するんだ! カレンは落っこちないように気を付けるんだぞっ!」
旗艦の周りに集まっている敵船は11隻セラとリリィがそれぞれ1隻、精霊様がまとめて3隻を行動不能にしたところで、ようやく残りが迎撃を始めた。
狙いはもちろん俺達が乗っている絨毯、集中砲火である。
まぁ、ドラゴンや精霊に攻撃して撃ち落せると思っている奴は居ないであろう、狙われてしまうのは仕方が無い。
俺達の乗った絨毯だけがかなり上昇し、敵の弩による攻撃の射程圏内から出る。
火を吹く筒はそんなに射角を上げられないから脅威ではない。
1隻、また1隻と、艦橋後方の動力発生装置を破壊された船が動きを止めていく。
残り2隻となったところで、ようやくゴンザレス達が到着した……全員シャチに乗っている。
「お~う! すまない勇者殿、シャチの群れとの価格交渉に手間取ってな、少し遅れてしまったのだよ!」
「価格交渉? まぁ良いや、残り2隻を止めるから、そしたら旗艦に乗り込んでくれ!」
インフリーの乗った旗艦に接近して行くゴンザレス達、残り2隻を止めたら、といったにも拘らず、矢の雨の中をそのまま進んで行く。
乗られているシャチが凄く迷惑そうにしているのだが?
報酬の増額要求をされても知らないぞ……
そのとき、セラの雷と精霊様が放った水の弾丸がほぼ同時に残りの船を航行不能に追い込んだ。
次いでリリィがブレスを2隻の後方に浴びせ、弩も使用不能にした。
これで旗艦を護衛する艦隊の攻撃力は乗員の持つ剣や弓だけである。
絨毯を下降させ、中央にある派手派手船の甲板に降りた。
武器を構える乗員、だがかなり及び腰である。
俺達の後に精霊様、次はリリィ、そして最後に筋肉団員が船べりから姿を現す。
「……なぁゴンザレス、ツルツルの壁をどうやって登って来たんだ?」
「はっはっは、俺達の手は鍛えてあるんだファンデルワールス力が働くのだよ」
「ヤモリかよっ!」
鍛えてどうにかなるものでもなかろうに、とにかく信じがたい連中は放っておいて、艦橋に居るであろうインフリーをぶっ殺しに行くこととしよう。
甲板に居る敵はヤモリ……じゃなかった筋肉団に任せ、俺達は走って船体中央を目指す。
「今日はルビアが居ないからな、絶対に怪我をするなよ!」
「勇者様、そこにでっぱりがあるわよ!」
「ん? おうっ!?」
言ってるそばから俺がコケた。
肘を打撲、これが最初で最後の負傷者になって欲しい。
起き上がろうとしたところで見えたのは、艦橋を脱出して逃亡を図る5人の男。
真ん中で護衛されているのがインフリーだ……
「居たぞ! 追い掛けろ!」
いつもはノロノロしている俺も今回は動きが俊敏である。
直ちに起き上がり、少し仲間に遅れながらも懸命に走った。
護衛の4人が武器を構える、うち弓を持っていた1人はセラの魔法で、突っ込んで来たムキムキのおっさんはミラとジェシカに同時攻撃されて死亡した。
残った2人もマーサ、そして一番最後に到達した俺の一撃でこの世を去る。
あとはインフリー本人だけだ、完全に追い詰めたぞ!
カレン、リリィ、精霊様の3人で周りを囲む、焦った様子のインフリーは胸ポケットに手を突っ込み、転移デバイスを操作する。
「また消えやがった、でもさ」
「階段を上った先に居るわね、どうやらセーブポイントはあそこだけらしいわ」
「おいっ! もう諦めて出て来るんだ! 今なら惨たらしくぶっ殺すだけで良いにしてやるぞっ!」
そう言われて艦橋から降りて来たインフリー、もう逃げられないと諦めたのか、それともまた姑息な手段で逃げようとするのか。
「おう、出て来たな、では死……」
「ちょっと待つのです低脳勇者よ! 私が何をしたと言うのですか? 殺される理由などありません」
「星の数ほどあるわっ! もう何かだいたいお前のせいだからな!」
「ぐぬぬっ……では取引しませんか?」
「取引? お金くれる?」
「主殿、そんな奴との取引に応じてはダメだぞ、知能に差がありすぎる、すぐ騙されるに違いないぞ」
ジェシカが酷いことを言う、だがお陰で目が覚めた、コイツの触ったお金など要らない、変な菌が付いていそうだからな。
「ということで交渉決裂だ、念仏でも唱えるんだな」
「良いのですか? もしここで見逃してくれるというのならば世界の半分……を旅行できる権利を差し上げますよ」
「旅行かよ! 世界の半分そのものじゃなくて旅行かよ!」
「う~ん、不満でしたらこの飴玉もどうぞ、ほら、馬鹿なあなたにはお金の使い方がわからないでしょうから」
「舐めんじゃねぇっ!」
「ふごっ! か……ぺ……」
死なない程度に顔面を殴ってやった。
悶絶するインフリー、もう転移して少しだけ遠ざかるような余裕も無いらしい。
「おい、ここで死ぬのと後で処刑されるの、どっちが良い?」
「黙れ……私はクリーンで理想的な……世界を」
そこまで言って気絶してしまった。
何がクリーンで理想的だ、禁酒法しかり、新生大聖国しかり、そして今回の件もコイツのせいで大変なことになっているんだ。
「とりあえずどうにかして陸まで運ぼうぜ、体付きだから送料は財布の中身全部だな」
「財布はトランクに忘れたのしか持っていなかったみたいです、ポケットに金貨が5枚入っていますよ」
何よりも早く金目のものを奪い去るミラ、どうやら自分のものにしようと思っているらしい、パーティー資金だからな!
「お~う、勇者殿! ターゲットを確保したみたいじゃないか、それなら岸へ帰ろう」
「どうやってだ? 言っておくが俺はバタフライが出来ないんだ、というか25mぐらいしか泳げない」
「大丈夫だ、俺達が泳いでこの船を曳航してやる、ではそこで待っているんだな」
飛び込んで行くゴンザレス達、生身で巨大な鉄船を拿捕してしまうとは畏れ入る。
しかも超速いではないか……
敵軍の旗を降ろし、王国軍の旗に掲揚し直して進む。
その旗艦の姿を見た敵兵はもはや諦めたようだ、鎧を重ね着して海へ飛び込んでいる者も多い。
しばらくすると岸が見えてくる……王国軍は港町側に移動したのか。
船を岸に着けて徒歩で逃げようとした敵兵を殲滅しているようだ。
「お~い! 俺達も港の方に向かおうか~っ!」
「おう勇者殿! 承知したぞ、では全速前進だ!」
少しだけ転進して港を目指す、既にほとんどの敵を降参させた陸上の兵がこちらに手を振っているのがわかる。
「おかえりなさいですの、デフラちゃんが首を長くして待っていますのよ」
「おう……本当に長いな、どうなっているんだソレは?」
岸に着くとすぐに、ユリナの判断で港側に回されていた馬車が近付いて来た。
窓から顔を出しているデフラの首が異様に長い、相当にインフリー捕獲が待ち遠しかったのであろう。
「勇者さん、兄の奴はどうしました? 捕まえましたか? それともぶち殺して……」
「いや、生きているぞ、ほらっ!」
釣り上げたカジキマグロの如くロープで吊るしたインフリーを見せてやる。
デフラだけでなく、後ろに居た王国軍の兵士達からも歓声が上がった。
超大物の水揚げだ、だが競りには掛けない、王都の広場に持ち帰って解体ショーをするのだ。
気絶しているインフリーを王国軍に預けると、直ちに檻の中に入れ、さらにその上から有刺鉄線でぐるぐる巻きにしていた。
その作業を横から見ていた総務大臣も満足げである。
「おいババァ、これからどう行動するんだ? まさかこのまま共和国を攻めようなんて思ってないよな?」
「うむ、さすがに一旦王都へ帰ろうと思っておる、もちろん船の墓場となったこの海をどうにかする人員は残して行きたいのじゃが……」
「いきたいのじゃが?」
「なかなかやってくれるという者がおらんでの」
港の中だけでなく、その沖にも動力源を失って漂流を続ける共和国の鉄船がある。
しかもビビッて自決出来なかった腰抜け敵兵を何人も乗せてだ。
今はそれの片付けをする人員を募集しているものの、そのような地味でキツそうな作業をわざわざやりたいなどと言ってくるドMは稀。
ちなみに筋肉団員はそろそろ王都へ帰らないと社会不安が高まるということで作業には不参加、そうなると一般兵の中から選出する他ない。
「う~む、ちょっと手当てをマシマシにしてみようかの……」
「おう、僻地手当てと危険手当、それからイマイチ目立たない仕事なわけだし、マイナー業務手当とかもつけてやったらどうだ?」
「そうじゃな、では基本給に加えて日当銀貨3枚の上乗せじゃ!」
ババァ渾身の大盤振る舞いにより、港片付け作業班への応募は殺到、抽選を行うまでの大人気となった。
そして、その連中にこの港町の全てを任せた王国軍は街道を北に上り、途中で一旦砦に帰る組と王都直帰組に分かれた。
俺達はもちろん王都直帰組である、分岐を左に行き、砦に向かう多くの兵士達に手を振って別れを告げた……
「そういえばまた風呂に入っていないな」
「本当です、港町の公衆浴場を借りておけば良かったですね」
「だな、あのときは勝利に舞い上がって自分の臭さに気が付かなかったよ」
またルビアが少し離れがちになってしまったのは悲しいが、それもあと少しの辛抱である。
屋敷へ帰ったら間髪入れずに温泉へ飛び込もう……
※※※
「ただいま~っ! よっし、風呂入るぞ!」
芳樹へ戻り、玄関からは入らずに2階のテラスへと向かう。
速攻で脱衣してもう一度テラスの階段を降り、体を洗って温泉に浸かった。
「ようやく激クサともお別れできたぜ、汗と血が混じって大変なことになっていたぞ」
「特にご主人様は薄汚かったですね、生まれつきで大概汚いのかも知れませんが」
「おいルビア、ふざけていると足ツボを刺激するぞ」
「あっ! いだぁぁっ! もうやってるじゃないですか!」
「ところで勇者さん、兄の処刑はいつ頃になるんでしょうか? 私にも一撃やらせて頂けるんですよね?」
「そうだな、八つ裂きにするはずだし、トドメはデフラにやらせてやるべきだと思う、マリエル、そこのところはどうなんだ?」
「ええ、では王宮の方にそう頼んでおきます」
禁酒法事件の折、インフリーに利用されたことによって大罪人に堕とされてしまった妹のデフラ、その恨みぐらいは晴らさせてやるべきであろう。
何にせよ、奴を処刑するのは共和国との戦争が全て片付いた後だ。
今は向こうに攻め込むこと、それから協力関係にある大魔将を討伐してやることが先決である。
「ところでマリエル、この後はどういう感じで動くのか決まっているのか?」
「それは明後日ぐらいに王宮の会議で決めるはずです、勇者様ももちろん参加ですよ」
「パスだ、セラ、代わりに行ってくれ」
「じゃあ勇者様が1人で共和国に突撃することを提案しておくわ」
「……待て、やっぱり俺が行く」
セラは本当にその提案をしそうだし、王宮の連中は余裕でそれを通しそうだ。
余計なことをされないため、俺が自分で会議に行くこととした。
「じゃあ明日は1日休みだな、屋敷でまったりしようか」
風呂から上がり、地下牢から引き摺りだした縦ロールに共和国軍の無様な敗退を聞かせていると、まさかの伝令兵。
マリエルが対応する……焦った様子は無いが、どうせ何か入らない話を持って来たのであろう、少しは休ませろよな。
話を終えたマリエルがこちらへ来る、何も言わずとも、その残念そうな表情から束の間の休息が終わりを告げようとしていること読み取ることが可能である。
「勇者様、先程王国軍の大半が帰還したそうです」
「で、俺にどうしろと?」
「直ちに王宮で会議を行うとのことで……」
「出たよ! 何をそんなに焦っているんだ奴らは!?」
「ババ……総務大臣は凄くせっかちなんですよ」
そんなことは知っているが、ここまで急ぐのには何か理由がありそうだ。
仕方が無いから行ってやることとしよう。
リリィには面倒だと拒否されてしまったため、迎えに来た馬車に乗って王宮を目指す。
ちなみに逃げ出そうとしたセラも捕まえておいた。
こういうときは巻き添えを食う奴が必要だからな。
馬車はそこまで急ぐことなく、法定速度を厳守して走って行った……
※※※
「おぉ、ゆうしゃよ、この度はご苦労であった」
「おい駄王、お前は毎回そんな感じの出迎えだな、もう少し気の効いた台詞は思いつかんのか?」
「うむ、わしはその辺のNPCみたいなもんじゃからな、我慢すると良い」
「そんな主張の強いNPCがどこに居るというんだ……」
真昼間から酒臭い駄王の出迎えを受けていると、一旦帰宅していたらしい他の主要人物達も続々と集まって来た。
「で、今日は何なんだ? まぁ共和国との戦争関係だろうけど」
「その通りじゃ勇者よ、早速じゃが攻めに転じる、今日はその通達であるぞ」
用意されていたレジュメが全員に配られる、作戦の内容がざっくり書かれているが、とてもこれだけで理解出来るような代物ではない。
まず書き出しが『共和国本土に船で乗り込んでヒャッハーする』とのことである。
色々と具体性に欠ける残念な文書だ……
「おう、総務大臣殿、ここにある船というのはどう調達するのでありますか?」
「ゴンザレスよ、港町に残った兵が使えそうなものを50隻程確保したとの連絡を受けておる、おぬしがそれを修理するのじゃ」
「おうっ! お任せあれ!」
二つ返事でOKしやがった、修理したところであの機関を稼動させる方法がわかるのか?
そもそも燃料は……
「ちなみに、あの詫び石とやらは相当に数が足らん、ゆえに航行出来るのは片道のみ、帰りはもう考えておらん」
「つまり着いたらさっさと敵国を攻め落としてどうにかしないと……」
「帰って来れん、孤立無援の状態で食糧も無く戦い続けることになるじゃろうな」
「計画に無理がありすぎだろ」
しかし総務大臣は自信満々でその作戦を推す。
今回の戦いによって正規兵の大半を失った共和国は混乱しているのが潜入しているスパイからの情報としてもたらされているというのだ。
で、直ちに攻め込んで守りの薄い敵国を蹂躙してしまおうという訳である。
「でもさ、敵の首都は船で行ける所からどのぐらい離れているんだ?」
「すぐじゃよ、共和国は海沿いにあるわりと小さな都市国家じゃからの、港から中枢までは目と鼻の先じゃ」
なるほど、小さい都市国家であるがために、この荒っぽい世界でも元老院を擁する共和制を敷くことが出来ていたのか、大統領とか居るのかな?
「とにかく出発は明日の朝じゃ、日の出前には王都南門に集合、はい解散!」
抗議する隙を与えず一方的に決定されてしまった。
これは屋敷に戻ってどう説明しようか、また俺がブーイングを浴びせられるに違いない。
憂鬱な気持ちで屋敷へと戻る……全員に大きな溜め息をつかれてしまったではないか。
軽いノリのブーイングよりもこちらの方が遥かに堪えるのだが……
その日は早めに夕食を取り、酒すら飲むことなく布団に入った。
疲れが全く癒えることなく翌朝を迎える……
※※※
「ふむ、勇者パーティーも今回は早かったの、では出発じゃ!」
「もう勘弁しろよな、俺達はまだ若いからこんな時間には起きられないんだぞ、ババァとは違って」
「グダグダ言っている暇はないのじゃよ、ホレ、早く馬車に乗り込むのじゃ」
今回はパーティーメンバーとセラの杖に入っているハンナ、それから鉄船が動くところを見学したいと言い出したドレドの合計14人である。
軍の方で御者を用意してくれたため、全員で客車に乗り込んで半分寝ながら港町を目指す。
どこにも泊まらず、ノンストップで目的地へ向かうらしい。
「筋肉団が居ないみたいですが、まさかの遅刻でしょうか?」
「奴等は鉄船の修理をするからな、昨日の会議が終わってすぐに発ったらしいぞ」
「元気な人達ですね……」
どんどん進んで行く馬車、寝たり起きたり食事をしたりと繰り返していると、いつの間にか例の港が見えてきた、たった1日半でのご到着である。
「到着にございます、全員すぐに割り当てられた船に乗り込めとの命令が出ています」
「わかりました、ではお疲れ様です」
「馬車はこの町の広場に集積し、馬も残留組が面倒を見ますのでご安心下さい、ではご武運を!」
御者をしてくれたおっさんに礼を言い、指定された鉄船へと向かう。
「おう勇者殿、この船は俺達と勇者パーティーが乗り込むことになっているのだよ、5日間の船旅、よろしくな!」
「お……おうっ」
むさ苦しい連中とペアになってしまった。
仕方が無い、ここまできたらあと5日間ぐらい我慢しよう。
鉄船には食堂も、それから風呂も設置されているらしい。
とりあえず女の子達に嫌われてしまう心配は無くなったようだ。
『では出航する! 全艦、南に向かえ!』
操舵は筋肉団員の内で船舶免許を持つ2人とドレドが交代で行うらしい。
それまで俺達はこの無骨な戦艦でクルージングということか。
とにかく、現地に着いたらすぐに共和国を滅ぼすんだ、今度こそ休息を取ろう……




